*惚れて通えば千里も一里*
真選組屯所を訪れた松平は、玄関先で掃除をしていた監察の山崎とリンドウの姿を見つけて軽く手を上げ声をかける。
「よぉ。元気にしてるかリンドウちゃん」
「松平様」
声を揃えて顔を上げた監察組に、松平は満足そうに笑うと、煙草に火をつけ近藤と土方はいるかと聞く。すると、山崎は箒を立てかけ屯所の中へ一足先に入ってゆく。恐らく二人を探しに行ったのだろう。それを見送ったリンドウは、松平に笑顔を向けると口を開いた。
「随分涼しくなりましたね」
「そーだな。リンドウちゃんは元気?上様も久々に会いたいって言ってたから、またそん時は宜しく頼むわ」
「はい」
靴を脱ぎながらそう言った松平に、リンドウは淡く微笑み返事をした。以前将軍に会ったのは春先の事である。平隊士が早々お目に掛かる事は出来ないのだが、将軍が彼女の事を気に入っている事もあり松平はそう言ったのであろう。軽く手を振りながら松平はいつも通される和室へ足を運ぶとどっかりと座蒲団の上に座り近藤達が来るのを待つ事にした。
直ぐにやって来た山崎が茶の準備をはじめ、直ぐに近藤と土方がこちらに来ると伝えると、松平は満足そうに笑う。
「近藤の奴屯所にいるのか?」
「え?はい。今日は午前中は副長と外回りでしたけど、午後からはずっと屯所にいますよ」
「そーか。誕生日に仕事とは難儀な奴だな」
その言葉に山崎は曖昧に笑うと、茶を松平の前に置く。今日が近藤の誕生日である事は山崎も知っているが、近藤が今日屯所にいるのは仕事が終わってから誕生会を内輪でする為である。昨年は仕事で山崎は参加しなかったが、今年もリンドウがケーキを焼いて準備をしているのだ。本当は折角なので二人っきりで祝ってはどうかと言う話もあったのだが、近藤もリンドウも皆でやろうといい、土方・沖田・山崎のメンツでひっそりと祝う事になった。早めに切り上げて、二人での時間を作ろうと言う流れにはなっているが、山崎としても誕生日会に誘われるのは悪い気はせず、楽しみにしている。ここで余計な話をして、松平も参加するとなると気を使うだろうと、山崎は誕生日会の話はせずに、松平の言葉に返事をしながら二人が部屋に来るのを待つ事にした。
「とっつぁん」
がらりと障子を開けて部屋に入って来た近藤は驚いたような顔をして、松平を眺める。山崎が呼びに来た時は、急な訪問だと首をかしげた。同じように入って来た土方は近藤の隣に座ると、煙草に火をつけて細く煙を吐き出した。
「またややこしい仕事じゃねぇだろーな、とっつぁん」
「なーに言ってんだ。俺が今までそんな仕事持ち込んだことねーだろーが」
呆れたように松平は言うが、土方は顔を顰め、近藤は曖昧に笑う。山崎が茶を入れて下がったのを機に、松平は瞳を細めるとにやりと笑った。
「まぁ、なんだ。今日は近藤の誕生日だしぱーっと祝ってやろうと思ってな」
「えぇ!?」
「なんだ?嬉しそうな顔しろよ。今日はおじさんのおごりだぞ」
豪快に笑う松平とは逆に、土方は顔を引きつらせる。
「あの……とっつぁん。今日はその……」
もごもごと何とか言い訳をしようとする近藤に気が付かない松平は、豪快に煙を吐き出すと、さてと、っといい立ち上がる。
「じゃぁ、さっそく行くか。店借りきってあるから」
「ちょっととっつぁん!」
慌てて立ち上がった近藤を見て、松平は怪訝そうな顔をする。
「なんだぁ?」
「いや、まだ仕事終わってないし、その、今日は他の隊士が誕生日祝いをして……」
「あぁ?」
不機嫌そうに眉を寄せた松平に、近藤は語尾を思わず萎ませる。すると、松平は首を傾げ納得した様に頷いた。
