*審神者の六つ子と疑心暗鬼の刀達 前編*

「やっぱり詐欺だった!!!!!!」
 連れてこられた屋敷を見て、チョロ松は悲鳴を上げたが、十四松はその庭の広さに、うおー!と雄叫びを上げてテンションを更に上げた。
「いや、庭は草ボーボーだけど建物は割りと綺麗じゃね?」
「いやいやいやいや!おそ松兄さん!やっぱり帰ろう!?怖い!」
 確かにおそ松の言うとおり庭は手が入っていないのか、草は生え放題で、池も濁りきっている。けれど建物自体は純和風造りの綺麗なものであったし、門から母屋であろう建物に続く小道は申し訳程度であったが、草も取り去っており、ポツポツと埋め込まれた石の導きが見えた。
「ねこだ!」
 脳天気な声を上げた十四松の言葉に、一松が速攻で食いつき指差した先に視線を送ると、そこには白い生き物が玄関先にチョコンと座っていた。僅かに目を細めた一松はその姿を確認したあと、呆れたように言葉をこぼした。
「多分狐だし」
「きつねか!一松兄さんさすが!」
 どこの世界に狐と猫を間違う人間がいるのだろうか、そんな事を思いながらトド松も玄関に視線を送ったのだが、確かに、狐にしては小さいし、フォルムも丸っこく、遠目なら猫に見えなくもない。もっとも、十四松は目はいいはずなのに、何故か白いビニール袋と猫を間違えたりするので、問題は視力の方ではないのかもしれない。
「お待ちしていました。ご主人様」
「しゃべった!デカパン博士に薬うってもらったの!?すげー!痛くなかった!?」
 しゃべる生き物はすべてデカパン博士の薬によるものだと思っているのか十四松はそう声を上げたが、僅かにチョロ松は眉をひそめた。余りにも常識離れしすぎているし、ぬいぐるみにスピーカーでも付いているのかと思ったのだろう。
「まぁ、サポートキャラとしては上出来だな」
 ふっと満足気に笑うカラ松であったが、おそ松はそれを横目で見ながら、チョロ松の背中を軽く叩いてやる。
「心配すんな。いざとなったら俺が皆担いで逃げてやる」
「全員は無理でしょ」
「そんじゃ十四松と手分けして」
 冗談交じりの口調で返答され、漸くチョロ松は少しだけ笑った。
 そんなやり取りをしていた二人であるが、末の弟二人は、すげー!すげー!と言葉を放ちながら、白い狐をグリグリ撫でたり、しっぽを引っ張ったりと好き放題いじりまわす。それを無駄に優しい瞳で眺めるカラ松。そして、それに加わらず庭のほうをボーッと見ている一松に気が付き、チョロ松は声をかけた。
「狐は好きじゃないとか?」
「……アレはじめから喋るから。ムリ」
「あ、そういうこと」
 あくまでエスパーにゃんこは喋る前にそれなりに関係を築いていた。だから喋っても、やっぱり友達だと思っているのだろう。逆にはじめからしゃべるのなら、一松にとって人間も狐も変わらないのかもしれない。
「で、お前何?」
「はい。私は政府から派遣されていますこんのすけと申します。審神者のサポートをさせていただきます」
 じたじたとトド松の腕の中から逃れようともがきながら狐は返答する。
「あっそ。じゃぁまぁ、分からんことだらけだし宜しく。いい加減中入っていい?」
「ご案内します、チョロ松様」
「俺おそ松ね」
「申し訳ありません」
 恐縮したように狐が言うので、おそ松は少しだけ笑って、先頭に立ち屋敷内に足を踏み入れた。
 ぐるっと母屋を案内され、その後一番奥の間へと連れてゆかれる六つ子。
「こちらが審神者の部屋となっておりますが、みなさまは人数が多いですので、ここに来るまでにあったお部屋を個室としてご使用下さい」
「え!?手前の部屋四畳半位あったよ!マジで!?やったー!」
 ヒャッホウ!と喜んだトド松を眺め、一緒に十四松もヒャッホウ!と喜びの声を上げた。矢張り個室というのは憧れるのだろう。それとは逆に、一松が少し不安そうな顔をしたので、おそ松は彼の頭を撫でながら口を開いた。
「トッティはチョロ松と同じ部屋がいいんじゃないか?夜中便所どーすんだよ。結構遠かったぞ」
 ぎくりと動きを止めたトド松は、恐る恐るといったようにチョロ松を眺め、少しもじもじした後に口を開いた。
「部屋、隣でいいかなチョロ松兄さん」
「……あ、付き合うんだ。まぁいいけど。部屋の配置は後で決めようか」
 そう言うとチョロ松は部屋を見回した、資料と思われるものや、PC、その他タブレット等が置かれている。仕事部屋のようなものだったのだろうか。
「手前の部屋は本来審神者の仕事の手伝いをする刀剣男士の部屋なのですが……今は誰も使っておりませんので」
「で、その刀剣男士はどこだい?」
 カラ松の言葉に狐は少しだけうつむいた後に、離れに、と小さく呟いた。
「そうそうそれ。説明会で言ってたけど、何人間不信って。管理職かと思ったら、職場復帰の手伝いだったとかコレはある意味詐欺だよな」
 ぶーぶーと文句を言うようにおそ松が言葉を放つと、狐は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「他の審神者でも無理でして……。政府の方も多少時間がかかっても構わないと申しております」
「まぁ、いいけどさー。つーか何人ぐらい引きこもってるの?」
 おそ松の言葉に狐は目を丸くした。
「え?資料に書いてあったと思いますが」
「あの分厚い手引書?誰か読んだ?」
