*松野小話*

「ただいまー!」
 元気よく玄関を開けて帰ってきた十四松を眺め、おそ松、おお!調度良かった!と満面の笑みを浮かべる。
「コンビニ行こうぜ」
「お金ないっす!」
 間髪入れずに十四松が返事をすると、ニヤニヤと笑いながらおそ松が千円札をヒラヒラとさせた。
「一松から小遣い貰っちゃったからさ。肉まん食おうぜ」
「まじっすか!」
 大喜びの十四松は、持っていたバットとグローブを玄関の隅に置くと、早く!早く!と靴をはくおそ松を急かした。
「チョロ松とトド松は?」
「チョロ松兄さんはニャーちゃんの握手会で、トッティはデート」
 その場で駆け足をしながら十四松が返事をすると、おそ松は、そっかーと声を上げたあと立ち上がった。
「そんじゃ二人には内緒な」
「ういーっす!」
 そう言うと、仲良く二人連れ立って近所のコンビニへと歩き出した。
 いつもよりゆっくりのペースでおそ松が歩くので、十四松もそれに合わせて歩く。漸くついたコンビニで、十四松は肉まんを買ってもらい、満足そうに笑った。
「お茶でいいか?」
「外で食べるんっすか?」
「そそ。帰って見つかったら他のやつに取られるだろ?」
 なるほど、と納得した十四松はおそ松と同じ温かいお茶を選ぶと、彼にくっついてまた歩き出す。
 コンビニから直ぐ側の公園のベンチに座り、二人は肉まんを食べる。
「ぷはー!んまー!」
 嬉しそうに肉まんを頬張る十四松におそ松は苦笑すると、お茶も渡す。
「喉に詰めんなよ」
「あ!」
「何?」
「カラ松兄さんには?内緒?」
 首をかしげて聞かれて、おそ松は、んー、と暫く唸ったが、ナイショの方向で、と笑う。
「内緒、内緒」
 そう言いながら十四松は最後の肉まんの欠片を口に放り込んだ。


 魔が差したとしか言えないあの瞬間。
 カラ松の服を着て、それをおそ松に目撃され、親友の為の煮干しを保身のために食べて、散々だった。
 あのあと一松は大急ぎで着替えて、残った煮干しを持って親友を探しに行ったのだ。何とかなだめすかして三十分。機嫌を直して擦り寄ってくる猫にホッとした一松は、漸く帰路についた。
 日は暮れかけて、寒さも増している為に、いつもの猫背が一段と丸まっている。
 そんな彼が顔を上げたのは、家の前で寒さなどお構いなしに元気よく素振りをするすぐ下の弟の姿を見つけたからであった。
「お帰り!」
「……ただいま」
 素振りをやめて元気よく十四松が言うので、ぼそぼそと一松は返事をした。そしてそのまま家に入ろうとすると、十四松は思い出したように彼に声をかけた。
「一松兄さん、ごちそうさまでした」
「え?何?」
「おそ松兄さんが一松兄さんのくれたお小遣いで肉まんとお茶買ってくれた!ごちそうさまでした!」
「……は?」
 競馬行ったんじゃ無かったのかあのクソ兄貴。そんな事を思いながら、そっか、と曖昧な返事をして一旦玄関まで入った一松であったが、直ぐにダッシュで引き返してきた。
「十四松!」
「はい!松野十四松です!」
「おそ松兄さんが、俺から小遣い貰ったって言ってたのか!?」
「わー!大きい声珍しいね!」
「俺からか?カラ松からか?」
「え?一松兄さんって言ってたっす」
 確認した一松は思わず拳を握りしめて、震える。
 アイツ気がついてたのか!だったら言えよ!言ってよ!あんな糞恥ずかしいクソ松の真似しなくても良かっただろ!煮干しもアレ嫌がらせだったのか!?
 そこまで心のなかで叫んだ後に、一松は震える声で十四松に言葉をかけた。
「おそ松兄さんは?」
「寒いから家の中っす」

