*閑話休題02*

 書類を書く近藤さんの手が一向に進まないのにイライラしながら書きあがった書類をチェックしていると視界の端でぱたりと手を止めふぅっと溜息をつく姿が確認できた。何をさっきから悩んでるのか理解不能だが、仕事が進む切欠になればと声をかける事にした。
「何で溜息ばっかりなんだよ。そんな難しい書類じゃねぇだろう」
「書類はいいんだけどね。ちょっと知りたい事があってだなぁ。相談に乗ってくれる?トシ」
「何だよ」
 相談とは大げさだと思いながらも、とりあえず溜息を止めれば仕事が進むかもしれないと思い俺は書類を束ねて隅に置くと煙草に火をつけた。
「ハルちゃんが欲しい物って何?」
 思わず吸い込んだ煙が別の所に入り咽そうになるのをぐっと堪えて近藤さんの顔を見た。本人は大真面目に俺にそんな質問をしてきているらしい。大体アンタの方がアイツと一緒にいる事が多いんだから解ってんじゃねーのかよ、と言いたいのを堪えて別の返答をする事にした。
「…道場の掃除用モップ。くたびれてるって言ってたけど」
「そんなんじゃなくてさ!こう、クリスマスにプレゼントしたら喜ぶような物を聞いてるんだけど…」
「アンタが渡せばなんでも喜ぶよアイツは」
 俺の2つの返答に露骨にがっかりしたような顔をしたので思わず殴り飛ばしたくなる。今までアンタがアイツにプレゼントした物で喜ばなかったものは何一つない。コレは本当だ。だからそう言ったのに何ガッカリしてんだよ。
「具体的に、何かないかな。こう枕元に置けるようなもの」
 しょんぼりとした近藤さんの言葉に俺は思わず仰天した。
「枕元って…アンタサンタクロースやりたいのかよ!」
「だって、ハルちゃん良い子だしサンタ来てもいいと思うよ!ハルちゃん身寄りがないから俺が代わりにサンタになろうと思って…」
 どうしようもない莫迦だった。つーか、子供じゃないしアイツ。俺達より年は下かもしれねぇけど成人してるし。就職してるし。サンタクロースの存在だって流石にもう信じてないと思う。多分。
 ちらりと近藤さんの表情を伺うとまぁ、見てるこっちが悲しくなるほどしょぼくれていていたたまれなくなる。
「…前にね。ハルちゃんに欲しいもの聞いたんだよ。そしたらね…」
「モップって言われたんだろ」
「そうなんだよトシ!どう思う!?年頃の娘が一番欲しいものモップとかありえないじゃん!俺今まで女の子に散々貢いできたけどそれ全部相手が欲しがった物ばっかりだし、ハルちゃんブランド物とか興味ないみたいだし、本当に困ってるんだよ」
 そこまで言うと近藤さんは頭を抱えて机に突っ伏した。今までいいように女にカモにされてきた事を考えれば確かにアイツへのプレゼントは想像を遥かに超える難易度なのだろう。基本的に無欲だ。仕事に必要なものは欲しいと明確に言うが個人的に使うものに関しては人にたかっているのを見たことがない。
「…何でも良いだろうよ。アンタが渡せば喜ぶ」
 俺は同じ言葉を繰り返した。どんなに考えてもそれが一番正しい答えだとしか思えない。心底アンタにベタ惚れで、側に居るだけで幸せだというアイツは高望みなどしないだろう。
「そりゃートシは男前だしさ、トシが女の子にプレゼントすれば何だって相手は喜ぶよなー。ちぇ」
 子供の様に拗ねた物言いをする近藤さんを見てるとアイツが少し気の毒になった。あんなに思ってるのに全力でスルーだ。挙句の果てにアイツのサンタクロースになりたいとか父親かアンタはと思わず突っ込みたくなる。
「ペンギンとハスキー犬と桜ときつねうどん。あとミカン」
「え?」
「アイツが好きなものだよ」
 自分がアイツの好きな物を知ってる事を晒すのは正直厭だったがこうでもしないと近藤さんは納得しないような気がして仕方なく吐き出すことにした。最後に付け足すなら『近藤局長』であるがそこはアイツの為にも自分の為にも黙ってる事にした。
 俺の言葉を聞いて近藤さんはぱぁっと表情を明るくすると嬉しそうに頷く。
「流石トシは何でも知ってるな。そうか。ハルちゃんの好きな物プレゼントすれば良いんだなぁ」
「…気が済んだら仕事続けろよ」
 何でも知ってると片付けられた事に心底ホッとしながら俺は新しい煙草に火をつけた。
 しかし近藤さんの手は又ぱたりと止まり此方に視線を送ってきたので仕方なくまだ何かあんのかよと聞く事にした。
「ハルちゃんって恋人とか居るのかな?」