 おそ松の言葉に一同首を振ったのを見て、些か不安になった狐は、ポフッと短い手で手引書を引っ張りだした。
「野球!やきう出来る位いる!?」
「野球ですか?それぐらいはいますけど……」
 ページを捲りにくそうにしているのを見かねてカラ松が狐を手伝って刀剣男士の現在の人数が書かれているページを探そうと手を伸ばした瞬間、スパンと勢い良く襖を開ける音が鳴り響いた。
「やきう!!!!!!」
「おい十四松!チョロ松止めろ!人間不信の所に核弾頭突っ込んだら流石にヤバイ!」
 おそ松が慌てて声を上げると、チョロ松が慌てて立ち上がり十四松の後をおう。カラ松は側にいた狐を抱え、他の兄弟たちも飛んでいった核弾頭を追いかけていった。


 薄暗い部屋にバタバタと煩い足音が聞こえ、男は顔を上げた。
「……やかましいのが来たな」
 浅葱色の羽織は薄汚れており、長い髪は乱暴に垂れ下がっており、身体にも怪我が目立つ。
「今日新しい審神者が来るって言っとったが」
「何人来ても同じだ。追い返す」
「いきなり殺すのは勘弁してやってくれ。こんのすけが気の毒じゃ」
 陸奥守の言葉に、男は僅かに顔を顰めたが、承知した様に小さく頷いた。こんのすけがなんやかんやで自分たちを庇って政府の間に立っている事は知っている。けれど新しい審神者は受け入れられない。それが彼等の答えであった。
 スパーンと勢い良く開いた障子に向かって、男は刀を突き出す。
 陸奥守の要望通り、それは少々脅す……皮一枚を削る程度の踏み込みではあったが、スピード自体は加減すること無く繰り出されたものであった。
 しかしながらそれは飛び込んできた新しい審神者に触れること無く空を切る。
 息を呑んだのは刀を繰り出した男か、それを見ていた他の刀剣たちか。
 例えば突然目の前に飛び込んできたのがボールや石などの球体のものであれば、十四松はそれを受け止めようとしただろうが、彼は棒状のものであると思い、とっさに回避したのだ。
 普通の人間であれば反応すら出来ないであろうが、悪タレ六つ子の中でも、己からふっかけるおそ松と、どういうわけか巻き込まれる十四松は特に経験値が高い。他の兄弟に間違えられて、位なら可愛いものであるが、おそ松に勝てないから、温和そうな十四松にという輩もおり、十四松はそんな相手でも出来るだけ手を出さないようにしていた。腕っ節は寧ろ強いのだが、加減が上手く出来ないのだ。兄弟に手を出された時以外は一方的にボコられる事も多かったのだが、怪我をすれば兄弟が心配すると言う理由で、回避や逃げ足、逃げ切るための体力がメキメキと上がった。
 木刀やパイプなどで殴られれば怪我をする。避ける。それが反射の域で身についている。
 当然ガチで刀剣男士とやりあえば負ける可能性のほうが圧倒的に高いが、不意打ちを一発避ける位であれば十四松にも出来た。
 運が良かったのは、刀を繰り出した男が、避けられるということを想定しておらず、二発目が来なかったと言う事であろう。
 避けるために無理に身体をひねって尻もちをついていたのもあり、二発目が来れば確実に真っ二つである。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!十四松ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
 悲鳴を上げたのは刀をいきなりつきつけられた十四松ではなく、追いかけてきたチョロ松で、慌てて十四松と男の間に飛び込むと、そのまま尻もちを付いている十四松を庇うように、男に背を向けて弟を抱きしめた。
「……双子?」
 直ぐに頭を切り替えて、もう一撃、と思った瞬間に同じ顔が飛び込んできて、男は刀を翳したまま言葉を零した。ぽかんと大口を開けて男を見上げる一番最初に飛び込んできた審神者と、ブルブル震えながら弟をかばおうとする審神者。
 思わず舌打ちをすると、興が削がれた、と言わんばかりに男は不機嫌そうなしかめっ面を作り言葉を零す。
「……何回来ても同じだ。俺達は人間に協力しねぇ。帰れ。俺達に関わるな」
「マジっすか!」
 また別のところから声が聞こえ、まだ政府の連中がいたのか、と男は声がした方に視線を送り目を丸くした。
「よっしゃ!聞いたかオイ!関わるなってことは、何もするなって事だよな!本人たちがそう言うなら仕方ないよな!ヒャッホウ!暫くのんびりしようぜ!!!」
 まくし立てるように喋り出した三人目の同じ顔。おそ松であるのだが、ハイテンションで遅れてきた残り面子にそう言うと、彼等もじゃぁ仕方ない、と言うように頷く。
「え?ちょっと待ってください主達」
 カラ松に抱かれてジタジタする狐を眺め、男は再度視線を足元に落とす。同じ顔が六人。こんのすけが主達、と言ったということは、全員審神者なのだろう。双子の審神者がいるという事は男も聞いたことがあったが、六つ子は想定外で反応に明らかに困っていた。
「ちょっと!おそ松兄さん!十四松殺されかけたんだけど!刀ぶん回されたんだけど!」
 チョロ松が非難の声を上げると、おそ松は腕を組んでうんうんと頷きながら返答する。
「そりゃお前、引きこもってる所にいきなり挨拶もなしに飛び込んできたらそうなるだろー。な、一松」
「俺なら殺すね」
「俺は優しいからボコる程度かな。怪我もなく、脅される程度で済んで良かったなー。立てるか?十四松」
