*未開大地*

『パイオニア計画』…それは、母なる大地の衰えにより余儀なくされた大規模な移民計画である。

無人探査機により発見された惑星『ラグオル』に、超長距離惑星間航行用の移民船『パイオニア1』が到着した。
移民団は、周辺調査を行い、生活の拠点となる『セントラルドーム』の建設に乗り出した。

そして7年後、『パイオニア1』からの招聘を受けて、本格的な第二移民船『パイオニア2』が惑星『ラグオル』に訪れる。
衛星軌道上に『パイオニア2』が到着し、『セントラルドーム』との通信回線を開く直前、惑星地表上に大爆発が発生。
『セントラルドーム』との通信は途絶えた。

一体惑星『ラグオル』に何が起こったのだろうか?

***

 ハンターズギルドから帰還した『弟』が何やら神妙な顔付きで依頼書を見ているのを発見し、『ORACLE.00』のコードネームを持つヒューマーは彼の目の前の椅子に座り、弟が顔を上げるのを待った。
 銀色の髪を持ち、額にバンダナという目立つ格好をしている『弟』…コードネーム『ORACLE.03』はヒューマーの兄とは違い職業をフォーマーとしている。その癖、テクニックより武器を持つ方が好きだという変わり者で、兄・オラクルより少し遅れて地表に降りるようになった。元々好き勝手に出歩くのが好きな彼がハンターズギルドに出向くのは珍しい。『サポート』という名の『監視』を行っている総督府が余り好きではないようだ。
「うぉ!!!おったんかいな、兄貴」
 顔を上げたら長い黒髪のヒューマーが視界に入ったので、大袈裟に驚いたような表情を作って見せた。
「何か面白い依頼か?ドリット」
 ドリットと呼ばれた弟は少しだけ笑って依頼書をオラクルに見せる。そこには『1万匹魔物を狩る』という依頼が書かれていた。そして、オラクルの視線が依頼者の名前で止まる。
「…ドノフ・バズ…」
「そや。どっかで聞いた名前やろ?誰やっけ。博識の兄貴は覚えとる?」
 肉体労働専門を豪語するドリットは解らない事があれば直ぐに兄に聞くという癖がついている。無論オラクルもそれを自覚しているからこそ、色々な知識を積極的に吸収している節もあるのだが。
「軍人だよ有名な。フロウエンとゾークに並ぶね。だけど今は隠居してる筈だ」
「なんや、じいさんかいな」
「…まぁ外れてはいないが…引退させたれたってのが本当だな。作戦失敗の責任を取ってって言うのが表向きの話だが、詳しいことは知らない。だから『DBの剣』なんだよ」
 オラクルの言葉の意味を汲み取れなかったドリットは首を傾げて更にオラクルの説明を待った。黙っていれば彼が続きを話してくれると知っているのだ。
「この間お前にやったろ『DBの剣』あれは彼の使っていた剣のレプリカ。名前がイニシャルって事は、余りお偉いさんにとって良い名前じゃないって事だろうよ。僕には解りかねるけどね」
 ふーんと納得したのかしないのか、ドリットは気のない返事をして再び依頼書に視線を送った。そんな元軍人が何故再びラグオルの大地に降り立つ事を望むのだろうか。無論オラクルも同様の興味はあったが、ドリットのとってきた依頼を横取りするのも気が引けた。
「まぁ、俺には関係ないか。兄貴暇ならこの依頼受けてーなや」
「…は?」
「金額は魅惑のゾーンやろ?」
 確かに一理はあるが、正直金に執着する性質でもない。
「…な、行ってや。最近下降りてへんのやろ?」
 そこまでいわれて漸くドリットの考えがよく解った。そう、最近ラグオルに降りていないのだ。とある依頼を受けて以来。いまだに自分的に決着が付いていないのは本当の所だし、『彼等』がこれから何をするのかも解らない。もしかしたらもう会えないかもしれない依頼者達を女々しく待ち続けるのも非生産的なのかもしれないとちらりと考える。

―─博士と遠くに行かなくっちゃいけないんです。

 帰ってくるまでぼんやりしていても仕方ないか。
 そう考えオラクルは腰を上げた。無論、最近気落ちしていた自分を気遣ってのドリットの行動にも感謝して。
「紹介料一割な」
 そう言うとにっこりと微笑んでドリットは兄を見送った。

