*ニートの六つ子と人間不信の刀達*
「いやいやいやいや。怪しいだろ!やばくね?」
そう言ったのは、世にも珍しい六つ子の三男であるチョロ松で、彼は先程まで家の居間に居座っていた客の置いていった封筒を眺め声を上げた。
「うーん。でも政府とか言ってたし」
末っ子であるトド松の言葉に、少しだけ渋い顔をしたのは四男の一松で、彼は面倒臭そうに封筒から書類を引き出した。
──時間遡行軍討伐計画
「まぁ、俺の才能が政府にまで届いてるってのは悪い気しないけどな」
前髪を払って得意気に声を上げた次男カラ松は、その厨二病気質を刺激されたのか然程怪しんではいないようであったが、おそ松は口を開けてぼんやりと座っている五男・十四松に視線をちらりと送ったあと、口を開いた。
「一応ハタ坊に確認したら、実際政府にこんな機関とやらは存在するらしい」
「マジかよ!?」
思わずチョロ松が声を上げると、おそ松はいつにない重々しい表情で頷く。
「ただ、Mr.フラッグとして調べても、詳しいことは分からなかったらしい」
「逆に詳しいことが分からないということを逆手に取って、機関を騙った詐欺ってことは?」
ぼそぼそと一松が聞くと、おそ松はうーん、と首をひねる。
「そこがなぁ。正直ハタ坊でわからんかったら一般市民の俺にどうしろと!と言う感じなんだが。で、どうするよ。行っちゃう?」
出された条件は破格であった。
・衣食住に関しては経費として完全保証。
・別途給与支給。成績に応じて追加報酬あり。賞与年二回。
・基本的に外部との接触は不可であるが、事前に申請を出せば一時帰宅可能(盆・正月等)
・インターネット完備。
・通信販売可能。
・通話、通信に関しては機密事項に触れないかぎり自由とする。が、違反は発見次第懲罰委員会にかけられる。
・病気、怪我は労災対応。ただし指定病院に限る。
ざっとあげられるだけでこんな状態である。
以前働いたブラック工場と違うのは保証面が破格であるという事で、基本的に指定の場所に缶詰である。
「えー、外出れないの!?野球は!?」
ぶーぶーと文句を上げた十四松を眺めて、チョロ松は慌てて書類に視線を落とす。
「えっと……指定の敷地内、ってあるから、庭とかあれば外には出てもいいのかな」
「見取り図あったよ」
チョロ松はトド松から缶詰にされるであろう敷地の見取り図を受け取って目をむいた。
「なにこれ怖い。めっちゃ広い」
「野球!やきうできる!?」
うおー!と雄叫びを上げる十四松を横目に、チョロ松は敷地の縮尺を確認した。
「……池とかあるし……えっと、野球なー。三角ベース位は裏庭でいけそうかな?え?畑とか厩とかあるけどなんで!?自給自足!?」
「通販可能だったら完全に自給自足って事はないんじゃないか?まぁ、乗馬も悪くないな」
カラ松の言葉に、それもそうか、と一瞬思ったが、チョロ松は段々と不安になってきて恐る恐る口を開く。
「今まで俺達ニートだったんだよ!?底辺だったんだよ!?急にこんな仕事持ってくるとか絶対何かおかしいよ!」
「そんじゃ、行ってみてやばかったら工場の時みたいに逃げるとか?」
おそ松の言葉にチョロ松以外が大きく頷く。
「逃げるって!?どうやって!?もしも詐欺なら労働基準局に駆けこむとか出来るかもしれないけど、本当に政府だったら!?国外逃亡!?」
うわー!と頭を抱えて仰け反るチョロ松を眺め、おそ松は呆れた様に口を開いた。
「そんなのハタ坊に頼めばいいじゃん。通信制限されてないんだし」
「お金積んでやっぱり国外逃亡!?」
おそ松の言葉で更に絶望を深めたチョロ松であったが、おそ松はニヤニヤしながら言葉を続けた。
「使うのは金じゃなくてコネ。ほら、海外にもコネあるみたいじゃん。だから、政府がこんな非人道的な事してますよ!とかこんな国家機密抱えてますよ!ってチクるんだよ。身の保証取引条件にさ。で、それを盾にハタ坊や海外の要人が政府を脅すもよし、逆に政府の方に既に機密はMr.フラッグに渡してあって、俺達に何かあれば流出させるみたいに話しつけてさ―。口止め料なり、慰謝料なり巻き上げて円満退社みたいな」
悪魔がおる……そう心底思ったのはチョロ松だけではなく他の兄弟もであった。
確かにハタ坊という保険さえしっかりかけておけば、いざというときに助けになるかもしれない。そしてニートから政府の機密知るエリートへの転職である。多少の危険は目をつむっても良いかもしれないという空気が流れてゆく。
「……俺は皆一緒ならどこでも行くし」
