*日暮れて道遠し *
近藤達と土方の誕生日を祝ったあと、家に帰る準備をしていたリンドウは、突然監察室の扉が開いたので驚いた様に顔を上げた。
「副長。どうかされました?」
入ってきたのが土方だと気がついたリンドウは手を止めて彼を見上げた。すると土方は視線を彷徨わせ小声で何か言葉を零す。しかしそれを巧く聞き取れなかったリンドウは首を傾げて彼の側に寄って行った。
「あの…」
もう一度お願いしますと言おうとしたリンドウは彼の表情を見て言葉を一旦止める。
「トッシーさん?」
確信があった訳ではないのでリンドウは遠慮がちに名前を呼ぶ。すると彼は驚いた様な顔をしてリンドウの顔を凝視した。
「どうしてハル殿はいつも僕を見分けられるの?」
「…何となくじゃいけませんか?」
煙草の臭いがしないとか、挙動が土方と違うとか、リンドウはその辺りを察していつも土方とトッシーを見分けている。監察と言う仕事上、人の観察能力には長けているので微妙な変化を把握できるのであろう。
「夜も遅いから…その…家まで送ろうと思って…」
しどろもどろになりながらトッシーが声を絞り出したので、リンドウは柔らかく笑うと瞳を細めた。
「有難う御座います。少し待ってて下さいね」
提案を受け入れられた事にトッシーは安堵すると、帰宅準備をする彼女の背中をぼんやりと眺めた。近藤主催の土方の誕生日会は深夜にまで及び、日はもう既に変わっている。家の近いリンドウはいつも通り一人で帰宅するつもりであったが、トッシーが気を使って態々出てきた事もあって提案を受けることのしたのだ。徒歩で10分も歩かない距離ではあるが、夜道は矢張り心細いのであろう。
「お待たせしました」
ゆっくりと夜道を歩きながらトッシーはちらりとリンドウの表情を伺う。迷惑そうな顔はしていない。
「どうかされました?」
突然声をかけられたのでトッシーは思わず視線を逸らすと小声で言葉を零した。
「その…十四郎は皆に誕生日を祝って貰えていいな…とちょっと思って」
頼みもしないのに祝うなと怒った土方であったが、それを嬉しく思っていたのはトッシーも知っていた。近藤も、沖田も、山崎も、そしてリンドウも彼の為に時間を裂き色々と準備をしたのだ。それは土方の事が皆好きでやっていた事であるし、それを喜んだ土方も彼等が好きだと言う事なのだろうとトッシーは考えていたのだ。逆に自分はどうであろうかとも。
「トッシーさんのお誕生日はいつなんですか?」
「…よく解らない。でも、僕は十四郎から分かれた存在だから、十四郎と同じ…かな?」
確信はなかったし、もしかしたら正確には妖刀を土方が手にした瞬間なのかもしれない。土方は認めないが、トッシーは妖刀によって土方に巣食った別人格等ではなく、呪いによって土方自身のヘタレたオタク部分を増長した存在である。つまり同一存在なのだ。ならば誕生日も一緒であるような気がしてトッシーはそう返答した。
「トッシーさんのお誕生日も一緒に祝えば良かったですね」
「十四郎は怒るだろうけど」
困ったようにトッシーは笑った。リンドウの申し出は嬉しいが、存在そのものを早く抹消したい土方は絶対にトッシーの誕生日を祝うなど許さないであろう。一緒に祝おうなどと言ったら彼は怒って、土方自身の誕生日すら祝うことを拒否するかもしれない。
その言葉を聞いたリンドウは少し考え込む様な顔をする。
「あの。トッシーさんって割と自由に出られるんですか?」
「…時と場合によるけど…どうして?」
「今度おやすみの日に遅くなっちゃいますけど、トッシーさんのお誕生日祝わせて頂こうかと思いまして」
その言葉にトッシーは彼女の顔をぽかんと眺めた。何を言っているのか一瞬理解出来なかったのだ。
「え?なんで?」
「副長は怒るかもしれませんけど、新しい友達できたみたいで、私はトッシーさんいてくれて嬉しいですよ。その、私今まで余り友達作る暇がなかったので」
