*再会都市*

「そういえば海馬コーポレーションではデュエルモンスターズの立体投影機を開発していると聞きましたが」
 取引の話も終わり書類を束ねている海馬に取引先の男は思い出したように話を切り出した。僅かに海馬は顔を上げると、ええ、と一言だけ云い再び書類を束ねだした。どういう理由でその話を切り出したかは理解しかねるが、この取引に直接的に関係しなさそうだったので大して興味も持たなかった。
「実はですね、無理は承知なんですが、是非その機械を貸して頂きたいのですよ」
「…取り敢えず理由を聞かせて頂かない事には」
 男の予想外の言葉に海馬は僅かに眉間に皺を寄せる。
「私が賭博を経営しているのは…ご存知ですね」
「ええ」
 話が長くなりそうなので海馬は椅子に深く座り直すと長話に付き合う体制に入った。この男の経営する会社が裏で賭博場を開いているのは結構有名な話である。そもそも海馬は賭博には興味がないので行った事もない。
「まぁ、とある会社に所属するディーラーを引き抜きたいのですが、お恥ずかしい話どんな条件を出しても頷いてもらえないのですよ。それで、相手の方が漸く妥協の意思を見せてくれたのですが…その条件が『自分よりデュエルモンスターの強い人間にしか従わない』と言う物でして…。私はそのゲームをやったことがないので社員との対決で何とかOKしてもらったんですよ」
 たかがカードゲームで自分の就職先を決めるというのも酔狂な話だが、たかがカードゲームに社運をかけている自分は人の事は云えないか、と海馬は思わず心の中で苦笑する。
「それで、次の賭博の時にゲームをするのですが、折角なので他のお客様にも楽しんで頂こうと思いまして…」
 この辺は流石経営者といえよう。彼は客を楽しませるという事に対しても貪欲なのだろう。
 賭博にデュエルモンスターを使うのなら断ろうかとも思ったが、そのディーラーも余程自信があるのだろうと思うと少しそのデュエルを見てみたくなった。少し思案した後に海馬はその提案を受理することにした。
「本当ですか?」
「ええ。ただしお貸しするのはうちで現在開発中の新しいデュエルディスクです。此方としても試運転のデータを取らせて頂ければ損はないので…いかがですか?」
「解りました。お願いします」
「…そこまでして引き抜きたいディーラーですか?」
 海馬の言葉に男は僅かに笑う。
「ええ、腕のいいディーラーなので。カード専門なんですが、なかなかの美人で人気もあるんですよ」
 美人という事は女か。女性デュエリストは余り多くないがならば尚更好都合だ。デュエルディスクは誰にでも使える物でなければならない。それこそ女、子供であろうとも。子供ならば弟のモクバにテストさせれば良いが、開発部門に女性、ましてやデュエルを出来る者はいない。後で直接感想を聞かねばならないなと海馬は思いながら男の方を見る。
「日時の方は後でご連絡願えますか?ディスクの都合を付けますので」
「解りました。無理を有難う御座います。それでは私はこれで」
 男が退室したのを確認すると海馬は受話器を取り開発部に連絡を入れる。

***

 愛用のデュラルミンケースにデュエルディスクを入れると海馬は時計を確認した。車で行けばそう時間は掛からない。
「兄様出かけるの?」
 丁度モクバが入ってきたので海馬は頷くとデュラルミンケースを持ち扉に向かう。
「俺もついていっちゃ駄目?」
「子供の行くような所ではない」
 海馬の言葉にモクバはがっかりしたような表情を見せるが、その返答は予め予想していた様であっさりと引き下がる。海馬は僅かに瞳を細めると、行ってくると言い残し部屋を出る。