「気がついてたなら言えよ!」
「……え?空気読んだつもりだったんだけど」
 漫画を読みながら寝っ転がっていたおそ松に一松が怒鳴りつけると、怒鳴られた本人はケロッとした顔でそう返答した。
「……え?」
「いやー、だって、死にたくなるだろ流石に。お兄ちゃん空気読んだよ!お前を傷つけない為に必死だったよ!……流石にカラ松までお前のために頑張るとは思わなかったけど」
 そう言われると返す言葉もない。わざとカラ松と間違えたのだと。
「いや……だったらさっさと部屋出てってくれれば……」
 ゴニョゴニョと一松が言うと、おそ松はニヤニヤ笑いながら一松を見上げる。
「ちょっと位お兄ちゃんと遊んでほしいな〜って思っただけでさ。あまりにも必死だから、こっちもどのタイミングでって難しかったんだよ。うん」
 すると、一松は無言で手を差し出す。
「え?何?」
「千円」
「えー!あれ十四松と肉まん食べちゃったし!それもお前たちが着替えてる所にバッティングしないように気を使ったんだし!経費だろ経費!」
「……そっちじゃない。煮干代」
 一松の言葉にチッと舌打ちすると、おそ松はポケットから小銭を出す。
「お釣り。つーか、今それだけしか無い。パチンコですったところだし」
 二人分の肉まんとお茶を買ったので半分も残っていない。しかしまぁ、自業自得の部分もあると、一松は諦めることにした。
 一松が小銭を数えてる間に、またおそ松は漫画を読みだして寝っ転がっている。それを見下ろしながら一松はぼそっと言葉を零す。
「……いつ気がついたの?」
「さて、いつかなぁ」
 咽喉で笑ったおそ松に、一松は舌打ちをして部屋を出て行った。


 バタバタと二階の襖を開けたのは十四松であった。
 そして見たのはソファーで膝を抱える次男。いつもならば雑誌を読んだり、鏡を見たりと忙しい彼がまるで一松のように膝を抱えて座っていることに驚いた十四松は、ほてほてと側によると、彼の頭を撫でた。
「うお!ブラザー!いつの間に!」
 飛びのいたカラ松を見て、十四松は首をかしげた後に、元気ないっすね、と言う。
 元気が無いといえば当然の話しである。
 己のパーフェクトファッションを何故か一松が着ていて、どうも自分の振りをしているようなので、助けるつもりで一松のパーカーを来て彼のふりをしたら、一生墓まで持っていけ!と切れられた上に、いたいけな弟を無理やり手籠めにしようとした鬼畜兄のレッテルまではられたのだ。現実逃避もしたくなる。
 後でなんとおそ松に言い訳をしようと考えているうちに、十四松が帰ってきたらしい。
「……フッ心配症だなブラザー。俺はいつもどおりさ」
 弟に無駄な心配をかけるのもあれだと、カラ松はいつもどおりポーズを付けてそう言葉を放ったのだが、十四松はまた首を傾げたと思ったら、タンスの引き出しをガサガサとあさりだした。
 別のことに興味が移ったのかと、ホッとしたカラ松であったが、十四松が取り出したのが財布だと気が付き、どうしたブラザー、とそばに寄ってみた。
 床にヒックリ返された財布の中身は小銭と、大量のどんぐり。明らかにどんぐりのほうが多い。なぜどんぐりを後生大事に財布に入れているのか謎すぎるが、十四松はそのどんぐりを避けると小銭を数えて、うーん、と唸った。
 この性格なのでバイトの面接もまともに受かったことがない十四松は兄弟の中でもダントツで所持金が少ない。おそ松などはギャンブルで増やしたり減らしたりするが、彼の場合は母親からの小遣いのみでやりくりしているので、出て行く一方なのだ。
 何か欲しいものでもあるのか?金が足りないのか?カラ松が心のなかでそう思うと、十四松はどんぐりを別の袋に詰めると、見ていて悲しくなるような少額の小銭を財布に戻して立ち上がった。
「カラ松兄さん、出かけるっす!」
「おう、いってらっしゃい」
 突然の行動だったので、素で返事をすると、十四松はカラ松の腕を掴んでグイグイ引っ張る。
 え!?俺も行くの!?と慌てて立ち上がったカラ松は、そのまま十四松に引きずられるように家を出た。

