*虎聖杯参*
手芸店の前で珍しい人物を見つけて、アーチャーは思わず足を止める。
人目を引く銀色の髪と紫の服。
思わず辺りを見回すが、彼女のサーヴァントもメイドも姿は見えず、一人なのだろう。
「イリヤスフィール」
「あら、アーチャー。丁度良かったわ」
声を掛けない方が良かっただろうか、そう一瞬イリヤのニヤリと笑う表情を見て彼は後悔したが、声を掛けてしまった以上逃げるという選択肢は削除して、彼は彼女の側に寄る。
「買い物か?」
「アーチャーは編み物できる?」
質問に対しての答えにはなっていなかったが、アーチャーはそれを気にした様子もなく、少しの沈黙の後に、恐らく、と短く返事をした。多分出来るだろう、と思ったのは明確な確信が無かったからだ。けれどやればきっとできる気はした。
「じゃぁ教えて!」
わーい!と言うように万歳をしたイリヤを見て、アーチャーは驚いたように声を上げた。
「いや!できると言っても教えられるほどではない」
「いいのいいの!」
そう言うとイリヤはアーチャーの腕を掴んで手芸店へ突入してゆく。本気を出せば振りほどくことは出来たが、アーチャーは抵抗らしい抵抗をすること無く、引き摺られるように店に入る羽目になった。
クリスマスが近いということもあり、手作りプレゼントコーナーなどが特設されており、店はきらびやかである。
それを珍しそうに眺めるイリヤであったが、アーチャーを見上げて瞳を細め笑った。
「お母様にプレゼント作りたいの。ついでにキリツグの分も」
ついでと言われた切嗣にアーチャーは思わず苦笑したが、何を?とイリヤに尋ねる。
「何が難しくないかしら。編み物はやったことないの」
そう言われ、アーチャーは、ふむ、と少しだけ考えこむ。セーターなどは複雑過ぎるし、ミトンかマフラーぐらいだろうか。そう思い、特設コーナーに毛糸と一緒に展示されている本をパラパラと捲った。
「この辺りはどうだね?」
「指が無い方がいいのかしら?」
「恐らく難易度は低い」
「じゃぁ、お母様に手袋で、キリツグにマフラーにするわ」
マフラーと言っても色々とあるだろうし、模様を入れるなら毛糸も一種類と言うわけにはいかない。頁を捲り、初心者にも出来そうな物を選び、イリヤは大きく頷いた。
「こんな感じかしら。手袋はこっちっと」
それを眺めながら、アーチャーは毛糸の山に視線を送る。色も形状も種類が多く、この中から気に入ったのを選ぶとなると時間がかかるだろう。さて、どうしたものか、と思ったが、イリヤの表情を見ると帰るとも言い難く、彼女が納得するまで付き合うことにした。
「色は決めたのかね?」
「お母様は白かピンクかしら。キリツグは……グレー?」
無難なセレクトだろうとアーチャーは思わず笑う。切嗣にピンクなどセレクトしたら嫌がらせ以外の何物でもない。
「アーチャーは何にするの?」
「は?」
イリヤの言葉にアーチャーは驚いたように彼女を見下ろす。するとイリヤはさも当然の様に、貴方も私と一緒に編むのよ!と胸を張って言う。
「いや、私は……」
「一人だと飽きちゃうかもしれないんだもん」
ぷーっと頬を膨らませてイリヤが言うので、アーチャーはやれやれと言うように、では私もマフラーにしようか、とイリヤと同じ頁を指差す。すると彼女は満足そうに笑い、決まりね!と今度は毛糸を選ぶ。
手袋はふわふわがいいとか、マフラーはチクチクしないようにとか、イリヤはあれこれ文句をつけながら毛糸の手触りを確かめていく。アーチャーも適当に毛糸を選ぶと、イリヤのもつ籠に放り込み、籠ごとイリヤの手から受け取った。
「あら、持ってくれるの?」
「構わんよ」
遠慮無くイリヤはニッコリと笑うと、どんどん気に入った毛糸を籠に放り込んでゆく。
「多すぎないか?」
「失敗したら困るじゃないの」
「毛糸の場合は解けばいい」
「そうなの?じゃぁ、ちょっと減らそうかしら」
幾つか毛糸を元に戻し、満足したイリヤはそのままレジに突撃する。編み棒なども使いやすそうな物を買い込み、カードで支払いを済ませると、イリヤはホクホク顔で店を出た。
「じゃぁ頑張って編みましょ!」
「諒解した」
「で、何で俺の部屋よ」
場所は一転して、新都の教会屋根裏部屋……別名ランサーの部屋。バイトが休みだったためにくつろいでいたランサーは突然訪れた姉弟に思わず呆れたような顔を作る。
「家で編んだらバレるかもしれなしい、シロウの家もキリツグ来るし」
「その点ここならばエミヤキリツグは絶対に寄り付かない」
自信満々に言う二人を眺め、ランサーは頭を抱える。確かにそうかもしれないが、住人である自分の意見はまるっと無視である。恐ろしい姉弟の意見に、流石に文句の一つでも言おうと思ったが、イリヤの発言にそれも全力で封じ込まれる。
「カレンに部屋のレンタル料は払ってあるわ」
「なんてこった……」