「大丈夫っす!マッスル!ハッスル!」
「ほらな。つーか、チョロ松の方が腰抜かしてるんじゃないか」
「チョロ松兄さん、おんぶしようか?」
 立ち上がった十四松を見上げ、チョロ松は、本人がいいなら……とブツブツ言いながら十四松のおんぶ申し出は断って立ち上がった。
「そんじゃ、そーゆーことで。一応向うの建物に住むことになったから」
 遅れて来たというのに仕切りっぱなしのおそ松が軽く挨拶をするので、男は、お、おう……と微妙な返事をして刀を漸く収めた。斬りつけたことを窘めるわけでも、責めるわけでもなく。今までにない反応で、男は思わず狐に視線を送った。
「和泉守、あのですね!」
 それに気が付き慌てて狐は言葉を放とうとするが、とりあえず昼飯どうしようかー、とワイワイ歩き出してしまう六つ子に連れられ言葉を最後まで放つことは叶わなかった。
「……なんだよこれ」
 ブツブツと言いながら男……和泉守兼定が障子を閉めて部屋に戻ると、壁にもたれかかって赤い爪をいじっていた男が声をかけた。
「ちらっと見えたけど双子だったの?」
「え?三人同じ顔だったよ」
 赤い爪の男の隣に座っていた、和泉守と同じ羽織の男は訂正するように声を上げる。座っていた角度で見えた人数が違っていたのだろう。和泉守は、首を振った後に、六人、と言葉を放った。
「六人!?六つ子!?え?あ、六つ子とは限らないか……兄弟だろうけど」
 見えた顔が全く同じだった赤い爪の男は驚いた様に声を上げる。すると和泉守はうーん、と唸った後にドスッと座り込んだ。
「わかんねぇ。ただ、年は同じ位に見えたし、気持ち悪い位顔は同じだった」
「……ちぃと様子覗いてくる」
 そういったのは陸奥守で、その反応に和泉守は僅かに顔を顰めた。
「どういう風の吹き回しだ」
「ほんにわしらを放置するつもりなんか様子こっそり伺ってくるだけじゃ」
「口からでまかせに決まってんだろ」
 呆れたように和泉守が言うと、陸奥守は困ったように笑った。
「俺も行こう」
「蜂須賀?」
 本来はきらびやかな衣であろうが、他の面々同様薄汚れている。その衣を払って立ち上がった蜂須賀虎徹を眺め、意外そうに陸奥守が声を零す。
「それこそどういう風の吹き回しじゃ」
「……用心の為だよ。和泉守の刀を避けたからね」
「ありゃ驚いて転んだんだろ」
 ぶっきらぼうに和泉守が言うと、蜂須賀は少しだけ笑う。
「俺の位置からは避けたように見えたんでね。もしも特殊な訓練や能力を持っていたら六人相手に陸奥守だけだと荷が重いだろう。俺が行けば一人頭三人でいい」
 別に審神者に興味があるわけではなく、どちらかと言えば陸奥守を心配しての同行申し出と判断し、一同、まぁそれなら、と頷く。
 陸奥守同様、蜂須賀はこの本丸にいる刀剣男士の中では、初期の方に来たこともあり練度も高く、運良く他の面子の中でも負傷が軽い。
「僕も行こうか?」
 申し出たのは和泉守の側に座っていた洋装の男で、青い瞳を陸奥守と蜂須賀に向ける。
「いや、おんしは和泉守とここにおってくれ。わしらに何か合った場合、動ける面子は必要じゃ」
「はい……」
 少し萎れたように男は頷くが、陸奥守のいうことはよく理解できる。油断させて強襲は常套手段であると身を持って知っているのだ。
「気をつけろよ」
「わかっちょる」
 和泉守達に見送られ、陸奥守と蜂須賀は裏庭を経由して本殿へ向かった。


「とりあえず昼はピザ注文したけど」
「直ぐ届くのか?」
 チョロ松の言葉におそ松が確認すると、彼はパソコンの画面を覗き込み口を開いた。
「一時間ぐらいって返信きてる」
 少し正午は過ぎるが許容範囲内だろうとおそ松は納得したように頷いて、ゴロンと床に転がった。
 一同が集まっているのは審神者の部屋だと言われた場所で、一応戻ってくる時にあちこち案内はされたが、大広間では広すぎるし個室では少々狭いということで一同集まるのはここがいいだろうと判断されたのだ。
「しっかし思ったより通販サイト充実してたな。店屋物もあるのは助かる」
 おそ松の言葉にチョロ松はパソコンにはじめから入っていたサイト一覧を確認した。このサイトから注文した場合は自動的に経費扱いになり細かい手続きはいらないのだ。ここ以外からの注文となると、稟議書申請やら、経費の手続きやらで面倒な書類仕事が増えるので、基本的には登録サイトから注文しようということで一同同意していた。とにかく面倒くさいことは避けたいと言う気持ちが一致したのだ。
「どうする?店屋物以外に関しては、必要なもの昼までに注文したら、明日の昼ぐらいに届くみたいだけど」
 チョロ松の横からサイトを覗き込んでいたトド松が言葉を放つと、まじっすか!とおそ松は起き上がり、他の面子とぎゅうぎゅう押し合いながらサイトを眺めていく。
「……大体揃ってたけど、至急いるって何?」
 一松の言葉にうーんと唸ると、トド松が思いついたように声を上げる。
「草刈機!」
「経費で通るのかよ!!!!!!!」
 思わずチョロ松が突っ込むが、トド松は口をとがらせる。
「無かったら通すよ。だって草ボーボーだよ!虫出るよ!野球もできないよ?健康維持に支障出るとか、庭が荒れてると刀剣男士の気分も滅入るだろうとか適当に理由付けて!」
