*幸運女神*
日曜日は何処だって人はごった返している。忙しなく動く人並みを眺めながら手元の雑誌に視線を落としたのは
派手めな明るい色の髪をした少年だった。かれこれ30分以上もその場所にいる。
「…太一のやつどうしたんだ?」
同じ山吹中テニス部のマネージャーである壇太一は先日部活の備品を買いに行くと言っていたので彼もそれについて行く事にしたのだ。駅前に新しく出来たスポーツショップを少し覗きたかったからだ。少しトロい太一が迷ってしまうかもしれないという心配がなかった訳でもないが。
携帯電話をカバンからだして太一の電話番号を確認するが結局手を止めて、財布の中の小銭とテレホンカードを確認する。最近は携帯の普及でなかなか使わなくなった薄っぺらいカードは十分過ぎるほど度数を残していた。
『本日のラッキーアイテム・テレホンカード』
彼は自分の星座にそんなコメントを付けていた雑誌をカバンにしまうと公衆電話に小走りに向かっていった。
昔は結構あったような気がするが、最近は大分数が減った公衆電話は駅前には一つしかなかった。四角いガラス張りの箱の中へ入ると彼は重たい受話器を片手に番号を押して行く。
「…もしもし千石ですけど。太一君居ますか―?」
母親であろう穏やかそうな女性は千石の名前を確認すると保留ボタンを押した。聞き覚えはあるが題名は知らないゆったりとしたワルツを聴きながら千石は相手が出るのを待った。その時電話ボックスの外の黒い髪がちらりと視界に入った。自分同様ラッキーアイテムがテレホンカードだった人が居るようだ。そんな事を考えていると受話器の向うで謝罪の言葉が第一声に放たれた。
「済みません千石さん!!寝坊して…待ちましたよね!!今からすぐに行きます!!」
太一のまだ少年らしい少し高い声での謝罪を聞きながら千石は少し笑って答える。
「太一来なくていいよ」
「ええ!!!!」
今にも泣き出しそうな太一の声を聞きながら千石は更に言葉を続ける事にした。
「ああ、別に怒ってる訳じゃないよ。ちょっと知り合い見つけたからその子と買い物に行くよ。何を買うんだっけ?」
千石は手帳を出して申し訳なさそうに買い物リストを読み上げる太一の言葉を確認しながらメモをした。量は多いがそう重いものはないのが幸運だった。最後に太一は、ごめんなさいですと締めくくり電話を切った。
「さてと」
千石はメモを片手に公衆電話のドアを開ける。それに驚いた待ち人は可愛い悲鳴を上げて千石の事を見上げた。
「何処に行こうか桜乃ちゃん」
「…千石…さん?」
驚きの余り言葉を失った目の前の少女は千石の顔を凝視する。以前青学で越前にボールをぶつけられ気絶したと言う厭な思い出と共に彼女の事を千石はよく覚えていた。寧ろ、又会いに行く気は十分だった。太一のお陰で転がり込んできた幸運…そしてラッキーアイテム様様である。
「駅前のスポーツ店かなやっぱり。迷ったの?一緒に行こうよ」
「ど…どうして私がそこに行くって解ったんですか!?」
千石は少し笑って桜乃の握っている紙切れを指差した。
「地図持ってたからね。それとも友達と待ち合わせだったかな?」
「一人で来たんですけど場所が解らなくて…電話でおばあちゃんに聞こうと思ってたんですけど…千石さんは…時間良いんですか?」
「急遽マネージャーが来れなくなってね。一人でも寂しいから一緒に行こうよ。駄目かな?」
人懐っこい笑顔を浮かべて千石は桜乃にねだる様に提案をした。来れなくなったのではなく、来なくて良いと言ったのは既になかった事になっているらしい。桜乃は少しだけ考えてお願いしますとお辞儀をした。
