*志操堅固*

 乱暴に襖を開けて部屋に入ってきた男を咎める事もせず、三味線を握った男は緩やかに微笑み一度止めた手を再度動かし音を奏でた。その様子を見ると部屋に入ってきた男は舌打し、側の座布団を折ると枕にしゴロンと横になる。
「元気そうだな不知火」
「虚弱な人間と一緒にするな。…テメェはまだ生きてたのか高杉」
 お互いに声をかけると苦笑する。鬼である不知火と人間である高杉は奇妙な縁で巡り合った。動乱のこの時代に高杉は戦場で鬼とであったのだ。
 一番最初の出会いは戦闘の最中不知火の事を高杉が助けた時だった。無論人間に助けてもらう等と考えた事も無い不知火は憤慨したがその後も高杉は度々不知火にを助ける。鬼を恐れ利用する長州の中で高杉は明らかに異端であった。他の人間と変らぬ様子で終始不知火に接してきたのだ。流石の不知火も不思議に思い高杉に理由を聞くと『男が強いものに敬意を払うのが当たり前だろう』と言い彼は穏やかに笑ったのだ。
 ポツリポツリと話をするうちにいつしか不知火は高杉の所に転がり込む事が多くなり、高杉もまたそれを受け入れた。いつもふらりとやってくる不知火に高杉は三味線を聞かせたり、今の時代の流れについて話をしたりしていたのだが、不知火はいつも興味が無いような風を装っている。しかし、不知火がちゃんと話を聞いているのは高杉の話をしっかりと記憶している事から解る。だから高杉は何度も彼に話をするのだ。
 『鬼』と呼ばれる異形の一族は普段は隠れ住んでいるらしい。はるか昔関が原の戦いで西軍に協力した鬼は討伐され、残った鬼は薩摩にかくまわれていたらしい。だから今鬼は当時の恩を返すために暗躍しているのだという。不知火も又その一人である事は高杉は聞いていた。
 ふと、不知火が視線を部屋の端にやると見慣れない箱がそこにあった。どうやら不知火の興味をそそったらしく、彼はそれを手に取り開けて良いかと高杉に確認する。
「ああ」
 箱に収められているのは拳銃と呼ばれるモノとその弾丸であった。どんな武器かは知識で知っていた不知火は拳銃を手に取るとあちこち触ってみる。幸い本体にまだ弾丸は詰められていないので暴発する心配も無い。
「どれ位弾丸は飛ぶんだ?」
「さぁ。私は使ったこと無いから。比較的手に入りやすい弾丸の拳銃にしてみたんだが。気に入ったかな?君にあげるよ」
 そう言うと瞳を細めて高杉は不知火に微笑んだ。それに対して拳銃というものがどれだけ現在高価なものか知っている不知火は流石に驚いた様な顔をする。
「テメェが使えよ。弱っちい癖に」
「私にはもう必要ない…多分。だから君にやる。この前拳銃の話したら随分興味を持ってたみたいだから」
 尊皇攘夷派である高杉は外国の武器や経済の話なども不知火に度々してきた。実際高杉は上海に行ったこともあるし、そこで見た光景に彼が危機感を募らせ更なる攘夷に走らせたのも事実である。欧米諸国に奴隷のように扱われる清国。このまま頑なに鎖国していてもいづれ日本は諸外国に蹂躙される。
「…まぁ、そこまで言うなら貰っといてやる」
 不知火がブツブツとそう返事すると満足そうに高杉は笑い三味線を置いた。
「飲むか?いい酒が手に入ったんだ」
「俺様は飲むけどテメェは止めとけ。医者に止められてるんじゃねぇのかよ」
 不知火の言葉に高杉は苦笑するが、一杯だけだよと柔らかく笑い杯に酒を満たす。高杉は肺を病んでいた。それだというのに高杉は血を吐きながら戦場へ繰り出していくのだ。
「君ぐらいだよ。気兼ねなく来てくれるのは」
「俺様は病なんかにかからねぇからな」
 高杉の注いだ酒を舐めながら不知火は不機嫌そうに答える。本当なら何処か空気の良い所で養生せねばならない病だというのに目の前の男は戦うのを辞めない。師である男の教えを志に戦場に立つ事を望むのだ。
「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留置まし大和魂…だっけか。莫迦だな。死んしまったら何も残らねぇよ。人間も鬼も」
「ああ、君はちゃんと先生の句を覚えてくれてるんだね」
「あんだけ聞かされりゃ莫迦でも覚える」
 不知火の言葉に高杉は嬉しそうに瞳を細める。高杉が師と仰いだ吉田松陰は幕府の手によって処刑された。けれどその志は自分や他の門下生が継いでいる。だから戦うのを辞める訳にはいかなかったのだ。死ぬまで。
「君が覚えててくれるのは嬉しいよ。私の事も出来れば忘れないで欲しい─―鬼の君にとっては取るに足らない脆弱な人間かもしれないが…私の夢を一番知ってるのは君だから。私の代わりに日本の行く末を見届けて欲しい」
「テメェで見届けろ。俺様は面倒な事押し付けられるの嫌ェなんだよ」
