*七夕小話*

「それじゃ、ちょっと孫くんの家の裏山に行って笹毟ってきてくれる?」
 全くもって前後関係が解らず、突然トレーニングルームを訪れたブルマの言葉にベジータはぽかんとする。
「なっ何だ突然!?」
「トランクスが明日お友達と七夕パーティーするのよ。だからちょっと毟ってきてくれる?」
 やれクリスマスだ、誕生日だと何かと行事が好きなおめでたい種族だと思っていたが、まさか自分がパシラされるとは思わず、ベジータは不機嫌そうに眉を歪めた。
「俺は忙しい」
「大丈夫よ、あんたなら孫くんの家まで一瞬じゃないの」
 何が大丈夫なのかベジータがそう考えている間に、ブルマはそう言い残すと、ひらひらと手を振ってトレーニングルームを後にした。
 それを見送ったベジータは、舌打ちをしながら、ブルマを追いかけようと部屋を出る。廊下には既にブルマの姿はなく、恐らく彼女の仕事部屋だろうとベジータは歩調を早める。
「……ベジータちゃんが笹取ってきてくれるんですって。良かったわねトランクスちゃん」
「パパが!?やったー!一杯飾り作ろうよおばあちゃん!」
 ピタリとベジータが足を止めたのは、ブルマの母親の部屋であった。くねくねとした彼女をベジータはどちらかと言えば苦手としており、余り自分から接触はしない。
「そうねー。きっとベジータちゃん立派な笹を持ってきてくれるわよー」
 間延びした口調を聞きながら、ベジータは思わず舌打ちをしたが、僅かに開いた扉の隙間から部屋を覗きこむと、そこには床に座ったトランクスが楽しそうに折り紙を切っている姿が見え、少しだけ考え込んだ後に、ベジータは不機嫌そうな顔をしたままその場を後にした。