仕事にかまけて友達を作る余裕がなかったリンドウにとって、トッシーは友達なのであろう。仕事上の繋がりがない事も大きい。沖田や山崎と休みの日に一緒に出かける事は時折あるが、友達と言うには微妙な感じなので、同僚という方がしっくり来る。
「本当に?」
「ええ。何か欲しいものとかあります?それともどこか行きたい所とか…」
欲しいのもは山ほどあるが、それをプレゼントされて終りなだけの誕生日は寂しい。そう考えたトッシーは彼女の後者の提案に乗る事にした。
「映画…とか…一緒にご飯とか…ハル殿付き合ってくれる?」
小声で言うトッシーにリンドウは笑いかけると、ええと返答した。
「トッシーさんの好きなトモエ5000の映画今やってましたよね。チケットとっておきますね」
嬉しそうに頷いたトッシーを見てリンドウは淡く微笑む。子供の様に喜ぶ姿が微笑ましかったのだ。
「それでは次に一緒の休みの日に。あ、今日は送って下さって有難う御座いました」
気がつくと既に彼女の家の前であり、トッシーは名残惜しさから残念そうな顔をしたが次の休みの事を考えるとウキウキとしてくる。これは何が何でも体を乗っ取って彼女と出かけなければならない。
家に入る彼女を見送ると、トッシーは軽快な足取りで屯所へ帰る事にした。
局長室でお茶を入れるリンドウを眺めて近藤は首をかしげた。なにやら機嫌が良さそうだったのだ。
「何かいい事あった?ハルちゃん」
「今度のお休みにトッシーさんと映画に行く事にしたんです。お誕生日祝いを兼ねて」
その言葉に近藤は驚いた様な顔をするが直ぐに笑う。
「そういえばトッシーの誕生日は祝わなかったからなぁ。ハルちゃんは優しいね」
「喜んで下さると良いんですけど。あ、副長には内緒にしていて下さいね」
「トシに?そりゃかまわないけど…」
一瞬理由が解らなかった近藤は不思議そうな顔をしたが、直ぐに結論に至った。恐らくトッシーの存在を疎ましく思う土方にとっては、リンドウが彼の誕生日を祝うことが面白くないのだろうと。最悪、トッシーを表に出さない為に色々と画策するかもしれない。
「何見に行くの?」
「トモエ5000です。私は話余り知らないんですけど、トッシーさんお好きみたいなので」
「へー。ハルちゃん映画とかよく見に行くの?」
「中々機会がなくて。久しぶりです」
その言葉に近藤は、そうかーと笑うと彼女の頭を撫でる。
「今度何か一緒に見に行こうか」
「え?良いんですか!?」
ぱぁっと表情を明るくしたリンドウを見て近藤は一瞬驚く。こんなに喜ぶとは思わなかったのであろう。
「見たいもの考えておいてね」
「はい」
近藤自身も映画を見る事は意外と少ない。無趣味な土方の方が時間潰しにと映画を見に行く事が多い位である。近藤もリンドウが喜んだ事もあり、久々の映画を楽しみにしながら温かいお茶をすすった。
映画当日。リンドウはいつも通り起きると手早く身支度を整えてTVの天気コーナーを眺める。今日は幸い一日晴れるらしい。映画なら雨天は関係ないが、待ち合わせ自体が映画館側にある噴水の前なので雨は降らないに越した事はない。カバンから折り畳み傘を出して荷物を軽くする。
不意に携帯が鳴ったのでリンドウは驚いた様な顔をして電話に出た。近藤からであったのだ。
「おはようございます」
『ハルちゃんおはよう。まだ家かな?』
「はい」
近藤の言葉に首を傾げながらリンドウは返事をした。
『あ、今日ちゃんとトッシー起きてたから。さっき部屋覗いたらね、アニメ見てた』
その言葉にリンドウは納得する。今日遊びに出かけるのを知っていた近藤が気を使ってちゃんとトッシーが出てきているのか確認してくれたらしい。最悪土方がでていたらリンドウは待ち合わせ場所で待ちぼうけである。
