*非日常劇*
鶴の恩返しに始まる人が夢見る『素敵な恩返し』の逸話。
気まぐれで猫を助けた平凡な大学生山瀬は、そんな妄想を大学の友人・川島に垂れ流し散々馬鹿にされた後家路につくと、そこは彼の夢見た『素敵な恩返し』が待っていた。
─―そう、猫耳・ビキニパンツ一丁の素敵ムキムキマッチョが彼の家で『素敵な恩返し』をする為に待ち構えていたのだ。
無論驚愕した山瀬はその日コレは夢だと勢い良く布団に入ったのだが、翌朝目が覚めた時に己はあの平凡だった日常を取り戻せない事を自覚した。
誰もが夢見た非日常の恩返し生活。
そんな夢を見た俺はアホだった。そう呟きながら、ホカホカご飯をよそう目の前の猫耳を途方に暮れたように眺めるしかなかった。
夢は覚める事無く、山瀬の非日常は流れてゆく事になる。
取り敢えずその猫耳は『ミケ』と名乗り、恩返しをする為に此処に滞在すると深々と頭を下げた。山瀬にしてみればお引取り願うのが一番の恩返しなのだが、山瀬よりガタイの良い厳つい顔の猫耳にそんな事も言えずに目を逸らし震えながら彼は頷くしかなかった。
平日は大学に行ったり、バイトに行ったりする山瀬をいつもミケは家で美味しいご飯をつくり、洗濯をし、掃除をし待ち続けてくれる。コレが美少女なら何一つ文句もなく、夜伽まで命じてもいい位だが、寧ろ己の尻の穴の心配をせねばならない山瀬は日々神経を磨耗させていくしかなっかた。
ビキニパンツ一丁では目にやり場に困るという理由で、大昔に友人からの土産で貰った矢鱈とサイズがでかく趣味の悪いTシャツを2枚渡しミケに着せてみたが、それでも余計に目のやり場に困るほどパツンパツンで山瀬は頭を抱える羽目になった。しかし親元を離れた貧乏大学生に金はない。自分の服すらまともに買えないのに飼い猫に金をかける訳には行かないと判断し、それで我慢してもらう事にしたがミケは思いの他気に入ったらしく、大事に着ているのを見ると罪悪感が沸かないでもない。
そんなある日山瀬は食卓に並ぶ食事を見てふと疑問が心に浮かんだ。
取り敢えず学校やバイトの帰りにある程度食材は買いに行くのだが、山瀬が買った事のない食材が並んでいるのだ。お金は昼飯代と称して多少渡しているが、良く考えたらミケは外に出てるのだろうか。そこまで考えて山瀬は可愛いにゃんこが籠を咥えて商店街にお買い物をしに行く姿を想像して少し和んだ。きっと買い物メモとお金を籠に入れて買い物に行ってるに違いない、己自身にそう言い聞かせその日は寝る事にした。
「本日はご主人様はあるばいとで御座いますかにゃ」
もしも猫耳の美少女に言われたら悶絶するかもしれない可愛いにゃんこ語もこんな素敵なマッチョに言われたら台無しだなぁと思いながら山瀬はそうそう、と靴を履きながら返事をした。
1週間でミケは山瀬の行動を把握した為、大学の授業がない日はバイトだと判断したのだ。
「夕方には帰る」
「行ってらっしゃいませ」
深々と頭を下げるミケを見て山瀬は困った顔をすると早々と家を出た。
本当はその日はバイトがなかったのだ。しかし、山瀬は先日の疑問を解決すべくミケの一日を少し離れた所から観察する事にしたのだ。
多分先程洗濯機を回していたので、買い物に行くとしたら昼頃だろうと踏んだ山瀬は時間を潰すべく近所のコンビニへ立ち寄る。
確かにミケが来てから生活は非常に良くなった。煩わしい家事もしなくて良いし、家に帰ればご飯も出来てる。本当に何で美少女じゃない無いんだと山瀬は何度も枕を濡らした。こんな事相談しようにも数少ない友人である川島に話をしようものなら、鼻からタバコの煙を吐きながら『良い医者紹介してやるぞ』と笑われるに違いない。そんな事を考えてため息をつきながら山瀬はアパートに視線を移す。時間は昼前で小腹が空いたので何か買おうと思った瞬間に、山瀬は信じられない光景を目にした。
