*慧可断臂*

 復興の街。
 日常が戻りつつある中、城乃内は毎日のように尋ね人の掲示板を眺める。流石に七ヶ月も経つと、諦めた人、見つかった人も出てきて掲示板自体も縮小されていっている。
「……」
 無言で掲示板を眺める城乃内は、僅かに瞳を細めた後にとぼとぼと帰路へついた。
 心の何処かでは疑っていた。けれど諦めきれなかった。
 ヘルヘイムの森の侵攻は、街だけではなく、人の心にも大きな瑕を残していた。


 そんな最中、突如現れたインべス。戦極ドライバーは消失し、ロックシードもない。黒影トルーパーの戦極ドライバーも処分された後の惨事で、打つ手はないのか、と皆項垂れて阪東の店を後にした。しかしながら城乃内は呉島貴虎が戦極ドライバーをもしもの時のために予備を保管しているのではないかと思い、彼の後をつけた。
 呉島貴虎と言う人間は責任感が強い。今もヘルヘイムの森の侵攻から街を守れなかった懺悔のように彼は復興に身を捧げている。そんな彼が、いざという時のために、己一人で戦うことを想定し、ベルトを保管している確率は高いと思ったのだ。ロックシードはもう増やせない為に、恐らく残っていた黒影トルーパーのロックシードだろうと推測すると、城乃内は少し迷った後に、彼の後を追うことを決めた。
 そして、案の定戦極ドライバーを持ってた貴虎から無理矢理それを奪い取ると、城乃内は、薄々気がついていたが、誰も何も言わないので、言い出せなかった事を確認した。

 戦極ドライバーを破壊された初瀬を見捨てたのは自分だった。そして初瀬はいつの間にかいなくなっていた。あの時、一緒に凰蓮の所へ連れて行けば、初瀬はあんな事にならなかったのだろうか。それとも、やっぱり同じ道を辿っただろうか。貴虎に懺悔をしながら城乃内はそんな事を考えていた。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
自分が、アーマードライダーの中で、
一番弱いと言うことを知っている。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
けれど、紘汰も戒斗もいない。
ロックシードも残ってない。
怖い。怖い。怖い。怖い。
ロックシドーはひとつ、
まつぼっくりだけで。
怖い。怖い。怖い。
懺悔は無意味で、
現実は非情で。
怖い。怖い。
けれども、
自分は。
怖い。
否。

 気がつけば凰蓮が目の前に立っており、その表情を見て、城乃内は反射的に、叱られる、と思い身を竦ませた。しかし凰蓮は腕を組んだままじっと城乃内を暫く眺めた後に、手を差し出した。
「それはワテクシに渡しなさい」
「……」
 黙ったまま城乃内が戦極ドライバーを握り締めると、やれやれと言った様に凰蓮はため息をついた。
「メロンの君は負傷中、貴方はへっぴり腰。ワテクシが一番勝率が高いわ」
 凰蓮の言ってることが正しい事ぐらい城乃内には解っていたが、彼は俯き首を小さく振った後に、小声で呟いた。
「初瀬ちゃん……」
 その名に、凰蓮が僅かに反応したのを確認し、城乃内は今にも泣き出しそうな表情を無理矢理笑顔にした。
「やっぱ知ってたんだ」
 毎日掲示板を見に行く自分を見送る凰蓮の表情から薄々感じてはいた。けれど、凰蓮は何も言わなかったし、自分も怖くて聞けなかった。きっと何かを知ってるのだろうが、自分が聞くまで黙っているのだろうと。そしてズルズルと七ヶ月も経ってしまった。
「……俺のせいだから。初瀬ちゃん死んだの。このロックシードは初瀬ちゃんのと同じだからさ……なんつーか、俺なりのケジメっていうの?つけないとさ……」
 ぼそぼそと喋る城乃内を眺め、凰蓮は哀しそうに首を振った。
「坊やのせいじゃないわよ」
「でも!」
「もしも、坊やが戦極ドライバーを失ったとして、力を得るためにヘルヘイムの森の果実を食べた?」
 凰蓮の声は、ただ、穏やかっただ。その質問に城乃内は小さく首を振る。余りにもリスクが高過ぎると。多分そうなった場合は、鎧武かバロン辺りに頭を下げるか、初瀬とまた素知らぬ顔で組んだだろう。もしくはやっぱり凰蓮の所に行ったかもしれない。そう返答した城乃内を眺め、凰蓮は大きく頷いた。
「そう。坊やは同じ立場に立っても果実を食べることを選ばなかったでしょうね。でもその子は力欲しさに、果実を食べることを選んだ。その子が、己の意志で選んだのよ。そしてインべス化と言うツケを払った」
「でも!止めることすら俺はできなかった!」
 初瀬の性格から、追い詰められることだって予想できたはずなのに、自分は己の保身を優先し、凰蓮の所に逃げ込んだのだ。それを城乃内は悔いていた。
「……ムッシュバナーヌとは別の意味で力に溺れたのよ。己の器を知らずに、過度な力を求めての自滅。坊やのせいじゃないわ」
 凰蓮が何度も城乃内のせいではないと繰り返す。その気遣いは嬉しかった。少し心が軽くなった。けれど、城乃内は戦極ドライバーを握りしめて、言葉を零す。
「俺は……弱いし、格好つけだし、口先だけだけど……だけど……せめて残ったアーマードライダーとして、できることしないと」
 貴虎は復興に身を削っている。ザックはダンスで街に活気を与えている。凰蓮は店を再度オープンし、人々に心の潤いを与えている。自分は何もできていないと、城乃内は絞りだすように言葉を放った。
「……本当に責められるのは、戦極ドライバーを一度に回収しなかったユグドラシルの落ち度よ。元を正せば、こんな危ない玩具を何も知らない坊や達に配ったことにあるとワテクシは思ってるわ」
 せめて纏めて回収すれば、アーマードライダーズの戦いは、元の単なるインベスゲームに戻るだけだっただろう。しかし、初瀬だけが脱落した形が良くなかった。焦った彼が力を求めて果実に手を出したのも、仕方ないと凰蓮は思わないでもない。大人の都合で子供を一人自滅に追いやったのだ。
「大人に後始末させなさい」
「それでも、アーマードライダーになるって決めたのは俺自身だから。全部大人のせい、ユグドラシルのせいにするのは簡単だけど、初瀬ちゃんが初瀬ちゃんの選択のツケを払ったんだったら、俺は俺が選択した事に対してツケを払わなくちゃいけないんだと思う」
「……」
「戦わせてよ。勝てないかもしれないけど、怖いけど、そんでも、頑張るよ」
「貴方は戦士じゃないわ」
 その言葉は、城乃内がこの街に残ると決めた時に、凰蓮が彼に吐いた言葉だった。それを聞いて、城乃内は困ったように笑った。
「うん。でも、戦極ドライバーがあるなら、俺はアーマードライダーだから」
 大きく肩を竦め、大袈裟にため息をつくと、凰蓮は仕方ない、と言うように言葉を吐いた。
「危なくなったら逃げなさい。そんでも駄目な時は死んだふりよ。そしたらワテクシが担いで逃げてあげるから」
 凰蓮の言葉に城乃内は目を丸くしたが、戦極ドライバーを握りしめて、大きく頷いた。


