*審神者の六つ子と疑心暗鬼の刀達 後編*

「先生全然分かりませんでした!」
 元気よく手を上げた十四松を見て、狐はどんな顔をしたらいいのか解らず、思わずおそ松に視線を送る。
 なんやかんやで一月以上が過ぎ、政府に追い出されること無く、毎朝のピンポンダッシュ以外仕事らしい仕事もせず、料理の腕を上げたり、馬の世話をしたり、畑にさつまいもを植えてみたり、掃除をしてみたりとフリーダムに過ごす松野家審神者。
 こんのすけが、少し生活も落ち着いてきたし、鍛刀でもしてみたらどうかと勧めたところ、元気よく、鍛刀ってなんっすか!と聞かれて始まったこんのすけの講義。
 おそ松は眠りこけ、カラ松は鏡を眺め、チョロ松は座っているがメモ用紙は白紙、一松は肘をつき、十四松は笑いっぱなし、トド松はタブレットをいじっているという中、話の区切りで手を上げた十四松。
 一応聞いているという体勢に見えていただけに、こんのすけは項垂れる。
「あー、確かに難しいなぁ」
 チョロ松はそう言うと、メモを取るためにと準備された用紙に図をかきはじめた。
「とりあえず刀というのは一本だけ。その本物の一本に付喪神が宿っている。ここまで大丈夫か十四松」
「ういーす!」
 元気よく返事をした十四松を確認して、チョロ松は更に紙に書き足した。
「でだ。鍛刀と言うのは、その付喪神の一部を呼ぶ為の器……まぁ、身体を作る作業なわけだ」
「まじっすか!」
 依代となる器を作り、本体の付喪神とのリンクを繋ぐ。そして、その器に付喪神の魂の欠片……こんのすけは分霊と言っていたが、それを降ろす。そうして漸く刀剣男士は現界するという。それが審神者の仕事なのだ。
 けれど、本来の付喪神の力を振るうには、作った器では本物より劣るので不可能であり、力は弱くなる。それを補うために練度を重ねて刀剣男士は本来の力を取り戻す。
「あー。パソコンと同期したタブレットってこと?パソコンほどのスペックないから、同じことさせても、どうしても遅くなるし、出来ないこともあるみたいな」
 トド松がタブレットから顔を上げてそう言うと、多分な、とチョロ松は笑った。こんのすけが否定しないので大体あってるのだろうと判断して、彼は紙に図を書きながら十四松に説明を続けた。
「そんで、とりあえず鍛刀した時点では、どの付喪神が降りてくるかは分からない。霊力をもってリンクをした時点で、ある程度器がリンクした付喪神に合わせて形状を変える。で、更に霊力を込めて現界化」
「はい。ただ、資材の配合である程度は絞れます。例えば短刀程度の資材でしたら、大太刀等はまず降りてきませんし、逆も然りです。審神者の中では欲しい刀剣男士を高確率で呼べるように、資材配分について研究している方もいます」
 こんのすけが補足するように言うと、カラ松はへー、と感心したように声を上げた。
「ですので、リンクまででしたら、まだ鍛刀で作った刀は鋼の塊でしかありませんし、器だけの空っぽです。そこに分霊を注ぎこむイメージでしょうか」
「ざっぱーん!」
 無駄な擬音を叫びながら十四松が両手を上げたので、一松は呆れたように彼を眺めた。チョロ松の話を聞いても半分も理解できていないだろうが、楽しそうな十四松。
「あ、でもなんか、敵が落とす刀剣男士っているらしいじゃん。あれは?」
 おそ松が漸く頭を上げて、あくびをしながらこんのすけに確認する。
「そちらは現界した刀剣男士ではなく、リンクをした器です。本丸で審神者が霊力を注いて初めて刀剣男士となります。虎徹兄弟の様に、敵しか今のところ鍛刀出来ない器もありまして……」
「あー、自分たちで出来ないから、敵が製作途中なのをぶんどるとか悪どいねぇ」
 にっしっしとおそ松が意地悪く笑ったので、こんのすけは少しだけ困ったような顔をする。実際、どうあがいても審神者が鍛刀できない器は存在するし、それを敵から巻き上げているというのも違いはない。悪どいと言われるとは思わなかったが。
 資材配分が足りないのか、そもそも資材の種類自体が足りないのかはまだ政府の研究機関でも分かってはいない。
「はいはーい!同じ刀は出来るんですか!?六つ子とか可能ですか!?」
 元気よく十四松が手を上げて質問すると、こんのすけは、可能ですが難しいです、と短く返答した。
「え?何で?」
 驚いたように顔を上げたのは、先程まで図解を書いていたチョロ松で、先に述べられた原理であればリンク自体がランダムなので同じ分霊を引く、と言うことも考えられたのだ。
「リンクまでであればいくらでも同じ器は作れます。けれど、現界する際に一本目より多い霊力が必要になるのです。同時に複数の同刀を現界するのは、審神者に非常に大きな負担がかかるので推奨されていません」
 実際問題難易度は格段に上がる上に、遠征や討伐に同じ刀を同時に二本送り出すのはどういうわけか難しいのである。審神者の作る時空を超える扉をくぐった後に、ほぼ確実に二本目はただの器に戻ってしまうのだ。
 そのことも付け加えてこんのすけは説明をする。
「ですので、余程所有刀剣が少ない場合に複数所持をする審神者もいますが、最終的には二本目は運用しない場合が非常に多いです」
「あー、コスパ悪いのかー。そりゃ、運用方法限られるなら別の刀剣鍛えたほうがいいだろうしなぁ」
 納得したようにチョロ松が言うと、一松は不思議そうに言葉を放った。
「何で遠征とかに出したら二本目は器に戻るの?」
「それもはっきりは解っていません。ただ、通常の刀剣男士であっても、長時間同じ時間軸にいると消失してしまう恐れがありますので、一旦奥地まで行った場合は帰還することが義務付けられています。練度を上げるために一日帰還せずにいた刀剣男士が消失したという事もありましたし」
「……なにそれ怖い」
 半眼になりながら一松が言うと、こんのすけは、理由はよく解っていないのですが、と付け加える。
「フッ……そんなの簡単じゃないか。世界に一本しか刀が無いからだろう?」
「意味わかんねぇよ。死ねクソ松」
 カラ松の言葉に辛辣な返しを一松がしたが、彼は構わず続けた。
「審神者がこの場所で一つのセカイを作っているという事だ。オリジナルの刀剣が一本しかない。それを審神者が己のセカイで再現している。だから、一本目は簡単に再現できても、本来存在しない二本目は難しいってことさ」
「いや、お前の話が難しいよ。全然わかんねぇよ」
 呆れたようにおそ松が言うが、こんのすけは少し考えこんだ様子でカラ松の話を聞いていた。

