*決戦日壱*
目を開けると、視界には草原が広がっていた。てっきり己の座はカムランの丘のように殺伐としたモノだと思っていた彼女は、少しだけ面食らったような顔をしたが、微笑を零した。あぁ、ここならば彼を迎えるに相応しいと。
蒼のドレスを纏っていた彼女は、意識を集中し己が鎧を再現する。
銀色の鎧を纏った彼女は、約束された勝利の剣を空に向け声を張り上げた。
「……我が宝具を持ちし、英霊エミヤを私の元へ返還して頂きたい!」
それは世界へ向けた言葉であった。
彼女の愛した男は、世界に縛られ、己の全てを磨耗しながら座に存在した。彼女はそれをどうしても取り戻したかった。
暫くは空を睨みつけたままであったが、ひらりと、何かが降ってきたので、彼女は慌ててそれを拾いに行った。
【だが断る】
真っ白な便箋にそう書かれ、ポンとハンコの押された世界からの返答。
それを握りつぶした彼女は、翠色の瞳を細めて、口元を歪めた。
「……よかろう。ならば奪還するまでだ」
怒りに燃えた騎士王……セイバーは、剣を大地に突き立てて声を上げる。
「王の帰還だ!集え円卓の騎士達!」
座と言うものがどのように配置されているか詳しく知っていた訳ではないが、そう呼びかければ、彼等が集うことは知っていた。アーサー王と円卓の騎士の縁は当然深い。縁が深ければ深いほど、互いに行き来も比較的簡単に出来るのだ。
「……王の招集により参上しました」
「ご苦労」
跪く男たちにセイバーは視界を巡らすと、ひい、ふぅ、みぃ、と数を数えて、小さく首を振った。全部は矢張り集まっていない。流石に最後は分解してしまった円卓の騎士であるから、招集に応じない者も、応じられない者も存在するのだ。
「解っていましたが、こうも人望がないと些か悲しくなります」
哀しそうなセイバーの言葉に、笑いながら一人の男が返答をする。
「そうがっかりする必要もないだろう。私は貴方が帰還したことが嬉しい」
「有難うございますガウェイン」
「で、私たちの顔を見るために集めたのか?」
彼の言葉にセイバーは首を振ると、握りしめていた便箋を彼の前に差し出す。
「あぁ、世界からの手紙か」
「解るのですか?」
「回覧板とか、下への招集とかはこの便箋でくるのでね。で、何を断られたんだ?」
回覧板とな!と驚いたような顔をセイバーはしたが、直ぐに眉間に皺を寄せ、私の鞘の返還を拒否されました、と不貞腐れたように言った。
「無くしたアレ?」
「そうです。極東の地にて見つけました」
ほうほう、と言うようにガウェインが頷くと、セイバーは拳を握りしめ、怒りの言葉を吐いた。
「アレは私のモノです。いいようにアラヤに使われるなど我慢できません。よって、奪還します」
奪還と言う言葉に集まった騎士たちはざわめく。断られたものを奪還するとなると、世界を敵に回すと言うことだ。動揺するのも無理は無い。しかし、彼等を一旦見回した後に、セイバーは口を開いた。
「聞け!私は、私の宝をアラヤより奪還する!目標は極東の地の英霊・エミヤ!」
「え?鞘じゃないのかい?」
「彼が鞘を持っているのです。よって、彼ごと奪還します」
ガウェインの言葉にセイバーは大真面目に返答すると、更に声を上げた。
「これは国の戦いではありません。よって、私についてくるか否かは各々判断してもらえればいい。ただ、私は卿達の力を信頼しているからこそ、ここに呼び集めた。……良き王ではなかったかもしれません。けれど、私は、王として、一人の騎士として、私の宝をアラヤにいいように使われるのだけは我慢できないのです」
セイバーの顔を眺めたガウェインは、少しだけ嬉しそうに瞳を細めた。哀しいほど孤独で、哀しいほど民を思いやった国の殉教者アーサー王。人の心が解らないと言われてきた彼女が、きっとその極東の土地で何かを得たのだろう。
静まり返った己の座を眺め、セイバーは、じっと待った。これは私闘だ。無理矢理連れて行く訳にはいかない。それは解っていた。だから、皆が去ってもそれは仕方が無いと思っていた。
「……で、いつ行くんだい?」
「ガウェイン……いいのですか?」
「望む所だと言わせてもらおう」
そう言うと、ガウェインはセイバーの前に改めて跪き、頭を垂れた。
「極東の地での戦、大いに結構。私の剣、存分に振るうだけだ」
顔を上げて破顔したガウェインを見て、セイバーは瞳を細めた。己の為に剣を捧げてくれた同胞。彼等との絆すらなかった事にしようとした愚かな自分。だから、それを間違いだと気づかせてくれた彼を、必ず取り戻すと新たに心に誓った。
「よう。話はすんだか?」
突如座に現れた戦車の姿に、一同はざわめくが、その声を聞いたセイバーは瞳を細めて笑った。
「よく来てくれました。ランサー」
クランの猛犬とも、光の御子とも歌われたケルトの英霊は、その青い髪を靡かせ口元を歪める。
「よく言うよ。来なけりゃ座まで乗り込んでホットドックを無理矢理食わせるとか、無茶苦茶な脅しをかけといて。あ、ついでにこいつも拾ってきた」
ひょっこりと顔を出したもう一人の英霊の姿を見て、セイバーは驚いたように目を丸くする。第四次聖杯戦争でランサーとして召喚された男。彼は少しだけ困ったような顔をして笑うと、恐る恐ると言うように口を開く。
「セイバー。その、久しぶりだな」
「ランサー!あ、いえ、えっと、ディルムッドと呼んでも良いですか?」
両方ランサー枠であったために、呼び方がややこしいと思いながら、セイバーは彼の真名を呼ぶ。すると彼は花のように笑い、大きく頷いた。
「しかしよくディルムッドを連れてきてくれましたね」
アホ毛をふよふよと揺らしながらセイバーが言うと、クー・フーリンは笑いながら口を開いた。
「お前さんと再戦したいんだと。だから、アーチャーの野郎奪還したら手合わせしてやってくれ」
「こちらこそ!有難うございます!」
ギュッとディルムッドの手を握り、セイバーは嬉しそうにその手をぶんぶんと振る。正直余りにも酷い彼との別れのせいもあり、協力は見込めないと思っていたのだ。キリツグめ!と思わず呪詛を吐きそうになったのも良き思い出だ。
「誉れ高きアルスターとフェニアンの英霊と轡を並べることが出来るとは光栄だ!私はガウェイン。円卓の騎士に所属している」
「よろしくな」
「こちらこそ、光栄です」
円卓の騎士を代表して挨拶したガウェインに気さくに返答したクー・フーリンと、生真面目に返答したディルムッド。それを嬉しそうに眺めるセイバーは、さて、と口元を歪めて一同を見回した。
「早速出撃したい所ですが、何人かの英霊に協力を仰ぐために少々寄り道をします」
「王!」
セイバーの声を遮る様に、鎧甲冑の騎士が声を上げたので、一同そちらに視線を送る。それが誰であるか一番最初に気がついたディルムッドは、反射的に腰を落とし、槍を構えたが、セイバーは薄く微笑みを浮かべ、それを制した。
「……貴方が自ら来るとは予想していませんでした……ランスロット」
裏切りの騎士の名にざわりと空気が変わる。そしてディルムッドは驚いたようにセイバーの顔を眺めた。
「バーサーカーが……湖の騎士?」