「くそったれ!なんで俺がこんな面倒な」
 ぶつぶつと言いながら、面倒なことはさっさと済ませてしまおうと言わんばかりに、ベジータは悟空の家に向かって移動していた。都心部にあるブルマの家からかなり離れた山間部ではあるが、ブルマの言うとおりベジータが本気をだせばそう時間はかからない。
 視界の端に悟空の家を確認した後に、ベジータはその裏山に降り立つ。
 木々が生い茂り、人の手の余り入っていない山。そこまで来てベジータは重要な事に気が付き、思わず空を仰いた。
「どれが笹だ……」
 去年も同じぐらいの時期にトランクスが笹をどこからか毟ってきた筈なのだが、余り興味がなかったためによく思い出せない。辺りを見回してみたが、どれもこれも似たような植物で、段々とベジータはイライラしてくる。
 そんな中、突然後ろから放たれた気弾。
 ベジータは軽く右に避けると、振り返りざまにお返しとばかりに気弾を放った。それが軽く弾き返されたのを確認し、軽く地面を蹴って、相手との距離を詰める。
 相手もそれを承知していたのか、焦ること無くベジータの拳を受け止めた。
 何度かの攻防の後に、双方弾かれるように下がり、漸く緊張した空気を緩めた。
「何の用だ」
 攻撃してきたのがピッコロであると知っていたベジータは、彼の言葉に面倒臭そうに顔を顰めたが、何かと悟飯を甘やかして面倒を見ている彼ならば知っているだろうと、口を開いた。
「笹を取りに来た」
「笹ぁ?」
 流石に面食らったのかピッコロが間の抜けた声を上げると、むっとしたようにベジータは言葉を続けた。
「好きで来ているわけじゃない!ブルマのやつが面倒事を俺に押し付けやがったんだ!」
 尻に敷かれている、とここで言葉を放てば、先程の挨拶とは程遠い本気の殴り合いになるだろうと思ったピッコロはその言葉を飲み込んで、そうか、と踵を返した。
 珍しい顔を見たので少しちょっかいを出しただけで、ピッコロが何かベジータに用事があったわけではない。そのままその場を立ち去ろうとしたピッコロの背中にベジータは言葉をさらに続ける。
「案内しろ」
「なっ……」
 意味がわからないと思わずピッコロは驚いた顔で振り返る。するとベジータは腕を組んだままふんぞり返って、さっさとしろ、と促す。その様子に呆れたようにピッコロは言葉を放った。
「笹とは何だ」
「知らんのか!」
「知らん」
 ピッコロの言葉に、驚いたようにベジータは声を上げる。すると、渋々と言うように言葉を放った。
「俺もよく知らん。トランクスが七夕に使うらしい」
「七夕?アレか?」
 考え込んだピッコロの様子に、ベジータは知っているのか!?と声を上げる。
「笹かどうかは知らんが、悟飯がビーデルの家で七夕パーティーをする用にと、昨日持っていた植物はあった」
「今直ぐ案内しろ!」
 ベジータがせっついてくるので、ピッコロはそんな彼を少し眺めた後にため息をついて、ついてこい、と案内を受けた。ずいぶん丸くなったもんだ、そんな事をぼんやりと考えたのは、彼自身がベジータに殺された事があったからだ。ただ、ブルマに言わせれば、ピッコロも丸くなった、五十歩百歩だと確実に言うであろう。
「ここだ」
「これか?」
 こんなに大きかったか?そんな事をベジータは一瞬考えたが、足元にはまだ数日も経っていないだろう切り口を見つけ、悟飯がこの植物を持っていったというのは嘘ではないと思い、その植物を見上げた。
「……庭でもないと無理か」
「そんなことは知らん。ともかく、悟飯はそれを持っていった」
 ピッコロの言葉を聞いて、ベジータは見栄えのいい物を選ぶと、それを切り倒して軽々と担ぐ。
「……」
 お互いに奇妙な沈黙が降りる。礼を言うのは癪だと思うベジータと、礼などはなっから期待していないピッコロ。
 暫くお互いににらみ合いにも似た時間を過ごしたのち、ベジータはチッ、と舌打ちをすると口を開いた。
「手間かけさせた」
「!?」
 驚いて声を失ったピッコロをおいて、ベジータはそのまま一気に飛翔する。
「……礼……のつもりか?」
 余りにもお粗末な礼であったが、プライドの高いベジータの精一杯だろうと言うことはピッコロでも分かった。
「ぬるま湯とは恐ろしいものだ」
 あの誇り高いサイヤ人の王子がいつしか丸くなっていった。決して牙が抜け落ち、弱くなったわけではない。ただ、彼がプライドより優先させてもいいと思えるものが出来たのだろう。
「あーおじさん!」
 そんな事を考えていると、草むらから脳天気な声が聞こえ、ピッコロは振り返る。
「悟天か」
「うん!」
 悟飯はそうでもなかったが、悟天の外見は悟空によく似ている。素直でいい子の典型的な性格であった悟飯とは少し違って、同世代のトランクスとやんちゃをする影響か、若干我儘な所はあった。
「何をしている」
「笹取りに来たんだ!」
 どうだー!と言わんばかりに、手に持った笹を差し出してきた悟天を見て、ピッコロは目を丸くした。
「笹?」
「笹知らないの?明日は七夕だから飾るんだよ」
「……悟飯が昨日持っていったのは何だ?」
 ピッコロの言葉に悟天はうーん、と唸った後に思い出した様に口を開いた。
「ビーデルさんの所に持っていた竹?」
「……違う植物なのか?」
「兄ちゃんだったら詳しいけど僕解かんない。でも兄ちゃんが持っていったんだったらどっちでもいいんじゃない?」
 脳天気な悟天の言葉に、ピッコロは冷や汗をかく。いや、どう見ても違う植物だろう!と心の中で舌打ちをしながら、しかし自分はとりあえず悟飯の持っていった植物なら知っている、と言っただけだと頭を振る。納得して持っていったのはベジータだと。しかし、知ってしまったからには気になって仕方がなく、ピッコロは悟天に言葉を零した。
「それはどこに生えているんだ」
「こっちだよ」
 悟天に連れられ、茂みをかき分けて奥へ行くと、そこには悟天が持っている植物と同じものが生い茂っていた。
「……」
 やっぱり違う植物ではないか。ピッコロはそう思い顔を顰める。そんな中、悟天はいくつか笹を毟ってピッコロに差し出した。
「はい」
「……?」
「え?笹探してたんじゃないのおじさん」
「いや、俺ではなくベジータが……」
 そこまで言ってピッコロは口を噤んだ。何となく言い難かったのだが、悟天はぱぁっと表情を明るくする。
「トランクスくんの分かな?いいなー、優しいお父さんで」
 脳天気な悟天の言葉に、ピッコロは困ったような、情けないような顔をする。トランクスと仲の良い悟天にしてみれば、面倒見のいい父親に見えるのだろ。いつも修行に付き合ってくれる、たまに遊園地に連れて行ってくれる、そんな話を聞いてどこか羨ましいと思っているのかもしれない。悟空がお世辞にもいい父親と言えないのは、異星人のピッコロでも何となく理解していた。性格はベジータと比べ物にならない程穏やかであるが、逆に、良くも悪くも戦闘民族サイヤ人としての戦闘狂の資質が表に出すぎている。生きていても、死んでいても修行三昧で、子供である悟飯や悟天は、トランクスほどかまってもらってはいないだろう。
「……竹を持って行った」
「兄ちゃんと同じやつ?別にいいんじゃない?大きくて格好いいし」
 子供らしい大雑把な悟天の感想であったが、ピッコロは悟天から笹を受け取った後に、更に笹を毟ると仕方がないと言うようにため息をついた。
「届けてやるか……」
 確かブルマに頼まれてと言っていたような気がしたピッコロは、渋々というようにそう決める。違うものを持っていけば何か不都合があるかもしれない。無論ピッコロの知ったことではないのだが、自分のせいのような気がしていたたまれなかったのだ。
「え!?トランクスくんの所に行くの!?いいな!いいな!僕も行きたい!」
 ぴょこぴょこと飛び上がりながらそういった悟天にピッコロはぎょっとする。
「いや……」
 悟天を連れて行く事が面倒だと思ったのは、決して悟天が嫌いだとか言うことではい。ただ、後で彼の母親にブツブツと言われるのが嫌であるピッコロは言葉を濁す。やれ悟飯ちゃんが不良になったとか、やれ車の免許を悟空さと取りに行けだとか、何かと面倒なことを言うのだ。
「母親が怒るだろう」
「じゃぁ聞いてくる!」
 そう言うと悟天はたたっと走ってその場を後にした。無論そのまま悟天を置いてベジータの所に行くことは可能であったが、ピッコロは結局そこで悟天が戻ってくるのを待っていた。
「おじさんが行き帰り送ってくれるならいいってー!」
 ぶんぶんと手を振って戻ってきた悟天を眺め、ピッコロは諦めたようにため息をつき、悟天に自分の持っていた笹を持たせる。
「落とすなよ」
「うん」
 そう言うと、悟天はぴょいんとピッコロの背中にしがみつく。彼とピッコロでは飛ぶスピードが大分違うので、乗せてもらうつもりなのだろう。それに対して、ピッコロは厭そうな顔はせず、いくぞ、と短く言って舞い上がった。