「仕方ねぇなぁ。土方だけにしようかと思ったけど、沖田も呼んで良いぞ。若けぇからどうかとも思ったんだが、まぁ、ハブにされたら拗ねるだろーし」
「ちょ!」
土方が思わず声を上げると、松平はかてぇ事言うなよ、折角の誕生日じゃねぇかと、見当違いの返答を返した。恐らく若い沖田を松平贔屓の店に連れて行く事を土方が嫌がったのだと勘違いしたのであろう。
「ほら、テメェらさっさと沖田も呼んでこい」
「とりあえずなるだけ早く帰るようにはする」
「大丈夫なんですかぃ土方さん。とっつぁんと飲むなんざぁ朝までコースなんじゃねぇですかぃ?」
項垂れ、涙目の近藤の代わりに土方と沖田は口を開き、事情を聞いて驚いたような顔をした山崎とリンドウにそう言う。すると、リンドウは困ったように笑った。
「気をつけて行って下さいね、近藤さん」
「ごめんねハルちゃん。折角ケーキも焼いてくれたのに」
「いえ」
笑顔で送り出されるのも罪悪感が湧くと近藤はますます萎れるが、土方は仕方ねぇよなとため息をついた。松平の事だ、突然思いついた程度の事であろうし、飲みに行く口実に過ぎないのであろう。最近近藤の付き合いが悪いと言っていたのも原因としてあるのかもしれない。面倒くさそうに土方は頭を掻くと、屯所の留守番を他の隊長に任せてせかす松平の元へ行く。
「とっつぁん。自重してくれよ」
「良いじゃねぇか。誕生日に羽目外すぐらいよぉ。お姉ちゃんに縁のねぇ近藤への俺からのプレゼントだ」
余計な御世話だっつーのという言葉を飲み込んだ土方は、渋い顔をすると小さくため息をついた。
「で、この騒ぎどーするんですかぃ」
「……予想はしてたんだがな」
飲み始めて直ぐに盛り上がる店内に、沖田は呆れたように店を見回す。貸し切りだと言っていたが、他の客もちらほらいる。しかしながら優先的に女の子を回してくれているのは解り、土方はうざったそうに酌をする女を追い払いながらぶつぶつと言葉を零した。
「飲みたかっただけじゃねぇですかぃ。とっつぁん」
「だろーな」
女の子達に囲まれ満足そうな松平と対照的に、曖昧な笑顔を浮かべ背中を丸める近藤の対比が痛々しい。その上、近藤の隣にはお妙までいるのだ。リンドウがこの光景を見ていないといえども後ろめたいのだろう。
ちびちびとコップの酒を嘗めながら、沖田は傍にいる女を追い払い、背中を丸めた。
「とっつぁんに一服盛りますかぃ?」
「やる事なす事過激過ぎんだよ、手前ェは」
怪しげな小袋をチラつかせる沖田に、呆れたように返事をした土方であるが、確かにこのままではノンストップ朝までコースの恐れもあると思わず舌打ちする。適当に切り上げるつもりであったが、難しいかもしれないと渋い顔をすると、沖田はつまらなそうに椅子に凭れかかった。
「何とかするなんてエラソーな事リンドウに言ってたのは嘘ですかぃ」
「嘘にするつもりなんかねーよ」
それは本心であったが、近藤が委縮しきっているのもやりにくく、土方は思わず眉間に皺を寄せると、小さく手招きをし近藤を呼んだ。
「どうしようトシ」
「手助けはすっけど、メインは近藤さんなんだからな」
困り果てた様な顔をする近藤は気の毒としか言いようがないが、こっそり抜け出すわけにもいかない。もう少し時間をおけば、松平の注意も散漫になるかもしれないが、今の所自分達にしきりに話しかけてきたり、キャバ嬢への話の合間に同意を求めたりと忙しい。そうこうしているうちに時間は無慈悲に過ぎていくであろう。
「流石にリンドウも呆れて帰っちまってるかもしれませんぜぃ」
「えぇ!?」
沖田の言葉に近藤は涙目で悲鳴を上げた。流石に今回の事はまずいと自覚しているだけに悲壮な顔をして項垂れる。折角リンドウや山崎が準備をしてくれていたのに全て無駄にしてしまったのだ。その自覚があるだけに近藤は心配そうな顔をして、しきりに土方に助けを求める。
