*踵で頭痛を病む・後編*

 男は雪景色を眺めていた。
 先程から降り出した雪が見慣れた庭をゆっくりと純白に染め上げていく。
 隣で微笑む女と、酒を飲む友を眺めていた男は瞳を閉じた。これでいいと。
 忌まわしい記憶は幸福な記憶に埋もれいつしか薄れ、男の後悔と懺悔を雪は覆いつくしてゆく。
──脳裏に焼きついた雪を蝕む鮮血の赤はもう映らなかった。

***

 息を切らせて走る近藤はリンドウの行きそうな所を片っ端から当たる。元々仕事以外では行動範囲が狭いので取りあえず順番回ってみたのだが全て空振りで終わっていた。休みの日もいつも屯所で掃除などをしているリンドウの交友関係は真選組の中以外は近藤は知らなかったのだ。
「ハルちゃん…何処行っちゃったんだろう…」
 立ち止まった近藤はしょぼくれてポツリと呟いた。いつもリンドウが進んで側に居てくれていたので近藤は彼女を探す事などなかったし、彼女の事など何一つ知らない自分に嫌気がさす。いつも彼女の好意に甘えて、何一つしてやれなかった。怪我をした時だってそうだと。
 沖田が言うように土方の言葉で傷ついたのかも知れないが、それをフォローできなった自分の所為だと近藤は思っていたのだ。リンドウはいつも真選組を一番に考えていた事を考えれば彼女が出て行ってしまう事も少し考えればわかった事である。それに気がつかずほったらかしにしていた事を今更ながら近藤は後悔する。
 必要なのだ。真選組にも、沖田にも、土方にも自分にも。
 唇をかみ締めた近藤は又走り出した。

 

「態々有難うございます万事屋さん」
「いや、前払いで気前良く報酬貰っちゃったし良いんだけどね。入院してたんだリンドウちゃん」
 万事屋銀ちゃん事坂田銀時のスクーターの後ろに乗ったリンドウはええ、と短く返事をすると困ったように笑った。
「攘夷志士に切られまして。でももう傷の方は無理しなければ問題ないんですよ」
「難儀な職業に就いたもんだなぁ」
 暢気に言う銀時はちらりと彼女の様子を伺う。突然沖田から連絡があった時は何事かと思ったが、彼女からの依頼だというので引き受けたのだ。しかも現金前払いとくれば年末の何かと入用な時期としては銀時にはリンドウが女神様に見えた。多少の面倒も承知で彼女の依頼を受けたのだ。
「でも良いの?勝手に出てきちゃって。心配してるんじゃないのオタクのゴリとかマヨとか」
「…内緒にしてないと止められるので。でもちゃんと手紙残してきたから大丈夫です!」
 自信満々に言う彼女の言葉に銀時は苦笑すると手紙の内容を何気なく聞く。別に興味があった訳ではないが、今まで新八経由で糖分のお裾分け等を貰っているが、個人的に親しくしていた訳ではないので万事屋までの道程の間を持たせる為に聞いてみたのだ。
「暫く留守にします。探さないで下さいって書いておきました。だから探さないと思いますよ」
「…え?」
「沖田隊長とちゃんと考えたんですよ!」
 銀時が何で?というような顔をしたのでリンドウは少し頬を膨らませて言う。自分的には完璧な文章だと思っているらしい。しかし銀時に言わせれば、探さないで下さいと書いてあってもそりゃ探すんじゃねぇの?という内容に取れたので苦笑する。下手をすると彼女を探しまくる近藤や土方も巧くかわさないとならないかも知れないと思ったのだ。
「いや、その内容だと探すんじゃねーの?ゴリとかマヨとか…」
「副長は探しませんよ。要らねぇよ。病み上がりの怪我人なんて使えねぇとか言ってましたし」
 リンドウは銀時の心配をよそに土方の口調を真似ておかしそうに笑う。
「そりゃひでー上司持ったな。アレだ、俺の所就職する?俺アイツよりいい上司になれる自信あるよ」
「そうですね。本当に困ったらお願いします」
 そうこうしている内にスクーターは万事屋の前へ到着し、銀時はリンドウを事務所に招きいれた。
「今新八と神楽が買出しに行ってるから。じきに戻ると思うわ。その辺座って待ってて」
 銀時の勧めるままにリンドウは接客用のソファーに座ると思い出したように携帯電話を取り出す。
「済みませんちょっと充電してもいいですか?お金払いますので」
 申し訳なさそうに言うリンドウに銀時はお金は良いよ、一杯貰ったし好きにしてというと彼女の手から充電器を受け取りコンセントにさしてやる。入院中余り使わない事もあってうっかり充電を切らしてしまっていたのだ。