 多分最後の変身になるだろう。そう思いながら城乃内は戦極ドライバーを装着する。敵は強いし、二体だ。その上、まつぼっくりのロックシードは使ったことがない。死ぬのは怖いけど、逃げるのはもっと怖い。またどこかで、自分の知らないうちに大事なものがなくなるかもしれない。
「変身!」
 城乃内の声が街に響いた。


 しかしながら現実は非情で、城乃内は完膚なきほどに叩きのめされた。戦極ドライバーを狙われ、変身は解け、身体は思うように動かない。こりゃ駄目だな、大真面目に城乃内はそう考えて、苦笑した。無様だったが、気分は悪くなかった。街のことを考えれば、凰蓮か負傷していても貴虎の方がマシだったのかもしれない。懺悔という名の己のエゴで、最後の戦極ドライバーも駄目にした。
「……はは……情けないな……」
 誰に対して言うわけでもなく、城乃内は言葉を零して、瞳を閉じた。
 しかしながら、城乃内は止めを刺されることはなかった。

 もう一つの戦極ドライバーの存在。
 もう一人の懺悔を抱えた存在。

「ほら!ぼやぼやしてないで!」
 正体不明のアーマードライダーとインベスの相手を龍玄がしている間に、草むらから飛び出してきた凰蓮があっという間に城乃内を担いで再度身を潜ませた。
 本当に自分を担いで逃げたことに城乃内は唖然としたが、それと同時に、泣きたくなるほど安堵した。
「……駄目だった」
「まぁ、坊やにしては上出来でしょ。早く手当しないと」
 凰蓮が城乃内を担いでその場を離れようとしたので、彼は慌ててそれを静止した。
「最後まで見てちゃ駄目……かな?」
「……坊や……」
「ほら!どうせミッチが駄目だら街も駄目だし!どこにいても一緒だしさ!……だから最後まで見てたい」
「仕方ないわね」
 呆れたように凰蓮はその場に留まる事を許可する。そして、漸く城乃内はその場所に貴虎もザックもいることに気がついた。彼等もアーマードライダーの生き残りとして、見届けることを選んだのだろう。
 そして現れた葛葉紘汰。
 街を、世界を救うために人ではなくなったアーマードライダー。
 鎧武、そして龍玄が並び、変身する姿を見て、城乃内は思わず嗚咽を零した。
 己の選択の果てに何もかも失った光実。立ち直れないまま長い時間が過ぎたが、また鎧武と肩を並べて戦っている。そして、それを見て、城乃内は、己は二度と初瀬と肩を並べて戦うことは無いのだということをはっきりと自覚し、光実が羨ましく、自分が情けなく、涙を零した。
 そんな城乃内の頭をぽんぽん、と凰蓮は軽く叩くと、鎧武と龍玄を視界に捉えながら、言葉を放つ。
「坊やは生きてるの。その上、この街にいる。若いんだから何度でもやり直せるわ。失敗して、反省して、それでも前に進んで、人は成長するの」
「はい……」
 ボロボロと泣きながら城乃内は頷いた。強かった戒斗。人を救った紘汰。力を求めた初瀬。彼等はもういない。だから、自分はこの街で、間違えても、失敗しても、格好悪くても、前に進んで行きたかった。いつか、大人になって、子供達が間違えた時に、少しでもいい方向に導けるようにと。
「それじゃ早く怪我を治しなさい。明日から、ビシバシ!行くわよ!」
 今までも十分スパルタだったのに、これ以上か!と思わず突っ込みたくなった城乃内であったが、それが凰蓮なりの慰めなのだと感じ、頷くと笑い、砕けたロックシードを握りしめて、新たな世界へ帰る紘汰を見送った。


師弟コンビイイヨイイヨ。
20140929

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