 たどりついたのはコンビニで、十四松は小銭を出して肉まんを一つ購入する。それを眺めていたカラ松は、自分の分も買おうかと思ったのだが、財布を取り出す前にまた十四松にグイグイと腕を引っ張られた。
「ブラザー!俺も肉まんを!」
 そんな叫びが聞こえないのか、引きずられるようにコンビニを出るはめになるカラ松。兄弟の中でも力の強い方であるカラ松にこんなことができるのは、十四松ぐらいなものであるが、カラ松自体も可愛い弟に本気で抵抗する気もないのか、されるがまま公園にベンチに座らされた。
 ガサガサと肉まんをビニール袋から出した十四松。
 いいなー、俺もなんかハラ減ってきたー、などとカラ松が思っていると、それはずいっと彼の前に差し出された。
「どうぞ!カラ松兄さん」
「は?」
「内緒っすけど、俺さっき一松兄さんからお小遣い貰ったおそ松兄さんに肉まんとお茶おごってもらって、すげー嬉しかった!二人で内緒で、うまー!って公園で食べて、なんか楽しかった!」
 いや、喋ってるよ!内緒じゃなくなってるよねそれ!とチョロ松がいたら突っ込まれたであろうが、カラ松はそんな十四松を見て泣きたくなった。
 元気がない兄弟のために、なけなしの金を叩いて肉まんを買ったのだ。自分がそうやって貰って嬉しかったから、楽しかったから。馬鹿なりに一生懸命考えて。
「でもお茶はお金足りなかったっす!」
 あと50円でもあれば温かいお茶も買えただろう。けれど、カラ松には肉まんだけでも十分嬉しかった。
「……」
 肉まんを受け取ったカラ松を見て、十四松は満足そうに笑ったが、その後のカラ松の行動に首を傾げた。
「二人で食べないとダメだろ、ブラザー」
 温かい肉まんを二つに割ると、半分をカラ松は十四松に差し出した。
「そうっすね!」
 そういえばおそ松兄さんと二人で食べたんだった!と思い出した十四松は納得して肉まんを受け取ると、また、ぷはー!うまー!と言いながら頬張る。
 カラ松も肉まんを口に運び、一言、うまいな、と笑った。
「一緒だともっと美味しいっすね!」
 成人男性が肉まん半分などあっという間になくなってしまうのだが、カラ松にとっては本当に温かい、そして漸く人心地つけた時間であった。
「……十四松」
 ベンチに座って、足をブラブラとさせながらカラ松が食べ終わるのを待っていた十四松に声をかけると、彼は、いつもどおり緩んだ顔をカラ松に向けた。
「ありがとう」
「うへへへへへ」
 締りのない笑いであったが、十四松もカラ松が少し元気になったのを察したのだろう。満足そうに笑った。


「おー。お帰りー」
 漫画を読みながら二人を出迎えたおそ松。カラ松はギクリとしたが、おそ松があまりにもいつもどおりだったので、少しだけホッとしたような顔をする。
「ただいマッスル!ハッスル!」
「寒くなかったか?」
「肉まん食べたから大丈夫っす!」
 元気よく返事をした十四松はそのまま、ダダっと二階へ上がってゆく。それを見送ったおそ松は、ちらりとカラ松に視線を送ると、意地の悪い笑いを浮かべた。
「今度は十四松に何か奢ってやれよ」
「……お見通しって訳か」
「そうそう。お兄ちゃんだからな。なんでも知ってるの。ついでに、お前たちを間違えるわけも無いだろ?何年一緒にいると思ってんだ。なんだよ、あのにゃーって、チョロ松がいたら突っ込みまくって息切れおこす所だったぞ」
 プリプリ怒りながらおそ松が言うので、カラ松は、呆れ半分と安堵半分で、思わず笑った。
「信じてたぜ兄貴」
「痛いからそういうのいいし。まぁ、あれな、弟必死でフォローしようとしてたのは認めるけど」
「いや、そもそもブラザーがさっさと……」
「あーあー聞こえない!さっきも一松が同じこと言ってたけどきこえないー!」
 耳をふさぎ子供のようにブンブン頭を振るおそ松を見て、カラ松は呆れたように口を開いた。
「あと、あれも事故だから」
「……そういうことにしとく」
「いや!事故だだから!紛れも無く!事故!」
 必死に言い訳をするカラ松を見て、おそ松は漸く耳から手をはなすと、わかってるって、と読んでいた漫画で軽くカラ松の頭を叩くと、十四松を追って二階へと上がっていた。
「わかってるのかな?」
 それでも、十四松のおかげで、気分も楽になったし、おそ松への誤解すらが誤解だったと分かってカラ松は安堵した。


「十四松ー」
「なんっすか?」
 どんぐりを財布に詰めなおしている十四松を眺めて、おそ松はしゃがみ込むと、彼の頭を撫でた。
「お前はいい子だな」
「まじっすか!」
「今度競馬で買ったらまた肉まん食わせてやるからな。皆に内緒だけど」
 その言葉に、ぱぁっと十四松の表情が明るくなったのを見て、おそ松は満足そうに笑った。

 

一松事変面白かったが十四松成分足りなかったんで自己補填
pixivに20160128投稿分
20160202

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