「銀さん戻りましたよ」
 玄関で新八の声がしたので銀時は面倒くさそうに立ち上がるとリンドウと一緒にそちらへ向かった。そこには買い物袋を沢山ぶら提げた神楽と新八が立っている。
「…おいおい。何かリンドウちゃんの注文より多くね?」
「済みません。あ、でもちゃんと必要な分はそろえましたから。えっと、どうしましょう、下でタマさんが色々準備してくれてるみたいなんですけど」
 新八の言葉に知らない名前が出てきてリンドウが首を傾げたので銀時は下のババァの所で働いてるカラクリだと簡単に説明する。新八や神楽より使えるだろうから手伝ってもらってよと銀時が言うと神楽は不服そうに声を上げた。
「失礼ヨ銀ちゃん!あのポンコツより私の方が役に立つネ!」
「はいはい。じゃーリンドウちゃん手伝ってあげてよ。新八も宜しく頼むわ。この依頼達成しないと俺達新年の餅もかえないんだから。頼むよ!お前達の両肩に万事屋銀ちゃんの新年がかかってるんだぞ!」
 大げさに言う銀時を見てリンドウは笑うと新八と神楽に宜しくお願いしますと丁寧に頭を下げた。
 新八と神楽と事務所を出ようとしたリンドウは思い出したように振り返り銀時に言葉を放つ。
「あ、万事屋さん。携帯ですけど充電終わったら電源入れておいて頂けます?沖田隊長から連絡あるかも知れないので、その時は『順調です』って伝えておいて下さい」
「そりゃかまわねーけど。他の電話は無視して良いの?」
 銀時の言葉にリンドウは少しだけ沈黙するが、仕事以外でかかって来る事余りないので…大丈夫だと思いますと言い再度よろしくお願いしますと頭を下げた。

 

 街はクリスマス一色の中、黒い制服で走り回る姿が奇異に見えたのか人々は振り返るがそれを無視して土方はリンドウの姿を探し続けた。行きそうな所は全て回ったが彼女の姿は見つからず途方に暮れる。
「畜生…」
 息が切れたので立ち止まった土方は自動販売機に備え付けられた灰皿を見つけると煙草に火をつけ煙を肺に入れる。ただでさえ酸欠気味なのに煙草をすったので頭がくらくらしてきたがとりあえず落ち着こうと一服することにしたのだ。
 壁にもたれかかり土方は紫煙を眺めて瞳を細めた。自分が嫌われる分には構わないが、こんな形でリンドウが好きだった物を取り上げる形になってしまった事を土方は後悔する。まさか自分達の前から居なくなるなど思いもよらなかったのだ。しかも一言の相談もなしにだ。
 随分短くなった煙草を灰皿に放り投げると土方は携帯電話をとりだしリンドウの携帯を呼び出す。先程から何度かやっているが山崎の言うように電源が切れている旨のアナウンスが流れるだけであった。それでもしつこくかけ続けながら歩き出すと、突然呼び出し音が鳴ったので土方は足を止める。恐らくリンドウが電源を入れたのだろう。しかし応答はなくただ虚しく呼び出し音が流れるだけであったので、土方は何度も何度もかけなおした。自分の電話に出たくはないのだろうが、一言どうしても彼女に詫びなかればならないと土方は思ったのだ。

 

「ちくしょ──!リンドウちゃんの嘘吐き!うるせ──!!!」
 持っていたジャンプを放り出して銀時は思わず絶叫した。先程充電の完了した携帯電話に電源を入れた途端ガンガン電話が鳴り出したのだ。しかも電話がかかってくるかも知れないと言われていた沖田ではなく土方からである。
 沖田からの電話には出るつもりだったが結局土方からの電話への対処を聞いていなかったので銀時は無視を決め込んでいたのだが如何せん煩い。ただ、音を消してしまうと沖田からの電話にも気がつかない恐れがあるのでそれも出来ずに銀時は頭を抱える。
「真選組ってのは揃いも揃ってストーカーかよこのヤロー!」
 ブツブツと言いながら銀時は鳴り続ける携帯を凝視する。まぁ、あのリンドウの書いた手紙では正直こうなる展開は見えていた。しかしこんなにしつこい追撃が来るとは思っていなかったのだ。
 意を決した銀時はリンドウの携帯を手に取ると通話ボタンを押した。
「もしもし──。ちょっと煩くてジャンプ読めないんですけど」
『万事屋!?』
 予想通り相手が言葉に詰まったので銀時は畳み掛けるように言葉を発する。