教会の主(仮)であるカレンが売り渡してしまったのであれば、ランサーに拒否権はない。どうせバイトで余りいないから、とイリヤの積んだ金を懐にしまい、カレンは快く部屋を提供してくれた訳である。
「……アーチャーがいる時に貴方が帰ってきたら、もれなく美味しいご飯がついてくるわ。材料費は私持ちで」
「お好きなだけお使いください、お嬢様」
先ほどとは打って変わって満面の笑みを浮かべたランサーは、椅子にクッションを乗せてイリヤに座るように促す。
「あっさりだな」
「この教会で麻婆豆腐以外が食えるなら、部屋の提供なんざ瑣末な事だ。手前ェは適当に座れよ」
クッションにポフッと座ったイリヤは、早速本を広げて編み棒と毛糸を取り出す。
「アーチャー!どうやるの!」
催促するイリヤの側に行き、アーチャーはざっと本に目を通して、早速説明を始める。なれない手つきでもたもたと一番最初の段を作っていくイリヤを眺め、ランサーは僅かに瞳を細めると、茶位のサービスはするわ、と部屋を出て行った。
階段を下ると、そこには修道服を着たカレンがランサーを見上げており、それに思わず彼は顔を顰める。文句の一つでも言ってやろうかと思っていたが、何やら彼女は部屋に入ろうか思案している様子であったのだ。
「……アンタも入るんだったらお茶入れっけど」
「ポルカミゼーリア」
そう呟くと、カレンは踵を返してその場を後にする。機嫌が悪かったのか、タイミングが悪かったのか、そんな事を考えながらランサーは紅茶を入れに台所へ向かった。
ランサーが紅茶を淹れて戻ると、先程より幾分か進んだ編み物を手に、イリヤは顔を上げた。盆に乗ったマグカップを見て目を丸くしたが、ランサーがそれを差し出すと、珍しそうに中を覗きこむ。
「紅茶?」
「そ、紅茶」
ミルクをたっぷり入れたであろう、色合いにイリヤは小首を傾げながら口をつけた。
「あら、美味しい」
「アイリッシュスタイルってな。茶葉が渋みの出にくいヤツでこうやって飲むのがスタンダードなんだと」
「詳しいのね」
「バイトのおかげ」
喫茶店でバイトをしているランサーはそう言うと、アーチャーにもマグカップを差し出す。
「アイルランドと日本は水の性質が似ているからな。アイリッシュスタイルで淹れるのもいいだろう」
「へー」
アーチャーの言葉にイリヤは頷きながら、温かい紅茶を飲んでゆく。暖房器具のない部屋で少々身体が冷えていたのだ。マグカップのお陰で指先も大分温かくなってきて、イリヤは満足そうにランサーを見上げた。
「有難う」
「どーいたしまして」
自分の分の紅茶を飲みながらランサーは、少しだけ困ったように笑った。
「寒いだろ?」
「……ええ、少しね。でも凍えるほどじゃないわ」
サーヴァントは温度差に強い。寒さも感じはするが、風邪をひくことなど無いので、暖房器具が設置されていないのだ。もっとも、同じ教会を拠点とするギルガメッシュに関しては私財で己の部屋を快適に保っている。しかしながら、ランサーにとって暖房器具は優先順位が低かったのだろう。
「明日には蔵から暖房器具を持ってこよう」
「シロウにお願いするの?」
「奴が放置しているガラクタを持ちだしたところで構うまい」
つまり勝手に持ってくるつもりなのだろう、そう判断してランサーは苦笑した。
翌日。アーチャーはランサーがバイトで早朝から不在であるのを知っていたため、イリヤとの待ち合わせ時間よりも早く教会を訪れた。カレンとの契約で、裏口からいつでも自由に入って良いと言われていたので、彼は衛宮邸の蔵から持ち出し修理した暖房器具をぶら下げて屋根裏のランサーの部屋に足を運ぶ。
扉を開けると、そこにはカレンがおり、彼女は驚いたようにアーチャーを見上げた。
「すまない。作業の邪魔だったかね?」
「構わないわ」
彼女は何かを後ろにさっと隠し、アーチャーにそう言い放った。入ってきた時は驚いたような表情であったが、今は普段通りの起伏の薄い表情を作っている。
「暖房器具?」
「イリヤには少し寒いようだからな。掃除も少々しておこうと思ってね」
決してランサーの部屋は汚いわけではないが、趣味は家事にしてしまえと周りから散々言われるアーチャーからすれば気になるのだろう。その発言にカレンは呆れたように口を開いた。
「その調子で教会中の掃除も頼もうかしら」
「契約で借りているのはこの部屋だけと記憶しているが」
「残念ね」
厳密には昼食やお茶のために台所の出入りも自由になっているのだが、その点に関してカレンは突っ込もうとせずに、暖房器具を設置するアーチャーの背中を眺める。
「マスターでも無いのに随分と過保護なのね」
「マスターではないが、我がマスターの命令でね。一日一万円でイリヤに丁稚奉公している」