「別に良かったのにー」
 カプセルコーポレーションの前に降り立ったピッコロを見つけたのは、たまたま玄関に郵便物を取りに来たブルマであった。
「おばさん!トランクスくんは?」
「庭で飾り付けしてるわ。手伝ってくれるかしら?」
「うん!」
 そう言うと、悟天は庭の方にててっと走ってゆく。ピッコロと悟天の持ってきた笹を受け取ったブルマは苦笑しながらピッコロを見上げた。
「竹持って来ちゃった時はビックリしたけど、トランクスが喜んでね。……これも家の中に飾るわ」
「そうか」
 悟天の言うとおりどっちでも良かったのだろう。しかし、ピッコロはピッコロで、厭なもやもやが晴れて精神的にスッキリはしていた。
「あんたも見て行きなさいよ。どうせ悟天くん送って行かないといけないんでしょ?チチさんから電話あったわよー」
 悟天がピッコロと行くことは事前に連絡があったとブルマは言うと、ピッコロを連れて庭へ移動する。
「あ!おじさんも来てたんだ!凄いでしょ!?パパが持ってきてくれたんだ!」
 ベジータはピッコロの手を借りたと言わなかったのだろう、自慢気にそう言うトランクスを眺め、彼はわざわざ言う必要もないと、小さく頷いて竹を見上げた。
 ふよふよと舞空術で浮いて、トランクスと悟天が飾り付けをしている竹。
「何か意味があるのか?」
「さぁ。お願いごとするぐらいじゃ無い?ピッコロも書いてく?」
「いらん」
「悟飯くんが学者さんになれますように、とかでも良いのよ」
 ブルマが笑いながらそう言うと、ピッコロは鼻で笑い口を開いた。
「俺がわざわざ願わんでも、アイツはなるだろうよ」
 その返答にブルマは目を丸くすると、ぷーっと吹き出した。
「なんだ……」
 怪訝そうにブルマをピッコロが眺めるが、彼女は笑いながら口を開いた。
「あっはっは!本当、孫くんよりお父さんねー。うちのベジータには負けるけど!」
 ゲラゲラと笑い出したブルマを眺め、暫し唖然とした顔をしたピッコロであるが、むっとしたような表情を作る。
 ベジータに負けていると言われた事に気分を害したのか、そもそも父親扱いされたのに気分を害したのかブルマには解らなかったが、漸く笑いが収まると、適当に座ってなさいよ、とほてほてと竹の方へ歩いて行った。
「ママ!どう!?どう!?」
「いいんじゃない?ベジータが立派なの持ってきてくれたから飾り付け大変ね」
「大丈夫!悟天もいるからあっという間だよ!」
 トランクスはそう言うと笑ってまた飾りを吊るし始める。
 そんな中、トレーニングルームから出てきたベジータは、ピッコロと悟天がいる事に少しだけ驚いたような顔をしたが、ブルマが側によってきたので、少しだけ眉を上げた。
「なんでアイツが来てる」
「屋外用だけあんたが持って帰ったら、室内用を悟天くんと届けてくれたのよ」
 そう言うと、手に持っていた笹をベジータに見せた。
「室内用もあったのか」
「ピッコロ結構真面目だしねぇ。悟天くんから聞いて初めて知ったみたいだけど」
 そう言うと、ブルマはニコニコと笑う。
「こっちは私達で飾りつけしましょうか」
「お前が勝手にやれ」
 ついっとベジータはそのままトレーニングルームに引っ込んでしまったが、ブルマはそれを見送って笑った。
「ったく、素直じゃないんだから」
 手伝いに来たのに悟天がいたから引き返してしまったのだろう。きっとこの笹もブルマが一人で飾り付けをすれば、貧素だとか、下手くそだとか文句を言いながら手伝うのではないか。そんな事を考えて、ブルマは鼻歌を歌いながら、笹を片手に室内へ入っていった。


超が始まったんで久々に書いてみたんだが、割りとピッコロさんに夢見過ぎ。
pixivに20150707投稿分
20160202

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