*休戦日肆*

 天候が下り坂な梅雨時。部屋で本を読んでいたライダーは、急に窓の外が暗くなったのに気が付き、顔を上げた。雨はまだ降ってきていないが、急激に天候が崩れることもあるだろうと思うと、洗濯物は取り込んでおいたほうがいいと判断して、本に栞を挟むと、彼女は庭へと移動する。
 学校に行っている面々以外だと、恐らくセイバー辺りが家にいるかもしれないが、今日は朝食以降、ライダーは彼女と顔を合わせていない。人の出入りの多い衛宮邸では、誰が今いるかの把握は意外と難しいのだ。なので、洗濯物の取り込み等は気がついた人間がしている。もっとも、通常ならば、家主である衛宮士郎が学校から帰ってきた後に家事全般をこなすのだが、このような突発的な天候の場合は、大概誰かが気がついてやっている。
 庭に移動中、ふと視界の端に見慣れないモノが入り、ライダーはピタリと足を止めた。
 洗濯物の見える和室で、座り込んで壁にもたれ掛かるアーチャー。その瞳は閉じられており、ピクリとも動かない。
 もしかしたら、雨が降るかもしれないと、ここで時間を潰していたのだろうか。ならば、自分は部屋に帰ってしまってもいいだろうか。そんな事を考えたが、天候は崩れる一方だと言うのに、一向に動く様子のないアーチャーに、ライダーは首を傾げて、そろり、と彼に歩み寄った。
 寝ているのだと気がつくのに、そう時間は掛からず、ライダーは驚きの余り、その動きを止める。
 そもそもアーチャーは衛宮邸や遠坂邸を行ったり来たりしているが、余りどこかでのんびりとしているタイプではない。いつも家事をしていたり、ふらふらと冬木市を巡回していたりというイメージが強く、ライダーはこうやって無防備にアーチャーが寝ている所を見るのが初めてだと気が付き、まじまじと彼の顔を眺めた。
 エミヤシロウの成れの果て。
 そんな事は十分承知しているが、ぱっと見は殆ど気付かれることはない。けれど、その鋼色の瞳を閉じて寝息を立てている姿は、酷く幼く見え、無意識にライダーは唾を飲み込んだ。
 好奇心は猫を殺す。
 けれど、一度気になるとどうしても試してみたくなる。
 気配を殺して、ライダーはそっとアーチャーの傍に歩み寄ると、膝を付き、彼の首元に唇を寄せた。
「アレの代わりにされるのは面白くない」
「……起こしてしまって申し訳ありません」
 鋼色の瞳が自分を見下ろしているのを感じて、ライダーは小声で詫びると、褐色の肌に触れた唇を僅かに離した。
「いや、雨が降りそうだ。構わん」
「何をしているのですか!」
 少しだけ笑った様子のアーチャーの声に被さるように響いたのは、同じく居候をしているセイバーの声で、廊下から怒りの形相で怒鳴りつけていた。酷く残念そうにライダーはアーチャーから離れると、セイバーに視線を送る。
「……少々悪ふざけが過ぎただけです」
「ライダー……貴方はシロウだけではなくアーチャーにまで……そこに直りなさい!」
 ライダーは吸血鬼ではないが、血を媒介に魔力を蓄えることが出来る吸血種である。無論マスターからの魔力供給が十分であれば血を吸う必要もないし、どちらかと言えば血は嗜好品に近い。時折衛宮士郎の血をつまみ食いしているのを知っているセイバーは、怒りが収まらないのか、不機嫌そうに部屋に入ってきて、ライダーを見下ろした。
「そもそも魔力は足りているのではないですか!」
 そこを突かれると非常に辛いのだが、ライダーは頭ごなしに怒鳴られた事にムッとしたのか、憮然と、これは嗜好品ですから、と不機嫌そうに声を零す。
「……セイバー」
 ため息ににも似たアーチャーの呼びかけに、セイバーは視線をアーチャーに移す。するとアーチャーは、立ち上がり、洗濯物を取り込みたいのだが、と短く言った。