「そんじゃ俺ジャンプ読むから。電話控えてよ。じゃぁ」
『ちょっと待て!お前なんでアイツの携帯にでるんだ!そこにいんのか!?』
 電話を切ろうとした銀時に慌てたように土方が食いついたので銀時は大げさに溜息を吐くとあーリンドウちゃん?と言葉を濁す。
『いるなら代われ』
「いないわ。携帯だけ此処にあるんだよね。うん。だから無理。じゃぁそーゆー事で」
『ちょ!』
 無常に電話を切った銀時は携帯を放り出し又ごろんとソファーに転がるとジャンプの続きを読み出す。が、無論一方的に切られて食い下がる土方ではなく又ガンガンリンドウの携帯を鳴らし始めた。
「しつこいな。何?真選組ってストーカーだらけなの?ストーカーじゃないと真選組は入れないの?」
『…アイツは何処だ』
「関係ないでしょーが多串君は。リンドウちゃんに使えないから要らないって言われたって聞いたんですけど」
 銀時がソファーに再度寝転んでジャンプを繰りながらそう返事をすると土方は言葉に詰まる。恐らく土方にとって一番痛い所を突かれたのだろう。黙る土方対して銀時は溜息を吐くとそんじゃ、と電話を切ろうとする。
『アイツに詫びなきゃならねぇ…』
 搾り出すように土方が呟いたので銀時は電話を切ろうとした手を止めて暫く沈黙した。
「まぁ、なんつーか。此処にいないのは本当なんだわ」
『…』
「諦めてくんないかなー。こっちもさ。仕事だから詳しい事話せねーし。勘弁してよ多串君」
『そっちに行く』
「え?」
『今からそっち行くって言ってんだよ』
 土方がそう電話を切ったので銀時はしまったと言う様な表情を作った。遅かれ早かれそうなるとは思ったが、もう少し適当に引き伸ばすつもりだったのだ。時計を見て銀時は溜息を吐くと仕方なく手の携帯電話を放り投げると土方が乗り込んでくるまでジャンプでもと又ごろりと横になり続きを読み出した。しかしそれは3枚と繰らないうちにドンドンと玄関の扉を叩く音によって止められた。
 ぎょっとしたような顔で銀時は顔を上げると恐る恐る玄関へ向かう。土方が来るには余りにも早すぎると思ったのだ。
 しかし玄関のすり硝子に映る姿が土方のものではないと直ぐ気がついた銀時は盛大な溜息を吐いた。存在を忘れていたもう一人の追跡者が何の情報も無しに此処に辿り着いたのだ。
「万事屋──!」
「ちょっと、勘弁してよ。年末に人の家の扉ぶっ壊さないでよゴリ」
 このままでは強制的に扉を破壊されて寒い年越しを過ごさねばならないと考えて銀時は仕方なく扉を開けた。そこには息を切らした近藤が立っていたのだ。思ったよりずっと早く到着してしまった追跡者に銀時は心底厭そうな顔をすると、何?何か用?とすっとぼけて対応する事にした。
「万事屋。ハルちゃん来てない?つーか、ハルちゃん探してお願い!!」
 涙目で訴える近藤を見て銀時は視線を泳がせる。土方は適当におちょくって時間を稼ぐつもりだったが近藤への対応をまだ考えていなかったのだ。ハルちゃん家出しちゃったんだよ〜と銀時に縋りつく近藤に銀時は思わずげっと声上げる。野郎に、しかもゴリラに涙ながらに縋りつかれて正直途方に暮れるしかない。
「あのなゴリ…」
「アレ?」
 銀時が言葉を捜していると近藤がぱっと顔を上げ部屋の中を凝視した。そこで銀時はリンドウの携帯を放置している事に気がつき思わず舌打する。まだ此処に追跡者が来るまで時間があると思って油断していたのだ。
「これハルちゃんの携帯!ここにいるの!?ハルちゃん!でてきて!一緒に帰ろう!」
 ずかずかと上がりこんでリンドウの携帯を手に取った近藤はそれを握り締めて事務所の中をバタバタと走り出す。リンドウがどこかに隠れているのではないかと押入れやら机の下やらを覗き込み始めたのだ。
 その様子を見て銀時は面倒くさそうに頭を掻くと、あーリンドウちゃんね。此処にはいないんですけどーとやる気のない声を上げた。
 すると近藤はしょんぼりと叱られた犬の様に萎れるとすとんとソファーに座り俯く。その姿に銀時は一瞬同情しそうになるが明るい年越しの為に心を鬼にして近藤も、恐らくもう直ぐ来るであろう土方にも対処する事を決めた。何はともあれ依頼を達成しない事には折角貰ったお金を返さねばならないかもしれない。それだけは絶対に避けたいと。
「ハルちゃん…」