ミケがTシャツにビキニパンツという家でいる姿で山瀬の部屋から出てきたのだ。
何だそのままで買い物行ってたんだ、などと考えて棚の商品に手を伸ばしかけたが山瀬はその手を握り締めて猛ダッシュでコンビニを出た。
いつもの見慣れた格好に危うく納得しかけたが山瀬だが、それは一般常識的にナシだと漸く気が付いたのだろう。なんと言ってもパツンパツンのTシャツに黒のビキニパンツだ。しかも猫耳だ。自分が警察官なら職務質問間違いなくするであろう格好だ。俺の馬鹿馬鹿!!何で慣れちゃったんだよあの格好に!!!と半ば絶望しながらミケを追いかけ商店街の方へ走ってゆく。
しかしながら運悪く、ミケの背中を捉えた瞬間に視界に入ったのは商店街の入り口の派出所に勤務する警察官の姿だった。巡回中なのか自転車を押して歩いてくる。
山瀬は慌てて姿を隠すとミケと警察官の様子を伺う。案の定ミケは警察官に声を掛けられたようで立ち止まっていた。
「ああ、こんにちは山瀬さんの所の…」
「巡回ご苦労様ですにゃ」
警官の言葉にミケは頭を下げて挨拶をした。その光景に山瀬は首を傾げるが出て行くわけにも行かずに様子を伺う体制に入る事にした。
「お買い物ですか。今日は八百屋で特売をやってましたよ」
「ご親切に有難うですにゃ」
「それではお気をつけて」
警官はミケに特売情報を教えると巡回に戻るのか自転車を押してその場を離れてしまった。買い物籠を持っているのだからミケが買い物に行くのは一目瞭然だが、他に言う事ないのか警官!!と突っ込みながら山瀬はミケの後をつける事にした。
しかし山瀬の予想を裏切ってミケは順調に買い物を続けてゆく所か、商店街の人々はミケに世間話まで振る始末であった。
そんな中山瀬が気になったのが、警官も言っていた『山瀬さんの所の』という枕詞であった。誰もが言うのだ。『山瀬さんの所のミケちゃん』と。まるで他所の飼い猫の名を呼ぶように。
「…おかしいなぁ。何で誰もおかしいと言わないんだ」
「おかしいのお前の行動だ」
「うぉ!!!川島!?」
ぶつぶつと独り言を言っていた山瀬の背後にはいつの間にか友人の川島が立っていた。
「何してるんだお前。暇だったら原稿手伝え」
「いや、俺大忙しだから!」
冷ややかな川島の視線にたじろぎながら山瀬はかろうじて胡散臭い言い訳の言葉を発した。
「飼い猫の後つけるのが忙しいのか?お前本当にアホだな」
「煩い!!って…なんでミケが俺の猫だってお前…」
驚く山瀬を見て川島ははぁ?と語尾を上げて明らかに馬鹿にした返事をする。
「この辺の人間は誰でも知ってるぞ。まぁ、俺は噂で聞いて漫画のネタに出来ると思って見に来たんだがな。『山瀬さんの所のミケちゃん』」
「嘘!?マジで!?」
「猫耳のマッチョが買い物に来るって評判だ。やっぱりお前の所の飼い猫か。ロリ趣味卒業したのか」
そこまで聞いて山瀬は顔面蒼白になる。川島の耳に届くという事は、このご近所誰でも知ってる訳で、自分自身があの猫耳マッチョと同居の事実も知れ渡ってるという事だ。いや、俺ノーマルだし、美少女大好きだし、そんな趣味ないし、と涙目になりながら川島に言うが、川島は興味なさそうにタバコの火を付けた。
「何で知ってるんだ俺の家の猫だって!!!」
頭を抱えてしゃがみこむ山瀬に煙を吹きかけると、川島はちゃんと自己紹介したって話だぞと短く言い放つ。
「え?」
「だから、初めて買い物に来た時に『あそこのアパートに住む山瀬さんのお世話になってるミケです』って自己紹介して回ったって話だ」
「何それ?」
「俺に聞くな。自分の猫に聞け」
