*掌中之珠*

 奇妙な帽子に下駄というなりをした男は先刻の客の背中を見送りながら僅かに渋い顔を見せた。
「まぁ、なるようにしかならないか」
 彼女が買ったのは義骸と呼ばれる仮の肉体との連結をする固定剤。これを多用するのは非常に良くない。無論客である少女には言ったが全く聞く気はないらしい。

―─貴女が選んだ男が何者か貴女は気が付いてます?そして、何が起こるか。

 男は帽子を深く被り直し僅かに口元を歪めた。厄介な事には間違いない。そして、大きく世界を…無論ソウル・ソサエティも巻き込んで。

 

 

 校舎の屋上で少女は先程買い込んだ品を確認しながら右手を握り締めた。連結が緩い。何よりもおかしいのは『死神』の力が一向に復活する気配が無い事である。
 『黒崎一護』に取り上げられた力はこうやって義骸に入っていれば自然と回復するはずであった。無論そうやってソウル・ソサエティに帰ってきた仲間も沢山いた。それなのに何故…苛立ちを隠せぬ表情で少女は唇を噛み締めた。固定剤とて多用すれば無理が出る。いざ帰る時に義骸からでれなくなった等笑い話にもならない。
―─私は…帰れるのか?否、帰った所で…
「何してンだルキア」
 後ろから声をかけられ少女…ルキアは驚いたように振り返った。そこには派手なオレンジ色の髪をした男…黒崎一護が不機嫌そうに立っていて、手には購買で買ってきたのか昼食が詰まったビニール袋を提げていた。
 既に時刻は昼を過ぎていたようで、ルキアは一護の昼食を見て初めてそれに気が付いた。多分もう購買部に向かっても昼食用のパンは売り切れているのだろう。そんなに空腹感もないし、一食ぐらい抜いても構わないだろうとルキアは考えたが、そんな彼女に一護はサンドイッチを投げて寄越した。ご丁寧に飲み物付きで。
 あっけにとられるルキアを尻目に一護はどかっと彼女がもたれ掛かっていたフェンスの側に座り込み無作法に胡坐をかいて彼女と同じようにフェンスに体重をかける。無論彼の体重位で壊れる程やわな作りはしていないが、さび付いた鉄が僅かに軋む音を立てる。
「…何だよ。いらねェのか?」
 不機嫌そうな顔を更に顰めて一護が声を放つと、ルキアは彼の隣に膝を抱えて座った。
 暫く不自然な沈黙が続く。そんな空間にパンの袋を空けるビニールの擦れる音だけがやけに響いていた。黙々と食物を腹に収め、味も解らないまま手持ちのパンは底を付く。
「…一護」
「なんだ」
 漸くルキアが口を開いたので一護は無愛想ながら返事を返した。最近ルキアが考え込むように一人でいる事は知っていた。だが、あえて理由を聞く事をしなかったのは、いずれ話す気になれば話すだろうと言う楽観的な部分と、自分の知らない事を…世界を抱える彼女が多分『人間』に話す事が出来ない事もあるのであろうと言う部分があった為である。
「私はお前を巻き込んだ」
「は?」
 突然何の前触れも無くルキアが話振ったので一護の脳は適当な返答を探す事が出来ず間抜けな返事を返す羽目になった。
 確かに巻き込まれたという事は事実であるからそれを否定は出来ない。ただ、それが迷惑であるといえば迷惑だが、元はといえば、自分を庇って怪我をした彼女の代わりに『死神家業』を始めた訳である。
 元を掘り返せば自業自得なのかもしれない。

 しかし、

 その所為で護れたモノだってあった。…無論、自分が護らなくても他の名も知らない『死神』が護ったかもしれないモノ。ただ、自分の知るモノが傷付けられる姿を指を咥えて見るよりはマシのような気がする。一護にとっては自分が傷つく事など二の次なのである。
「…別に…お前が気に病む必要はねェだろう」
「…」
 そう、ルキアが気に病む必要はない。自分で決めたのだから。『死神家業』を手伝うと。
「俺がそうしたいと思って『死神』やってンだよ」
 結局その程度の言葉しか吐けない自分自身に苛立ちながら一護は手に持っていた飲料のパックを握りつぶした。
「すまない」
「あやまンな」
 彼女の酷く悲しそうな顔を見て一護は顔を背けた。何て顔してんだよ…と内心呟く。初めて出会ったときの勢いの欠片も感じられない。

『私は…死神だ』

 黒装束に身を包み感情の欠片も映さない瞳を一護に向けた彼女は『人間のふり』を続けている。そんな彼女が『人間』であるのではないのかという錯覚すら最近では感じる。

 一護の錯覚がルキアにとって致命的な事であるのに彼は気が付いていない。
 ルキアはそれに気が付き、もう越えられぬ嘗て自分の暮らした世界との壁に途方に暮れる。

 否、とっくに帰る事など諦めていたのかもしれない。
 長く現世に接触しすぎた。
 長く人間に接触しすぎた。

―─長く一護と居過ぎた。

 それは本来彼女が持つべきではない『愛着』なのかもしれない。
 殺伐とした死神家業の中『不要』とされるモノ。
 それは理解していた。

『死神は全ての霊魂に平等でなければならない』

 自らそう一護に語った筈であるのに、彼女はそれを為す事は今は出来ないのを感じていた。それはある意味『死神失格』である。
 ぎゅっと膝を抱きルキアは顔をそこに埋める。多分審判は近い。もう此処には居られない。
 ルキアがそのまま言葉を発する訳でも無いので一護は顔を顰め黙ったまま彼女の頭に大きな手を置いた。

「止めねェよ。護るって決めたんだ」

 

 

 雨が止んだ気がした。
 又護られた。
 アイツは俺を助ける為に死にに行った。
 昔護れなかった人と、アイツの顔が重なって酷く惨めな気持ちになった。
 護るとアイツに言ったのに。
 俺は一番近いモノすら護れなかった。

 

 

 雨が降り続いている。
 二度と日の元には行けないだろう。
 それでも良かった。
 どうせ死神失格なのなら、

 私は一番護りたい『霊魂』を護って死ぬ事を選ぼう。 


>>あとがき

 突然ブームを巻き起こしたブリーチで、ルキア→一護を一寸書いてみました。っていうか、個人的にはルキアがアイドルなら良し(笑)

20030818

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