あてんしょんぷりーず!
 この作品は、

*休戦日参(ランサー編)
*休戦日参・番外編(セイバーと愉快な仲間達編)
*【Fate】青い番犬が死ぬかもしれない【冬木ちゃんねる】

の三部構成となっております。
 単独でも読めるようにしていますが、全部読むのならば上記の順番に読むことをお勧めします。(現在はまだ一本目のみです。出来上がり次第UPしていきます。気長にお待ちください)
 基本的に弓凛←槍・士剣←金ベースで、毎度三大騎士クラスが中心にワイワイやっております。
 それでもOKと言う方は本編へどうぞ。

*休戦日参・番外編*

 事の発端はたまたま見ていたTVであった。
 人間の幸運というのは生まれた時に平等に配られている。そんな話をしていたのを見て、セイバーはサーヴァントの幸運について少々気になりだした。一度人としての人生を終えた自分たちは、持っていた幸運はきっと使いきってしまったのだろう。ではサーヴァントとして召喚された自分たちの幸運というのはどうなっているのだろうか。
 そんな疑問を何気なく抱いていた訳なのだが、たまたま朝から衛宮邸を訪れていたランサーにその話をすると、幸運値に基づいて再分配しているのではないか、という説を一つ言っていた。そもそもサーヴァントというのはそう長く現世にいるという前提ではないし、それが無難だろうとセイバーは思ったのだが、ランサーは今日は朝からずっと幸運続きだったらしく、その説は無しだ!再分配だったら俺は今日死ぬ!と青い顔をして首を振っていた。
 その後直ぐに凛がやってきて、その話は中断したのだが、いつもならけんもほろろに断られるランサーのデートの誘いを、凛があっさり受けたのを見てセイバーは驚愕した。一応はバレンタインの礼に映画を、と名目はあったし、今日はアーチャーも朝からライダーと土蔵の整理をしていたので、凛自体が暇だったというのもある。しかし、先程ランサーが幸運続きであるという話を聞いていたセイバーは、どうしても幸運値に則った再分配説が頭を離れず、顔面蒼白のままランサーと凛を見送った。

 暫く携帯を触っていたが、それをぱちんと閉じると意を決したようにセイバーは土蔵へと足を運ぶ。
 丁度回収業者に出す荷物の選別が終わったのか、土蔵の前にはいくつか大きなアイテムが並んでおり、ライダーはそれをひょいと抱えて門の付近へ運んでいる所であった。アーチャーの姿は土蔵の中におり、どうやら掃除をしているようである。
「アーチャー!出かけられますか!?」
「はぁ?」
 突然現れたセイバーの姿にアーチャーは目を丸くすると手を止め彼女の顔を凝視した。
「昼食には早いようだが……」
「ランサーが死ぬかもしれません!いえ、ランサーが死ぬのは避けられないかもしれませんが、リンが巻き込まれるのは回避すべきです!」
「落ち着けセイバー」
 一体今度は何に騙されたのだと思いながらアーチャーが言うと、セイバーは先程ランサーと話した幸運の分配の事を切々と語りだす。
「……正直ランサーの最後のデートなのだと思って、花を持たせるべきなのかと二人を見送りましたが、リンが巻き込まれるという可能性がある事にあの時、私は気が付かなかった」
 え?ランサー死ぬのが前提なの?何それ怖い、と思いながらアーチャーは唖然と話を聞く。戻ってきたライダーに至っては、明らかに笑うのを必死に堪えている。
「ちょっと待てセイバー。凛はランサーと出かけたのか?」
「はい。新都に映画を見に行くと言っていました」
 それに対してサーヴァントであるアーチャーは強く反対できる立場ではない。しかし、面白く無いといえば面白くない。
「貴方が行かないと言うならば、私一人でもリンを守りに行きます!」
「……後は私に任せて行って下さいアーチャー。一人セイバーに突撃されても向こうも困るでしょう」
 先程まで笑いを堪えていたのはどこに行ったのか、ライダーが大真面目にそう言うと、セイバーはこくこくと同意するように頷く。それを見て、アーチャーは大きくため息を吐くと、分かった、と短く言い、作業用エプロンを外した。
「済まないライダー」
「いえ。マスターを守るのがサーヴァントの役目ですから。ご武運を」
 いや、お前面白がってるだろ、と言いたいのを堪えて、アーチャーは引きずられるようにセイバーに連れられて衛宮邸を後にする。