呟くように言った一松の言葉にチョロ松は目を丸くする。コレは判断を周りに丸投げする、という無責任なものではなく、彼はただ、皆といれるならどこでも良い、と本気で思っているが故に吐き出された言葉だと理解して、伺うようにチョロ松はおそ松に視線を送った。
全員が一緒に。
これが一番の破格条件であった。
誰か一人。もしくは、六人バラバラの場所へ行かねばならないのなら彼等は断ったであろう。けれど、六人一緒に、と言うのは向こう側が出してきた条件だったのだ。
その際に、才能がどうとか、能力がどうとか話をしていた気もするが、彼等はよく理解できなかったので脳内で抹消され、ただ、六人でどこかに行く、と言うことだけがインプットされていた。
「……うっし。ちょっとハタ坊に話しとく。そんで、なんだっけ?仕事の説明会、行ってみるか」
ざっと話された仕事説明としては、刀剣男士と呼ばれる者たちを使役して、時間遡行軍を討伐に行くという話だった。それだけで怪しさ満点なのであるが、あくまで戦うのは刀剣男士である、彼等は、その刀剣男士を管理し、増やすのが仕事なのだという。
「この給料の高さは管理職手当って事かな」
末っ子が基本給を眺めながらそう言葉を放つと、一松が不安そうに俯く。元々コミュニケーションを取るのが苦手である彼は、恐らくこの仕事において一番苦労するだろうと思われたのだ。けれど、その彼が、皆が行くなら行くと言っている。
「漸く俺の才能が評価されるって事だな!遅咲きではあるが見ている人間は見ているというこ……」
「説明会いつだっけ?」
折角のセリフを末っ子にぶった切られ膝を抱えるカラ松であったが、直ぐに、連絡してみれば?と封筒に書かれている電話番号を指差した。
「何か個別認識番号をこの番号にかけたあと入れろって言ってたな。えっと、何番だっけ」
そう言いながらおそ松は書類の裏に殴り書きされた数字を確認し、電話をかける。
「あ、もしもし。松野ですけど」
そうして彼等は正式に政府認定審神者となり、時間遡行軍との戦いに身を投じる事となった。
それは突然破綻した。
元々穏やかで、愛情深い人であったのだが、それが災いしてのことであった。
審神者と呼ばれ、本丸に住まい、刀剣に宿る付喪神を具現化して戦場へ送り込む者。
一番最初に呼ばれた刀剣は、その審神者に寄り添い、共に長い時間過ごしてきた。今でも思い出すのは、たった一つその人が持ち込んだ鳥かごにいる小鳥相手に、笑う姿であった。
愛情を持って刀を鍛え、政府の期待に応え、けれどそれが段々と軋んで来ていることに男は気がついていた。
無理をさせたくない。多少無理をさせてでも時間遡行軍を討伐せよ。
己の信念と、政府への忠誠の間に挟まれ、段々と病んでいった。けれど刀剣男士達への愛情は変わらず、いつも困ったように微笑み、一人で部屋に篭っている時は、小鳥を愛でていた。
「人懐っこいの」
「臆病だから手乗りにはなりにくいんだけどね。けどこの子は私が卵からかえしたから」
チチッと短く声を上げた小鳥を眺め、男は少しだけ陰鬱そうな表情を作る。
また政府から催促が来ていた。それを報告せねばならないのだが気が重たかったのだ。
「……この鳥はね、他の鳥と一緒に入れても喧嘩しないの。いじめられる事はあってもいじめない優しい子。仲間と一緒だとね、皆くっついて仲良くお団子みたいになるのよ」
けれど一匹だけしか持ち込めなかったのだという。いつか見せてあげたいと笑った審神者を眺め、男は、そうか、楽しみじゃ、と精一杯の作り笑いをした。
だましだまし取り繕っていた審神者の心が一気に捻れて破綻したのは忘れもしない検非違使討伐後の事であった。
愛情をかけて育ててきた刀剣男士が3人消失した。
その報告を聞いた審神者は、突然笑い出し、鳥かごをひっくり返す。
「嘘つき!嘘つき!嘘つき!ちゃんと帰ってくるって言ったのに!何で!どうして!」
笑ったと思ったら、泣きながらそう罵る彼女を眺め、報告した男は驚いて宥める。
「……嘘つき。大っ嫌い。帰ってきてよ」
泣き崩れ、そして動かなくなった審神者を、男は呆然としながら眺めるしか出来なかった。
感情の起伏が激しくなり、どう扱って良いか解らないという空気の中、一番長く一緒にいた男はそれでも必死に彼女を宥め、何とか審神者としての仕事をさせていた。刀剣達に憎しみは向けられなかったが、逆に過保護になり、討伐に出すのを嫌がり、政府からの矢の催促に大声を上げて怒鳴り散らしたりと、明らかに精神に異常をきたしていた。
「……もう限界です」
そう言ったのは審神者のサポートとして政府から派遣されていた狐であった。ここに留めるより、適切な治療をした方がいいと男に言ったのだ。
「わしが一人で決められん」
