*忘却*
「お姉さん今出かけてるよ」
ダグラスが工房を訪れると、何時も部屋の隅で石を磨いている妖精が扉を開けてくれた。
依頼を持ってきたのだが仕方ないと思いながら帰ろうとすると、直ぐに戻ってくると思うからと引き止められ、工房に招き入れられた。
「うわ」
思わずダグラスが声を上げたのは、何時もは2人しか居ない妖精が7人も居たからだ。
「今日は多いな」
「急な依頼が入って皆採取先から呼ばれたんだよ」
妖精…確かポルンと言う名前だったと思うが、その妖精が椅子をもって来てくれたのでそれに座り忙しそうに調合をしているのを眺める。
何気なく部屋を見回したダグラスだが、急に立ち上がると山積みにされた本を本棚に戻してゆく。
「お兄さん?」
ポルンが驚いたようにダグラスの方を向く。
「ああ、散らかってるのが気になる質なんだよ。邪魔はしねぇから」
そう云いながら部屋を片付けてゆく。
…こんなに汚ねぇんじゃ効率も下がりそうだしなぁ…マメに掃除ぐらいすりゃぁいいのに。
本は読み終わったら本棚に戻す。そんな簡単な事すら出来ねぇのか。
しかし、遣り出したら止まらないのが掃除の魔力であり、締め切った窓を開くと同時に掃除は本格的なものとなっていった。
「雑巾はきっちり絞れよ」
「はぁい」
「箒は角から掃いていくんだよ」
「はぁい」
手が空いた妖精から順にダグラスの手伝いを始めたのだ。元々仕事が好きな種族の為にキャッキャと嬉しそうに手伝いをする。
「ほら貸してみろ」
雑巾を絞っていた妖精から雑巾を受け取ると、ダグラスはそれをギュット絞る。
ダバダバとバケツに絞りきれていない水が滴り落ちると妖精から歓声が上がる。
「力あるんだねお兄さん!!」
「ほら、次貸しな」
「はぁい」
既に掃除も終盤、拭き掃除に入った段階で、ダグラスは一列に並んだ妖精の雑巾を順番に絞ってゆく。
テテテと妖精は床を磨き再びダグラスに雑巾を渡す。
床も見違えるように綺麗になり、妖精はポヤンと幸せそうな表情を見せる。
「うわぁ、こんなに綺麗な床を見たの久しぶりだよ」
多分そう云ったのは何時も床に座って作業をしてるポルンかポンカンだと思う。
「おーし。掃除完了!」
すっかりご満悦のダグラスは綺麗になった部屋を見て汗を拭う。
「ありがとーお兄さん!」
ワチャっと妖精がダグラスにかけより礼を言うとダグラスは妖精の頭を撫でる。
「まぁ、お前らが手伝ってくれたからな」
「うん」
嬉しそうにダグラスを見上げる妖精は満面の笑顔を浮かべる。
元々子供が好きなダグラスは思わず表情を緩めると、立ち上がる。
「しっかし、おせぇなぁエリー」
「そうだね。晩御飯遅くなっちゃう」
調合の道具を片付けたポルンが云うと、ダグラスは僅かに表情を曇らせる。
妖精も腹減るのか?だったら掃除して腹減ってるんじゃ…。
そう思いながら妖精たちを見ると、期待に満ちた眼差しが此方を向いていた。
うわぁ。絶対飯作れって云うぞこいつら…。
「わかった。飯作ってやるよ」
期待の眼差しに弱い。ダグラスの言葉を聞いた妖精は歓声を上げダグラスに纏わり付く。
「キッチンの物勝手に使って良いんだな?」
恐らくこの妖精の中でも古株のポルンに確認を取ると、ポルンはいいよーと能天気な返事をした。
「ほれ、水汲んで来い。ポルンは材料の場所教えろ」
適当に妖精に指示を出すと、妖精たちは蜘蛛の子を散すようにわーっと作業に取り掛かった。
「…喰えないもんとかあるのか?」
「ないよー」
ジャガイモの皮をむきながらダグラスが聞くと、ポルンは首を振る。
はぁ、雑食かこいつら。
水汲みが終った妖精などがワチャワチャと側に寄ってくると、珍しそうにダグラスが料理をするようすを眺める。
…やりにくい…。
「あのなぁ、珍しくもねぇだろ料理してるとこなんて」
「珍しいよー。皮がこんなに長く剥けるなんて凄いよーーー」
べらっとダグラスが先刻向いた皮を妖精は持ち上げえらく感動したような眼差しを向けてくる。
「そうだよねぇ、お姉さんが皮剥いたら食べる所少ないしーーー」
エリー…料理巧くないんだなお前…。と僅かに遠い目をしてしまう。
簡単な料理ばかりだが、人数が多い分そう手の込んだものを作る暇はない。
スープの加減を見ながら、ダグラスは妖精にテーブルの準備をするように云う。
そもそも、エリーの工房は調合する部屋しか見たことが無いので何が何処にあるか解らない。
キッチンから見えるリビングにはソファーと本棚しか見当たらない。
