*序章*

 女はゆっくりと街を歩き回っていた。これといって明確な目的があったわけではないが、この乱世、何か食い扶持を稼げる話はないかと酒場等をブラブラとしている。艶やかな顔立ちにはそぐわぬ派手な鎧。外套を靡かせ、背をすっと伸ばし歩く姿は人目を引いた。
「もし」
「あら、何かしら」
 声をかけてきたのは老人にも、子供にも見える不思議な男だった。深く被った笠のせいで顔は良く見えないが、女は足を止めて背を丸めて座る男に視線を落とした。
「お主、変わった相の持ち主だねぇ」
 それは唐突な言葉であったが、女は瞳を細めて興味深そうに、首を傾げると、どういうことかしら?と艶やかに笑った。
「ふむ……反骨とは少々違うかね。人の道には自然と外れる、孤独な相だ」
 その言葉に女は咽喉で笑うと、それがどうかしたのかしら?と笑った。その反応に男暫し呆けたように言葉を失ったが、気を取り直したのか言葉を続けた。
「君主には好かれよう。けれど、下のものには嫌われる。そして国を滅ぼす」
「でしょうね。私を大事にしたいと言った者達は皆滅びて行ったわ。えぇ、そうね、多分貴方の言うとおりなのかもしれませんわね。だから?大人しくしていろと?田舎に篭っていろと?死ねと?冗談じゃないわ。私は己が好きな様にしますわ。国が滅ぶ?そんなものは君主が無能だからじゃなくて?私の知ったことではありませんわ」
 酷く高飛車な物言いに、男は思わず口を閉じる。災いを呼ぶ。だから注意しろと忠告するつもりなのであったが、彼女はとうにそんなことは承知していたらしい。そうやって人も、国も滅ぼしてきたのかもしれない。
「……忠告感謝しますわ。私にそんな事を言う人間は余りおりませんの。皆、口を噤み、目を逸らして、離れて行ってしまうのですもの。悪逆之徒だと言う方もおりますのよ」
 そう言うと女は瞳を細めて笑った。
「私は国が滅びるまで誠心誠意込めてお仕えしたというのに。本当に悪逆之徒になれば良かったのかしらね」
 北の大地で女はとある将の旗持ちをしていた。ただ故郷が馬の産地で、人より少し馬に乗るのが巧かったので採用されたのだ。片手で旗を持ち、片手で短槍を扱う。それだけを訓練して、戦場でその将の側を離れずに走るのが仕事であった。それに不満があったわけではない。彼女の仕えた将はとても人間ができていたし、厳しくはあったが、理不尽ではなかった。
 けれど国は滅びた。君主が彼女を気に入り、出世させたのだ。旗持ちで良かったというのに、異例の出世に彼女から人は離れていった。元々彼女が仕えていた将だけは、部下の出世を喜んだが、それ以外は冷たいもので、それを見返すために戦功を上げれば上げるほど君主に気に入られ、彼女は孤立していった。そして、それは君主への失望へつながり、人が流出し、結局国は滅びた。

──  さようなら■■様。私が側にいると次は貴方が滅びますわ。だから……次は戦場で会いましょう。

 大好きだった将軍と離れて、滅びた国を逃げ落ちた。共にいれば滅ぼすと思ったのだ。
 そして彼女はなんの目的もなく、日銭を稼ぐために戦場に繰り出し続けた。戦があれば東へ西へ。いつの間にか数百人の人間がついてきたが、数が増えると養えないので、わざと激しい戦に介入して人数を減らすことも厭わなかった。顔は余り覚えていない。そして彼等も、食べて行くためについて来ているだけで、彼女に忠誠を誓っているわけでない。お互いに利用しているだけの関係なのだ。
 それが当たり前になって、彼女は放浪軍の様な扱いを受けるようになる。どんな負け戦でも金さえ貰えば仕事をする。裏切りはしない。けれど、契約が終われば、敵対していた軍にも平気で金で雇われる。
「どうせ国を滅ぼすのなら、傾国の美女と呼ばれたほうが気持ちがいいのに、困ったものですわね」
 ククッと咽喉で笑った女を見上げ、男は小さく吐息を漏らした。無能であれば彼女はきっと平凡に過ごしてきたのだろうが、彼女は人より有能であった。だから国を滅ぼした。そして、これからも滅ぼし続けるだろうと。
「ごきげんよう。また生きていたら会いましょう」
 その美貌も、武力も、胆力も、全てが滅びへの道標となる女。いっその事性根まで悪逆に染まりきれれば良かったのかもしれないが、彼女はまだそこまで至っていない。それが酷く痛々しく、あの派手な格好も、高飛車な物言いも、全て己が立つために必要なモノに見え、男は哀しそうに瞳を細めた。


だいたいこんな感じ
201302 ハスマキ

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