「態々有難う御座いました。天気も良いので楽しみです」
『折角だからゆっくりしておいで』
「はい。近藤さんもお仕事頑張ってください」
電話を切ったリンドウは近藤の気遣いに感謝しながら機嫌良く家を出る事にした。待ち合わせ時間にはまだ随分早いが、駅前である事もあり店は結構早くから開いている。ゆっくり店を回りながら待ち合わせ場所に向かえば丁度いいだろうと思ったのだ。
ゆっくり回っていたつもりだが待ち合わせ場所に早く着いたリンドウは時計を確認した。20分前である。遅いよりは良いだろうと思ったリンドウは近くのベンチに腰掛けると読みかけの本を取り出し時間を潰す事にした。監察と言う仕事上、待つと言う事に対して大して苦痛を覚えないのは日常生活においても大いに役に立つ。
「ハル殿」
声をかけられリンドウは顔を上げる。そこにはトッシーが立っており、申し訳なさそうに、待たせてごめんと言う。時計を確認するとまだ待ち合わせの時間には十分余裕があり、トッシーもちゃんと時間前に到着していた事になる。リンドウが明らかに早く来過ぎていたのだ。
「おはようございます。私が早く着きすぎたので…お気になさらないで下さい」
穏やかに微笑んだリンドウを見てトッシーはホッとした様な顔をする。10分前に着けば大丈夫だろうと思っていたのに既にリンドウが到着していた事にも驚いたし、大いに焦った。待たせてしまったと思うと申し訳なかったのだ。
「それでは行きましょうか。チケットはもう取ってるので」
事前にチケットを押さえていたリンドウはにこやかにそう言うと立ち上がりトッシーと並んで映画館に向かう事にした。待ち合わせ場所に早く着いた事もあり時間的に余裕があるのでゆっくりと歩いて行く。
映画館の側でふとリンドウが立ち止まり辺りを見回したので、トッシーは不思議そうな顔をして、どうしたの?と聞いた。するとリンドウは首を傾げて、いえ…とこちらもまた不思議そうな顔をする。
「気のせいだと思います。行きましょう」
仕事上、人の気配に敏感なリンドウは雑多な人ごみの中視線を感じて思わず立ち止まったのだ。知人でもいたのか、それとも記憶にある攘夷志士がいたのかは判断出来なかったのでそのままにしておく事にした。今は仕事中ではないし、自分はともかくトッシー…土方は真選組副長として有名なのでファンがいたのかもしれない。もっとも、トッシー独特の服装をしている今の彼を見て土方だとわかればの話ではあるが。
一方トッシーはそわそわと落ち着かない様子でリンドウの隣に立っていた。映画を一緒に見る約束を取り付けたはいいが、二人っきりで会う事も少ないので緊張しているのだ。リンドウにチケットを渡され、一緒に映画館の中に入ると、トッシーはキョロキョロと辺りを見回した。するとリンドウは淡く笑う。
「グッズコーナー見ます?」
「いいの?」
「ええ。まだ上映まで時間ありますから」
トモエ5000の劇場限定の商品などもあるだろうと気になっていたトッシーはリンドウの提案に喜んで一緒にグッズ売場に行くと商品を物色し始める。リンドウは隣に立って一緒にそれを眺めていたが、レジ側にある携帯ストラップを見つけてそれを手に取った。劇場限定のトモエ5000のストラップである。トッシーの言う所の、3期の衣装でチョウチョの形をした帯が可愛らしい。
「トッシーさんはこれ持ってます?」
「まだ買ってない」
「それじゃ、これプレゼントさせてくださいね」
驚いて言葉を失ったトッシーを置いてリンドウはレジに向かうと料金を支払い直ぐに戻ってくる。
「ハル殿…」
「お誕生日おめでとうございます。ちょっと遅くなってしまいましたけど」
微笑んでストラップを渡されたトッシーは恥ずかしそうに頷いてそれを受け取る。初めて人から貰ったプレゼントで、しかも誕生日祝いである。リンドウが自分が好きなものを覚えていてくれた事も嬉しいし、態々祝ってくれたのも嬉しかった。