「どうしよう。ハルちゃん怒ってるかな?」
「……怒る事はねーだろうけど、呆れてるかもな」
「何こそこそ話してんだ?近藤。今日はお妙ちゃんも呼んだし満足だろ」
がっつり肩を組んできた松平に近藤はぎょっとしたような顔をすると、曖昧に笑う。
「最近近藤さんいらっしゃらないからさみしいわ」
全力でリップサービスであろうお妙の顔を見て、土方は思わずしかめっ面をする。アンタが欲しいのは近藤さんじゃなくて、財布だろーがと言いたい所だが、そんな事を口走ろうものなら拳で粉砕されるのが目に見えているだけに思わず口を噤み、煙草に火を付けた。
細い煙を吐き出しながら、土方は店に掛かる時計に視線を送る。
「とっつぁん。近藤さん明日も仕事だしそろそろ……」
「なーに莫迦なこと言ってんだ土方。まだまだじゃねーか。なぁ、近藤。昔はよく朝まで一緒に飲んでたのに最近付き合い悪くておじさん寂しいぞ」
肩を組んだままぐりぐりと近藤の頭を拳で押さえつけると、豪快に笑う。呆れた様な沖田と、頭を抱える土方はぐったりとした近藤を眺めて途方に暮れるしかなかった。
「大体土方。テメェは硬過ぎんだよ。女遊びに一つもまともにできないよーじゃ、世の中やっていけねぇぞ」
「そーだ、土方」
「何で手前ェまでとっつぁんと一緒になって俺を莫迦にしてんだ総悟!」
どさくさにまぎれて自分を莫迦にした沖田を叱りつけると、土方はため息をつき、それと大きなお世話だと呟く。
「知ってますかぃとっつぁん。最近土方さん朝帰り多いんですぜぃ」
「ほー。いい女でも出来たのか土方」
「そんなんじゃねぇ。っつーか、何で俺の行動チェックしてんだ総悟」
「俺は土方さんの事何でも知ってまさぁ」
ニヤニヤと松平と一緒に厭な笑顔を向けてくる沖田に、土方心底厭そうな顔をする。
「そんな色っぽい話じゃねぇよ。底なしの酒飲みに付き合わされてるだけだ。つーか、本当にそろそろ近藤さんを……」
そこまで言いかけると、突然ドンっとテーブルに箱を置かれ、驚いた一同はその箱に視線を落とす。
「毎度。万事屋でーす。ゴリの誕生日って事でお届けモノ」
気の抜けた声を放った銀時に近藤は驚いたような顔をする。いつもの着物姿ではなく、店の制服を着ている所を見るとバイトでこの店にいたのかもしれない。男は雑用で裏方が多いため今まで気が付かなかったが。
「なっ!何で手前ェがいるんだ!」
土方が真っ先に声を上げると、面倒くさそうに銀時は頭をかき、バイト、と短く返事をする。神出鬼没ではあるが、今回は何の前触れもなかっただけに土方も驚く。
「で、旦那。これ、なんですかぃ?」
「お届モノでーす」
同じ言葉を繰り返した銀時に怪訝そうな顔をすると、沖田はその箱を開ける。
「ケーキじゃねぇか。気が利くな」
満足そうに笑った松平とは逆に、そのケーキを見た近藤は凍り付く。ケーキの上に乗せられた砂糖菓子に見覚えがあったのだ。
「ん?これは近藤に似せてるのか?土方……沖田……あとこれは誰だ?おじさんいないじゃないか」
「多分山崎でさぁ」
自分の人形がない事に不服そうな松平に沖田は苦笑しながら言うと、瞳を細める。
「万事屋。もしかしてコレ……」
「お宅の監察組が態々届に来たんだけど。裏口まで。普段は持ち込み食品は扱わないんだけどさ、店主に銀さんがちゃんと頼んでおいたから。ゴリの誕生日って事で特別に」
小声で聞いた近藤の言葉に銀時は返答すると、そんじゃっと言い、仕事に戻るのかさっさと店の奥へ引き返して行く。暫くぼんやりケーキを眺めていた近藤だが、突然立ち上がるとそのまま店の外へ駆け出す。それに驚いた松平は唖然としていたが、意味が分からないというような顔をして土方の方を見た。
