*解らなくて良いのよ・前篇*

 客間に待ち構える松平の姿を見た土方は、僅かに顔を顰めると近藤の隣に座り茶に口をつける。年末の忙しい時期にわざわざ松平が屯所まで足を運ぶとなると、面倒な仕事の話以外に想像がつかなかったのだ。
 そんな土方の様子に気がつかないのか、松平は上機嫌に口を開いた。
「土方。オメェの贔屓にしてる【迦具夜姫】を今度上様が行く【三笠屋】の座敷に呼びてぇんだが」
 その言葉に近藤はぽかんとした様な顔をし、土方は眉を僅かに上げると煙草に火をつけ煙を吐き出した。
「何の事だか解らねぇんだが」
「座敷で名妓だって評判の迦具夜姫の三味線を上様に聞かせようと思ってるだけだ。この前話題になってな」
「トシの知り合い?」
 渋い顔をする土方に近藤は不思議そうな顔をして聞く。キャバクラで飲む事は多いが、座敷で飲む事は接待以外ではない近藤は【迦具夜姫】の名前を知らないのであろう。逆に幕府の高官である松平は知っていてもおかしくはない。
「名妓のいる上等な場所で飲んだ事はねぇよ」
 憮然と言い放つ土方の顔を見ると、松平はにやにやと口元を緩ませて茶に口をつける。
「男の甲斐性だ。贔屓にしてる女の一人や二人恥じる事じゃねぇよ」
「……つーか、贔屓にしてる女なんかもいねぇよ」
 土方の言葉に松平は呆れた様な顔をすると、仕方ねぇなと呟く。
「今度上様と行く店からも迦具夜姫へ打診してもらってるんだがよぉ。いい返事もらえてなくてな。オメェが贔屓にしてるって小耳に挟んだんだが、知らねぇならしょうがねぇ。かぶき町の万事屋って所にちょっと行って、座敷に上がるように頼んできてくれ」
「万事屋!?」
 近藤が驚いた様な声を上げたので松平は頷く。
「そこが仲介やってるらしんだわ。じゃ。頼んだぞ」
 言いたい事だけ言うと松平は立ち上がり客間を出てゆく。それを見送る土方は眉間に皺を寄せて煙草の煙を吐き出した。
「ったく、忙しい時期に万事屋行けとか。勘弁してくれよ」
 ぶつぶつと土方が言葉を零すと、近藤は仕方ないなぁと情けない顔をしてぬるくなった茶を飲み干す。松平が上様を連れ出して飲みに行く度に真選組は護衛に借り出される。それだけでも迷惑だと言うのに、さらに芸妓の斡旋まで頼まれたのだ。土方は顔を顰めると、再度日程を確認してため息をついた。
「とりあえず護衛に関しては近藤さんに任せていいか?」
「そりゃかまわんが。万事屋行くのか?」
 その言葉に土方は小さくため息をついた。万事屋に行くより本人の所に行った方が早いだろうが、店から万事屋への打診が全て蹴られている事を考えれば、彼女はその仕事に乗り気ではないのだろう。
「一応本人に頼んでみる。期待はしねぇでくれよ」
「え?やっぱり贔屓にしてるの?」
 近藤が身を乗り出して来たので、土方は面倒臭そうに頭をかくと、そんなんじゃねぇよと不機嫌そうな顔をする。
「山崎の三味線の先生だよ【迦具夜姫】ってのは。元々俺の飲み仲間で、たまに山崎座敷に上げるの手伝わせてる」
 土方の言葉に近藤は目を丸くする。山崎が三味線を習ったり、女装して座敷に上がって諜報活動をしているのは知っているが、細かい事まで知らなかったのだ。その辺りは土方が一手に引き受けている。
「……そっか。とっつあんの勘違いか。まぁ、万事屋に頼むより知り合いのトシの頼みの方が引き受けてくれるかなぁ」
「アイツ座敷に上がるの好きじゃねぇし、仕事もめったに引き受けねぇからな。無理かもしれねぇけど、山崎連れて行って一応頼んで見る。無理だったらとっつあんに詫びの電話でも入れるわ」
 不機嫌そうに立ち上がる土方を見て、近藤は困った様に笑った。文句は言うが土方は仕事はきっちりとするし、全力を尽くすタイプである。今回も面倒事を一手に引き受ける姿を見て申し訳なくなったのだ。
「すまなんだ。面倒な事引き受けさせて」
「アンタは護衛の段取りしといてくれよ。そんじゃ、ちょっと出てくる」

