*闇夜に提灯・中編*

──少しでも喜んでもらえたなら嬉しい。
 男は嬉しそうに花を愛でる女を見て思わずそう思った。いつも苦労ばかりかけていて、いつも甘やかして貰って、それが嬉しくもあり情けなくもあった。何一つ強請らない女は、ただ側にいれるだけで嬉しいと笑うのだ。
 他の男ならもっと気の利いた事をして喜ばせる事が出来るのかもしれない。けれど自分ではこれが精一杯。
──また一緒に来ましょうね。
 そう笑顔で言った女を見て、男は瞳を細め、彼女の頭を撫でた。

 

 長い電車での移動は大変であるが、乗り換えもないので近藤とリンドウはのんびりと話をしながら時間を過ごした。仕事の打ち合わせなどは全て完了しているし、二人とも私服を着ている事もあり、傍から見れば旅行中に見えるであろう。
「もう直ぐですね」
「そうだね。流石に長時間座ると腰が痛いな。駅に迎えが来てる筈なんだけど…大丈夫かな」
 出向で地方に出ている真選組の人間が駅まで迎えに来る段取りになっているのだが、直前の山崎の件があり最終的な確認をしていなかったのを思い出し、近藤は心配そうな顔をする。
「まぁ、居なかったら直接出張所まで行けば良いんだけど。久々だなぁ」
 基本的に江戸に本拠地を構えている真選組であるが、地方にも出張所は一応存在している。攘夷志士の拠点が各地に点在しているからだ。出張所の中でも特に関西方面を仕切る京の出張所は一番大きいが、余り近藤は此方に出向く事はなかった。
「一応京の出張所の電話番号も解りますし、大丈夫ですよ」
「そうだね」

 京の駅は江戸のターミナルとは違う風景で、良くも悪くも昔ながらの光景を残している。天人は江戸を中心に勢力を広げているが、西の方は余り興味がないのか手をつけていない土地が多い。巨大なビルが空を覆う江戸と違う京の土地に懐かしさを覚える人間も多いであろう。
 駅の改札を出た近藤は辺りを見回すと、見知った顔を見つけたのか、手を振り声を上げた。
「林!こっちこっち!」
 名を呼ばれた男は近藤の姿を見ると、慌てて近藤に駆け寄ってくる。
「局長。申し訳ありません」
「忙しいのにすまなんだ。2日間宜しく頼む」
 近藤が気を悪くした様子がなかったので、安心したように林は笑うと、綺麗に敬礼する。
「真選組・京出張所監察の林です。2日間ご案内させて頂きます。…顔と名前、覚えてて下さって光栄です」
 嬉しそうな顔をした林を見て、近藤は不思議そうな顔をした。隊士の名前と顔を一致させる事がさほど難しい事だと思わなかったのだろう。新人隊士でもちゃんと近藤は顔も名前も覚えているし、他の人間もそうだと思い込んでいるのだ。実際は幹部の中でも出来ている人間は少ないであろうし、仕事柄隊内の監察業務も行っている人間であっても全員頭に入っている者は少ないであろう。
「うちの人間だし、ちゃんと覚えてるよ。あ、あと、山崎の代わりに来たリンドウハルちゃん。仲良くしてね」
「宜しくお願いします」
「はい」
 丁寧に頭を下げたリンドウを見て林は恥ずかしそうに笑った。彼は女性隊士が入る前に京に出向になったので、真選組に女性隊士と言うのに慣れないのであろう。
「…ちょっと変な感じですね。屯所の雰囲気も変わりました?」
 車に案内しながら林が口を開いたので近藤はうーんと考え込む。
「女の子達は外の監察だからあんまり屯所にいないしなぁ。でも屯所は綺麗になったかな。掃除とか行き届いてるし。給料外の仕事だから当番以外は良いって言うんだけどね」
 率直な感想を述べた近藤に林は笑うと、今度江戸に行った時に屯所見たいですねと言う。近藤が言うからには随分綺麗になったのだろう。
「リンドウさんは山崎さんの手伝いって聞いてますけど、優秀なんですねぇ」
 山崎はずっと一人で仕事を回していた事もあり、優秀であるのは監察の中では有名な話である。その山崎の仕事をサポートできる程の人材が今までいなかった中、彼が指名して仕事の相棒に選んだという事で一時期、彼女の事が話題になっていたのだ。
「ハルちゃんは良くやってくれてるよ」
「有難うございます」
 林と近藤に褒められ恥ずかしそうにリンドウは笑う。
 そうこうしているうちに車についた一行は、とりあえず出張所に向かう事にした。近藤はその後打ち合わせの会議があるし、リンドウも林と攘夷志士の拠点の確認や、最近の動向についてのすり合わせをするのだ。近藤に関しては、別の将軍直轄護衛部署との正式な会議なので制服に着替えねばならない。
「あ、リンドウさんは京には来た事あるんですか?」
 運転しながら声をかけてきた林にリンドウは、ええと短く返事をした。
「ハルちゃんは昔、京で働いてた事あるし、俺より詳しいんじゃない?」
「あ、そうなんですか。真選組に入る前ですか?」
「はい。宿の仲居と、剪定の仕事をしてました。剪定の時に京中回りましたので大体解ります」
 その言葉に林は安心したような顔をする。土地勘のない人間と、ある人間とでは、説明の手間が雲泥の差なのだ。宿の仲居と剪定では全く仕事のベクトルが違うと気がついた林は、色々やってたんですねと苦笑しながら言う。少なくとも女性で剪定の仕事などしようとは普通は思わない。
「どんな仕事が向いてるか解らなかったので。真選組に入る前は色々お仕事試してました」
「だからハルちゃんは何でもできるんだねぇ」
 感心したように近藤は言うとうんうんと頷く。以前屯所の庭の剪定をしていたのを思い出したのであろう。あの時は驚いたが、今となっては割と見慣れは光景になっている。彼女が剪定をする度に、土方が脚立に座っているので微笑ましいと思っているのであろう。