予想外の返答にカレンは思わず目を丸くする。アーチャー一日レンタル券なるものが売りに出されているとは思いもよらなかったのだろう。実際昨日の段階ではその券は切られていなかったのだが、イリヤは態々凛に連絡をし、券を切ると申請してきたのだ。期日は未定であるが、期間中はイリヤに対して基本的にアーチャーは雇い主という立場を取る。
「素敵な権利ね。バイト?」
「そのようなものだ」
「マスターの懐を潤すバイト……」
ぶつぶつとカレンが言い出したので、アーチャーは思わず心の中でランサーに同情した。もしかしたら彼のバイト代も何らかの形で彼女に吸い上げられる形が取られるかもしれない。 軽く部屋を掃除して、アーチャーが暖房器具にスイッチを入れると、カレンは口を開いた。
「作りかけが2つあるようだけど」
「一つは私の分だ」
「貴方が?」
「イリヤが飽きないように付き合わされてね」
「器用なのね」
「人並みにはね」
アーチャーの言葉にカレンは少しだけ視線を彷徨わせた後に、小声で呟く。
「手袋の……」
「?」
「五本指は難しい?」
イリヤの買ってきた本を開いたまま、カレンはそう言葉を零す。開かれた頁はイリヤの作っているミトン型ではなく、五本指の手袋で、アーチャーは首を傾げて、作るのかね?と尋ねる。
「暇つぶしにと思っただけです」
「……初心者には面倒ではあるが、無理だとは思わん。イリヤは時間的に手袋とマフラーを作る為に余裕がないだけで、時間さえあればできるだろう」
その言葉にカレンは少しだけ顔を綻ばせた。
「そう」
その様子にアーチャーは意外そうな顔をしたが、彼女はそれに対して大きな反応は示さなかったが、アーチャーの次の言葉に対しては不機嫌そうに眉を寄せた。
「ランサーにか?」
「……まさか」
そして莫迦にするように鼻で笑った。アーチャーも本気でそう言ったわけでは無かったので、苦笑して、失礼、と短く返答をする。
「駄犬にそこまでしてやる義理はありません」
駄犬と言い放つ姿を見て、ランサーの苦労が伺え、アーチャーはたまには昼食はランサーのリクエストでも聞くか、と思わず考えた程である。カレンという人間はアーチャーは余り接触がなく、扱い方はイマイチ解らない。けれど、余り突かないほうが良いということはなんとなく感じ、会話を切り上げようと考える。
「暇つぶし、だったな」
「ええ。暇つぶしです」
そう言い放った後に、カレンは、じろっとアーチャーを上から下まで眺め、不快そうに顔を歪めた。
「何か?」
「いえ。時間というのは随分と残酷なのだと思っただけです」
「は?」
「けれど……そうですね、ある意味、彼は混じっていたから、嫌味な所は貴方に似ていたのかもしれません」
独り事のようなカレンの言葉にアーチャーは目を丸くして、返答を探す。何を言っているのか把握しかねたのだ。
「こちらの話です」
「そうか。もしも解らないことがあれば聞きにくればいい。暇つぶしでもそれなりの出来のほうがいいだろう」
「おせっかいね」
「性分なのかもしれんな」
呆れたように言い放ったカレンに対し、アーチャーは仕方がない、と諦めたように言葉を返した。死ぬまでおせっかいで人助けをしていたのだ、ちょっとやそっとでは変えられないのも自覚はしている。
「えぇ、でも私は嫌いではありません」
そう言うと、カレンは踵を返して部屋を後にした。
「おかしいわ」
「何がだ?」
たまたまバイトが休みのランサーは、ベッドに寝っ転がり雑誌を読んでいたが、イリヤの声に顔を上げた。すると彼女は難しい顔をして、アーチャーに視線を送る。
「何でミトンの方が簡単なはずなのに、五本指編んでるアーチャーのほうが早いのよ。しかも既にマフラー一つ完成させてるって」
イリヤは昨日漸くミトンを完成させていたわけなのだが、漸く切嗣のマフラーに取り掛かる頃には、アーチャーはもうマフラーに引き続き、二作目の手袋を完成させつつある。それが腑に落ちないのだろう。
「それにマフラー間に合わないかもしれない。こんな面倒くさい模様を選んだ過去の自分を殴りたいわ!」
今にも癇癪を起こしそうなイリヤに対し、アーチャーは手を止めて何か言おうとしたが、ランサーが先に口を開いた。
「いいんじゃねーの?出来たところまでで。マフラーの長さって決まってねぇだろ?」
「え?うん。確かに決まってはないけど……」
「本の通りじゃなきゃ絶対駄目ってわけじゃねぇし。多少短くってもいいって。それキリツグのおっさんのだろ?」
けろっとそう言われ、イリヤは少しだけ考えこんだが、そうね、キリツグの分だし、と開き直るような発言をする。
「大丈夫だって、短かろうが、不格好だろうが、愛娘の作ったマフラーは喜ぶんじゃね?あのおっさん」
「……」
イリヤの作ったマフラーを首に巻いてニヤニヤする切嗣を思い浮かべ、思わずアーチャーは暫しの沈黙の後に、耐え切れずに思わず吹き出す。