 監察室を訪れた土方に山崎は驚いた様な顔をすると、どーしました?と首を傾げた。
「三味線屋の所行くからついてこい。仕事だ」
 その言葉に山崎は渋い顔をする。
「先生に仕事の依頼ですか?12月は無理ですよ」
「なんでだ?」
「座敷に上がらないらしいですよ。調子こいた酔っ払いが年末は増えるからって」
 恐らく本人からそんな話を聞いたのだろう。山崎の言葉に土方はますます不機嫌そうな顔になった。
「……俺も厭だよ。とっつあんが、上様にアイツの三味線聞かせてぇとか無茶苦茶な要求してきやがったんだ。店からの打診全部蹴られて、どっから聞いたかしらねぇけど、俺がアイツの知り合いなの聞いて打診して来いって言われたんだよ」
 土方の言葉に山崎は思わずうわぁと心の中で呟く。無理難題を吹っ掛けられて土方も本当は厭なのだろうし、迦具夜姫……三味線屋・カグヤも仕事を蹴りまくる12月にわざわざ仕事を持ってくる自分たちを歓迎しないであろう。そう考えると思わず憂鬱になる。
「とりあえず行きましょうか。今日は三味線の稽古入ってませんし、家にいると思いますよ」
 立ちあがった山崎を見て土方は少し驚いた様な顔をする。
「自分以外の生徒の稽古日程もお前覚えてんのか?」
「先生の家の台所のカレンダーに書いてありますから。お茶を入れる時に眺めてるんで大体頭に入ってますよ」
 三味線の稽古が終わった後に一緒にお茶を飲むのが日課である山崎は、湯が湧くまでよくカレンダーを眺めいているのだ。夜に座敷に上がる予定が12月に一つもなかったでカグヤにその旨を聞いた時に、12月は仕事をしないと言う話を聞いた。確かに年末年始の忘年会・新年会シーズンは羽目を外す人間も多く、相手をするのも難儀だと山崎自身も諜報活動の中で知っているだけに、その時はそうかと納得したが、今となってもどうやって彼女を説得しようかという事で頭が一杯になる。
「なんでまた松平様も先生ご指名なんですかねぇ」
 途方に暮れた様な顔をした山崎に、土方は知るかと短く返答すると屯所を一緒に出る事にした。

 

