*踵で頭痛を病む・中編*

──内緒にしておいてください。止められると思うので。
 女は困ったように微笑むと男と指切りをした。
 望みを叶えることを約束した男は少し恥ずかしそうに笑う。指切りなど子供の頃にして以来だったのだ。
──私のわがままなのは解っているんです。でも…。
 男はそれ以上は何も聞かなかった。
 優しい目の前の女はいつも自分を甘やかして望みを沢山かなえて、欲しいものを与えてくれた。だから今度は自分の番だと思ったのだ。

***

 大々的な攘夷志士捕縛作戦も終了し二番隊が撤収作業をしている中、沖田が自分の方へ駆けて来たので永倉は心配そうに声をかけた。
「見つかりました?リンドウさん」
「…車貸してくだせぇ。ヤバそうなんでさぁ」
 沖田の言葉に永倉はぎょっとしたような顔をすると、ポケットから自分の車の鍵を探し出し沖田に渡す。少し離れた所に止めてある車のナンバーを永倉が告げると沖田は慌しく駆けて行った。
「大丈夫でしょうかね…」
 独り言の様に呟いた永倉の言葉に土方は返答をせずに新しい煙草を取り出した。ライターを握る手が微かに震えているのを自覚して土方は瞳を細める。寒さの所為だけではない。
「あ!局長!」
 ライターを握り締めたままの土方を眺めていた永倉は此方に歩いてくる近藤と山崎の姿に気がついて声を上げた。
 近藤が抱きかかえているのがリンドウだと気がつくのにそう時間は掛からなかった。
「トシ。総悟は?」
「今車まわしてる」
「それじゃ病院に連絡入れておきます。うちのかかりつけで良いですよね」
 真選組にはその任務が対テロという事もあってかかりつけの医者が存在する。屯所の側に病院を構えている為に便利である上に設備もそこそこ揃っているので大概はそこに担ぎ込まれるのだ。そこで手に負えないとなると大病院に回される事もあるが、今回の場合リンドウは傷云々より不足している血の方が問題だ。早急に足してやらないと命に関わると山崎は判断したのだ。輸血程度ならかかりつけの医者でも十分に対応できる。
「あそこで大丈夫?」
 心配そうな近藤に山崎は頷くと電話をかけ医者に事情を説明し始めた。
 永倉は近藤の抱きかかえるリンドウの顔を覗き込み息を呑む。顔色は蒼白であるし、意識を失っているのかピクリとも動かない。
「大丈夫。生きてるよ」
「…そうですか」
 近藤が呟いたので永倉は小声で返事をする。永倉は特別リンドウと仲が良かった訳ではないが、いつも玄関などを掃除している姿は見かけていたし、仕事も良く出来ると聞いていた。穏やかに微笑んでいた彼女の今の姿を見ると思わず唇を噛みしめる。
「トシ。とりあえず総悟と病院行くわ。山崎、お前はトシの手伝いしてやってくれ」
 その言葉に電話を切った山崎は驚いた様な顔をする。自分も恐らく病院へ行くつもりだったのだろう。しかし山崎が何か言葉を発する前に近藤は少し困った様な顔をして言葉を続けた。
「気持ちは解るが堪えてくれ。今回で捕獲した攘夷志士から他の情報も吐かせてるから、その裏づけとか動いて貰いたいんだ。頼む」
 捕獲した攘夷志士からの情報を元に監察が動けば更に攘夷志士の仲間を捕縛できるかもしれないし、運が良ければバックで基金提供している一派にも繋がるかもしれない。監察の仕事は事後にも山の様に積まれているのだ。
「了解しました局長」
「すまん」
「いえ。それでは一旦屯所に戻ります」
 しょんぼりした近藤に少しだけ山崎は笑って見せると、近藤の抱きかかえるリンドウの頭をそっと撫でた。彼女の分まで仕事をする事を決めると山崎はその場を後にする。
「あ、車来ましたよ!」
 沖田の運転する車が側に止まったので永倉はその後部座席のドアを空け近藤を待つ。両手の塞がった近藤への気遣いであろう。小さく頷き車に乗り込もうとする近藤の側に今まで余り喋らなかった土方が立つと小声で近藤に詫びる。
「…すまねぇ」
「後頼んだぞトシ」
 ちらりとリンドウの顔を見た土方はほんの少しだけ瞳を揺らして沈黙した。
 車を見送ると永倉は土方の表情を伺う。あれだけ近藤や沖田が動転していたのに土方は余り表情を動かさなかったからだ。永倉から見ればリンドウという隊士はいつも山崎とコンビを組んでいる監察隊士という印象しかないが、近藤や沖田に関しては随分リンドウを気に入っていたように見えたのであの動揺も理解できる。
「副長は冷静ですね」
 余り彼女と親しくない自分でも心配になったのに土方が表情を動かさなかったので思わず永倉は言葉を零した。確かに近藤達ほど親しいようには見えないし、いつも土方とリンドウは仕事の話をしている。土方にしてみれば重用している山崎の相方なので仕事で重宝しているという感じなのかもしれないが、それでももう少し心配しても良さそうなものだと思い永倉は知らず知らずのうちに非難がましい言葉を放ってしまったのだ。
 その言葉を聞いて土方は瞳を細めると煙草に火を付け不機嫌そうに返事をした。
「冷静ってのは山崎みてーなのを言うんだよ」
 そう言うと土方はちょっと歩いてくると言い残しゆっくりと永倉の側を離れた。