「おおう。こりゃまた。バーサーカーたぁ、珍しい枠だな」
途中敗退であったディルムッドは、バーサーカーの正体は知らぬままであった。そしてクー・フーリンの方はと言うと、冷やかし混じりに口笛を吹くと、湖の騎士に視線を送る。部外者である彼等にとっては大した問題ではないが、円卓の騎士達に取ってみれば、まさに国の崩壊のきっかけを作った存在で、心境複雑であろう。
「世界に戦争を仕掛けるなど正気ですか」
嘗て第四次聖杯戦争で剣を交えた時は、何一つ満足に会話を交わす事が出来なかった二人。お互いに哀しいほどすれ違い続けた朋友。
一同が見守る中、セイバーは口角を上げて笑う。
「バーサーカーであった貴方に心配されるとは思いませんでした。私は正気です。貴方も、正気のまま彼女を愛し、攫ったのでしょう」
セイバーの言葉に返答出来ずに沈黙したランスロットを眺め、クー・フーリンはニヤニヤと笑い、ディルムッドは思わず視線を逸らした。上司の嫁寝取りに関して、実は同じ立場だっただけに、バツが悪かったのだろう。
「貴方が円卓の騎士を崩壊させてしまったことに関しては、今更言う事はありません。私が許すと言っても、罪の意識を抱き続けた貴方には意味のない事なのだろうから。そうですね……ただ、今私が言えることは一つです」
ランスロットは息を飲み、セイバーの言葉を待つ。重々しい沈黙の中、セイバーは言葉を放った。
「私に申し訳ないと言うのなら、アラヤから私の宝を取り戻すことに力を貸しなさい。というか、来ないのなら無理矢理にでも手伝わせるつもりでしたので手間が省けて有難いです」
「はぁ?」
「そもそも私はこれから、アラヤの褥から私の最愛の男を奪還するのですから、貴方を責める事などできません。責めて欲しいと言うのなら、それは終わってからまた話し合いましょう。貴方が望むのならば、殴るぐらいのサービスはするつもりです」
「え?」
呆然とするランスロット。暫くは一同沈黙していたが、クー・フーリンがぷーっと吹き出し、耐え切れなくなったのかゲラゲラと笑い出した。
「御子殿!」
嗜めるディルムッドの背中を叩きながら、クー・フーリンは、悪ぃ、悪ぃ、と言いながらも、瞳に涙を浮かべて笑い続けた。
「ランサー、笑いすぎです」
「アラヤの褥からたぁ、上手く言ったもんだ!確かにアイツはアラヤのお気に入りだからな。つーか、殴ったら話し合いじゃねぇし!リン嬢ちゃんかよ!拳で語るとか」
ヒーヒー言いながら笑うクー・フーリンに、不服そうにセイバーは視線を送り、こほん、と小さく咳払いをした。
「まぁ、そんな所です。基本的に円卓の騎士達には各自判断で同行を願っていますが、冬木の土地に縁のある貴方は特別です。嫌がっても無理矢理連れていきます」
「……私を信頼すると言うのですか?」
「手段を選べるほど余裕はない。貴方がまた裏切るというのなら、それはそれで構いません。けれど、今だに罪の意識に苛まれ、グラグラしている貴方に遅れをとるほど私は甘くはない。それだけは肝に銘じておいて欲しい」
セイバーの言葉に、ランスロットは膝を付き頭を垂れた。その様子を満足気にセイバーは眺めると、クー・フーリンに視線を送る。
「笑いは止まりましたか?」
「おうよ。そんじゃ、どういうルートで行くか確認すっか」
そう言うとクー・フーリンはベラっと紙を広げセイバーに見せる。そこには世界地図と、何やら印がいつくか書き込まれていた。
「俺もセイバーの所に来るまで座がどんな配置か知らなかったんだけどよ。どーも世界地図に則って配置されてるっぽいんだ。第五次の連中は残りは殆どギリシャに固まってるからまぁ、そこで拾えばいいだろう」
つぅっとクー・フーリンのなぞったルートを見て、セイバーは僅かに眉を寄せて、フランスは迂回して下さい、と短く言う。
「何で?」
「第四次のキャスターが厄介なので、迂回したい。あと、メソポタミアの辺りも」
何故第四次キャスターが厄介なのかは理解できなかったクー・フーリンであったが、メソポタミア迂回も同じ顔をしたので、恐らく英雄王の様にセイバーに対しちょっかいをかけた相手なのだろうと納得し、思わず苦笑した。
そうやって地図とにらめっこをしながらセイバーとクー・フーリンが計画を立てている間、他の者達は各々準備をはじめる。そんな中、ディルムッドは申し訳さなそうに、ガウェインの傍に行き、頭を下げた。
「先程はうちの御子殿が失礼を……」
真面目な話をしていた途中に、盛大に笑ったことを詫びたのだが、ガウェインは気にした様子もなく、朗らかに笑顔を向けた。
「実に気持ちのいい御仁ではないか。我々だけでは深刻になってしまいそうだったので、寧ろ有難い。なぁ、ランスロット」
ガウェインの言葉に、ランスロットは驚いたように顔を上げて、困ったように笑った。
「クー・フーリン殿に気を使わせてしまったようで」
「……そう取っていただけるのだらこちらも有難い。……しかし、貴方が湖の騎士だとは思わなかった」
ディルムッドの言葉に、ランスロットは恥じ入る様に言葉を零す。
「あの姿では仕方ありません」
そもそも、第四次聖杯戦争では、ディルムッドとランスロットは余り接触はなかったのだ。ぎこちない二人の会話を眺めながら、ガウェインはうんうん、と頷き、聖杯戦争か、と羨ましそうに言葉を零した。
「私も一度ぐらいは呼ばれてみたいものだな。特にフユキの土地は実に興味深い」
「……あ、いや、いいことばかりと言う事はないですよ」
ランスロットの言葉に、思わずディルムッドも同意する。片や暴走の果てにマスターを食い殺し、片や奸計の果てに自害を強いられた。第四次聖杯戦争の泥沼っぷりを知る彼等は、寧ろ、第五次聖杯戦争を経てあの好感度であるクー・フーリンとセイバーの姿のほうが奇異に映った。しかも、他のサーヴァントの助けは当然受けてもらえるという前提で話を進めている。
「余程王は第五次聖杯戦争で人望を集めたのですね」
ランスロットの言葉に、ディルムッドは申し訳なさそうに首を振る。
「御子殿の話では、寧ろ、英霊エミヤ殿を助けるためなら助力を期待できるだろう、と言う話でしたので……」
「成程。人気があるのは我が王ではなく、そのフユキの英霊か!会うのが楽しみだな。是非手合わせ願いたい」
カラカラと笑うガウェインを眺め、ランスロットは、困ったような、それでいて少し嬉しそうな顔をした。
「卿は変わらないですね」
アーサー王の忠臣であったガウェイン卿。ランスロットが嘗て破った相手ではあるが、そんな事を忘れてしまったかのように、こうやって気さくに話しかける。他の円卓の騎士は矢張り遠慮がちにしているのだが、彼だけは、昔のままで酷く安心した。
「卿ともまた手合わせ願いたいしな。敗れたのは私の力が至らなかっただけの話だ。根に持つようなことでもないと私は思うがね」
あっけらかんと言い放つガウェインに、ランスロットは淡く微笑むと、これが終わったら是非、と言葉を返した。
「よっしゃ。そんじゃギリシャで第五次連中を拾って、征服王の座だな」
響き渡るクー・フーリンの声に、思わず面々は驚きの視線を向ける。