 外は思ったより冷え込んでおり、山崎は思わず背を丸めた。
「急に寒くなってきましたね。そろそろ雪降りますかね」
 その言葉に土方は空を見上げる。日が照っていればましだが確かに寒い。
「雪が降ったら雪見酒一緒に飲もうなんてアイツ言ってたな」
「先生が?」
 山崎の言葉に土方は頷くと、少しだけ口元を緩めた。月が出れば月見酒、花が咲けば花見酒。年中理由をつけて飲んでいるカグヤ。
「初雪記念用にいい酒買ったらしい。どうでもいい事に拘るよな」
「そう言えば12月の三味線の稽古少ないのも雪待ちだとか言ってましたよ。まぁ、元々生徒の方が忙しくて少ないんだろうでしょうけど。雪が降ったら気になって仕事にならないからって」
 思い出したように山崎が言うので、土方は呆れた様な顔をした。そこまで言いきればいっそ清々しいと思ったのだ。しかしカグヤの仕事嫌いは今から仕事を依頼する身としては気が重いと土方は考え小さくため息をついた。
 川沿いの道をゆき、カグヤの家にたどり着いた土方と山崎は、勝手口の方へと回る。するとそこには予想もしない人が立っており、思わず二人は足を止めた。
「……何してんだ万事屋」
「そりゃこっちの台詞なんですけど。仕事サボってカグヤちゃんの所で休憩ですかこのやろー」
 銀髪の頭を面倒臭そうにかくと、銀時は半眼で土方に言葉を放った。お互いに天敵に近いと認識しているだけに雰囲気は最悪で、間に挟まれた山崎はさぁっと顔色をなくす。
「仕事で来たんです!」
 慌てて山崎が声を上げると、銀時は僅かに眉を上げる。カグヤが真選組に頼まれて座敷に上がっているのは了解しているし、仲介料も回ってきている。しかしながら、この季節に山崎が仕事を持ってくるのに違和感を覚えたのだ。
「12月はカグヤちゃんは仕事しねーよ。帰んな」
「知ってる。つーか、手前も三味線屋に仕事持ってきたんじゃねーか。年末は何かと入り用だしな」
 土方の言葉に銀時はぎくりとする。確かに仕事を持ってきたのは事実であるが、今回は金に困ってのことではない。以前依頼を断った料亭の店主が毎日の様に折り菓子を持って頭を下げに来るのだ。流石に三日も続くと銀時とて無視はできないし、神楽がいつも美味しく折り菓子を食べてしまっているのを考え、カグヤに何とか融通してもらえないかと頭を下げに来たのだ。
「俺だって好きで来たんじゃねぇよ。料亭の店主が死にそうな顔で毎日毎日頭下げに来るから仕方なくだなぁ……」
 ぶつぶつと呟く銀時を見て山崎は思わず目を丸くする。銀時の所へ頭を下げに来ているのは松平の指定した料亭の亭主なのかもしれないと思ったのだ。幕府の高官である松平が指名した芸妓を呼べない事で困り果てているのかもしれない。
「……何してんの。人の家の前で」
 後ろから声をかけられ、驚いた三人は振り向く。そこには買い物袋を提げたカグヤが立っており、呆れたように三人を眺めていた。
「先生!」
「あら、ザキさん。久しぶり。最近稽古に来ないわね」
「忙しくて……。あの、落ち着いたらちゃんと行きますから!」
 和やかな雰囲気で話をする師弟コンビに土方は小さくため息をつくと、話がある、と短く言う。
「話?銀さんも?一緒でいいの?」
「あー。俺はかまわねぇけど。先に家に着いたの俺だから、俺からね。そこは譲れません」
 どうでもいい事を主張しやがってと土方は呆れながら、好きにしろと短く言い、煙草に火を付けた。