 それを門の辺りまで見送ったライダーであったが、とうとう堪え切れなくなって笑い出した。
「ぷっ……はははは!」
 良くも悪くもセイバーは世間を知らない。他愛のない嘘に騙されることもあるし、眉唾の事を信じたりもする。人の幸運の分配のテレビはライダーも一緒に見ていがた、アレは、そんな考え方もある、と言うだけの話であって、決してそうと決まっている訳ではない。けれど、何故かあの騎士王は信じてしまったのだろう。
 そもそも現世にこんなに長くサーヴァントが滞在すること自体が異例なのだ。それを幸運値に合わせて幸運を分配されたりしたら、恐らく10年ものうのうと暮らしているギルガメッシュだって幸運を使い果たしてしまっているだろう。何故そこに彼女が気が付かなかったのか不思議ではあるが、ランサーと凛のデートはアーチャーも気になるだろうと思い送り出したのだ。荷物の選別は終わっているし、後は簡単な掃除しか残っていない。
 今日は誰も居ないしのんびり読書でもしよう。そう思ったライダーであったが、玄関先で聞き覚えのないエンジン音が耳に入り外まで出てみる事にした。
「……む。セイバーはいないのか?」
「また改造したのですか?」
 そこには派手なバイクに乗ったギルガメッシュがおり、ライダーの顔を見ると少し機嫌がよさそうに口を開いた。
「解るか?注文してたパーツを乗せたところだ」
「えぇ。音が前と明らかに違いますから。セイバーはアーチャーと新都へ行きましたよ」
 二人で行ったというのが気に入らなかったのか、ギルガメッシュは眉を寄せると、軽く舌打ちをする。恐らくセイバーを誘って私有地に行きバイクを走らせるつもりだったのだろう。
「新都に行くか……」
「バイクでですか?」
 ライダーの言葉にギルガメッシュは少し考えこむと、ちらりとライダーの方を見る。正直新都の駐車場は狭く、バイクで行くよりはバスで行ったほうが良いといえばいいのだ。それに改造したてのバイクに悪戯をする不届き者がいないとも限らない。
 そんなギルガメッシュの考えを読んでか、ライダーは瞳を細めて笑った。
「ここで預かりますよ」
「ふん。まぁ、慣らしも足りん事だしな。よい。十分に慣らしておけ。許す」
 そう言うとギルガメッシュは鍵とヘルメットをライダーに投げて寄越す。ライダーもまた騎乗スキル持ちで、この手の乗り物に目が無いことをギルガメッシュは承知しているし、慣らし運転をさせるなら彼女以上にバイクを扱える人間はいない。
「では遠慮なく」
「傷をつけるなよ」
「えぇ。天馬以上に大事に扱います」
 その言葉に満足したのか、ギルガメッシュはそのままいそいそとバス停へ向かう。
「……ふふ。私も今日死ぬかもしれませんね」
 滅多に触れない英雄王の愛馬を手にいれたライダーは満面の笑みで微笑むと、愛おしそうにバイクを撫でた。

 

 一方引きずるようにアーチャーを連れて出かけたセイバー。
 凛とランサーは映画を見に行くと言っていたので、施設周辺を探せば見つかるだろうという非常に大雑把な計画のもと、二人の姿を探した。凛はともかくとしてランサーは比較的目立つ容姿をしているのでそう苦労はしないだろうが、逆にアーチャーとセイバーの組み合わせも非常に目立つ。セイバーはそれを気に止めていないようだが、アーチャーはできるだけ目立たないように気を使いながらセイバーの後を歩いた。
「この辺りだと思うのですが……」
 キョロキョロと辺りを見回すセイバーを眺め、アーチャーは思わず苦笑する。
 そもそもセイバーというのは基本的に思い立ったら即実行なのだ。もう少し我慢を覚えさせたほうが良いとランサーなどは言ったりもするが、衛宮士郎が甘やかしてしまうのでそれも中々難しい。そして、本人は自覚していないが、傍から見ればアーチャーもまた何やかんやでセイバーを甘やかしている方だろう。
「いました!」
 ささっとアーチャーの腕を引っ張り、大きな柱の影に隠れるセイバー。どうやら凛とランサーは映画の前のクレープで腹を膨らませるようである。昼食には早い時間なので妥当な所だろうと思いながら、アーチャーはセイバーを見下ろした。