「はぁ?」
「いや。恋人がいるなら俺がサンタになるは変かもしれないとちょっと思ったんだが」
「いや、恋人がいなくても十分変だから安心しろ」
「ええ!?」
 心底吃驚したような顔をした近藤さんを見て俺は溜息をつくしかなかった。莫迦だ。本当に莫迦だ。恋人とか居るわけがない。今まで一度でもデートしてきましたとか、聞いたことあんのかよアンタ。休みの度に屯所に来て掃除して帰ってるのみてんだろーがよ。たまに来ないと思ったら新しい本買って部屋に篭ってましたとかそんなんばっかりだろうが。
「休みの日に男と出かけたとか聞いたことあんのかよ」
「ないなー。いないのか。じゃぁ俺がサンタでもいいかな」
「…アンタが良いって言うだろうな」
 そう思わず言葉を吐いて後悔した。自縄自縛になっていくのが解る。アイツが何を望んでるのか知ってるのに俺は心のどこかでまだ諦め切れてない。莫迦は俺だ。
「ハルちゃんは優しいからなぁ。むさいサンタでも喜んでくれるかな」
 子供の様に笑う近藤さんを見てると逃げ出したくなった。アイツの話を続けて自分の押し込めてるモノが零れる前に。
「トシは欲しいものあるか?俺がサンタになってやるぞ」
「欲しいものなんてねぇよ」
 嘘をついて自分を守るしかなくて情けない気持ちになる。欲しいものを手に入れようとしたら今の関係が破綻する。それは厭だ。今のままで良いと思いながらも、諦め切れなくてどうしようもなくて蓋をしたのにソレは緩やかに自分の感情を侵食している。その事を自覚してぞっとした。
「…トシ?」
 黙り込んでしまった俺を心配してか近藤さんが声をかけてきたので我に返る。心配そうに此方の様子を伺う姿を見て俺はぎこちなく笑うしか出来なかった。
「まぁ、とりあえず俺としては今此処に積まれてる書類が片付くのが最高のプレゼントだな」
「まじでか!」
 逃げるように話題をすり替えた俺を見て近藤さんは吃驚したような顔をすると慌てて書類の束に向き合い先程とは打って変わって真剣な様子で仕事に取り組む。漸く悩みもある程度片付いてすっきりしたのだろう、近藤さんの表情は先程より元気そうに見える。
 それを眺めながら又煙草に火をつけると煙を肺に入れた。
 ゆっくりと思考を切り替えようとしたが、アイツに近藤さんが何を贈るのかと気になってそれは巧く行かなかった。最近特に思考の切り替えが巧く行かないような気がして思わず溜息をついた。
「トシはハルちゃんに何プレゼントする?」
「…まだ考えてねぇ」
 何気なく振られた話題に莫迦正直答えてしまい思わず心の中で舌打する。まだ考えてない無いということはいつかは考えてプレゼントをするということだ。何故プレゼントなどしないといわなかったのかと後悔する。
「そうかー。被らないようにと思ったんだがな」
 その言葉に返答せず黙殺したが近藤さんはそれを気に留めなかった様で返事を促す訳でもなく手を動かし続けていた。
 被ろうが被るまいがアイツは多分どんな物でも近藤さんから贈られたものなら喜ぶ。それは何度思考しても至る結論だ。無駄に高い近藤さんのスルー技能には正直頭が下がる。正面から控えめとはいえ向けられるアイツの好意にいつ気がつくのだろうか。そして、気がついた時に近藤さんはどう受け止めるのだろうか。
 鬱々とした思考に引き込まれそうになったので思わず頭を軽く振ると煙草をもみ消し俺は自分の仕事に戻ることにした。
「失礼します」
 声がかかり障子が開いたのでそちらに視線を向けるとリンドウがヤカンを持って立っていた。恐らくこの部屋のポットのお湯を補給しに来たのだろう。いつもこの部屋のポットのお湯が切れないのはアイツの地味な気遣いのお陰だ。
「ハルちゃん」
「お仕事中申し訳ありません」
 頭を下げて部屋に入るリンドウをぼんやり眺めながらついでにお茶入れてけと俺は思わず言葉を零した。するとリンドウは淡く微笑んで茶器の準備をする。そうする事でいつも通りの日常に戻れる様な気がしたのだ。そのうち総悟が来て、山崎が来て、近藤さんの仕事が進まなくなって俺が怒る。そんな日常に戻る事を今は心底待ち望んでいた。


御用改め話で書ききれなかったネタ
土方独白は暗くて困る
20090124 ハスマキ

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