「つーか、何。お前なんで此処だと思ったの?」
 とりあえず土方が来るまでは雑談で適当にお茶を濁そうと決めた銀時は近藤の向かいのソファーからジャンプを拾い上げそこに座り頁を捲る。
「ハルちゃんの行きそうな所は全部回ったんだが…全然いないし。他の知り合いは新八君辺りだと思って…」
 時折作った菓子のお裾分けを新八にしていると聞いていた近藤は散々走り回った挙句漸く万事屋に辿り着いたのだ。その言葉に銀時は心底感心する。ストーカーの無駄な行動力を正直侮っていた。
「何処にいるんだ?」
「あー。なんつーかさ。言えないんだよね俺。明るい年越しがかかってるから」
 ジャンプに目を落とし顔すら上げようとしない銀時の対応に近藤は大きな溜息を吐く。
「俺の明るい年越しもかかってるんだけど。頼む万事屋!教えて!このとおり!」
 机に手を突き頭を下げる近藤を見て銀時は困った様な顔をする。まだ依頼は達成できていないし、この後土方まで乗り込んでくると考えると心底下手な置手紙をリンドウと作成した沖田を呪いたくなる。寧ろ沖田はこうなるのを予測して巧くリンドウをだまくらかしてあのいい加減な手紙を残したのではないかと邪推すらした。
「あのさー。ほんと口止めされてんの。局長と副長には止められるから内緒にしててくださいねって」
「そんな〜」
 情けない顔をする近藤は暫く考えた挙句に、じゃぁ、暫く待つといって椅子に座りなおす。その反応は銀時の予想の範疇内であったが、やっぱ目の前の近藤とずっと一緒に居るのは苦痛だと心底厭そうな顔をした。下手に走り回られて野生の勘でリンドウを見つけられても困るが少なくとも快適にジャンプを読める環境ではない。土方と近藤のお陰でまだ半分も読めていないのだ。
「もう帰ってよ。ほっといてもちゃんとリンドウちゃんから連絡あるだろうしさ。何なんだよ真選組は揃いも揃って過保護でうっとーしーなもー」
 ブツブツと文句を言う銀時を見ながら近藤はポツリと呟く。
「うっとおしかったのかなハルちゃん。愛想尽かしたかな真選組に…」
 何気なく言った言葉に予想以上に近藤が反応したので銀時は驚く。
「何?何なのアンタ等。多串君といいアンタといい、何でそんなに心配するんだよ。探さないで下さいってちゃんとお手紙に書いてあったでしょーが」
「探さないで下さいって書いてあってお前なら探さない?」
 近藤の言葉に銀時は一瞬言葉に詰まるが、さがさねーなーっと適当に返事をする。
「冷たい!冷たいな万事屋!」
「あのなぁ、思春期の子供ってのは干渉がうっとーしー年頃なの!一人で色々してみたいお年頃なの!ほっとくのも親の愛だよゴリ!」
 冷たいといわれむっとした銀時は畳み掛けるようにそういう。無論リンドウは思春期という年齢ではないが近藤はその辺は聞こえて居なかったらしく、でもと口を尖らせる。
「相談ぐらいしてくれても…」
「相談したら止められると思って一人でうちに依頼したんだろーが」
 まだ何かいいたそうな近藤を無視する事を決めると又頁を繰り出す。余り考えたくないがもう直ぐ土方も到着するだろう。今のうちに少しでも読み進めておきたかったのだ。恐らく土方相手に片手間という訳には行かないだろう。
 がらりと玄関の扉を開ける音がしたので近藤はぱっと立ち上がるとそちらに走っていく。恐らくリンドウだと勘違いしたのだろう。部屋に取り残された銀時は時計を眺めながら小さく溜息を吐いた。これから真選組の過保護な追跡者をかわし続けなければならないと思うと明るい年越しの為とはいえ憂鬱だったのだ。大体なんでこんな事で大騒ぎするんだよとブツブツ言いながら銀時はジャンプを閉じた。
「あれ?トシ?」
 玄関に立っていたのは近藤の予想に反して土方だったのでポカーンと口を開けて近藤は土方を見た。それは土方も同じだったらしく驚いた様な顔をするが、すぐにズカズカと中に入り銀時の胸倉を掴む。
「アイツは何処だ」
「ちょっと、不法侵入でけーさつ呼ぶよ。ほんと勘弁してよ」
「俺が警察なんだから呼ぶ手間省けていいじゃねーか。大人しく吐け。しょっぴくぞ」
「ちょっと局長さん!アンタの部下無茶苦茶言ってるんですけど!善良な一般市民恐喝してるんですけど!」
 バタバタと土方の後について部屋に戻ってきた近藤は銀時の胸倉を掴んでガクガク揺らしている土方の姿に仰天するとトシ!落ち着いて!と慌てて間に入る。