「ありがとう。大事にする」
「はい」
本当はストラップなのだから携帯につけたいのだが、見つかれば土方が容赦なく捨てるであろう事を考えたトッシーはとりあえず屯所に戻ったらこのストラップを見つからない所に隠す計画を立てながら、リンドウと一緒にトモエの映画を見る為に座席につく事にした。
リンドウが映画を楽しんでいたのかトッシーには判断できなかったが、映画が終わった後もリンドウは終始笑顔でトッシーの側いた。思わずテンションが上がり熱心に映画の感想を言うトッシーに呆れる事無く対応し、時折自分の感想等も述べる。
「結構大人のお客さんも多かったですね」
「うん」
映画館を出る前にリンドウが映画の宣伝チラシを見たいと言ったのでトッシーはそれについていく事にする。アニメ映画以外は余り興味はないが、映画に関しては自分の趣味に合わせてくれているので、それ以外は出来るだけリンドウの望むようにと決めていたのだ。
「ハル殿は…映画好き?」
「今まで余り見る機会がなかったので。久々に来れて楽しかったです」
リンドウが抜いているチラシを見ながらトッシーは彼女の趣味が少しでも解ればと思ったが、それはあっという間に挫折する。余りにもセレクトするチラシがランダムだったからだ。
「ハル殿はどんなジャンルが好き?」
「そうですね…割と何でも楽しく見れる方なんです。それぞれいい所あるじゃないですか。ホラーでもサスペンスでも、邦画でも、アニメでも」
穏やかに笑うリンドウを見て何となくトッシーは納得した。彼女の性格はどこか近藤に似ている。何に対してもまず良い所を探すのだ。厭な所など上げだしたらキリがないけれど、良い所を探してまずは好きになる所からはじめる。それは普通は中々出来ない事であろうがそれを簡単に彼等はやってのけるのだ。二人のそんな所が土方も好きなのだろうとぼんやりと考えた。
「お時間取らせて申し訳ありません。行きましょうか」
「うん」
チラシをカバンにしまったリンドウを見てトッシーは慌てて思考を元に戻す。映画館から出て次は…そこまで考えてトッシーは思わず、アッと声を上げた。
「どうかされました?」
ぶんぶんと首を振るトッシーを見てリンドウは不思議そうな顔をしたが、大して気にしなかったのか映画館を出る為に並んで歩き出す。
時計を確認したトッシーは思わずダラダラと冷や汗を流す。映画を見終わったら丁度良い塩梅に昼だったのだ。しかし、昼食を食べる店など考えていなかった。今の時間は込むだろうし、そもそも女の子が好むようなお洒落な店など知らない。
色々と考えながら歩いていると、いつの間にか駅の南側に位置する商店街の入り口に到着しており更にトッシーは頭を抱えたくなった。本当は北側のショッピングモールの方へ行くつもりだったのだ。女の子は買い物が好きなのでショッピングモールなどが無難だと折角事前にネットで調べていたのに全く持って台無しである。しかし余り連れまわすのも申し訳ないと思ったトッシーは意を決して声を出した。
「あのハル殿」
「はい?」
「ちょっと…その…メール来てたみたいなんで確認しても…いい?」
しどろもどろになりながら言うトッシーを見てリンドウは淡く微笑むと、どうぞと言ってくれた。仕事上24時間勤務の真選組ではオフの時でも仕事の連絡が来る事も珍しくない。リンドウ自身もそのような事が多いので、気を悪くする様子もなくあっさりと返事をしトッシーと道の隅に移動し、彼が携帯をいじっている間商店街の案内図をじっと眺めていた。この商店街は北側にショッピングモールが出来てから少し寂しくなったが割りとまだ繁盛している方である。雑貨屋から本屋、食べ物屋等も揃っており、意外と店舗の数も多い。寧ろ休日の食べ物屋等はこちらの方が空いてて穴場かもしれないと思いながらリンドウはトッシーがメールの返信を終えるのを待った。そもそも土方ではないのだから仕事のメール等は処理出来ないだろうし、断りのメールや、後で土方が困らないように再度時間をあけて送りなおすように返信しているのだろうと。