 野球が出来ないと言われて十四松もトド松と一緒になって、草刈機!草刈機!と腕を振りながら声を上げた。
「そもそもあるのか?」
 カラ松がそう言うと、チョロ松はちょっとまって……とサイトをクリックしていく。すると小型のものに関しては一応扱いがあるようであった。芝などの手入れを自分でしたい審神者用なのだろうか。
「あるある。よし、チョロ松クリック!十四松、届いたらとにかく草かりまくれ!」
「あいあいさー!」
 おそ松の言葉に十四松が元気に返事をしたので、チョロ松はあるなら別にいいか、とクリックをする。いきなり高額の買い物で若干手が震えるが、確かにトド松の言うとおりあの草の繁殖具合は寧ろ何で今まで放置してたのかと問い詰めたいレベルである。
「ん?これは」
 チョロ松がブラウザの端にあるボタンをクリックすると、ぺろんと日報と書かれた書類が開き、そこにある注文履歴という項目に草刈機が自動的に入っている。なるほど、勝手に記入してくれるから細かい申請が必要ないのか、とチョロ松が納得してウインドウを閉じようとすると、それをおそ松が制止した。
「この資材とかって言う項目は?」
「それは刀剣や刀装を作ったり、修復したりする時に使用する資材です。その項目も自動で入力されます。刀剣男士が遠征や討伐に行った時に基本持ち帰るものです」
 当然手引書に書いてあるのだが、ちらりとも読んでいないおそ松はほぅほぅ、と頷き顔を顰めた。
「うちは刀剣男士が全部ニートだからこの項目ゼロになったら詰みじゃね?やばくね?」
「いえ、一定量までは自動で政府から支給されますので、時間はかかりますが増えていきます。即詰みという事はないかと」
 本当に手引書欠片も読んでないとやや絶望気味に狐が言うと、おそ松は、なるほど、と神妙な顔をして頷いた後に声を上げた。
「資材使いきったから回復するまで一週間休暇とそんなネタもありだな。うん」
「流石おそ松兄さん!」
 トド松がキャッキャと褒めるのを眺めて、狐は、本気で仕事したくないのか、と六つ子の顔を眺める。窘める者は誰もおらず、寧ろ、刀剣男士に関わらない所で資材を消費する方法は無いのかと、漸く手引書を開く始末である。
「だめだなー、全部刀剣男士関係だ」
 カラ松がため息をつきながら言うと、おそ松は舌打ちし、しかたねーなー、とまた画面に視線を送る。
「この馬は?」
「一頭だけ裏庭の厩にいます」
「……誰が世話してんの?」
 動物関連ということもあり一松が珍しく発言をするわけなのだが、狐は申し訳なさそうに首を振った。
「本来は刀剣男士なのですが、今は誰も」
「え!?それ大丈夫なのか!?馬生きてるの!?」
 驚いてカラ松が声を上げると、物騒なこと言うな、と一松の鉄拳が飛びそのままカラ松はひっくり返る。
「幸い草が生えっぱなしでしたのでそれでしのいでいます。審神者が日報を出せば、馬の頭数に合わせて餌も届きますので、今後はそれを運んでやれば問題ないかと」
「おそ松兄さん……」
「よし、馬の世話は一松な。あ、あと俺等の飯関係はカラ松」
 皆まで言うなと言わんばかりにおそ松は一松にそう言った後に、カラ松に重大任務を押し付ける。
「え!?料理とかちょっと……」
 起き上がって慌てて声を上げるカラ松であるが、おそ松はぽんと肩を叩く。
「一松と一緒にここでの家事全般を任す」
「……馬の世話はいいけど、クソ松と組んで家事は面倒」
 フリーズしたカラ松の代わりに一松がぼそぼそと言うと、おそ松は大げさにため息をつく。
「しっかしなー、報告書関係は人心把握術に長けたトド松と、まめなチョロ松に頼みたいしー」
 確かにそれに関しては一同異論はなかった。上手く報告書を書かねばあっという間に追い出される危険もあるし、まめなチョロ松以外に提出物関係を任せれば、一回も提出していないという最悪な状況になりかねない。
「おそ松兄さんと十四松はなにするの」
「……俺等の仕事か?カラ松はギリいけるかもしれないかど、一松がな〜」
 カラ松の言葉におそ松がそう言うと、一松は少しだけむっとしたような顔をする。カラ松と比べられたのが気に入らなかったのだろうか。
「毎朝刀剣男士の部屋にピンポンダッシュな」
「はぁ!?」
 声を上げたのは一松とカラ松だけではなく、チョロ松とトド松もであった。一方当事者である十四松は、うっしゃー!と訳の分からないテンションの上がり方をしている。
「いやいやいやいや!今さっき斬りつけられたんだよ十四松!」
 刀の前に身を晒したチョロ松が慌てていうが、おそ松はヘラヘラと笑って大丈夫、大丈夫、と手を振った。
「日報書くのに一応様子は見に行きましたー、みたいな実績はいるだろ?だから、俺と十四松で毎朝とりあえず部屋覗きに行って逃げる。この仕事を怪我なくできんのはこの組み合わせだけだと思うけど」
 一松も、カラ松とコンビを組むのは死ぬほど嫌だが、もしもこの仕事に割り当てられたら確実に死ぬと思い、おそ松に、分かった、と短く返事をした。
「でもクソ松と俺だとどうなるか分かんないし。手伝って」
「おうおう。任せろ。チョロ松が手伝ってくれる」
「僕なの!?」
 おそ松のいい加減な返事であったが、恐らくこの中で一番手伝いをしてくれそうなのはチョロ松だろうと思い、一松は素直に頷いた。
「流石に掃除は手分けするかー。カラ松、とにかく飯な飯。掃除しなくても死なないけど、飯無かったら死ぬからな。つーか、刀剣男士って飯どうしてんの?」