征服王といえば、東征を続けたマケドニアの王イスカンダル。第四次聖杯戦争に参加したランスロット、ディルムッドは、僅かに眉を寄せた。
「御子殿。大丈夫ですか?征服王はエミヤ殿と縁はない筈では」
助力を求めるには余りにも縁がない。心配したディルムッドの言葉に、クー・フーリンは、大丈夫だって、と笑う。
「セイバーの話じゃ割りと気さくなおっさんらしいじゃねぇか。そーゆー奴はな、無茶な戦争程好きなんだよ。でなきゃ、ありもしねぇ東の果てを夢見て征服なんざしねぇって」
「説得は私がしますので心配なく。では、そろそろ行きましょう」
浴びるように酒を飲むもの、そして互いの腕を競うもの。賑やかな座に突如押し寄せた英霊達。
「騎士王と名乗るものが面会を求めていますが!」
転がるように征服王……イスカンダルの所へ部下が走る。それにイスカンダルは少しだけ考えこむと、豪快に笑った。
「あの小娘か!よいよい。中に入れろ」
「しかし……」
「なんだ?」
「はぁ、円卓の騎士どころか、アルスターの英霊、ギリシャの英霊なども引き連れてきているのですが」
ほぅ、と興味深そうにイスカンダルは瞳を細めると、面倒だ、全部通せ、とあっけらかんと言い放った。
「面会許可感謝します、征服王」
警戒態勢を相手が取るのは仕方がないと思ったが、予想通り征服王が招きいれてくれた事に感謝してセイバーは言葉を零す。イスカンダルはやってきた英霊たちを眺め、ニヤニヤと口元を歪めた。
「ほぅ。これだけの英霊をかき集めて余の所に来るとは……そう言えば余との決着はついていなかったな。リターンマッチか?」
征服王は英雄王に破れて第四次聖杯戦争を敗退したので、何度かぶつかったとはいえ、セイバーとは明確に決着をつけていない。しかし、セイバーは口元を緩めると、淡く微笑んだ。
「それは後ほどお願いします」
「後ほどと言うと、何が目的で余の座にきたのだ小娘」
小娘呼ばわりされ、セイバーが怒り出さないかとハラハラしながら見守っていたランスロットであるが、彼女はそれに対して気を悪くした様子もなく、口を開いた。
「冬木の英霊エミヤをアラヤから奪還したい。その助力を頼みに来た」
「ほぅ」
「アレは私の鞘です。それをアラヤにいいように使われるのは我慢ならない」
セイバーの言葉にイスカンダルは僅かに瞳を細めた。嘗てアインツベルンの城で酒を酌み交わした時の彼女とは明らかに変わっていた。あの時の悲壮な娘の姿はどこにもない。
「一つ問うが」
「なんでしょう」
「聖杯への望みはどうした」
「そんなものとうに捨てました。あの望みが間違っていると理解させてくれたのは彼です。……私は今聖杯より、彼が欲しい」
その言葉に破顔すると、イスカンダルは腰の小剣を抜き、空を引き裂いた。
響き渡る雷鳴と共に降臨した、彼の宝具たる、神威の車輪に一同大きく瞳を見開いた。
「勝算はあるのか、セイバー」
「戦わなければゼロです。……愚問だとは思いませんか征服王」
セイバーの言葉にイスカンダルは豪快に笑うと、神威の車輪に飛び乗りセイバーを見下ろした。
「略奪、蹂躙、大いに結構!東の果て冬木に駆けるとするか、騎士王!」
「征服王……では」
「アラヤとの戦とは心踊るわ!時空の全ては我が庭故、余を退屈させないだろう等と生意気を言った王もいたが、アレもホラではなかったようだな」
集う英霊に征服王は声を上げる。
「征服王の東征を刮目して見よ!」
鬨の声を上げる征服王、そして、満足気に笑う騎士王。それを眺めて、クー・フーリンは瞳を細めて笑う。
「もう逃げ場はねぇぞ、アーチャー」
愉快そうに言葉を零したクー・フーリンを眺め、ディルムッドは不思議そうに首をかしげた。
砂を指で撫で、ぼんやりとした様子で男は剣の丘に座り込んで、空を眺めていた。
己の座は空に浮かぶ歯車と、延々と続く剣の丘で出来ていた。
抑止力としてアラヤに呼ばれては、人を救うという名目で、人を殺し続ける掃除屋。
「……」
言葉も無く、ただ、鋼色の瞳は、空に向けられる。
その時、突然空が割れた。
彼の瞳に映ったのは、青いドレスをはためかせ空から降ってくる少女の姿。銀色の鎧と、黄金色の髪。
ソレは、彼の目の前に綺麗に着地すると、地面に座り込んでいる彼を見下ろし、その翠色の瞳を細め、剣を向けた。
「……問おう。貴方が私のマスターか」
例え地獄に落ちたとしても、忘れることのないだろう魂に刻まれた光景。
己が【正義の味方】として明確に歩み始めた根源の記憶。
「セイバー……」
絞り出すように呼ばれた名前に、彼女は破顔し、剣を放り出すと男の胸に飛び込んだ。
「あぁ!私の事を覚えていてくれたのですね!アーチャー!」
アーチャーの首に腕を回し、彼女はしっかりと彼の身体を抱きしめる。それに彼は、戸惑ったように少しだけ手を彷徨わせた後、恐る恐ると言ったように彼女の背に手を回した。
忘れる筈などなかった。
自分に戦うための剣をくれた大事な人。
「セイバー」
「はい」
けれど、突如空から降ってきた事に関しては全く理解できなったアーチャーは、困惑したように言葉を零す。
「どうして……」
そう言いかけたが、それは突如空から彼女を追うように降り注いた武具の雨によって遮られた。
「熾天覆う七つの円環!」
驚いたアーチャーは、セイバーを片手に抱き、とっさに七枚の花弁を展開し、その武具の雨を弾く。
漸く、武具の雨が止み、アーチャーがほっとしたような顔をしたのもつかの間、空の割れ目は先程より大きくなっており、そこから更に何かが降ってくる。
「……え?」
戦車に乗った大男と、黄金色の鎧をつけた男。
「英雄王の宝具を全部回避するとは、なかなか」
豪快に笑った男を見上げ、アーチャーはぽかんと口を開けた。すると、彼の手を振りほどき、セイバーは立ち上がると、怒りの表情を黄金色の男……英雄王・ギルガメシュに向けた。
「ギルガメッシュ!アーチャーに当たったらどうするのですか!」
「ハッ。些か他の者が通るには穴が狭かった故こじ開けた。礼を言われるならともかく、文句を言われる筋合いはない」
「ほかのもの?」
ギルガメッシュの言葉に、アーチャーは驚いて空を見上げた。彼の視界に入ったのは、バラバラと己の座に降りてくる人達。戦車を操る者、天馬の手綱を引く者等が、遠慮なく降りてくる。
「はぁ!?」
そもそもアーチャーは基本的に己の座に引き篭っている傾向にあった。例えばクー・フーリン等は、同郷の英霊の座を行き来することもあったし、征服王等の座は常に部下が入り浸っている状態である。その様な意味では英霊エミヤというのは、同時代の英霊が極端に少なく、アラヤの抑止力という立場上、余り他の英霊との交流もなかったのだ。なので、そもそも、人の座を訪れる事が出来ると言う発想自体持っていなかった。それ故、このように他の英霊が己の座に押し寄せてくるという慣れない状況に、困惑し、助けを求めるようにセイバーに視線を向けた。
「セイバー……これは」
「はい。貴方をアラヤから奪還するために皆を集めました」