 雪の中土方はゆっくりと近藤達の足跡を辿って歩いていた。たどり着いた先はリンドウの隠れていた場所である。
 止む事のない雪だというのにまだその純白を汚す鮮血の赤を見て土方は煙草の煙を吐き出した。
──寒いから早く来てください。
 電話でそう彼女は言っていた。こんな事になっているとは考えもしなかった自分自身に腹を立て舌打する。彼女がいつも嘘はつかないが一番大事なことを何一つ言わない事を失念していたのだ。恐らく彼女の怪我があっても土方は追走を命じたであろう。しかしそれを後で土方が沖田達に非情だと非難される事を予測してリンドウは黙っていたに違いない。自分が勝手に怪我を悪化させたのだと多分彼女は言うだろう。
 永倉は自分に冷静だと言ったがそれは間違っている。冷静なのは山崎の様に頭の切り替えが早い人間を指すのだ。手が震えて言葉もまともに浮かばなかった人間に対して冷静とはと土方は思わず苦笑した。近藤が動転して動き回ったから自分は逆に動かなかっただけで、決して動揺しなかった訳ではない。声を発すれば動揺が外に漏れる様な気がして自然と言葉数が少なくなった。それを傍から見ていると冷静に見えるらしい。
 土方は瞳を細めると不機嫌そうに顔を顰めてその場を後にした。

「あ、副長。撤収終わりましたんで屯所に戻ろうと思うんですが車乗せて貰えます?」
 戻った土方に永倉が声をかけると土方は車の鍵を投げる。先程永倉の車は沖田が乗っていってしまったのだ。
「運転しろ」
「はい」
 永倉は小走りに土方の車に向かうとエンジンをかけ土方が乗り込むのを待つ。
 助手席に乗り込んだ土方がシートベルトを締めるのを確認すると永倉は発車しますよと短くいい車を屯所に走らせた。
「…捕縛した奴等は屯所に送ったのか?」
「ええ。先に斉藤と原田の捕縛した攘夷志士から情報を吐かせてると思います」
 ハンドルを握りながら永倉が返答すると土方は煙草の煙を吐き出しゾッとするような声色で言葉を放った。
「どんな手を使ってでも情報を搾り出せ」
 その声を聞いて初めて永倉は土方が心底怒っている事に気がつく。先程まで全く動じていないように見えた土方だったが、それは表に出していないだけであったのだ。全身に厭な汗をかきながら永倉は黙って車の運転を続けた。