 屯所に着いた近藤達は早速仕事に入る事にした。着替えの為に部屋を出た近藤を見送ると、リンドウは林から渡された資料と、山崎と作成した資料を照らし合わせる。
「後で何箇所か外を回りますけど大丈夫ですか?」
「はい。宜しくお願いします」
 長旅の疲れを欠片も見せないリンドウを見て林は少し驚いた様な顔をする。二、三質問をリンドウは林にすると、納得したような顔をして資料に次々とチェックを入れて行った。白地図にも書き込みをはじめた頃に、近藤が戻ってきてリンドウに声をかける。
「ハルちゃん。俺会議に行くから」
「はい。気をつけて行ってくださいね」
 淡く微笑んでリンドウは近藤に言葉をかける。
「そんじゃ、林、あと頼むわ。えっと、会議終わったらココに帰ってくれば良いのかな?」
「終了予定時間にお迎えに上がりますよ。その頃には此方も終わってるでしょうからリンドウさんと一緒に」
「そっか。有難う」
 近藤はそう言うと、じゃぁね、と言ってリンドウの頭を撫でると、会議場所まで送るという林と一緒に部屋を出ようとする。しかし、林がぽかんとした顔をしたまま立ち尽くしていたので不思議そうに、どうした?と聞く。
「いえ。なんでもないです。えっと、リンドウさん、直ぐ戻るから」
「はい」
 リンドウの返事を聞いて近藤の後について部屋を出た林は、ちらりと近藤の表情を伺う。
「え?どこか変?」
「…いえ、その。随分仲が良いと思って…」
「そうかな?トシも総悟も山崎もあんなもんだと思うけど。変かな?っていうか、傍から見たらセクハラに見える?ギリギリ?」
 心配そうに言う近藤を見て林はリンドウの表情を思い出す。頭を撫でられた時は嬉しそうに笑っていたし、彼女が厭でないならセクハラには当たらないであろう。変かどうかといわれれば微妙な感じはしないでもないが、不思議な関係には見える。寧ろ、山崎はともかく鬼の副長やドS隊長沖田が同じ様に彼女と接しているとは、林には考え辛かった。女性が隊士になって屯所の雰囲気も随分変ったのかもしれないと思った林は困った様に笑う。
「リンドウさん嫌がってる様には見えなかったんで大丈夫だと思いますけど…ちょっと驚いただけです」
 林の言葉に近藤は安心したような顔をすると、車に乗り込む。これからの会議を考えると憂鬱であるが、そうも言ってられない。大概この手の会議は土方と一緒に出て、近藤は座ってるだけで良かったのだが、土方が留守番である以上自分が頑張らねばと思い直し、深く座席に座り直した。
 車の中で外の景色を眺めていた近藤は、観光客が多い事に気がつきふと林に声をかけた。
「観光客多いね。何かイベント?」
「今はアジサイが見ごろですから」
 その言葉に近藤は興味をそそられたのか、アジサイかぁ声を漏らす。
「時間があったらみたいなぁ。ハルちゃんも連れて」
「仕事が終わればご案内しますよ。市内から若干離れていますが3000株以上のアジサイがあるところとかありますし」
「え?良いの?」
「はい」
 林が快く案内を請け負ってくれたので、近藤は嬉しそうに笑うと礼を言う。自分の所為でないにしろ、急な出張でリンドウに迷惑をかけたという事もあり、彼女が少しでも喜べばと思ったのだ。仕事が終わった後の楽しみが出来た事もあり、近藤は少し心が軽くなった。