「私の事覚えてたんですね」
「当たり前じゃん。あ」
駅前の大きな道を並んで歩きながら千石は思い出した様にカバンから青い袋を取り出し、桜乃に渡した。訳も解らず桜乃は受け取ると千石の顔を見上げた。
「コレ…何ですか?」
「タオル前に借りたでしょ。ちゃんと洗ってあるから」
桜乃はその袋を開けて納得したような顔をした。見覚えのあるタオルが綺麗に洗濯され折り畳んで入っていたのだ。
「もしかして…何時も持ち歩いていたんですか?」
「うん。何時君にばったり会うか解らないしね。まぁ、来週には届けに行こうと思ってたんだけどさ」
千石はそういうと、先日は有難う御座いました、と大げさにお辞儀をした。桜乃はそれに驚いて、私は何も…と恥ずかしそうに僅かに俯いた。
それを眺めながら千石は僅かに瞳を細めた。
「又会えて良かった。俺のラッキーも流石だねここまで来ると。さて、着いたよ」
千石の言葉に桜乃は目の前の大きなビルを見上げる。ここの2階に新しくスポーツ店が出来たのだ。散々歩き回って見つからなかった目的地に直ぐに着いてしまった。
階段を上ると広いフロアーにところ狭しとスポーツ用品が並んでいた。千石は手帳を取り出し買い物リストを確認すると、桜乃の方をちらると見る。フロアーの広さに圧倒され少し困ったような顔をしていた。
「何買うの?一緒に回ろうか」
「え、でも千石さんもお買い物が…」
「うん。あるけどどうせフロアー全部回るし」
そういうと、遠慮なく千石は桜乃の手を握って引き摺る様にフロアーの端から制覇して行った。
「山吹中のテニス部にはマネージャーさん居るんですね」
「うん。雑用だけどね殆ど。青学には居ないの?」
千石が聞き返すと桜乃は頷く。
「桜乃ちゃんみたいな可愛いマネージャーなら俺毎日部活出ちゃうんだけどな」
「え!?」
驚いたように千石の顔を見るが桜乃は直ぐに恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いてしまった。
「野郎のマネージャーじゃねぇ。いくら可愛くても楽しくないしさ」
「男の人なんですか?マネージャー」
「うん。テニスは好きみたいだけど、体が小さいからとか言ってマネージャーになったみたい。テニスは体の大きさで強さが決まるわけじゃないのにねぇ」
小さくても強い人間は幾らでも居る。青学の越前などもそのいい例だろう。千石自身もそう体格に恵まれているわけではない。精々中堅クラスだろう。それでもその体格にあったプレイが出来るからテニスは面白いのだと思う。
「いつかあいつもテニスやるといいなぁ」
「…好きなんですね。テニス」
「うん。面白いでしょ?桜乃ちゃんだって面白いと思わない?」
「私まだ下手なんですけどね。面白いです」
桜乃が遠慮がちに微笑むと千石はご満悦の表情で、でしょ♪と笑った。子供のように屈託のない笑い。千石は上機嫌で籠に商品を放り込んでいった。
レジでの支払いを済ますと千石は時計をみて小首をかしげた。
「お茶でも飲んでいく?それとも時間押してるかな?」
「大丈夫です」
桜乃の答えに千石は嬉しそうにお勧めの店があると歩き出した。
駅前の大通りから少し外れたその店はアンティークな装丁の小さな喫茶店だった。
「ケーキセット2つ。桜乃ちゃん飲み物は何がいい?紅茶?」
千石が聞くと桜乃は頷く。注文をマスターに通すと千石はレシートの確認をしながら桜乃に話しかける。
「今日はラッキーだったなぁ。態々公衆電話に行った甲斐があった」
「…態々てって…携帯持ってるに掛けにいったんですか?」
「うん。今日のラッキーアイテム『テレホンカード』だったからね」