 山崎が茶を入れている間に、銀時はカグヤの正面に陣取り言いにくそうに話を切り出した。
「あのだな。カグヤちゃん。この前お願いした仕事なんだけど」
「どれだっけ?」
「えーっと、12月上旬日程で、幕府の偉いさんが指名してきたやつ」
 そう言われてカグヤは、あぁと短く声を上げた。破格の依頼料だったが断ったのを思い出したのだ。
「それがどうしたの?」
「座敷上がれない?」
「なんで?」
 一度断った依頼を再度ねじ込むのは銀時にしては珍しいと思いカグヤが聞くと、銀時はため息をつく。
「それがさ。断ったんだけど、毎日毎日死にそうな顔して店主が頭さげに来るんだわ。気の毒でさぁ。よっぽど偉いさんなんじゃないかなぁ」
 先程土方にした話を再度すると、カグヤは僅かに瞳を細めたが、興味なさそうにえーっと渋い返事をする。すると、山崎が茶を持って座敷へ戻って来たので、銀時は茶を受け取り口をつけると、再度頭を下げた。
「このとーり!なんつーか、いたたまれなくてさ。神楽ちゃんは折り菓子美味しく頂いちまったし!首でも吊ったら寝ざめ悪いし!」
「三笠屋自体は客の質も良いし、店主も良い人だけど12月は厭だって銀さんも知ってるでしょ?っていうかさ。店主が首吊るってどんだけ偉い人のご指名よ」
 三笠屋と聞いて土方は僅かに眉を上げた。やはり銀時と自分達の依頼が同じだと確信したのだ。山崎も気がついたのか、心配そうに銀時の方を見ている。
「正直よくわかんねぇ。幕府の高官としか聞いてねぇし。でも、店主自ら折り菓子持って毎日うちみたいなしょぼい事務所に来るってよっぽどだろ?どう考えても」
 必死で説得する銀時を見て、山崎は土方の表情を伺う。すると、土方は煙草の煙を吐き出し、口を開いた。
「上様だ」
「え?」
 驚いたように声を上げたのは銀時であった。まじまじと土方の顔を眺めると、銀時はマジで?と小声で呟く。
「うちの依頼も一緒だ。松平のとっつあんから【迦具夜姫】の三味線を上様に聞かせてぇって言われた」
 土方の言葉にカグヤは茶に口をつけると、瞳を細める。
「私に上様の前で三味線弾けって、本気で言ってるの?」
「……それをさせるのが俺達の仕事だ」
 その言葉にカグヤはにぃっと口端を上げると言葉を放つ。
「幕府に切り捨てられた人間が、切り捨てた人間の前で三味線弾けると思う?」
 ぞっとするような口調に山崎は身を縮め、銀時は思わず心の中で舌打ちした。ある程度偉い人間ならましだろうが、将軍は駄目だ、そう思ったのだ。天人から国を守ろうと戦った侍を切り捨てた幕府。その決定を下した将軍。正確には先代の将軍ではあるのだが、カグヤが天人や幕府関係の座敷を嫌う理由はここにある。泣いて頼めば折れてくれるかと期待したが、将軍の相手などカグヤが承知する筈もない。
 土方は相変わらず表情を変えずに煙草の煙を吐き出すと、無言のまま時間が流れる。
「あのさ、カグヤちゃん。なんつーか、上様が客だったら、なおさら三笠屋さんとか、俺の首心配してくれないかなぁって……。やばくね?断ったら」
 小声で銀時が言うが、カグヤはちらりと彼に視線を送るだけで沈黙を守った。情に訴えようとしたが失敗し、項垂れる銀時を見て山崎はおろおろとする。カグヤが元攘夷志士である事は承知していたし、本人もその話を時折するのですっかり過去を水に流したと勘違いしていたのを山崎は自覚して言葉を探す。けれど思った以上のカグヤの拒絶は怖く、思うように言葉も浮かばない。怒った姿は何度も見た事はあるが、明確な拒絶は初めてで山崎は戸惑う。
「解った。また出直す」
 立ちあがった土方に山崎も銀時も驚いた様な顔をして彼を見上げた。
「帰んぞ、山崎」
「はい」
 慌てて立ち上がった山崎が、ちらりと銀時に視線を送ると、彼も慌てて立ち上がる。
「また来る」
「おととい来なさい」
 勝手口の扉を土方がしめると、その場に山崎と銀時はへたり込み、長く息を吐き出す。
「ヤバいよ。ヤバイ。マジで怒ってるよカグヤちゃん。どーすんの」
「どうしましょう」
 それを見降ろしながら土方は新しい煙草に火をつけると瞳を細めた。
「……幕府は嫌いか」
「多串君はカグヤちゃんが元攘夷志士だって知ってたんじゃねーの。何で将軍の名前出しちゃうかな」
 呆れたように銀時が言うと、土方は僅かに眉を上げる。
「騙して座敷に上げろってのか。それこそアイツが怒るだろーが」
 それもそうだと思った銀時は言葉に詰まると、また項垂れた。店主の様子から偉い人だとは思っていたが、まさか一番偉い人だとは銀時も思わなかったのだ。毎日頭を下げに来るのも解らないでもない。
「つーか、遊ぶならキャバクラにしといてよ。なんでカグヤちゃん指名。なんでそんな難易度高い事言うんだよ」
 ぶつぶつと文句を垂れる銀時に、山崎も同情する。無論自分達の依頼も失敗なのだが、毎日毎日店主が頭を下げに来るのも流石に精神的に堪えるだろうと思ったのだ。
「何がその場のノリとテンションで攘夷戦争に参加しただ。しっかり傷になってんじゃねーか、あの莫迦」
 そう零した土方を銀時は驚いたように見上げた。元々飲み友達だとは聞いていたが、どの程度仲がいいのかは聞いた事がなかったのだ。カグヤが攘夷戦争の時の話をするのなら、それなりにカグヤが土方の事を気に入っていると言う事のだと思った銀時は意外そうな顔をした。正直、土方という人間はカグヤの好みの人間だとは思えなかったのだ。山崎の様なタイプを可愛がる事は今までもあったが、土方の様な見るからに女性受けするタイプは興味がないし、どちらかと言えば、坂本の様な突き抜けた莫迦の方を好む。
「……どーしたもんかなぁ。とりあえず今日は無理だな」
 銀時は立ち上がると土を払って空を見上げた。長い付き合いでカグヤがあんな顔をしたら中々折れてくれないのは知っている。カグヤを説得するより、店主と一緒に上様に土下座する方法でも考えた方がいいのかもしれないと思いながら、そんじゃ、俺帰るわと短く言い、投げやりに手をふると歩き出した。
「どうします?」
「また出直すしかねぇだろう。ギリギリまで粘って駄目だったらとっつあんに頭下げる事になるだろーけど」
 あのカグヤを見てまだ説得しようとする土方に山崎は驚いた様な顔をするが、彼が言うようにそれが仕事なのだから仕方がない。面倒だろうが、厭であろうが、仕事である以上土方はそれをこなさなければならないのだ。そう考えると、随分と損な役回りだと山崎は土方に同情した。
 ふと、視線を感じて土方は辺りを見回す。それに気がついた山崎が、どうかしました?と声をかけると土方は首を振った。
「……鬼兵隊の動きは目を離すな。この時期にアイツ拉致られたら交渉どころじゃねぇからな」
 土方の言葉に山崎は頷くと、帰りましょうかと言う。仕事は山積みで本来は芸妓の斡旋をしている場合ではないのだ。鬼兵隊が江戸に入ったと言う情報もあるし、元々年の瀬は忙しい。厄介事を持ちこんだ松平いを恨みながら、土方は山崎と一緒に屯所に戻る事にした。