 

 病院の処置室の前で右往左往する近藤をぼんやり眺めながら沖田は小さく溜息をついた。山崎の話では傷自体は大した事がないらしい。しかし雪の上にばら撒いた血の量が多すぎた。
 先程病院に着くと山崎から連絡を受けていた医師が直ぐにリンドウを処置室に運びこんでくれたので多分大丈夫だとは思っていても落ち着かない空気を二人は纏っていた。
「…君達まだいたの?」
 処置室から顔を出した医師は呆れた様な表情を作ると、大丈夫だっていったじゃん、俺の腕信用してない?と口を尖らせた。
「いや、でも先生!心配で心配で!」
 縋るように涙目で医師に迫る近藤を見て医師の隣に立っていた看護婦は思わず噴出す。
「大丈夫ですよ局長さん。ちゃんと連絡を頂いてたので準備も万端でしたし。今は病室に移動させましたよ。眠ってますがじきに回復しますから」
「そーそー。まぁ、あと少し遅かったらやばかったかなぁ。怪我してるのに走るって頭沸いてるのアンタんとこのお嬢ちゃん。まぁ、アレ。暫くは熱とか出るかもしれないけど死にはしないから。あと、そこの一番隊の隊長さん。次君」
 軽い口調で言う医師に沖田は驚いた様な顔をする。自分が呼ばれるとは思わなかったのだ。爆発に巻き込まれはしたがかすり傷程度だった沖田は自分が病院にかかることなど考えてもいなかったようである。
「ほら、総悟一応みてもらえ」
「かすり傷ですぜぃ」
 背中を押す近藤に面倒くさそうに沖田が言うと医師は相変わらずの軽い口調言葉を放つ。
「見りゃわかるよ。でもさ、爆発の破片とか体に入ってるとかあるんだよねコレが。君の所の部隊も何人かいたしねー。ある意味骨折とかより厄介だからさっさと片付けたいんだわ」
 そう言うと医師はほらほらとせかすように沖田を中へ連れて行く。
「あ、局長さん。お嬢ちゃんは角部屋ね。女の子だから個室にしといたよ。他の隊士は鮨詰めで適当に病室に放り込んだからこんな所でウロウロしてる暇あったら回ってあげてよ」
 医師がそういったのをぼんやり聞いていた近藤はすぐさまリンドウの病室へ向かう事にした。