それを見てランサーも釣られて笑い、イリヤは先程の不機嫌そうな表情はどこに行ったのか、赤い瞳を細めて笑った。
和やかな空気の中、イリヤは椅子に座ったまま背伸びをして、お茶いれて、と短く言う。
「俺でいいか?」
「そうね。アイリッシュスタイルでミルクたっぷり。宜しく」
「へいへい」
本来イリヤに丁稚奉公しているのはアーチャーだけであるが、ランサーもアゴで使われている。けれど使われている方は気にする様子もなく、ベッドから起き上がってお茶を淹れに行く。余りアインツベルンの城で出されることのない彼の淹れるスタイルの紅茶がイリヤは気に入ったのだろう。ランサーがいる時は彼にお茶を淹れさせる。
「……それ、もう完成?」
「そうだな」
アーチャーの手にあるのは五本指の青い手袋。マフラーを編み終わって暇になったアーチャーに対し、イリヤが、暇ならランサーの分も編めと命令したのだ。別にイリヤにしてみれば、自分一人だけ作業しているというのが嫌だっただけで、ランサーのだろうが、ギルガメッシュの分だろうが構わなかった。
「それ終わったら次は凛の分ね」
「済まないイリヤスフィール。凛の分は既に終わっている」
「え?」
言い難そうにアーチャーが返答をしたのでイリヤは目を丸くした。
「ひざ掛けをリクエストされていてだな……遠坂邸にいる時に暇だったので編み上げてしまった」
「一人で夜なべするなんてズルい!」
イリヤが怒ったように言うので、アーチャーは申し訳なさそうに詫びる。すると戻ってきたランサーが笑いながらイリヤにカップを渡した。
「そりゃサーヴァントは寝なくてもいいからな。有利に決まってる。嬢ちゃんは嬢ちゃんのペースでやりゃいいんだよ」
「もう!じゃぁ、次はカレンの手袋。五本指よ!あと模様もいっぱい入れて!」
「諒解した」
ランサーの分は青い手袋に、白いラインを入れた比較的シンプルなものであったのだが、今度は模様を沢山入れろ!と命令されたため、アーチャーはパラパラと本を捲る。
それを眺めて満足そうにイリヤは笑うと、また作業に戻る。少し休憩して気分転換も出来たのだろう。
「そういや、クリスマスに坊主が暇なら家に来いって言ってたけど」
「そのようだな」
知り合いを招いてクリスマスパーティーをするという話は聞いていたし、凛と一緒に料理を数品持ち込むために一応準備はしていたアーチャーは、本を眺めながら返事をする。
「マメなこった。手ぶらでいいって言ってたけど、何か持っていったほうがいいか?」
「料理は不要だろう。どちらかと言えば飲み物の方が良いのではないか?」
「あー、何人来るか知らねぇけど、確かに買い出しも限界あるだろーしな」
通常衛宮邸にいるだけでも結構な人数であるし、自分に声を掛けたということは、他の面子にも声はかけているだろう。ランサーはそう考えると、りょーかい、と笑った。
「私もお母様とキリツグと行くわ!」
「そっか。そりゃ大人数になるな」
「バーサーカーは無理だけど……何かお土産持って帰らないと」
「まぁ、バーサーカーは無理だな」
イリヤの言葉にランサーは苦笑する。一般人である藤村大河も恐らく来るだろうし、そう考えると流石にバーサーカーは無理である。けれど、イリヤが己のサーヴァントのことをちゃんと考えている事を羨ましく思う。
「今度はね!バーサーカーにもプレゼント編むの!うーんと長いマフラー!」
「それは喜ぶだろうな」
アーチャーが本から顔を上げて笑ったので、イリヤは嬉しそうに瞳を細める。時間さえあれば今年編みたかったのだが、現状切嗣のマフラーもギリギリという状態でとてもではないが間に合いそうにない。
「仲良し主従で羨ましいこった」
心底そう思ったランサーの言葉に、イリヤは、えっへん!と言うように胸を張った。
「ランサー出来上がったぞ」
「せめて袋に入れるとかねーの?」
遮るようにアーチャーが手袋をランサーに投げてよこしたので、思わずランサーは、雰囲気ねぇなーとぼやくように言葉を零した。
「たわけ。何故貴様にそこまでせねばならん」
そのやりとりを見て、イリヤは、あ!と声を上げた。それに驚いて二人がイリヤの顔を凝視すると、彼女は眉を下げて困ったような顔を作る。
「ラッピングの準備忘れてたわ」
「では明日ここに来る前に新都に寄ろう」
「そうね。有難う」
いつもはアーチャーは少し早くランサーの部屋に来て部屋を暖めていたのだが、一緒に行くのだろう。それを聞いてランサーは、笑いながら口を開いた。
「じゃぁ、明日は俺が部屋を暖めておくわ。多分入れ違いぐれーだろ」
「そうね。お願いするわ」
「手袋代って事で」
部屋を巻き上げられた上に茶坊主までしているのだからそこまで気を使わなくてもいいのだろうが、ランサーはそれでも美味しい食事で恩恵を預かっていると思っているのだろう。それほど教会の食事は酷いのだ。
そう言いながら、ランサーは手袋をはめて、何度か拳を握る。