「基本的に食事は不要です。遠征や討伐で疲労が溜まった時に食べるぐらいですが、時間が経てば疲労も抜けますので……酒や菓子などを嗜好品として取る者もおりますが」
「うっし。向うは問題ないんだな。とりあえず今日の晩飯は焼き飯とかでいいぞ」
 狐の言葉に納得すると、おそ松は早速カラ松に注文をつける。
「フッ……新たな特技を極めるのも悪くない……」
 決まったからには仕方ない。そう思いカラ松はポジティブにそう言うと、早速冷蔵庫の中身を確認しに行く。恐らく明日以降の材料の発注をしておこうと思ったのだろう。焼き飯程度ならば初期にあった食材で作れる。
「他に決めることあったっけ?」
 おそ松が言うと、一同うーん、と唸り、思いついたらでいいんじゃね?と既に解散ムードになっていく。
「あの、そこのタブレットですが」
「あ?これ?」
 チョロ松が机に積んであった端末を手に取り狐の前に置く。
「はい。一人一台と、刀剣男士に渡す用に数台あります。パソコンと同期していますので、政府からのメール確認や、簡単な発注や仕事などが出来ます」
「おー。太っ腹」
 早速トド松は端末を一つ手にとってあれこれいじる。それぞれ端末を間違えないように、カバーにシールでもはるか……とチョロ松が速攻で六色のシールを発注した。今後何かと役に立つだろうと思っての事だった。この辺りがまめまめしい男と言われる所以である。
「そんじゃ馬……ちょっと見てきていい?」
 解散なら、と一松が立ち上がったので、十四松も俺もー!と元気よく立ち上がる。
「そんじゃ昼飯まで解散な。部屋割りはさっき決めたとおりだから、荷物だけぶっこんどけ」
 おそ松が会議終了宣言をして、一同バラバラと散らばっていく。
「日報か〜大丈夫かな」
「心配ないよチョロ松兄さん。政府も時間多少かかってもいいって言ってるしね。とりあえず、春先まではじっくり様子見ますって書けば」
「え?余りにも悠長じゃないか?」
 トド松の言葉にチョロ松が眉をしかめるが、彼は笑って言葉を続けた。
「すぐやりまーすとか逆に信用されないって。腰据えてやってます風に報告すれば春までは居座れる。で、春になって何ともならなかったら、ちょっとやり方変えてみます〜って言えば、更に三ヶ月は引き伸ばせる」
「トッティ怖い!流石けーおー!」
「けーおー言うな!!!!」
 うわーん、と過去の傷をえぐられトド松が顔を覆って転がると、チョロ松は、すまんすまん、と笑った。
「まぁ、そんな方向で行くかー。流石に一ヶ月でニートに逆戻りしたら母さん泣くわなー」
「楽しい審神者生活始まるよ!仕事せずに食べるご飯美味しいです!給料ももらえちゃうって素敵!死ぬ気で引き延ばすよ!」
「うわー、頼もしいなトド松ー」
 末っ子のやる気に若干引きながらも、チョロ松は早速本日の日報作成を始めた。


 裏庭に馬の様子を見に来るということで、陸奥守と蜂須賀はその場をそっと離れる。
「どう思う?」
「……ほんに何もせんつもりかのぅ」
 立ち聞きしていると言う前提で演技している可能性も無いわけではないが、本当に手引書すら読んでいないのはこんのすけの様子で分かった。
「本当に春先まで何もしないつもりなら……アレに言って審神者の首をうっかり刎ねないように忠告させようか?」
 アレと言うのは蜂須賀虎徹の兄である長曽祢虎徹の事である。
 審神者の首を刎ねる可能性が一番高いのは、確かに離れの広間に屯する新選組の面々である。彼等は、政府や審神者から仲間を守るために、個室を持っているにも関わらず基本的にあそこに陣取っているのだ。
 他にも比較的軽傷な者も出入りしているが、毎朝本当にピンポンダッシュとやらをするのならば、一番あの面子が対応することが多いだろう。
「その心は?」
「奴らが本丸に居座っている分には新しい審神者が来ない。政府のちょっかいも来ない。毎度毎度手を変え品を変え来られるのも面倒だろう?」
「そうじゃのぅ……。とりあえず様子見か。暫くは衣食住の方に一杯一杯じゃろうし、落ち着いた頃に仕事をしようとするかもしれんが……せんかもしれんのぅ……」
 最後に言葉を付け足したのは、チョロ松とトド松の日報対策を聞いたからであろう。いかに仕事をせず長く居座るか。本気で考えているのかもしれないとちらりと思ったのだ。
 審神者と言っても色々なのは知っているが、ここまで仕事をしたくない審神者というのも余り聞かない。
 陸奥守は乱暴に髪をかきまぜると、ちらりと蜂須賀の様子を伺った。

 蜂須賀虎徹と言うのは、本来兄である長曽祢虎徹と仲が悪かった。仲が悪いと言うよりは蜂須賀が一方的に嫌っていたのだ。
 しかしながら、それが彼等虎徹兄弟にとっては幸運だった。
 仲間を、兄弟を、相棒を、守るためにあの審神者の理不尽な扱いに耐えて、肉体的にも精神的にも追い詰められて行く者が多い中、蜂須賀虎徹は不仲であったが故に早々に審神者から無視されたのだ。
 長曽祢虎徹を褥に呼び、贋作だ、弟より劣ると囁き続けても、長曽祢自体が、その通りだと気にもしない。蜂須賀虎徹に至っては、贋作の兄に劣ると審神者に言われれば、彼の首を落とせば劣らないという証明になりますか?とせせら笑って審神者に言う始末であった。