 角部屋の個室には『監察のお嬢ちゃん』といういかにも適当に作りました的な名札がかかっていた。個室にたどり着くまでに前を通った部屋には全部に『一番隊の平隊士』と札がかかっていたのである意味病院の方針なのかもしれない。あのいい加減な医師らしいといえばらしい。
 そっと扉を開けると狭い病室にはソファーとベッドが置いてある。そのベッドに横たわるリンドウを見て近藤は思わず唇を噛んだ。
 真選組という組織に所属している以上危険は常に伴う。近藤も隊士もそれは十分理解しているが近藤はそれでも矢張り仲間が傷つくのを見るのが厭であった。ましてやリンドウは女の子である。危険の伴わない程度の諜報活動という条件で女性隊士を雇った身としては今回の怪我は心底堪えた。
「ハルちゃん」
 小さな声で彼女の名前を呼んでみる。輸血のお陰で顔色は戻っているがピクリとも動かない彼女を見ていると近藤は不安になり、彼女の手をそっと取る。先程抱いていた時は絶望したくなる程冷たかった手は体温を取り戻しており近藤はホッとした様な顔をするが、それでも彼女の意識が戻らない事が心配で仕方なかった。
「ごめんね」
 そう言うと近藤はリンドウの頭をそっと撫でる。子ども扱いしているみたいだら止めてやれと土方に何度注意されても頭を撫でた時にリンドウが嬉しそうに笑うのでどうしても止める事が出来なかった。今は笑わないけど元気になったらまた笑って欲しかった。そして笑わない彼女を見て近藤は思わず涙を零した。
「…どうして泣いてるんですか?」
 うっすら瞳を開けたリンドウが言ったのは、雪の中で彼女がした質問と同じ言葉だった。あの時なんと答えたのか思い出せない近藤は困った様な顔をして少しだけ笑った。
「ハルちゃんが無事で嬉しいんだよ」
 その言葉を聞くとリンドウはオトコマエが台無しですよと言い淡く微笑む。リンドウが伸ばした手が近藤の頬に触れ優しく撫でてくれたので近藤は更に泣けてきた。
「…ごめんね。駄目な上司で。危ない目にあわせて怪我させて…」
 近藤が泣きながら詫びるとリンドウは小さく首を振って微笑んだ。
「泣かないで下さい…今回は私の勝手な判断です…近藤局長も副長も悪くありません…」
 そう言うと彼女はまた瞳を閉じた。恐らく疲れと麻酔の所為で眠くなったのだろう。
「意識戻りやした?」
「…又寝ちゃったよ。総悟はどうだった検査」
「明日結果出るらしいですぜぃ」
 近藤が振り返ると沖田はなにやら毛布を抱えて立っていた。それに驚いた近藤がそれどうしたの?と聞くと、沖田は今日は此処に泊まると言う。
「泊まるって…此処!?」
 近藤の言葉に沖田は頷くとソファーに毛布を放り投げた。他の部屋は平隊士が窮屈そうにしているので厭だと言ったのを聞いて近藤は困ったように笑う。恐らく沖田はリンドウが心配なので此処に泊まりたいのだろうということを察したのだ。
「熱が出るかもしれないって先生言ってたし、それじゃ頼むわ総悟」
 ポンポンと沖田の頭を叩くと近藤は笑って彼に任せる事にした。すると沖田は少し沈黙した後ボソッと言葉を放った。
「…土方の所為だ」
 その言葉に近藤は息を呑んだが出来るだけ穏やかに言葉を選んだ。
「トシは手持ちのカードで精一杯やってくれた。責めるなら力のない俺にしてくれ」
「…でも、一番悪いのは俺でさぁ」
 今にも泣き出しそうな声で沖田が言ったので近藤は沖田の頭を撫でる。沖田自身は真選組で腕は多分一番である。でも精神的な弱さを知っている近藤は、今回リンドウが怪我をした事で沖田が随分堪えているのに気がついたのだ。リンドウの事がお気に入りでいつも楽しそうにしていたのを思い出して近藤は困った様な顔をした。
「ハルちゃんの怪我の事総悟が教えてくれなかったら多分取り返しのつかない事になってたよ。有難う。頑張ったな」
「…」
 涙を堪えているのか沖田は唇をかみ締めたまま近藤の言葉を聞いていた。近藤が誰も責めない事は知っていた。けれど今は優しさが沖田には辛かったのだ。
「…それじゃ俺屯所に戻るわ。頼んだぞ総悟」
 その言葉に沖田が頷いたので近藤は少しだけ笑って部屋を後にした。他の怪我をした隊士の様子も見ておきたかったし、何より屯所で事後処理をしている土方が心配だったのだ。
 恐らく今回の事を気に病んでいるだろうと思うと近藤は思わず溜息をつく。責任感が強い土方は表向きしゃんとしているが沖田同様堪えている筈だ。そう考え近藤は土方にかける言葉を考えながら歩き出した。

 