「政府にはこちらから報告します」
狐なりに譲歩して報告をとどめておいてくれたのだろう。刀剣男士と言うのは基本的に具現化した時点で審神者に隷属し、呪に縛られる。つまり、審神者が本丸からいなくなるということは、彼等もまた、現界するための媒体をなくし、消失するという事なのだ。
「貴方達はあの方が大事に育てたおかげで練度も高いですし、きっと政府もむざむざ消失させないと思います」
狐はそう言ったが、あの時、一番最初の審神者とともに本丸を去ればよかったと後に男は後悔した。
本来審神者と刀剣男士の契約は審神者が死なないかぎり切れない。けれど、政府は新しい審神者を準備し、契約の譲渡と言う形で刀剣男士を存続させた。
新しい審神者は、審神者としての能力だけではなく、術師としての能力にも優れていた。そんな審神者に練度の高い刀剣男士を契約させれば、時間遡行軍との戦いも有利に進むであろうと言う判断であったのだろうが、新しい審神者は深刻な問題を抱えていた。
端的に言えば人格破綻者であったのだ。
病んでいった初代審神者とは違い、元々何かを虐げることに快楽を覚える性質であったのだろう。
従順な刀剣男士を虐げ、嬲り、気に入らなければ手入れすらせず酷使し、気に入れば露骨に贔屓する。愛情を注がれたものも、注がれないものも、残酷な契約生活を送ることとなった。
審神者と結ばれた契約の呪は、基本的に刀剣が主を傷つけないと言うものが根底にある。毒づいても、逆らっても、結局は審神者を物理的に傷つけることは出来ない。
そして更に、その審神者は刀剣男士が外での戦闘で折れないように、必ずこの本拠地に戻ってくるように別の呪も施していた。
本来この呪は、刀剣男士の戦闘での消失を防ぐためのものであり、折れるほどのダメージを敵から喰らっても重傷にはなるが帰還できるという物であった。普通であるなら、そこで修復を行うのだが、この審神者の場合は、己の目の届かぬ所で刀が折れてしまってはつまらない、という理由で彼等にその呪を施す。
そのまま放置されるもの、仲間の手で介錯されたもの、様々ではあったが、本来刀剣男士を守るために存在したはずのその呪は、確実に刀剣男士にとっては【しゅ】ではなく【のろい】となった。
しかしながらある日ある時、その審神者の傍若無人な振る舞いは突然終止符を打つこととなった。
理由は実につまらないものであった。
比較的審神者のお気に入りであった刀剣が、たまたま鳥かごを抱えていたのだ。
己より幸せなものを許せない。昔の主を思い出すことを許せない。
そんな感情の起伏が、己自身を殺すこととなったのだ。
「殺しなさい!」
初期から本丸にいるということで、近侍としてとにかく仕事だけをしていろと言われていたその男は、直接的な虐待は無いものの、矢張り仲間たちへの扱いに病んで行った。けれどそんな男であったが、その鳥かごが誰のものであるか知っていた為に、一瞬、刀を抜くのを躊躇った。仲間を切れと命ぜられたのは初めてではない。けれど、その時、男は確実に心のなかで審神者に逆らったのだ。
神性が高いものであったり、精神力が強いものであれば、かなり強い呪で縛らなければ無理矢理行動させることは出来ない。
審神者の中では、効率的に仕事を行うためにわざと個性をなくすほどの強い契約を用いる審神者もいるが、大半の審神者は刀の個性を残したまま契約を行う。彼等は後者であったし、感情が無いものを虐げても面白くないと、この審神者は強制的に命令を聞かせる時以外は、強力な呪は用いなかった。それでもその才能故に、十分強力ではあったのだが。
大して神性も高くない、ただの打刀に反抗されたと感じたのだろうか、審神者は更に言霊を重ねた。
「首を落としなさい!陸奥守吉行!」
刀を握る男の名を呼び、更に呪を強めたその瞬間、落ちた首はその審神者のものであった。
それはほんの小さな違和感であったのだ。
普通ならば気がつかない。そんな小さなもの。
今なら審神者の首を落とせる。そう陸奥守は思ったのだ。
もしも重ねられた言霊が、へし切り長谷部の首を落とせ、だったならばそんな事は出来なかっただろう。
指名されなかったその刀を向ける先。
審神者は出来るだけ呪の効力を効率的に強めるために、わざと細かく指定をして解釈範囲を狭め、強力なものへと変化させるという事を常時行っていた。
漠然とした命令より、具体的な命令の方が、より呪を強める。
確かにその審神者は陸奥守の名を呼ぶことで、彼に対し強力な呪を放った。けれど、その呪の重ねがけが、審神者を傷つけてはならない、という呪を上回った。