 不快そうに眉間に皺を寄せた不知火を見て高杉は笑う。目の前の鬼…友人はどうしようもなく天邪鬼で素直じゃない。けれどきっと彼は国の行く末を見届けてくれるだろうと確信に近い思いを高杉は抱いていた。嫌いだ嫌いだと言いながら彼は人間である自分の側にいてくれる。文句を言いながら側に来ていつも自分の体を労わって、時には戦場で助けてくれる。
「不知火…私は君に会えてよかったと思ってる」
「…俺様は後悔してるよ。テメェといると面倒ごとばかりだ」
「もう…それも終わるよ」
 その言葉を聞いて不知火は高杉の顔を凝視する。しかし高杉は柔らかく笑うばかりで何も言葉を発する事はなかった。そんな様子に不知火は舌打すると杯に残った酒を煽り、また並々と注ぐ。
 高杉がもう長くないのは不知火は知っていたが、それがもう目前だとは思わなかったのだ。しかし高杉は己の死期を悟っていた。もう戦場に立つ事は何度も無いだろうと。
「師弟揃って情けねェ早死に具合だな。だから人間は嫌ェなんだ」
「…私も先生もこの国を守る為に必死で生き抜いたよ。私はこの国が好きなんだ…私と君が生まれて育ったこの国を守りたいと思ってる。私はちっぽけで、弱いけど…国を守る為に最後まで戦う」
 不知火は瞳を伏せたまま酒を舐める。高杉は不知火も含めての国を守りたいと言っているのだ。それは莫迦な事だと不知火は感じたが嬉しくも思った。人に利用され裏切られ続けた鬼の一族である自分に手を差し伸べようとする男がいる。いつだって頼れば助けてやっても良いのに高杉は不知火を利用しようとはしなかった。だからいつも業を煮やした不知火が無理矢理押しかけていたのだ。
「どうしようも無い莫迦だなテメェは。志抱いて死ぬのが本望かよ」
「君の言うように人間は弱いし直ぐに死ぬかもしれない…でも…だから…与えられた時間を命燃やして精一杯生きようと思う」
 高杉の信念を知っている不知火は彼の体を案じながらも結局ずっと戦うのを止めなかった。止めても高杉は走り続けるし、もう少しこの男の歩く道を見てみたかったのだ。変革を迎えるこの時代を越えた先に高杉が夢見た新しい時代がやってくるのかと。
「不知火」
「なんだよ」
 名を呼ばれ不機嫌そうに不知火が返事をすると高杉は言葉を放つ為に口を開いたが、その口からは篭ったような咳が立て続けに出てきた為に高杉は言葉を発することなくその場に倒れこんだ。
「おい!?」
 慌てて抱え起そうとする不知火を高杉は制しようとするが、不知火は構わず高杉の側による。
「血が…つくぞ」
「莫迦かテメェ。そんな事言ってる場合かよ」
 血相を変える不知火を見て高杉は血で汚れた口元を僅かに緩ませる。労咳の特効薬も治療法も確立されてない今現在、こうやって発作を起して血を吐く高杉に不知火はしてやれる事は何一つ無い。いつも発作がおさまる頃に水を飲ませてやる程度の事しか出来ないのだ。
「…もしも君が鬼じゃななくて…人でも…私に会いに来てくれたかい?」
「喋るな」
「不知火。君が好きだよ。天邪鬼で素直じゃなくて、それでも優しい君が」
「…オメェみてぇな莫迦ほっとけるかよ。俺様の事優しいとか気が触れてんのか」
 静止を聞かずに言葉を続ける高杉に苛立ちながら不知火は乱暴に答えた。たとえ自分に高杉の病が感染する恐れがあったとしても会いに来ると。それを聞いた高杉は少しだけ嬉しそうな顔をして更に言葉を続けようとするので不知火はその言葉を遮った。
「…もういい。黙ってくれ高杉」
 それは既に懇願の様なものだった。その言葉を聞いて高杉は漸く黙ると発作がおさまるのを静かに待つ。
 高杉の言葉がまるで遺言のようだったので不知火はどうしようもない焦燥感にかられる。まだ時代は変ってない、まだお前の夢みた時代は来ないと。
「不知火」
 そう高杉は友の名を呼ぶと瞳を細め、己の顔を覗き込む不知火瞳を捉える。
「君が鬼でよかった…私の所為で君が死ぬのは忍びない」
 その言葉に不知火は大きく瞳を見開くと、やっぱりオメェは莫迦だと小さく呟いた。死ぬ間際まで自分の事を心配する高杉はどうしようもない莫迦だと思いながらも不知火はこの男が矢張り嫌いにはなれなかった。何度病にかかる事はないと言っても万が一を気にして不知火が発作の時に側に来るのを嫌う。その癖に遊びに来ると嬉しそうな顔をする。どうしようもなく矛盾しているのに不知火は不思議とそれが不快ではなく、弱いと莫迦にしながら少しでも長く生きろととも思っていた。
「弱っちいテメェと一緒にすんな。死なねぇよ俺様は」
「ああ…死なないでくれ。私の為にも。先生の為にも」
 高杉の思想を全部理解していたとは思わない。高杉がお師匠から継いだものが何なのかも漠然としていて解らない。その時は何故自分が死なない事が高杉やお師匠の為になるのか不知火に解らなかった。