「分かりました。ライダーの言い訳は後で聞きます」
 そう言うと、セイバーはアーチャーの後について、庭に降りていき、今にも雨が降り出しそうな空の下、せっせと洗濯物を取り込んでゆく。手伝ったほうがいいのかともライダーは思ったが、セイバーは嫌な顔をするだろうと思い、彼等の取り込んだ洗濯物の仕分けを大人しくこの部屋ですることにした。
 元々ライダーとセイバーは折り合いがいい方ではない。お互いにマスター至上主義である上に、聖杯戦争では何度も敵対し、お互いに煮え湯を飲まされている。例えばランサー等は、衛宮士郎や遠坂凛と一時的に同盟を組んでいたりもしたので比較的良好な関係であるが、セイバーの潔癖な性格は、人の血を吸うライダーなど認められないのであろう。
 幸い洗濯物は程良く乾いており、もう少し乾燥が必要なモノ以外は、ライダーが畳んでいく。
「セイバー、すまないが乾燥機に入れてきて貰えないか?」
「はい。わかりました」
 アーチャーの言葉にセイバーは頷くと、渡された洗濯物を持って大急ぎで乾燥機へ向かう。それを見送ったアーチャーは、アイロン台を準備し、アイロンが温まるのをじっと待っていた。
 また二人っきりになり、ライダーは、洗濯物を畳みながら口を開いた。
「士郎の代わりにするつもりはなかったんです」
「……ほぅ」
 アーチャーは少しだけ驚いたように声を上げたが、視線はアイロンに向けたままであった。それにどこかほっとしたような顔をしたライダーは、申し訳なさそうに言葉を続ける。
「ただ、……その、士郎と同じ味なのかと……」
 その言葉にアーチャーは咽喉で笑うと、どうだろうな、と言葉を零し、アイロンをあて始めた。
「君もつまらない事に興味を持つのだな」
「純粋な好奇心です。けれど、不快にさせて申し訳ありません」
 アレとは違う。アーチャーは己を衛宮士郎と同一視されるのを嫌う傾向にある。それを解っていたのに、好奇心に負けて不快な思いをさせたと素直に謝ったライダーを見て、アーチャーは表情を変えないまま口を開いた。
「いや、構わんよ。実際血を抜かれたわけではない」
「アーチャー!未遂とはいえ貴方はライダーに襲われたのですよ!怒って良い所です!」
「セイバー……」
 戻ってきたセイバーが、また怒りを露わに声を上げたので、アーチャーは困ったように彼女の名を呼んだ。襲われたなど大げさではあるが、セイバーから見ればそうなるのだろう。
「君がそんなに怒らなくていい」
「貴方が怒らないからです!」
 そう言うと、セイバーはドスッと、アーチャーの横に座りライダーを睨みつける。
「セイバー?」
「また悪ふざけが過ぎないように監視します。貴方に何かあったらリンに申し訳が立たない」
 恐らく説得など時間の無駄であろう事を悟ったアーチャーは、仕方がないと云うように、セイバーを横に座らせたまま、アイロン掛けに集中することにした。


「寝込み襲われたらしいな、色男」
「帰れ」
 心底嫌そうな顔をしたアーチャーを見て、ランサーは咽喉で笑うと、ニヤニヤと表情を崩して夕食の準備をする彼に言葉を放った。
「セイバーがカンカンだったぜ。アーチャーは甘すぎる!ってよ」
 恐らくメールか何かでランサーに愚痴ったのであろう。現在居間にも台所にはセイバーやライダーはいないし、ランサーは衛宮邸を訪れてすぐにアーチャーの所へやってきたのだ。
「……別にそんなにしつこく叱る事でもあるまい。本人も反省している」
「まーな。セイバーは元々ライダーと折り合いよくねぇから余計腹が立つんだろ」
 笑いながら言い放つランサーを、呆れたような顔をしてアーチャーは眺める。結局何をしに来たのかわからないが、とりあえず夕食は食べていくのか、という方が寧ろアーチャーは気になった。