「ハル殿!あの…商店街の中程にうどん屋があるんで…そこでお昼を…」
携帯から顔を上げたトッシーが突然そう言い出したのでリンドウは少し驚いた様な顔をしたが、直ぐに笑って、そうしましょうと言った。先程案内図を見ているときに自分もそのうどん屋が気になっていたのだ。
「メールの返信、大丈夫でした?」
リンドウの言葉にポカンとしたような顔をトッシーはするが、慌ててコクコクと頷く。
本当はメールなど来ていなかった。昼ごはんをどこで食べるべきかネットであれこれと調べていたのだ。
「それでは行きましょうか」
「うん」
リンドウの好物はきつねうどんだと土方が知っていたお陰で何とか彼女に喜んでもらえそうだと思うと、トッシーは自然に顔が綻んだ。真選組内では割と蕎麦派が多い中、彼女は珍しくウドンが好きなのだ。関西風が最近お気に入りらしい。揚げは大きくて甘い方が嬉しいと言っていたのをぼんやりとトッシーは思い出した。
「関西風かな?」
「最近は結構増えましたよね」
店に入る前にそんな事をトッシーが言うと、リンドウは嬉しそうに微笑んだ。
問題はその後だとトッシーはウドンをすすりながら考える。再度、駅北のショッピングモールを目指すべきかそれとも別の案を考えるべきか。目の前のリンドウをちらりと見ると、彼女は美味しそうにウドンを食べている。店が偶然関西風ウドンを扱っていた上に、アゲの大きさもお気に召したらしい。
「トッシーさんはまだお時間あるんですか?急ぎのお仕事とか…」
突然声をかけられトッシーは驚いた様な顔をするとコクリと頷く。先程のメールが嘘だったとも今更言えないが、リンドウが気を使ってくれたようで申し訳ない気分になる。
「夕方まで大丈夫」
そう言うと、リンドウは嬉しそうに笑い、どこか行きたい所はありますか?と聞いてきた。するとトッシーは困ったように笑う。
「ハル殿が行きたい所で…その、今日は一杯僕に付き合って貰ったし…」
その返答にリンドウは驚いた様な顔をした。
「折角の誕生日ですから、トッシーさんの好きな所で良いんですよ?」
「ハル殿と一緒に遊べるのが嬉しい」
その言葉にリンドウは柔らかく笑う。
「それでは商店街一緒に歩きましょう。お店も沢山ありますし、楽しいですよきっと」
「え?ここの商店街で良いの?」
「はい」
例えばここで土方だったら安上がりで地味な女だと笑ったかもしれないが、トッシーはただ驚くだけであった。もっとお洒落な場所が良いのかと思っていたのだ。
「さっき案内板見てたんですけど結構お店多いんですよ。うどん屋さんに来るまでの店も素通りでしたけど、結構色々ありましたし」
嬉しそうにリンドウがそう言うのでトッシーはほっとしたような顔をする。どうやら楽しんでくれているようである。女性と出かけることはまずないので、昨日は結局緊張の余りよく眠れなかったし、朝からずっと緊張し通しであった。計画もまともに立てられずグダグダである筈なのに彼女は厭な顔一つしない。
「ありがとうハル殿」
「はい?」
「…なんでもない」
店を出る時に思わずトッシーが零した言葉をリンドウは聞き取れず聞き返すが、トッシーは恥ずかしそうに首を振るだけであった。
店を覗きながらブラブラと歩き続ける。ペンギンのぬいぐるみを可愛いと撫でる姿も、桜をあしらった小物を手にとって眺めている姿も嬉しそうでトッシーはほっとした。そもそもリンドウが厭そうな顔をしている姿など、トッシーは一度も見た事がなかったし、恐らく土方もないであろう。