しれっと言うセイバーの言葉の意味が理解できず、アーチャーは思わず言葉を失う。すると、戦車から降りてきた、見覚えのある蒼い槍兵が笑いながら口を開く。
「よう。久しぶりだな。中々難儀だったんだぜ」
「ランサー!?難儀って……え?」
「話すと長くなんだけどよ」
征服王の同行を取り付けた騎士王こと、セイバーの軍勢は東へ東へと進軍していった。無論、座の位置自体は世界地図に習っているが、距離まで同じと言う訳ではなかったらしく、嘗てのイスカンダルの東征も真っ青な勢いで冬木の土地へと近づいていった。
そんな勝手をされてアラヤも黙ってはおらず、東方の英霊を中心に進軍を阻害するようにぶつけてきた。
しかしながら征服王の蹂躙、ケルトの槍兵の織り成す突撃、古代ギリシャの英雄を幾人も屠ったメデューサの魔眼はそれを容赦無く排除し、ヘラクレスを先頭に突撃するガウェインとランスロットのコンビネーション、そして、騎士王の放つ約束された勝利の剣は、東方の英霊たちを座に追い払った。
途中、折角迂回したというのに英雄王が乱入し、宝具の雨あられを容赦無く降らしたり、東方の英霊だとアラヤに迎撃部隊に招かれたのにもかかわらず、素知らぬ顔で魔女メディアと通じ、中から東方の英霊を分断した佐々木の活躍などもあり、最終的には、これ以上座を荒らさないで下さいと、アラヤから泣きが入ることになる。
クー・フーリンの話を聞き、アーチャーは途方に暮れたような顔をする。引きこもっている間に、円卓の騎士も真っ青な、英霊の座を真っ二つに割るアラヤとの戦いが繰り広がられてるなど夢にも思わなかったのであろう。しかも、その原因は自分である。
期待の眼差しを自分に向けているセイバーを眺め、アーチャーは少しだけ困ったように笑うと口を開く。
「セイバー」
「なんでしょうか?」
「……ありがとう」
その言葉にセイバーは嬉しそうにアホ毛を揺らし、こくこくと頷き破顔した。
「貴方を手に入れることができて良かった!」
「そのだな。具体的に私はどうなるのだ?」
するとセイバーはアーチャーの胸に手を当てて笑う。
「貴方は私の鞘ですから、宝具扱いとなります。私がどこかの土地に召喚された場合もれなく貴方もついてくる事になる。残念ながら、座に関してはシステム上移動が不可能とのことでしたので、とりあえずは私の座と繋いで、私の座経由であるなら冬木の貴方の座にも直ぐに行けるように設定させました」
システムや設定と言う言葉に、アーチャーは唖然とするしかない。泣きが入ったアラヤから、これでもかと世界のルールぎりぎりの条件を引き出したのだろう。
「ですので、貴方がアラヤに無理矢理抑止力として使われることはありません。どうしても貴方を使いたい場合は必ず私を通す様にさせました」
させました、とか何それ、怖い。と思いながら、アーチャーは己の座を訪れた英霊たちを見回す。見覚えのない人が多数であるが、懐かしい第五次聖杯戦争の面々が揃っている。自分を奪還するために、彼等がセイバーに力を貸してくれたのが嬉しく、アーチャーは瞳を細めて笑った。
「ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー、ギルガメッシュ。私とセイバーの為に力を貸してくれたことに感謝する。そして、他の面々も……ありがとうございます」
「手前ェが素直ってのは気味が悪ぃけど、まぁ、アレだ。上手い飯でチャラにしてやんよ」
クー・フーリンが破顔してそう言うと、セイバーは、思い出したように声を上げた。
「早速貴方のご飯が食べたいです!」
「いや……しかし、見ての通り私の座には何も……」
料理する場所がない。そう言いたげなアーチャーを眺め、ギルガメッシュは呆れたように言葉を零した。
「幾ら新しい英霊とはいえ己の座で何が出来るか把握しておらんのか。ここはお前の心象風景だ。イメージすれば何でも作れる。……贋作者。十八番であろう」
口端を歪めそう言い放つ男を眺め、アーチャーは、そうか、と呟くと鋼色の瞳を閉じる。
上手く行くだろうかと心配はしたが、何故か第五次聖杯戦争での事は鮮やかに思い出せた。
使い慣れた台所をイメージしてみるが、こんな剣の丘に台所だけというのも些かおかしい気がして、家ごとイメージを構築してみた。
広い武家屋敷。離れ。庭。土蔵。ぐるりと家を囲む塀。
そして台所のイメージの時点で、首を傾げる。どうも遠坂邸のイメージが混じっている気がした。凛の為にあそこの台所もよく使ったしな。まぁ混じっても問題あるまい。
瞳を開けると、目の前には剣の丘に不釣り合いな武家屋敷がどんと構築されており、東方に縁のない面々は、おおう!と珍しそうにそれを眺める。
「……懐かしいですね」
紫色の髪をかきあげながら、メデューサが零して笑ったが、アーチャーは矢張り家ごとイメージしても自分の座に合わないような気がして、少し困ったように笑った。
アーチャーの手を引っ張り、いそいそとセイバーは懐かしい門をくぐる。
そこには嘗て冬木の土地にあった衛宮邸が再現されており、嬉しそうに彼女は表情を綻ばせた。
「流石です!ここまで再現できるとは!」
「……一応それに特化した魔術師なのでな。しかし流石にこの人数は入れまい」
第四次・第五次サーヴァントたちだけでも大概多いというのに、円卓の騎士や、征服王の部下までついてきている。一応アラヤが泣きをいれた段階で、円卓の騎士や征服王の部下などの半数は座に返したのだが、念のためにと連れてきた人数がそれでも多かったのだ。
「幸い庭が広いですからここで食事にしましょう。我々は遠征の際野外での食事も多かったので問題はありません」
セイバーの言葉に、アーチャーはほっとしたような顔をしたが、食材はどうしたものかとまた途方に暮れた。
「問題有りません。その為に英雄王の同行を許しました」
本当は顔を合わせるのも嫌ではあったが、いきなり押しかけてきた英雄王を追い返さなかった理由は彼の宝具にある。王の財宝。ありとあらゆる宝を収納する、英雄王の宝物庫の存在。
「食材の貯蔵は十分だ!」
高笑いをしながら得意気に宝具を展開する彼の姿に、アーチャーは思わず、なんという宝具の無駄遣い、と心の中で突っ込む。
どんどん吐き出されるのは、大量の食材と、大人数用の卓。
それが衛宮邸の庭にどんと配置されて、英雄王は満足そうに笑った。
「励めよメシ使い」
「……協力感謝する」
しかしながら、これだけの人数分の食事となるとかなり時間が掛かる。申し訳ないが、少し待っていて欲しいとアーチャーが言うと、イスカンダルは豪快に笑い、持ち込んだ酒樽をドンと叩いた。
「構わんぞ。酒を飲んで待っている」
酒宴の空気に、自然と場が盛り上がる。それにホッとしたような顔をすると、アーチャーはメデューサに声をかけた。
「ライダー。すまないが手伝って欲しい」
「えぇ。喜んで」
微笑を浮かべたメデューサを眺め、セイバーは慌てたようにアーチャーの所に駆け寄ると、私も手伝いを、と声をかける。しかし、アーチャーは小さく首を振ると、笑って彼女の言葉を返した。
「今日の主役はセイバーだからな。座っていてくれ」