 

 何とか会議が終わった近藤は、小さく溜息をつくと背伸びをする。長い間座っているのも苦痛であったし、如何せん緊張し通しだったのだ。近くに仲の良い面子でも居れば気分も違っていたのだろうが、今回に関しては仕方がないと諦めるしかない。
 そんな中、後ろから声をかけられた近藤はリンドウの姿を確認して思わずホッとする。林と一緒に迎えに来てくれたのだ。
「お疲れ様でした」
 淡く微笑んだリンドウを見て、近藤は思わず表情を緩めると彼女の頭を撫でた。
「ハルちゃんもお疲れ。癒されるなぁ」
「え?」
「知ってる顔見て安心した」
 そんなやり取りを林は眺めながら、近藤を車に案内する事にした。
「一度屯所に戻られます?着替えてからアジサイ見に行って、直接宿に向かった方がいいと思うんですが」
 林の言葉に近藤は従う事にしたが、リンドウは不思議そうな顔をする。アジサイの下りが良く解らなかったのだ。
「アジサイですか?」
「うん。今いい時期なんだって。一緒に見に行こう」
 嬉しそうに笑ったリンドウを見て近藤は満足そうな顔をする。喜んでもらえたのが嬉しいのであろう。休みが被る事が少ないので、意外と二人連れ立って出かける事が少ない。いい機会だと思っていたのだ。
「それでは屯所に向かいますね」
 林の運転で屯所に到着すると、近藤は大急ぎで着替え荷物を纏める。リンドウもまた直接宿へ向かう事もあり、資料などをカバンに詰めていた。その様子を見て、林は思わず笑いながら言葉を零す。
「慌てなくても時間はありますから大丈夫ですよ」
「そうか。でも早く見たいし」
 バタバタとする近藤が子供の様に期待に胸を膨らませている様子で思わず微笑ましいと林は思うが、仮にも局長相手にその言葉を吐くのは憚られ、笑うだけで留める事にした。
「では、早速行きましょうか」
 荷物を持った二人が揃った所で、林は運転がてら観光案内を進んで引き受ける事にした。

 