「夕食はどうするんだ」
「宜しく。礼にセイバーの愚痴聞いて、少しストレス解消させとくからさ」
「そうか」
 そう悪い取引ではない、と判断したアーチャーは、米の量を増やすことにした。

 アーチャーが夕食の準備をせっせと続けていると、居間を出ていったランサーが、セイバーと共に戻ってくる。ランサーに愚痴ってすっきりしたのか、セイバーは機嫌良さそうに台所に来ると、夕食のおかずを眺め、満足そうに戻ってゆく。
 ストンと座り、お茶を入れるセイバー。その横でTVを見るランサー。黙々と夕食の準備をするアーチャー。
 そんな中、ライダーが台所に入ってきて、冷蔵庫を開ける。
「お茶のストックは切れているのですか?」
「ああ、すまない。奥の方に……ッ」
 突然アーチャーの言葉が切れたので、セイバー達は驚いて台所に視線を向けた。
「アーチャー?」
「少し切っただけだ」
 心配そうなセイバーの声にアーチャーは返事をすると、血の滲む指に視線を落とす。これぐらいの傷ならば、それこそ直ぐに完治する。そう思い、傷を治すことに意識を集中させようとするが、突然その手を取られ、彼は声を上げるまもなく、崩れ落ちるようにその場に倒れた。

「ちょっと!どうしたのアーチャー!」
 バタバタと居間を訪れた凛が目にした光景は、正座して萎れるライダーと、何故か武装化して仁王立ちのセイバー。そして、その様子を眺めながらせんべいをかじるランサーと、その隣でぶっ倒れ、額にタオルを乗せられたアーチャーの姿であった。
「……え?」
「よお。来たか」
「よお……って、何?何なのこれ」
 凛はと言うと、夕食の前に宿題を片付けてしまおうと、衛宮邸で占拠している部屋にいた訳なのだが、突然アーチャーから大量の魔力が引っ張られたので、何事かと慌ててやってきたのだ。何の準備もなく魔力が引っ張られたため、凛の方は半ば無意識に魔力供給をカットしてしまい、そのせいで、正常供給できないアーチャーが倒れてしまった。ここまでは凛でも理解できたが、そもそも何故アーチャーが魔力不足になったのかは全く解らない。
「……ライダーがな、指切ったアーチャーから魔力吸い上げちまったんだよ。多分な」
「はぁ?」
 ランサーの言葉に凛は、意味がわからない、と言うような顔をして声を上げた。
「申し訳ありません、リン」
 土下座せんばかりのライダーと、それを睨みつけるセイバー。肝心のアーチャーはピクリとも動かないのだが、とりあえずランサーの様子を見る限りでは生きているようだ。
「……切った指から魔力吸い上げたって……。あ、吸血って事?」
 ライダーが吸血種であったことを思い出した凛がそう零すと、怒ったような口調でセイバーが声を上げた。
「そうです!止めるまもなく吸い上げたのです!昼間に反省したというのは嘘だったのですか!」
「昼間?」
 カッカするセイバーでは話にならないと、凛は思わずランサーに視線を落とした。すると、ランサーは、昼間にちょっとした事があってな、と言葉を濁した。しかし、それが気に入らなかったのか、セイバーはランサーを睨みつけて、口を開く。
「アレのどこがちょっとした事なのですか!」
「アーチャーが嬢ちゃんに報告してねぇんだったら、大したことじゃねぇってアーチャーが判断したんだろ」
 この騎士王は怒りだすとややこしいなオイ、と思いながらランサーは呆れたように言う。恐らくアーチャーは余計な摩擦を避けるために、昼間のことは凛に報告していないのだろう。お互いのマスターが姉妹であることに気を使ったのはランサーでも理解できたので、やんわりとセイバーを嗜める。
「……で、アーチャーは魔力不足なだけなのね」
「おう。人間で言う貧血みたいなもんだろ。嬢ちゃんからも魔力送ってやってくれ」
