*魔女短編2*
吐き出す息は白く、キャスターは雪かき用のスコップを握りしめながらフードを深く被った。
故郷で雪が降るのはどちらかと言えば珍しく、降ってもこんなに積もることはない。柳洞寺の階段に関しては佐々木に雪かきを丸投げしたのだが、朝から零観が境内の雪かきをしていたので、彼女も参拝客が来ない住居周りの雪かきをすることにした。
雪が嫌いなわけではない。ただ、身体が凍えると、心も冷えるような気がして厭なのだが。
流石にこの天気だと参拝客も少ないようで、キャスターは一瞬、魔術で雪を溶かしてしまおうかとも考えた。しかし、彼女は小さく首を振ると、スコップを握りしめ、黙々と作業を続ける。
ほんの少しだけ魔術を施した為に、スコップに載せられる雪は羽のように軽い。けれど同じ動作を延々と続ければ腕が少し痛くなってくる。けれど彼女は、昼にでも帰って来るであろうマスターが難儀しないようにと作業を続けた。
そんな中、後ろから声をかけられ、彼女は驚いたように振り返る。
「いやいや、手伝わせて申し訳ない」
零観の言葉にキャスターは驚いたように瞳を瞬かせたが、小さく首を振った。自分たちが居候と言う立場であるのは理解していたし、この気さくで器の大きい男の事をキャスターは嫌いではなかった。元々マスターである葛木宗一郎自体が根無し草の様な存在である。それを受け入れている上に、突然転がり込んできたキャスターに対しても大らかな対応をしてくれている。
「いえ。少しでもお役に立てているのなら……」
裏切りの魔女と呼ばれた女は、俯きながらそう答えた。それに対し零観は、いやいや、と首を振ってキャスターに何かを差し出した。それがマフラーであるのには直ぐに理解できたが、何故それが己に差し出されたのか分からず、困惑気味にキャスターは彼を眺める。
「上着を着ているようだが、寒いでしょう」
「!?いえ!大丈夫です!」
驚いて首を振るが、零観はマフラーをキャスターに握らせ、また境内の雪かきに戻っていった。彼女に言わせれば薄着で雪かきをしている零観の方が寒そうであるし、そもそもサーヴァントは風邪などひかない。寒さは感じても、死ぬことはない。
どうしたらいいのか解らなくなったキャスターであったが、ここで無視をするのも零観に悪い気がして、フードを一度外すと、マフラーを首に巻いてみた。毎朝葛木のマフラーは彼女がせっせと巻いているが、自分が巻くことはそういえばなかった気がして少しくすぐったい気分になる。
再度フードをかぶり直すと、彼女は冷たい指先でマフラーを撫でる。市販の何の飾り気もないマフラーである。けれどとても暖かった。
「……」
言葉らしい言葉も吐かず、キャスターはまた雪かきの作業に戻った。
休憩を挟みながらキャスターは黙々と作業を続け、時折手を止め、空を見上げた。曇天の空は粉雪を散らしていたが、それも振ったり止んだりである。ふと、頬を掠める風にキャスターは手を止め瞳を伏せた。
厭なことばかり思い出す。
望郷の思いを断ち切った船の上。愛する男のために弟を手にかけ、遺体をばら撒いた。血塗れの手は、その後も鮮血の赤を纏い、己が墓標に裏切りの魔女メディアと名を刻むように英霊となった。
生前の己が正しかったのか、間違っていたのかそんな事は彼女にとってはどうでもよく、ただ、思い出すと心も身体も冷えるだけである。
小さく首を振ったキャスターは、はぁっと息を掌に吹きかける。指先に僅かに感じられる熱。そして一瞬で冷える。
「キャスター」
声をかけられ、驚いたようにキャスターは顔を上げた。
そこにはマスターである葛木が立っており、彼女は慌てた様子で辺りを見回した。のんびりとしているうちに昼になってしまったようだ。
「申し訳ありませんマスター!雪かきももう少しですので、それから昼食の準備を……」
すると葛木は黙って手を差し出すと、キャスターの持つスコップに手をかけた。
「代わろう」
「いえ!大丈夫です。魔術を施していますので、然程重労働ではありませんので」
しかし彼は彼女の言葉を聞かずにスコップを彼女から取り上げて、部屋にはいるように促す。その言葉にキャスターは俯き、どうしたらいいのかと途方にくれた。
すると葛木はキャスターのフードにうっすら積もった雪を払いのけ、僅かに緩んだ彼女のマフラーを結び直すと、自分のつけていた手袋を彼女の手にはめた。
突然の事でキャスターが驚いたように顔を上げると、では一緒に、と葛木は言葉を零す。
「……はい」
キャスターにとって、それは涙が零れそうになるほど嬉しかった。一緒に。ただそれだけ。生前に望んでも望んでも手に入らなかった望み。
二人で並んで雪を移動し、あっという間に終わった頃には、ちょうと零観がやってきて手を降った。
「おお。調度良かった。一成も帰ってきたし昼食にしようか。うどん作ったよ」
「はい」
二人で上げた返事が同じで、キャスターは思わず微笑みを零す。
「行こうかキャスター」
そう言われ差し出された手。すっかり葛木の手は冷えきっていたが、キャスターはその手を包み込むように握った。
「行きましょう、宗一郎様」
うたかたの夢なのだと。冬木の聖杯がみせた。それを知ってなお、キャスターは冷えきった心があたたまるのを感じて、曇天の空を仰いだ。
葛キャスいいよね 20150605