「おーピッタリ」
「当然だ」
アーチャーの表情はムカつくほどのドヤ顔であったが、ランサーは突っ込む事無く、手袋を眺めた。全くもって器用なものだと純粋に感心したのだ。
「それじゃ、残り頑張るわ!」
張り切ってイリヤはまた手を動かし始めた。
クリスマス前日に何とかイリヤは予定より短くはなったが、切嗣の為のマフラーを編み上げ、満足そうに袋に詰めてリボンをかける。これにて教会での作業は終了である。
アーチャーはと言うと、彼もまたカレンへと命令された手袋を編み上げ同じく袋に入れた。
「間に合って良かったな」
「ふふ。これでランサーも漸く部屋が戻るわね」
「俺としちゃ放っといても掃除はされてるし、飯もうめーし、そう悪く無かったけどな。暖房持って帰んのか?」
「いや、置いていく。構わんだろ?」
「俺はいいけど、坊主のじゃねぇの?」
「タイガが持ち込んだ不要品だって言ってたわ。貰っちゃっていいんじゃないの?」
アーチャーとイリヤの言葉に、有難くランサーは旧品とは言え暖房器具を手に入れた。その上手袋であるのだから、そう悪い気分はしない。
「じゃぁ、カレンに声を掛けて帰りましょ。それも渡さないと」
イリヤは椅子から立ち上がると、アーチャーが袋に詰めた手袋を手に持つ。他の荷物は纏めてアーチャーが持っている。
「カレンはいるかしら?」
「部屋に篭ってるんじゃねぇの?なんせ教会の主が二人もいて仲がわりーからな。業務外ではあんま顔合わせない様にしてるみてーだな」
なんやかんやあって、言峰綺礼とカレン・オルテンシアの二名が教会の管理者として存在している奇妙な状態。ランサーに至っては板挟みにされる事も多く、流石に数多の幸福な奇跡をもたらしたと言われている虎聖杯を恨んだものだ。逆にイリヤは両親に囲まれて幸せそうにしているのだから実に不公平ではある。
ランサーの言葉にイリヤは微笑むと、二人を引き連れてカレンの部屋を訪れた。
ノックの後、数秒空けて彼女は顔を出す。
「あら?寝てたのかしら?ごめんなさい」
「いえ。少々寝不足なだけです。お気遣いなく」
少しぼぅっとした様子のカレンを見て、イリヤは首を傾げて謝罪したが、しれっとそう返答される。
「無事にプレゼントは完成したわ。有難う」
「そう」
そう短く返答したカレンはね、寝不足のせいか少し疲れているように見えたので、イリヤは早めに要件を終えてしまおうと袋を差し出した。
「メリークリスマス、カレン」
「?」
「手袋よ。編んだのはアーチャーだけど。良かったら使って」
目を丸くしたカレンは、恐る恐るといったように袋を開けた。中から出てきたのは薄い紫をベースにした手袋で、小さな花模様が沢山編み込まれていた。
「……ランサーの手袋も?」
「えぇ。だってアーチャー私より早く編み上げちゃうんですもの。色々作らせてみたの。どう?」
「有難く受け取っておきます」
「そうして頂戴。また機会があれば部屋のレンタル宜しくね」
そう言うとイリヤは軽く頭を下げて踵を返す。その後ろに従うようにアーチャーが数歩ついていったが、彼は途中で歩みを止めて振り返った。
「暇つぶしは終わりそうかね?」
「……どうかしら」
憮然としたカレンの言葉にアーチャーは苦笑すると、イリヤ、ランサーと共にカレンの部屋を離れた。
それを見送ったカレンは、扉を閉めて卓に袋を置くと、再度中から手袋を取り出して手にはめてみる。計ったようにぴったりで、彼女は思わず顔を顰めた。編み目も綺麗で、模様も細かい。
ふぅ、とため息をつき、彼女はその手袋を外し、また暇つぶしへ戻った。
衛宮邸でのクリスマスパーティーは大人数で開催され、賑やかな夜となる。
そんな中、アインツベルンの面子が帰宅するというので、遠坂凛とアーチャーは見送りに玄関まで行く。本来なら家主である衛宮士郎が見送るべき所なのだろうが、生憎追加料理の手が離せず、台所から声をかけるにとどまっていた。
アインツベルンの面子はそれに気を悪くした様子もなく、衛宮士郎に礼を言い、遠坂主従の見送りを受けていた。
「それじゃ車回してくるよアイリ」
「宜しくね」
黒コートの切嗣は寒そうに背中を丸め一足先に玄関を出て、残ったアイリとイリヤは見送りのアーチャー達に声を掛けた。
「バーサーカーへのお土産有難うアーチャー」
「構わんよ。ついでに作ったものだが」
イリヤの持つ紙袋にはパウンドケーキが入っており、彼女は嬉しそうに微笑んだ。衛宮邸に持ち込む料理の合間にアーチャーが作って持ってきたのだ。少し前にバーサーカーへのお土産云々の話を覚えていたのだろう。
「アーチャー。ちょっと座って」
促さられたアーチャーは、首を傾げイリヤの前に跪く。それにイリヤは満足そうに笑うと、彼の耳に唇を寄せ小声で言葉を零した。
「プレゼントの手伝いも有難う。明日の朝、渡すことにしてるの」
