*虎聖杯番外*

 夕食は何にしようか。そんな事を考えながらアーチャーが商店街を歩いていると、視界に見覚えのある色彩が映り思わず足を止めた。
 銀色の髪の少女は、商店街に飾られた大きな笹のしたでぴょこぴょこと手を伸ばして跳ねていた。思わずアーチャーは辺りを見回したが、メイドの姿も両親の姿も見当たらない所を見ると、彼女は一人でここまで遊びに来たのであろう。
 何度かの跳躍の後に、彼女は小さく頭を振ると、口を開ける。
「バーサー……」
「待て!イリヤスフィール!」
 慌てて滑り込んできたアーチャーの姿を見て、イリヤは目を丸くする。
「あら、アーチャーいたの?お買い物?」
「夕食の買い物だが……こんな所でバーサーカーを呼んで、君はどうするつもりだ」
 アーチャーの言葉にイリヤは彼を見上げると、つまらなさそうに口を開く。
「短冊をつるしたいの」
「?あちらに背の低い笹がある」
 子供にも簡単に吊るせるようにと、商店街では小さめの笹を態々低い場所にも置いてくれている。それなのにイリヤが態々背の高い笹を選んだ意味が解らなかったアーチャーは、首を傾げた。
「……星に願いをかけるなら、高いほうが見やすいじゃない……」
 ぶぅっと膨れたような顔をしたイリヤを見て、アーチャーは納得したように頷く。どこかでイリヤも七夕の話を聞いたのだろう。彼女なりに色々と考えての事なのだと。
 高い場所に短冊をさげたいから、大きいバーサーカーを呼ぶ。それは彼女の道理には合っている。が、こんな場所に呼び出しては商店街も迷惑だろうと思い、アーチャーは口を開いた。
「私が下げようか?」
 その言葉にイリヤは少し思案したような顔をする。即答するかと思ったが、彼女が迷っているのを眺め、アーチャーは首をかしげた。しかし、イリヤが短冊をアーチャーに隠すように握っているのに気がついて彼は苦笑する。
「では、私が君を持ち上げる。それで構わんかね?」
 短冊の願いを見られるのが恥ずかしいのだろう。そう思いアーチャーが提案すると、今度は直ぐにイリヤは頷いた。
「それでいいわ」
 バーサーカーのように肩に乗せるのは叶わないが、長身のアーチャーが彼女を持ち上げればかなりの高さの笹も掴むことが出来るだろう。バンザイをしたイリヤを見下ろし、アーチャーは僅かに口元を緩めると、彼女を持ち上げた。
「どうだね?」
「バーサーカーにはかなわないけど、いいわ」
 できるだけ高い笹を掴んで、イリヤは早速短冊をそこに括りつける。それを暫くは満足そうに眺めていが、アーチャーに声をかけて下ろしてもらった。
「ありがとうアーチャー」
「役に立てたなら良かった」
 僅かに笑ったアーチャーを見上げて、イリヤは少し迷ったように口を開く。
「願い事は聞かないの?」
「……君の願いならそう悪いものでもないだろう」
 その言葉にイリヤは、大きく瞳を見開くとほんの少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「【家族と一緒にいられますように】って書いたの。別に本当に叶うわけじゃないって知ってるけど」
 第四次聖杯戦争から十年。イリヤスフィールは冬の城で一人ぼっちであった。そして今、虎聖杯という訳の分からない奇跡で衛宮切嗣や、アイリスフィールと再会した。その奇跡の継続を願っているのだろう。
「いい願いだ。切嗣もアイリスフィールも喜ぶだろうし、きっとそう願っている」
「アーチャーも?」
 その言葉にアーチャーは驚いたような顔をする。すると、イリヤは当然、シロウも貴方も入っているのよ、と首を傾げた。
「だって私はお姉ちゃんだもん。リズやセラやバーサーカーも家族なのに、シロウやアーチャーが入ってないのはおかしいわ」
 遠い昔に聖杯に消えた銀色の娘の顔と、目の前の娘の顔が重なって、アーチャーは思わず瞳を揺らした。自分の幸せを願ってくれた姉はもういない。けれど、目の前のイリヤも自分を弟だと言って【家族】に入れてくれたことが、酷く嬉しいと感じたのだ。
「……ああ。私も君といられるのならとても嬉しい」
 アーチャーの返事にイリヤは満足そうに笑うと、小さな手を差し出す。
「じゃぁお買い物一緒に行ってあげる。弟一人でお使いは心配だもの」
「では、そうしてもらおう」
 差し出された小さな手を握ったアーチャーは、瞳を細めて笑った。


星合短編
20120709

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