「あのなー。お前等がそんなんだからリンドウちゃん相談できなくてうちにきたんじゃねーの?過保護も大概にしろよ」
 近藤の仲裁で漸く自由になった銀時は恨みがましくそう言うとすとんとソファーに座る。暫く土方は黙ったまま銀時を睨みつけていたが近藤に促されてソファーに座る事にした。
「万事屋。本当ハルちゃんの居場所教えてくれない?」
「…何度も言うけど駄目。リンドウちゃんに自由な時間と好きな事を出来る場所を提供するのが俺のお仕事だし。あと電話番もか」
 上目使いで懇願する近藤をばっさり切り捨てると銀時はちらりとリンドウの携帯に視線を送る。そういえば沖田からの電話は一向にかかってこない。こうなっているのを予想してなのか、それとも万事屋に面倒ごと丸投げするつもりなのかは解らないが銀時は一度あのドS王子とはしっかり話をせねばならないと心に決めた。
「別に此処にいても良いけどいつ帰ってくるかなんて俺知らねーよ。聞いてねーからね。これは本当」
 終始しょぼくれた様子の近藤と不機嫌そうな土方にそう言うと銀時はまたジャンプを広げる事にする。話をしててもいいがいい加減この過保護軍団の相手も面倒になってきたのだ。
「万事屋──
「何?ゴリ」
「ハルちゃん何かいってた?俺の事とか真選組の事とか」
 ポソポソと俯きながら聞いてきた近藤の質問に銀時は頁を捲りながら少しだけ考えた。話をしたのはスクーターに乗ってる間だけであったがまぁ、病院から距離もそこそこあったのでつまらない雑談等は色々とした。その中で近藤や真選組の話題が出たのはほんの僅かであったがその記憶を掘り起こす。
「…どうだったかなぁ。何か多串君に要らないって言われた話とか、この間切られた時は流石に死ぬかと思ったとか…そんな話はしてたけど」
 銀時の言葉に土方は思わず何か言おうとするが結局黙ってしまう。今更あの言葉を弁解するのは無意味だと思ったのだろう。その様子を見て銀時は小さく溜息を吐くと更に言葉を続ける。
「…でも真選組は好きだとさ」
「じゃぁ、何で内緒ででてっちゃうの!」
「好きで心配かけたくないから内緒にしたいって事もあるんじゃねーの?」
 声を上げた近藤に銀時は口調を変えることなく返答した。真選組の話をする時のリンドウはとても嬉しそうだったから銀時にはそれが嘘だとは思えない。寧ろ、それが嘘ならばハナからこんな依頼は持ち込まないだろう。
「どうしようもない莫迦だなアイツ」
 ぼそりと土方が呟いたので銀時は莫迦はテメー等だよと返答する。いつもなら此処で土方がぶちぎれて反論する所であるが今回はそれに対して土方はそうだな…と珍しく肯定した。その返答を予測していなかった銀時は一瞬驚いた様な顔をするが面倒くさそうに自覚あんなら大人しく帰れよと言い放つ。
「帰らねーよ。アイツほっといて帰れるか」
「俺も帰らんぞ万事屋。ハルちゃんとクリスマス鍋するって約束したんだから」
 帰らない宣言をした二人にへいへいと返事をすると銀時はふと時計に視線を送った。
「すまねぇ近藤さん。俺が余計な事言ったから…」
 ぼそりと土方が呟いたので近藤は驚いた様な顔をすると首を振る。土方がずっとあの発言を気にしていた事を知っていたし、責める気も近藤にはなかったのだ。それに土方が彼女を思ってそう発言したことも近藤は知っていた。
「俺はアイツに…なんて詫びればいい」
 項垂れる土方を見て銀時は思わず心で舌打をする。こんなに深刻な事態になるとは思っていなかったのだ。そもそも何でこんなに大袈裟になってしまったのだろうかと銀時はぼんやり考えるが、どう組み立ててもあの手紙が駄目なんじゃないかという結論に至る。無論、手紙すら置かずに彼女は病院を出ればそれはそれで大騒ぎだったような気もする。この二人の過保護さ加減が予想以上だったのと、近藤のストーカーさ加減、そして土方の執念がリンドウと銀時の予想を遥かに超えていたのも原因であろう。
「あのさー…」
 銀時がたまりかねて声を発しようとした時、がらりと玄関が開く音がしたので三人の視線は反射的にそちらに向けられる。
「ただいまー、銀さん」
「ただいまアル銀ちゃん。バッチリヨ!」