「そうか」
内緒話をする姿をアイリは、あらあら、と言うように微笑んで眺めていた。内容は解らないが、イリヤの表情を見るといい話なのだろうと。
話が終わったのかと、アーチャーが立ち上がろうとするのを引き止めて、イリヤは彼の頬に口づけをする。
それにアーチャーも含め、驚いたような表情を作るが、イリヤは瞳を細めて笑った。
「色々有難う。メリークリスマス・アーチャー。いい夜を」
「メリークリスマス・イリヤ」
通常イリヤスフィールと畏まって呼んでいるアーチャーが、イリヤと愛称で呼んだので、彼女は嬉しそうに笑った。
車のクラクションが外から聞こえ、今度こそ彼女たちは玄関を出てゆく。大きく手を振って車に乗り込むイリヤを見送り、凛はアーチャーを見上げて笑った。
「バイトお疲れ様アーチャー。大変だったわね」
「そうでもない」
凛の言葉にアーチャーは瞳を細めて笑った。編み物をさせられた時は流石に面食らったが、それでもそう悪い時間ではなかったと感じているのだろう。
そんなアーチャーの様子に凛は笑うと、そういえば、と言葉を続けた。
「ひざ掛けも有難う。暖かかったわ」
「そうか。それは良かった」
大真面目な顔でイリヤに付き合って編み物をすることになりそうだと言い出した時は、凛も仰天したが、彼が凛のリクエスト通りひざ掛けを持ってきた時は、思わず苦笑した。どうせならクリスマスに持ってくればいいのにと。それでも、出来の良いひざ掛けはとても暖かく、凛は部屋でよく使っている。
「後で私からのプレゼントも渡すわ」
くるりと踵を返した凛の背中を眺め、アーチャーは少し驚いたような顔をしたが、直ぐに口端を緩めた。
「見送り有難う遠坂」
「良いわよ。ここまでアーチャーのバイトだし」
「バイト?」
戻ってきた凛に士郎が声をかけると、彼女は笑いながらそう返答し、居間の輪の中にまた入っていった。他の面子は泊まるなりするつもりなのだろう、帰る様子はなく、追加された料理をつまみながら雑談をしている。
そんな中、バゼットがぼんやりと外を眺めているのに気がついて、士郎は声をかける。
「大丈夫か?」
「あ、え?大丈夫です。ちょっと飲み過ぎたようで」
顔を覗きこむように士郎が心配した表情を作ると、彼女は慌てて首を振った。一時期居候をしていたとはいえ、衛宮邸の面子の中に特別親しい人間のいなかったバゼットの相手は、もっぱら気を使ってかランサーがしてくれていたが、生憎彼は酒を取りに行って席を外していたのだろう。
「そっか。水飲む?」
「少し風にあたってきます。ありがとうございます」
そう言うとバゼットは立ち上がり、ゆっくりと居間を出てゆく。
「誘っちゃって悪かったかな?」
「そーでもねぇって。堅物だけど、付き合い悪い訳じゃねーし」
戻ってきたランサーの言葉に士郎は少しだけホッとしたような顔をする。一応聖杯戦争関係者には一通り声を掛けたのだ。動けないアサシン、家に入れないバーサーカーは別として、アインツベルン面子の前に帰ったキャスター陣営もそれなりに楽しんではいたようであるが、バゼットはその中において少し特殊なマスターであることもあり、親しい人間が極端に少ない。
因みに言峰綺礼に関しては、衛宮切嗣の断固反対運動にあった上に、本人も一応聖職者ということもあり、信者の相手が忙しく断られている。
「カレンでもいれば違ったかな?」
「違っただろうが、戦争だぜ?」
士郎の言葉にランサーは笑いながらそう返答する。カレンもまた、多忙を理由に参加を断られていた。バゼットとカレンの因縁に関しては衛宮士郎は詳しく感知はしていないが、よく話す割には、常に喧嘩腰という奇妙な状況なのだ。
「……まぁ、マイペースにやるだろ。多少なり他のマスターと話なんかもしてたみてぇだしな」
ランサーの言葉に士郎は安心したように頷く。すると間髪入れず、藤村大河の声が飛んできた。
「士郎!お酒!お酒ないの!?」
「ったく!どんだけ飲むんだよ!」
やれやれといったように士郎が台所に引き返すのを眺め、ランサーは口端だけで笑い、いそいそと他の輪に加わった。
雪が今にも振りそうな曇天の空を見上げ、バゼットは、はぁ、っと手に息を吹きかけた。縁側の扉を一つ開けてそこに腰掛ける。
賑やかなのは経験不足なのもあって慣れなかったが、それでもどこか心がウキウキするような温かい時間であった。それもこれも、全てここにはいない彼のお陰なのだと思うと、無意識に彼女は左腕を撫でた。
「こんな所で黄昏れているなんて寂しい人ね」
突然声をかけられ、驚いたバゼットは顔を上げる。するとそこには修道服を着たカレンが立っており、白と黒のコントラストの中、手にはめられた淡い紫色の手袋だけが酷く歪に映った。
「な……来ないんじゃ……」
零れたバゼットの呟きをカレンは無視すると、紙袋を彼女に投げてよこした。