 

 一人で卓に突っ伏していたカグヤの肩にふわりと上着がかけられ、驚いたカグヤは顔を上げる。
「……ああ、約束今日だった?ごめん」
 突然部屋に現われた男にカグヤは文句も言わずに詫びると、肩にかけられた上着に視線を落とす。青色のコートは目の前の男のもので、寝ていると思ってかけてくれたのであろう。
「日付変えてもかまわねぇんだけど。日も暮れて来たし」
 男の言葉にカグヤは首を振ると立ち上がりコートを差し出す。
「約束破るの好きじゃないのよ。ありがと」
 コートを受け取った男は袖を通すとカグヤの表情を伺う。先程までの客が何を話していたのかは承知している。彼女の気分が塞ぎ込んでいるのもその所為だと思い、約束を変えようと提案したが、あっさりと却下され苦笑した。
「姫さんは自分が約束破るの厭なのに、人が約束破るのは気にしないんだな」
「そーよ。約束破るのは自分の値打ち下げるから好きじゃないの。でも他人の値打ちが下がるのはどーでもいいのよ」
 漸くカグヤが笑ったので男はほっとした様な顔をして口元を緩めた。
「女の子へのプレゼント選びだっけ?丁度私も買うもの出来たから。……この後に二件ほどお使い頼みたいんだけど構わない?」
「報酬さえ貰えるならなんだって引き受けるぜ。それが俺の商売だしな」
 長い前髪を揺らして男が笑ったので、カグヤは瞳を細める。
「それじゃ、行きましょうか」

 