リンドウがハスキーのぬいぐるみを手に取ろうとした時に、後ろから何かがぶつかってコロリとそのぬいぐるみを落としてしまった。トッシーが慌てて拾いあげると、リンドウの後ろにいた女は目を丸くして二人を凝視するが、直ぐに謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさいねお嬢さん。腕が当たっちゃったみたいで…怪我はなかった?」
その言葉にリンドウは慌てて首を振ると、こちらこそ回りに注意をしていなかったのでと深々と頭を下げる。すると女は瞳を細めて笑う。長い黒髪もすらっとした長身も人目を引くに十分な容姿で、リンドウは彼女を見上げて小さく声を上げた。
その反応にトッシーは首を傾げたが、ちらりと女の方を見たトッシーも思わず声を上げそうになる。そして、リンドウに比べてトッシーの場合は自分が深刻な失態を犯したことに気がついたのだ。
「…枝垂桜は綺麗に咲いてたでしょう?」
「あ、やっぱりあの時の…ありがとうございました」
以前花見に行った時に、近藤が桜が咲いているか確認した女性であったことに気がついたリンドウは礼を言う。顔を覚えるのは得意な方であるが、如何せんあの時は暗かったので自信がなかったのだ。
女は瞳を細めると、リンドウに再度ぶつかった事の謝罪をし、ちらりとトッシーの方に視線を送る。真っ青な顔をしてハスキーのぬいぐるみを抱いている彼を見て口端を少しだけ上げた。
「兄さんもごめんなさいね。邪魔して」
言葉を巧く発する事が出来なかったトッシーはこくりと小さく頷く。よりにもよって土方の知り合いに合うとは思わなかったのだ。しかもピンポイントで彼女と会うとは思わなかったトッシーは色々考えた結果、ハスキーのぬいぐるみを握ったまま、彼女の腕を掴んで言葉を放った。
「十四郎には内緒にしててください!」
その言葉にリンドウはポカンとしたような顔をして二人を眺める。この女性が土方の知り合いだとは思わなかったのだろう。すると女はぷっと吹き出して瞳を細めた。
「ああ、あんたトッシーの方だったの。十四郎って多串君?」
そう言われトッシーはコクコクと頷く。土方の事を多串君と言う独特の呼び方は万事屋専売特許なので、きっと万事屋経由の知り合いなのだろうと思ったリンドウは彼女の方を見て、あの、私からもお願いしますと頭を下げる。
「その…今日は土方さんに内緒でトッシーさんのお誕生日を祝ってまして…」
すると女はリンドウの頭を撫でていい笑顔を向ける。
「そうね。いいわよ。多串君が気が付いてないなら」
ぱぁっと表情を明るくした二人を見て、女は苦笑すると瞳を細めた。素直で可愛らしい反応だと思ったのだ。間違いなく土方ではなくトッシーであるとも。
「それじゃ。本当に邪魔して悪かったわね」
ひらひらと手を振りながら店を出る女を見送った二人は、ホッとした様な顔をしてお互いに顔を見合わせる。
「土方さんのお友達だったんですか?」
「三味線屋の迦具夜氏。十四郎とは…友達なのかなぁ…知り合いではあるけど…」
多分友達だと言えば土方は全力で否定するだろうし、迦具夜は笑い飛ばすかもしれない。同じ店の常連で、グダグダと酒を飲んで土方が愚痴を吐き出す相手である。数少ない土方が気を緩める相手である事は間違いないが、お互いの関係を何だといわれれば表現する言葉をトッシーは知らなかった。
「綺麗な人でしたね。背も高くてすらっとしてて。羨ましいです」
「…僕はハル殿の方がいいと思う」
「そうですか?ありがとうございます」
なけなしの勇気を振り絞った言葉はあっさりスルーされ、思わず泣きそうになったトッシーであったが、嬉しそうに笑ったリンドウを見て思わず表情を緩めた。地味だ何だといわれているが、リンドウの笑顔も、控えめな態度もトッシーは好きであった。迦具夜の様に見た目が華やかな美人はどうしても気後れしてしまう。
「ハル殿。次はどこに行こう」