 怒涛の一日が終了しようとする中土方は局長室前の縁側で煙草を吸っていた。先程漸く攘夷志士から搾り出した情報を山崎に渡し裏づけを指示し終えた所なのだ。早ければ明日の昼にでも行動を起せるだろう。しかし土方の手持ちのカードはたった一日で半分以上滑り落ち僅かに残った手札で勝負をせねばならなかった。
 煙を吐き出し庭の風景をぼんやりと眺める。雪は漸く止んだが土方の脳裏にはあの鮮血の赤が強く焼きついていた。体の芯が冷えるようなあの感覚を思い出して土方は思わず身震いする。切られる仲間も粛清した仲間も沢山見てきた筈なのにリンドウが近藤に抱きかかえられて帰って来た時は情けない事に声も出なかった。もしもこのまま逝ってしまったらとちらりと脳裏によぎった瞬間に何も考える事が出来なくなったのだ。
「トシ。此処は寒いぞ」
 後ろから声をかけられたが土方は振り返ることなく、そうかと短く返事をした。近藤が帰ってきたのだ。
「永倉聞いたがもう山崎動かしたんだって?明日には又動くのか?」
「ああ」
 近藤は土方の横に座ると彼と同じ様に庭を眺めた。
「ハルちゃん暫く入院するけど大丈夫だって。一番隊も元気そうにしてた」
 帰り際に一番隊の部屋を覗いてきたが、一部骨折や破片が体に入ったからと入院になっていたようだが、他は検査入院だけで元気そうにしていたのだ。死人が出なかったのは幸運としか言いようがない。暫く近藤の言葉を黙って聞いていた土方は少しだけ俯くとポツリと呟く。
「…すまねぇ近藤さん。俺のミスだ」
「総悟にも言ったんだがな…自分を責めないでくれ。俺が不甲斐無いばっかりにお前等に苦労かけてるんだから」
「…」
「仕事片付いたらハルちゃんの所お見舞い行こうな」
 そう言うと近藤が土方の頭を撫でたので土方は驚いた様な顔をする。
「お前もだろうけど、総悟も相当堪えてるみたいだから…きつい事アイツが言うかもしれないけど赦してやってくれ」
「…アイツがきつい事言うのはいつもの事だろーがよ」
 困った様な顔をして笑った土方を見て近藤は満足そうに笑うと、風邪引くなよと言い残し局長室に入っていった。それを見送り土方は煙草をもみ消すと立ち上がる。

 

 沖田がソファーで丸くなって寝ていると不意に病室の扉が空いたので反射的に刀に手を当てた。ただ、入ってきた人影が見覚えがあったので沖田は警戒を解く。暗い病室でぼんやりとベッドの方を眺めているのは土方だったのだ。
 寝たふりを決め込んだ沖田に気がついたのか土方はソファーの方に歩み寄ると暫く黙って沖田を眺めていたが、片手で毛布を掴むとそれを肩まで引き上げる。
「…風邪引くぞ莫迦」
 小声でそう土方が呟いたのを聞いて沖田は己の耳が爆発でイカレたのかと思った。しかも毛布をかけ直すなどとありえない。しかし、沖田は今更実は起きてましたと言えず黙ってじっとしている事にした。すると土方は漸く視線をリンドウの方に向ける。
 ゆっくりとベッドの側に歩み寄った土方はそこに横たわるリンドウを見下ろした。額に巻かれる包帯が痛々しい。そして相変わらずピクリとも動かないので土方はそっと布団からはみ出している彼女の手に触れた。
「…」
 温かい体温を指先で感じて安心したのか土方は彼女の手を布団に押し込むと黙って彼女の顔を眺めていた。顔色も良くなっているし怪我もちゃんと手当てされて何も心配する事等ないのにまだ不安が土方を支配していたのだ。
 ゆっくりと土方は彼女に顔を近づけると小さな声で呟く。
──
 そしてその後は無言で踵を返すと部屋を出て行った。

 