 要するに概念の問題なのだと。
 実際、付喪神の現界化は、研究所であったり、神社仏閣であったり、審神者の本丸であったりと、霊的に隔離された場所で行ったほうが成功率が高いのだ。そして、どこであっても二本目以降は限界化が難しい。
 ただし、一本目が何らかの理由で消失した場合は、二本目であった刀剣の現界化は嘗ての一本目と同じ難易度になる。
 刀剣男士というのは、審神者の作った擬似世界で、オリジナルを再現したものであり、一本しか存在できないのが普通であると。審神者の霊力の高さによっては二本以降も現界化は可能であるが、それは、本来セカイに存在しないモノを作るという無理が出ているのではないか。
 そして時間を超える刀剣男士は審神者の霊力と繋がり、行きと帰りの扉を潜る。けれど本丸にいる時より繋がりは当然細くなり、二本目以降の刀は、無理矢理現界化しているのもあり、その分霊を繋いでいれないのかもしれない。審神者との繋がりが切れれば、ただの器に戻る。
 長時間の探索や討伐に耐えられないのは、審神者の霊力をもって、ある意味別のセカイに隔離されていた刀剣男士が、その審神者の霊力が薄まることにより、行った先のセカイとまじり、二本目としてセカイによって消失させられる。
 あくまでカラ松の話を聞いてこんのすけが思いついた事であり、根拠はないし、概念的な事が物質的な消失に繋がるという保証もない。
 他にも、検非違使というのは、歴史改変に対するセカイの反射ではないかという説もあった。
 政府軍であろうが、時間遡行軍であろうが、とにかく歴史を変えるものを手当たりしだいに攻撃する存在。
 では正しい歴史とはなんなのだ。検非違使は一体なんの為に存在するのか。
 そして、政府は漸く霊長だけではなく、他の種、最終的には惑星的な長い歴史のスパンで何かしら力を持つ存在を【セカイ】と仮定した。
 それはどう考えても概念的な存在であり、人に知覚出来るものではない。
 けれど、検非違使という確固たる力は持っている、無視できない存在である。
 歴史とは、ある程度ならば自己修復力があるということは研究で判明していた。けれど、時間遡行軍はそれを上回る改変を行い、政府軍はそれを元に戻していく。
 けれど、それすら許さない大いなる存在。
 検非違使が刀剣男士と同じ練度、影の姿で襲ってくるのは、固有の実態を持たず、相手の鏡写しで姿を変えると考えられている。故に反射なのだと。そこに意志も信念も正義もない。

「つまりだな……」
「いや、もういい。すまんカラ松、十四松が飽きてきた」
 更に言葉を続けようとしたカラ松を遮って、おそ松が十四松を指差す。すると彼はいつの間に持ち込んだのか、バットで素振りを始めていた。
 その素振りの音でこんのすけも我に返り、こほん、とわざとらしく咳払いをすると、口を開く。
「ともかく、審神者である以上鍛刀は問題なくできます。そして、この本丸にはまだ呼ばれてない刀剣男士や、嘗ては存在しましたが、今はいない刀剣男士もいます。是非呼んでみてはいかがでしょうか」
「え、そりゃダメだろ」
 吃驚したようにおそ松が言うので、こんのすけは言葉を失う。
「理由を聞いても?」
「だってさ。こんのすけ、お前が体調崩して長期休暇取ったとするぞ?仕事は心配だけど、とりあえず身体治せって上司に言われてる。そんでも仕事が気になるからちょっと職場覗きに行ったら、既に自分のポジションに知らない奴がいて、しかも後輩で、その癖上司と仲良しで、あ、先輩!体調いかがですか!先輩の仕事は僕が引き継でいますから安心していいですよ!とか言われたらどうよ」
「え……それはちょっと……寂しいですというか……何というか」
「はい!一松!お前ならどうよ」
「引きこもるね」
「そうだよ!引きこもるだろ!?やる気ゲージダウンだろ!あ、ここ僕いなくてもいいんだ。必要とされてたのは気のせいだったのかってなるだろ!?確かに不足人員を足すのは悪い選択じゃない。けど、お前の戻る所がなくなったら本末転倒だろ!?」
「はぁ……」
「いや、もう離れの刀剣男士は無理ってことで、ここで新たに刀作って松野家本丸作れってんだったら、それもアリだけど、政府はあいつら復帰させろって言ってんだろ?あいつらの戻る場所なくしてどうするよ!」
 力説するおそ松を眺め、こんのすけは、あぁ、ちゃんと彼らのことを考えていたのか、と己の軽率な助言を恥じた。
「まぁ、僕らは知らないことも多いから助言してくれるのは嬉しいよ。ありがとう」
 フォローするようにトド松が言うと、こんのすけは、はい、と頭を下げて、軽率な発言を詫びる。
「それでは鍛刀に関しては、離れの刀剣男士が復帰した後に改めて……ということで」
 そう締めくくると、こんのすけは審神者のいる部屋を後にした。


「俺の勝ちかな」
「そうじゃな」
 審神者は鍛刀をしない方に賭けた蜂須賀虎徹。そしてすると賭けた陸奥守吉行。
 結局おそ松達は己に隷属する刀剣を増やすことは拒否した。流石に一月も経てば焦れて鍛刀ぐらいするかと思っていた陸奥守は、ボサボサの髪を乱暴にかき混ぜると、じとっと蜂須賀を眺めた。
「なんでそう思ったんじゃ」
「……そうだね。もしもこんのすけが、比較的まともそうな緑色か、単純そうな黄色だけに声をかけたのなら、一振り位は打ったかもしれないけどね。六人いるなら間違いなく多数決で否決だろうし、赤いのが絶対やらないと思ったんだよ」
「赤いのがまとめ役っぽいのは気づいとったが……アレが長男か?」
「多分ね。彼はもう詐欺師の域だしね。まず相手の土俵に上がらないし、自分がしたいようにしかしない。兄弟以外は政府どころかこんのすけすらも信用していない。俺達が契約したとしても、最終的には兄弟を取るよきっと。ヤバくなったら兄弟抱えて逃げるだろうね」
 それは初期の頃に不安がる兄弟におそ松が言っていることであった。
 ヤバくなったら全員担いで逃げてやると。
「彼にとって大事なのは兄弟で、審神者特有の正義感も義務感もない。清々しいほどにね。兄弟のためなら泥だってかぶるし、悪党にだって成り下がる。そんな彼が、仕事をしない、と言ってるんだ。する筈がないよ」
 瞳を細めて笑ったところを見ると、蜂須賀はおそ松に対して呆れたのではなく、寧ろ、その姿勢を評価したのだということが陸奥守にも解った。
 実際、あ、こいつ詐欺師だ、と思ったことは何度も陸奥守もある。
 政府の視察が入った時などもそうだ。