夕方に屯所の道場で竹刀を振っていた近藤は、トッシーとリンドウがモップと洗剤を抱えて入ってきたのだ驚いた様な顔をした。
「近藤局長。訓練中申し訳ありません」
「いや、いいよ。お帰り。早かったね」
その言葉にリンドウもトッシーも頷いたので近藤は、そうかと言うとリンドウの抱えていたモップも手に取る。
「映画見に行ったんじゃなかったの?」
「みましたよ。その後お買い物に行ったんです。トッシーさんが洗剤とか持ってくださったので助かりました」
なるほどと納得した近藤はトッシーの方を見る。両手に洗剤をぶら提げている姿は少し可笑しかったが、きっと彼女の為に重い荷物を持って歩いたのだろう。
「トッシーもお疲れ。楽しめた?」
近藤の言葉にトッシーは頷くと、掃除道具入れの方に歩き出した近藤の後を付いて行く。年末に買ったモップは使用頻度が高かった為に既にくたびれており、新しいものをそろそろ購入しようと思っていた所だったし、洗剤の類もかさばるし重いので中々纏めて補充は出来ないでいた。
「これでよし。お疲れ様二人とも。悪かったね、半分買出しになっちゃって」
「僕は…楽しかったです」
近藤の言葉にトッシーがそういったので、僅かに近藤は驚いた様な顔をしたが直ぐに笑うと彼の頭を撫でる。外見が土方なだけに傍から見ると奇妙な光景である。
「遅くなったが、お誕生日おめでとう。まぁ、なんだ。今後もトシと巧くやってくれ」
トッシーを抹消したい土方には悪いが、呪いが解けない以上巧くやっていくしかないと近藤は割り切っていた事もあり素直に彼の誕生日を祝う。日々、土方から存在を否定され続けていたトッシーは驚いた様な顔をする。
「近藤氏…」
「トシが怒らない程度にね」
困ったように笑った近藤にトッシーは頷くと、頭を下げてその場を後にする。それを見送った近藤とリンドウは安心したような顔をした。
「喜んでくれたみたいだねトッシー」
「はい」
「…次は総悟の誕生日だなぁ」
「7月ですね。リクエスト聞いておきます」
そう言ったリンドウを見て近藤は少し情けない顔をして笑う。
「…総悟が無理言ったら断っても良いんだよハルちゃん」
控えめなトッシーと違って我侭放題な沖田はもしかしたら予想を上回るリクエストをしてくるのではないかと心配したのだ。無論、リンドウを困らせるリクエストはしないであろうが、それでも厄介な事を言い出すのではないかと思った近藤はポロリとそんな言葉を零す。
「聞いてから、近藤局長に相談しますね」
「そうしてくれる?」
私室に帰ったトッシーは、夕方のアニメを見た後パソコンに向かう。
某大型匿名掲示板にアクセスし、そのスレッドに目を通しながらペソペソと書き込みをしていた。
──人生初デートのオタク男に助言求む
それがトッシーの立ち上げたスレッドであった。そこで親切な助言を得て何とか一日終わったので報告をしに来たのだ。相談相手も友達もいない自分にはこれだけが頼りであった訳だが、前日の助言も、昼の助け舟も本当に助かった。
一通りの報告と、礼を書き込んだトッシーはブックマークからそのスレッドを削除し、履歴も綺麗に消すとパソコンを落とした。
そして最後に、リンドウから貰ったトモエのストラップを秘密の場所に隠すとふぅっと溜息をついた。少し疲れたけれど楽しい一日であったし、また遊びに行こうとリンドウにも言ってもらえた。リンドウだけでなく、近藤も自分の誕生日を祝ってくれた。
「…十四郎はずるい」
ゴロンと横になったトッシーは思わずそう零す。あんなに優しい人たちに囲まれて、羨ましい。いつだって彼等と一緒にいれる。リンドウが好きで彼が軋んでいる事は十分に承知しているが、自分に比べればずっと恵まれているだろうと考えながら、トッシーはゆっくりと意識を手放した。
トッシーの生誕記念。
閑話休題03に続く。
200905 ハスマキ