*七夕祈願*

 その良太郎は喫茶店で珈琲を入れている姉・愛理を眺め溜息をついた。
 先日桜井と盛大に戦ったリュウタロスが現在デンライナーの中で一人ションボリと隅で座り込んでいるからだ。キンタロスの『強い男に女は惚れる』という偏った知識から愛理の婚約者と思われる桜井を目の敵にし戦いを挑んだものの結局有耶無耶に終わってしまった。そもそもあの桜井侑斗が愛理と婚約していた桜井侑斗かどうかさえ明確に解らないのであるが、リュウタロスはどっちでも良い事であったのだ。
 無論桜井との決闘など良太郎にしてみれば勘弁して欲しい事であったが、リュウタロスのしょぼくれ具合を見てるとなんだか可哀想になってきたので何か元気付ける方法はないかと思案中である。
「良ちゃん元気ないわね。どうしたの?」
 愛理は優しく微笑むと先ほどから溜息をつく良太郎に声をかけた。
「元気ないのは僕じゃないんだ…えっと…友達が元気なくて…どうしたらいいかなぁって」
 言葉を選びながら良太郎は口を開く、契約イマジン達の事は何一つ愛理に話していないし、彼等にも愛理の前で憑依する事は禁じているのだ。基本的にイマジンを自由にしている良太郎が唯一彼らに課した禁ともいえる。
「そうなの。…そうね、じゃぁ、私が元気が出るようにプリン作ってあげる。昔良ちゃんも好きだったでしょ?持って行って食べてもらって」
「え!?あ、普通のプリン?」
 そう良太郎が確認したのは愛理自身が健康マニアで、日々良太郎に怪しげな健康料理を食べさせているからである。身体には良いだろうが総じて味的には中々危険なモノであるのを知っている良太郎は思わずそんな確認を取ってしまったのだ。
「そうよ。美味しく作るからね。今日はお客さんも少ないし待っててね良ちゃん」
 冷蔵庫の中身を確認しながら愛理はそう言うと、早速卵やらを取り出し作業に掛かる。
 子供の頃はよく愛理が作ってくれたプリンの味を思い出した良太郎は穏やかに微笑む。

「はい良ちゃん。一応冷えてると思うけど保冷剤も入れておいたから。スプーンはお友達に借りてね、えっとそれから…」
 バスケットに入ったプリンを手渡しながら愛理は長々と注意事項を伝えたので良太郎は思わず困ったように笑う。過保護なのだ愛理は。親代わりとも存在なので仕方がないとは思うが、自分の年を考えるといささか恥ずかしいようないもする。
「…あと、コレも」
 渡されたのは笹と折り紙であった。何の前触れもない愛理からのお土産に良太郎は首を傾げる。
「お友達と七夕の飾りつくって気分変えてみて。きっと幸運の星が巡って来るから」
 愛理の喫茶店にも大きな笹が飾ってあるが、それにはお客さんが付けていった短冊が沢山ぶら下がっている。愛理はちゃんと確認したことはないのだろうが、良太郎がハナと短冊を見た時は殆どが『愛理さん可愛い!』だった事に共に苦笑したものだ。
「有難う姉さん。行ってくるよ」
「行ってらっしゃい良ちゃん。お友達によろしくね」
 プリンの入った籠と、笹と折り紙の入った紙袋を持って良太郎は店を出ると、デンライナーパスを取り出した。

 