 数日後。攘夷志士から吐かせた情報の元、彼等に資金提供をしていた商人なども上げ真選組は年末に大きな大金星を挙げた。徹底的に攘夷グループの一派を叩いたのだ。暫くは彼等も大人しいであろう。
「あ、ハルちゃん寝てていいよ」
 病室を訪れた近藤はそれに気がつき起き上がったリンドウにそう言うと困ったように笑った。リンドウは随分回復傾向にあったが、まだ熱が上がったり下がったりの状態だったのだ。
「いえ。今日は調子が良いので」
 瞳を細めて笑うリンドウにそうか?というと近藤はベッドの側にある椅子に座る。
「さっき先生が言ってたけどもう直ぐ退院出来そうなんだって?」
「はい」
 そんな話をしていると病室の扉が開き、沖田と土方が顔を出した。既に近藤がいることに沖田は少し驚いた様な顔をしたが、直ぐにリンドウの側に行き、お見舞いですぜぃとポンとリンドウの手に林檎を一つ乗せた。
「有難うございます」
「ウサギにしてくだせぇ」
「ちょっと総悟!?ハルちゃんに剥かせるの!?」
 驚いて突っ込む近藤にリンドウは良いんですよと微笑むと側においてある果物ナイフと小さなまな板を引き寄せ器用に林檎を次々とウサギの形にすると皿に載せる。
「近藤局長も副長もどうぞ」
 全部剥き終えたリンドウはタオルで手を拭くと皿を差し出した。遠慮なく沖田がその林檎を次々に口に運んでいるのを見て土方は呆れた様に溜息をつく。見舞いの品だというのにこのままでは全部沖田の胃袋に納まってしまいそうな勢いだったのだ。
「うわー。クソ狭い病室にムサイ野郎三人とか嫌がらせ?君等暇なの?俺とお嬢ちゃんの楽しい一時邪魔しないでくれる?」
 扉を開けて入ってきた医師は露骨にしかめっ面をすると病室内を見渡す。その言葉にリンドウが困った顔をすると医師は少しだけ笑ってまぁ、良いけどねと笑い、ウサギ林檎を摘んで口に放り込んだ。
「先生それハルちゃんの…」
「細かいなぁ。大体いっつもお嬢ちゃんが剥いてるの客が食べてんじゃん。っと、退院の日程の話しに来たんだけど。いつがいい?俺的にはクリスマスイブには退院してくれるとひじょーに助かるんだけど。俺クリスマスは仕事したくないから」
「手前ぇの都合かよ」
「君等ムサイ独り者と違ってね、俺引く手数多なの」
 不機嫌そうに突っ込んだ土方に医師は愉快そうな顔をしてそう返答する。リンドウは医師の言葉に少し考え込むような顔をすると、それでは24日は退院しますねと微笑んだ。すると医師は君はいい子だと頭を撫で言葉を続けた。
「心配しなくても薬はちゃんと出すし。傷の経過は悪くないから無理しなきゃ通院で十分だしね。まぁ、熱とか出さないように気をつけてよ。そんじゃ24日の退院で手続きしとくから」
「はい。お手数かけます」
 リンドウの返事を聞いて医師はそれじゃと手を振って病室を後にした。それを見送り近藤はホッとした様な顔をする。
