*来者は追うべし*

 忘年会が終了したのち部屋に帰ってぐっすり眠った近藤はゴソゴソとおきだすと目を擦りながら縁側に出る。天気は良いが気温は低いらしく、吐き出す息は白い。初詣の約束の時間まではまだ随分余裕があるが、二度寝をすると起きられないような気がしたので着替える為に部屋に引き返そうとすると声をかけられる。
「早起きだな近藤さん」
「トシ。昨日…っと今日はすまなんだ。ハルちゃん送ってくれて」
「かまわねぇよ」
 少しだけ土方は笑うと煙草に火をつけ煙を吐き出す。土方も昨日はこれと言って大きな問題もなかったのでリンドウを送った後床に就いたのだ。昼に仮眠を取っていた事もあって土方も今日は通常通り目が覚め今に至る。いかにも寝起き姿である近藤と違ってきっちりと着替えている辺り性格の差が出ている。
「あけましておめでとうございます局長、副長」
 庭から声がかけられたので二人が振り向くと、山崎が監察の女性隊士を数人連れて頭を下げていた。
「おめでとう。早いな山崎」
 目を細めて挨拶する近藤に山崎は恥ずかしそうに昨日は早く引き上げましたのでと笑う。女性監察組が引き上げたドサクサに紛れて山崎は早々にあの宴会から引き上げていたのだ。
「晴れ着か。いいなぁ。皆可愛らしくて。初詣?」
 近藤の言葉に女性隊士は嬉しそうに笑うとはいと返事をした。全員ではないが仲の良い面子が集まって初詣に行くのだろう。その姿を見た近藤は瞳を細めて笑うと新鮮だなぁ〜と感慨深そうに言う。
「態々お披露目に来てくれたので局長と副長にもと思いまして」
「ご苦労なこった」
 山崎の言葉に土方は呆れた様に言うが近藤は隣で大喜びで可愛いなぁと何度も言う。一方土方は晴れ着には興味はなかったが、山崎にお披露目の為、女性監察が来ている事に対しては純粋に賞賛に値すると思った。女性隊士に尊敬されているのだろう。
「山崎さんに最後の仕上げして頂いたんです」
「はぁ?」
 女性隊士の言葉に土方は怪訝そうな顔をしたので、山崎は困ったように笑う。彼女達の化粧やら髪の結い上げ等を山崎が仕上げたらしい。元々密偵という仕事上山崎は変装の為のその辺りのスキルが高く、彼女達は自分でするより山崎の方が綺麗に仕上がると朝から山崎の所へ押しかけてきたのだ。無論美容院等にいく手もあるだろうが、山崎自身が厭な顔一つせず喜んでやってくれるので彼女達はその好意に甘えることにしたのであろう。
「器用だなぁ山崎」
 その話を聞いて近藤は心底感心したように言う。すると山崎は恥ずかしそうにこれぐらいしか特技ありませんからと笑う。
「そういえばさっきリンドウさんから聞いたんですけど十時に集合で良いんですか初詣」
 思い出した様に山崎が言ったので近藤はこくりと頷く。すると女性隊士が残念そうな顔をしたので首を傾げてどうしたの?と近藤は聞いてみることにした。
「いえ、山崎さんもお誘いしようと思ったんです。ハルちゃんと行くんですね〜」
「局長とか副長とか沖田隊長も一緒だけど。君達も行く?」
 山崎の返答に女性隊士達は少し笑って遠慮しときますと首を一同に振る。
「え?俺達と行くの厭?」
 嫌われたのかと近藤が吃驚したように聞いたので彼女達はクスクスと笑いいえ、目立つじゃないですかと返答したので近藤は困惑したような顔をする。
「制服着てなくても目立ちますよ絶対に」
「そうかなぁ」
 ますます困った顔をした近藤を見て彼女達は微笑むと、それじゃぁハルちゃん宜しくお願いしますね、行ってきますと言い仲良く屯所を後にした。
 それを見送った土方はふと思い出したように山崎に視線を送る。
「アイツから連絡あったのか?」
 朝一番に山崎を初詣に誘うつもりで起き出した土方は既に山崎に連絡が行っているのが不思議だったのだ。別れ際に誘っておくと言っていたのに彼女からの連絡の方が早かったらしい。
「え?リンドウさんもう屯所来てますよ。彼女達の着付けとか手伝って貰いましたし」
「…ちゃんと寝たのかよアイツ…」