「進捗はよろしくないようですね」
「そりゃそうだよ。何?なんであんなになるまで政府ほっといたの。俺の所には速攻で視察に来たのに?」
「おそ松兄さん!すみませんー。あ、お茶どうぞ」
 政府の視察が入ったのは彼らが来て二週間程たった頃であろうか。
 来客を迎える応接室に視察の人間を通し、対応したのは、おそ松、一松、トド松。正面に座るのはおそ松とトド松で、一松に関しては部屋の隅で体育座りをしている。
 おそ松の言葉に政府の人間はムッとしたような顔をしたが、トド松が勧めるままにお茶に口をつける。言い返さなかったのは、実際長期間この本丸に視察に来なかった為に、前任の審神者の悪行が長く明らかにならなかったからだ。
「……つーか、もうほっといてやれば?人間不信の屑なんだし。俺とおんなじ。ちょっかいかけられるのウザいし」
 ブツブツと小声で文句を言う一松に若干引きながら、政府の人間は小声でトド松に言葉を放った。
「彼は……その、大丈夫なんですか?ここに来て病んでしまったとか……」
 今までもそのような審神者を見てきただけに、警戒したように彼が言うと、トド松は満面の笑みで返答をした。
「一松兄さんはここに来る前からあんなんですから。気にしないで下さい」
「そーそー。だからさ、一松位なら何とか引っ張り出せるんじゃないかなーとか思ってたんだけどさ、まさか一松以上とかねー。本当もっと早く気づいてやれよって感じ」
 ブーブーおそ松が文句を言うと、政府の人間は顔を顰めたが、再度一松に視線を送った。
「何?引きこもり珍しいの?離れに一杯いるけど。見に行く?」
 ブツブツと言う一松の言葉に政府の人間は慌てて首を振った。審神者と契約をしていない刀剣男士は人間も斬れる。視察に来たのに斬られては割にあわないと思ったのだろう。
「でも、政府の方には色々助言貰って参考になってるんですよ。ほら、僕たちは審神者としての才能も経験も他の方に較べて……その、未熟ですし。時間はかかるかもしれませんけど、精一杯やりますから!これからも色々助言してくださいね!」
 キラキラとした笑顔でトド松が言うと、政府の人間は、まともにやる気があるけれど、上手く行っていないとか、若干彼らに同情する。実際、二週間もこの本丸に居座れたのも彼らが初めてであるし、どうも長男はやる気がややなさ気であるが、末っ子に関しては向上心もあるようである。
 余りにも成果が上がらないので、念のためにと様子を見に来たが、部屋の隅の彼の精神状態が通常であるというのならば、彼らは少なくとも刀剣男士の影響を受けて病んでしまったということも無いと判断する。寧ろ、兄弟のうちに引きこもりがいたが故に、それなりに耐性があるのかもしれない、とさえ考えたのだ。
「こんのすけもあれこれ教えてくれるしな。まぁ、もう少し腰据えてやっていい?流石にあの状況をあっという間に現場復帰とか、魔法使わないと無理。絶対無理。お手本見せて。マジで」
 畳み掛けるように言うおそ松を眺め、流石に政府の人間も焦りすぎたか、と嘗てこんのすけから上がってきた例の審神者の報告書を思い出した。虐待の限りをつくし、政府関係者も顔を顰めた惨状。自害に追い込むぐらいならまだ生易しく、仲間同士で斬り合いをさせる、介錯させる、露骨な贔屓をし、刀剣男士同士も疑心暗鬼になる。もしもそんな職場に自分がいたらと思うとぞっとしたのも事実である。
 そんな所に放り込まれて、多少愚痴はいうものの、六人で逃げ出さずに粘って刀剣男士が復帰できるようにとしているのならば、当初の予定通り長めに様子を見てもいいかもしれないと男は考えた。
「……力が足りなくてすみません。何とか六人で出来る限り頑張りますので……」
 しょんぼりした様子で詫びるトド松を眺めて、男は、そうか、では報告だけはマメにするように、と念を押して席を立った。
「あれ!?もう帰るんですか!?お茶菓子持ってきたのに!?」
 丁度部屋に入ってきたチョロ松は、男が帰ろうとしているのに気が付き、慌てたように引き返して、箱を持ってきた。
「これどうぞ!おみやげに!皆さんで食べて下さい」
「いや、こういうものは受け取らない事になっているので」
「いえいえ、コレは本当はお茶菓子に出す予定だったんです!僕がどんくさくて、出しそびれた分なんで……そうですね、ここで食べたことにして、内緒で皆さんでお腹におさめといて下さい」
 グイグイと茶菓子の箱を押し付けるチョロ松に、男は困ったような顔をしたが、確かに運転手や付き添いが車の中で食べてしまえる量だと、結局受け取った。
 ホッとした様な顔をしたチョロ松は、玄関まで送ります、とにこやかに対応し、男を連れて部屋を出て行く。
 それを暫く黙って見ていた三人は、車のエンジンがかかる音を遠くに確認して、すっと立ち上がる。
「いえーい!」
 三人で軽やかにするハイタッチ。
「トッティあざとい!」
「おそ松兄さんがワザと嫌な態度取ってくれたから楽勝だったし!一松兄さんも名演技!」
「……マジで。いつもどおりだし」
「これで暫くは粘れるね!視察とか言い出したからどうしようかと思ったけど、何とかなるもんだね!」
「最悪カラ松に適当に煙に巻かせようと思ったけど、楽勝だったな。いやーチョロいわー」
「え!?終わったの!?俺の出番は!?スタンバってたのに!?」
「ねぇよクソ松」
 隣の部屋で待機していたカラ松が、悔しそうに出てくるを見て一松が吐き捨てるように言う。するとおそ松は、がっとカラ松の肩を抱いて、彼の胸をトントンと軽く叩く。
「俺達兄弟の最終兵器がおいそれと出たら面白く無いだろ?これからも視察やら何やら政府のちょっかいあるんだし、お前の出番もあるって」
 最終兵器と言われ、気を良くしたカラ松は、フッと笑うとサングラスを押し上げる。
「……英雄は遅れてくるっていうしな……今回は兄さんたちに花を持たせ……「おい、一松、十四松呼んでこい」
「うぃーっす」
 折角格好をつけたのに、煽ったおそ松に台詞をぶった切られたカラ松であったが、気にした様子もなく満足そうに青い空を眺め、最終兵器か……と笑った。
「次どうする?また似た感じで小芝居?」
「次はあれだ、質問攻めにしろトド松。こうやってみたんですけど上手く行かなくてー。どうしたら良いか教えて下さいー、って」
 くねくねと身体を捩らせて言うおそ松を見て、トド松は、キモッ、と言った後に更に言葉を続けた。
「最悪。面倒。僕だったら二度と来ない」
「そうそう。何かやる気はあるけど面倒臭そうだなってのがミソな。あんま頻繁に来られても面倒だし。その頃にはこんのすけがもう少し巧いこと丸め込めてりゃ楽なんだけどな」
「そういえば今回なんで同席させなかったの?きっと僕達のフォローしてくれたよ?」
「あいつは良くも悪くも俺達の為にって頑張るからな。俺達のやり方にもう少し慣れてくれりゃいいけど、今のままだと逆に背中から撃たれる」
 バッキューン、と言うウザいしぐさをしたおそ松を半眼でトド松は眺めたが、彼の言いたいことは理解できた。
 早く正常稼働させようと焦っているのは政府だけではなくこんのすけもなのだと。何かと仕事のアドバイスをしようとしたり、なにか手伝うことはないかと言ってきたりとするのだ。
 それ自体はおそ松達の立場を考えてのことなのは分かるが、彼らは政府のプレッシャーに屈するほどやわではない。
 結局今回は、十四松の日課に付き合ってくれと頼んで同席をさせなかったのだ。
「……でも無事かな……十四松兄さん、一松兄さんと同じ加減でぶん回してないかな……」
「全力だと思う」
 いつもは一松は十四松のバットにくくりつけられてぶん回されているのだが、その役をこんのすけにやらせたのだ。
 当然同席するつもりだったこんのすけは渋ったが、でも日課をこなせないと十四松がなぁ……と一同言葉を濁し、日課がこなせないと何が起こるのだ!?とこんのすけの不安を煽ったのだ。無論、十四松はちゃんと言えば日課を休むだろうが、日々奇行しか見ていないこんのすけは結局不安に打ち勝てず引き受けた。
「ただいマッスル!ハッスル!」
 元気よく帰ってきた十四松と一松。そしてフラフラのこんのすけ。
「あれ?戻ったんだ。お疲れこんのすけ」
 丁度チョロ松も戻り、一同応接室に揃う。
「いえ、お役に立てたなら……」
 ふらふらとしながら言うこんのすけを抱き上げると、チョロ松は、油揚げ準備してるから、と颯爽と彼を台所へ拉致って行く。
「おー。鮮やかフォロ松」
「……いや、なにそれ、フォロ松って」
 おそ松の言葉に呆れたように一松が声を上げるが、兄弟内でそれなりに役割分担をしているのは自覚しているので、一松は速攻で打ち合わせもなしにこんのすけの機嫌を取りに行ったチョロ松に感心した。
 憎まれ役はおそ松。フォローはトド松とチョロ松。残りは場面に応じて対応する。
 こうやって今まで六人でやってきたのだ。場所が変わってもやることは変わらない。
「さて、飯にすっか。頼んだぞカラ松」
「任された!」
 そうやって彼らは政府の視察を上手く丸めこみ今に至っている。