 そう云われ、凛はぺたんとアーチャーの枕元に座ると、彼の手を握って魔力を送り込んだ。先程は彼女の魔力回路が驚いて切り離してしまったが、今は正常に繋がっている。ほっとしたような顔をした凛を見て、ランサーは瞳を細めると、セイバーに視線を送った。
「もう大丈夫だからそうカッカすんなって」
「しかし……」
「いいのよ、セイバー。アーチャーがぼんやりしてたんでしょ。とりあえず武装は解除しなさい、物騒だし」
 凛の言葉にセイバーは素直に頷くと、漸く武装を解除し、心配そうにアーチャーの顔を覗きこんだ。
「私がついていながら」
「……セイバーは士郎のサーヴァントなんだから、うちのアーチャーの面倒まで見なくていいのよ」
 余りにも悔しそうにセイバーが呟くので、凛は半ば呆れながら言葉を放った。恐らく嘗て円卓の騎士を纏めていたこともあって、仲間意識が強いのだろう。聖杯戦争の殆どを、同盟を組んで駆け抜けた凛やアーチャーに対して特にそれが強い傾向にある上に、アーチャーが元エミヤシロウであるせいもあって、セイバーの中で守るべき存在だと強く刷り込まれているのかもしれない。基本的に士郎と敵対しない限りは、セイバーはアーチャーに対して甘い。もっとも、アーチャーとてセイバーに甘いのでお互い様とも言えるのだが。そんな事を考えながら、凛は萎れたままのライダーに漸く視線を送った。
 心配そうにこちらを見ているが、セイバーがいるので傍に寄れないのだろう、そわそわしたようにアーチャーの様子を伺っている。
「……ライダーも。とりあえず今後はこんな事がないようにね。魔力足りないの?大丈夫?」
 凛に優しく声をかけられ、ライダーは視線を少し彷徨わせた後、懺悔するように言葉を絞り出した。
「つまらないことに興味を持ったせいで……申し訳ありません、リン」
「はぁ?」
「その……士郎とアーチャーの血の味が同じなのか……ふと昼間に気になってしまって……」
「気になってしまって?」
「アーチャーの寝込みを襲いました!ごめんなさい!先程も、どうしても我慢できずにアーチャーの血を!」
 がばっと、その大きな体を小さくして土下座するライダーを見て、凛はぽかんとしたような顔をする。そもそも、土下座などという日本独特の謝罪方法をライダーが一体どこで覚えたのかというのも気になるが、寝込みを襲われたとは一体どういうことだ、と凛はアーチャーを見下ろす。
「へぇ、そうなの。うちのアーチャー寝込み襲われちゃったの」
 凛の声のトーンが変わったのが怖くなって、ライダーは頭をあげることが出来ずに、そのままガタガタと震え出す。その姿が余りにも気の毒に思えたのか、ランサーが、昼間は未遂だけどな、と言葉を付け足してやった。
「で、味はどうだったの?」
「はい?」
「アーチャーの血、吸ってみたんでしょ?どうだったの?士郎と同じだった?」
 凛の突然の質問に、ライダーは驚いたように顔を上げて凛を見上げた。
「えっと……似てはいましたが、魔力の密度というか、そういう物は若干違うように思いました。基本的には鉄の味です」
 鉄の味、と言った所で、ランサーがプッと吹き出す。恐らくアーチャーの詠唱を思い出したのだろう。血潮は鉄で、心は硝子。
「……血は鉄の味っぽいわよね。まぁいいわ。とりあえず今後はこんな事はないようにしてよ。とりあえず疑問は解決したんでしょ?」
 凛の半ば呆れたような声に、ほっとしたのかライダーは顔を上げて、コクコクと頷いた。
「セイバーも。あんまり気にしないでね」
「リンがそう言うのなら異存はありません。しかし……」
「しかし?」
「アーチャーが中断した夕食の準備はどうしたらいいのでしょうか」
 途方に暮れたようなセイバーの顔を見て、凛は仕方がないと言うように立ち上がると、私が作るわ、と短く言い、台所へ移動した。