川島は携帯用灰皿に灰を落とすとしゃがみこむ山瀬を見下ろし、口端を歪める。
「素敵な恩返しだな」
夢見た恩返しだ、本望だろ?と言葉を続けると川島はタバコをもみ消し、漫画のネタには難しいなと言いながら山瀬を放ってその場を後にした。残った山瀬は絶望しながらの財布の中のお金の数を数えゆっくりと立ち上がる。
「お帰りなさいで御座いますにゃ旦那様。お風呂になさいますか?それとも…」
いつもの出迎えの言葉を言うミケの言葉を遮り、山瀬は持っていた紙袋を渡す。
「これは?」
「土産」
戸惑うミケに短く返答をすると山瀬はのろのろと風呂へ向かう。それを見送ったミケはソワソワしながらその袋を開けて中を覗く。
黒のビッグサイズのスパッツであった。
あの後山瀬は商店街の外れにある店に足を運んだ。『愛染屋』と看板を掲げた胡散臭い店であったが、商店街の衣料品店でミケに合うサイズの服が欲しいと言ったらここを紹介されたのだ。変わり者の店主だが、品揃えは凄いという触れ込みだったのだが、足を運んだ山瀬は眼鏡の良く似合う女性店主に初っ端から度肝を抜かれた。本当に変わり者だったのだ。
ミケの事は誰でも商店街の人間だったら知っているという話だったので、用件を速攻で切り出すと、その美人店主はニヤニヤ笑いながら、いい趣味してるねお客さんと棚の一角を指さす。
店は雑多で、衣類から雑貨、果ては大人の玩具まで取り揃えるカオスっぷりで、ミケに合うサイズの服も取り揃えていた。しかしながら値段が高い。兎に角あの下半身のビキニパンツを隠す為にズボンでも買おうと思ったのだが、財布の残金を考えると厳しい状態であった。そんな中山瀬の目にとまったのは黒いスパッツであった。サイズも大丈夫そうだし、値段も手ごろである。山瀬はこんな巨大なスパッツを始めて見た訳だが、そう考えるとこの店の品揃えは今の山瀬にとっては非常に有難い。
「それにするの?お客さんエロいねー」
背後から卑猥な笑顔を浮かべた店主を見て山瀬の心は折れそうになるが、黒ビキニよりはマシだろうと判断して購入する事にした。このスパッツには尻尾穴まで開いていたのが決定打だった。他にも買いに来る客がいるのかという疑問を残しつつ山瀬はその店を後にした。
風呂から上がるとミケは山瀬の購入したスパッツをはいて出迎えてくれた。
「ご主人様、似合いますかにゃ?」
サイズはぴったりだったようで、ぴったりすぎて美少女がはくスパッツ同様素敵に体のラインを強調してくれている。山瀬はもしかしたらビキニパンツと余り変わらないのでは…と絶望しそうになるが、喜んでいるミケを見るとまぁ、マシかなと無理矢理自分を納得させるほかなかった。
「外に出る時ははくように」
「解りましたにゃ」
尻尾をふりふりしながらご飯をよそうミケを眺めながら山瀬は次のバイト代が入ったらもう少しマシな服を買おうと心に決める。
蛇足なメッセージ
お誕生日おめでとう!!!色々プレゼントを考えたのだが、『お前は何も考えるな』と川島張りにクールに言い放たれたので(笑)少しでもオオアザ氏が楽しめるようにと張り切ってみました。
一応他のお客様も楽しめるように書いたつもりですが如何だったでしょうか。無論猫の恩返しを読んでる方がコレを読んでると思うのですが、オオアザ氏の素敵画像を頭に浮かべて読んで頂ければ幸いです。この小説に書いた以外にも無駄にオオアザ氏と設定切りまくってしまったので、好評ならひっそりとファンサイトでも作って話を書いて行きたいと思います。ええ、ひっそりとね。
川島君は何故か人気らしいので出してみました。愛染屋は自分自身へのご褒美です。店主の今後に乞うご期待★(言いっ放し・笑)
それでは又お目にかかれればそりゃぁもう、奇跡かも(笑)
20070404