「あれは酷かったのぅ」
「そうだね」
 悪質な詐欺師集団を思い出して思わず陸奥守は思わず遠い目をした。
 詐欺師集団の中心的存在はいつでもおそ松で、命令するわけでもなく、されるわけでもなく、彼らは、兄弟の安住の地を守るために一致団結する。個性があって、それぞれ性格も違うのだが、六つ子故に根底には何か繋がる同じものがあるのだろう。
 そんな事を思い出していると、こんのすけの姿を見つけ、珍しく陸奥守が自分から声をかけた。
 それにこんのすけは驚いたような顔をしたが、少しだけ安堵したような表情も見せた。刀剣男士とこんのすけの関係も長く上手く行ってはいなかった。政府側のサポートなのだから仕方ないとはいえ、陸奥守との付き合いも長いだけに、こんのすけは気にしていたのだ。
「……おんし。なんで記憶の再現の話をせんかった」
 けれどその安堵の表情も一瞬で凍りついた。
 記憶の再現とは、同じ本丸で鍛刀された刀が、何らかの理由で消失した自分と同じ刀の記憶を引き継ぐ現象のことを言う。
 霊力の高い審神者の場合に時折起こる現象で、本来ならまっさらな状態で現界するはずの刀が、以前の記憶を持って現界し、実質、練度はまた一から積み直しであるが、審神者との関係は以前の延長となる場合があるのだ。
「松野様達は審神者としての能力が低いので、記憶の再現は恐らく起こらないかと……」
「けんど可能性はゼロじゃないぜよ。最悪引きこもりの刀剣男士を増やすだけになった可能性もある。おんしは助言するなら、その辺も話してやらんと不公平じゃ」
 普段は比較的温和な口調である陸奥守が厳しい口調で言うので、こんのすけは一気に萎れた。
「……それは……」
「まぁ彼らの場合はここの記憶を引き継いだ刀なんてハズレもいいところだろうしね。増やそうと思ったら、敵の落とす器を使うべきだろう」
 本丸で作られた器に比べて、敵の落とす器の場合は記憶の再現率が半分以下なのだ。それを知っている蜂須賀は、そう言い放った後に少しだけ口元をゆるめた。
「……けど、そんな事を知らなかったのに彼らは鍛刀を拒否した。それは評価するけどね」
 その言葉に驚いたのはこんのすけだけではなく、陸奥守もであり、先程から比較的好意的にあの審神者を評価する彼の態度に僅かに眉を上げる。
「好意的じゃの」
「今までの審神者が酷かっただけだよ。今までたっぷり時間はあったし、それなりに彼らを見る機会もあった。俺は俺の価値観で評価してるだけだけどね」
 そう蜂須賀は言うと、こんのすけにちらりと視線を送る。
「何人ぐらい政府からの圧力で潰れたんだい?俺達の脅しに屈した人数より多いだろ?」
 ビクリとこんのすけは小さい肩を震わせて、小さく首を振り返答を拒否する。実際彼らの一番最初の審神者は政府からの圧力で精神的に潰れてしまったのだ。
 その様子に陸奥守は大きくため息をついてこんのすけに言葉を放つ。
「あいつらはそんなもんで潰れるタマじゃないぜよ。過保護は……二の舞いになるき」
 あの時、直ぐに審神者の異変を受け入れて、政府に報告していれば彼女は完全に壊れることも無かったかもしれない。結局変わってしまった審神者を受け入れられずに、陸奥守も、こんのすけも、彼女にだましだまし仕事をさせて取り返しのつかないところまで来てしまった。
 陸奥守の言葉の意味を察して、こんのすけは申し訳無さそうに頭を下げると、トボトボと廊下を歩いて行った。
 それを見送った蜂須賀は、こんのすけに視線を送ったまま言葉を発する。
「さて、賭けの支払いの件だけど頼みを聞いて欲しい」
 表情が見えない蜂須賀の言葉に、陸奥守は少しだけ黙りこんだ後に、首を小さく振った。
「そうじゃの。けんど多分わしはおんしの頼みを聞けん」
「それは困ったね」
 淡々と返答をする蜂須賀に向かって、陸奥守は言葉を重ねる。
「多分わしもおんしと同じことをしたいとおもっちょる」
「……なるほど。ならしかたないね。新選組の連中に頼もうか」
「受けてくれるかのぅ」
 その言葉に蜂須賀は咽喉で笑うと、鮮やかに笑った。
「内紛、たかりは彼らのお家芸じゃないか。少なくともアレは厭とは言わないさ」