 部屋まで送ったのは既に午前3時を回っていたし、それから風呂に入って寝ても恐らく数時間で十分とは思えなかった土方は不機嫌そうな眉間に皺を寄せる。約束の時間までまだ間はあるのでギリギリまでゆっくりすればいいと思ったのだ。沖田などまだ起きてさえない。
「どうでしょうか。元気そうでしたけど。今監察の部屋いますよ」
「そうか。それじゃちょっと顔見に行こうかトシ」
「一人で行けよ」
 近藤の提案をあっさり却下したが近藤は土方の腕を掴んでずるずると引きずる。無駄に強引で力が強い近藤を振り払うことが出来なかった土方は小さく溜息をつくと三人一緒に監察の部屋へ向かうことのにした。

 監察はその特殊な任務から仕事部屋を与えられており、その部屋の奥には仮眠室や衣装室などが備えられている。リンドウや山崎が屯所内で仕事はする時はそこに篭っていることが多い。
「リンドウさん。はいるよ」
 山崎が声をかけると中から返事が聞こえたのでがらりと障子を開ける。するとリンドウは机に向かってなにやら書類を書いていたようで、笑顔で三人を迎えるとお茶を入れますねと立ち上がった。
「…」
 部屋に入ろうとする山崎と土方とは別に近藤は黙ったまま入り口で突っ立っていたので不思議に思った土方が声をかける。
「何だよ近藤さん。アンタが来ようって言ったんじゃねーかよ」
「…ハルちゃん晴れ着じゃない…」
 がっくり膝をついた近藤に他は仰天するが、山崎はああ…と短く言うとリンドウさん晴れ着持ってないんですよと言葉を零した。
「そうなの!?他の子晴れ着だったから俺楽しみにしてたのに!」
「アンタそれ見に来たのかよ」
「だってトシ!見たいじゃん。きっとハルちゃん可愛いと思ってちょっと楽しみにしてたんだよ!」
 見たいかと聞かれれば見たいと思わず思った土方は渋い顔をする。しかし持っていないの言うならば仕方ないとも思うのだ。
 正直年頃の娘が晴れ着を持っていないというのも問題があるように思えた土方は部屋に入り灰皿を引き寄せると灰を落としながらアンタ本当にもってねーの?と小声で聞く。
 するとリンドウはお茶を入れながら申し訳なさそうな顔をした。
「浴衣とか、晴れ着とか年に数回しか着ない着物は持ってないんです。いつかは買おうと思ってたんですが延び延びになってしまっていて」
「…アンタ胆試しのとき浴衣着てたろ。朝顔の柄の奴」
 土方が不思議そうに言うと山崎が彼女の代わりに返答をしてくれた。急な夏祭りのサクラ依頼だった為に監察の管理している衣装を彼女に貸したらしい。それを聞いて土方は納得するが、余りにも近藤ががっかりしているので気の毒になる。
「無いもんは仕方ねーじゃねーかよ」
「…可愛いと思ったのに…」
 項垂れながら近藤が部屋に入ってきたのでリンドウは申し訳ありませんと困ったように微笑んだ。それをみて山崎は少し考え込んだ顔をして小声で土方に耳打ちをする。
「…一応ですね。監察の衣裳部屋に晴れ着もある事はあるんですけど」
「…何でもあるんだなオイ」
 呆れ顔の土方であったが、近藤に手招きをすると寄ってきた近藤に監察が晴れ着もってるそーだと面倒くさそうに言う。すると近藤は表情を明るくしてじゃぁ、山崎それ出して!と言い出したのでリンドウは驚いたよな顔をした。
「近藤局長。その…お仕事で使う衣装をお借りするのは申し訳ないというかなんというか…宜しいんでしょうか?」
「え?いいじゃん。どうせ滅多に使わないんだろ?若いうちしか着れないんだし着てよハルちゃん。俺見たい。トシも見たいよな!」
 満面の笑みで同意を求める近藤に土方は困った顔をする。
「まぁ、良いんじゃねーの。衣装管理してる山崎が良いって言うんだったら。近藤さんも見てぇって言ってんだし」
 結局自分の意見は何一つ言わず土方は適当に他に丸投げするような返答をする。すると近藤はほら、だからね!とねだる様にリンドウに再度晴れ着を見せてくれと懇願する。
「良いんですか?山崎さん」
「青とピンクと赤とあるけどどれが良い?」