 アホ毛をふよふよ揺らしながら、じっと二人の様子を観察している。その表情は真剣そのもので、逆に可笑しくなってきたアーチャーは笑いをぐっと堪える。
 しかし、しばらくすると、セイバーはゴソゴソと自分のポッケを探り、藤村大河からお下がりで貰ったがま口の財布を取り出すと、それを覗き込み、小さなため息をついて首を振った。
「……持ち合わせが足りないので我慢します」
 ランサーや凛が買ったクレープが美味しそうに見えたのだろう。持ち合わせを確認したが、しょんぼりとまた財布をしまったセイバーを眺め、アーチャーは口元を歪めると、自分の財布を確認しようとするが、それは後ろからかけられた声に中断された。
「店ごと買ってこい贋作者!」
「ギルガメッシュ!」
 心底嫌そうな顔をしたセイバーと、あぁ、また面倒なのが、と呆れ顔のアーチャーであったが、それを気にした様子もなくギルガメッシュは、ピカピカと輝くカードを差し出した。余談ではあるが、彼の財力的にブラックカードも十分持てるが、本人がゴールドのほうが我にぴったりだと言う理由でこのピカピカカードを好んで使っている。
「アレが食べたいのだろ?」
「貴方の施しは受けません!」
 キリッと表情を引き締めセイバーが突っぱねる。例えば奢ると言ったのが他の人間であれば、セイバーは喜んで奢られただろうが、ギルガメッシュに関しては殆ど突っぱねる傾向にある。ランサー等、余りのギルガメッシュの不憫さに思わず泣いた程だ。
「遠慮などするな」
 ずいっとカードを差し出すギルガメッシュと、それを頑なに拒むセイバーという奇妙な光景。アーチャーがちらりとランサーと凛の姿を確認すると、彼等は商品を受け取って、飲食できるスペースの方へ移動していった。恐らく映画が始まるまでは動かないだろうと高をくくって、とりあえずこちらの方を何とかする事に意識を集中した。
 暫くは二人の間で押し問答があったが、全く進展はなく、アーチャーは仕方がないと言うように、ギルガメッシュのカードを彼の手から引き抜く。それに二人の視線が集中した所で口を開いた。
「セイバーが嫌がるのを無理強いするのは如何なものかと思う」
「贋作者風情が何を言う!」
 当然の如く噛み付いてきたギルガメッシュに、ちらりと視線を送ると、アーチャーは少しだけ口端を上げて笑った。
「セイバー」
「何ですか?」
「君は要らないというが、私は少々甘いモノが欲しくてね。カスタードか生クリームか非常に悩んでいるところだ」
 突然のアーチャーの言葉にセイバーは驚いた様な顔をして、彼の顔を凝視した。ギルガメッシュは何か言いたげであったが、珍しく黙ってアーチャーの言葉を聞いていた。
「ここは私のために協力してくれないか?」
「協力?」
「君と私で1つずつ。それで、一口、君の方を食べさせて欲しい」
 その言葉にセイバーは暫し考えこんで、ちらりとアーチャーの顔を見上げた。要するに両方の味を試したいが、一人で2つ食べるのは無理だと言っているのはセイバーにも理解できた。しかしながら、矢張り彼の手にあるカードがギルガメッシュのモノであるのが気に食わない。
「君が嫌だというのなら、私も英雄王を窘めた以上、無理強いはしない」
「……分かりました。アーチャーに協力します」
 苦虫を噛み潰したような顔であったが、セイバーは渋々と言ったように了解する。それを確認して、アーチャーは笑うと、ギルガメッシュに視線を送り口を開いた。
「カードを使ってしまっても構わんのだろ?」
「残額の貯蔵は十分だ」
 ランサーがいれば、名言台無しだなおい!と突っ込みを入れるようなやり取りであるが、ギルガメッシュはセイバーが自分の奢りをはじめて受けたことに機嫌を良くして、口端を上げて笑った。
 渋々の承諾ではあったが、いざ店の前に行くと、セイバーは瞳を輝かせて商品サンプルに張り付いた。それを満足そうに眺める英雄王と、苦笑いする贋作者。突っぱねてはいたが、矢張り食べたかったのだろう。
「アーチャー!どれにするのですか!?」
 催促するように言うセイバーの隣に並び、アーチャーは商品サンプルに視線を落とす。生クリームとカスタードと言った以上、それを1つずつ選ぶのが妥当であるが、セイバー自身はあくまでアーチャーのおすそ分けというスタンスなので、自分で商品を選ぶのは控えているのだろう。しかし、セイバーの視線が余りにも一点集中なので、アーチャーは苦笑しながら、彼女の視線の先にあるアイテムと、もう一つ、別の商品を選ぶ。
