*全力疾走*
「小春!年賀状届いてるわよ」
そう呼びかけられた少女は母親から年賀状を受け取って軽やかな足取りで自分の部屋へと移動した。王城のアメフト部マネージャーである若菜小春は正月で練習も無いという事で家でのんびりと正月気分を満喫していたのだ。
順番に年賀状を捲ると自然に微笑が浮かぶ。学校の友達やアメフト部の面々からの性格の出る賑やかな年賀状が届いていたのだ。
その中、ふと若菜の手が止まった。しばしその年賀状を凝視していた若菜であったが、我に返り自室の時計の時間を確認すると慌ててコートをクローゼットから引っ張り出し、バタバタと大きな足音を立てて玄関へ走り出した。
時計が指していた時間は10時迄あと少しと言った所であろうか。
そして、放り出された年賀状にはこう書かれていたのだ。
―─元旦10時に学校近くの神社にて待つ。進清十郎
果たし状にも見えるその文章の意図も解らず、若菜は走り出したのだ。
急げば何とか時間までに着けるであろうと思った若菜は全力疾走しながら思考を巡らし、そこで漸く相手が非常識である事に気が付いた。そもそも年賀状が元旦の10時までに着く保障は何処にもないし、現に若菜の家に年賀状が到着したのは10時手前…ギリギリだったのである。進は本当に神社で待っているのだろうかと言う不安が急に彼女の頭を支配しだしたのだ。
悪戯だろうかとも考えたのだが、進の性格上そっちの方があり得ないような気がしたので、迷いによって僅かに緩んだスピードを再度上げる事にした。
人がごった返す学校近くの神社に若菜が到着した時は既に10時を僅かにまわっていた。しかし、若菜の足でこの時間に辿り着けたのは十分過ぎる彼女の努力の賜物で、彼女は乱れた呼吸を整えながらその人込みの中に進を探した。
入り口付近でトレーニングウエアを身に着けた進を発見し、若菜は安堵しながらも恐る恐る進の側に歩み寄る。例え進の呼び出し方法が非常識だと言っても、遅れてしまったのは事実であり、それを気にしての事であった。
「進先輩」
「来たか」
若菜の姿を確認すると、進は表情も変えずに言葉を発した。怒っている訳ではなさそうだが、言葉に詰まった若菜は取り合えず新年の挨拶をする事で何とか会話を続ける事に成功した。
「ああ、おめでとう」
そういうと進は若菜の方を見て少し眉間に皺を寄せた。
「走ってきたのか?」
「え、はい。年賀状が届いたのが先程だったので…遅れて済みません」
そういうと若菜は深々と頭を下げ遅刻を詫びた。その様子に進は少し驚いたような表情を作るが直ぐに言葉を続けた。
「いや、急がせて済まなかった。時間をもう少し遅くすれば良かったのだな」
「あの…いえ…呼び出しなら年賀状より電話の方が確実だと思いますよ先輩」
若菜の言葉に進は少し考え込む。その様子を見て若菜は首を傾げるが、暫くしてとある思考にぶち当たる。
進から電話がかかってきた事が一度もないのだ。そもそも今時持っていない人の方が珍しい携帯電話を進は持っていないし、絶望的な機械オンチの進はこの手の精密機械の扱いに関してはからっきしである。家の比較的頑丈な電話機でなら電話位かけられるであろうと若菜は一瞬だけ考え直したが、ボタンを力一杯押してボタンが戻らなくなり、電話がおかしいとか言い出しそうな気もして若菜は遠い目になる。黒電話なら大丈夫だろうか…そんな事を考えながらふと進の方を見ると、彼は表情を変えずに黙ったままであったが若菜の視線に気が付いたのかゆっくりと口を開いた。
「昨年の暮れ、家の電話が壊れた」
「…そうですか。じゃぁ仕方ないですよね」
余りにも予想通りだったので若菜は苦笑にも似た微笑を浮かべると、それで、何か御用ですか?と進に言葉をかけた。そもそも何か用がなければ元旦早々呼び出す事もないだろうと彼女は判断したのだ。
「うむ。頼みがある」
そういうと進は突然若菜の手を取った。流石に若菜は驚いて思わず顔を赤らめると、上ずった声で言葉を発する。
「あ…あの…先輩?」
「昨年のタイムは3分54秒23だ」
「は?」
そっと進は手を放す。すると若菜の手にはストップウォッチが握らされていたのだ。
「此処の鳥居がスタートでゴールだ。頼んだぞ」
そういうと進は鳥居の下に移動し、若菜もそこに移動するように促した。
「え…と…タイム計れば良いんですか?」
「そうだ」
そういうと、進は若菜のスタートの合図を待つ姿勢に入ったので、若菜は肩を落とし40ヤード走を計るのと同じ段取りで進にスタートの合図を送った。