 困った様に山崎に意見を求めたリンドウに彼は早速色を提示する。既に山崎の中では着るものだと判断されていたのだろう。色まで既に把握している所を見ると、もしかしたら近藤が言いださなくても彼はリンドウに晴れ着を着せるつもりだったのかもしれない。
「ピンク。ピンクが似合うと思うよハルちゃん!」
 期待の眼差しで近藤が言うので土方は呆れた様に溜息を吐くと、柄位聞いてから決めろよとブツブツ言う。ただ、ピンクが似合うという言うのには土方も同意見であった。色が白い彼女に寒色系は顔色が悪く見えるので青は問題外として、ピンクか赤といわれれば、凛とした赤より柔らかいピンクが良いと思ったのだ。
「それじゃピンク出してきます」
 早速山崎が席を立ってしまったのでリンドウはどうして良いのか解らないというようにオロオロと視線を彷徨わせた。晴れ着を着せて貰えるのは嬉しいが、なにやらとんとん拍子に話が進んでしまい置いてけぼりになってしまっているのだ。
 そんなリンドウを見て土方は苦笑するとまぁ、近藤さんの為に我慢てやれよと小声で言う。
「いえ、我慢なんて。凄く嬉しいです。でも…恥ずかしいというか何というか…ご期待に添えなかったらと思うと…」
 しょんぼりしたようなリンドウを見て近藤は何の根拠もなく絶対に似合うから!と彼女の頭を撫でる。するとリンドウは嬉しそうに顔を上げて微笑んだ。
「そんじゃ近藤さんもいい加減着替えて準備しろよ。いつまで寝巻きのままなんだよ」
「おお、そうだった。それじゃハルちゃん後でね」
「はい」
 土方に促されて近藤は立ち上がると一緒に部屋を出る事にする。起きたばかりで顔も洗わずに此処に雪崩込んだ事を思い出したのだ。

 十時前に玄関先で土方が煙草を吸っているとバタバタと慌しく近藤がやってきて、それから少し遅れて眠そうに沖田がやってきた。遅刻常習の沖田にしては優秀な方であろう。
「リンドウ晴れ着着るんですね」
 沖田があくびをしながら言ったので近藤は頷くと楽しみだなぁと顔を綻ばせる。
「もう少しかかるからって監察部屋山崎に追い出されやした」
 不服そうに沖田は口を尖らせたので近藤は困ったように笑う。集合まで時間がないと焦った山崎が恐らくリンドウを迎えにいった沖田を邪険に扱ったのだろう。
「そんなに時間掛かるもんなのかよ」
「なんか、帯の結び方が気に入らないとかいって何回もやり直してたみたいぜすぜぃ」
 煙を吐き出した土方の言葉に沖田は肩を竦めながら返答した。野郎の着物と違って女の子の着物…特に晴れ着等は帯の結び方が何通りもある。恐らく山崎は自分が納得行く結び方を探して何度をやり直しているのだろう。無駄に凝り性なのかもしれない。
 暫くすると山崎が遅くなりましたと言いながら廊下を歩いてきたので一同そちらに視線を送る。
 山崎の後ろに隠れるように歩いてきたリンドウが遅れましたと頭を下げたので近藤は大丈夫と笑うと、顔上げてと優しく言う。
「はい…」
 恐る恐る顔を上げたリンドウを見て一同ぽかんと口を開けたのでリンドウは顔を真っ赤にして山崎の後ろに隠れ、やっぱり着替えてきますと小声で囁いた。
「え〜。似合うよ。折角俺頑張ったのに」
 不服そうに言う山崎の声に我に返った沖田は顔を綻ばせると似合ってますぜぃとリンドウの髪飾りを一つ引っ張る。俯いていたリンドウはそれに驚いて顔を上げた。
「そうですか?」
「俺が褒めるなんざぁ滅多にありやせんからね。謹んで受け取っておいてくだせぃ。ね、近藤さん土方さん」
 沖田に言われ近藤はニコニコ笑うと思ったとおりだとリンドウの方を見る。髪は綺麗に結い上げられ、可愛らしい羽の飾りがピコピコと揺れている。化粧もいつもの控えめな薄化粧をベースに目元を少し強調するように仕上げられていて、近藤や土方のように長身の人間から見ると上目遣いが一段と可愛らしく見える。
「いつも可愛いけど一段と可愛いなぁ」
 頭をいつも通り撫でようとした近藤の手を山崎は慌てて止める。折角綺麗にしたのに台無しにされると思ったのだろう。