 しかめっ面の和泉守は蜂須賀と陸奥守の申し出に心底厭そうな顔をして黙りこむ。
 しかしながら、そんな彼の態度も気にした様子もなく、蜂須賀は口を開いた。
「いざという時だよ」
「ふざけんな。大体てめぇらが人身御供になる必要なんざねぇよ」
 審神者と契約し、遠征で資材をかき集めて仲間を修復するという計画。
 遠征や討伐に行くのならば審神者との契約は不可欠であるが、修復だけであれば、審神者に修理場の扉を開けて貰うだけで契約無しで出来るのだ。後は資材さえあればいい。
 彼らが今まで負傷したままであったのは、資材がなかったのもあるが、扉を開けることが出来なかったためである。本丸の各所は、審神者のみにしか開けられない場所が存在するのだ。
「人間の力を借りるのは嫌だと言う仲間もいるけど、俺達がかき集めた資材で修復する分にはいいだろう?」
「詭弁だ、蜂須賀。そもそも、てめぇらが契約した後にあいつらが変わるって可能性だって捨てきれねぇ」
「だから頼んでるんだよ。いざというときは俺達の首を落としてくれって」
 大したことでないように蜂須賀は言うが、和泉守は相変わらず厭そうな顔を崩さない。新選組の面々であれば、蜂須賀と陸奥守を倒す事も出来るだろう。けれど、長い付き合いの上、彼等は今まで仲間のために骨を折っているのだ。切り捨てろと言われて、はいそうですかとは言い難い。
「……なに、内紛、たかりはお家芸だろう?厭とは言わないよな、長曽祢虎徹」
「心配するな。俺が綺麗に落としてやる」
「長曽祢!」
 蜂須賀の言葉への返答に長曽祢がそう答えると、加州は悲鳴のように声を上げた。いつも彼は泥をかぶる。弟の首を落とすなどやらせるわけにはいかない。そう思ったのだろう、和泉守に彼は伺うように視線を送った。
「お前たちがやらないなら俺が引き受ける。仲間殺しは慣れてる」
 そう言葉を発したのは、最近審神者の朝の突撃を知ってここに来るようになった同田貫正国であった。交代で審神者に一撃だけお見舞いするというという日課に混ぜろとやってきたのだ。
「同田貫。すまんぜよ」
「……今更だ。散々自分を折ってきた。一緒に背負ってやる」
 本来二本目以降の現界が難しい刀剣男士であるが、同田貫はその事例の例外であった。
 そもそも同田貫と言うのは、肥後刀工の一群が打った刀の総称であり何本も存在する。そのために複数本の現界が比較的簡単であったのだ。それに気がついた審神者が、何本も現界させ、互いに殺し合いをさせ、残ったのが彼であった。
 どちらかと言えば一匹狼気質で、特別に仲が良い刀剣がいたわけではない。ただ、戦場に出るのは好んでおり、よく陸奥守を手伝って討伐に出ていた。
 そんな同田貫が蜂須賀と陸奥守の申し出を受けるという。
「あー!くそ!引き受けてやる!どうなっても知らねぇからな!長曽祢と同田貫だけに押し付ける訳には行かねぇだろ!」
 ヤケクソのように和泉守が言うと、陸奥守は、安心したように笑って口を開いた。
「すまんが頼むぜよ。なんせわしと蜂須賀は練度が高すぎて他のもんにはなかなか頼めんが」
「自慢かよ!」
 舌打ちしながら和泉守は吐き捨て、ちらりと蜂須賀の表情を伺った。
 陸奥守はいずれ仲間のためにそんな事を言い出すのではないかと思っていたが、蜂須賀が申し出てきたのが意外だったのだ。
「……信用してんのか、あの審神者を」
「これは商売的な契約じゃ。お互いの利益の為に共闘する……ちゅぅんか?」
 口を開いたのは陸奥守の方で、和泉守は呆れたように彼を眺めた。嘗ての彼の持ち主であった坂本龍馬は、新選組の宿敵とも言える薩長同盟を利益を餌に成立させた。陸奥守もその感覚があるのだろう。
「そんでも、契約は契約。奴らに隷属することになる」
「……そうじゃの。まぁ、寧ろ、あの審神者に仕事させるほうがホネぜよ。扉を開ける程度のことはしてくれるとおもうんじゃが」
 え?そんなことも厭なの?あの審神者。そんな空気が流れている中、蜂須賀は咽喉で笑った。
「俺は仕事をしないという意味では信用してるよ。彼等はまともに仕事をするぐらいならさっさとこの本丸を逃げ出すね。けど今のところは政府から金を引き出すために粘ってる。その間に出来るだけ仲間の修復をしてしまったほうがいい。次に来る審神者がマトモとは限らないからね」
「いや、既に今の審神者マトモじゃないし。仕事嫌いにも程があるし」
 呆れたように加州が言うと、蜂須賀は、それもそうだ、と瞳を細めて笑った。
「話は終わりか?」
 同田貫が言葉を放ったので、陸奥守は首を傾げて、そうじゃが……と言う。すると同田貫は、ちらりと縁側へ続く障子に視線を送った。
「だそうだ。入れよ」
 話に夢中になってしまい、外に誰かがいることに気が付かなかったのだろう。驚いたように一同はそちらに視線を送った。
 そしてそこにいたのは次郎太刀と小夜左文字。
「……ごめん」
「いや、気が付かなくてすまんかった。なんじゃ?」
 小さな小夜の声を拾って陸奥守が返事をしたが、肝心の小夜は俯いたまま言葉を発しなかった。暫く待っては見たが、焦れた陸奥守は次郎太刀の方へ視線を送る。
「アタシから言っていい?」
 その言葉に小夜は小さく頷く。
「簡単にいえば、アタシと小夜も一口噛ませてって話」
「はぁ!?」
 和泉守だけではなく、他の面々も思わずそう声を上げた。
「一口ってのはどっちだ?」
「陸奥守の方。兄貴の修復資材集めたいからそろそろ契約したいなーって思ってた。小夜も大体同じ」
 長曽祢の言葉にあっけらかんと次郎太刀が答えると、大和守は僅かに眉を潜め、陸奥守と蜂須賀に任せたら?と声を放った。
「うーん。まぁ、二人が言い出さなくても、アタシの番だし契約はしようと思ってた」
「自分の番?」
 怪訝そうな大和守の言葉に次郎太刀は笑う。
「そ。前は兄貴がアタシのために体壊すまで頑張ったから、次はアタシの番ってだけ。まぁ、六つ子審神者が、あのクソッタレ審神者みたいに人格破綻者だったとしても、それは運が悪かったってだけだし。兄貴は辛抱してずっとアタシの肩代わりしてた」
 信用して契約するわけではない。ただ単に、自分の順番が回ってきただけなのだと彼は言う。
「いや、大太刀のてめぇが敵に回るとかどんだけ俺達に負担かけんだよ。小夜もか?」
 もう勘弁してくれと言うような悲壮な和泉守の言葉に小夜は小さく頷く。彼もまた兄が二人おり、修復をしなければ苦痛だけが続く状況であった。
「いざとなったら石切丸あたり引っ張ってきてよ。人間不信も極まってるから、裏切り者は祓う!とか言って張り切るんじゃない」
「いや、収集つかねぇから確実に。神性高すぎて、本当あのクソッタレ審神者のせいでぶっ壊れたから」
 次郎太刀のクソッタレ審神者呼ばわりが気に入ったのかそんな言葉を使いながら、和泉守は呆れなたように、次郎太刀、小夜左文字の申し出を引き受けた。
 確かに蜂須賀の言うとおり、いざというときのためだ。
 敵対する可能性もあるが、今までどおり基本的に離れの刀剣男士に干渉しないという方針を審神者が貫けばそんなことは起こらない。
「……今までどおり干渉してこねぇなら計画も上手く行くんだろうけどな。けど……人は変わる。それはてめぇも知ってんだろ陸奥守」
「そうじゃの、人は変わる。けんど、あん時それを認められずに受け止めきれんかったのはわしの落ち度ぜよ。今回はもっと上手くやるき」
 念を押すように放たれた和泉守の言葉にそう返答すると、陸奥守は初代審神者を思い出して申し訳無さそうに笑った。
「すまん」
「うるせぇ。さっさと行けよ。せいぜい資材稼いできやがれ」
 ぷいっとふてくされたような和泉守に苦笑しながら、六つ子と契約することを決めた四人は部屋を出て行った。[newpage]
 契約をすべく四人が向かったのはおそ松の部屋であった。
 この本丸の方針で一番の決定権を持っていると判断してのことであったのだが、部屋の前に佇み、緊張した面持ちで陸奥守が声をかけようとした所で、突然背後から声がして彼等は驚いた顔で振り返った。
「だめだよ」
 そこにいたのは彼等にとっては一番六つ子の中で馴染みの深い、通称黄色い審神者……十四松であった。
 毎朝離れにやってきては元気よく彼等のいる部屋の障子を開け放ち、刀を一撃だけ避けて、兄とともに逃亡する。中庭で素振りをしたり、池で泳いでいたりという姿もよく見るので、たまり場に顔を出さない刀剣でも彼のことは知っているという者も多い。
 最近はかすり傷一つ負わせられないという事に苛立った加州が、長曽祢に三段突きの使用許可をねだったりもしていたのだが、流石に死ぬだろ、と却下されたりもしていた。
 その十四松がいつもどおり黄色いパーカーの袖をぷらぷらとさせながら彼等を見上げていた。
「……どういうことじゃ」
「今おそ松兄さんはシコ松中だから、部屋はダメっす」
「は?」
 シコ松の意味の分からなかった一同は間抜けな声を上げて顔を見合わせたが、それとほぼ同時にスパン!とおそ松の部屋の襖が開け放たれた。
「今日の彼女選定中だからまだだ!」
「まじっすか!」
「看板出てないだろ!」
「ホントだ!」
 全く話に乗れない陸奥守は、乱暴に髪をかき混ぜると、ちょっと話があるんじゃが、とおそ松に声をかける。
 すると、心底面倒臭そうな顔をしておそ松は陸奥守を眺め、忙しいんだけど、と言葉を返した。
 まさか話し合いの申し出をこんなに面倒臭そうな対応をされると思っていなかった陸奥守は、面食らった様子であったが、気を取り直して口を開いた。
「おんしたちと契約したい」
「え?なんで?あと二ヶ月ぐらいゆっくりしてたら?折角休暇なんだし」
「……え?」
 なんで?と予想外の返しに小夜は唖然とし、次郎は思わず半眼になる。蜂須賀は僅かに口元を緩めたが、陸奥守は真剣な表情で、とりあえず資材を借りて身体の修理をしたいこと、その後に資材を返すために契約して遠征に行きたいこと、自分たちが遠征で獲得した資材で仲間の身体を治したいことなどを話す。
「いや、資材なんて勝手に増えるんだし、勝手に使えば?っていうか、契約したら俺達の仕事増えるじゃん。面倒だし。もう二ヶ月ぐらい休んどけば?」
 これどうしよう。まさかの契約拒否。陸奥守が明らかに困っているのを見て、蜂須賀が口を開いた。
「修理部屋の扉を開ける、遠征のために地下の時空扉へ続く扉を開ける。それくらいだよ。扉の開け閉め程度で、四人の刀剣男士の復帰を政府に報告できるのはそう悪くない話だと思うけどね」
 蜂須賀の言葉におそ松は、ふーんともなんとも言えない返事をした後にちらっと十四松を眺める。
「お前暇なら付き合う?」
「暇っす!付き合うっす!扉開けマッスル!ハッスル!」
「そんじゃ、そーゆーことで。十四松が付き合うって言ってるし、適当にやっといて」
 そういうことで、と襖を閉めて部屋に引っ込んでしまったおそ松。
「……え?こんなんでいいの?ちゃんと契約できるの?」
 次郎の言葉に小夜も不安そうな顔をしたが、蜂須賀は咽喉で笑って陸奥守に言葉を放った。
「さて、行こうか」
「お、おう。頼むぜよ」
「了解っす!でもどこの扉開けるか分からないっす!」
 片手を上げて元気よく言う十四松を眺め、うあぁ、本当にこの兄弟仕事する気なかったんだ……と不安を抱えながら、共に手入れ場に向かった。