 アジサイ苑と銘打たれた場所に来た近藤とリンドウは、その花の多さに思わず感嘆の声を上げた。3000株と言う数字も、聞くだけと見るのでは大違いだと感じたのだろう。
 丁度イベント時期に重なって人は多かったが、この見事なアジサイをみると、市内から遠いと言うのに人が集まるのも理解できる。
「凄いですね」
「だねー。来てよかったなぁ」
 嬉しそうにする二人を見て林は安心したような顔をした。紹介したこともあり、気に入ってもらえるか不安だったのだ。思った以上に喜んでくれたようで林も嬉しくなる。自分の住んでいる土地を褒められて嬉しくない筈はない。
「結構種類も多いんですよ」
 林に言葉に近藤は目に付いた花を指差し聞く。
「これもアジサイ?」
「あ、それは星アジサイですね」
 一見普通のアジサイと形の違う、白い花をつけた株を見て近藤は感心したように頷く。
「良く知ってるな林は」
「僕もここで初めて見たんですけどね」
 褒められて恥ずかしいのか林は少し顔を赤らめて返答した。ふと、リンドウの方を見ると、彼女が熱心に写真を撮っていたので近藤は声をかける。
「沢山撮れた?」
「はい。後で山崎さん達に見てもらおうと思いまして」
「そうだな。トシには怒られそうだけど折角だしね」
 仕事で出かけたのにのんびり観光していたと言えば土方は怒るだろうが、それでも折角なので見せてあげたいと近藤は思ったのか、一杯撮ってねと笑う。それを見ていた林はリンドウに声をかけた。
「お二人の写真も撮りましょうか?記念に」
「え!?良いんですか?」
「局長が良ければ」
 ぱぁっと嬉しそうな顔をしたリンドウからデジカメを受け取ると、林は近藤に確認をする。断る理由もない近藤は、いいねーといい、早速アジサイの前にリンドウを引っ張っていき、並んで林の方を向いた。
「オトコマエにとってね」
「え!?そこは僕の腕で何とかできるもんなんですか!?」
 驚いた様に言う林に近藤は、冗談だよと笑いかけた。
 鮮やかに咲くアジサイの前に立つ二人の写真を撮った林は、リンドウにデジカメを返すと彼女の表情を伺う。何気なく写真を撮る事を提案したものの、随分嬉しそうで不思議だったのだ。
「有難うございました」
「いえいえ」
「ハルちゃん。後で俺にもデータ頂戴」
「はい」
 撮影したデータを確認しながら話を始めたので林も二人と一緒に覗き込む。すると、そこには近藤と林の姿も写っており、撮影された事に気がつかなかった林は驚いた様な顔をする。
「え!?いつ撮ったの?」
「いつでしょうね」
 淡く微笑んだリンドウを見て林は困ったよう笑った。思った以上に写真も沢山撮られており、最後に写されたリンドウと近藤のデータに来た時に近藤は嬉しそうに笑う。
「オトコマエにに写ってるなぁ」
「近藤局長はいつでもオトコマエですよ」
 そう言われ近藤はリンドウの頭を撫で、優しいなぁと嬉しそうな顔をする。その様子を見て、林は思わず吹き出した。
「え!?」
「いえ、リンドウさんは随分局長贔屓だと思いまして。申し訳ありません」
 突然林が笑い出したので近藤は驚いた様な顔をしたが、直ぐに困った様に笑う。リンドウが自分をいつも持ち上げてくれるのを自覚しているからで、無論リンドウは本心でそう言ってるのだが、近藤は優しいリンドウのフォローだと思っている。うまくかみ合わなくて沖田辺りはいつもイライラする所であろう。
「好かれてて良いですね、局長」
「いやー、何と言うか、ハルちゃんは優しいからね。いっつも甘えちゃって悪いとは思うんだけど」
 その言葉にリンドウは淡く微笑んだ。

 