「勘弁してくださいよ局長。苦労したんですから。因みに化粧も俺が仕上げました。どうですか?今年流行の目元パッチリ。リンドウさん化粧は控えめなんでどうしようかと思ったんですけど…いつもよりちょっとだけ印象違う感じにしたんです。口元も着物に合わせて淡いピンクにしてみました」
 無駄に熱弁をふるう山崎に沖田は苦笑すると、ちらりと土方に視線を送る。何一つ先程から感想を述べていないのだ。
「で、土方さんの感想は?」
 急に話を振られた土方は少しだけ考え込んだ表情をしてリンドウを見る。まだ山崎の後ろに隠れるようにして自分の様子を伺う姿が可愛らしいと言うのが正直な感想であるがそれを素直に吐き出すことは出来なかった。
「まぁ、良いんじゃねーの」
 無難な言葉を選んで吐き出すとリンドウは心底ホッとした様な表情を作り、漸く笑った。いつもの笑顔と違う印象のその表情に思わず土方は顔を背を向けて新しい煙草に火をつけると煙を肺に入れる。それは反則だと心の中で舌打ちをすると思わず不機嫌そうな顔を作る。
「そうそう。ハルちゃんいつも通り笑ってね。可愛いんだから」
 近藤は満足そうに言うと、さぁ出かけようかとリンドウの手を取り嬉しそうに笑う。
「はい」
 緊張から開放されたのかリンドウが顔を明るくして穏やかに微笑んだので、近藤は思わずぱっと手を放す。その様子を見ていた沖田は首を傾げどうしたんですか?と近藤に聞く。
「いやぁ、なんつーか、ちょっとドキドキしちゃったよ。可愛いから。いけないオッサンな気分…」
「それじゃ俺がリンドウと手を繋ぎますぜぃ」
「ええ!?」
 沖田の言葉に近藤が声を上げたので沖田は肩を竦めて冗談ですぜぃと笑うとリンドウの髪飾りをまた軽く引っ張る。リンドウが動くたびにピコピコ揺れる羽飾りが気に入ったのだろう。
「まぁ、並んで歩きゃ良いじゃねぇですかぃ。境内混んでりゃその時又考えるということで」
「はい」
 淡く微笑んだリンドウを見て沖田は瞳を細めるとそんじゃ行きますかと並んで歩き出した。

 

 大きな神社は恐らく今頃人で一杯であろうが、屯所の側にある小さな神社は思ったより人が少なく鳥居の前で近藤は此処は意外と空いてて良かったねぇと暢気に声を上げた。
 空いているといっても境内の中にはいつくか屋台などが立っており人で賑わっているし、参拝客は列を成して本殿へ向かっている。有名神社よりましだという程度ではある。
「ハルちゃん屋台見る?」
 近藤の言葉にリンドウは首を振ると、先にお参りしてゆっくり回りましょうと言ったので一同は参拝客の列に並ぶ事にした。この後には昼から新年会が待っているのでのんびり屋台を回って結局お参りが出来なくなるかもしれないのを心配したのだろう。
 参拝客の列に並ぶ中、土方がふと視線を落とすとリンドウが自分の手にはぁっと息をかけて擦り合わせていたので瞳を細める。指先が冷えて寒いのであろう。しかし文句一つ言わずにそうしている姿を見て思わず声をかけた。
「…寒いのか?」
「手が少し冷たいだけです。晴れ着に手袋合わないので…ついでに耳も冷たいです」
 此処最近ずっと耳あて愛用のリンドウであるが今日は晴れ着に合わせてか着用していない。アレがあれば随分違っただろうにと思いながら土方は少し困った様な顔をする。
「もう少しだから我慢しろ」
「はい。大丈夫です」
 リンドウが土方を見上げてそう言ったので土方はそうかと短く返答する。そしてつい目の前でピコピコと動く羽飾りを軽く引っ張った。それにリンドウは驚いた様な顔をしてあの…と土方に声をかけた。
「へ…変ですか羽飾り…沖田隊長も引っ張るんですけど…」
「いや。視界の端で動くから気になるだけだ…良いんじゃねーの目印代わりで目立つから」
 声をかけられ慌てて手を放した土方は恥ずかしそうにそう言うと顔を背ける。するとリンドウは困ったように微笑んだ。
「監察なんで目立つと困るんですけどね」
「…仕事じゃねーから良いだろうよ。つーか、アンタいっつも地味な格好や化粧してんのその所為か?」
「元々地味なんですよ」