 他にも多数の刀剣男士がいる中、虎徹兄弟の反応は実に審神者にとってつまらないものだったらしい。早々に見切りをつけて、陸奥守に適当に本丸が正常に稼働している様に見せるために使っておけと押し付けたのだ。
 流石に戦績が落ちれば政府から調査が来る。ギリギリのラインで陸奥守は虎徹兄弟と戦線を周り、日課をこなしていた。他にも協力をしてくれた者はいるが、虎徹兄弟が一番尽力してくれていただろう。そういう意味では常に戦場に立ち、摩耗していた。
 もしも彼等の末の弟が審神者に人質にされていたら彼等も他の者達と同じように、審神者の玩具となっていただろうが、彼等は前線にいるのをいいことに、浦島虎徹に関してはあえて探さなかったのだ。
 検非違使を討伐せねばならない、日課だけでギリギリである、ということは審神者も知っていたので、これといって文句は言われたことはなかった。

 ともかく、陸奥守同様、本丸正常運営を政府に見せかけるために蜂須賀虎徹は駆けずり回っていた。手を抜けば、他の仲間に八つ当たりが行く。仲間の介錯を命ぜられる。
 直接的な虐待がないにしても、苦労は重ねている。そして、水面下ではそのお陰もあって、和解までは行かないが、兄と口をきく程度には関係を修復している。無論、問題の審神者の前では不仲な態度は崩しはしなかったが。

「陸奥守?」
「……すまんが。いっつもおんしを巻き込んじょる」
「全部背負い込む必要はないよ。今回は幸い時間がありそうだ。それぞれが、ゆっくり今後を考えるいい機会なのかもしれない」
 その言葉に陸奥守は思わずうつむいた。
 いつも即決を迫られていた。初代審神者からの交代の時など政府にすべてを委ねてしまったが故の惨劇だ。
 そして唐突に自分がすべてを終わらせた。終わらせたつもりだった。
 けれど終わっていなくて、ぐずぐずととどまって、どうしたらいいのか、どうしたいのか陸奥守自身解らなくなっていた。確実に審神者の呪は彼を蝕んでいる。
 責任感の強さから背負い込みがちな陸奥守を蜂須賀はいつも気にしていたし、さり気なく助言もしてくれる。それに陸奥守は感謝しながら、そうじゃな、と大きく頷いた。
「保留じゃ。そんで奴らが少し暇になった頃に、ほんに仕事をする気があるのか見極めることにするぜよ」
「了解した。ではそのように伝えようか」
 蜂須賀虎徹は少しだけ笑った表情を作り、陸奥守と一緒に広間に向かった。

「……よくわかんねぇ奴らってことか」
「そーゆーことじゃ。判断できん」
 和泉守は陸奥守と蜂須賀の言葉を聞き、呆れたようにそうかえした。実際、和泉守自身も判断しかねていたのは事実だ。
「まぁ、蜂須賀のいうことも一理あるし、首を刎ねるの保留するか」
「長曽根がそう言うなら……」
 赤い爪を弾きながら男は言う。多少の不服はあるが、放置してくれるならそれに越したことはない。
「すまないな加州。声を聞くのも嫌だとは思うが、いちいち首を刎ねるとなると、陸奥守や蜂須賀も難儀だ」
 長曽祢虎徹の続けた言葉に、慌てて赤い爪の男……加州清光は首を振った。
「別に謝ることじゃないし。確かに面倒だよね、ね、安定!」
 同意を求めるように隣に座る浅葱色の羽織を着た男に視線を送る加州。一方振られた大和守安定は、苦笑したように口元を歪めた。
「構わねぇな、国広」
「兼さんがいいなら言うことはないよ」
 青い瞳の洋装の男……堀川国広は瞳を細めて笑う。長曽祢虎徹。この一振りを加え、五振りは新選組の刀達であった。
 彼等が比較的怪我が少ないのには、タイミングの幸運があった。
 どうにもこうにも日課が間に合わず、陸奥守が審神者に拝み倒して、何とか検非違使討伐に新選組の刀達を借りたのだ。そして、虎徹兄弟の合わせて六人で、陸奥守が審神者の首を落とした日に討伐に出掛けていた。
 検非違使討伐となると万全の態勢でなくては難しく、ブチブチと陸奥守を役立たずと罵りながらも、審神者は彼等の修復を行い送り出したのだ。
 結果、彼等は検非違使に付けられた傷以外、身体的な傷は無いまま審神者との契約が切れた。精神的には散々いたぶられていて人間不信ではあるが、身体がまともに動くだけ、彼等はまだ余裕がある。
 酷い者になると、重傷のまま放置され起き上がることすら難儀なのだ。
「……ともかくだ。朝の突撃に関してはとりあえず毎回脅すだけはするぜ。流石に舐められるのはムカつく」
 和泉守の言葉に陸奥守は苦笑しながら了解した。それは審神者も覚悟しているだろうし、彼等は様子を見たら逃げると堂々と言い放っていたのだ。
 様子見確定という空気の中、カタリと障子が開かれ、顔を出した刀剣を見て陸奥守は目を丸くした。
「どうしたんじゃ次郎太刀。珍しいの」
「アタシじゃなくて、この子なんだけど。いい?話終わった?」
 大柄な次郎太刀の着物の裾から顔を出すように部屋を覗き込んでいる子供。
「小夜か。どうしたんだい?」
 蜂須賀の言葉におずおずと言ったように小夜左文字は部屋の中に入ってくる。それと一緒に入る次郎太刀であったが、凸凹コンビは普段は余り接点もなく、特に親しいという訳でもない。たまたま廊下で会ったのだろうか、そんな事を考えながら、陸奥守は小夜が口を開くのを待った。
「……馬の水を変えに行きたいんだけど、新しい審神者はどんな感じ?」