 陸奥守が手入れ場の扉に手をかけてもびくとも動かなかった扉は十四松の手によって開け放たれる。
 部屋には長椅子が置いてあり、更にその奥に四つの扉がある。そこで個別に修復をするのだ。
「奥も?」
「あっちはわしらで開けられるぜよ。おんしはここまででいい」
「待ってたほうがいい?」
「出る時は開けられるき。修復が終わったらおんし達の所に行く」
 そう言われた十四松はコクコクと頷いて、それじゃ!と手を振りながら部屋を出て行った。
「……あっさりしたもんだね」
 次郎の言葉に陸奥守も、そうじゃの……とやや呆れ気味に言葉を零して扉を閉めた。そして資材数を確認する。
「鍛刀どころか、刀装すら作っとらんなあいつら……」
 貯めに貯めた資材は潤沢にあり、少なくともこの四人に修復に問題はない。
「暑いから鍛冶場に行きたくない、鍛刀断固拒否とか言ってたのにする訳ないじゃないか」
 蜂須賀の言葉に小夜は、そんな事言ってたの?と驚いたように声を上げた。
 それは、例のこんのすけの講義の後に、こんのすけがいなくなったのち繰り広げられた会話である。

「……とか何とか言って、鍛冶場行きたくないんだろおそ松兄さん」
 六人で始めたカードゲーム。そのさなか一松がぼそっと言うと、おそ松は顔を上げて、あ、ばれた?と悪びれも無く言った。
「だってお前見たか?あのクソ狭い部屋で火を起こすとか暑いって!刀を打つのは自動人形だとか言ってたけど、資材選んだり、リンクだっけ?したりとかで暫くはあの部屋にいなきゃなんねーんだぜ!無理!無理!断固拒否!考えただけで暑い!」
 絶対やだー!とひっくり返り足をバタバタさせるおそ松を眺めて、一同は呆れた顔をしたが、トド松等は、そうだよねー着替えとかお風呂とか面倒だよねーと同意し、他の面々も、確かに面倒だし暑いのやだなーと口々に言い出した。
 こんのすけには離れの刀剣男士の居場所を潰すわけには行かないなどと巧いこと言ったが、結局のところ、彼等自身がとにかく面倒なのが厭なのだ。
 流石にこの会話には陸奥守も蜂須賀も呆れて、こんのすけに同情さえした。

 その話を聞いた小夜と次郎は心底呆れたような表情を作った。
「ここまで来るといっそ立派だわ……どんだけ仕事したくないの」
「……馬の世話とかはちゃんとしてるのに」
「自分のしたくないことはしないんだろうね。扉の開け閉め程度だって言えば、まぁ、暇な審神者が手伝ってくれるかと思ったけど」
 それでわざわざ蜂須賀は仕事ではなく、扉の開け閉めをする程度だと全力で説明したのかと納得した。厠の扉を空ける程度の手間だと言われれば、まぁ、あのめんどくさがり屋でもやってもいいかな、と思うだろうと。
「さて。修復は小夜が一番はやいかのぅ……。最後は次郎太刀か?」
「そうだねぇ。とりあえず小夜は修復終わったら待っててくれる?皆で契約しに行こうか」
 次郎の言葉に小夜は小さく頷くと、それぞれ奥の扉へ向かった。
 ここに入るのは久しぶで些か緊張はした。まだ審神者との契約は成立していないが、手伝い札を使った審神者の手伝いがなければ契約せずとも修復自体は出来る。
 それぞれ緊張した面持ちで扉をくぐった。


「くっそ!勝てねぇ!十四松!クヌギはずるい!」
「うへへー」
「フッ……そろそろ最終兵器の俺の出番だな」
 身体をなおし、遠征に行くために正式に契約をしようと刀剣男士達が緊張した面持ちで審神者の元に向かったのだが、そこに繰り広げられていたのは、二十歳は超えたであろう男三人が、縁側に陣取ってどんぐりこまで遊んでいる姿であった。
「あ!カラ松!なんでお前クヌギコマ持ってんだよ!」
「こんなこともあろうかと準備しておいた。おそ松兄さん、敵は取る!」
「カラ松兄さんカモーン!」
 わいわいとコマを回して円の中で戦わせている姿を眺め、一同は声をかけるタイミングを完璧に見失っていた。
 そんな中、おそ松、カラ松のコマを蹴散らした十四松が漸く彼等に気がついて、ぶんぶんと手を振ってきた。
「あ、身体治った?次はどこの扉開ければいい?」
 おそ松はちらっと刀剣男士に視線を送っただけであったが、カラ松は突然の刀剣男士の登場に驚いた様な表情をみせ、小声でおそ松に言葉を放つ。
「おそ松兄さん。なんであいつらこっちにいるの?」
「え?なんか遠征行きたいから俺達と契約すんだと。折角の休暇なのに頭おかしいよなー。休んでりゃいいのに」
 まさか頭おかしいと言われるとは思わなかった陸奥守はぎょっとしたような顔をしたが、その後にカラ松の続けた言葉で脱力した。
「もう二ヶ月ぐらい休んでおけばいいのにな……。まぁ友の身体を直す為に休みを返上して戦いに赴く……なかなかいいな」
 満足気なカラ松に対し、刀剣男士は、なんで二ヶ月。なんか二ヶ月に意味あるの?と思わず突っ込みたくなった。おそ松も似たような事を言っていたのを思い出したのだ。
「……正式に契約をしたいんじゃが」
「勝手にすれば?」
 自分のコマを調整しながらおそ松が返答すると、陸奥守は、そうか、と短くいい、とりあえず十四松に庭に立つように頼んだ。
 置いてあるつっかけを履いて十四松が縁側から庭に降りると、陸奥守はその前に跪き頭を垂れる。それに倣う残りの三人。
 異様な光景にカラ松は息を呑んでその様子を眺める。
「我が身はヒトにより鍛えられ、心はヒトの信仰により生まれし、八百万の神々の末席なり。
ヒノカグツチの名のもとに七つの世界にかけ、我は汝と契約をする。
我が名は陸奥守吉行」
「蜂須賀虎徹」
「次郎太刀」
「小夜左文字」
 口上の後に述べられた彼等の名前。そして陸奥守は更に言葉を続けた。
「我が身に刻みし契約者の名を問う」
 そこまで言っておりた沈黙。すると陸奥守は少しだけ顔を上げて、小声で十四松に催促をした。
「ほれ、ここでおんしの名前を言うぜよ」
「松野十四松です!」
 促されて、そうなのか!と十四松は元気よく己の名を言葉にした。
 それと同時に刀剣男士の身体が淡く光る。それは直ぐに収まったが、カラ松は大丈夫なのか!?とハラハラした様子でおそ松の表情を伺う。
 おそ松はいつもどおり、興味の欠片もなさそうな表情であったが、何かあれば直ぐに十四松を助けられるようにと、姿勢を僅かに正している。

 一番最初の審神者と契約した時は、真綿に包まれ守られるような感覚であった。
 二番目の審神者と契約した時は、四肢を鎖で縛られたような感覚であった。
 そして今回の三回目。
 ただ、周りの空気がほんの少しだけ柔らかくなった様に感じた。
 それだけであれば、本当に契約が成立したのか不安になるような僅かな変化であったのだが、今まで彼等を強くこの土地に縛っていた鎖は確実に断ち切れ、腹の中に溜まっていた泥が霧散したのを感じた。急に視界が開けたような錯覚に、思わず彼等は目眩を覚えてゆっくり瞳を閉じる。
 そして暗闇の中感じたのは、自分とゆるりと繋がるか細いが、強い糸。六本。