「???」
わけも分からず紙袋を受け取ったバゼットは伺うようにカレンの表情を眺める。しかしながら相変わらずの仏頂面で何を考えているのか解らない。
「これは?」
「メリークリスマス」
「はぁ?」
まさか定番の台詞をカレンから聞けると思っていなかったバゼットは戸惑いをそのままストレートに言葉にした。すると、カレンは不機嫌そうに眉を寄せてそのまま踵を返す。慌ててバゼットは後を追おうとするが、生憎履物がなく、中庭に降りられない。
「カレン!」
「……貴方にではありません。ご心配なく」
余計バゼットを混乱させる言葉を吐き捨て、そのままカレンは衛宮邸の門へ向かう。仕方なく追うことは諦めたバゼットは、再度座りなおして、紙袋を覗きこんだ。
そこに入っていたのは、黒い手袋。赤いラインがいくつか入っていて、そういえばランサーがつけていた手袋に少し似ていた。
しかし問題なのはそこではなく、片方だけであったことだ。
「……あぁ、そう。彼になんですね」
左手だけ。
そこに眠る彼に対するプレゼントだったのだろう。
よく見てみると、少し編み目がよれている所もあるし、ほつれる程ではないが、アーチャーが作ったと聞いているランサーの手袋より不格好であった。けれど、その体質から身体も視力も弱い彼女が仕事の合間を縫って作ったのだろう。
バゼットは左手の義手にその手袋をはめると、何度か軽く掌を握った。
「温かいですか?」
本人が見たら、下手くそだとか、センスが無いとか憎まれ口を叩くかもしれないが、きっと身に付けることだろう。そう考えて、バゼットはまた己の左腕を抱いた。
温かい世界だと思った。生きているのが苦手で、辛くって、けどそういう生き方しか出来ない自分を救ってくれたここにはいないサーヴァント。カレンにとっても特別なのは知っていた。けれどどうしても譲ることは出来なかった。
また明日からこの義手の取り合いなのは解っていても、彼のために心を砕いたカレンの為に、黙って手袋は身に付けることにバゼットは決める。
「本当。私はこういうことが全く駄目ですね」
自虐気味に笑い、バゼットはまた居間へ引き返していった。
「送って行こうか」
「お気遣いなく」
衛宮邸の門をくぐる直前に声をかけられたカレンは、ちらりとアーチャーに視線を送り憮然と返答する。
「そうか。暇つぶしも間に合ったようだな」
「ええ。大変面倒な暇つぶしでした」
カレンの返答にアーチャーは肩を竦めて、持っていた紙袋を差し出す。
「これは?」
「不参加の面子に配っている手土産でな。持っていく手間が省けた。コトミネキレイと君の分だ」
そもそもランサーやギルガメッシュがいるのだから持っていくというのは大げさに言っただけだろう。恐らく声をかける為の口実なのだと。そう気がついた彼女であったが、素直ではない優しさに、今はいない他の誰かの面影を重ねて少しだけ笑った。
「貰って行くわ。彼の口にはいるかは別問題ですけれど」
「そこまでは私の仕事ではない。好きにすればいい」
素直にカレンは手を差し出し紙袋を受け取った。そこでアーチャーはカレンが自分の編んだ手袋をつけていることに気が付き苦笑する。
「気に入ったかね」
「私の作ったものより編み目が綺麗で、全然よれてなくて、非常に不快です」
「それはすまなかった」
咽喉で笑ったアーチャーを眺めて、カレンは少しだけ首を傾げた。
「貴方が不器用なのは生き方だけのようですね」
「あぁ、そのようだ。致命的であるがな」
「良い夜を、アーチャー」
「良い夢を。カレン・オルテンシア」
あぁ、そうだ、いい夢が見たい。アーチャーの言葉を受けそんな事を考えながらカレンは帰路についた。
賑やかな衛宮邸でのクリスマスの集まりも昨日の話。
ふかふかのベッドで目を覚ましたイリヤは、枕元の紙袋に気が付き着替えるのも忘れ、それに手を伸ばした。
袋は3つ。
花をあしらった髪留めと、可愛らしいブーツ。そしてマフラー。
「……あら?」
イリヤが怪訝そうな顔をしたのは、そのマフラーに見覚えがあったからである。白に近い淡いピンクの毛糸で編まれたマフラーは、その先端に、白い雪だるまがいくつも模様として入っている。
大きな雪だるま、ピンクの手袋をした雪だるま、グレーのマフラーをした雪だるま、そして紫色の帽子を被った小さな雪だるま。
「私のだったんだ」
アーチャーが一番最初に編んでいたマフラーであった。そしてこの模様は、バーサーカー、アイリスフィール、衛宮切嗣、そしてイリヤスフィール。雪だるまの模様自体は余り目立たないが、持っている小物でピンときたイリヤは嬉しそうに笑ってそのマフラーを頬に当てた。
「お礼、しなくっちゃね」
そう言うと、イリヤは大急ぎで着替え、髪留めをぱちんとはめ、新しいブーツを履き、マフラーと自分が準備したプレゼントを片手に食堂へ向かった。