 扉を開けて顔を出した新八と神楽の後ろをついて来たリンドウは部屋にいる近藤と土方の姿を確認すると思わず一歩後ずさる。まさか此処に居るとは思わなかったのだろう。
 それに気がついた近藤と土方は今にも逃げ出しそうなリンドウに向かって走り出すと慌ててその手を取った。二人に押しのけられた新八は目を丸くすると持っていた手荷物を机に置いて銀時に耳打ちする。
「ちょっと銀さん。良いんですか?内緒だったんじゃ」
「なんつーか、もうすげーわアイツ等。ゴリのストーカー加減とマヨの執念に対して俺健闘したと思うよ。明るい年越し死守したと思うよ」
 言い訳するように目を泳がせて言う銀時に新八は溜息を吐くと、神楽に荷物を置くようにいいお茶を入れるといって台所に引っ込んでしまった。
 一方両方の手を押さえられ動くに動けなくなったリンドウは真っ青な顔をして二人を見上げた。ガタイのいい野郎二人に迫られる姿は傍目から見ても怖いものがある。
「あ…あの…私…」
 何か言わなければと言葉を発しようとしたリンドウは視線を彷徨わせる。見つかってしまったのは仕方ないと思っているのだが、何を一番最初に言うべきか思案しているのだ。助けを求めるように銀時に視線を送ると、銀時は困った様な顔をして口を開いた。
「ちょっと早いけど素直に叱られてよリンドウちゃん。元々その予定だったでしょーが。遅かれ早かれって事で」
 そこの言葉に土方は驚いた様な顔をして思わず手を緩める。元々の予定ってなんだと問いただそうとしたが、それは土方と近藤の手をすり抜けたリンドウの言葉でかき消された。
「申し訳ありませんでした!」
 その場にがばっと土下座したリンドウに二人は言葉を失った。自分達が謝ろうとして駆けつけたのに先に謝られた事に困惑したのだ。しかも謝っている理由が全くもって理解出来ない。
「え?…ハルちゃん?」
 漸く声を絞り出した近藤の見上げてリンドウは更に言葉を続けた。
「ごめんなさい。私…アレだけ余計な事何もするなって言われてたのに…こっそりケーキ作ってました!」
「「ケーキ?」」
 土方と近藤がぽかんとしたような顔をしたので銀時は思わず噴出す。家出だ何だと大騒ぎしていたのは近藤と土方だけで、リンドウはただ隠れてこっそりケーキを焼いていただけだったのだ。流石に途中で銀時も深刻そうに盛大な勘違いをしている二人が気の毒になって本当の事を教えてやろうかと思ったがそれは少し遅かった。
「ケーキってアンタ!ええ!?」
 土方が声を上げたのでリンドウは思わず体を竦める。土方が怒ったと勘違いしたのだろうか恐る恐る頭を上げて土方を見上げる。
「…どうしても皆さんへのプレゼントにケーキ焼きたかったんです。その…前に約束しましたし…でもお二人に言ったら寝とけとか言われると思ってその…それで…」
 涙目になりながらリンドウは事の顛末を話す。見舞いに来た沖田にケーキが食べれなくて残念だと言われ、矢張り作ろうと思った事。でも二人に止められると思って、こっそり沖田に頼んで万事屋に連絡して貰った事。見つからないように銀時に口止めしていた事。
 最後まで聞いた近藤はヘナヘナと座り込みよかった…と呟く。
「え?」
 近藤の反応を予想してなかったリンドウは目を丸くして近藤を見る。涙目になっていたのは自分だけではなく近藤もだと漸く気がついて驚いた様な顔をした。
「あの…近藤局長…」
「心配したんだよハルちゃん!家出したのかと思ったよ!良かった。本当に良かった」
 近藤はそう言うとぎゅうっとリンドウを抱いて泣き出した。余程心配したのだろう。その反応にぽかんとしたような顔をしたリンドウを見て土方は溜息を吐くと少しだけ瞳を細めた。
「…家出?」
 驚いた様にリンドウが呟いたので土方は小さく頷く。すると彼女は大きく目を見開いてえぇ!?っと声を上げた。
「だ…だってお手紙。ちゃんと留守にしますって!」
「莫迦だろアンタ。あんな手紙で心配しねー方がおかしいだろーが」
 土方はそう言うと煙草に火をつけ煙を肺に送り込んだ。安心したのか表情は少し柔らかい。
「沖田隊長が詳しく書けないしアレでいいって…すみません。あの…なんか逆に…」
「…総悟…」