そう言われると何も返せない。アホ毛をしょんぼり垂らして戻ってきたセイバーを眺め、クー・フーリンはゲラゲラと笑う。
「ふられたか!」
「ふられていません!アレは恐らくライダーにしか出来ない仕事があったのです!」
むっとしたように言い返したセイバーを見て、イスカンダルも豪快に笑い声を上げた。
「いい顔をするではないか騎士王。アインツベルンの城での酒宴の時とは大違いだ。しかし……そうなると英雄王は些か残念か?」
「む?」
既に己の宝物庫から取り出した絶品の酒を傾けていたギルガメッシュはイスカンダルの顔を眺め、眉を潜めた。
「あの頃のセイバーが良かったのだろう」
その言葉にギルガメッシュは咽喉で笑うと口を開く。
「アラヤに戦争を挑む等愉快この上ない。しかもたかがメシ使いを取り戻すためなど……今も昔もセイバーは我を飽きさせん」
それにセイバーはむっとしたような顔をしたが、別に貴方は呼んでいません、とぷいっと外を向いた。
「なにを言うか。貴様のメシ使いならば、アレも我のメシ使いだ。確かにアラヤにいいようにされるのは不快だ。アレは料理を作ることに関しては、我の宝に加えてもいいと思っている」
「わー、人気もんだなアーチャー」
棒読みで言ったクー・フーリンと、ギルガメッシュを睨むセイバー。アーチャーが人気者なのはセイバーも解っていた。ご飯は美味しいし、基本的に面倒見が良いので文句を言いながらも、何やかんやで世話を焼く。第五次聖杯戦争のサーヴァントは、少なからずその恩恵を受けていたのだ。だから、彼等はセイバーが訪れた時に、協力を自ら申し出てくれた。
そんな話をしていると、どこぞに行っていたアーチャーとメデューサが戻ってくる。彼等の手にあるのは、コンクリートブロックと金網。それを見て、セイバーは、あぁ、力仕事だったのかと安心したような顔をした。ならば彼女を選んだのは仕方が無いと。怪力持ちの彼女は衛宮邸では何かと重宝がられていた。
「お!そりゃアレか?バーベキューか?」
嬉しそうにクー・フーリンが声を上げると、アーチャーは眉を寄せて、手伝え、と零しギルガメッシュの持ってきた卓の一部を占拠して、まな板と包丁を投影した。
カマドを作るライダーと、野菜や肉を切るように言われたクー・フーリン。
「……キャスター。すまないが、串にさして行ってくれんか?」
既に酒が振舞われ、一部盛り上がっている状態だが、知り合いが第五次面子だけで、なおかつ女性と言うことで輪に入り難いのか、ポツンと隅にいた彼女にアーチャーが声をかけると、キャスターことメディアは、驚いたように顔を上げて頷いた。
「仕方ないわね」
「頼む」
フードをすっぽり被った状態なので、はっきり表情は解らないが、どこか安堵したような声を零したメディアに、クー・フーリンは包丁で大雑把に野菜を切りながら笑った。
「串にさすぐらいならメシマズ嫁でもできるからな」
「お黙りなさい!」
冬木の土地で新妻生活を送っていたメディアであったが、日本の料理に関しては非常に苦手で、ちょこちょこ衛宮士郎やアーチャーに作り方を習っていたのは公然の秘密であった。プライドの高い彼女であるが、愛しい夫のためにせっせと頑張る姿は微笑ましかったのも良き思い出。
「ふむ。第五次の面子は随分と仲がいいようだのぅ」
「皆、贋作者に胃袋を掴まれているからな」
イスカンダルの言葉にギルガメッシュは咽喉で笑ったが、てめーもだろ!と飛んだクー・フーリンの声に、彼はふんぞり返ると、たわけ、と言葉を飛ばす。
「メシ使いがメシを作らんでどうする」
はいはい、とクー・フーリンは苦笑すると、メデューサの組み上げたカマドに設置された炭に、ルーン魔術で火をつけた。
「とりあえずそれで繋いでいてくれ」
アーチャーはそう言い残すと、食材を選定して台所へと引きこもる。それを見送ったディルムッドは、心配そうにクー・フーリンに視線を送った。
「手伝わなくて大丈夫ですか?御子殿」
「あー、いいって。勝手が分かんねー奴が行ってもアイツが切れるだけだからな。必要だったら容赦無く呼びつけてこき使うから安心しろ」
鼻歌を歌いながら、串に刺された食材のあんばいをクー・フーリンは眺める。くるりと串をひっくり返していくと、肉の焼ける良い匂いが段々と漂い始め、自然と人が集まってくる。すると、台所に引きこもったはずのアーチャーが、大きなボールをいくつも抱えて戻ってきた。
彼はボールをドン!と卓に置いて口を開く。
「右から辛口、甘口、ポン酢だ」
その言葉にセイバーは感嘆の声を上げて、焼きあがった串を一つ手に取る。そして、タレをつけて口に運ぶと、ブワッと涙を零した。
「……この味を……私は待っていました」
「ほぅ。どれどれ」
いきなり泣き出したセイバーに苦笑する第五次面子と、驚きの余り声を失う他の面々の中、イスカンダルもひょいと串をつまみ上げると、辛口のタレをたっぷり付けて口に運ぶ。
「むほー!これは!タレ一つでこんなに味が変わるとは。いやはや、酒がすすんでかなわんな!」
感嘆の声を上げて、空いた手で酒を煽るイスカンダルを眺め、一同ごくりと唾を飲み込むとわっと、カマドに人が集まる。
「ちょ!まだ生焼けのモンもあんだから無茶すんな!」
悲鳴を上げたクー・フーリンを眺めながら、メデューサは首を傾げて口を開く。
「土蔵の在庫を出せば後、二つ、三つ、カマドは作れますがどうしますか?」
「手伝います!」
声を上げた円卓の騎士、及び征服王配下の面々は、少しでも自分に当たる様にとメデューサの提案を飲み、彼女の手伝いを申し込んだ。
「では。アーチャー、こちらは任せて下さい。心置きなく料理のほうをお願いします」
「助かる」
欠食児童の様な有様の英霊たちに、アーチャーは苦笑すると、そちらの方はメデューサに任せる事にした。
「ランサー!手伝え」
「おうよ!」
「はい」
返事をしたクー・フーリンとディルムッドに、アーチャーは驚いたように目を丸くして、あぁ、と短く声を上げた。
「君もランサーなのか?」
ディルムッドが第四次聖杯戦争参戦面子だと知らなかったアーチャーの言葉に、ディルムッドは大きく頷くと笑顔を向けた。
「ディルムッド・オディナです。挨拶が遅れました、よろしくおねがいします、エミヤ殿」
「そうか。手伝いは青い方だけいいんだ。セイバーの相手でもしていてくれ」
「そうですか」
少ししょんぼりしたディルムッドを眺め、アーチャーは苦笑すると、クー・フーリンに視線を送る。
「魚を捌いてもらおうか」
「あぁ、そんくらいだったらなんとか」
冬木の土地で釣りを趣味にしていたランサーは、アーチャーに魚の捌き方だけはみっちり仕込まれたのだ。アーチャーに連れられて台所へ向かうクー・フーリンを見送ると、ディルムッドはセイバーの姿を探した。しかしながら、彼女は英雄王、征服王と言う面々と一緒におり、些か自分は場違いなのではないかと感じ、どうしようかと悩む。
「何をしているのですかディルムッド。貴方もこちらに来ればいい」
そんな様子に気がついたのか、串を握ったままセイバーが声をかけたので、彼はほっとしたように傍に寄っていった。