 アジサイ苑から引き上げた一行は、宿に向かう事にした。林とはここで一旦別れ、翌日最後の打ち合わせに屯所で合流する事になっている。翌日も朝に迎えに来ると言う林に礼を言い見送ると、近藤は宿を見上げて背伸びをした。
「ご飯食べて、お風呂入ってのんびりしようかハルちゃん。疲れたでしょ?林と昼間外回りもしたみたいだし」
「近藤さん程ではないですよ」
 気を使い通しの会議であった近藤に比べて、真選組の人間との仕事だった分リンドウの方が気が楽であったのは事実で、彼女の方が心なしか元気そうである。
「そっか。良かった。とりあえず部屋行こうか」
 近藤に促されてリンドウは一緒に宿の受付に向かう。手続きを近藤がしている間、リンドウはロビーにある椅子に座り、荷物番をしながら今日の仕事の完了報告メールを山崎に送る事にした。出掛けに病院に寄った時、今日の昼には一旦退院すると言う話を聞いていたので、ほどなく返信が来るであろうと思い、リンドウは携帯を閉じる。
 顔を上げると、近藤が困った様な顔をして側に立っていたので、リンドウは驚いた様な顔をして言葉を零した。
「どうされました?」
「山崎ってもう退院してたっけ?」
「昼には退院の予定でしたけど…確認はしていません。どうかされました?」
「そっか、じゃぁ、トシにしよう」
 そう言うと近藤は携帯電話を取り出し、屯所で留守番をしている土方に電話をかける事にした。

 執務室に居た土方は、自分の携帯が鳴っているのに気がついて、煙草に火をつけながら応答した。
「何か問題か?」
『あ、トシ。仕事は今日の分終わったんだがなぁ。ちょっと山崎に確認したい事あるんだけど』
「山崎ぃ?まだ調子悪くて自分の部屋で寝てるだろーから、とりあえず用件言ってくれるか?直ぐに折り返す」
 首をかしげながら土方が言うと、近藤は言葉に甘えて用件を切り出す事にした。
『二人で予約はしてるみたいなんだけど、部屋一個しか取ってないの何で?経費削減?』
 その言葉に土方は思わず吸い込んだばかりの煙を勢い良く吐き出す。
「マジでか」
『宿の人に聞いたら、そうなんだって。経費の関係でそうなのか解らなくてなぁ。もう一部屋とろうと思うんだけど問題ないかどうか…』
「とれ。今すぐとれ。最悪俺が勘定方に掛け合うから。とりあえず山崎に確認はして折り返す」
 そう言うと土方は乱暴に電話を切り、山崎の部屋へ駆け込んだ。
「山崎!」
「はい!?え!?何ですか?」
 布団に横になりながらリンドウへのメール返信をしていた山崎は飛び起きて土方を見上げる。同じく仕事をサボって山崎の部屋でゴロゴロしていた沖田も体を起こし、土方に視線を向けた。
「宿の部屋、増やさなかったのか?」
「宿?」
 首を傾げて考え込んだ山崎は、あっと声を上げ顔色を変える。元々近藤と自分で行くつもりだったので、部屋は一つしかとらなかったのを思い出したのだ。ぶっ倒れて入院騒動があり、仕事の引継ぎはリンドウとしたが、宿の事は綺麗サッパリ忘れていた。
「…忘れてました」
「とりあえず経費はかかるけど近藤さんには部屋追加するように言った。かまわねぇな」
「勿論です!」
 気の毒なほど顔色を悪くした山崎を見て土方は小さく溜息を吐くと、携帯を取り出し近藤へ折り返す事にした。直ぐに応答した近藤に、土方は山崎の手配忘れだと言うことを告げる。
『あ、その件だけど。部屋取れなかった』
「はぁ!?他所の宿探すのか?何だったらこっちでも…」
『ハルちゃんが仕方ないですね、じゃぁ一緒の部屋でって言うからそうする事にしたんだが。一応キャンセルあったら押さえてもらうようには宿にはお願いした』
「…ちょっと待ってくれ。アイツが良いって言ったからって…」
 冷や汗をかきながら土方が言葉を零すが、近藤の方はあっけらかんと返答をした。
『まぁ、寝るだけだしなぁ。ハルちゃんにはちょっと我慢してもらわにゃならんけど。今丁度アジサイが良いシーズンでお客さん多いんだって』
「…え?ええ??」
『そんじゃ、急だったし、山崎に気にするなって伝えといてくれるか?』
 切られた携帯を呆然と眺める土方を見て、山崎は恐る恐る声をかける。
「あの…副長?」
「…意味わかんねーんだけど」
 恐らくリンドウも近藤も余り深く考えずに寝るだけだしと思ったのだろう。どんな部屋を取っているのか知らないが、常識的に考えてそれはないだろうと土方は思わず途方に暮れる。
「今更部屋押さえるのは無理でしょうねぇ。京はアジサイが良いシーズンで観光客も多いみたいでさぁ」
 沖田の言葉に山崎は顔面蒼白になる。近藤が何を話したのかは解らなかったが、土方の返答を聞く感じでは部屋は追加で取れなかったであろう事は何となく解ったのだ。
 思わず舌打ちした土方は、立ち上がると不機嫌そうに山崎の部屋を後にした。それを眺めて山崎はその場に崩れるように膝をつく。
「…あー、帰ったら局長とリンドウさんに謝らないと…グダグダで泣けてきますよ…」
 独り言の様に呟いたのを聞いて、沖田は僅かに瞳を細めた。
「まぁ、昨日の段階でも部屋押さえられたか怪しかったでしょうけどねぇ。あの二人の事でさぁ、良く考えもせずにまぁ、寝れれば良いか位で決めたんでしょうねぇ」
「ですよねー。リンドウさんで良かったのか何なのか…」
 別の女性隊士ならこれから総出で宿を押さえねばならなかったかも知れないし、そう考えると良かった様な気もしないでもない。ただ、土方の反応を考えると山崎は気落ちするしかない。自分自身のミスであるし、土方も不機嫌そうな顔をして出て行ってしまった。盛大に溜息をついた山崎を見て沖田は可笑しそうに口元を歪めた。
「まぁ、どっちにしろリンドウは出張満喫みたいですぜぃ」
 そう言われ山崎は首を傾げる。すると沖田は自分の携帯のデータホルダーを開き、一枚の写真を見せる。
「アジサイ?」
「近藤さんが連れてったらしいですぜぃ」
 それは恐らくリンドウは凄く喜んだであろう事が想像できて、思わず山崎は安心したような顔をする。仕事を肩代わりさせた上に、此方の不手際で不便な目にあわせてしまったのだ。彼女が少しでも喜ぶ事が出来たなら救われた気分になる。
「俺としては、もう少しリンドウと近藤さんが仲良くなってくれりゃぁ一番なんですがね」
「…副長は機嫌悪くなりますかね」
「さぁ」
 土方は自業自得だと沖田はぼんやりと思う。結局ヘタレて何もしなかったツケが回ってきただけで、そこに気を使う山崎はは心底お人よしだと。無論土方が動いた所で、自分自身は全力で妨害工作に走っただろうと考えると思わず沖田は口元を緩める。そちらの方が楽しかったかもしれないと思ったのであろう。そんな沖田の様子を見て、山崎は困った様な、情けないような顔をして笑った。