 デンライナーに搭乗するにはぞろ目の時間に扉を開ければ良い。パスを持っているモノはそうやってデンライナーに乗るのだ。いつも通りパスを確認して、良太郎はデンライナーに乗り込むと、食堂車の扉を開いた。
「良太郎!どうしたの?」
 ハナは良太郎に気がつくと驚いたような表情を見せて傍に寄ってきた。イマジンも現れていないし、桜井侑斗も今日のところは何も動いていない。デンライナーに来た理由が解らなかったのだ。
「あ、リュウタロスいるかな?」
 遠慮がちに良太郎が言うとハナは食堂車の片隅で自分の描いた絵をひっそりと眺めているリュウタロスに視線を向ける。帰ってきてからずっとあの様子なのだ。それは何となく良太郎にも予想できたし、自分の身体の中にリュウタロスがいない事もうすうす感じていた。他のイマジンと違って、良太郎の意思とは関係なく身体を乗っ取り、意識もシャットアウト出来ないリュウタロスであるが、アレからずっと離れているような気がしていたのだ。
 良太郎はリュウタロスの傍に行くと、しゃがんでリュウタロスに視線を合わせる。
「リュウタロス。今日はお土産持ってきたんだ」
「…」
 座り込んだままリュウタロスはぷいっと他の方を向いた。多分今は機嫌が悪いのだろう。
「てめ!!!何だよその態度はよぉ!!!」
 今にもリュウタロスに掴みかかりそうなモモタロスを、ウラタロス・キンタロスの両名で強制的に食い止めると、ウタラロスは良太郎に話をするように促す。此処でモモタロスが暴れたら台無しだと判断したのだ。バタバタと暴れるモモタロスを尻目に良太郎は出来るだけ優しく声をかけ言葉を続けた。
「姉さんにね、友達が元気ないんだって言ったらプリン作ってくれたんだ。コレ食べて元気出してもらってって。このプリンは姉さんがリュウタロスの為に作ってくれたんだよ。…一緒に食べよう」
「お姉ちゃんが僕の為に?」
「うん。…プリンじゃ元気でないかも知れないけど、折角だから…」
 そこまで言うとリュウタロスは立ち上がって、食べる、と短く言った。心なしかその声色は嬉しそうであった。
「それじゃぁリュウタ。絵を片付けた方が良いよ。零して汚れると勿体無いしね折角の絵」
 まるで子供に『おやつを食べるなら片付けなさい』と優しく諭す母親の様にウラタロスが言うと、うん、と返事をしリュウタロスはデンライナーの床に散らかした自分の絵纏めて片隅に寄せる。片付けたとは言いがたいが、このまま床に散乱した絵を避けて歩くのは困難だったし、勝手に触ればリュウタロスが怒るという困った状態は回避された。人に便乗して釣るのもテクニックの一つなのだ。
「皆も食べる?沢山姉さん作ってくれたから」
 その言葉に表情を明るくしたのはモモタロスだった。プリンが好物なのだ、早速スプーンをナオミに準備させると、ウキウキと椅子に座りプリンを配布されるのを待っている。こんな時だけ早いんだから…とハナは呆れ顔だったが、それすら目に入らない位であった。
「あ、ナオミさんやオーナーの分もあるんだ。オーナーには後で渡しておいてくれるかな?旗は立てられないと思うけど…」
「了解!!」
 自分の分があると思ってなかったナオミは嬉しそうにへたくそな敬礼をして返事をすると、オーナーの分を冷蔵庫に放り込み、残ったプリンをスプーンと共に配布する。
「お姉ちゃんの手作りプリンだ―─
 機嫌が直ったのか、リュウタロスは嬉しそうにプリンを口に運ぶと、美味しいを連呼する。きっとリュウタロスなら自分の為に作ってくれたのなら愛理の健康食品でも同じ事を言ったに違いない。良太郎の為ではなく、自分の為にと言うのが最大の美味しさのエッセンスであろう。
「ん?何か味おかしくねぇか?」
 怪訝そうな感想を言ったのはモモタロスであった。
「そう?美味しいと思うけど。ねぇリュウタロス」
 ハナは愛理のプリンを食べながら返事をする。この電車で出るプリンとは雲泥の差の正真正銘手作りプリンなのだ。甘さも控えめでしつこくないし、何個でも食べられそうだ。
「そうだよモモタロス!文句言うなら食べるなよ―─!僕のおすそ分けなんだから―─!」
「いつものプリンと味違うじゃねぇか」
「アレだ、本条の見舞い品であったプリンはこんな味だった。茶碗蒸しに似てて俺は好きだが」
 そういったのはいつもは余り口を開かないキンタロスであった。黙々とプリンを食べながらちらりとモモタロスを見る。
「センパイの食べてるプリンは安物のゼラチンプリンですからねぇ。コレは焼きプリンですし、材料も大分違うんですよ」
「何!?材料違うのか!?何でじゃぁ同じプリンなんだよ!おかしいじゃねぇか!!」
 驚いたように言うモモタロスにウラタロスは小さな溜息をつくと、まぁ、説明したら長くなるんですけどね…と良いながらいつも食べているプリンは、ゼラチンで固めたもので、どちらかといえばゼリーに近い事、本来プリンは良太郎が持ってきたこのプリンを指すという事を手短に伝える。
「…でも俺あの甘ったるいのが好きなんだがよぉ…」
 自分の好きなプリンが本当は偽物だといわれしょぼくれたモモタロスの横に、自分のプリンを平らげたリュウタロスが寄って来る。
「僕が食べてあげようか。残すと勿体無いし」
 そう言いながら伸ばしたリュウタロスの手をパチンとモモタロスは叩くと、コレは俺のだ!!!と子供のように怒り出す。ゼラチンプリンの方が好きだが、このプリンも多分気に入ってはいるのだろうと思った良太郎は少し笑うと、元気になって良かったと呟く。

