*視線邂逅*
―─強い人と打つと早く上達するんだって。
理科室に碁石を打つ音が響く。今日は筒井も進藤も遅れてくるという事なので、三谷があかりの相手をしていた。そんな時にあかりが不意にそんな事を言い出した。
「でも…下手と打つのってつまらないでしょ?」
黒石を打ったあかりは申し訳なさそうに三谷に向かって言った。つい最近碁を覚えたあかりと、昔から碁を打っている三谷との力の差は歴然で、置石を置いてもあかりが勝つことはあまりない。でも、三谷は大差で勝つことはなく、指導碁にも似た無理のない打方で打ってくれる。
暫くの沈黙の後に三谷は、別に…とそっけなく言うと、白石を打った。
「…かえって下手なやつと打つ方が予想もしない手を打つから面白いかな…」
あかりは確かに上達はしているが、今だ三谷が予想しないような手を打ってくる。今まで碁会場の巧い親父たちと打っていた三谷にはそれが結構新鮮に感じる事もある。
あかりが黒石を置いたとたんに、三谷は僅かに眉間に皺を寄せ、先程あかりの打った石を指差す。
「こっちに打たないと、この石が死ぬ」
「あ!」
あかりは驚いたような表情を見せ、それから申し訳なさそうに、石変えて良い?と聞いてくる。
本来囲碁は一度石を打ったら場所を変える事は出来ない。それが一打の重みである。しかし、三谷はいいよ、と言うとあかりが石を移動するのを眺める。
―─自分もこんな時期があったな…。
祖父に碁を教えて貰っていた頃は今とは比べ物にならないほどに下手くそで、石を取られては祖父に待ったをかけた物だ。祖父もこんな気分だったのだろうか。
あかりが次の手を打った時に思わず三谷は碁盤を凝視した。さっきの一手とは比べ物にならにような最良の一手。
「あ?此処駄目だった?」
三谷の手が止まったのを見てあかりは上目遣いに三谷の方を見る。流石に二回連続で石を置き換えるのも悪いと思ったのか、少し気まずそうだっった。
「いや…良い手だ」
そう言うと三谷は白石を少し離れた所の繋ぎに打った。あかりのさっきの一手を殺す事も出来るが、あえてあかりが有利なように打ったのだ。そして碁盤を眺め次の一手を考えあかりの顔を見る。
彼女の打ち方が少しが進藤に似てるような気がした。
石の持ち方とかそんな物ではなく、石の筋の話だ。
巧い人間の碁を見ていると、自然にその人間の好みの打ち方が解る。比較的保守的に打つ筒井や、積極的に攻める自分。そして進藤はあぶなかっしいながらも、全体的にバランス良く打つ。無理に攻めると思いきや、後にその一手が守りの要になっていたりするのだ。
先刻あかりの打った一手は今潰されなければ後に有利に働いてくる。多分あかりはそんな事には気がついていないだろうが。
「結構進藤と打ってるの?」
「…面倒臭がってあんまり打ってくれないんだけどね…でも、打ってくれる時はちゃんと勝負になるように打ってくれるよ」
囲碁を始めた詳しい経緯は聞いてないが、多分進藤がきっかけなのは察しがつく。
「早く上達してヒカルに手加減してもらわなくてもいいようになりたいな。そしたら三谷君ももっと楽しく打てるでしょ?」
「大分頑張らないとな」
「もう!」
三谷が少し笑いながら言ったので、あかりは頬を僅かに膨らませたような顔をして返事をした。
―─進藤か…。
進藤は真っ直ぐ何処か高い場所に向かって上り詰めてる。そんな進藤をあかりはいつでも追っている…多分そんな気がする。例え進藤が後ろを振り向く事がなくても彼女は一生懸命追い続けるのだろうか。
「俺は…」
「?」
「俺は暇な時だったら何時でも相手してやるよ」
碁盤を眺めたまま三谷が言うと、あかりは少し驚いた表情を見せるが、直ぐに嬉しそうに笑うと頷く。
「有難う!頑張るから!」
「あれ?筒井さんまだ来てないの?」
がらりと理科室の扉が開き、進藤が教室の中を覗きこむ。するとあかりは表情を明るくして進藤の方へ走ってゆく。
「うん。今三谷君と打ってたの。代わろうかヒカル」
あかりがそういったので進藤は僅かに思案したような顔をする。すると、進藤の返事を待たずに三谷が口を挟む。
「…後少しで終局だから最後まで打ったら?」
「え?いいの三谷君、ヒカルと打たなくって」
「別に。あんたの方が先に打ってただろ?」
進藤は少し渋い顔をしたが、あかりは嬉しそうに元座っていた椅子に座り直すと、黒い碁石を握って次の一手を打つと、どう?と三谷の方を見て微笑む。
―─対局してる時だけ…か…。
その時だけ彼女は自分の方を見ている。
ならば進藤に譲るのは少し癪だった。こんなに一生懸命に進藤を追っているのに彼は振り向かず進んでゆく。
「終局かな?」
あかりが三谷の方を見ながらいい?と聞きなおすと、三谷が頷いたのを確認し早速整地を始める。
「えっと…やっぱり三谷君の勝ちね」
「相変わらず弱いなぁ」
「これでも強くなったのよ!!」
進藤の言葉にあかりは怒ったような声を出したので、進藤はごめん、ごめんと投げ遣りな返答をする。
気が付けば彼女は進藤の方を向いている。三谷は石を片付けながらそんな事を考えた。
「あ!三谷君又相手してね!」
「…ああ」
ゆっくりと振り向いてあかりが言うと、三谷は少し微笑んで返事をした。
>>あとがき
念願の三谷vあかりです。っていうか、むしろ三谷→あかり(笑)で、あかり→進藤ですね。
個人的にヒカルの碁ではこのカップリング一押しなんですが、これってマイナーですかね(ドキドキ)他はしげ子→和谷とかマイナーの極み推してるんですが、それよりはましかと…。
両思いラブラブは書いてて尻が痒くなるので、片思いとかそんなのが書きやすくって良いですねぇ。で、空回りならなおよし!(笑)
時期としては夏休みに入る前で、海王戦の後ぐらいですかね。三谷君偉く真面目にあかりちゃんの相手してますね。三谷君からあかりちゃんは微妙ぐらいの関係でしょうか。…微妙ってアンタ(笑)
実はこのカップリング思った以上に書きやすいので機会があれば又書きたいなぁと思ってます。賛同者居るかどうか知りませんが(遠い目)いつも通り細々と進めてゆきます。
折角もう直ぐバレンタインだし、それで行きたいなぁ(遠い目)
20020204