***

 ドノフ・バズに会うのは初めてであった。無論写真では見たことはあったが、それは彼が現役の時の物で、それ相応に年を重ねているのは明白であった。
「突然だが、わしの命は後30分だ」
「は?」
 依頼者はオラクルの顔を見るなりそんな信じられない事を口にした。無論オラクルはぽかんと口を開けるしか出来ずに、言葉も発せないまま先に行くという依頼者の背中を見送った。
「なんだソレは」
 遺跡が依頼場所であるのは頂けなかったが、本人がそこがよいと言うのなら仕方がないとオラクルは転送装置に向かって歩き出す。そこでよく知った顔を発見して依頼中だというのに声をかけた。
「久しぶりだなオラクル」
 レイマーの男。名前はバーニィ。何度か依頼を一緒にこなした事もあるし、何故か依頼先でバッティングする事が多かった。寧ろ、死んだのだと思ったのはオラクルが以前依頼中に大怪我をした彼を見て以来顔を見ていなかったからだ。
「生きてたのか…良かった」
「しぶといんでね。何だ、依頼か?」
「…まぁね。遺跡に行くよ。時間がないんで相手出来ないのが申し訳ない」
「構わんさ。俺も子守の途中でね」
 バーニィの視線が他所に逸れたのでその視線をオラクルは思わず追う。その先にはまたもや見覚えのあるフォマールが立っていた。
「アリシア?」
 そう、以前ラグオルの生態を調べる為に一緒に地表に降りた女性であった。確か専門は大型動物だったような気がする。何故その人がバーニィと居るのかは解らないが、彼も依頼なのかもしれない。そう思ってあえて何も聞かないことにした。
「…じゃあ僕は行くから。また」
「おう」

 遺跡。
 余りにも苦い思い出の場所。
 正直余り此処に来たくはなかったが、あのフォトン異常の謎を解くことが彼らへ近づく一番の方法の様な気がして何時かは来なければならないと思っていた場所。
「こないかと思ったぞ」
 ドノフの言葉にオラクルは苦笑して、遅くなりましたと素直に謝った。総じて老人は頑固な人間が多いのでこうやって素直にしているのが一番良いと知ってるからだ。
「早速行くぞ!!」
「はい」
 そう言ってオラクルはアギトと呼ばれる刀を握り締めた。残念ながら本物の『オロチアギト』ではなくレプリカの物である。しかしソレを見てドノフは僅かに瞳を細める。
「アギトか。良い趣味をしてるな」
 意味は解らなかったが、酷く昔を懐かしむ様な口調だったのであえて何も言わなかった。

 オラクルとは逆にドノフは大剣を振るう。多少大振りの為、どうしても隙が出来攻撃を食らい易いが、すかさずオラクルが回復テクニックを唱えるので大事には至らない。フォースと一緒に居ればその役割は自然と彼等に行くのだが、共にヒューマーであるならどちらかの役目である。無論、今回は『ドノフの1万匹斬り』が依頼の内容なのでオラクルは徹底的にサポートに回る事になる。
 隠居したと言うのは嘘だったのかの様にドノフは敵を薙倒し先へ進んでゆく。時折厭な咳をするのが気にはなるが、戦いに集中している間は何も言わずにサポートに徹した方が良いと判断してオラクルは回りに注意をしながらドノフの後をついていった。