「あと、リュウタロス。コレも姉さんからなんだ」
 取り出したのはもう一つの荷物であった紙袋だった。笹と折り紙が入っている。
「あ、お店に飾ってるのと同じ木だ」
「うん。皆で飾り作ればきっと幸運の星が巡って来るって姉さんが。七夕の飾り作ってみる?」
「作る―─!」
 リュウタロスは早速自分用の鋏やら糊やらを持ち出すと、良太郎の横に座り、飾りの作り方をきく。一応店で巨大な笹の飾りつけは見ているので、大体どうすれば良いのかは理解できている。
「七夕ね。ロマンティックだな愛理さんは。年に一度の逢瀬か」
 鋏で折り紙を切るリュウタロスの横でウラタロスは出来上がった飾りを一つ摘み上げると、笹に括りつけハナに言葉を向ける。
「ハナさんも何かお願い事書いたら?織姫と彦星の気まぐれで叶うかもよ」
「私は…いいわ…」
「飾り作らないなら願い事かいちゃ駄目―─!皆も見てないで手伝ってよ!」
「はいはい」
 肩を僅かにすくめてウラタロスは器用に小さな飾りを作って見せると、リュウタロスはしつこく作り方を聞いてきた。
「あ、熊ちゃんは鋏つかちゃ駄目だよ。僕の鋏壊れるから」
「それじゃ飾りつくれんやんか」
「僕の作ったの飾ってよ」
 不器用の代名詞であるキンタロスに鋏を持たせない選択は賢いにしても、キンタロスは不満げにしてるのを見るときっと作ってみたかったに違いない。
「けっ!アホ臭い!そんなんで願い叶うのかよ」
「そんな事言ってセンパイ。もう短冊に何か書いてる癖に」
「あ!馬鹿!みんな!!!」
 そういったのも遅く、モモタロスがひっそりと書いた短冊をするりと抜き出すとウラタロスはその短冊を読み上げる。
「『プリン食べたい』…センパイ…」
「じゃぁおめぇの願いは何なんだよ『女の子に巡り合いますように』ってのは!!色ボケ亀が!!」
 馬鹿にされたのを感じたのかバシッと勢い良くウラタロスの頭を殴ると、モモタロスは自分の短冊を奪回し、さっさと自分の短冊を笹につるす。
「ハナクソ女は、飾ってやっからだせよ」
「え…でも、お願いないし…」
「何でもええやんか。書いてみぃ」
 困ったような顔をしたハナにキンタロスが促すと、ハナはリュウタロスかたクレヨンを借りて願いを一つ書く。
「『時の運行が守れますように』って…面白くねぇ願いだな」
「プリンのセンパイに言われたくないと思いますよ、ねぇハナさん」
「煩ぇよ!!!」
 ウラタロスに茶化されて腹を立てながらもハナの短冊をモモタロスは飾ってやる。ハナはいつもならモモタロスをぶん殴る所だが、少し困ったように微笑んだだけだった。
 ハナ自身こんなイベントに参加する事も長くなく戸惑っていたのだ。でも良太郎がみんなの為にと企画したので、少しでも手伝えたらと気を取り直し、リュウタロスと一緒に飾りを作ってゆく事にした。
 桜井のゼロライナーの一件以来元気がなっかったハナが少し元気になってくれたようで良太郎は安心する。リュウタロスとハナの為に此処にきたのだから。
「だ―─!!大体熊の『もっと強くなりたい』ってのは何なんだよ!てめぇ、これ以上強くなってバカスカ備品壊したらどうすんだ!」
「プリンに言われたないなぁ」
「プリンプリンうっせぇんだよ!!何願おうが勝手だろう!!」
 人の願いに文句を垂れておきながら、自分の願いは勝手で良いとは随分矛盾した物言いであるが、そんなやり取りが今までどこか沈んでいたデンライナーを明るくする。バタバタ賑やかなデンライナーが良太郎は好きだったのだ。
「リュウタロスは何を書くの?」
「恥ずかしいから見ないでよ」
 覗きこんだ良太郎に一旦そう言うが、他の人には内緒だよとそっと短冊を見せてくれる。