「済まなかった。続きは私がやる」
「そう?でもまぁ、手伝うわ」
 アーチャーが台所に戻ってきたので、凛はそう言うと、アーチャーの隣に並んで夕食の支度を手伝う。
 暫くは無言での作業であったが、アーチャーがポツリと言葉を零した。
「宿題はいいのか?」
「大丈夫よ。殆ど終わってたし。アンタこそ魔力足りてるの?」
「今のところ問題はない」
 無論完璧に戻っている訳ではないだろうが、夕食を作る程度なら問題がないという事だろうと判断して、凛は、そう、と短く返事をした。
「昼間、ライダーに寝込み襲われたらしいじゃない」
「……セイバーか?」
「ライダーが自白して土下座してたわよ。どこであんな謝り方覚えたのかしらね。余りにも可哀想だから、ランサーも未遂だって口添えしてたけど」
 土下座までは想像していなかったのか、驚いたようにアーチャーは手を止めて、それで?と続きを促した。
「どうしても我慢できなかったんですって。別に魔力不足だった訳じゃないみたいだし、純粋に好奇心だったみたい。っていうか、昼間に未遂とはいえ襲われたのに、余りにも無防備じゃない?アンタ」
「それに関しては面目ない。まさかあそこまで、彼女の好奇心から来る吸血衝動が強いものだとは思っていなかった」
 基本的に知的なタイプであるライダーなので、アーチャーの言う事も理解できた凛は、それもそうね、と言葉を零した。実際ランサーの話だと、あっという間の事だった上、セイバーが怒って引き剥がすまでライダーの目にはアーチャーしか映っていなかった様に見えたと言っていた。今回の事に関して言うなれば、発作的なものにも近いのかもしれない。
「……まぁ、私にしてみれば、アンタが昼間にのんびり寝てた事のほうが驚きだけど」
「少しうとうとしていただけだ」
「別に昼寝ぐらい構わないわよ。見たことなかったから驚いただけ」
 バツが悪そうに言うアーチャーに凛は笑って返答をした。
「……別にライダーや桜にどうこう言うつもりはないわよ。まぁ、流石にいきなり魔力引っ張られて驚いたけど、反省してるみたいだし」
「そうして貰えると助かる」
 どこかほっとしたような顔をしたアーチャーを眺め、凛は呆れたようにため息を零した。その反応を予想していなかったアーチャーは、困惑したように口を開いた。
「凛?」
「……いつになったら自分が貧乏クジ引くの止めるのかしらね?」
「……」
 凛の言葉に返答に窮したアーチャーを眺め、彼女は淡く笑った。


 食事も無事に終わり、居間でTVを見ていたランサーは、そろそろ寝床に帰るかと思案していた。そんな中、洗い物をしていた桜とライダーの声が耳に入る。
「部屋に戻るわね」
「お疲れ様です、サクラ」
 ランサーに軽く会釈をして出ていった桜に、彼はひらひらと軽く手を振る。余り個人的な会話はないが、桜自体はランサーが来れば比較的快く受け入れてくれる。
「ランサー」
「おう」
 居間に残ったランサーに茶を入れてライダーが正面に座ったので、何か話があるのかと、ランサーは視線をTVから彼女へ移した。するとライダーは少しだけ笑って、今日は迷惑をかけてしまいました、と詫びる。
「いや、まぁ、可愛いもんだろ」
 今まで衛宮邸に出入りしている中では、比較的軽い方だと思い、ランサーは苦笑しながら熱い茶に口をつけた。セイバーやギルガメッシュに引っ張り回されるのに比べれば、今回はセイバーの愚痴を聞いたり、ちょっとした緩衝材の役割を果たした程度である。アーチャーの美味い飯でチャラにしても良いと、ランサー個人では思っていた。
「しかし、困ったことになりました」
「……まあ、暫くはセイバーがピリピリしてるだろうから大人しくするこった」