 市内でも指折りの高級ホテルに前に車がついたのは約束の時間より少し早かった。回転ドアをくぐりフロントで名前を名乗ると受付嬢は海馬をエレベーターへ案内した。エレベーターに乗ると、受付嬢は持っていた鍵を階数表示のボタンの下にある鍵穴に差し込むと軽く右に回す。
―─なるほど…普段は利用しない地下と言う事か。
 受付嬢は地下2階のボタンを押すと再び鍵を閉め動き出すエレベーターのランプを眼で追う。
 チンとエレベーター独特の音が鳴ると扉は開き、受付嬢は海馬に深々と頭を垂れるとゆるりと道を譲る。目の前には薄暗い部屋が広がる。
「これは。社長自らおいでなさるとは」
 予めフロントから連絡が行っていたのか、男は海馬を出迎える。
「自分で確認をしたかったもので。それで、勝負は何時?使い方の説明をしたいのだが」
 海馬がデュラルミンケースを少し持ち上げると、男は驚いたようにそれを見る。
「ほぅ。そんなに小さいのですか」
「何処でも使える事を想定していますので」
「それでは此方の部屋へ。社員とディーラーを呼んできます」
 案内された部屋の照明は薄暗かった部屋と比べるといささか明るく感じられ思わず目が眩む。部屋に用意されたソファーに座るとデュラルミンケースをテーブルに置き蓋をゆっくりと開ける。
 以前開発したデュエルディスクは何度かデュエリストキングダムで使ってみたが少々使い勝手が悪く、帰還した後に新しいデュエルディスクの開発に取り掛かったのだ。携帯用のデュエルディスク。これが次の大会で使用するにあたっての最低限の条件になる。
「お待たせしました」
 扉が開いて入ってきたのは恐らくデュエルをする社員の方であろう。まだ若いその男は深々と頭を下げると海馬の正面のソファーに座った。
「…ディーラーは?」
「ええ。今ゲーム中ですので直ぐに来るとは思いますが」
 仕方なく先に海馬はその社員に簡単な操作を説明すると、彼は興味深そうにデュエルディスクを眺める。
「これで海馬ランドにあるようなシステムを再現出来るんですか?」
「海馬ランドのシステムを見た事が?」
 海馬の言葉に彼は少し恥ずかしそうに頷く。
「お恥ずかしながら…何度かデュエルをしにいっているんですよ。しかし…うちの社長には申し訳ないですが勝てる気がしないんですよねぇ。このデュエル」
 そう云うと彼は自分のデッキを確認するとデュエルディスクにセットする。彼の言葉に海馬は僅かに眉を顰める。
「…ディーラーのデュエルを見た事が?」
「大きな大会に結構出てますよ。先日のデュエリストキングダムにも出てたみたいですし」
 彼がそこまで言うと突然扉が開かれ、金色の派手な髪をしたディーラーが入ってきた。
「お待たせしました」
 彼女の顔を見て海馬は僅かに口元を緩める。
―─…勝てる気がしない訳だ。
 そこに現れたのはデュエリストキングダム・ベスト4に残った孔雀舞その人だった。大会に出た事のある人間ならよく知っているだろう。
「…海馬瀬人!?」
 舞は愕いた様に瞳を大きく開く。
「うちの新システムのテストプレイを兼ねてこの機械を提供した。後で感想を聞かせて貰う事になる」
 海馬の言葉に舞は笑うと男の隣に座りデュエルディスクを受け取り説明を聞く。
「しかし何でも作れるのね…。以前のヨーヨーみたいなのはどうしたの?」
 城之内とのデュエルを見ていた彼女は以前のデュエルディスクの事を聞く。
「あれは使い勝手が悪かったからな…改良した」
 それだけ云うと海馬はデュラルミンケースの蓋を閉じ立ち上がる。

***

 薄暗かった会場に先刻より幾分かマシな照明が灯され、中央に空けられたスペースに二人の決闘者は対峙する。
「デュエル!!」
 同時に叫ばれディスクを装着する左腕を体の前に翳す。デュエルディスクから小型立体投影機が放たれ四方に散る。問題なくムーズに動き、観客からは歓声が上がった。
―─さて、どの程度動くか…。
 軽量化の為に立体投影機のクオリティーを下げざる負えなかったがそれでもそこそこは動く筈だ。カードの読み取り速度等に神経を尖らせながら海馬は二人のデュエルを見つめる。

 男のデッキはバランスの取れたデッキで、どんな地形・モンスターでもある程度は適応出来そうなものだった。堅実さが見て取れる。一方孔雀舞のデッキはハーピーレディを徹底的に強化する形で、ハーピーレディが落とされれば戦う術は失われるがその隙すらも与えない徹底したコンボを決めてくる。
 モンスターが実体化する度に歓声が上がり、観客は目の前に広がる仮想空間に魅入られる。
「華麗なる分身!!」
 舞の張りのある声が会場内に響き、観客は召還されたハーピーレディ三姉妹に感嘆の声を上げる。男はフィールドに召還された三姉妹に息を飲み瞳を伏せる。
―─決まったな。
 男のデッキに相手を倒すカードがないのは明白である。守備表示された男の壁モンスターを撃破すると、舞の攻撃は男のライフポイントをダイレクトアタックで削る。
「…完敗です」
「フフ。中々のものだったわよ」
 男が手を差し出すと、舞はそれを微笑んで握る。一斉に拍手と歓声が巻き起こり会場内は騒然となる。
「いやぁ…負けはしましたが驚きました…最近の技術がここまで進歩しているとは…」
 海馬の隣に座っていたあのデュエリストの上司が海馬の方を向き興奮やまないと言ったような表情で話し掛ける。
「…それでは彼らに少し話を聞きたいので」
 海馬が立ち上がると彼はごゆっくりと言い、興奮さめやらない会場へと消えた。彼にしてみればディーラーは手に入らなかったがよい見世物になったのだろう。