鳥かごを持っていたへし切り長谷部は呆然としたように陸奥守を眺め、そして、陸奥守は泣いたように笑った。
「すまんかった。もう終いじゃ」
初期刀としてこの本丸に一番最初に招かれた彼は、その手でこの本丸を終わらせたのだ。
そして彼等は消失するはずであった。
彼等と同じように呪をかけられ、政府に審神者にとって都合の悪いことは報告できなかった狐が己にかけられている呪の消失に気が付き駆けつけた時、まだ彼等は存在していた。
「これは……」
転がる首を眺め、血に塗れた刀を握る男に狐は声をかける。
「わしが殺したが、けんど消えん」
すべてが終わると思った男は忌々しそうにそう言葉を吐き、刀の血を乱暴に懐紙で拭った。
「どうしてじゃ。わし等は審神者がおらんと存在できないんじゃなかったんか」
突然の事に狐も訳が分からないと困惑する。この審神者との契約は確実に消えている。それは狐もわかっている。けれど彼等はまだ存在している。
「政府に報告します」
「おんしはそれしかできんからな」
「はい」
責めているわけではなかった。狐もまた、その男と同じようにこの本丸が始まった時からここにいるのだ。この審神者の悪行を政府に報告しようとして、呪をかけられたことも知っている。
結論として、刀剣男士たちは、審神者の残した呪に縛られていた。
本来かけられる、審神者の元に帰ってくる、という呪ではなく、術者への負担を軽減するために、この土地に戻ってくる、という別の呪を使用されていたのだ。審神者が死んだ後も、彼等はこの土地に縛られることとなった。
能力の低い審神者の施したものであれば、術者の死亡で消失するものであるらしいのだが、術者として破格の才能を持っていた上に、その審神者はこの土地に莫大な霊力を溜め込んでいた。
その霊力が消失するまでどれくらいの年月がかかるのか解らないという。
結局政府は、その本丸にまた新しい審神者を送り込み、契約の上書きと言う形でその呪を解こうとした。
けれどそれは、虐待の限りを尽くされた刀剣男士達によって拒否される。
もう二度と人間のために働きたくない。
歪み、病んで、穢れ、彼等は極度の人間不信に陥っていたのだ。
狐の報告を見れば、それも仕方あるまい、と政府は顔を顰めながらも、それでも検非違使の台頭によりジリ貧である戦力を何とか強化したいと、何人か審神者を送り込んでみた。
けれど、ある者はたった一日で泣きつき、ある者は怪我をし、ある者は病んだ。
たとえ審神者であっても、契約をしていない刀剣男士には斬られる。
一度だけ、他の刀剣男士を率いた審神者に何とか隷属させられないかと持ちかけたが、結局返り討ちにあうはめになる。負傷していようと、彼等の練度は高く、比較的軽傷の刀が徹底的にやり返したのだ。
このままあの土地に放置したほうが良いのではないかと言う意見が出る中、とある審神者が指名された。
異例の六つ子の審神者である。
本来審神者は、一つの本丸に一人であるが、以前、一卵性双生児の審神者を同じ本丸に置いた所、本来一人で生まれるはずだった者が二人で生まれた事で、審神者としての才能も分けたのか、個別の能力は並であったはずなのに、二人で運営する本丸はみるみる上位の能力者として名を連ねるまでになったのだ。
結局、単なる本丸改装の為に刀剣男士たちと間借りしていた筈の片割れは、政府の特例によりそのまま二人体制の本丸を運営してゆく。
そして、先日報告された六つ子の審神者。
個別の才能は、素人に毛が生えた程度であったのだが、六人の能力が驚くほど同レベルであったのだ。これが誰か一人であったり、能力にばらつきがあれば政府もこのような決断はしなかったであろうが、これも前例のごとく、一つの才能を六つに割って割り振られたのだろうと判断した。
そして何より、六人の人間関係が良好であったこともある。
人間不信の刀剣男士と接しているうちに病んでいった審神者が多かったのだ。
一人であれば病む一方であるだろうが、六人いれば、誰か一人が引きずられても、他の五人でまた引き上げられるのではないかと考えられたのだ。
元々個別で本丸に派遣した所で、大した能力はない。ならば、あの本丸に送ってみようではないか。
運が良ければ戦力としてまた復帰させられるし、無理でも、元々期待されていない審神者である。損失は大したものではない。
そんな政府の思惑の元、六つ子の審神者は、嘗て惨劇のあった本丸へと派遣された。
たまにはやったこと無い事しようとスタートしたクロスオーバー
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20160202