「おはようお母様!プレゼント有難う!」
既にまったりと切嗣とお茶を飲んでいたアイリは、イリヤが大喜びで飛び込んできたのを見て微笑む。
「あら、よく似合うわ」
指でちょん、と髪留めをつっついてアイリはニコニコと笑う。
「ブーツもピッタリのようだね」
「ええ、キリツグにしては上出来なんじゃない?」
母親に対する対応に比べると、酷く冷たく感じる物言いであったが、反抗期気味のイリヤが喜んでブーツを履いている事に切嗣は満足しているのか、表情も緩い。
「あとね、そのマフラーなんだけど」
「アーチャーからよね」
「あら、知ってたの?」
アイリが驚いたように言うと、イリヤは頷いた。
「ええ、一緒に作ったんだもの。私の分だって知ったのは今日だけど……」
「昨日預かったのよ。枕元に置いておいて欲しいって。ふふっ、直接渡せばいいのにテレ屋さんね」
きっとアーチャーは照れ屋なのではなく、サンタの真似事をしようと思ったのではないか。そう考えたが、イリヤはアイリの勘違いを訂正せずに、笑った。
「それじゃ、私から!」
じゃーん!というように、イリヤは元気よく紙袋をアイリに差し出す。すると彼女は、あらあら、と嬉しそうにそれを受け取った。
「何かしら?」
「イリヤ!僕の分は!?」
慌てた様に側によってきた切嗣に、イリヤは、ついでだからね、とツンデレ娘テンプレの台詞を吐きながらプレゼントを渡す。
「あら、可愛い!手袋……手作り?」
「僕のはマフラーか。ってえ?手作り?イリヤのかい?」
「ええ。アーチャーと作ってみたの。流石に彼ほど上手くは行かなかったけど……どう?」
小首を傾げて尋ねるイリヤに、両親は喜んでプレゼントを身に付ける。
「ええ、とっても素敵!有難うイリヤ!」
「イリヤが……僕に……」
満面の笑みを浮かべるアイリと、若干涙目になっている切嗣は対照的であったが、二人共喜んでくれたことにイリヤは大いに満足をする。
「そうだイリヤ。その髪飾りだけどね、お花の部分は本物使ってるの」
「え?」
驚いたイリヤは髪飾りを外してしげしげと眺める。
「樹脂加工してあってね。それで、そのお花だけど、バーサーカーがつんでくれたのよ。見せに行ってあげてね」
アイリの言葉にイリヤは、わぁ!と嬉しそうな表情を作る。
「早速見せてくる!」
「朝食もあるから少しだけよ」
「はーい!」
マフラーを巻いて嬉しそうにかけてゆくイリヤを見送って、アイリは隣で涙目でマフラーを撫でる切嗣に声をかけた。
「良かったわね」
「うん」
そう言って何度も頷く切嗣を眺め、アイリは彼の頭を優しくなでた。
「ばーさーかー!」
大きな声でイリヤが呼ぶと、森からのっそりと巨人が出てくる。そして彼はイリヤの前に跪いた。
「おはようバーサーカー。お花有難う。お母様が髪飾りにしてくれたのよ」
そう言うと、自分の髪につけた飾りが彼によく見えるように身体を少し傾けた。バーサーカーは声にならない声をあげて、そっとイリヤの髪を撫でる。
「うん。それでね、ブーツは切嗣からで、マフラーはアーチャーからなの。みてみて、この雪だるま!バーサーカーもいるのよ!」
嬉しそうにマフラーの模様を彼の前に持って行き、一体一体指をさして、誰なのか名前を上げてゆく。黙って聞いているバーサーカーであったがどこか表情は緩い。
「バーサーカーへのお礼はこれからマフラー編むから待っててね。キリツグで練習したから、うんと素敵なのできるわきっと。けど、アーチャーはどうしようかしら……。編み物は正直勝てないし」
ブツブツ言い出したイリヤを眺め、バーサーカーは彼女を抱き上げ立ち上がると、森を奥に進む。それに一瞬驚いたイリヤであったが、新しいブーツを履いた足をぶらぶらさせながら高い景色を眺めた。
そして到着した場所。
「わぁ!」
白い小さな花が沢山咲いており、イリヤは表情をほころばせる。髪飾りと同じ花だと気がつくのにはそう時間はかからなかった。
「ここで摘んできてくれたの?」
イリヤの問いかけにバーサーカーは小さく頷く。すると、イリヤはそっと花を一輪摘んだ。名前は解らないが、葉を見る限りでは菊の仲間のような気がする。
「あ!髪飾りと同じように樹脂加工して……アーチャー対魔耐性低いし、魔力加工したらお守りに……お母様に手伝ってもらえばうまくいくかしら?」
ぶつぶつと思いついたことを呟きながら、イリヤはいくつか花を摘んでまたバーサーカの肩に乗る。
「有難うバーサーカー!素敵なプレゼントが出来そうよ」
嬉しそうに笑うイリヤを乗せて、バーサーカーはゆっくりと城へ向かって引き返していった。
「アーチャーも一言言ってくれればプレゼント準備したのに」
渋々付き合ったのだと思っていたが、彼の心遣いが嬉しかったイリヤは、きっと彼は驚くだろうか、と嬉しそうに空を眺めた。
じんわりカレン→アンリ風味 20150605