「……おそ松」
「何?」
 陸奥守は長兄に声をかけると、立ち上がり彼に手を差し出す。おそ松は怪訝そうな顔をしたが、その手をとりあえず握った。
 暫くの沈黙の後に、今度はその手を放し、カラ松に手を差し出す。
 おっかなびっくり陸奥守の手を握るカラ松。
「ふむ……契約したのは十四松じゃが、おんしらとも繋がっとるようじゃのぅ」
「あ?そうなの?じゃぁ、誰かがさっきのアレに付き合えばいいってこと?」
 おそ松の言葉に陸奥守は頷く。実際六つ子の審神者との契約は初めてだったので、最悪六人全員と契約と言う面倒な手続きが必要かとも考えていた陸奥守は、安心したように笑った。
「そうじゃ。ともかく契約は成立したぜよ」
 契約成立と言われ、十四松は自分の体のあちこちを確認したりもするが、変わった様子はなく首を傾げる。
「どうだ十四松」
「異常なしっす!」
 おそ松の言葉に十四松が元気よく返事をすると、おそ松は満足速に笑って、そんじゃ、と立ち上がった。
「カラ松!クヌギの木の所案内しろ!どんぐりこまリベンジするぞ!」
「え?」
 突然の申し出にカラ松は驚いたような顔をしたが、おそ松は引きずる様にカラ松を立たせる。
「俺が新兵器準備してる間に、遠征だかなんだかのドアボーイしてこい十四松」
「あいあいさー!」
 そう元気に返事をした十四松は、さっと小夜の隣に移動し、待機した。
 これは修復の時と同じように場所がわからないからついてくるということだろうと判断し、陸奥守は苦笑すると、頼むぜよ、と引率をした。

 地下へ降りる階段。
 少し前はここに来ると、もう帰ってきたくないと言うような陰鬱な気分になったものだが、今はそれもない。
 到着した部屋にあるのは四枚の扉。
「一つ開けてごらん」
 蜂須賀の言葉に十四松は頷くと適当に扉を選んで開ける。
「壁だ!どこにも行けない!」
 吃驚したように声を上げたのを眺め、蜂須賀は口を開いた。
「そうだよ。だから主の力が必要でね」
「次郎太刀もおるし、本能寺のあたりにするぜよ」
 陸奥守の持ってきたのは木の札で、それを渡された十四松は首を傾げる。そして彼等に促されるままに、扉にある窪みにその札をはめ込んだ。
 するとその札が淡い黄色い光を放ち、その光は次第に扉を包み込む。
「おおおおおおおお!」
 奇声を上げる十四松を見て、思わず次郎太刀は吹き出した。新鮮な反応だったのだろう。
「色、やっぱり違うね」
「そうだね」
 小夜の言葉に蜂須賀は大きく頷いた。時空扉は問題なく起動した。一番最初の審神者の時は白い光で、二番目の審神者の時は、黒い光であった。審神者の霊力によって色が変わってくるのだろう。
「行ってくるぜよ」
「待ってる?」
「いや、帰りは大丈夫だよ。戻ったら主達の所に行く」
 蜂須賀の返答に十四松は大きく頷いて元気よく手を振った。
「いってらっしゃい!」
 その懐かしい言葉を聞いた陸奥守は、一瞬泣きそうな顔をしたが、直ぐに笑った。


「ヤバイ。慣れって怖い」
 遠征なので基本的に資材を調達するのはメインで、必要以上に時間遡行軍と戦うことはない。
 けれど、見つかれば速やかに排除する。
 資材をある程度確保した所で、彼等は休憩をするために草むらに身を潜めていた。
「慣れ?」
 次郎の言葉に小夜が竹筒から水を飲みながら言うと、次郎はあー!と頭を抱えた。
「今まではクソッタレ審神者に縛られて、くっそ重たい気持ちでいたけど、それが普通だったじゃない。今は物凄い身体が軽い。心が軽い。いくらでもぶん回せる!……あー、本来はこうだったのになーって気持ち」
 大げさに言う次郎の様子を見て小夜は少しだけ笑った。確かに契約した瞬間に視界が急に明るくなって開けた気がした。
 だからといって直ぐに人間不信が解消されたわけではないが、腹の中にドロドロと溜まっていた厭なものがなくなった様な感覚には小夜も驚いた。
 こんなものを抱えていたのかと。そして兄たちはまだそれを抱えているのかと。
「……不思議なもんじゃのぅ」
 鬱々とした日々。何度考えても堂々巡りで答えは出ない。一歩どうしても踏み出せない。気がつかないだけで確実に己は病んで、穢れていたのだと陸奥守は実感し、思わず身震いする。
「蜂須賀はさ。割りとあの六つ子に好意的だよね」
「そうかな?まぁ俺以外も同田貫辺りは、新選組が愚図らなかったらこっちに直ぐにのっただろうね。彼はじきにこっち側に来る」
 次郎の言葉にそう彼が返答すると、小夜は目を丸くした。余り同田貫と話すこともなかったので、驚いたのだろう。
「なんでそう思うんじゃ?」
「前にちらっと言ってたんだよ。彼は何本も己自身を踏みつけて残った刀だから、最強であることを証明し続けないといけないって。……そうしないと余りにも、自分が折った自分が哀れだって」
 最後まで残った一本。最強の同田貫であると証明するには、戦場に出るしかない。
 ならば選ぶのは審神者との契約であろう。
「すまんことをしたの」
 いざという時自分をの首を落としてくれと頼んだ事を思い出して申し訳なさそうに陸奥守が言うと、蜂須賀は首を振った。
「彼が譲ると決めたんだ。俺達がとやかく言うことじゃない。良いと思ったら勝手に契約するんじゃないかな」
 そう言った蜂須賀を眺め、陸奥守は思わず空を仰いだ。
 視界が狭かった。いつも一杯一杯だった。
 けれど蜂須賀はいつも一歩下がって見ていてくれた。そして、彼は何度も陸奥守に言った。己自身で決めろと。
「……そうじゃの。同田貫が自分できめたんじゃ、甘えておくぜよ」


 遠征は大成功で資材を抱えて戻ってきた四人は、本丸の地下で素振りをしていた十四松の姿を視界に捉えて言葉をなくした。
「……ずっと待ってた?」
 小夜がボソボソと言葉を放つと、十四松は彼等が帰還したことに漸く気が付き、素振りをやめて大きく首を振った。
「あのあとリベンジマッチして、全勝して、カラ松兄さんが晩ごはん作るから解散になった!」
 そしてその後ここで素振りをしながら帰ってくるのを待っていたのだろうと思い、陸奥守は申し訳なさそうに口を開いた。
「時間を言えばよかったのぅ」
 遠征は大体滞在時間は決まっているので、それを知っていれば彼は待つことは無かっただろうと思ったのだ。けれど十四松は大丈夫っす!と元気よく言った後に、更に言葉を続けた。
「おかえり!怪我しなかった?」
 その言葉を聞いて陸奥守は鼻の奥がツンとするのをこらえて、小さく頷いた。
 嘗て己達を大事にしてくれた審神者が、いつもいってらっしゃいと送り出し、おかえりと出迎えてくれたのを思い出したのだ。
 小夜も同じなのか、俯いて僅かに鼻をすすっていた。
「おーい、十四松、飯出来たって……っと。帰ったのか。おかえり」
 地下の扉を開きおそ松が顔をのぞかせたので、小夜は慌てて顔をこすり、陸奥守は何事もなかったかのように口を開いた。
「問題ないぜよ。資材は所定の場所にしまっておくき。……審神者はそろっちょるのか?」
 食事は大概全員で取ると知っている陸奥守が言うと、おそ松は、ああ、と返事をし、十四松に早くするように促した。
「挨拶を一応しときたいんじゃが」
「え?別に一応話はしといたし、わざわざいいんだけど。でかけて疲れてねぇの?寝とけば?」
「いや。寧ろ身体は調子がええ」
「あっそ」
 そう言うと、おそ松は勝手にしろと言うように十四松を連れて地下の階段を登っていった。