『お姉ちゃんが笑顔でいれますように』

 それは自分が昔願い、今も願う事と同じだったので良太郎は優しくリュウタロスの頭を撫でる。きっと叶うよ。そう自分に言い聞かせるように呟くと、リュウタロスの短冊を笹に括りつける。
 最終的に色合いも飾りも何一つ統合の取れていない七夕の笹の飾りが完成し、リュウタロスが食堂車の片隅にそれを吊り下げてくれた。
「…お姉ちゃんにお礼いいたい」
 ポツリと呟いたリュウタロスの言葉に良太郎は困った顔をした。正直お礼を言いたいというリュウタロスの気持ちは解るし、本当は言わせてあげたい。でも愛理の前に憑依されるのは矢張り困る。
 その様子を察したのか、ウラタロスが紙と鉛筆をリュウタロスにさしだした。
「何亀ちゃん」
「良太郎の友達といてお礼の手紙を書くぐらいは良いんじゃないの?ねぇ?」
「いい?良太郎」
「うん…それぐらいなら…」
 一応愛理には『元気のない友達』がいるという事で話をしたのだ。プリンや笹のお礼ぐらいは良いだろう。一応ハナと相談して、内容の添削だけすることにして、リュウタロスに手紙を書かせてやることにした。

 

「お帰り良ちゃん。お友達元気になった?」
「うん。有難う姉さん。あと、お礼の手紙預かってきた」
 差し出したのは白い封筒に『おねえちゃんへ』と書かれた手紙であった。
「あの、字とかあんまり巧くないんだけど、すっごく喜んでて、どうしても手紙かきたいって…」
 ひらがなオンパレードのその手紙はさぞかし読みにくかっただろうが、その微笑ましい手紙を愛理は読み終えると優しく微笑む。それをみた良太郎は早速リュウタロスのお願い事が叶ったと喜んだ。
「態々有難うって伝えておいて。喜んでくれて嬉しいわ。良ちゃんもお友達も元気になったみたいで」
「うん。又…プリン作ってくれると嬉しいって。ハナさんも美味しいっていってたよ」
「ハナちゃんも?張りきって又作るわね」
 そういう愛理の笑顔はきっとリュウタロスが望んだ『お姉ちゃんの笑顔』だったに違いない。

 

―─一方その頃

 

「侑斗!さぁ、短冊に願いを書いて!飾るから」
「うっせぇんだよデネブ。そんな女々しいイベントできるかよ面倒だし」
 巨大な笹をゼロライナーに設置したデネブは一人でひっそりと飾り付けをし、漸く満足いったのか侑斗に最後の仕上げの短冊を書くようにいったが一瞬で却下される。
「侑斗がそう言うと思って、願い事を準備しておいた」
「はぁ!?」
 デネブが差し出した短冊は既になにやら書かれている。後は飾るだけの状態である所準備万端であるが、問題はその願い事であった。
「『野上と仲良く出来ますように』『友達が出来ますように』…って勝手に望み捏造すんじゃねぇ!!」
 そう言うと桜井は景気良くデネブに体当たりをかまし反動でひっくり返る。
「ああ!侑斗大丈夫か!?」

 ゼロライナーも意外と暇であった。


あとがき

 やっちまった感一杯、夢一杯の仮面ライダー電王SS如何だったでしょうか。
 とりあえず七夕なんでそれにちなんだ話を書きました。前回リュウタの出番なかったので、今回はリュウタ主人公で。まぁ、メインは最後のゼロライナー書きたさに書いたという事でデネブタンなんですがね(笑)
 最近電王検索でいらっしゃる方が多いみたいなので、今後も細々としょぼい小説書けたら良いと思います。桜井の出現で本編が色々重要な流れになってくると思うんですが、二次創作はゆるさ全開でいけたらと思ってます。
 書き続けて気がついたのですが、ウラタロス動かしやすいよ。つい出番が多くなる罠。あの食堂車組みをある意味上手にまとめてるポジションなので良いですね。口調も真似しやすい。
 読んでいただいて少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 それではまたお目にかかれれば、そりゃぁもう奇跡かも(笑)

20070707

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