*ぬえどりの*

 世の中がピンク色に染まる2月。街はバレンタイン一色になり、げんなりした顔で山崎は屯所へと向かう。生まれてこの方縁がないイベント。女性の監察隊士が入ってからは、義理チョコなども貰うようになった分、昔ほど恨みつらみはないが、それでも縁がないといえば縁がない。
「山崎さん」
 屯所に到着し、書類を纏めていると、相棒である女性監察がひょっこりと顔を出した。現在近藤の恋人であるが、昔と変わらずイベント毎におすそ分けをしてくれたりもする。家事技能高い彼女のおすそ分けは義理でもやはり嬉しいし、美味しい。ただ、自分などに気を使わず、近藤に全力投球すればいいのにと思わないでもないが、それは彼女の性格上言っても無駄なので口に出したことはなかった。
「どうしたの?」
「今日のお仕事終わったら、監察の子達とお菓子作るんですけど、何かリクエストありますか?」
 男所帯であった真選組の華とも言える貴重な女性隊士は監察に固まっている。バレンタイン爆発しろと言っていた野郎どもも、彼女たちがバレンタインに義理ではあるが手作りの菓子を配るのを楽しみにしていたりするのだから、大事なイベントとも言えるだろう。
「俺は貰えるだけで有難いよ」
 思わず表情を崩してそう言うと、彼女は驚いたような顔をした後、いっつもそれですね、と笑った。
「近藤さんに渡す分は決めたの?」
 そう聞くと、彼女は少し恥ずかしそうに笑って、はい、と返事をした。微笑ましいなオイと思いながら、山崎は苦笑する。幸せいっぱいで見ていて嬉しくなる。仕事の相棒としても、先輩としても、やはり可愛い後輩が幸せそうなのはとても気分がいい。
 夕食の終わった食堂を借りるというのは近藤に許可を貰っていたはずだ。多分監察の女の子達はそこでワイワイと菓子作りに励むのであろう。
「楽しみにしてるから」
「はい」
 淡く微笑んで菓子作りに向かった彼女を見送り、山崎はゴロンと畳に横になった。
 女の子だなぁ。
 そんな事を考えて、山崎はふと、三味線の師匠であるカグヤを思い浮かべた。イベントがあれば酒を飲むが、バレンタインの場合はどうするのだろうか。ふとそう思ったのだ。土方に渡すのだろうか、それとも万事屋に渡すのだろうか。
「オイ」
 突然頭上から声をかけられ、山崎は飛び起きる。すると不機嫌そうな顔をした土方が立っており、思わず背筋をしゃんと伸ばす。
「はい」
「いや、仕事の話じゃねぇんだ。手前ェ明日三味線屋の所いけるか?」
「……はぁ。休みなんでかまいませんけど……」
 山崎が返事をすると、土方は紙袋を手渡し、ドスンと座布団に座る。
「DVD借りてたんだけどよ、なんか万事屋が見てぇとか言い出したらしくて見終わってたら早く返してくれって言われてんだ。悪ぃけどお使い頼むわ」
 煙草に火をつけてふぅっと煙を吐き出しながら土方が言うので、山崎は、はい、と頷き紙袋を確認する。中にはDVDが二本入っている。
「アレ?土方さん明日休みじゃないですか」
「外出ろとかどんな無理ゲーだよ」
 不貞腐れたように言う土方を眺めて、山崎は苦笑した。そうか、明日はバレンタインだ。今さっきまでそんな話をしていたではないか。そう思い、山崎は、大変ですね、と呟く。
「メーワクなんだよ。知らねぇ奴に押しかけられるとか、食い物渡されるとか」
「俺から見れば羨ましい限りですけどね」
「……手前ェさ、惚れてもねぇ、よく知りもしねぇ女からモノ貰って嬉しいか?」
 呆れ顔の土方を眺めながら、山崎は暫く考えこんだが、出した答えは至ってシンプルなものであった。
「経験がないんでわかりません」
「……あっそ」
 煙草の煙を吐き出しながら、土方は、不機嫌そうにそう返した。顔は不機嫌そうだが、どちらかと言えば呆れてるのだろうと経験上知っている山崎は思わず笑う。
「そういえば、先生ってバレンタインはお酒飲むんですかね?」
「シラネ。バレンタインに会ったことねぇから。まぁ、何かと理由つけて飲んでるから、そーかもしれねぇな」
 その返答に少し山崎は驚いたような顔をした。土方とカグヤは飲み友達であるが、確かに土方の言うように、バレンタインの日はそもそも土方が外に出ることが稀で、そう考えればカグヤと何かしらのやり取りは意外だがないのかもしれない。
「へー、意外ですね。仲いいですし、チョコぐらい貰ってるのかと思ってました」
「仲良いっても飲み友達みてぇなもんだしな。まぁ、義理でアイツがくれるって事はあるかもしんねぇけど、お返しはクソ高ェ酒でとか言い出すだろ」
 安易に想像できたのが、土方が咽喉で笑ったので、山崎もつられて笑う。かつて山崎の相棒である女性隊士に惚れていた土方であったが、それは近藤と彼女が上手く行ったことで静かに気持ちに蓋をした。荒れるかとも思ったが、意外としゃんとしているし、関係も良好である。吹っ切れたのだろう。そして、その愚痴相手はいつでもカグヤであった。二人の仲がどんなものかは正直山崎には把握しかねるし、本人達も飲み友達だと言うだけで、それ以上の男女間の関係は臭わせない。むしろ、男子高生のノリで付き合ってるという事も最近なんとなく解ってきた。
 だからどうなのだと言えば、山崎には全く関係のない事であった。
 カグヤに憧れているし、とても好きだが、高嶺の花だと初めから解っているし、そんな事には慣れている。上手く行ったことなど一度もないのだ。ただ、土方とカグヤの関係がどんな形であれ良好であれば、自分は土方の部下として、三味線の弟子として彼女の傍にいることが出来る。それだけの話であった。
「まぁ、時間はいつでも構わねぇから三味線屋の家寄ってくれ。手前ェにDVD持たせたって言っておくから」
「はい」
 話を切り上げた土方を眺めて、山崎は返事をしDVDに視線を落とした。