「どーしたんだ、近藤」
「可愛い部下に礼を言いに行ったんだろーよ。直ぐ戻って来るんじゃねーの」
適当な事を言いながら、土方は松平に酒を勧めると、瞳を細め更に言葉を続けた。
「とっつぁんはとっつぁんで、楽しくやってくれよ」
「万事屋さんがバイトしててよかったですね」
「そーだね。普通は持ち込みとか嫌がるしね」
二人並ぶリンドウと山崎は、少し肌寒くなった夜道をのんびりと帰宅していた。どう考えても松平との飲みで早く帰って来るのは無理だろうと判断した二人は、せめてケーキだけでも食べてもらおうと態々店まで出向いたのだ。たまたま対応に出た銀時にケーキを預けたのだが、彼ならちゃんと巧く渡してくれるだろう。
「折角山崎さんの人形も作ったのに申し訳ありません」
「いいって。今度俺の誕生日に同じの作ってよ」
その言葉に安心した様にリンドウが笑ったので、山崎は少しだけ呆れた様な顔をする。それにリンドウは不思議そうに首を傾げた。
「あの?」
「いや、人が良いなって。折角の局長の誕生日だし、一緒に祝いたかったんじゃない?」
山崎が遠慮がちに言うと、リンドウは淡く微笑んだ。
「誕生日は来年も、再来年もありますから。一回ぐらい松平様に譲っても罰は当たりませんよ」
のほほんとそんな返事をしたリンドウに、山崎は少しだけ驚いたような顔をする。恐らく誰も予想しなかった寛大さであろう。もう少し我儘の方がいいのではないかと少し心配になった山崎は思わず困ったような、情けない様な顔を作った。
「待って!待ってハルちゃん!山崎!」
後ろから突然声をかけられ驚いた二人は足を止めて振り返る。そこには息を切らせながら走って来た近藤の姿が見え、二人とも目を丸くした。
「近藤さん」
「追いついた。良かった」
涙目になりながら息を整える近藤の背中をリンドウは優しく撫でると、あの、もしかしてケーキ届けない方が良かったですか?と少し萎れた様な顔をする。それに近藤はぶんぶんと首を振ると、がばっと頭を下げた。
「本当にごめん。ハルちゃん」
「え?」
「折角ケーキまで作ってくれたのに……とっつぁんの誘い断れなくて、その……」
しょんぼりしたような近藤を見て、リンドウは驚いたような顔をすると、淡く微笑んだ。
「松平様にお祝いしていただくなんて早々ないじゃないですか。良かったですね近藤さん」
「ハルちゃん」
「お誕生日は来年も、再来年も、何回でもあるんですから気になさらないで下さい。その……ご迷惑でなければ、私はずっと近藤さんの傍にいるつもりですし」
その言葉に、近藤はかぁっと顔を赤くすると恥ずかしそうに笑う。すると、リンドウは懐から綺麗に包装されたプレゼントを出し、近藤に笑顔を向けた。
「お誕生日おめでとうございます近藤さん」
「え?くれるの?」
「はい」
にこにこと笑うリンドウからプレゼントを受け取った近藤は嬉しそうに笑い、有難うと彼女の頭を撫でる。
「ケーキいかがでした?」
「……あ、まだ食べてない。直ぐに出てきちゃったから」
もごもごと言う近藤にリンドウは笑いかけると、明日にでも感想聞かせて下さいねと優しく言う。
「うん。気をつけて帰ってね。今度絶対に埋め合わせするから!」
そう言うと、近藤は来た道を猛ダッシュで引き返す。恐らくケーキが他の誰かに食べられるのを心配しての事だろうが、それを山崎は驚いた様に見送った。このまま二人きりにした方がいいのかと思案してる間に近藤が店に引き返すとは思っていなかったのだ。
「え!?局長!?」