「それも無論そのつもりなのですが……」
「?」
 言葉を濁したライダーに、ランサーは怪訝そうな表情を向ける。他に何か問題があるとは思えなかったのだ。凛の判断で、桜への報告はしなくていいだろうと言う事になり、彼女がマスターに叱られるという事はないはずである。せいぜい暫くはセイバーが監視の目を光らせる位である。
「……サーヴァントの血液と言うのは、マスターの影響も受けるのですかね?」
「さあな。俺は吸血種じゃねぇし。でもまぁ、マスターから魔力を引っ張ってるし、多少混じるってのはあるかもな」
「……士郎より美味しかったんです」
 困ったように笑うライダーを見て、ランサーは、思わず空を仰ぐ。
「鉄の味だったんじゃねぇの?」
「えぇ。鉄の味です。とても甘美な」
 全くもって意味が解らない。そんな顔をしたランサーを眺め、ライダーは紫色の髪を弄りながら、しかし、我慢します、と短く言う。
「……嗜好品ってのは、意外と我慢キツイよな」
 酒もそうだし、サーヴァントにおいての食事もそうである。一度味を覚えてしまえば、止めるのは意外と気合がいる。例えば魔力補給が十分になったから、セイバーに食事を摂るのをやめろと言っても、なかなか難しいであろう。ランサーも、酒や煙草をやめろと言われれば、やめられない事はないだろうが、極端に遠ざける方法を手っ取り早くとるだろう。しかしながら、衛宮邸に出入りするライダーにそれも中々難しい。
「ですので」
「ですので?」
「もしも、アーチャーと戦うことがあって、彼が怪我などした場合は呼んで下さい」
「……何で俺に言うかな」
「この平和なご時世、アーチャーとまともに戦う機会があるのは、貴方位ですから」
「……覚えとく。でも流血沙汰は意外と少ないんだぜ」
 たまに宝具展開をしてガチバトル、という事はあるが、なんやかんやで邪魔が入って流血沙汰になることは少ない。最終的には正座させられて、説教を食らって終わるのだ。
「それもそうですね……アーチャーに正直に話せば血を分けてくれるでしょうか?」
「そりゃ、リン嬢ちゃん次第だろ。アイツはリン嬢ちゃんがやれって言えばやるし、駄目だと言われりゃやんねーよ。アイツもお前さん達と同じで、マスター至上主義だからな」
 笑いながらランサーが言うと、ライダーは、それもそうだ、と言わんばかりに頷いて、微笑んだ。
「もしかしたら、アーチャーの魔力ではなく、リンの魔力が美味しいのかもしれません」
「そーかもな。でも、そっちに関しては俺もアーチャーも断固抵抗すっから、三大騎士クラスを敵に回すって思っといた方がいいんじゃねーの」
 ランサーの言葉に、ライダーは少しだけ驚いたような顔をしたが、それもそうだと、微笑んだ。
「えぇ。覚えておきます。流石に三大騎士クラスと、私のマスターを敵に回すわけには行きませんから」
 そう言われ、あぁそうか、マキリの娘も敵に回るな、確実に、と考えランサーは、怖い怖い、と言いながら立ち上がった。
「そんじゃ帰るわ。まぁ、寝込み襲うのはやめとけよ」
「……そうそうそんな機会もないと思います。あの寝顔を見れないのは残念ですが、警戒させてしまったようです」
「寝顔?」
「えぇ。とても士郎に似ていました」
「……やっぱ代替えじゃねーか」
「かもしれません」
 寂しそうに笑う姿が、少し気の毒になった。己のマスターに遠慮をしているのか、それとも、その気持ちに気がついていないのか。けれど、ランサーは、突っ込むのも野暮であろうと、笑うと、衛宮邸を後にした。


ライダー話(`・ω・´)
個人的にはライダ→士郎の仄かな恋心押し
20120609

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