 元々はつらつとしたタイプではないし、どちらかと言えば兄弟にべったりだった方なので緊張しているのだろう。俯いたまま小夜が言葉をこぼすと、陸奥守は困ったように笑う。
「審神者に関してはよーわからん。じゃから保留じゃ。馬に関しては何番目かが世話するゆぅとったが」
「何番目?」
 意味がわからないという様な顔をしたのは、小夜だけではなく次郎太刀もであり眉を寄せて、どういうこと、と言葉を促した。
「六つ子だったんだよ。んで、仕事しねーで飯食いたいから、とりあえず俺等のことは放置するみてーだ」
 呆れたような和泉守の言葉に、次郎太刀は思わず脱力したように、なにそれ、と項垂れた後に小夜に声をかけた。
「だってさ。馬、任せとけば?」
「……うん」
「馬の世話はおんしがしとったんじゃな。今までほったらかしですまんかった」
 深々と頭を下げる陸奥守を見て小夜は慌てて首を振った。馬の世話の人員が回せる状態でないのは小夜も承知していたし、そもそも、馬の世話などしようものなら、そんな命令はしていないとあの審神者に蹴飛ばされるのだ。
 けれど小夜は、こっそりと毎日届いては捨てられる餌を運んで、水を変えてやり、出来るだけ世話をしていた。
 それでも行き届かず、戦場でかけるには余りにも弱ってしまい、何頭も乗り潰す羽目になっていたのだ。書類上は戦場で足を折ったとか、事故だったとか書いていたが、実際は世話不足によるものである。
 結局一頭だけになってしまい、あの審神者が死んでからは餌も届かなくなった。
 幸い裏庭の雑草や、既に放置されている畑などを掘って馬は飢えを凌いでいた。だからせめて水だけは、と小夜はせっせと毎日厩に通っていたのだ。
 元々馬が好きだった訳ではない。
 戦場で小夜が動けなくなった時に、馬が彼を背負って兄弟のところまで運んでくれた。ただそれだけのきっかけで世話をし始めたのだ。
「……あの時は皆……僕も含めてだけど、自分と両隣位で精一杯だったし。陸奥守が悪いわけじゃない」
 視線を逸らしたままぼそぼそと小夜はそう言葉を放った。それを聞き、思わず一同俯いた。
 今は少し余裕が出たが、当時は本当に精一杯だった。精一杯すぎて、沢山の選択を間違えた気もする。そんな事をぼんやりと考えたのだ。
「……馬の件教えてくれてありがとう。後でこっそり覗いてみる」
「昼食は皆で取るみたいに言ってたからね、その頃に行くといいよ」
「うん」
 蜂須賀の言葉に小夜は頷くと、そのまま立ち上がって部屋を出て行った。
 そして残る次郎太刀。
「そんでおんしはなんじゃ?」
「新しい審神者どうだったか聞こうと思って」
「今まで聞きに来たことなかったじゃねぇか」
 驚いたように和泉守が言うと、次郎太刀は、そうだなぁーと天井を仰いだ。
「本殿が何か賑やかだったから。今までってさ、審神者来ても、やっぱり重い雰囲気のままだったし、ちょっと変わり種が来たのかと思って。まぁ、六つ子だとは思わなかったけど。そりゃ賑やかになるわ」
 呆れたような次郎太刀の言葉に、和泉守は、うるせーよあいつら、と顔を顰める。おそ松に一方的にまくし立てられて、結局刀を収める羽目になったのを根に持っているのだろう。
「……しかも仕事したくないって、何しにきたのそいつら」
「楽しい審神者生活始まるよ!仕事せずに食べるご飯美味しいです!給料ももらえちゃうって素敵!死ぬ気で引き延ばすよ!って言っとった」
「え?なに?バカなの?」
「突き抜けたあほぅかもしれん。ともかく保留じゃ。わしらを放置してくれるならそれに越したことはないからの」
「わかった。とりあえずそういう風に気がついた子には言っておく。まぁ、ききやしない子いるかもしれないけど」
「そん時は審神者に運がなかったちゅぅ事でええが」
 一同刀剣が集まることは長くなかった。それぞれ兄弟・同胞・相棒と肩を寄せあって息を殺している。動けないものもいる。兄弟を折られて、仲間すら疑心暗鬼の目で見ているものもいる。
 次郎太刀はあの審神者に目をつけられたのが兄の方であった。もういい、やめてくれと兄に何度懇願しても、彼の兄は弟を守るために審神者に嬲られ続けた。今は寝込んで起き上がることも稀である。
「……いつまで続くのかね、この牢獄は。終わらせられるならさっさと終わらせたいとアタシは思ってる」
 そう言葉をこぼし、次郎太刀は部屋を後にした。
「牢獄……か」
 長曽祢は彼の言葉を反芻し、壁にもたれかかる。結局こうやって引きこもって、拒絶して、いつまで待てばいいのか。いっその事自害でもすればいいのか。けれど、残された仲間はどうなるのか。何度も考えたことであった。
「長曽祢、一人で背負い込むな」
 かけられた声は自分を慕ってくれている者のもので、彼はその声を聞いて苦笑した。

 部屋に戻ろうとした次郎太刀であったが、裏庭の方へ向かう小夜の姿を見つけて後を追った。
「小夜」
「次郎太刀!」
 文字通り飛び上がるほど驚いたように小夜が声を上げたので、彼は苦笑して、一緒に行こうか?と口端を緩めた。
「え?でも……」
「審神者に何かされそうになったら、アンタ担いで逃げるから」
「……ありがとう」
 きっと大柄な次郎太刀ならば本当に自分を担いで逃げるのではないかと思い、小夜は少しだけその絵面が可笑しくて笑った。
 大きな身体をかがめて、小夜と共に次郎太刀はそろそろと厩の方へ向かう。刻限は正午過ぎている。


