*百年河清*
囲碁部のポスターが変わった。
正確に勘定している訳ではないので本当の所は如何なのか解らないが、多分一カ月おきに新しいポスターに変わっている。
三谷はそのポスターを見て僅かに瞳を細める。
始めて見た囲碁部のポスターには詰碁が書いてあったので、なんとなくそこに回答を書き込んだ。それがきっかけで進藤に連れられ囲碁部に入ることになった。
そのヒカルは去年の年末に院生となり囲碁部を止めた。
―─無責任な奴。
俺を無理やり囲碁部に入れたのに、手前から勝手に止めていった。それに理由があるのは良く解ってる。あいつが追い続ける好敵手が先にプロになっているからだ。
しかし、
俺は如何すればいい。
「三谷君」
後ろから声を掛けられ、三谷は僅かに渋い顔をした。囲碁部のポスターを眺めている所を見られたくない相手に発見されてしまったのだ。
「なんだよ」
出来るだけそっけない態度を見せ、三谷は声の主を見た。藤崎あかり。進藤ヒカルの幼馴染で、囲碁部の部員。
「はい」
彼女は持っていた袋の中から綺麗にラッピングされた箱を取り出した。三谷は訳も解らず取り敢えず受け取ると、掌サイズのその薄い箱をしげしげと眺めた。
「何これ」
「チョコレートよ。今日はバレンタインだから、囲碁部の皆に配ってるの」
まぁ、要するに義理ね…三谷は少し瞳を細めてその箱を見る。多分筒井や夏目、もしかしたらあの高飛車な将棋部の部長にも配ったのかもしれない。そして…進藤にも。
そこまで考えて、三谷はハッと我に返る。
「俺、囲碁部じゃねぇよ」
「…うん…でも、いつかは戻って来てくれないかなぁって…駄目かな?」
「いらねぇ」
三谷はその箱をあかりに付き返そうとするが、あかりは断固としてそれを拒否した。彼女は顔に似合わず結構頑固な所がある。
「…えっとね、気が向いたらでいいの。又一緒に打ってくれない?」
「…」
どうしてあかりは此処まで囲碁部に拘るのか三谷には解らなかった。…否、解ってるのに目を瞑っている。
―─私は止めない…だってヒカルは碁を止めるわけじゃないんだもの。
正直、何で意地を張っているのか解らなかった。何に腹が立ったのかといわれれば心当りがあり過ぎるような気がするのだ。そしてそれは何時だって進藤絡みで更に腹が立つ。
三谷は結局返せなかった箱を掴む手に僅かに力を入れた。
急に三谷が黙ってしまったので、あかりは少し無理な事を言ってしまったのかと反省してしまう。それでも、囲碁部に戻ってきて欲しかった。又皆で囲碁を打って、大会に出て、頑張りたい。私も頑張ってるって…ヒカルに伝えたかった。
彼が囲碁部を止める時にあった、三谷との揉め具合はあかりも見ていたので良く知っている。多分ヒカルも気にしてるだろう。だから…。
「…俺は囲碁部には戻らない」
何時もと同じ答えにあかりは肩をがっくりと落とす。
「でも…」
「?」
「チョコレートの礼に…アンタと1日だけ打ってやるよ」
それはあかりが予想もしない返答だった。思わずあかりは表情を明るくすると、嬉しそうに頷く。当の三谷は少し面倒臭そうな表情をしていたが、あかりの嬉しそうな顔を見て僅かに表情を緩める。此処まで喜ぶとは思っていなかったのだ。
「有難う!!えっと、何時が都合いい?」
「バレンタインデーのお返しはホワイトデーって決まってるだろ。その日。ただし理科室では打たない」
「え―─」
あかりは僅かに不満そうな顔をしたが、それでも、三谷が碁を打ってくれる気になったのだ、贅沢はいけないと思い直し頷く。きっかけが出来れば彼も囲碁部に帰って来てくれるかもしれないと思ったのだ。
「…3月が楽しみだなぁ。それまでに沢山碁を打って強くなってくるからね!」
あかりはそう言うと、ツバメのように軽やかに身を翻して、教室の中へ消えた。
三谷はその後姿を眺めながら、僅かに苦笑する。何がそんなに嬉しいんだか…そう思いながらが、自分がこんな妥協をしたのにも少々驚いている。
―─やばいなぁ…このままズルズルって事はねぇよな…。
手元に残った箱を軽く爪で弾いて思わず渋い顔をした。
>>あとがき
三谷→あかりちゃん第二弾!!ズルズル行きますよぉ三谷君(笑)
折角のバレンタインって事で、バレンタインネタで行きました。テニ王とかは、まだ2月が来ないので(一体今何月なんだよ・遠い目)ヒカルの碁で★丁度年末にヒカルが院生になって、その翌年の話にしました。あかりちゃん熱心に勧誘。
20020214
*百年河清(ひゃくねんかせい)>>当てもないのに何時までも待つ事。長い間待っても望みが叶わない事。…あかんな、このタイトル(微笑)