「すみませーん。ピザ屋ですけど」
 玄関先で声を上げるのに気が付き、丁度通りかかった山崎がガラガラと玄関を開ける。そこには近所のピザ屋の店員が立っており、手には箱を抱えていた。
「えっと。誰が注文したんですかね?」
「土方十四郎さん」
「え?副長?」
 首を傾げた山崎は少し待ってて下さいと、慌てて副長室へ向かう。障子を開けると、土方が煙草を吸いながら不機嫌そうに書類をめくっており、恐る恐る山崎は声をかけた。
「あのぅ。ピザ屋が来てるんですけど」
「はぁ?」
 怪訝そうな顔をした土方に、山崎はやっぱりと心の中で呟く。先程土方と一緒に昼食を食べに行った所なのだ。それなのに宅配を頼む等おかしいと思ったのだ。
「一応副長指名してるんですけど……悪戯ですかね?」
「総悟か!?総悟の嫌がらせか!?」
 人の名前で出前を取る等嫌がらせの典型であるし、そんな事をするのは沖田以外に思いつかなかった土方が不機嫌そうに声を上げると財布を握り締めて立ち上がる。
「あ、受け取るんですか?」
「ピザ屋が悪い訳じゃねーしな。適当に配れ。なんか仕込んであったら総悟にクレーム入れろ」
 その言葉に山崎は、自分は食べないでおこうと思い苦笑する。タバスコ山盛りであるとか、奇抜なトッピングだったら酷いと想像したのだ。二人で玄関まで行くと、そこには変わらずピザ屋が立っており、土方さんですか?と確認する。
「……で、いくらだ」
「いえ。お代はもう頂いてますので」
 財布を取り出した土方にピザ屋は言うと、箱を土方に押し付ける。その言葉に山崎は首を傾げた。
「宅配で先払いってあるんですかね?」
「しらねーよ。つーか、注文したのはどんな……って、もういねぇし!意味解んねーし!」
 気がつけば既にピザ屋の姿はなく、箱だけ土方の手元に残る。そして、その箱に違和感を感じた土方はそれをそっと床に置く。
「どうしたんですか?」
「軽い」
「え?」
「ピザ入ってるにしては軽いんだよ」
 その言葉に山崎はぎょっとしたような顔をすると、恐る恐る箱を手に取る。確かに軽い。
「軽いって事は、爆発物じゃないですよね」
「……とりあえず開けるか」
 真選組がテロの対象になる事もゼロではない。慎重に土方は蓋に手をかけると、そっと開ける。
 そこにあるのは手紙。
「あれ?先生の字?」
 声を上げたのは山崎で、土方はその言葉に僅かに瞳を細めると、手紙を手に取った。
 以前交渉が決裂して以来、土方は彼女に会っていない。電話にも出ないし、行きつけの飲み屋にも姿を現さないのだ。昼間に家を訪ねる事も考えたが、彼女の三味線教室の邪魔をするのも気が引け、結局一度も行かず、数日が経ってしまった。
 手紙に目を通すと、土方は携帯を取り出してカグヤの番号を鳴らすが、今まで通り留守番電話につながり応答はない。
「読んでも良いですか?」
 携帯電話に耳を当てる土方に山崎が確認すると、彼は山崎に手紙を渡した。
 仕事は引き受けるがいつも通り三味線だけ弾くので接客はしない。暫く留守にするが当日には戻るという内容が簡潔に書かれている。山崎は驚いたように顔を上げると、土方の様子を伺う。すると土方は小さく舌打ちして携帯を切る。
「出やがらねぇ」
「先生仕事引き受けてくれるんですね」
「……そうだな」
 山崎は安心した様な顔をしたが、土方は不機嫌そうな顔をすると、空箱と手紙を持って自室に戻る。
 本来は仕事が達成されて安堵すべき所である筈なのに気分は晴れない。万事屋が説得して彼女が折れたのかもしれないが、それならば自分の所には連絡は来る筈がないと思ったのだ。万事屋から料亭へ、その経由で松平へと報告があるのなら解る。
 煙草の煙を肺に入れた土方は瞳を伏せて細く煙を吐き出す。本当は座敷に上がらなくて良いと彼女に言いたかった。山崎や銀時がいた手前言う事は出来なかったが、心情としては彼女に座敷に上がれと言うのは酷だと思っていたのだ。幕府に切り捨てられた侍。今現在、彼女が高杉に加担していないと言えど、そう簡単に水に流せる事ではないであろう。
「なんで座敷に上がるんだよ」
 ぽつりと土方は呟き、煙草を揉み消した。


後篇に続く。

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