「…咳…大丈夫ですか?」
 フロアーの敵を一掃し落ち着いた所でオラクルは遠慮がちにドノフに聞いた。無論ドノフは駄目だとは言わないと解っていたが、なんとなく聞いてみたのだ。
「心配するな。まだ時間はある」
「なら良いけど」
 そこで沈黙が起こったので、オラクルは少し困った顔をして先に進みましょうかと促す。
「お前さん…ゾークに憧れてるのか」
「どうして?」
「アギトを使っているからな」
 ドノフの言葉にオラクルはああ、と曖昧な返事をして少しだけ困った顔をした。
「立派な人でしたね。シノさんの心配最後までして…」
 オラクルの言葉にドノフは驚いた顔をしたので、オラクルは首を傾げる。
「僕変なこと言いました?」
「いや…ゾークを見取ったのはお前さんだったのか」
「僕とシノさんですよ。依頼を受けてね…僕もソレまでは名前しか知りませんでしたよ。英雄と謳われていても僕達みたいな一般人は会う機会も少なかったしどんな人かは想像の域を出ませんよ。後は英雄フロウエンに会えれば3大英雄全員に会えた事になるんですが…ソレは叶いませんね」
 少しの時間も惜しいのか、早足にフロアーを移動する2人はぽつぽつと話を始めた。
「わしはただの老兵だよ。戦場で死ぬ事すら出来なかったな」
「僕は軍人じゃないから戦場で死ぬ事には意義を見出せませんがね。それに…僕にはまだ知りたいことがある」
 そう、沢山知りたい事があった。このラグオルの謎、軍部の秘密。依頼を受ける度に重なる不思議な事が山の様にあってまだまだ死ねない。無論再び『彼等』と会うまで死ぬつもりはない。
「謎をね…解きたいんですよ。世界の」
 オラクルの言葉にドノフは渋い顔をした。彼の知りたがっている謎が何なのか理解したからである。そして、その謎を解くには身の危険もあるという事も知っていたのだ。知らなくても良いことは世の中には沢山あるが、彼はその事を説いた所で引き下がらないだろう。穏やかそうに見える気質の中に見え隠れする強い『信念』…アリシアに聞いたとおりの人間だとドノフは感心すると同時に時代の流れを感じた。
 もう嘗ての英雄は自分だけになった。その命もあと僅かである。
 いずれこの世界を引っ張るのは新しい世代なのだろう。
 バーニィ・アッシュ・オラクル…そしてまだ名も知らぬハンター達。
 彼らの先頭に立つはずだった『レッドリング・リコ』が消えた今、誰が時代を作るのだろうか。ソレを考えると今まさに消えうせそうな命の炎が口惜しく思える。見届けたいと思う反面、死ぬならこのラグオルでと決めた自分の『信念』との揺らぎ。
「楽な道ではないぞ」
「…ええ」
 オラクルはその漆黒の瞳を細めて穏やかに笑った。

 

―─ああそうか、貴方は此処で死にたかったんだ。盟友達が散ったこの未開大地で。

 オラクルはドノフの冷たくなった体を抱えてぼんやりとそんな事を考えた。自分には理解できない価値観だと感じながらも納得したのは彼の顔が穏やかだったからであろう。
 目的は達成し、帰路で英雄の命は燃え尽きた。仕組まれたように彼はこの世を去ったのだ。
 どんなに魅惑的な大地だったのだろうか。それともこの大地は人の命を喰らうのだろうか。数多の命が消える大地。
 オラクルは瞳を細めて遺跡の深遠部に視線を送った。多分コソに答えがあると感じ取って。

 ギルドに戻る前に何となく森へ降り立った。
 此処は自分が彼女と出会ったある意味『始まりの場所』
 自分の戦いが始まった瞬間を確認したくて再度此処へやってきたのだ。

 そこで『遺書』を見つけた。

 ゾークは…ドノフはこれを見たのだろうか。
 一番最初にこの大地に降り立ち消えた『英雄』の言葉。

 会った事もない人間の言葉だというのに何故かとても心に染みたのはドノフの魂が逝くのを見届けた後だからだろうか。

 

 多分僕らはこの大地に移住することは叶わないだろう。
 此処は人の魂を喰らい続けた大地なのだから。
 なのにこの大地に憧れるのは、

―─誰かが僕らを呼ぶからだろうか。


>>あとがき

 『隠居ハンター』ベストED記念つー事で書きましたよ。
 初めて依頼受けた時は後30分で死ぬとか言われてめっちゃ引きましたが、結構好きなシナリオです。一番好きなのは『鋼の魂』ですがね。話読んでもらったら解りますが、基本的にスゥ・バーニィルート『鋼の魂』ベストED後って感じです。エルノアちゃんや、博士を懐かしむ辺りでご理解頂けるとは思いますが。
 で、キャラクターはワタクシの使用キャラクターからシフトしました。兄弟だったんですね。しかもドリット関西弁(笑)因みに『ドリット』は『3番目の』って意味ですわ。フルネーム『ドリット=オラクル』なんで、『3番目のオラクル』って意味になりまう(笑)…だって、もちキャラ全部『ORACLE』なんだもん。ヒューマー・オラクルは『ヌル=オラクル』になる訳ですが、かっちょ悪いのと、彼が『オリジナル』の『ORACLE』なんでただのオラクル君になってます。個人的な勝手な設定ですね★

20030914

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