*魔女短編1*
──手に入れた事が罪だったのだろうか。それとも望んだことが罪だったのだろうか。
黄金の英雄王を前に、裏切りの魔女はただ呆然とするしかなかった。
圧倒的な火力はたっぷりと魔力を溜め込んだ彼女を上回り、無慈悲に彼女のマスターを貫いた。
人間としては恐らく強い部類に入るだろうし、相性さえ良ければ彼女のバックアップでサーヴァントと渡り合うこともできたであろうマスター。
けれど彼はもう動くことができなかった。
「……あ……そんな」
「つまらんな、雑種」
忌々しそうに顔を歪めた英雄王を眺め、魔女は身体を引きずってマスターの側へ移動する。アサシンも恐らく英雄王に消されただろう。己の残った魔力を振り絞ってもきっと英雄王には勝てないだろう。
「魔力切れか?」
「煩い!煩い!煩い!煩い!」
狂ったように魔女は叫び、マスターの身体を抱きしめ、英雄王を睨みつける。それに対し英雄王は興味を失ったかの様に踵を返すと、全く時間の無駄だった、と吐き捨てるように言いその場を後にした。
聖杯戦争に参加するためにこの土地に呼ばれた裏切りの魔女は、一番最初のマスターを殺した。
神代の魔女と謳われた彼女に魔術師として嫉妬し、酷い扱いをしたのだ。元々プライドの高かった彼女はそれに我慢できずに、隙を突いて殺害した。それで彼女の聖杯戦争は終わるはずであった。
けれど。
あの日あの場所で彼女は葛木宗一郎に出会った。
己で魔力が生成できずに、消えるのを待つばかりの彼女を拾った男。
魔術師ではなかったが、彼からの僅かながらの魔力供給を元に裏切りの魔女は生き延びた。
「聖杯戦争?」
元々感情の起伏が乏しいのであろう葛木の言葉に魔女は小さく頷く。突然そんな話をされても普通の人間ならば彼女の頭を疑ったであろう。けれど、幸いな事に、葛木宗一郎自体の生い立ちが異常であったため、彼はそんな世界もあるのかとあっさりと受け入れた。
「聖杯にかける願いか。お前はあるのか?」
大して興味を引かれなかったのか、葛木が相変わらずの表情で言葉を放ったので、魔女は迷ったように視線を彷徨わせた後に、小さく頷いた。最悪、仮初のマスターに仕立てあげた後に、傀儡にしてしまえばいい。そんな事を考えながら魔女は言葉を選んだ。
「……協力して下さいますか?」
人の欲深さは知っていたが、葛木は【欲】と言うものに対して希薄なのではないかと魔女は心配になる。何か彼を釣り上げる方法はないか、いっその事、説得は諦めて傀儡にしてしまおうか、そんな考えが過ぎったが、葛木は少しだけ魔女を眺めた後に頷く。
「いいだろう。私は何をすればいい?」
驚いた魔女はしげしげと葛木の顔を眺めた。表情は相変わらずで、全く読めないし、そもそも聖杯戦争について十分に理解しているかも怪しい。マスターとて命を落とすこともあるのだ。
「……陣地の提供と魔力供給を」
「そうか」
余りにもあっさり頷くので、魔女は段々と不安になってくる。騙しているつもりで、騙されているのではないか。尤も、正確には騙してはいないのだが、それなりに聖杯戦争のリスクを話したほうがいいのではないかと、迷ってきた魔女は、視線を彷徨わせた後に、言葉を紡いだ。
「死ぬかもしれません」
「私がか?お前がか?」
「両方です」
「聖杯を手に入れれば良いのだろう?」
「そうですが……」
それなりに準備をし、多少汚い手を使ってでも聖杯に至るつもりではあった。けれど、確実に手に入れられる保証はない。
「ならば、問題ない」
話をしているうちに魔女は今にも泣き出しそうな顔になる。裏切りの魔女と呼ばれ、一番最初のマスターを殺し、なおかつ聖杯すら望む己の欲深さが酷く惨めに感じたのだ。
「貴方は……その……望みがあるのですか?」
共犯者が欲しかった。ただ、己だけが欲深いのではないと、証明したかった。それだけの為に問いかけた魔女は、葛木の返答を待つ。
「……お前の本当の望みが叶えば良いのではないかと思っている」
あの時自分は何とマスターに言葉を返しただろう。そう考えて、裏切りの魔女は腕に抱いたマスターの顔を覗きこんだ。
「……力が……及ばなかった……」
ポツリと零れたマスターの言葉に裏切りの魔女は首を振った。元々巻き込んだのは自分だ、そう思い魔女は涙を零す。
「いえ、本当ならとうに消失していたのです。巻き込んで申し訳ありませんでした」
己の身体が魔力不足で崩れそうなのを必死でこらえながら魔女は口を開いた。
「宗一郎様……」
「何だ?」
「どうして……私を拾ったのです」
いつか聞いてみたかった問いかけであった。
裏切りの魔女・メディア。故郷を裏切り、弟を殺し、逃避行に逃避行を重ね、最後には全てを失った。
「……どうだったか……」
口元を僅かに歪めたマスターは、荒い呼吸を繰り返した後に、彼女の頬を無骨な指で撫でた。
「お前の……望みを叶えてみたかったのかもしれん……」
それは殺人鬼として幼少の頃から歪んだ世界で生きた男が抱いた、たった一つの望みだったのかもしれない。生きたい、帰りたいと泣いているように見えた。そう言葉を放てれば良かったのかもしれないが、英雄王に貫かれた身体は、もう彼の思うようには動かなかった。
「……ごめんなさい。ごめんなさい……」
聖杯など望まなければ良かった。そもそも己など存在しなければ良かった。
己の欲深さが彼を殺したのだと、魔女は泣き崩れる。いつもそうだ。何度も何度も繰り返し、結局全てを失った。
「……キャスター……」
「はい……」
「それでもきっと……私にとって……お前と出会った意味はあった……」
驚いたように魔女は顔を上げ、マスターの顔を眺める。もうお互いに長くは無いだろう事は解っていたが、それでも魔女は必死に彼の身体を支え続ける。
「宗一郎様ッ!」
本当に聖杯に願ったのは何だったのか。
帰りたかった場所はどこだったのか。
裏切りの魔女は己の腕の中で冷たくなった男の顔を撫で、涙を零す。
「……私に……私にとっても……貴方は……」
声にならない声を上げ、魔女は泣き崩れる。
──貴方と共に生きたかった。
彼女が望んだのはいつもそれだけであった。
消失する己の身体を眺めながら裏切りの魔女は泣いた。己の欲深さに。そして、無慈悲な世界の選択に。
アニメでけっこう補完されてて驚いた 20150605