*一日千秋*

「何処に行くの?」
 あかりは先にどんどん進んでゆく三谷の背中を追いながら声を掛けた。放課後にあかりの教室に来た三谷はぶっきらぼうに、行くぞ、と声を掛けただけで後は全く喋らなかったのだ。
 三谷は面倒臭そうに振り返ると、地下へ続く階段を指差した。
 あかりは流石に吃驚したした表情を見せたが、その階段を下りた所にある看板に『碁会場』の文字があったので漸く納得した。
「なんだ。ちゃんと覚えててくれたんだ約束」
 あかりは満面の笑顔を浮かべて三谷の方を見た。彼は相変わらずの無表情だったが、当たり前だろ、とだけ言った。

 バレンタインのお礼に一日だけ碁に付き合ってやる。

 先月の14日に三谷はそう云ってくれたのだ。あかりは又三谷と碁が打てる嬉しさと、約束を覚えてくれていた事で急に上機嫌になった。

 古臭い扉を三谷が開けると、カウンターの老人が愛想よさそうに三谷に話し掛けてきた。多分口調からすると三谷は此処の常連らしいという事はあかりにも解った。三谷が何か話しながら財布を出したのであかりが慌てて自分の財布も出そうとしたが彼はそれを静止した。
「いいよ。俺が払う。先月の礼だし」
「でも」
 あかりが何か言いかけるとカウンターの老人が少し笑って2人に声を掛けた。
「三谷君。今日は代金はいいよ。初めて君が友達を連れてきたんだからね」
 その言葉に僅かに三谷は顔を顰めたが、あかりが能天気に御礼を言ったので何も云わない事にしたらしい。
 時間帯の所為か、元々人が少ないのか碁会場は人の姿もなく好きな台を使って良いよといわれたので2人は一番手前の場所を陣取る事にした。あかりは荷物を降ろすと上機嫌に碁笥に手を伸ばし石の色を確認する。無論あかりが三谷相手に握るのは常に黒石だ。
「学校の友達かい?」
 老人がお茶を持ってあかりに声を掛けたのであかりはそうです!とお茶を受け取りながらにこやかに返事をした。
「囲碁部の友達です」
「俺は囲碁部じゃねぇよ」
 あかりの言葉に三谷は不機嫌そうに返事をしたが、あかりは気にしなかったらしく、じゃぁ、元囲碁部の友達。と微笑んだ。
「前も同じ学校の子が来てたけどな…そう、前髪だけ変な色の小さい子…」
「ヒカルかな?」
「さぁ、名前まではね」
「さっさとはじめるぞ」
「あ、うん」
 急に不機嫌そうになった三谷の様子に首を傾げながらあかりは置石を置いてゆく。
―─厭な事思い出した。
 自分を囲碁部に引っ張っていった進藤と初めてあった日の事。そして、賭け碁に大敗した日の事。結局あの日が拙かったのかもしれない。それからは何だかズルズルと進藤たちに付き合って、結局揉めて今に至る。
「じゃぁ打つよ」
「ああ」
 あかりは慎重に石を置く場所を決めながら少しだけ三谷の表情を伺う。普段から余り機嫌の良さそうな顔はしないのだが、今日は何時にも増して機嫌が悪いように思えた。矢張り無理して付き合ってくれているのだろうか。矢張り囲碁は面白くないのだろうか。
 パチンと乾いた音がしたので三谷は顔を上げて石を握った

「三谷君」
「何?」
「ご免ね」
 中盤まで差し掛かった辺りで急にあかりが声を掛けてきたので驚いて三谷は顔を上げる。そして話の筋が全く解らない事に困惑して石を置こうとした手を止めた。
「無理に付き合ってくれて…ご免。やっぱりもう囲碁面白くない?」
 あかりの言葉に三谷は思わず唇を噛んだ。何か云おうとするが思考ばかり空回りして言葉が巧く出なかった。
 囲碁は嫌いじゃない。いまだに面白い。でも、それを凌駕するつまらない自分の意地とか…自尊心とかそんな物が邪魔をする。
「私ね…囲碁始めたのは…ヒカルが楽しそうに打ってたからなの…」
 それはずっと前から知ってる事だったが、改めて口に出された事に三谷は少しだけ俯いた。
「下手だけど…やっぱり面白くって…沢山打ちたいけど…三谷君迷惑だったなか?私ね、筒井さんとか三谷君とかヒカルが楽しそうで、羨ましくって…」

 ゆっくり息を吐き出し石を握り直す。
 嘘を吐くのは簡単だが、それはあかりに対して失礼だと思った。

「俺は…囲碁が嫌いになった訳じゃない」

 三谷の言葉にあかりは顔を上げる。
「…囲碁部に戻らないは…正直俺にも良く解らない。ただ、今はまだ戻りたくない」

―─進藤ヒカル。

 コイツがつまらない意地の原因な事ぐらいは良く解ってるが、結局そこまで意地を張る理由までは本当に解らないのだ。
 面白くなかった訳じゃない、囲碁部は。
 筒井さんや進藤と一緒に居た時が不快だった訳じゃない。…多分楽しかったからこそ割り切れないのだ。自分の道を選んだ進藤に対して。

「…何時か戻ってきてね。待ってるから」
 あかりは咎めるでも、怒る訳でもなく…優しく微笑んだ。
「あんまり期待するなよ」

 少しだけつまらない意地を捨てても良いと思った。それは後生大事に抱えてる物でもないのだから。進藤は前に進んだ。俺は立ち止まった…目の前のコイツが何時までも立ち止まってしまった俺を待って前に進めない。そうしてるうちに進藤との差は開いてゆく。

―─ご免な。

 アンタが本当に俺を待っているなら尚更悪いけど…もう少しだけ時間が欲しいから。器用じゃないんだよ俺。

「…続けようか三谷君。今日はとことん付き合ってね」
「ああ」

 そう返事をした三谷は少しだけ微笑んだ。


>>あとがき

 三谷→あかりちゃん第3弾!!取り合えずすんまそん。UP死ぬほど遅れたって云うか、生まれて初めてタグうちでSSUPしましたよ。不備とか絶対ある筈なのでほんま見逃してください。
 しかし、三谷君は律義ですねぇ。あかりちゃんとの約束を守って♪可愛いやつめ。っていうか、ちょっと自覚してきました?三谷君(←聞くな)

20020316

*一日千秋(いちじつせんしゅう)>>思慕の情甚だしく、待ち焦がれる事。

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