 

─―魂がないなんて事ないと思います。
─―だって貴方の親友のお師匠さん、そして病でなくなった親友の方…そして不知火さんへちゃんと伝わってると思います。それを『魂』って呼ぶのかは解りませんけど。

 そう目の前の女鬼は言った。新選組にいた頃から何度か接触していた女鬼と新選組の隊士。羅刹というなりそこないを倒すためにはった共同戦線が無事に終結すると女鬼は人と生きる事を選ぶと不知火に告げたのだ。
 不知火は女鬼に付き添う隊士が嫌いではなかった。鬼を守ると莫迦な事を言いながらそれを成し遂げようと必死で足掻き、死にかけながら何度も立ち上がるその男は高杉に何処か似ていた。そして高杉と同じ様に与えられた時間を精一杯生きると宣言した目の前の男はきっとその言葉どおり燃え尽きるまで女鬼を守るのだろう。
 不知火は僅かに瞳を細めてその2人をこのまま見送る事にした。貴重な女鬼を攫うのは簡単だが、不知火がずっと理解できなかった高杉の言葉を漸く理解するきっかけを与えてくれた事に不知火なりに感謝をしていたのだ。

─―テメェの魂なんざ背負うのは御免だ。面倒なもん押し付けやがって。だからキレェなんだよ人間は。
─―あとは長州の奴等がお師匠の【大和魂】とやらを抱えて頑張るだろうよ。

 心の中で呟くと不知火は今は亡き友の墓を訪れる為に静かにその動乱の土地を後にした。


>>あとがき

 夢一杯の不知火小説ですね。ええ、原田ルートの時は寧ろ親友の為に激昂する不知火に萌え死にそうになりました。マッド系と思いきやなんとロマンチストなと仰天しました。いいねぇ不知火。
 ゲーム内では不知火の過去などは彼の台詞以外では殆ど語られてないので好き放題しております。高杉の性格など不知火の語りではイマイチ解らなかったので適当に設定しておりますorz 本当追加ディスクで不知火ルート開通して高杉出てきちゃったらどうしようと冷や冷やしてますが、まぁ、好き勝手夢見れるのも今のうちかと(笑)
 どうでも良いけどゲーム内で不知火【俺】と【俺様】と2通りなんですよね一人称。小説内では俺様に統一しましたが、アレはなんか意味あるんだろうかorz

 それではまたお目にかかれればそりゃぁもう奇跡かも(笑)

20080922