「良かったね日程決まって。でも退院してもゆっくり休んで良いからね。どうせ年明けまで急ぎの仕事はないし有給も貯まってるだろ?今は余計な事何にもしないで養生してね」
 近藤の言葉にリンドウは小さく頷くが困った様な表情を浮かべる。恐らく早く仕事に復帰したいのだろう。
「早くお仕事に戻りたいんです…山崎さん私のお仕事肩代わりしてくださってるみたいですし…」
 真面目なリンドウらしい言葉に近藤はポンポンと彼女の頭を軽く叩く。無論仕事に早く復帰して貰えるのは有難いが、体の事も心配なのだ。相棒の山崎が多忙なのは事実であるが、山崎自体それに文句を言ってきている訳でもない。
 近藤が彼女にかける言葉を捜していると土方がちらりと彼女の方を見て不機嫌そうに言葉を放った。
「要らねぇよ。病み上がりの怪我人なんて使えねぇ」
 その言葉にリンドウは驚いた様に顔を上げると土方の顔を凝視した。それに対して土方は何も言わずに踵を返すと病室を後にする。取り残された近藤はオロオロとした様子でリンドウの表情を伺い、沖田は土方の消えた扉を睨みつける。
「…そうですよね…」
 しょんぼりしたリンドウの顔を見て沖田は舌打するとリンドウの頭を撫で見舞いもろくにこねぇ奴の言う事は気にしないでくだせぇと短くいい土方を追いかけるように病室を出て行った。それをぼんやり眺めていた近藤はあのねハルちゃんと口を開いた。
「トシはああいってるけど、心配して言ってくれてるから。その、ちょっと言葉足りないけど、ゆっくり休めって事だからね。それにお見舞いだって…」
「…知ってますよ近藤局長。いつも夜中に副長が様子見に来てくださってるんですよね」
 そう言うとリンドウは淡く微笑んだ。
 普通の病院ならば面会時間をとっくに過ぎた夜中に土方はいつもそっと病室にやってくるのだ。24時間体制の真選組のかかりつけ病院ということもあるし、あのいい加減な医師の方針もあってこの病院は面会時間を決めていない。夜でも裏口から自由に真選組なら出入りできるのだ。恐らく土方は仕事がすべて終わってからこっそり様子を見に来ていたのだろう。近藤はそれを知っていたがあえて土方に何も言わなかったしリンドウにも今まで何も言わなかったのだ。
 態々リンドウが寝ている時間にやってくる土方は何を話す訳でもなくただ少しの時間病室に来て帰ってゆく。それに気がついたリンドウは結局今まで土方に声をかけることも無く寝た振りをしていたのだ。声をかけられたら返事をしただろうが土方がそれを望んでいるようにも見えなかったのだ。
 リンドウの言葉に近藤は驚いた様な顔をするが、直ぐに少し嬉しそうな顔をする。リンドウが土方に対して悪い感情を抱かなかったのに安心したのだろう。
「…暫くは無理しちゃ駄目だよハルちゃん。退院の時は誰か人よこすからね」
 そういって近藤はリンドウの頭を撫でると優しく微笑んだ。

