*鮮血英雄*

 長い戦いは終わった。
 ルカ・ブライトの恐怖政治も、その後を継いだジョウイの治世も終わった。

 英雄の下に集った108星によって。

 宿星は人の子を集わせ戦いを終焉させたのだ。

 

 2度目の宿星による戦いを終えた晩に彼はいつも通りに石版の場所へ向かった。そこは彼にとっての指定席で、その石版の前で時を過ごすことが多かった。それは実につまらない感傷だったのかもしれない。

 今はその石版に名前を刻まれていない『天魁星』

 トラン解放軍のリーダー『オラクル』

 『魂喰らい』と呼ばれる真の紋章をその手に宿し、108星を束ね、戦いの終焉と共に姿を消した『英雄』

 偶然か、それとも運命か、2度目の戦いの時にふらりと姿を見せた『旧・天魁星』は山奥の村で静かに傷を癒していた。
 親しき者の魂を喰らうその真の紋章は、先の戦いで彼の大切な者達の魂を喰らって行った。戦いに勝利しても消えない傷は残ったのだ。
 石版の前に立つ度に彼の事を思い出すのは、彼と先の戦いの後に別れた時の彼との話の所為だろうか。

 

「悪いねクライブ。結局探し人が見つからなくて」
 天魁星・オラクルは少しだけ微笑んで石版の上から黒尽くめの男、天捷星・クライブを見下ろしていた。詳しくは聞いていないが、クライブは探し人を追っている途中で解放軍に入ったらしい。何度か旅の途中で手がかりを探す為にオラクルがいくつかの町へ立ち寄ったのを覚えている。
 その言葉を聞いてクライブは石版にもたれ掛かりながら、問題ないと無愛想に言った。
「…次はハイランドの方に行ってみるさ。そう易々と見つかるとも思っていなかったしな」
 クライブの言葉にオラクルは僅かに瞳を細めると、冷たい石版を撫でながら口を開く。
「僕も何処か遠い所に行くよ…」
「英雄として残る事を望まれているのに?」
 クライブの言葉にオラクルは少し困ったような顔をして俯く。
「…もう『神託』は僕には降りないよ。それにね、『真の紋章』こそが『災いの種』なんだ。だから…僕は此処にはいれない」
「災いの種か…」
 元々『ソールイーター』を手に入れようとした宮廷魔術師が起こした戦いだった。それが国を巻き込んだ大きな戦いとなったのだ。
 彼は『オラクル』という『神託』の意味を持つ名前に相応しく、解放軍の道標となって戦いを終焉させたのだ。
「父や…テッド、オデッサ…この紋章は災いの種として魂を喰らっていったんだ。…『血塗れの英雄』なんだよ僕は」
「『スプラッタ・ヒーロー』か…」
 クライブはオラクルの表情を伺いながらその黒衣のフードを外す。黄金色の髪が僅かに揺れ余り見えなかった彼の表情が露になる。
 比較的無口な彼だが、オラクルとは気が合ったのか良く話す事が多かったし、オラクルも彼の探し人を見つける為にずっと彼をパーティーにいれ旅をしてきた。長い時間が彼らの距離を縮めていたのかもしれない。
 常にリーダーという立場を自覚し、他人が不安がるようなことは一切せず、父親とて手にかけた彼が見せる僅かな弱さ。グレミオが一時期居なくなった時も戦いを止めるとは言わずに進軍していった彼は誰の目から見ても『救世主』だったのかもしれない。この人なら世界を救えると。神託を宿す彼が居るなら勝てると。周りの期待を一身に受け戦う彼は何を思ったのだろう。魂を喰らい続ける右手の紋章を眺めて絶望しなかったのだろうか。
「…俺にとってはお前が『血塗れの英雄』であっても問題ない。オラクル…お前が災いの種であるのなら、何時だって助けてやるさ。…無駄足を山の様に踏んでくれた詫びにな。…魂喰らいもどうやら俺の魂は必要ないらしいしな」
「有難う」
 オラクルはその黒髪を僅かに揺らせて微笑む。ソウルイーターが誰かの魂を喰らうのなら、『英雄』の称号に相応しく万人に分け隔てなく接すればいいとグレミオが死んだ時にオラクルは判断していた。それは孤独への決断だったのかもしれないがそれでも良かったのだ。『血塗れの英雄』である自分自身への『戒め』でもあったのだから。レックナートの力でグレミオが生き返った後でもその決定は変わらなかった。
 『英雄』として自分自身を祭り上げたがる仲間の中で戦争の結末に直接的に関係のないクライブは幾分その決断に外れる人間だったからこそ今こうやって本音を吐露出来るのかもしれない。
「ソールイーターはずっと僕が持ってるよ…僕がこれを手放す事で誰かが『魂喰らい』の呪いを受けるならば」

 それは『不老』を与える呪いの紋章。
 歴代の継承者はその呪いを受け絶望したのだろう。
 例え『英雄』と祭り上げられても。

「運が良ければ又会おう。…戦場で」
 クライブはフードを深く被りなおし石版に座るオラクルを見上げる。又出会うときは変わらぬ姿で目の前に現れるであろう少年の姿をその脳裏に焼き付けるように。
 老いる事のない『英雄』は永遠の孤独を抱えて幾多の戦場をその瞳に焼き付けるのだろう。