慌てて引き留めようとするが、時既に遅く、近藤の姿は豆粒になってしまい山崎は思わず肩を落とす。それとは逆にリンドウはプレゼントもちゃんと渡せた満足感からか、嬉しそうに微笑むと、帰りましょ、と山崎に声をかけ、ゆっくりと歩きだした。
「ちょっと!!何でこれだけしか残ってないの!酷いよ総悟!トシ!」
「食ったのは店の女でさぁ」
「クリーム付けて何言ってるの総悟」
店に戻った近藤はテーブルのケーキが僅かしか残っていない事に涙目になり抗議をするが、沖田、土方にしてみれば、戻って来たしまった事に抗議をしたい。
「何戻ってきてんだ。苦労して逃がしたのに」
小声で土方が言うと、近藤はケーキの残骸を皿に乗せながらきょとんとしたような顔をする。
「え?戻らなくても良かったの?」
「戻らねぇだろーが普通」
呆れたように土方は言うと、近藤に似せた砂糖菓子を近藤の皿に乗せてやる。それに近藤は少しだけ嬉しそうな顔をすると、もそもそとケーキを口に運んだ。
「だって、ハルちゃんが来年も再来年もあるしって。俺も悪いとは思ったんだけど、プレゼントもくれたし、なんか、ハルちゃん凄く満足そうだったし、ケーキの感想明日聞かせてって言われたし」
簡単に想像が付いた沖田は思わず吹き出す。一緒にいたであろう山崎はさぞかし驚いたであろう。
「プレゼントなんですかぃ?」
「まだ開けてない」
そう言うと、近藤は最後のケーキを口に運び、リンドウから貰ったプレゼントを開封する事にした。これと言ってリクエストも聞かれなかったので、何が入ってるのかは想像がつかなかった。
「……耳かき……ですかぃ」
「ああ、今使ってるのささくれだって危ないって言ったからなぁ」
自分が言った事を彼女が覚えててくれていたのに満足した近藤は、嬉しそうに耳かきを眺めると、またそっと箱に戻す。すると、沖田はにやにや笑いながら近藤に言葉を零した。
「そろそろ自分で耳かきぐらいしてくだせぇって事かもしれやせんぜぃ」
「マジで!それ困るんだけど!ハルちゃんにここ1年位ずっと任せっぱなしですっかりやり方忘れてるし!」
「……任せっぱなしだったのかよ」
呆れたように言葉を零した土方に、近藤は大真面目に頷くと、どうしようトシと項垂れる。そもそもリンドウが直接自分でやれと言った訳でもないのに、何で萎れるのだと呆れた土方は、煙草の煙を吐き出しながら、明日聞きゃぁいいだろーがと零す。
「大丈夫かな。してくれるかな」
「本当、どーでもいい事で悩むよな近藤さん」
もっと心配すべき事は他にあるんじゃないかと思った土方は、煙草を揉み消すと呆れた様にため息をついた。
「そーいえば俺も近藤さんにプレゼントあったんでさぁ」
その言葉に近藤はぱっと顔を上げると、沖田の顔をまじまじと見る。
「え?総悟も?」
「ええ。まぁ、戻ってきちまったからいらねぇでしょうけど、今後必要かもかもしれませんし……」
そう言って彼がポケットから出したものを見た土方は、それを奪い取ると、空いた手で沖田の頭を勢い良く殴る。
「何プレゼントに選んでるんだエロ餓鬼!」
「何って、ナニでさぁ。こーゆーのは女の方から言い難いでしょうから、近藤さんから……」
「え?え?総悟のプレゼントなんだったの?」
「なし。これなし!つーか、誕生日にありえねーから」
ぽかんとする近藤に土方はきつく言うと、沖田は呆れた様な顔をする。
「そんじゃ、リンドウの誕生日に……」
「セクハラすんな!」
怒鳴り散らされ沖田は不服そうな顔をすると、口を尖らせる。
「カマトトぶって、気持ち悪いですぜぃ、土方さん」
「うるせぇ。ぶった切るぞ」
没収した箱をポケットに無造作に突っ込むと、土方は煙草に火をつけてようやく腰を落ち着ける。結局沖田からのプレゼントをもらえなかった近藤は、曖昧に笑うと沖田の頭を撫で、礼を言う事にした。