「この甘いタレもなかなか……余が冬木にいた時に滞在していた家の料理も実に良かったが、これはあの小僧の料理実に楽しみだ」
「きっと貴方の胃袋を征服し尽くすでしょう」
大真面目に言葉を放ったセイバーを見て、イスカンダルは愉快そうに笑う。
カマドを増やした事で、漸くあの殴り合いに至りそうな串の取り合いも落ち着き、クー・フーリンがいなくなったことで、それぞれ自分の食べる分を勝手に串に差して焼き始めている。それを眺めながら、セイバーは大きくため息をついた。
「あの味があれば、後半年は戦えた」
「……円卓の面子が特に酷かったな」
苦笑したようにディルムッドは思わず言葉を零した。雑な味であると騎士王に言わしめた故郷の料理と比べて、同じ島国なのに!と涙をこぼすものもいるほどである。あの湖の騎士も例外ではなく、黙々と串を消化して行っている。彼の場合は冬木に招かれたが、まともな食事を摂る機会などなかったのだろう。バーサーカーならば仕方ないとはいえ、些か不憫にも思えた。
「王!タレがなくなりました!」
悲鳴のように上がった声にセイバーは眉を上げて、立ち上がろうとするが、それをディルムッドは制した。
「御子殿も手伝っているのに、俺が座っている訳にはいかん。行ってくる」
「そうですか。ではお願いします」
ディルムッドがボールを回収しに行くと、アレだけあったタレは空っぽになっており、思わず苦笑した。ただ、焼いただけの肉があんなにも美味しくなる魔法のタレ。そんな言葉をこぼしている面子もいる。
それを抱えて、衛宮邸に上がると、奥の台所は、戦場さながらの勢いで思わず面食らう。
「ランサー!それは三枚おろしだ」
「はいよ」
「あぁ、キャスター。すまないがサラダの盛り付けを頼んでも構わんか?」
「ええ」
「ライダー!ドレッシングを混ぜてくれ」
「了解しました」
指示を出しながらもせっせと手を動かす英霊エミヤ。英霊?英霊なのに何で台所制してるの?と言う気分になりながら、ディルムッドは恐る恐るというように声をかける。
「エミヤ殿……申し訳ないのですが、タレが……」
「なにィ!?もう使い尽くしたのか!?あの欠食児童どもめ!」
そう言うと、冷蔵庫を開けて、ディルムッドの渡したボールにタレを注ぎ込む。他にも何やら調味料を加えている所を見ると、彼オリジナルのレシピなのだろうと、感心したようにディルムッドはアーチャーを眺めた。
「煮物もういいんじゃね?」
「馬鹿者!蓋をあけるな!あぁ、開けてしまったのなら仕方ない……竹串で火が通ってるか確認しろ!」
「おうよ」
「竹串でと言っただろう!何故味見までする」
「かてー事言うなよ。俺全然食ってねぇんだし」
ブーブー文句を言うクー・フーリンを眺め、ディルムッドは手伝いましょうか?と声をかけたが、君はタレを運んでくれ、とアーチャーはそれを拒否する。
「気にすんなって。台所はこいつの聖地だから入られたくねぇんだよ」
「はぁ」
ディルムッドは渡されたタレに視線を落とし、不思議そうな顔をした。
「サラダ、出してくるわ」
「頼んだ」
メディアの声にアーチャーが返事をすると、ディルムッドのそれについて庭へと戻る。そして、ディルムッドは僅かに違和感を感じ、それがなになのかとしばし考えこむ。
「ほら、野菜も食べなさい!野菜も!」
ドンと卓に大皿に盛られたサラダをメディアが置くと、一同、しんっと静まり返る。それにメディアは目を丸くすると、何よ、と不機嫌そうに声を零した。
「あぁ、メディア殿だったか。いやはや、素顔が随分美人だったので皆驚いたようだ。いかんせん、戦しか能のない無骨者ばかりでね」
朗らかにガウェインが言うと、メディアは驚いたように顔を上げる。
「え!?あら?」
作業の邪魔になると、フードを外していたのだが、そう言えば戦の時は一度も外さなかった。そう思うと急に恥ずかしくなって、メディアは尖った耳をピコピコと動かし顔を赤らめた。
「魔女殿。世辞だ。本気にするな」
「佐々木ィィィィィ!そこに直れ!」
「はははは!いくら美人でも中身がこれでは、皆も残念だな!」
「黙りなさい!」
ヘラヘラと茶化すアサシンこと、佐々木小次郎の言葉に、メディアは顔を真っ赤にしながら怒る。
「あぁ、フード外していたのか」
納得したようにディルムッドが言うと、ガウェインは笑いながら口を開いた。
「いやはや、魔女と云うからおどろおどろしいイメージだったが、中々可愛らしい」
実際どんな伝説も蓋を開けてみればイメージと違うなどよくある話だ。アーサー王然り、メデューサ然り。そして何よりディルムッドが不思議に思ったのが、第五次聖杯戦争面々の仲の良さであった。佐々木とメディアにしても、傍から見ればじゃれあっているようにしか見えないし、他の面子がアーチャーにすすんで協力する姿を見てディルムッドは羨ましそうに言葉を零す。
「……我々の聖杯戦争と何が違ったんだろうな」
「君は相手を憎まないと戦えないのかい?」
「え?」
不思議そうにガウェインが言ったので、驚いてディルムッドは顔を上げた。
「殺し合いをしたとしても、酒を飲めば友であるし、明日になれば敵かもしれない。我々の生きた時代こそ、そうであったと私は思うがね。あぁ、でもその様な意味では、エミヤ殿は少々稀有だな。比較的新しい英霊と聞いているが、我々に近い気がする」
「違います。彼は【正義の味方】ですから、自分以外は全て救うべき対象なのです。敵を憎まないと言う点に関しては卿の言うことにも一理ありますがね」
「え?」
ディルムッドが驚いて振り返ると、杯を傾けたセイバーが、二人を眺めていた。そして、その横にいるギルガメッシュは不快そうに口を開く。
「全くもって理解しがたい。借り物の理想を抱いて死ぬまで戦い続け、借り物の剣で死んでなお人を救う……そして至ったのが英霊の守護者として、磨耗し続けながら人を救うために、人を殺すという大いなる矛盾。正義の味方が聞いて呆れる」
「……空の魂に綺麗な理想を懐き、人にも世界にも、最後には理想にも裏切られた。それでも彼は誰も恨まなかった。……そんな尊い魂が私はどうしても欲しかった」
「助けた人間に裏切られた挙句に絞首刑だったか。ハッ!お人好しにも程がある。死ぬまで人を恨まなかったのだから、アレは根本的に毀れている」
「えぇ。きっと毀れています。けれど、それを含めて彼なのです」
ギルガメッシュの吐き捨てる様な言葉に、セイバーは瞳を細めてそう返す。
「騎士王はベタぼれだな!よいよい!」
二人の王のやり取りに、征服王は愉快そうに笑うと、酒を煽る。
「おまちどうさん」
どん、とクー・フーリンが卓に大皿をおくと、一同そちらに視線が集中する。
「喧嘩はすんなよ。まだ作ってっからな」
折角の言葉も虚しく、一気に大皿に手を伸ばす面々を見て、クー・フーリンは呆れたように言葉を零す。
「セイバー」
「何ですか?」
「食生活貧しいってのも考えもんだな」
「面目有りません」
しゅんと萎れたセイバーであったが、頭上から降ってきた声に顔を上げた。
「セイバーはこっちの料理で我慢してくれ」
「肉じゃが!肉じゃがですね!」