 

 翌日。朝食堂で女性監察が配っていた菓子と、その後相棒からいつも別枠で貰っている菓子を有難く受け取ると山崎は屯所の裏口からそっと外に出た。正面玄関は土方や沖田にプレゼントを渡そうと人が出待ちしているんだ。毎年毎年ご苦労なことだと思いながら、山崎はほてほてとカグヤの家に向かった。
 その途中。バレンタイン当日のせいか、派手にバレンタインの宣伝をしている菓子屋を見つけ、山崎はそこで足を止める。手土産に何か持っていった方が良いのだろうか。気を使うなとカグヤにはいつも言われているが、何となく手ぶらで行くのは申し訳なく思う山崎は、店に入り並べられている菓子に視線を送った。
 驚く程種類が多いし、色鮮やかで若干入ったことを後悔した。しかも、よくよく見れば当然だが店内は女性客だらけである。
「いらっしゃいませ」
 店員に声をかけられ、山崎は曖昧に笑うと、小さく会釈をして商品に視線を落とす。そんな中、チョコレートに混じって店の片隅に小さな酒が置かれているのに気がつき、山崎は驚いたような顔をしてそれを手に取る。すると店員が笑顔を向けて声を掛けてきた。
「如何ですか?チョコレートに合うお酒なので扱わせて頂いてます」
「あ、そうなんですか?」
「はい。是非チョコレートとご一緒に」
 そう言われると、何となく一緒に買わなければならないような気がして、山崎は、綺麗な和風の花の形をあしらった小さなチョコとその酒を購入する。後で考えると、女性ばかりの店でわざわざ酒とチョコレートを購入する姿は異様だったかもしれないが、いい手土産になったと山崎はウキウキしながらカグヤの家へ向かう。

