*破連汰印*

>>破連汰印

 古代中国武術道場において、年に一度、兄弟子へ試合の申し込みをその印をもって依頼した事に由来する。兄弟子はその印を受け取り、弟弟子の一年の修行の成果を計るという。兄弟子への尊敬を込めたその印を渡すという風習が戦後日本に伝わり、現在のイベントへと変貌を遂げたという説が現在有力である。

『意外!行事の起源!』〜民明書房

 

 そんな本を引用しながら、教官の鬼髭は片手に『破連汰印』と印字をされたチョコを持ち更に熱弁を振るった。
「貴様等一号生は知らんだろうが、その由緒ある伝統はこの男塾に残っている!!年に一度!この『印』を上級生に渡せば、合法的に上級生との決闘・試合が行えるのが今日2月14日なのだ!!」
 男塾での暗黙のルール…それは上級生への絶対服従。その規律を破れば即退学という事もあり得るのだ。閻魔の三号生・鬼の二号生、そして奴隷の一号生とランク付けされるように、一号生の立場は最下級である。
「本日限り『破連汰印』200円!どうだお前等!!」
 大した金も持たない一号生だが、鬼髭の掛け声に有り金を握り締めて殺到する。日々の鬱憤を晴らす唯一の日とあれば乗らない手はない。上級生の中には大した力も持っていないのに威張り散らす輩もいる。そんな連中に一矢報いる気なのだ。例え後日仕返しに来たとしてもそれはその時の話であって、今の彼らには、地面に憎き先輩を這い蹲らせる事しか頭にないと思われる。由緒ある伝統もへったくれもない。

 その様を遠目から眺めていたJに気が付いた虎丸は声をかけた。
「お前ェは買わねェのか?金持ってンだろ?」
 無一文の虎丸と違い、元々アメリカのポリアカにいたJはこの男塾では珍しく授業料も滞納せずに払っているし、仕送りも若干ある数少ない生徒だ。虎丸はこの男相手に返す当てのない借金を膨らませ続けている。
「…随分俺の国とは違う風習のようだ」
「まぁ、コレが男塾流ってやつよ。まぁ、他のヤツは雑魚狙いだろうが、富樫のヤツは松尾から金巻き上げて鼻息荒く赤石の所行ったぜ。やっぱ男なら狙うは筆頭。三号生の敷地に入るのは難儀じゃしのう」
「ふむ…赤石先輩か…」
 嘗てJが日本へやってきた時に一度だけ手合わせしたことがある。時間がなかった事もあり、勝負らしい勝負ではなかったが、腕前は他の二号生では比べ物にならない程上であるのは明白である。折角の機会だということもあり、Jは『破連汰印』を購入することを決めた。

 

 しかしながら二号生とて馬鹿ではない。嘗て自分達も一号生であったのだから、今日が何の日か位は心得ている。腕に自信のないものは引き篭って出てきやしない。一号生は毎年こうやって無駄金を鬼髭の懐へ落として行くのだ。

 そんな中、無論腕に自信があるものはいつも通りの生活を送る。二号生筆頭・赤石もその中の一人である。昼休みという事もあり、赤石は裏庭の木陰で昼寝をしている。午後の授業に出るかは気分次第といった所であろう。
「どりゃ―─!!受け取れや!!赤石先輩!!」
 突然木の上から何か塊が降ってきたので、赤石は緩やかに体を捻り落下物を避けると、愛刀に手をかける。しかし斬り付ける様子はない。誰が降ってきたのか確認せずとも理解出来た為だ。
 先程まで赤石が横たわっていた地面にあるのは、ドスとそれに貫かれた『破連汰印』…どうやら赤石の読み通りの人物らしい。
「…今年の一年坊主はイキがいいな」
「ウッス。手合わせ願います!赤石先輩!!」
 一号生・富樫。筆頭・剣桃太郎と共にその名を馳せる悪餓鬼であると赤石は認識している。しかし、根性だけは筆頭すらも上回る所がある。
「良かろう」
 赤石は愛刀を抜くと富樫と向かい合い構えを取る。それをみると富樫は嬉しそうに口端を上げると、ファイティングポーズをとる。武術をやっていない富樫流喧嘩殺法の構えなのだろう。

 はらりと落ち葉が舞うその一瞬で試合は決した。

「チィ!!」
 赤石の愛刀が富樫のサラシを切り裂いたのだ。後数ミリ深く切り込まれたら内臓をぶちまけて地面へ倒れたであろう。富樫の拳も赤石の肩に当たったものの、肩当への僅かなダメージに止まり、肩を砕くまでには至らなかった。
「これは返しておくぞ」
 地面に刺さったドスから『破連汰印』を引き抜くと、ドスだけ富樫へ投げて渡す。
「お前は武術の型だけでも学んでみると良い。喧嘩殺法よりいくらかマシになる。筋は悪くない」
「ウッス。ごっつあんです。先輩」
 富樫は去り行く赤石の背中を頭を下げて見送るが、僅かに顔を歪める。自分的にはもう少しマシな戦いが出来ると思っていたのだが、無様な結果に終わった。まだまだ強くなれる。まだまだ強くならなければならない。桃に少し格闘技でも教えてもらうか…等と考えながら、富樫はその場を後にした。

 

