*休戦日番外*

 衛宮邸の玄関に飾られている大きな笹を見て遠坂凛は唖然とする。朝に出かけた時は無かったはずなのに、いつの間にか飾り付けをされてどんと鎮座していたのだ。すると、玄関が開き、中から藤村大河が顔を出した。
「遠坂さんおかえりー。どう?一緒に飾り付けやらない?」
「これ、藤村先生が持ってきたんですか?」
「うちの若い衆に引っこ抜いて貰って来たのー」
 余りその姿は想像したくないと思いながら、凛は曖昧に笑うと、大河と供に居間へと向かった。そこには折り紙やらハサミやらを広げてせっせと飾るつけを作っている面々の姿があり、凛は驚いたように声を上げた。
「そんなに飾ったら笹が折れるんじゃないの?」
「おかえり遠坂。そうかな?ちょっと作りすぎたかな?」
 イリヤを膝に乗せて作業をしていた家主である衛宮士郎の呑気な声に、凛は呆れたような、それでいてどこか羨ましそうな顔をして、ま、いいんじゃない?と口を開く。
「シロウ!先程の見本をもう一度お願いします!どうしても上手くいきません!」
「セイバーは不器用ね。私が代わりにやってあげるわ」
「大丈夫ですイリヤスフィール。私にもこれくらいは……」
 そんな会話を聞きながら、凛はセイバーの横に積まれた失敗作の数々を眺め思わず笑った。恐らく細かい作業は苦手なのだろう、イリヤが作った飾りのほうが随分と綺麗にできていた。
「そう言えば朝にランサーが短冊持ってきてたわね」
 その言葉にセイバーはコクコクと頷くと、短冊は沢山あるので飾りをと思ったのですが……と言葉を濁した。どうやら再チャレンジも失敗に終わったのだろう。もう少し難易度の低い飾りをセイバーには作らせたほうがいい。
「アーチャーは?」
「洗濯物を畳んでいます」
 めげずに再度挑戦しながらセイバーが口を開いたので、凛は、ふーん、と言いながら居間を後にした。
 桜やライダーの姿が見えなかったので、一緒に洗濯物をたたんでいるのかと思ったが、一人でせっせと洗濯物を片づけをしているアーチャーの姿を見つけて、凛は呆れたように言葉を零す。
「……本当、家事には熱心よね」
「今は皆忙しいようだからな」
 別に他が忙しくなくても率先してやるではないか、と思ったが口に出さずに凛はアーチャーの隣に座って一緒に洗濯物を畳もうとするが、彼は驚いたように口を開いた。
「向こうで飾りを作っていても構わないが……」
「別に興味ないし」
 折角ランサーが短冊を届けてくれたが、凛自体は余り七夕という行事に興味はない。聖杯ならともかく、叶いもしない願いを人の目に晒す趣味はないのだ。
「そもそも、あんまり七夕の話好きじゃないのよね。自業自得だし。毎年毎年天の川渡る橋を作っては、毀してまた来年とか、効率悪い」
 効率を持ってきてしまう辺り、凛らしが浪漫の欠片も見当たらない言葉にアーチャーは苦笑した。
「願うだけならタダだがね」
「【お金持ちになれますように】って後で下げておくわ」
「いや、芸事の願いをかけるものだろう?」
「それじゃ【魔術が上達しますように】って?それこそ資源の無駄だわ」
 願って叶うなら聖杯など要らないと言わんばかりに切り捨てる凛にアーチャーは困惑したような顔をする。それに気がついて、凛は、なによ、と不服そうな顔をした。
「いや、君がいいのなら構わんのだが……」
「アンタが行くなら私も飾り作りに行くわ」
「は?」
 思わず間抜けな返答を返したアーチャーを眺めて、凛は形のいい眉を寄せた。
「貧乏くじ引くなって何度言えば解るのアンタは。居間でワイワイやってるのにぼっちで洗濯物片付けてるとか、聞いたこっちが悲しくなったわよ」
 食事の時も作るだけで混じらないし、団欒の時も混じることは稀である。ランサーがいれば無理矢理にでも巻き込んでくれるが、それがなければ自発的に関わることをしない。
「……本当に混じるのが苦痛だったら別にそれでもいいわよ。けどね、自分にはその資格はないとか思って外れてるようにしか見えないの」
 凛が自分に気を使ってここにいることに気がついたアーチャーは、少しだけ困ったように笑った。そして、小声で呟く。
「どうしていいか解らないんだ」
 一瞬、エミヤシロウに戻ったかのような口調で、凛は驚いたように彼の顔を見上げた。
「ランサーの様に器用でもなくてな。気を使わせたなら済まない」
「……じゃあ私の隣にいなさい」
 そう言うと凛は立ち上がると、アーチャーの手を取った。
「飾り、作るから手伝いなさい。セイバーがゴミを量産するの見てるのもちょっとね。アンタ器用だから得意でしょ?」
「……了解した、マスター」
 ゴミを量産と言われたセイバーには申し訳ないが、アーチャーは凛の気遣いを嬉しく思った彼は笑ってそう返事をした。

「次はあの、びよーんって伸びる奴がいいわ!」
「諒解したイリヤスフィール」
 凛とアーチャーがやってきた所で、飾り作りは一気に加速する。イリヤのリクエストに答えて、アーチャーはせっせと飾りを作ったりしている。それを眺めながら、セイバーは途方に暮れたような顔をした。
「……何故同じサーヴァントなのにこうも……」
「じゃセイバーは一緒に飾り付けしようか」
 箱に入れられた飾りを抱えた士郎の言葉に、セイバーは表情を明るくするとコクコクと頷いた。その様子を眺めていた凛の隣に大河は座り、はい、と短冊を差し出す。
「遠坂さんも。何お願いするの?」
 好奇心一杯の表情をされて凛は返答に窮したが、瞳を細めて笑った。
「そうですね。じゃぁ、【みんなが幸せになれますように】っていうのはどうですか?先生」
 優等生らしい返答に大河は不服そうな顔をすると、ブーブーと文句を言う。
「つまんない!もっと面白いの!」
 願い事に面白さを求める思考回路は理解できない凛が困ったように笑ったので、大河は矛先をアーチャーへと向けた。
「シロウさん!シロウさんも短冊!何書くの?」
 イリヤにせがまれて飾りを作っていたアーチャーは、大河の突撃に驚いて手を止めたが、少し考え込んだ後、笑って口を開いた。
「皆が幸せになれますように、とでも書いておいてくれ」
「つーまーんーなーいー!何で遠坂さんと同じなのよ!なんでー!先生つまんない!」
 凛と同じだと言われてアーチャーは驚いたような顔をしたが、瞳を細めて笑った。
「似たもの同士と言うことだろう」
「そうね、似たもの主従ね」
 アーチャーの言葉にイリヤが追従したので、凛は顔を真っ赤にしてそんな事ない!と即座に否定する。
「そっくりよ。文句言いながら面倒見いいところとか、うっかりとか。お似合いだわ。ね、タイガ!」
「そうね。お似合いなのは認めるわ。でも、つーまーんーなーいー!」
「先生まで!」
 凛は悲鳴のように声を上げたが、アーチャーは咽喉で笑っていた。それに気が付き凛は眉を上げる。
「何笑ってんのよ」
「いや、済まない。けれど、そうだな。君と似ていると言われるのはそう悪い気分ではないらしい」
 アーチャーの言葉に凛は絶句したが、直ぐに顔を赤くして、ぷいっと外を向いた。


星合短編
20120709

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