「ギルガメッシュ。君はどうする?」
「雑種の食べ物には興味ない」
 アーチャーの言葉に返答したギルガメッシュに言葉に、セイバーは一瞬むっとしたような顔をしたが、直ぐに店員から渡された商品に意識を持って行かれる。
「あの、アーチャー、私はどちらを……」
 2つ商品を受け取ったセイバーを眺め、アーチャーは彼女が恐らく食べたいと思っていたであろう方を彼女の手に残した。その時のセイバーの嬉しそうな表情を見て、思わず携帯で写真を撮ろうとしたギルガメッシュは、速攻で彼女に尻を蹴られる。
 一口。パクリと食べたセイバーは、おぉ!と軽い感嘆の声を上げて、キリッとアーチャーを見上げる。
「とても美味しいです!」
「それは良かった」
 アーチャーもカスタードの入ったクレープを口に運ぶ。余りこの手の菓子は食べないのだが、たまにはいいか、とぼんやりと考える。そもそも余りアーチャー自身は食事を摂るということはしないのだ。専ら作る専門で、ギルガメッシュには【メシ使い】と呼ばれている。
 暫くは黙々と食べていたセイバーであったが、ハッと顔を上げると、持っていたクレープをずいっとアーチャーの前に差し出した。
「?」
「一口どうぞ」
 首を傾げるアーチャーにセイバーはそう言うと、更にクレープを押し出す。恐らく一番最初に言ったアーチャーの嘘を信じているのだろう。食べている途中で気がついただけましだと思いながら、アーチャーは一口、セイバーの持っているクレープに口をつける。生クリームは思ったより甘く、これはセイバーに渡して正解だな、と考えながら、アーチャーは笑いながら自分のクレープも彼女に差し出した。
「……いいのですか?」
「構わんよ」
 では遠慮なく、とセイバーはクレープを一口食べる。すると、こくこくと頷き、笑った。
「こちらもとても美味しいです」
 初めこそ、セイバーが美味しそうにクレープを食べているのを満足そうに眺めていたギルガメッシュであったが、突然、一口交換を始めた事に驚き、その様をひと通り眺めた後、猛ダッシュでクレープ屋に駆け込んで、戻ってきた。
 手にあるのは、カスタードと生クリームがWで入っている比較的高価な商品。一瞬セイバーはゴクリと唾を飲み込んだが、ぷいっと外を向く。
 あぁ、成程、自分も混ざりたかったのか、ギルガメッシュの突然の行動には驚いたが、アーチャーは納得して思わず苦笑した。けれど、残念ながらセイバーはここでもまた、自分の欲求を抑えつけて外を向いてしまった。余りにも報われない英雄王の姿に、アーチャーは苦笑いするしかない。
「ふむ。安っぽい味だな」
 一口買ってきたクレープを口にしたギルガメッシュの言葉に、セイバーはむっとしたような顔をして口を開く。
「雑種の食べ物だと蔑んでいたのに、わざわざ食べるとはどういう了見ですか!不愉快です!」
「我が庶民の味に興味を持って何が悪い。王たるもの見識を広げる必要もある」
 クレープを握り締めながら睨む会う二人。それを眺めながら、アーチャーは眉を寄せてため息をついた。どうにもこうにも二人だけだと噛み合わない、と思いながら、ちらりと視線を自動販売機に向ける。そこには二人分の茶を買って、また飲食スペースに戻るランサーの姿があった。丸見えであろうし、そもそもあの男が気が付かない訳が無い。向こうがあえて無視したのであろうから、アーチャーも、向こうが気がついていることに気が付かないフリをすることにした。凛にバレなければ構わない。そして、ランサーも恐らく凛にバレないようにある程度こちらに気を配るだろう、という期待もあったのだ。
 寧ろ、この二人を制御するのに精一杯なアーチャーは、睨み合う二人の頭の上でため息を落とした。
「そのクレープを蔑むなら私が全部食べます!よこしなさい!」
「え?」
「え?」
 突然そう言い放ったセイバーにアーチャーもギルガメッシュもあっけにとられる。なにそのぶっ飛んだ論理。そう突っ込みたいのを堪え、アーチャーは困ったように笑った。
「セイバー」
「何ですか?」
「全部君が処分してしまうのは構わないが、君のものも一口、ギルガメッシュに分けてあげた方がいい」
