*一期一会*
ぼんやりと空き地を眺めて佇む男。それに気がついた女はその男に声をかけた。
「何してんの?」
「ここに昔店があったと記憶していたのですが」
綺麗な笑顔を向けて男……メフィラスは己に声をかけてきた女に返事をした。すると女は呆れたような表情を彼に向けて言葉を放つ。
「それいつの話よ。十年も前に潰れたわよ」
「……そんなに前でしたか」
自分の時間感覚で行動してしまったかと心の中で思わずメフィラスは舌打ちをしたのだが、なくなってしまったのは仕方がないとそんな心の内を見せぬように困ったように笑う。
「久し振りにこちらに来ましたので」
「そうなんだ。子供が来るような店じゃなかったけど」
そう女が言ったのは仕方がないだろう。端的に言えば居酒屋に近い店であったのだ。己がとっている外見年齢から考えれば確かに十年以上前に訪れるには少々無理のある設定だったかとメフィラスは思考を巡らせる。
「父がたまに連れてきてくれましたので懐かしくて」
「あぁ。それは残念だったわね」
己のついた嘘に同情するように女が表情を歪ませたので、メフィラスは丁度良いと言うように言葉を放った。
「どこか近くにおすすめの店はありますか?」
「近くはないけど……この店が好きなら気に入りそうな店は知ってる。案内してあげようか?」
「お時間は大丈夫ですか?」
「別に用事もないからいいけど。私も久々に行きたくなった」
そう言うと女は歪んだ表情をあっという間に笑顔に変えてメフィラスを先導するように歩きだした。それに彼はついて行く。
まっすぐに伸びた背筋と、一瞥もせずに前を見て歩く女の姿を観察するようにメフィラスは眺める。人類というのは非常に個体差が大きい。彼女は大雑把に分類するならば非常に人の良いタイプなのだろう。わざわざ声をかけてきた事といい、同情的な表情を見せた所といい、善良な市民と分類しても触りはない。その上、比較的この国の男としては顔が良いと判断される擬態をしている己に対して媚びる様子もない。
この惑星にたどり着いて、支配下に置くためにメフィラスは長い時間をかけた。
人類の歴史を学び、そしてその過程で宗教、哲学、文化を学び、人類というものを観察しつつできるだけ無傷でこの惑星を手に入れる為に画策をしている。一方的に武力行使で支配下に置くやり方をする者も多いが、それはメフィラスの性に合わなかった。人類もまた資源として活かせる。そう考えていたのだ。
「ここ」
十五分ほど歩いただろうか。賑やかな飲み屋街から外れた小さな店。そこにたどり着くと、女はくるりと振り返ってメフィラスを招きいれるように店の扉を開けた。
メニューを片手にメフィラスは口を開く。
「おごりますよ」
女の表情が変わったのに気が付きメフィラスは不思議そうな顔をする。そう言えば大概相手が喜ぶのを経験から知っていた。けれど彼女の反応が予想外のものであったので少しだけ驚いたのだ。
「その言葉は苦手かな」
「はい?」
「特別な日でもないのに奢られるのは苦手なの」
そう言いながら女は店員にいくつか注文をする。そしてメフィラスにメニューを差し出した。
「飲み物選んで」
どこの店にでもある酒をメフィラスが頼むと店員は離れて行き微妙な沈黙がお互いの間に流れる。彼女の機嫌を損ねたほどではないと察することはできたが、彼女の望む言葉がわからない。そんな事を考えたメフィラスはわざと困ったような表情を作る。
「失礼があったのなら申し訳ありません。こんな時にどんな言葉を言ったら良いか解らなくて」
善良な彼女相手なら素直に聞くのが一番良いと判断して彼がそう言葉を発すると、女は瞳を細めて笑った。
「割り勘でいいわよ」
「割り勘……ですか?」
概念は知っている。そう考えてメフィラスは再度彼女の顔を眺める。すると女は先程の僅かに曇らせた表情を取り払い、口元を緩めて笑った。
「友達ならさ、今日は私が奢るから次はアンタねとか言えるけど、お兄さんとはそんな関係じゃないじゃない?だったらお互い対等で、気を使わず飲みたい。だから割り勘」
対等。と言う言葉が妙に可笑しくてメフィラスは思わず口元を緩める。己と対等でありたい、そう彼女が言い放ったのが滑稽にも見えたし無知ゆえの無邪気さにも思えた。けれどそれは不快ではなかった。
「では割り勘で」