 一方、土方は自分の部屋に戻ると煙草に火をつけ、煙を肺に流し込む。一本吸い終る頃には漸く落ち着いて来たが、無意識に携帯を開け閉めしているのに気がつき苦笑した。連日呼びつけたら流石に怒るだろうし、そもそも来ないかも知れない。元々、店で偶然会えたら愚痴を零すと言うのが暗黙の了解なのだ。店にいる頻度が高い三味線屋に会うのはそう難しい事ではなかったので今までそれで良いと思っていたが、流石に行きつけの店が休業中となると偶然会うのも難しいであろう。だったら自分で何とか消化して押さえつけなければならない。
 そもそも、あの組み合わせで何も起こらないと頭では理解しているのに、どうしても落ち着かなくて不快な気持ちになる。奥底に押し込めて、破綻しないギリギリでバランスを取っていたが、それすらも今は三味線屋へのガス抜きがなければままならないのは重症だと自覚して心底呆れた。
 笑われようが、莫迦にされようが今更だと、土方は意を決して三味線屋の番号を押す。
──留守にしてます。お仕事依頼の方は『万事屋銀ちゃん』に言付け願います──
「あのアマ!また拉致らてれんのか!?」
 思わず土方は携帯電話を座布団に叩き付けた。


続く
毎度毎度長くなって申し訳ありません
次で終わりますorz

200806 ハスマキ

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