アーチャーの言葉にセイバーはアホ毛をピコピコ揺らして鍋を受け取る。先程クー・フーリンが持ってきた料理より見た目は地味であるが、この料理はセイバーのお気に入りであった。
「ギルガメッシュも。お望みなら麻婆豆腐も追加するが」
「たわけ。何故こんな所まで来て、コトミネの味覚に付き合わねばならんのだ。その鍋を置いてさっさと次の料理にとりかかれ」
「諒解した」
ギルガメシュの言葉にアーチャーは咽喉で笑うと、また台所へ戻っていく。
その後もドンドンと料理は運ばれてくる。和食、洋食、中華ととりあえず作りやすいものから、手のこんだものまでと取りどりの料理に、歓声が上がり、酒もどんどんと進んでいく。
「駄犬!こっちの皿が空いたぞ」
「だー!ウエイター扱いすんな!」
ギルガメッシュの声にクー・フーリンは不満そうな声を上げるが、空いた皿を回収し、また台所に戻っていく。それを眺めながら、ディルムッドはそわそわとした様子で、立ったり座ったりを続ける。
「落ち着きがない」
「御子殿が手伝っているのにと思うと……」
ぎろりとギルガメッシュに睨まれ、ディルムッドは申し訳なさそうに項垂れる。騎士に取って階級というのはかなり大きな意味を持つ。大先輩のクー・フーリンが忙しく動き回っているというのに、座って酒を飲むと言う事に落ち着かないのだろう。しかし、ギルガメッシュはフンと鼻を鳴らすと口を開いた。
「駄犬は贋作者の手伝いを出来るように、トオサカの娘に躾けられてるからな。貴様が行った所であれ程役には立つまい」
「はぁ?」
「そうですね。リンの家に入り浸るうちに、そう躾けられたのでしょう。ですからディルムッドも好きでやっているのだと割り切ったほうがいいと思います」
「躾けって……」
思わずそう零すと、ギルガメッシュは愉快そうに笑った。
「トオサカの娘は中々愉快な娘であったぞ。アルスターの英霊も尻に敷かれておったわ!」
「な!そんな!」
ゲラゲラと笑うギルガメッシュの言葉に、思わずディルムッドは助けを求めるように視線を送ったが、彼女はこくこくと頷きながら、口を開く。
「彼女は魔術師としても優秀でしたが、人としても素晴らしい人でした。アーチャーの性格矯正にも随分尽力してもらいましたし、ランサーなど心底ベタぼれでしたからね」
憧れの先輩のそんな話聞きたくなかったなぁと思いながら、ディルムッドは思わず遠い目をする。あぁ、そうだ。さっきも伝説とイメージ違うよね、なんて思ったわけだが、その筆頭がまさか自分の先輩だったなんて、ちょっぴり泣きたくなったディルムッドは遠慮なく酒を煽った。
最後にアーチャーが卓にデザートのムースを置いた頃には、大分落ち着き、酒を煽るもの、まだ食べるものの他にも、東方の剣技が珍しいと佐々木に手合わせを申し出たり、メデューサの連れてきた天馬に触れたりするものもちらほら出てきた。
その様子を眺め、アーチャーはほっとしたような顔をする。聖杯戦争など目じゃないほど慌ただしかった台所での戦争は漸く終わりを告げたのだ。
「アーチャー殿」
「ん?」
声をかけられ、辺りを見回したが、目の前にいるのは第五次バーサーカー事ヘラクレス。むむ?っとアーチャーは眉を寄せて彼を見上げる。
「お疲れ様でした」
「バーサーカーが喋った!」
驚愕の眼差しを向けるアーチャーに、漸く食事にありつけたクー・フーリンは、食べる手を止めてゲラゲラ笑いながら声を上げた。
「狂化解けてるからな。しかも紳士だぜぇ。四次のバーサーカーもいるからな、紳士の方のバーサーカーってよんでやれ」
茶化すように言うクー・フーリンに、セイバーはムースを貪りながら声を上げる。
「では私は貴方を、イケメンじゃない方のランサーと呼ぶことにします」
「いや!俺イケメンだろ!ディルムッドには負けるけど、悪くねぇと思うんですけど!」
しれっと放たれたセイバーの言葉に、一同思わず笑う。それにアーチャーも釣られて笑っていたが、ヘラクレスに声をかけられたのを思い出し、彼を見上げた。
「……君は冬木で余り私の料理を食べる機会がなかったように思うが……楽しんでもらえたかね?」
「お嬢様自慢の腕前、堪能させて頂きました」
お嬢様、の言葉を聞いてアーチャーは嬉しそうに瞳を細めた。イリヤスフィールがそう言ってくれていたのだら、こんなに嬉しいことはないと。
「そうか。君にはイリヤがずっと世話になっていたし、喜んでくれたのなら有難い。その上セイバーにまで力を貸してくれて……少しでも礼になっていればいいのだが」
「……貴方の幸せをお嬢様の代わりに見届けるよう厳命されていましたので。手助け出来たことが私は嬉しい」
座に帰ってなお、あのアインツベルンの娘の命令を守る姿に、アーチャーは思わず目頭が熱くなる。きっとイリヤにとって、このサーヴァントと共に歩めたのは良い事だったのだろう。そう思うと、自然と微笑が零れた。
「あ、俺もリン嬢ちゃんに見届けろって言われたわ」
「私もサクラに厳命されました」
「宗一郎様も、理想の果てに幸福があるのか気になってたみたいだから、私も見届けるつもりだったわよ」
「なっ!?」
クー・フーリンを筆頭に、次々と頼まれてたと口をそろえて言う第五次聖杯戦争面子に、思わずアーチャーは絶句する。
「我もコトミネに頼まれたぞ」
「いや!それは嘘だろ!」
しれっと言葉を放ったギルガメッシュに、クー・フーリンが思わず突っ込むと、咽喉で笑い赤い瞳を細めた。
「今頃地獄で不味い麻婆を食っている事だろう。アレは贋作者が破綻するのを期待していたからな」
ですよねー、と一同思わず心の中でため息にも似た言葉を零した。第五次聖杯戦争マスター・サーヴァントの中で、彼だけは恐らくそれを本気で願っていただろう。人の不幸でメシが旨い人格破綻者。
「よいよい。どうだ、エミヤ。余の配下に入らんか?その人望、そしてこの料理。世界を制することができるやもしれんぞ」
「征服王!」
セイバーがむっとしたように声を上げたのを見て、アーチャーは少しだけ困ったようにイスカンダルを見上げた。
「……残念ながら世界を制することには興味が無くてね。私には視界に入るモノを守るので精一杯だ」
「うむぅ。残念だのぅ。まぁしかし、アラヤから取り上げたのでよしとしようか。いや、まっこと此度の戦は愉快であった」
眉を下げて残念がったが、直ぐに豪快に笑ったイスカンダルに、アーチャーは淡く微笑むと、差し出された杯を受け取った。
「ランサーすまんが、箸を取ってくれ」
「おうよ」
「どうぞ」
同時に箸を差し出し、顔を見合わせる二人を見て、アーチャーはしまったと言うように顔を顰めた。
「折角だから、俺のこと真名で呼ぶように矯正してみっか?特別にクーちゃんって呼んでいいぜ」
「たわけ!誰が呼ぶか!ディルムッドも紛らわしくてすまない。いかんせん第五次聖杯戦争の面々はカテゴリーで呼ぶことが多かったのでな」
「いえ。こちらこそ」
淡く笑って気を悪くした様子のないディルムッドの反応に、アーチャーはほっとしたが、すぐに聖骸布の裾を引かれ驚いたような顔をして、裾を引っ張るセイバーに視線を落とす。