「おそ松兄さん!ご飯時にお客さん連れて来る時は前もって言っておいてよ!カラ松!カレー残ってる!?」
 ぞろぞろと食卓に現れた刀剣男士を見て、チョロ松は悲鳴を上げるようにそう言葉を放つ。
「一人一回はおかわりできるようにしてるが……そうなると、おかわりできるのは二人か……フッ……戦争だな」
「えーやだー!おそ松兄さんと十四松兄さんが責任とって自分の分お客さんに出してよ!」
「トッティふざけんな!来なくていいって言ったのに来たんだよ!俺の責任じゃない!」
 ギャーギャー始まった六つ子の喧嘩に、四人はとりあえず、自分たちは食事はいらないことを述べる。すると途端に静かになり、あ、そうなんだ?お茶飲む?等と和やかな空気になる。
「そんで、何しに来たの?資材は勝手に日報に記録されるし報告いいよ?」
 いただきます!と元気に声を出して挨拶した一同はもりもりとカラ松特製カレーを食べていく。そんな中、漸くトド松が陸奥守達に声をかけたのだ。
「挨拶に来たんじゃが……」
 まさか契約した直後の顔合わせで何しに来たのと言われるとは思わず、陸奥守も反応に困った。
「律儀だねぇ。あ!何僕の分のゆでたまご取ってるんだ一松!返せよ!」
「……ケチ松の卵なんて知らないし」
「今口に入れてるのだよ!」
 話も途中でどこかに行ってしまう状況で、小夜は居心地が悪そうに視線を彷徨わせる。賑やかな雰囲気に元々慣れていないのもあるが、人間と同じ部屋にいるのが落ち着かないのだろう。
「とりあえずトッティ名前聞いて日報に書いとけよ」
 一杯目のカレーを平らげ、二杯目を食べているおそ松に言われて、トド松は後で刀帳見とく、と短く返答した。
「刀帳?」
「おそ松兄さん見てないの?タブレットにあったよ。これ」
 スプーンをくわえながらトド松はタブレットを操作し頁を開く。
 そこには刀剣男士の一覧があり、契約した面子に関しては黒塗りだった所が名前等が確認できるようになっている。
「多分黒塗りはうちにいるけど契約してない刀剣男士で、ナンバーだけなのはうちにいないのかな?」
「そうじゃの」
 陸奥守はタブレットを覗き込んでそう返事をした。するとトド松は名前が確認できる刀剣男士の名を読み上げた。
「陸奥守吉行」
「ムツー!」
「蜂須賀虎徹」
「ハチー!」
「次郎太刀」
「ジロー!」
「小夜左文字」
「サヨー!」
 刀剣男士が返事をするならともかく、何故か十四松がトド松の後に掛け声をかける。
「今後とも宜しく、という事で。余り長居しても邪魔なようだし離れに戻るよ」
「そーしてくれ。これからデザートの取り合いだ」
 蜂須賀の言葉におそ松が言うと、彼は長い紫色の髪をかきあげて言葉を続けた。
「明日も遠征に行くから、扉だけよろしく頼むよ」
「はい!はいはいはい!」
 意味の分からないテンションで十四松が返事をしたのを確認し、刀剣男士達は食卓を後にした。


「どうだった」
 新選組のいる部屋に戻ろうか、それともどこか別の部屋に行こうか、そう陸奥守が迷っていると、長曽祢が彼等を部屋に招き入れた。少なくとも、新選組の面々の中に、契約した彼等を裏切り者と罵る者がいないという事だろう。
 そして放たれた和泉守の言葉に、四人はぼちぼちと今日のことを話した。
「……予想通りというか、予想以上というか……」
 加州の呆れたような表情に、そうじゃの、と陸奥守は言葉を放った。
「暫くはこっちで勝手に遠征に出れそうじゃ。わしらと契約したちゅーことで、政府の方からあれこれ言われる可能性はあるんじゃが……まぁ、あいつらなら適当にかわすきがするのぅ」
「だよねぇ。もうね、本当、晩ごはんの取り分減るとか喧嘩しだした時はどうしようかと思った」
 呆れたような次郎の言葉に思わず小夜も大きく頷いた。
「……でも、とりあえずうまくいきそうでよかった。陸奥守。明日から馬の世話堂々としにいっていい?」
「そうじゃの。一人で心配じゃったら、誰かに声をかけてもええし」
 陸奥守の言葉に小夜は頷くと、すくっと立ち上がる。兄に所に戻るのだろう。
 すると長曽根が小夜に声をかけた。
「……もしも自分の部屋に居辛かったら、隣の部屋掃除しといた。使え」
 刀剣男士の中には、心底人間を嫌っているものもいるし、契約したなど裏切り行為だと言うものもいるだろう。もしも兄弟と同じ部屋が居辛ければと、新選組の面々が、隣の広間を彼等が遠征に出ている間に片付けたのだ。
 元々離れの中でも、本殿と一番近い部屋で、誰も使っていない広間だった。
「ありがとう。大丈夫」
 そう言って小夜は長曽根や新選組の面々の気遣いに感謝して頭を下げ帰っていった。
「うーん。アタシも兄貴の所戻るわ」
 ひらひらと手を振って部屋を後にした次郎を見送り、蜂須賀は壁にもたれかかり口を開く。
「随分気が利くね」
「……いくら内紛がお家芸って言っても、好きでやってたんじゃねぇよ。問題になりそうなら始めっから対処するってのもアリだろ」
 和泉守が呆れたように言うと、陸奥守は深々と頭を下げた。
「わしらがおらん間皆を頼むぜよ」
「任された」



 深夜の本丸。
 枕を並べて眠る六つ子の中で、ムクリと起き上がったのはおそ松であった。
 結局それぞれの個室で寝たのは初日だけで、落ち着かないと二日目からは審神者の仕事部屋に布団を並べ、最終的にはトド松が経費としてねじ込んで実家と同じ六人が並んで寝られる布団を調達した。
 押し合いへし合い寝ることは結局やめられなかったのだ。
「さぶいさぶい」
 離れた場所にある便所から戻る途中に声をかけられおそ松は足を止めた。
「おそ松」
「あ、区別つくんだ」
「おんしと十四松だけじゃ。毎日顔見とるからのぅ」
 陸奥守の声におそ松はにっしっしと笑い、感心感心と言葉を放った。
 六つ子の中で一番の決定権を持つ。けれどそれは独裁ではない。普段はいい加減だが、イザという時に即決できる男。
「……わしらを信用してくれとは言わん。けんど、力をかしてくれ」
「めんどい」
 おそ松の即答に陸奥守は苦笑した。多分少し前ならばこんな事で笑えなかっただろう。けれど今は何故か予想通りの返答で笑えた。
「おんしらがこの本丸から逃げ出すまでにこっちも何とか立て直すぜよ。せいぜい粘ってくれ」
「言われなくても粘るって。でもヤバくなったら逃げるからな。お前たちを置いて。俺は世界で一番兄弟が大事だ」
 明確に宣言したおそ松を見て、陸奥守は安心すると同時に羨ましく思う。大事なものを大事だといえる強さ。そして、ほかを切り捨てることに躊躇いを持たない非情さ。
 本来自分が持っていないければならなかったものをすべて持っている主。
「俺は俺の兄弟を、お前はお前の仲間を。そんでいいじゃん。お互いに利用できる所は利用すればさ」
 そう言い放ったおそ松は、また背中を丸めて兄弟の待つ布団へと戻っていった。
 それを見送った陸奥守は、己の手のひらに視線を落として、ゆっくりと中庭を見渡す。
 見慣れた光景だったはずなのに、今はどこか違って見えるのは新たに契約をしたせいだろうか。
 そんな事を考えながら、陸奥守は仲間の待つ離れへと戻っていった。

 


とにかく仕事をしたくない
pixiv20160111投稿分
20160202

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