 勝手口のチャイムを鳴らすと、カグヤが顔を出し笑顔を山崎に向ける。
「いらっしゃい、ザキさん」
「はい」
 そう言うと、中に入る様に促されたので素直に山崎はカグヤの後ろにくっついて家の中へ入っていく。
 座敷に設置されているこたつに足を突っ込むと、末端が温かくなってきて自然に山崎の表情が緩む。お茶を持ってきたカグヤはそれを見て、瞳を細めた。
「寒いのにお使いごめんね。いつでも良いって言ったんだけどさ」
「あ、いえ。元々休みだったんで」
 そう言うと、山崎は土方に頼まれたDVDをカグヤに差し出した。彼女はそれを確認すると、はい確かに、と笑った。
「ほら、先週末にさ、このシリーズの一本目TVでやってたじゃない?それ見て銀さんが続きみたいとか言い出してさ」
 山崎は仕事で見ていないが、そういえば食堂でそんな話を聞いたかもしれない。熱いお茶をゆっくり飲みながら山崎は頷いた。よくTV放映後にレンタル屋に行ったら根こそぎ借りられていた等聞く話なので、心理的には理解できる。
「あ、先生これ。おみやげです」
 そう言いながら山崎は買ってきたチョコと酒を渡す。すると、カグヤは驚いたような顔をして、受け取った。
「おやまぁ。ありがと。別にいいのに」
「珍しかったんで。チョコレートに合うお酒らしいです」
 カグヤは綺麗にラッピングされたチョコと酒を卓に乗せると、瞳を細めて笑った。
「アレよね。こーゆーラッピングを外すときって、美女を脱がすみたいな期待感があるわよね」
「……随分おっさんみたいな言い回しですね」
「うん。兄さんにもよく言われる」
 笑いながらカグヤはラッピングを外してゆく。
「あら、貴醸酒」
「あ、そんな種類なんですか?」
「これならチョコレートに合うわー。本来水で仕込むところを酒で仕込むからコスト高いんだけど、なかなか濃厚でね。甘口だけど好きよ」
 機嫌良さそうに酒瓶を撫でる姿を見て、山崎はほっとする。随分喜んでくれた。それがとても嬉しかったのだ。
「これはザキさんの本命?」
「え?」
 カグヤの言葉に山崎は驚いたように声を上げた。
「だって、バレンタインじゃないのさ」
「いえ、確かにバレンタインですけど、男から女にってのはおかしいでしょ」
「チェッ、本命じゃないのか」
 不貞腐れたような顔をしたカグヤに山崎は心底驚き、言葉を探す。なんといえばいいのか。本命ですといえばいいのか、義理ですと言えばいいのか。そもそも買った時は手土産のつもりだったのだから、これはどうすればいいのだ。オロオロとする山崎を見て、カグヤはプッと吹き出すと、そんなに深刻に考えなくていいのよ、と笑った。
「そんじゃ、コレは私から」
 そう言うとカグヤは卓に小さな箱を乗せる。
「え?俺にですか?」
「ザキさん以外ここに誰がいんのよ」
「えっと、土方さんへのお使いとか……」
「うん。ザキさんって時々思考回路がわからないわー。ザキさんの為に買ったんだから貰ってね」
 そう言われ、漸く山崎は素直に頷いてそれを受け取った。まさか自分の為に準備をしてくれているとは思わず、驚いたしとても嬉しかった。
「えっと、お返しはお酒とか、そんなのがいいですか?」
「まだ開けてもないのにお返しとか律儀ね。別にお返しなんかいいわよ。こっちが勝手に準備したんだし」
 咽喉で笑うとカグヤは、細い指で酒瓶を撫でると瞳を細めて笑った。
「それにこっちもイイモノ貰ったしね」
 ゾクリとするような妖艶な笑いに、山崎は思わず恥ずかしくなって俯いた。細い指で酒瓶を撫でる仕草が色っぽい。ほんの少し前におっさん臭いとか言った自分を殴りたいと思いながら、山崎は深々と頭を下げて、有難うございました、と上ずった言葉で礼を言った。

 