「どうしたセイバー。あ、これが食べたいのか?」
アーチャーの言葉にセイバーはぶんぶんと首を振ると、言い難そうに少し俯いた後、口を開いた。
「あの。私のことも……アルトリアと呼んでも構わないのですよ?」
その言葉にアーチャーは、箸を止めて怪訝そうな顔をした。
「第四次も、第五次もセイバーは君だけではないのか?」
大真面目にそう言い放ったアーチャーと、呆然とその彼の顔を眺めるセイバーを見て、辛抱たまらずクー・フーリンはゲラゲラと笑い出す。
「御子殿!笑いの沸点が低すぎますよ!」
慌ててクー・フーリンを止めようとするディルムッドの努力も虚しく、クー・フーリンは笑いながら口を開いた。
「朴念仁な所はリン嬢ちゃんでも矯正しきれなかったな。あのな、アーチャー。セイバーは、ややこしいから呼び方を変えろって言ってるんじゃなくて、惚れた男に名前で呼んで欲しいだけなんだよ」
「イケメンでない方のランサー!そこに直りなさい!」
顔を真っ赤にして怒り出したセイバーであったが、アーチャーは慌てたようにセイバーを止めて声を上げた。
「御免セイバー!オレ全然気が付かなくて!」
「ほら、またセイバーって呼んでんぞ」
ゲラゲラと笑いが止まらない様子のクー・フーリンに釣られて、周りもつい吹き出す。
しかしながら、思わず素の口調になってりしまった辺り、本気でアーチャーも焦ったのだろう、顔を真っ赤をして謝罪した。それを眺め、セイバーは、仕方がないと言うようにストンと座ると、アーチャーの顔を覗き込む。
「仕方ありません。貴方に対して、余り急くのは良くないと私も常々ランサーに注意されている身です。……少しずつ慣れて下さい」
「……分かった」
余り急くのは良くないと常々注意されていたと初耳だったディルムッドは、小声でまだ笑い続けているクー・フーリンに耳打ちする。
「御子殿。その、セイバーはそれほど普段からエミヤ殿に……」
「そりゃひでーぞ。本人すっ飛ばしてマスターの所に嫁にくれって言いに行ったり、驚いて逃げまくるアーチャー容赦無く追いかけまわしたりだったしなぁ。駆け引きが下手すぎて笑うしかなかった」
さながら肉食獣の様に獲物を追いかけるセイバーの姿を想像して、思わずディルムッドは苦笑する。
「まぁでも。漸く追い詰めて、自分のモンにしたって訳だ。大したもんだ」
あぁ、そうか。だから、もう逃げ場はないとあの時クー・フーリンは笑ったのか。そう理解して、ディルムッドは、セイバーとアーチャーを眺めた。
「……でもまぁ、なんだ。そうでもしねーとアイツは手前ェの幸せなんざ勘定に入れないままだっただろうからな。見事なまでの自己犠牲の塊だ」
「エミヤ殿は……その、セイバーの事をどう思って?」
恐る恐ると言ったようにディルムッドが零したのを見て、クー・フーリンは口端を上げて笑う。
「そりゃ、聞くだけ野暮ってもんだろ」
そう言うと、ゲラゲラと愉快そうに笑い声を上げた。
「という、夢を見たのですが」
「サーヴァントって夢見ないんじゃないの?」
「まぁ、セイバーは特別だからなー。例外があってもまぁ、不思議はねぇわな」
ポリポリと茶菓子に出されたクッキーを食べながら、遠坂凛と、ランサーは、セイバーの長い話を聞き終える。昼食後にスタートしたセイバーの話は、予想以上に長く、時刻は既におやつの時間であった。
「どう思いますか?ランサー」
「どうって」
「ですから、可能だと思いますか?」
そう言われ、ランサーは思わずうーんと唸って考える。実際アラヤに喧嘩を売るなど莫迦なことはまず思いつかないのだが、セイバーはどうしてもアーチャーをアラヤから奪還したい。その希望は今まで厭というほど聞いていたのだが、こうやってサンプル例を出されると、大いに悩む。
実際、征服王の協力を得たとして、東方の英霊の力がどの程度なのか。佐々木と連絡は取れるのか。夢の話では比較的逐一投入であった東方の英霊が、一気に投入された場合は対抗できるのか等、色々と不確定要素が出てくるのだ。
「まぁ、やらなきゃ勝算はゼロだろうな」
ランサーの言葉にセイバーは大きく頷く。
「そうです。失敗した時は失敗した時で、また作戦を練り直すという手もあります」
止めてもやる気だな、と思いランサーは思わずため息をつく。
「まぁ、一番いいのはアラヤが話し合いで応じてくれることでしょうね」
凛の言葉に、ランサーは、そーだよな、と同意した。しかしながら、アーチャーは恐らくアラヤのお気に入りであろう。使い勝手のいい無銘の英霊をおいそれと手放すはずもないと言う気もする。
「私とて無闇に座を荒らすつもりなどありません。けれど、話し合いを拒否したのは向こうの方です!」
実際にまだ拒否はされていないのだが、まるで拒否されたかのように怒り出すセイバーを見てランサーは苦笑した。確かに、【だが断る】など紙っぺら一枚で拒否られたら怒りたくもなるだろう。あぁ、それより問題は、手助けしないと座まで乗り込んでホットドックを無理やり食わすと脅された夢の中の自分であろう。正夢になったらどーすんだと、思わず心配になる。
「……とりあえずは下準備をしてきます」
「え?」
紅茶を飲み干し立ち上がってセイバーを見上げてランサーは、思わず声を零す。
「矢張り他の手助けは必要です。今から他のサーヴァントにも事情を話して約束を取り付けておきます」
「……あのな。俺達は冬木に分身を落としてるだけで、ここで約束したからって、本体がちゃんと覚えてくれてるかは微妙だぞ?」
冬木での役割が終われば、この分身は世界から消去される。情報は一応本体にフィードバックされるのだが、それは図書館に本が増えたというレベルで、基本的には余程のことがないと、本体を大きく動かす理由にはならない。
「けれど、何も約束がないよりはマシでしょう」
「まぁな」
顔を合わせれば確かに思い出すかもしれない。そこまではランサーも否定は出来なかった。
ランサーの返事を聞くと、セイバーはいそいそと玄関の方へ歩いてゆくが、丁度買い物に出ていたアーチャーが戻り、彼は驚いたようにセイバーを見下ろした。
「帰るのか?」
「夕食までには戻ります」
あ、帰ってくるんだ、と思わず凛とランサーは心の中で突っ込む。
「そうか、気をつけてな」
「アーチャー」
「なんだ?」
「……必ず約束を取り付けて戻ってきます!」
「はぁ?」
意気揚々と出かけるセイバーの後ろ姿を眺めながら、首を傾げるアーチャー。その様子を見て、凛は瞳を細めると口を開いた。
「ランサー」
「ん?」
「私の代わりに見届けて欲しいって言ったら、セイバーの約束は忘れないでくれる?」
その言葉にランサーは、口元を緩めると、仕方ねぇな、と笑い言葉を零した。
「約束する。だから心配すんな」
「ありがとう」
夢物語かもしれないが、それでも、それを夢見て騎士王はきっと走るのだろう。たった一人の【正義の味方】を助けるために。
人を救い続けたモノは、一体誰に救われるのか。
彼女の出す答えを見れないのが残念だと思ったが、やり遂げる事を信じて、凛はランサーにそれを託すことにした。
騎士王VSアラヤ
201203