 

 リンドウが退院の24日。近藤の居る局長室で沖田は寝転がって漫画を読みながら菓子を食べていた。それを横目で見ながら土方は大きく溜息を吐く。
「総悟。仕事しろ」
「…」
 無視を決め込んでいる沖田は全く土方の声に反応せずに黙々と漫画の頁を捲っていく。先日の病室の一件から沖田はずっとそんな調子なのだ。
「総悟暇ならハルちゃんのお迎え山崎と行ったら?仕事も急ぎの物は無いんだろ?」
「近藤さん!」
 甘やかすなと言う様に土方が睨むが近藤はまぁまぁと言うように土方を宥めた。
「山崎もう出ちまいましたからね。ここで待つことにしやす」
「随分早いな。昼って言ってなかったか先生」
「いいんじゃないですかぃ。早い分には。つーか、近藤さん。今日の鍋どうするんですか?」
 沖田に言われ近藤はうーんと腕を組んで少し思案する。クリスマスに鍋をする予定だったので近藤は今日は仕事以外の予定を入れていない。沖田に至っては恐らく丸一日開けたのだろう。
「ハルちゃんの調子良さそうなら鍋するか!折角だしな。ハルちゃんのケーキは無理だけどぱーっと退院祝いも兼ねて!」
 その言葉に嬉しそうな顔を沖田はするとじゃぁ、俺は昼から鍋の準備しやすと笑った。
 そんな中廊下をどたどたと走る音がして土方は驚いた様に外に視線を向ける。障子を開けて部屋に滑り込んできたのはリンドウを迎えに行った筈の山崎であった。
「どうした」
 息を切らして飛び込んできた山崎を見て土方が怪訝そうな顔をすると、真っ青な顔をして山崎は手に持っていた手紙を近藤に渡す。
 首を傾げてその手紙を開けた近藤はそのまま後ろにぶっ倒れ、悲鳴を上げた。
「えええええええええ!?何!?なにこれ山崎!!!!」
──暫く留守にします。探さないで下さい。リンドウハル
 近藤の手から手紙を引っぺがした土方もその文章を見て肺に入れたばかりの煙草の煙を盛大に噴出す羽目になる。確かに筆跡は彼女の物である。
「それが、何か随分早くに一人で病院退院したみたいなんですよ。先生が迎えに来た人にって手紙を預かってたみたいで…」
 病院に迎えに行った山崎は医師から渡された手紙の内容に仰天して大急ぎで戻ってきたのだ。一応此処に来るまでにリンドウの家にも寄ったが帰ったような形跡もなく、無論屯所にも彼女の姿は無かった事を説明した。
 真っ青な山崎をちらりと見て沖田は漫画を捲りながら小声で呟く。
「土方が要らねぇなんて言うから…」
 その言葉に土方はぎょっとしたような顔をする。あの言葉はああでも言わないと彼女が仕事を休まないので吐いた言葉であって決して彼女をクビにしようと言った言葉ではない。
「真選組が好きで、役に立ちたくて頑張ってたリンドウがそんな事言われて傷つかないとでも思ったんですかぃ」
 非難を込めた声で沖田が言った事に土方は反論できず黙り込む。
「どどどどうしよう!家出!?今流行のプチ家出!?警察に連絡したほうがいいかなトシ!?」
 山崎同様真っ青な顔をした近藤はオロオロと言葉を発する。鍋のことなど頭からすっ飛んでいってしまった近藤は何度も手紙を読み返していた。
「近藤さん俺等が警察ですぜぃ」
「総悟──!何落ち着いてるの!?大体ハルちゃん行く所なんてないじゃん!この年末に路頭に迷ってるかも知れないんだよ!」
 地方から出てきたリンドウには身内どころか友達すら江戸には居ないのだ。無論真選組内に友達は居るであろうが、探さないで下さいと書いてある以上そこに身を寄せている可能性は限りなく低い。
「とりあえず俺探しに行ってくるから!トシいいよね」
 涙目で訴える近藤に土方は俺も行くと短く返事をすると立ち上がった。
「山崎。アイツの携帯にはかけたのか」
「ええ。でも電源が入ってないみたいで…」
 山崎の返答に土方はそうかといい先に局長室を飛び出した近藤を追う様にその場を後にした。取り残された沖田は相変わらず漫画を捲って居たので山崎は不思議に思い声をかける事にした。
「とりあえず俺も探しに行こうと思いますけど…沖田隊長は?」
「あー探すのどうでもいいから鍋の材料買ってきてくだせぇ」
「ええ!?」
 ひらひらと手を振った沖田の言動に山崎は驚愕する。どうでも良いとはどういうことだ!と思わず突っ込みそうになった山崎はぐっと言葉を堪えて再度リンドウの手紙を読み返した。沖田が落ち着いている理由があるかも知れないと思ったのだ。
「…何か知ってるんですか沖田隊長」
「留守にしますってんだったら帰って来まさぁ。辞めるとは一言も書いてないですぜぃ。それに…」
──沖田隊長。近藤局長や副長には内緒にしてて下さいね。止められちゃいますんで。
 見舞いに行った時にリンドウが言った言葉を思い出して沖田は少し困った様な顔をして言葉を続けた。
「近藤さんや土方さんには内緒にしとく様に頼まれてるんで」
「…じゃぁ、俺には内緒だと言われてないんですね。何か知ってるなら教えてください。でないと鍋の買い物には行きません」
 ぴしゃりと山崎が言うので沖田は少しだけ考えるような素振りを見せた。鍋の買い物に行くのは面倒だと思っていたし、確かに山崎に内緒にするようには言われていない。山崎にも念を押して近藤と土方に伝えないようにすればいいかと思い直した沖田は重々しく口を開いた。
「今頃リンドウは万事屋の旦那の所でさぁ」

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次で終りとか嘘つきました。腹切ります。
後編に続くorz
20081224 ハスマキ

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