***

「どうだった?アタシの華麗な戦いは」
 男から返してもらったデュエルディスクをケースに入れていると舞が突如部屋に入ってきた。先刻まで客にあれこれと聞かれ忙しそうだったので男から先に話を聞いたのだが、漸く彼女は開放されたらしい。
「…重さと、使いやすさについてどう思う」
「聞いてないわね」
 舞の言葉をあっさり聞き流した海馬の態度に少し不満そうな顔をするが、ソファーに座りデュエルディスクを外すと舞はソファーの背にもたれに体重をかける。
「重さは…問題ないわね。でもこのボード部分何とかならない?」
「?」
 舞が指差したのはカードを乗せる為のボードだった。
「人が多いとぶつかるのよねぇ。今さっき客に揉まれるまでは気が付かなかったんだけど」
 舞の言葉に海馬は成る程と頷く。ただデュエルするだけなら問題はないが、持ち歩くとなるともう少し改良の余地がある。ボードを左右に展開出来る様にすればもっと纏まりが良いかもしれない。
「…本当熱心よねぇ…」
「それが仕事だからな。しかし…ディーラーをやっているとは知らなかったな」
「フフ。子供はこんな所にきちゃだめよ」
 海馬の言葉に舞は笑いながらいうと、部屋の備え付けのポットのお湯を確認しコーヒーを入れる。
「最近暇でね。デュエル大会もないし、強い相手探してたのよねぇ…。今日の相手はまぁまぁかしら。もう少し経験値積めば強くなるわよ」
「デュエルの強い相手にしか従わないというのは口実か?」
「そうよ」
 舞は少し意地の悪い笑いを浮かべると持っていたカップをひとつ海馬に渡す。
「うちの社長は別にデュエル強くないもの。まぁ、此処に入った時はデュエルやってなかったけどね」
「…何故デュエリストに?」
 海馬の何気ない質問に舞は僅かに驚いたような表情を見せるが、ソファーに座ると口を開く。
「初めは賞金目当てかしら。でも…今は…違うわ」
「…」
「戦い相手がいるから…戦うの」
 デュエリストキングダムで戦った彼らと再び戦いたい。
 それはあの島で手に入れたデュエリストの誇り。本能。
 舞は瞳を伏せると少し寂しそうな顔をする。今本当に戦いたいと思う男は自分など視界に入っていないだろう。彼の目の前に立ち塞がるデュエリストの最高峰へ向けられる視線は格好良いと思う。だからこそ…だからこそ強くなって彼の視界に入りたい。
「もっと強くなりたい。もっと戦いたい。何時か合間見えるアイツとやり合うために」
―─同じか…俺と。
 海馬もまた戦いたい相手が居る。何度も対峙しながら自らの納得行く勝利を得ることの出来なかった男。初めは復讐心からだったのかもしれない、しかしそれは何時しか純粋に戦いたいという気持ちへと変わっていった。決闘者として。常に強い相手を求め続ける。
「…まぁ、今のアタシならかるーく捻れるような相手なんだけどね…どういう訳か負けちゃったのよね」
「誰だ?」
「内緒」
 舞は意地の悪い表情で海馬の方を見る。海馬はそれに溜息を吐くとデュラルミンケースにデュエルディスクを片付ける。これから最終調整に入る予定なのだ。
「…貴様の望みは叶う」
「え?」
「近々大規模なデュエル大会が行われる。そこで思う存分戦えばいい」
「…そのディスクはその大会用に?」
「…」
 沈黙もまた回答となりうる。舞はそれを肯定と受け取り微笑む。
「有難う。アタシに戦う機会をくれて」
「…貴様の為だけじゃない。俺の為でもある」
「いいの。お礼言わせてよ」
 舞はゆっくりと立ち上がると海馬の方を向く。
「次の大会で会いましょう。楽しみにしてるわ」
「ああ…」

 

 大会開催時にヘリの上から見た中に彼女は居た。
―─来たか。
 その言葉は遊戯と彼女に投げかけた言葉だった。勝ち上がって来い、このバトルシティを。そしてその時こそ俺の望みは叶う。
 上空を見上げる彼女は僅かに瞳を細めた。あの時の顔だ。

―─有難う。

 お前の待ち望む決闘者も此処に来たのだな。

 この広いバトルシティで共に望みを叶える為に戦うか…運がよければ決勝で会おう。そう思いながら海馬は足元に広がる町並みを眺め大会の開催を宣言した。


>>後書き

 瀬人様→舞さんのつもりで書き出したんですが、なんだかんだいって全然ラブってないっていうか欠片も見当たりませんな(笑)ほのかの恋心までも届かず興味を持った程度でおわってますね…駄目すぎ。

 因みにデュエルディスクのボードの左右への展開はアニメ版の設定です。原作はあのまま持ち歩いてますからね。…本当はね、アニメ版オリジナルの例のゲーム内に入る話とか描きたかったんですがあれは思いっきり舞v城なんで瀬人様が入り込む隙がないっていうか(笑)大体囚われてる時間長いし。

 瀬人様→舞はどうせ誰も賛同者居ないだろうから細々とやっていきます。夢見る乙女モード全開で(笑)

 それではうっかり最後まで読んでしまった方有難う御座いました。

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