―─お前は…否、真の紋章を持つ者はまるで神がその身を地上に降ろす為の器だな。

 クライブがその姿を闇にかき消す前につぶやいた言葉を聞いてオラクルは少しだけ悲しそうな色を瞳に見せた。

「僕も行くよ…出来る事なら二度と会いたくないけど又めぐり合うんだろうね僕達は…ルック」
 別に姿を潜めていたわけではないが、晒していた訳でもないので名前を呼ばれて天間星・ルックは僅かに驚いた様な表情を見せた。
「…『災いの種』だからね、真の紋章は」
「そうだね。君とて…例外ではないだろう」
 オラクルの言葉にルックは思わず右手を強く握り締めた。彼が知っている筈がないと思いながらも、恐ろしく察しのいい彼が『気が付いた』のカも知れないと僅かに疑う。
「…どういう事?」
 表情を悟られない様にルックは声のトーンを落としてオラクルに言葉を発する。すると彼は少しだけ微笑んで石版の上から飛び降りた。
「レックナート様に仕えてるなら又君が戦場に送られるって事さ。再会するなら戦場だろう」
「そう」
 ルックのそっけない返事にオラクルは少し困った顔をするが、何事も無かったかの様に扉に向かって歩き出す。

―─僕には君の魂は喰らえないよ…数少ない『同胞』だからね。

 すれ違い様に吐かれた言葉にルックは思わず振り返り『同胞』の背中を追う。
「待て!!オラクル!!」
 既に小さくなった彼の姿が立ち止まり此方を向いた。
「知ってたのか」
 立ち止まり、腹が立つほどの穏やかな表情を見せたオラクルは右手をルックの方へ翳す。
「『魂喰らい』がね…」
「…」

―─君は神々の気まぐれにこの身体を差し出す僕を笑うかい?

 自嘲気味に笑うオラクルを眺めてルックはきつく唇を噛み締める。結局『真の紋章』の持ち主は神々の器に過ぎないのかと。

 初めに『闇』があって、それは『涙』を流し『剣』と『盾』が生まれたという。
 嘗て、
 1人だった神はその孤独に耐えかねて『同胞』を増やしたのだ。
 …それは本当に『神』なのか。
 万能であるはずの『神』が孤独を感じるというのか。

 傀儡なのか僕達は。目の前の『英雄』と謳われた少年も含めて。

―─だけど…いつかは断ち切ってみせるよ。この『呪い』を。君の『呪い』を。

 そう言い残し『英雄』は…『同胞』は闇に消えた。

 

 今度の戦いの終焉でも『英雄』は人々に今後の国を背負う事を望まれながらも、その姿を消した。
 彼にそんな事よりもっと大切な約束があったのだと言う。
 大体察しは付く。

 伝説曰く、7日間戦いながら砕けた『盾』は『剣』は結局互いに引き合うのだ。元の姿に戻ろうと。嘗て1つだった自分達の姿を求めて。『完全』だった筈の自分自身を懐かしんで。

―─冗談じゃない。

 傀儡だ。結局踊らされているだけだ。
 『血塗れの英雄』となった彼は泣きながら、血を吐きながら戦った。それすらも神々の定めた『運命』だと言うのか。

 ルックは握り締めた拳を石版に叩き付ける。
 滲んだ赤い血も、鈍い痛みも今の彼にとっては些細な事だった。

―─オラクル、君を殉教者等にはさせやしない。僕も殉教者になるのなんて御免だ。

 身を翻してルックはゆっくりと闇の中へその身をかき消してゆく。

 嘗て戦いが終わった後に姿を消した108星達と同様に。
 嘗て目の前から消えた『英雄』と同様に。


>>あとがき

 とりあえず遥か昔に漫画で描いて忘却だった漫画をSSでリメイクしましたが、今回幻想水滸伝3発売って事もあって、気が付いたら話が変わってたよ(遠い目)まぁ、基本は変わらないです。唯、2の主人公の出番がなくなりましたが(微笑)因みに名前は『オラトリオ』で『聖譚曲』って意味でした。

 今回幻想水滸伝3の『炎の英雄』の名前は『アーク』で『聖櫃』と言う意味にしたんですが、幻想水滸伝自体『真の紋章』自体が災いの種で、人がそれに運命を左右されているという、独断と偏見の判断を下しているのでワタクシ『神様』関連の名前を付けたいみたいです(笑)

 まぁ、こんな漫画を以前描いたのは、矢張り『英雄』ってのがどれだけ周りの所為で出来上がってゆくのかって事を書きたかったんだと思います。で、結局戦いが終われば『英雄』は逆に強すぎる存在として『世界』から孤立するんじゃないかって話。革命家は指導者であって支配者であってはならないって勝手に思ってるんですわワタクシは。強すぎる革命家がその後も頂点に立ち続ければ皆はそれに頼りきって堕落するとか、もしくは不満があれば倒される存在になってしまうとか思うんですよね。極論ですが。

 問題はですね。ワタクシ幻想水滸伝3をまだクリアーしてないって事ですわ(笑)仕事が忙しくってね(遠い目)ぶちゃけた話、弟が先にクリアーしてしまいどんなEDかは知ってるんですが(殴)自分できっちりEDを見てから『彼』の選択についてはSS書きたいと思ってます。だから今回は微妙なぼかし方(微笑)

 ってな訳で、又お目に掛かれればそりゃぁもう奇跡かも(笑)

20020810

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