 土方の言葉にリンドウは淡く微笑むと首を少し傾げた。監察は山崎が筆頭である様に地味である事が確かに望ましい。人の印象に残るのでは密偵として役に立たないのだ。女性隊士に関して言うなれば化粧のお陰で印象が随分変わるのでその辺を山崎が徹底的に仕込んだのも頷ける。真選組の人間だと解らないように全く違う顔を作って彼女達は情報収集に当たるのだ。
「だからちょっと綺麗な格好なれてなくて恥ずかしいです」
 そう言葉を続けたリンドウに土方は思わず表情を緩めた。控えめな彼女は多分気後れしてしまうのだろうと。地味だといわれているが決して顔の造形が悪い訳ではないし、寧ろ山崎がその気になればもっと綺麗になるだろう。しかし土方はいつもの彼女の方が自分も気後れしなくて良いと一瞬考え頭を軽く振る。
「ハルちゃん、もう直ぐだよ」
 近藤に声をかけられリンドウが巾着から財布を取り出したので土方は我に返り自分も財布を開け賽銭を準備した。考え事をしていた土方はまだ何も願い事を考えていなかった。
「リンドウは何お祈りするんですかぃ?」
「今年も真選組の皆さんが無事に過ごせるようにお祈りするつもりです」
 その言葉に沖田はふぅーんと納得したような顔をするとそんじゃ俺はそれが叶う様にお祈りしときますぜぃと子供の様の笑った。
「え!?他に沖田隊長はお願いないんですか?」
「土方さんが副長の座から転落するのが第一希望ですがそっちは俺が手を下したほうが早そ…」
「総悟テメェ!」
 新年早々物騒な事を言う沖田を土方が怒鳴りつけると、沖田はさっとリンドウの後ろに隠れて土方に舌を出した。それを見ていた近藤が慌てて間に入ってとりなすと土方はしかめっ面のまま賽銭を握り締め目の前の賽銭箱に視線を送る。何も願いは思いつかなかった。寧ろ願うのが躊躇われるモノしか浮かばず小さく溜息を吐くと沖田同様のリンドウの願いが叶うように手を合わせる事にした。真選組の副長としては無難であると判断したのだろう。

 無事に参拝が終わった一同は屋台を冷やかしながらのろのろと歩く。新年会が直ぐにあるので何か腹に入れる気にはならないが屋台というのは眺めているだけでも面白い。
 そんな中リンドウがおみくじを引いて良いですか?と聞くので境内の隅に移動することになった。此処でお守りやおみくじを買うことが出来るのだ。
「それじゃ俺も」
 沖田が小銭を出してリンドウに続いて籤を引いたので他の面子も同じ様に引く事にする。
「大吉」
 得意気にひらひらと籤を見せる沖田にリンドウは感嘆の声を上げると自分の籤もいそいそと開く。書かれていたのは吉。それにリンドウは少しがっかりしたような顔をするが、それを覗き込んだ近藤はニコニコと笑って自分の籤を彼女へ見せる。
「俺も吉。おそろいだねハルちゃん」
 その言葉にリンドウは表情を明るくするとはいと返事をし、自分の籤と近藤の籤を見比べた。
「あ〜。何か折角俺も大吉引いたのに沖田隊長とおそろいだと思うとちょっとアレですね」
 山崎は自分の籤を眺めながら苦笑するとリンドウに自分の籤を見せる。するとリンドウは今年はいい年ですよきっとと山崎に笑顔を向けた。そんな中終始無言だった土方の籤を覗き見した沖田は大声でリンドウを呼ぶと土方さんもおそろいみたいですぜぃと彼女に耳打ちする。
「あ、副長も一緒ですか?」
「…みてーだな」
 おみくじを信じている訳ではないがリンドウが嬉しそうな顔をするので土方は釣られて表情を緩める。そんな中リンドウがじっと土方の籤を眺めるので彼は不思議に思いなんか面白い事書いてあんのかよと小声で聞くと、リンドウは土方を見上げ少し微笑んだ。
「此処も一緒ですね」
──忍耐が吉。後半上昇。
 彼女が指差したのは籤の恋愛運の所であった。吉は同じでも番号が違えば書いてある内容は違う。彼女は自分の籤と並べて全く同じ事の書いてある場所を示した。
「…そうだな」
 思わず困った様な、情けないような表情を作った土方は彼女に向かってそう呟くと瞳を細めて心の中で溜息を吐いた。当たる筈がないと。
 彼女と土方では別方向を向いているのだから片方が巧く行けば片方は破綻するのだ。
「こりゃ当たらないですぜぃ」