 もごもごと言い難そうにしているリンドウを見て土方は溜息を吐く。沖田のはめられたのだ。よくよく考えてみればあの沖田の落ち着きようとわざと挑発するような発言はただ単にリンドウの望みを叶えるのに便乗して自分への嫌がらせをした以外何物でもない。見事に振り回された事に漸く気がついた土方は肩を落とした。
 近藤の背中を優しく撫でるリンドウの姿を見下ろしながら土方は少しだけ考え込んで口を開いた。家出ではなかったが、言わなければならない事はあった。
「…すまねぇ。別にアンタをクビにしたいとかそんなんで要らねぇって言ったんじゃねーんだ。ただ…」
「解ってますよ。優しいですから副長は」
 リンドウが土方を見上げて微笑んだので思わず土方は驚いたような顔をした。自分が気にして程リンドウはあの発言を気にしていなかったのを理解したのだ。そう気がつくと急に恥ずかしくなって土方は目を逸らした。
「いつもお仕事終わってから病院に様子見にして下さって有難う御座いました。心配ばかりかけて申し訳ありません」
「…アンタ気付いてたのかよ!言えよ!ったく…」
 更に悪気のないリンドウの追撃を受けて土方は思わず顔を赤くする。あまりにも恥ずかしい。顔を背けると案の定銀時と神楽がニヤニヤしながら此方を見ていたのでやり場のない感情はそちらに向けられる。
「大体万事屋が…」
 文句を言おうとした土方に割って入るようにリンドウの携帯が鳴り出したので銀時はひょいとそれを拾い上げ通話ボタンを押す。
「はいはい、リンドウちゃん携帯ですよ。あ、うんうん。『順調です』ってリンドウちゃんが。あ、そう?リンドウちゃんに代わろうか?今此処でなんかゴリラ慰めてるから」
 その言葉を聞いてリンドウは電話の相手が沖田だと気がつく。銀時が最後の依頼を此処で完了したのだ。
「リンドウちゃん。ドS王子がそのゴリラ連れて帰ってきてくれだって。鍋の準備できたから…」
 銀時がそこまで言うと土方は勢い良くその携帯を取り上げ怒鳴りつける。
「総悟!何が鍋の準備だ!てめー全部知ってて、遊んでやがったな!」
『土方さんもいたんですかぃ。折角アンタが走り回ってる間に内緒で鍋しようと思ってたのに』
「煩ぇ!帰ったら覚えてろ!」
 乱暴に携帯電話を切ると土方はコンセントから充電器を引っこ抜き側にあったリンドウの荷物が詰まった紙袋に携帯ごと放り込む。
「帰るぞ近藤さん!」
 土方にそういわれ近藤は慌てて立ち上がるとリンドウに手を差し伸べる。
「帰ろ。ハルちゃん。総悟達が待ってる」
「はい」
 その手を取り立ち上がると、リンドウは机に向かいひょいと新八の持ってきた荷物を持ちあげた。恐らくケーキが入っているのだろう。それを眺めていた銀時は神楽の持ってきた方の荷物に視線を送りこっちは?と聞く。
「そちらは万事屋さんにです。色々と有難う御座いました」
「マジで!?うわー。こっちこそ明るい年越しに協力感謝!又困ったことが依頼してよ」
 台所から戻った新八は大喜びする銀時を見て苦笑するとリンドウにもう帰るんですか?と聞いた。お茶をご丁寧に真選組の分まで入れてくれていたのだ。
「はい。これから鍋なんです」
 嬉しそうに微笑むリンドウを見て新八は良かったですねと言いお茶を銀時に差し出す。早速箱を開けた銀時と神楽は直ぐにでもケーキを胃に詰め込むだろう。
 それを見ていた近藤はリンドウの手からケーキの箱を取るとそれじゃ、帰るかと嬉しそうに笑い二人を連れて帰路に着く。

 

「メリークリスマス!」
 近藤の私室にコタツがある為に、そこで鍋をすると沖田から聞いていたリンドウが二人と一緒に近藤の私室の襖を開けるとぱぁんと景気良くクラッカーが鳴らされ、沖田と山崎がそう声を揃えて言った。
「お帰りなせぇ」
「はい。ただいま」
 嬉しそうに沖田が言ったのでリンドウは表情を明るくしてそう答えた。コタツの上には鍋の準備が完了しており、部屋の片隅には小さなツリーが飾られていた。自分の記憶にないそのツリーを見て近藤は驚いた様な顔をする。
「あ、それ沖田隊長と俺で飾ったんです。リンドウさんへのクリスマスプレゼントです」
「うわぁ。有難う御座います!嬉しいです!」
 大喜びでツリーの方へ行くリンドウを見て土方は溜息を吐いた。あんなに喜んでしまったので沖田に文句を言い辛くなったのだ。土方や近藤が走りまくっている間に沖田と山崎はせっせとこの準備をしていたのだろう。