「なんか、トシが怒ってるから気持ちだけ貰っておく。ありがとう総悟」
「土方さんが心狭いんでさぁ」
ぶーっと膨れる沖田を睨みつけると、土方は俺を悪役にすんなと言葉を零す。それに近藤は困ったように笑うと、とりあえず今日はとっつぁんが祝ってくれる訳だしなぁと、漸くまともに酒に口をつける。
「本人が騒ぎたいだけだろーよ」
「そうでさぁ。どさくさにまぎれてリンドウの家にでもいきゃぁ良かったんでさぁ」
「ハルちゃんの家?こんな遅くに行ったら迷惑だろう?」
近藤の言葉に、沖田も土方もぽかんとしたような顔をする。その反応に近藤は首をかしげ、どうした?と言う。
「えっと。なんだ。こーゆーの聞くのも正直気恥ずかしいから避けてたんだけど……」
そこまで言って言葉を濁した土方の代わりに、沖田は周りに気を使いながら小声で、しかし、ストレートに近藤に言葉を投げかけた。
「リンドウとどこまでいったんです?」
「どこって?」
「ちゅーとか、朝チュンとか、そーゆーのでさぁ」
その言葉に近藤は漸く二人の意図に気が付き、見てる方が恥ずかしくなる程顔を赤らめ俯く。
「えっとだな……ほっぺちゅー?」
「進んでねぇし!それ出張の時のアレじゃねーのかよ!」
「だってトシ!がつついて嫌われるの厭だし!っていうか、タイミングが難しいし!」
思わず突っ込んだ土方に近藤は涙目で言い訳をすると、俺も頑張ってるんだけどと項垂れる。その姿を見て沖田は呆れたように土方に耳打ちした。
「すんません土方さん。それ、近藤さんに早過ぎたみたいなんで、土方さん使って下せぇ」
「俺も最近無沙汰だからいらねーけど」
土方は呆れたように言うと、とりあえずは沖田の言うとおり預かる事にする。流石に項垂れる近藤の姿は気の毒だが、こんなモノを渡す方がもっと気の毒だと思ったのだ。
「大体近藤さん。誕生日プレゼントにちゅーとかねだりゃ良かったんでさぁ。勿体ねぇ」
その言葉に近藤はぱっと顔を上げると、ぽかんと沖田の顔を眺める。
「え?」
「え?じゃなくて。そーゆーのプレゼントにねだりゃぁ、良いきっかけだったんじゃねぇんですか?って言ってるんでさぁ」
「しまった!」
勢いよく立ちあがった近藤であるが、気の毒そうに土方は彼の肩を叩く。
「まぁ、来年だな。アンタの誕生日終わっちまったし」
ぎょっとしたように近藤が時計を確認すると、無情にも日付は変わり、新しい日を刻んでいた。
「え!?来年まで俺お預け!?マジで!?」
「まぁ、自力で頑張れば良いんでさぁ」
ニヤニヤ笑う沖田は、空になった近藤のコップに酒を注ぐと瞳を細める。
「応援してまさぁ」
「その顔は応援してない!楽しんでるんじゃない総悟!?」
翌日、局長室の縁側でリンドウが近藤を膝に乗せて耳掃除をしている姿を見つけ、土方は思わず瞳を細めた。近藤が恐る恐る彼女に強請ったのだろう。
「さっそく役に立ってんな」
「ええ。喜んでくださったみたいで嬉しいです」
すっかり寝てしまっている近藤の姿を見て、土方は呆れた様な顔をすると、穏やかに微笑むリンドウの顔を眺めた。今まで何度も見ている光景なのに不思議と以前とは別の感情を抱いていて思わず苦笑する。
「幸せそうで安心した」
ぽつりと零した言葉にリンドウは驚いたような顔をしたが、土方は困ったように笑う。
「あんま甘やかすなよ」
「はい」
あせらなくても良いからずっと幸せであって欲しい。それが今の望みで、やっぱり自分はロマンチストだと自覚して、心の中で苦笑する。
二人の邪魔をするのも悪いと、その場を後にした土方は、煙草に火をつけると、細く上がる紫煙を眺めて瞳を細めた。
近藤さんお誕生日
菩薩スキル発動すぎ(笑)
200909 ハスマキ