「ザキさんの女子力高いわぁ。負けたわぁ」
「手前ェに女子力っていう数値があることに驚きだよ」
 ちびちびと酒を飲みながら、土方は呆れたようにカグヤにそう零す。バレンタインから数日。カグヤの家でチンタラ飲みながら土方は打ちのめされたカグヤを眺めて旨い酒を飲んでいた。
 あの日帰ってきた山崎は、嬉しそうにカグヤからお使いのご褒美にチョコレートを貰ったと土方に話していた訳なのだが、それを聞いた土方は唖然とした。それ、お使いのご褒美じゃないから。三味線屋前もって準備してたから。そう言おうか言うまいか悩んでいる間に、山崎はさっさとDVDのお使いを終えた報告を終えて部屋に戻ってしまった。
「まさかさ、バレンタインの日にチョコレートとそれに合うお酒もって来るとは思わないじゃない?私の趣味に合わせてさ。女子力高い。高すぎる。そんでもって私はおっさん臭いとか言われるしさー。まぁ、それは認めるけどね。言った後にしまったと思ったけどね!」
「まぁ、美女を脱がす期待感はねーわ。そりゃ手前ェが下手打ってるわ」
 根本的な所が漢前すぎて、そもそも女子力という数値がゼロに近い。漢前度数というものを測ればきっとぶっちぎりなのだろうとも思うが、あえて土方はそれを口にしなかった。けれど、失敗したと言うカグヤの姿は珍しくて、思わず土方も饒舌になる。今までの立場と若干逆転現象が起きているのが愉快なのだ。
「まぁ、喜んでたし良いんじゃねぇの?俺も態々お使いさせたかいがある」
 別にDVDの返却などいつでも良かったのだ。けれど、カグヤが山崎にとプレゼントを準備しているのを知っていたから、少しおせっかいをしただけである。結果、打ちのめされるカグヤなのだが、それは本人が下手を打っただけの話なので、土方には関係ない。
「俺にはねーの?義理チョコ」
「あるわよ!はい!おっぱいチョコ!」
「……どこでそんなの探して来たんだよ。つーか、そーゆー所がおっさん臭いんだよ」
 呆れたように土方は言うと、箱を受け取る。どうしようもない莫迦な友達で、余りにも酷い。
「高杉の野郎は催促してこねーの?」
「あ、その辺は全さんに配達してもらってるから。おっぱいチョコ」
「全力で義理アピールだなオイ」
「昔は良く見かけたんだけど、最近見なくてさー。店で見つけて嬉しくなったから、今年の義理チョコはコレにしました!」
 胸を張って言うカグヤを見て、土方は思わず笑う。高杉もウキウキしながらあけたらおっぱいチョコとか脱力しただろうか、笑っただろうかとどうでもいい事を考えて、土方は盃の酒を舐める。カグヤに執着する幼馴染はいまだに捕まらず、真選組としては腹立たしい限りだが、ざまーみろと言う気分になって酒がいつもより美味しく感じられる。
「……って事は、山崎に渡したのは本命か?」
 おっぱいチョコじゃなかった事は後でチョコを分けてもらったので知っている土方は、僅かに眉間に皺を寄せて言う。
「そーよ」
 咽喉で笑ったカグヤを見て、土方は、そうか、と短く返事をした。可愛がっているのは知っているし、師弟としては十分過ぎるほどに仲がいい。けれど、今まで不思議とそんな思考に至らなかった事に気が付き、土方は驚いた。
「……手前ェさ。おもしれーぐらいに空回ってんな」
「兄さんに言われるとか、死にたい」
 大真面目にカグヤに返答されて、土方は、そりゃそーだ、と思い苦笑した。今まで散々空回って、愚痴って、結局全部ダメになったのは土方の方だ。
「兄さんと振られ坊主同盟作ろうか」
「何いってんだ。俺は終わったけど、手前ェは始まってもねぇだろ」
 その言葉にカグヤは一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐに破顔して笑った。
「おやまぁ、ロスタイムとか言われるかと思ったけど」
「もうそれ試合終了じゃねぇか。そんでいいのかよ手前ェは」
「まぁ、アレよね。あんま多く望むとバチが当たるわね」
 そう言って咽喉で笑ったカグヤを見て土方は思わず瞳を細めた。山崎もカグヤも望まなさすぎるのだろう。かつて自分がそうであったように。そう考えると、ろくな未来に行かない気がして、土方はつまらなさそうに盃をカラにした。


女子力の差
20120201 ハスマキ

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