「とりあえず退院&クリスマスと言う事で。座ってくだせぇ」
「…総悟…後で覚えてろよ」
「聖夜に野暮な事はいいっこ無しですぜぃ」
 睨み付ける土方に軽い口調で沖田は言うと、再度ぱぁんとクラッカーを鳴らした。

 コタツで横になる山崎と沖田に毛布をかけたリンドウは少しだけ微笑んで視線をゆっくり縁側へ向けた。寒いというのに土方と近藤がそこに並んで座って酒を飲んでいたのだ。
 こうやって一緒に真選組の面々と一緒にいられるのがリンドウにとってはとても幸せな事であった。自分の所為で近藤や土方が心配して走り回ったのも申し訳ないと思いながらとても幸せなことだと思っていたのだ。仲間だと家族だと帰り道で近藤が言ってくれた事は多分リンドウの中で一生の宝物になったであろう。
「ハルちゃん。こっちおいで」
 手招きした近藤の側にリンドウがほてほてと歩み寄ると、近藤は笑ってほら、雪だよと視線を庭に向けた。
 はらりと舞い落ちる雪は少しずつ庭を埋めており、このまま一晩振り続ければきっと明日には銀世界が広がるであろう。
「綺麗ですね」
 瞳を細めたリンドウを見て近藤と土方は少しだけ笑った。
 すると思い出したように近藤は包みを取り出しリンドウに渡す。
「これは?」
「クリスマスプレゼント。枕元に置こうと思ったんだけどハルちゃん寝なかったから」
 リンドウは嬉しそうに微笑むと開けて良いですかと聞く。
 桜の模様の掘り込まれた櫛であった。
「御免ね。俺ハルちゃんの好きなもの余り知らなくて。それもトシに教えて貰って選んだんだ」
「近藤さん!」
 土方が遮ったのでリンドウは驚いた様な顔をする。一方土方は自分がリンドウの好きな物を把握しているが知れて恥ずかしいのか顔を僅かに赤くしていた。
「ペンギンとハスキー犬と桜ときつねうどん。あとミカンだっけ。トシは何でも知ってるのに俺はなーんにも知らなくてさ。御免ね」
 リンドウの頭を撫でながら近藤は申し訳なさそうに言う。しかしリンドウは柔らかく微笑むと言葉を紡いだ。
「…真選組です」
「え?」
「ペンギンとハスキー犬と桜ときつねうどんとミカン。あと真選組です。私が大好きなもの」
 その言葉に二人は吃驚したような顔をするが直ぐにおかしそうに笑う。それを知っていれば今日みたいな大騒ぎはなかったかも知れないと思ったのだろう。盃を傾ける土方に近藤がお前からもハルちゃんにプレゼントあるんだろ?と言うと土方はぴたりと手を止める。
「何で知ってんだよ…」
 苦々しそうに土方が言ったので近藤は笑いながら雑貨屋の店から出てくる土方を見かけたと正直に話す。女の子向けの店であった事もあり、近藤は土方の真似をしてその店で櫛を選んだのだ。
「プレゼント被るかもしれないとは思ったんだがな。やっぱりトシの趣味はいいなぁ。可愛いの沢山あっていい店だった」
 ニコニコと言い放つ近藤を見て土方ははぁっと溜息を吐く。買ったものの結局渡すかどうか決心もつかずに今に至ったというのにあっさりとバラされてがっくり来たのと…安堵したのだ。この流れなら渡しても不自然ではないと土方は立ち上がるとちょっと待ってろといい自分の部屋へ戻る。
「…私宛だったんですかね?」
「うん。ハルちゃんにだよ。絶対に」
 その根拠が何処にあるのか解らないが言い切る近藤にリンドウは微笑む。
 戻ってきた土方は包みをポンとリンドウの手に乗せると、返されても困るからいらねぇなら捨てろと短く言う。
「いえ。有難う御座います。嬉しいです」
 嬉しそうに包みを開けたリンドウは中に入っていた矢張り桜の模様のはいった手鏡を見て表情を明るくする。
「ほらね。ハルちゃんへのプレゼントだった」
「はい」
 手鏡と櫛を持って嬉しそうにしているリンドウを眺めていた土方は瞳を細めて少しだけ笑った。こんなに喜ぶとは思っていなかったのだ。
 土方が視線を庭に向けると雪はうっすらと地面を覆い始めていた。隣で嬉しそうにするリンドウと、楽しそうに酒を飲む近藤を眺めて土方は瞳を閉じる。
 脳裏に焼きついた雪を蝕む鮮血の赤はもう映らなかった。


長くて申し訳ありませんコレで完結です。
ちょっと張り切りすぎました。
20081225 ハスマキ

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