 二人の間に割って入った沖田が籤を見比べてそう言ったので土方はしかめっ面をすると元々信じてねーよと不機嫌そうに言い放ち籤を折り畳む。解っていても人に指摘されると腹が立つものだ。それが土方にとって天敵である沖田であれば尚更の事であろう。
「当たりませんかね?」
「片方だけなら当たるかもしれやせんがね」
 リンドウの言葉に沖田が笑いながら返答するので土方はへらへらと笑う彼を睨みつけ煙草を吸って来るとその場を離れた。境内は基本禁煙で喫煙所以外では煙草を吸えなかったのだ。
 その背中を見送るとリンドウは自分の手に残った籤をじっと眺める。
「どうしたのハルちゃん?」
 じっと動かないリンドウを見て近藤が声をかけると、彼女は困ったように微笑んで副長に余計な事を言ったみたいでと呟いた。
「駄目ですね。いつも副長の機嫌を損ねてばっかりで…」
 途方に暮れた様にリンドウが言うので近藤は少しだけ考え込んでちょっと待っててとその場を後にする。リンドウは驚いた様に近藤の背中を見送るが、直ぐに沖田に声をかけられた。
「土方さんが機嫌が悪いのはいつもの事でさぁ」
 そういい沖田はリンドウの羽飾りを引っ張り慰めるように笑った。余計な事を言ったのは自分なのにリンドウが萎れているのが申し訳なかったのだ。それに土方がリンドウを前にいつも不機嫌そうにしている理由を知っている。それを教える事は出来ないが、土方の所為で彼女が萎れるのも気に入らなかった。
「有難う御座います」
 慰められているのに気がついたのかリンドウは沖田に淡く微笑んだ。

 暫くすると土方が戻ってくるが、近藤の姿が見えないので怪訝そうな顔をする。
「あ。局長直ぐ戻るって言ってましたよ」
 境内で配るお神酒を飲みながら山崎が言ったので土方はそうかと呟くと山崎の横に並んで座るリンドウと沖田に視線を送った。それに気がついた沖田は不機嫌そうに一瞬土方を睨んだが直ぐにリンドウとの談笑に戻る。
「すまなんだ。遅くなった」
 バタバタと走って戻ってきた近藤ははい、というと土方達になにやら袋を差し出す。
「何だよこれ」
「お守り。おみくじが悪かろうが良かろうが気分的なもんだしな。ついでにお守りも買っておけば悪い気分じゃないだろ?」
 そう言いながら近藤は袋からお守りを出すと順番に手に乗せていく。
「つーか、何で『必勝祈願』とか微妙なの買ってくんだよアンタ…」
 渡されたお守りを見て土方は思わず溜息を吐く。仕事運とか健康運とか具体的なものならともかく必勝というのはイマイチぱっとしないし意味も解らない。
「そうか?必勝なら何でも巧く行きそうだろ?」
「そりゃそーだけどよ」
 土方に指摘されて近藤は至極ポジティブな意見を言うと胸を張る。
「近藤さん。土方さんは恋愛成就のお守りが欲しかったんでさぁ」
「え?交換してもらおうか?」
「何捏造してんだ総悟!つーか、交換とかいいから近藤さん!」
 今にも交換に走り出しそうだった近藤の首根っこを捕まえながら沖田を怒鳴りつけると土方は大きく溜息を吐く。しかしその様子を見ていたリンドウが楽しそうに笑ったので土方は少しだけ表情を緩めた。本当はいつもそうして欲しいのにいつも自分は彼女を萎れさせてばかりだとぼんやりと考える。自分の所為だと解っていてもどうしても巧く行かないのだ。
「…まぁ、有難く貰っとくわ」
 諦めたように土方が笑ったのを見て近藤は満足そうにすると、じゃぁそろそろ帰るかと機嫌良く言いリンドウに手を差し出す。座っていたリンドウはその手を取ると淡く微笑んで立ち上がった。
「有難う御座います近藤局長」
「来年も皆で来ような」
 まだ新年だというのにもう来年の話をする近藤に土方は苦笑するが嬉しそうに頷くリンドウを見て思わず表情を緩める。来年もこうやっていれればと思いながら土方は彼等に並んで境内を後にした。


旧正月になりましたが初詣
いつも何だか季節から遅れ遅れになって申し訳ないです
20090115 ハスマキ

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