ポルンははぁいと可愛らしい返事をすると、部屋の角に立てかけてある板を持ち出し、それを組み立ててゆく。
「何でテーブルだしとかないんだ?そう狭い部屋じゃないだろ?」
何気なく聞くと、皿を出していた何時も青やら赤の水を作っているポンカンが少し呆れたように云う。
「お姉ちゃんテーブル出しっぱなしにすると直ぐ上に物を置くからご飯が食べられなくなるんだよ」
「…あっそう…」
何処まで行ってもだらしがないのが丸解りだぞエリー…もう少し何とかしろよ。
「おーし。出来たぞ」
テーブルに並んだ夕飯を見て妖精は瞳を輝かせる。
「全部食べていいの!?」
「ああ」
「いただきまーす!!」
一斉にスプーンが料理に伸ばされるのを見ながら思わずダグラスは口をぽかんと開ける。
よほど普段侘しい食生活をしてるに違いねぇ。こんなもんで大喜びかよ。
「お兄さん食べないの?」
ポルンに聞かれ漸く我に帰るとダグラスは料理を口に運ぶ。
まぁまぁだな。それが自分の感想だったが、妖精たちは口々に美味しいと言う。
…エリーの料理って食った事ねぇなぁ…。どんなもんかな。
「お姉さんの料理より美味しいね」
何気ない妖精の一言で夢も希望も消え失せる。
…あっそう。俺の方が料理巧いのか。そう云えば裁縫も苦手みたいなこと言ってたし、あいつもしかして錬金術意外何にも出来ねぇんじゃ…。
本当に夢も希望も無い。
まぁ、
その錬金術に打ち込んでるのが良いんだがな…。
考え事をしているうちに料理はすっかり妖精の胃の中に収まり、気が付けばポルンがミスティカティを入れてくれていた。
「はい、お兄さん。ご馳走様でした。ありがとー」
「おう」
片付けは自分でやることが決まっているらしく、妖精は順番に食器を洗っていく。
部屋中にミスティカの香りが漂って気分がよくなる。
「…そう云えば遅いねお姉さん」
ポルンの言葉にダグラスはハッと我に帰る。
しまった!!!そう云えば俺此処に依頼を持ってきたんだっけ!って云うか、何で掃除してチビどもに飯まで食わしてるんだよ!!
当初の目的は忘却の彼方で思わず頭を抱えたくなる。
とりあえずポルンに依頼のメモを渡すと、さっさと帰り支度をする。
掃除に時に邪魔なので脱いでしまった鎧を着けると、妖精たちは露骨にガッカリしたような表情をする。
「えー、もう帰っちゃうの?」
「ああ」
「また来てね!!」
…来るのは良いがまたお前らの飯作るのか俺。って云うか、家政夫かよ。
玄関先まで見送ってくれる妖精の視線を背中に肩を落として帰途につくしかなかった。
***
疲れた。昨日の疲れが抜けやしねぇ。
だらっとした雰囲気で仕事をするわけにはいかないので何とか気力を振り絞り門に立つが昨日の事を思い出すと何だか物悲しい。
すると、視界の端でオレンジ色の布が揺れたのが見えたので其方を向くと予想通りエリーが走って此方へ向かってきた。
「ダグラス!コレ依頼の品!」
「おう」
恐ろしく質のいい爆弾。
こんなものを作る腕を上げるぐらいなら少しは料理を覚えた方が良いんじゃねぇかと心の中で突っ込む。
「あのね。昨日は御免ね居なくて。それでね、掃除とかご飯とか…」
「アレは成り行きだ…」
「私の分も置いといてくれてありがとー。美味しかったよ」
昨日の妖精と同じように瞳を輝かせて云うので思わず苦笑する。
「そうか」
「でね」
「?」
「えっと、妖精さんがね私の御飯美味しくないって言うの。それで、機会があたっら料理教えてもらえないかなぁーって」
エリーの言葉に目を丸くするが、直ぐに笑い出す。
「えーーー。何で笑うのよ!!!」
ぷぅっとエリーが頬を膨らますと、ダグラスは悪いと言いながら何とかこみ上げる笑いを押し殺した。
「…そのうちな」
「うん。妖精さんたちがありがとーって。また来てねって言ってたよ」
そう云いながらエリーは手を振って忙しく走り出した。
多分朝飯を作って妖精達が口々に美味しくないと言ったに違いない。
今まで大して気にしてなかったのだろうが、流石に其処まで言われて料理が下手なままで居るのが悔しかったのだろうか。
「…まぁ、俺より巧くなる事はねぇだろうがな」
>>あとがき
ダグラス工房で家政夫をするの回で御座います。
いやぁ、多分料理も得意だと思うんですよ。掃除とか裁縫得意なぐらいだし。
妖精さんの期待の眼差しに負けてあれこれとやってしまうダグラスに思わず涙が出ます。
子供好きそうだしね。