 赤石は富樫から受け取った破連汰印を眺めながら今年の1号生の威勢の良さに思わず笑いが込み上げる。もしも自分がもう少し仲間に恵まれていたら彼等の様に数々の戦いに身を投じる事が出来ただろうか。そんな事を考えていたのだ。2号生とて悪い奴らではない。しかしどうしても1号生と比べると粒が小さく見えるし、3号生の足元にも及ばないであろう。
 ふと顔を上げるとそこには見覚えのある顔があり、思わず赤石はニヤリと笑う。予想通りの面子が順番に自分の元に来ているのが嬉しくなったのだ。Jと呼ばれる男塾初の留学生はメリケンサックを拳にはめ、赤石の目の前に立っていた。
「男塾流破連汰印自分も参加させて頂きます」
 そう言うとJはメリケンサックに『破連汰印』を突き刺し、その拳を赤石に向かって軽く振る。
「良いだろう」
 赤石はゆっくりとJの方へ歩み寄り、突き出された拳に付けられたメリケンサックから破連汰印を外すと、それを合図に刀に手を掛け後ろへ飛びのき間合いを取る。
 以前Jがこの男塾へ始めてきたとき以来の対決となる。あの時は刀を砕かれたが、決着らしい決着は付けられずうやむやのまま終わってしまった。拳と刀の戦いでは間合い的には刀が圧倒的に有利ではあるが、Jにはその間合いすら無効にするマッハパンチをその拳に秘めている。赤石はJの動きをゆっくりとリスペクトしながら刀を握る手に力を込めた。

 音速を超えるパンチは空を切った。

 一撃必殺のその拳が空を切ったのを知覚すると同時に、Jは体を捻ってその場から離れようとするが、退路をその大きな刀によって絶たれていたのを自覚するのに更に数秒の時間を要した。
 目の前にある赤石の顔を凝視すると、Jは少しだけ笑い頭を下げた。負けを認めたのだろう。あえて有利なリーチの差を利用せずに、Jの得意といわれる接近戦で勝負を挑んできた赤石に完敗したのだ。あと数センチ動けばJの足を切断したであろう刀を赤石は鞘に納めるとゆっくりと口を開く。
「相手が有利な戦術をいつも取るとは限らねェ。あえて相手の土俵に上って勝負をする馬鹿もいる。それが男塾だ」
「押忍!ごっつあんです。先輩!」
 Jは深々と頭を下げると赤石の背中を見送る。2号生筆頭・赤石の強さを十二分に理解できた。来年も又挑む価値はあるとJはゆっくりと思考を巡らせると、新しい技の練習へ向かう。

 

 昼休みも終わりに近づいた頃にその男はやってきた。赤石が待ち続けた1号生筆頭・剣桃太郎。
「中々面白い行事っすね」
「ああ」
 剣は深々と頭を下げるとダンビラをゆっくりと構えた。それに応えるように赤石も己の刀を抜く。お互いにもしも自分がこの男と同じ学年だったら自分は筆頭になれただろうかと時折考える事があった。10回遣り合って10回勝てる相手ではないとお互いに自覚していたし、だからこそ負けられないと思っていた。

 ふわりと剣のハチマキが風にゆれたのを合図にお互いに踏み込む。

 剣のハチマキ断ち切られそのまま地面に落ち、赤石の肩当は砕けて地面に落ちた。
「引き分けですか」
 その結果に少し不服そうな声を上げた剣に向かって赤石は少しだけ笑い、お前の勝ちだと言った。
 切り合いは確かに互角であったが、剣はその最中赤石の学ランのポケットに『破連汰印』を押し込んでいたのだ。スリ顔負けの器用さである。
「それに先輩が気が付いたから引き分けなんスよ」
 破連汰印を手に持った赤石は、そうか、と短く言うとゆっくりと頭を垂れる剣を眺めた。
「押忍!ごっつあんです!先輩!」
「来年も又来い」
 赤石の言葉に剣は少しだけ嬉しそうに笑うと、足元のハチマキを拾い上る。
「次は負けません」
「精進しろ」
「押忍」

 例えば剣が破連汰印を学ランに押し込むという事をしなければ自分の肩は砕かれていたかもしれない。そんな事を考えながら赤石は3つの破連汰印を眺める。虎丸はこの手の行事に興味がなさそうだし、チョコなど人にやるぐらいなら自分で食べてしまうだろう。意外なのは伊達が来なかった事だろうか。マイペースな伊達は態々行事にあやかる事などないかもしれない。戦いたければそのうち勝手に乗り込んで来るだろうし、興味がなければ見向きもしないだろう。
 赤石はゆっくりと目の前の館を見上げる。
 1号生があれだけ張り切ってやってきたのに自分がこの行事に乗らないのも滑稽な様な気がして1つ破連汰印を購入してみた。
 いずれ剣達もこの門をくぐるのだろう。だったら自分は先輩としてこの門を先にくぐっておかねばならない。

 3号生の住まうその館の門を赤石はゆっくりと押し開けた。


>>あとがき

 折角の2月つー事で、バレンタインイベントを書いていました。去年作ったんですが、結局上げずに2月過ぎてしまったので今年に漸くです。長かったよ。伊達とか本当は出したかったんですが、もう収拾付かなくなるので止めました(笑)
 男塾の嘘八百な破連汰印如何でしょうか。自分で考えておきながら、無茶苦茶と思うんですがね。オオアザ先生にこの話をした時には3月にはホワイトデーもやれと云われたんですがねぇ。どんなお返しを赤石先輩はしてくれるんでしょうか。男塾褌でしょうか(笑)

 男塾ではすきすき大好きNO.1の赤石先輩書けて御満悦です。子供の頃は桃が好きだったんですが(無論赤石先輩も好きではありました)年食ったら断然赤石先輩ですよ。巷では伊達の方が人気あるんですかね。ダンディだし。
 取り敢えず又機会があればこんな可笑しな話書きたいです。カップリングはなしで…赤石と桃が仲良いのは先輩後輩として微笑ましいので大好きなんですがね…。

20060205

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