「一松兄さん!水!水持ってきた!」
「そこに入れてやってくれ」
 バタバタと桶に水をなみなみと入れて十四松が戻ってきたので、厩の掃除をしながら一松はそう返事をする。
 馬は放し飼いにされており、裏庭で自由に草を食べていたらしく無事に生きていた。多少栄養不足で毛並みは悪いが、人懐っこいのか、一松や十四松を見ても威嚇はしてこなかった。
「ざっばーん!」
 擬音を口にしながら十四松は水を勢い良く入れる。そしてまだ沢山入ると気が付くと、またバタバタと水を汲みに行った。
 力仕事を引き受けてくれたことに感謝しながら、一松は荒れ果てた厩を見て顔を顰める。馬は一頭しかいないが、無駄に厩が広かったのだ。もしかしたらもっと沢山いたのかもしれない。
「……お前も兄弟いたのか?」
 一松の言葉に馬は少しだけ首を振っただけで、またもしゃもしゃと草を口に含んだ。
 日報を提出すれば馬の数に合わせて餌が来ると聞いていたので、とりあえず今日は厩の掃除と水だけでもと彼等は作業を始めたのだ。餌に関しては申し訳ないが今日までは雑草で我慢してもらうしか無い。
「何掘ってるんっすか?ここ掘れわんわん?」
 水をなみなみと注ぎ込んで暇になった十四松は馬が鼻で土を掘っているのに気が付き、わんわん!と言いながら軍手をはめた手でその場所を掘り出したので、一松は驚いたように声をかけた。
「馬はわんわんじゃないし。あと、手痛める」
「わんわん!大丈夫!」
 わっしゃわっしゃと掘り進み、十四松は掘り当てたものを見て目を丸くした。
「芋が出た!」
「はぁ!?」
 十四松の手に握られているのは痩せているがさつまいもで、馬はそれが目当てだったと言わんばかりに彼の手からそれを口に含む。
「やっべー!食べた!俺の手から食べた!」
 そう言うと、十四松はまた芋を探して土を掘り出す。
「十四松、そっちじゃなくてこっち。土の色が違うところ掘れよ。多分畑だったんだろ」
 一松の言葉に十四松は辺りを見回した。兄の言う通り、よく見れば土の様子も雑草の生え方も違う区画がある。元畑だったのだろう。
「……そう言えばチョロ松兄さんが畑もあるって言ってたな」
 多分植えられて、収穫されずにそのまま放置された芋が残っていたのだろう。馬は浅めの所にある芋を掘り起こして飢えをしのいでいたのかもしれない。そう思い一松は、最後に厩の床を水で流すと、十四松の方へ歩いて行った。
「道具とかなかった?」
「さぁ?」
 桶を持ってきた所にはなかった、と十四松が言うので、一松はこんのすけに聞きに行こうかと屋敷の方に視線を送ったが、そこからくる人物に顔を顰めた。
「何しに来たクソ松」
「……え。いきなり冷たいな一松……」
 先制パンチを喰らって若干怯んだが、カラ松は気を取り直して厩の建物に身体をもたれさせポーズを決める。
「シルバーミーティア号の様子を見にきたのさ」
「だっせぇ名前。しかもシルバーじゃないし」
 吐き捨てるように一松が言い放つと、カラ松は、フッと鼻で笑い、馬を眺める。
「美人な馬じゃないか。磨けば光るタイプだな」
「うるせぇ」
「あ!カラ松兄さん!芋!芋掘ってる!」
「芋?」
 両手にさつまいもを持ってわーと大騒ぎする十四松を見てカラ松も面食らったような表情を作る。
「さつまいも!これ畑に植えて水やったら増えるんっすか?増えるなら草むしって畑作りたい!」
「……じゃがいもはそんなんだったっけ?あれ?覚えてないな」
 素に戻ったようにカラ松が言うが、十四松は既に芋を掘るついでに草も除去し始めている。明日には馬の餌が届くので裏庭の雑草も不要になるのだ。
「よし。可愛い弟のために畑用の肥料も注文しとくか。任せておけ」
「やべー!カラ松兄さんかっけー!」
 やんや十四松に囃し立てられて、カラ松は上機嫌に馬を眺める。
「餌もたんまり食べて、元気になったら俺を乗せて駆けてくれよ、シルバーミーティア号」
「……蹴られて死ね」
「っと。ピザ届いたからって言われてた」
「さっさと言えよクソ松。行くぞ十四松」
「あいあいさー!」
 十四松は短時間であるが掘り起こした芋を厩の前に積むと、馬に、たんとたべろよー、と言葉を放った。そしてわいわいと押し合いへし合い兄たちと屋敷に戻って行く。

「……名前違うのに」
 ぼそっと草むらに身を潜めていた小夜がこぼすと、次郎太刀もため息をつきながら口を開いた。
「しかもさつまいもは芋じゃなくて苗植えるんだけど。肥料やったら逆に育ちにくいし、植えるの春先だし」
 どうしよう、アホすぎるから教えたい。一瞬そんな事を二人共考える。
「……でもまぁ、馬の面倒は大丈夫そうだね」
「うん。ついてきてくれてありがとう」
「どういたしまして」
 小夜の言葉に次郎太刀は、少しだけ笑った。
 とりあえず審神者の様子はなんとなく分かったし、陸奥守達が保留と言った理由も理解できた。次郎太刀は、小夜と並んで歩きながら、ちらりと屋敷に視線を送る。
 終わらせる者なのか。それとも、開放する者なのか。
 そんな事を考えながら、兄の待つ牢獄へ戻っていった。

 


えらい長くなったんで半分に分ける
pixiv20151213投稿分
20160202

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