進が人込みを掻き分け神社へ向かって走ってゆくのを見送りながら、毎年こんな事をしているのだろうかと考えながら晴天の空を仰いだ。
「3分22秒25です」
戻ってきた進が鳥居を越えるのを確認して若菜はストップウォッチを止め時間を読み上げた。そのタイムに進は僅かに満足そうな顔をすると、若菜の方に歩み寄った。
「済まなかったな」
そういうと進はくるりと方向転換をし神社の出口へ歩き出したので若菜もその後をついてゆく。
「これからトレーニングですか?」
「ああ、今日はランニングだけだが」
「頑張ってください。来年も記録縮むと良いですね」
「ああ」
「来年も私来ましょうか?」
「助かる」
そんな会話をしてるうちに神社の出口に着いたので、若菜は少しだけ困ったような顔をして、又部活でといい進を送り出した。
「若菜?」
その直後に背後から声を掛けられ若菜は驚いたように後ろを振り向くとそこには高見と桜庭が立っていた。声をかけた高見は若菜の手の中のストップウォッチを見て笑い出す。
「今年は君だったのか」
「え?」
高見の視線がストップウォッチに向けられているのに気が付いた若菜は微笑を浮かべてええ、と短く返答をした。高見は多分進のこの恒例行事を知っていたのであろう。
「大分タイム縮んだな進…」
桜庭は半ば呆れた様にストップウォッチのタイムを確認すると肩をすくめる。昨年のタイムを知ってる所を見ると、去年は桜庭が付き合ったのだろうか。
「しかし去年は君がストップウォッチを押しそびれて進は2回走ったからな。今年は君を外したんだろうな流石の進も」
高見の言葉に桜庭は不服そうに口元を曲げる。大体あの人込みの中で進を探してストップウォッチを止める事自体無茶な話だと嘗ての自分を弁明するように桜庭が言い出したので、若菜は思わず噴出す。
「去年は桜庭先輩だったんですね」
「ああ、高見さんとね。アメフト部入ってからずっとやってるんだけど、今年は年末進から電話なかったからてっきりやらないんだと思ってたよ」
「電話壊れたみたいです」
「壊したんじゃないか?進が」
若菜の言葉に高見が軽い口調で返答すると、桜庭も同意するように頷く。大体家の電話が壊れるなんて早々ない話で、初めて桜庭が進の家の電話が壊れた話を聞いたときは、機械オンチも此処まで来れば才能だと感心したぐらいである。
「じゃぁ、マネージャーは何で此処にきたの?」
「年賀状に、『元旦10時に学校近くの神社にて待つ』って書いてあったんです。もう、慌てて来たんですよ」
桜庭の質問に若菜は笑いながら答える。理由も何もない果たし状のような年賀状だったと若菜が付け加えたのを聞いて高見は眼鏡を上げながら、それは災難だったねと笑った。
「それじゃぁ、折角だから初詣一緒に行きますか。どうせ進は自分の目的果たしてさっさと帰ったんでしょ」
高見の言葉に若菜は頷くと、嬉しそうに御一緒させてくださいと微笑んだ。
「知ってる?マネージャー。進ってちゃんと賽銭箱にお金投げ入れて帰ってきてるんだよ」
「え?本当ですか?」
桜庭の言葉に驚いた表情を見せた若菜はそれであのタイムなら神業じゃないかと思い、目の前に広がる人込みに視線を馳せた。話をしながら歩いて来たので賽銭箱まで後もう少しだが、人はぎゅうぎゅう詰めで中々前に進まない。
「凄いですね進先輩」
若菜の言葉に高見は微笑む。
漸く賽銭箱に辿り着いた3人は財布から小銭を出すと賽銭箱に放り投げる。若菜が投げたのが15円と中途半端だったのに気が付いた高見は何気なくその理由を聞いた。
「クリスマスボウルに十分なご縁がありますようにって、15円なんです。絶対連れって行って下さいね」
そういうと若菜は優しく微笑んだ。
>>あとがき
新春SS第3弾は誰も予想してなかった進さんの初詣ですよ。ええ、因みに元ネタはオオアザ先生で御座います有難う!!有難う!!流石私と共に『進さんの口説き文句は「いい平目筋だ…ずっと眺めていたい」以外は譲れない!』を主張する仲間だけあって、非常に書いてて楽しかったです。あくまで進さんの初詣で、進v若菜じゃないのがミソ。進と若菜ですよお客様。進さんは好きだけどカップリングは無理だわ…と思い、急遽若菜ちゃんに貧乏くじ引いていただきました。私はどちらかといえば高見v若菜が良いです。
でもって、アイシールド21は好きだけど中々作品を作る機会がなかったので御満悦。少しでも楽しんでいただければと思います。
無事に新春SS企画が旧正月までに終わって良かったです。今後も細々とSS書いていきますので宜しくお願いいたします。
それでは又お目にかかれれば、そりゃぁもう奇跡かも(笑)
20060113