その言葉を聞いて桜乃は微笑を浮かべる。占いが好きだという事を始めて知ったのだ。
「山羊座のラッキーアイテム何ですか?」
「えっとね」
桜乃に聞かれて千石はカバンの中から雑誌を取り出し山羊座の項目を見る。千石の星座が山羊座の前の射手座なので直ぐに見つかった。
「紅茶。レモンティーみたい。良かったねぇ、きっと良い事あるよ」
「はい」
注文のメニューが来た時桜乃は千石のお勧め通りにレモンを入れる事にした。千石に会えてちゃんと買い物が出来ただけで十分ラッキーなのだが、良い事があると言われると矢張り入れたくなるのが人間の心理だ。
やってきたケーキは日替わりのお勧めモノで本日はイチゴのタルトだった。千石は嬉しそうにそれをフォークを片手にケーキを食べだした。男の人は甘いものを食べないと思っていた桜乃は少し驚いたような顔をする。
「甘いもの好きなんですか?」
「中々食べる機会がないからね。結構好きかな?桜乃ちゃんも好き?」
「好きです」
返事を聞くと千石は良かった一杯食べてね、と桜乃にケーキを勧める。
「桜乃ちゃん」
「はい?」
すっかりお腹に甘いものを収めてしまった千石はコーヒーを飲みながら桜乃に声を掛ける。
「又一緒に来ようね」
桜乃は目を丸くするがその後にはい、っと可愛らしく返事をしてくれた。
電車の進行方向は逆だが、千石は何故か桜乃と一緒にホームへ向かった。
「逆じゃないんですか?」
「うん。お見送り。俺がいるとねぇ、電車直ぐ来るんだよ。幸運の女神に愛されてるから」
千石の茶化したような物言いに桜乃は笑うと私も今日はラッキーみたいだからきっと直ぐ来ますね、と穏やかに言ってくれた。
流石と言うべきか、電車は直ぐにホームへ入ってきた。千石はご満悦に笑うと、言ったでしょ、と得意げに桜乃の顔を覗き込んだ。
「気を付けてね。又遊びに行こうね桜乃ちゃん」
「はい。有難う御座いました」
扉が閉まるまで千石は桜乃の事を見送ると、くるりと体を翻して反対方向のホームへと歩いていった。
―─次は何処に連れて行ってあげよう。
そんな事を考えながらホームへとたどり着いたが、残念ながら電車はしばらく来そうになかった。
「ありゃ」
少し肩透かしを食らった千石は別に急がないからいいかと思い、駅の片隅にある公衆電話へ向かった。太一に金額を知らせて予算内に収まったのか確認する為だった。
テレホンカードを電話に入れた時に千石は僅かに苦笑した。
『0』
カードの残り度数が赤いデジタル文字でそう表示されていたのだ。
「本日ラッキー打ち止めか」
それでも十分過ぎるほどの幸運をこのカードは導いてくれたので、千石は使用済みのテレホンカードを大事そうに財布にしまい、携帯電話の電源を入れた。
>>あとがき
千石v桜乃第2弾です(笑)懲りてませんでしたねワタクシ★っていうか、一人で夢見すぎですって(笑)
まぁ、タオルは返さねばと思ってたんでアレなんですが、ラッキーアイテム『テレホンカード』ってのもちょと笑えますね。今時余り使わないでしょ。っていうか、千石さん携帯持ってるんでしょうかねぇ。中学生だけど、今時の子だし大丈夫だよね★(←子って・笑)
次も書こうか思案中ですわ。又遊びに行こうとか言ってるしなぁ(遠い目)アニメで千石さんも出たし、又夢見るか★同じ画面に居ただけで会話もなかった二人ですがね。
千石v桜乃ってマイナーなんですねぇ(今更)サイトとかあまりみないし、私の周りは桃城v桜乃とか越前v桜乃ですし。一人祭り開催中ですわ。同士求む(笑)まぁ、マイナーで誰も書かないから自分で書くんですけどね★
20020505