「はい。そんじゃかんぱーい」
店員の持ってきた酒のグラスを合わせて女は上機嫌に笑ったので、どうやら自分の返答は間違っていなかったようだとメフィラスは納得して酒を煽る。別に酒であるとか、食べ物を摂取しなくても死にはしないのだが、一緒に食事を取るというコミュニケーションを人類が好むのを知っているので、観察や学習のために何度もそれは繰り返していた。腹を割って話すにはこれが一番手っ取り早い。そうメフィラスは思っているのだ。
「……これは……あの店の味と似ていますね」
「わかるとか凄いねお兄さん。あの店さぁ、店主が急病で亡くなって閉めちゃったんだけどね、ここは息子さんが始めた店でさ。二年ぐらい前かなぁ」
記憶にある味とよく似ていることに些か驚いたのでそうメフィラスが言葉を発すれば女は瞳を細めて嬉しそうに笑う。
「私もあの店の味好きでね。息子さんがお父さんの味を継いで店出してくれたの嬉しくてさぁ。お兄さんにもおすそ分け」
「ありがとうございます」
何をおすそ分けされたのかは解らなかったが、無難な返事をメフィラスは返す。それに満足したように女は笑って、もう一つの料理も彼に差し出した。
「このだし巻きも味おんなじなの。凄いわよね」
ふわふわとした食感と繊細な出汁の風味が口に広がり、メフィラスは確かに同じだと納得して小さく頷く。
非常にひ弱で寿命も短い人類。けれど不思議と減ることはなく勝手に増えてゆく。そうやって細胞の様に代謝していくのだが、人類の歴史や文化を学んでいけば、絶えることなく続いてゆくなにかも存在する事をメフィラスは知っていた。それが不思議ではあったのだが、こうやって親から子へ、そしてその周りにいる誰かが伝えるのだと目の当たりにして自分でも驚くほどストンと腑に落ちた。難解な問題が一つ解けたことが彼の気分を高揚させたのだろう、無意識に口元を緩める。
それに気が付いた女は咽喉で笑った。
「そうそう。そんな顔見たいの。美味しいわよねぇ」
「ええ。とても」
その後他愛のない話をしていたのだが、会話の中でふと彼女が放った言葉。
「こんな大きな花束よ!?邪魔でしょ!?」
「それは……確かに扱いに困りますね」
「一輪で十分なのに分かってない!好きなものだって一杯渡されたら困る」
「謙虚ですね」
「花瓶がないのよ。管理できないの。少しのものを大事にするのが性に合ってる」
「私は全部欲しくなりますけどね」
メフィラスの言葉に女は目を丸くすると、可笑しそうに口元を歪めた。
「価値観の相違ね」
「不快でしたか?」
「全然。全く同じも気持ち悪いもの。そんな人もいるでしょ?自分と違う人攻撃したり排除したりしてたらキリないし。こう……適当に妥協したりする的な?」
「あぁ、そこは私にも理解できます」
「全部欲しいって言えるのはまぁ、それ自体は悪くないんじゃないの。できるかできないかの問題はあるけど」
「できますよ」
「神様なのお兄さん」
「さてどうでしょう」
わざとおどけて返答すれば女は酒を煽った後に笑って口を開いた。
「じゃぁまたいつか会いましょう神様。とっても楽しかったわ」
「その時は貴方の好きな花を贈りますよ。一輪だけ」
「じゃぁスイトピーがいいわ。小さい花が可愛くて好き」
「仰せのままに」
勘定をする為に立ち上がった彼女を見上げてメフィラスは笑った。
墓に添えられる花はスイトピー。結局一度も再会することなく時間はあっという間に過ぎていった。十年経ったのか二十年経ったのかもっと経っているのか、逆にそんなに時間は経っていないのか。メフィラスは正確にそれを把握していなかった。
けれど時折その花を見かければ一輪だけ購入し、そして数え切れないほど枯らした。目の前の墓に添えられたこの花も直ぐに枯れてしまうだろう。
「やはり性に合わないようです」
枯れぬように、絶やさぬように、丸ごと抱え込み管理する方が早い。一輪だけのそれが枯れる度に言葉に言い表せない不快感を抱くようになったのはいつからだろうか。それすらもう思い出せなかった。
「……本当に脆くて弱い。私が守ってさしあげますよ」
そう言って小さく嗤った男は遠いソラを見上げた。
シンウルトラマン面白かった!
こんな出会いがあったかもしれない。なかったかもしれない。
20220601 ハスマキ