「何故ですか!?」
 噛み付くように言うセイバーに、アーチャーはしれっと、世間知らずな英雄王に庶民の味を教える為だ、と言い放った。世間知らずと言われた事にギルガメッシュはムッとしたような顔をするが、セイバーが、渋々であるが、自分の分のクレープを差し出したので、ぱぁっと表情を明るくした。
「一口だけです。けれど、私だけ差し出すのは不公平です。アーチャー貴方も……」
「解っている」
 咽喉で笑ったアーチャーは、モキュモキュと幸せそうにセイバーから一口だけ貰った甘ったるい味を噛み締める英雄王に視線を送った。
「茶番だが付き合ってもらおうか、英雄王」
「許す」
 そう言うと、ギルガメッシュは素直にアーチャーのクレープも口に含んだ。
「我の口には矢張り合わん」
「だろうな」
 そう言うと、アーチャーは残った自分のクレープを全部平らげる。一方セイバーがギルガメッシュから巻き上げたWクリームのクレープを満足そうに食べている。
「あのようなつまらん菓子がいいなど、理解できん」
 言い放った英雄王の顔は、それでもどこか嬉しげで、思わずアーチャーは口元を緩めた。
 そもそもアーチャーにしてみれば、ギルガメッシュはセイバーについてくる財布の様なものだし、ギルガメッシュにしてみれば、アーチャーはセイバーのメシ使いで、自分のデートにセイバーのオプションとして存在してると思っているのだろう。
 いかにギルガメッシュから気持よく金を引き出すか考えるアーチャーと、いかにアーチャーを利用してセイバーを振り向かせるか考えるギルガメッシュ。
 ここも実は咬み合ってはいないのだが、大概アーチャーが上手く手綱を取って上手く収める傾向にあるし、セイバーもアーチャーの言葉だとある程度妥協する。一対一だと追い払われて終わりなのだが、アーチャーを巻き込めば比較的上手く行きやすいと、英雄王は学習したのだ。金と時間を掛けての涙ぐましい努力。セイバーに届く日は永遠に来ないかもしれないが、それでも、そんな茶番がギルガメッシュは嫌いではなかった。
「アーチャー!移動します!」
 クレープを食べきったセイバーが移動する凛とランサーの姿を見て声を上げたので、アーチャーは苦笑すると、映画に行くのだろう、と移動を促した。

 映画館でチケットを買うランサーを遠目で確認すると、アーチャーはコソコソの柱の影に隠れるセイバーとギルガメッシュに視線を送る。どうやら今度はポップコーンを奢る、奢らないで揉めているようだ。凛自体は映画館の隅に設置されたパンフレット売り場でランサーを待っているし、人も多いのでなんとか紛れることが出来るだろう。一応ランサーの買ったチケットは確認できたし、こちらもチケットを買おうと、アーチャーは二人を連れて、チケット購入の列に並んだ。気分は既に引率のお兄さんである。
 券売のお姉さんは、三人連れに視線を送ると、笑顔を向けて口を開く。
「本日はカップルデーとなっておりますので、申し訳ありませんが、一名様分だけ正規料金となります」
 たまに映画館ではレディースディであるとか、そんなサービスを行なっている。ホワイトデー前の休日なのでそんなカップルサービスを設定したのだろうと思い、アーチャーはギルガメッシュからカードを受け取ろうとするが、セイバーが大真面目な顔で口を開いた。
「では、私とアーチャーがカップルと言うことでチケットをお願いします」
 いやいや、チケットに名前書かないからね。どの組み合わせでも関係ないからね。そう思ったアーチャーであったが、ギルガメッシュが直ぐに不服そうな顔をする。
「照れなくてもいいのだぞセイバー」
「照れてなどいません。寧ろ貴方とカップルなど不快です」
「何を言う!ここはどう考えても贋作者が正規料金だろう!」
 言い合いになった二人を眺め、アーチャーだけでなく、券売のお姉さんも困ったような顔になった。まさかここで喧嘩になるとは思わなかったのだろう。終いには、イライラとしだしたセイバーが、ならば貴方とアーチャーがカップル料金にすればいい!等と言い出し、流石のアーチャーも途方に暮れた。
「あの、お客様……」
「済まない。とりあえずチケットを貰えるか?後ろの方の席だと有難い」
 アーチャーの言葉にお姉さんはほっとしたような顔をして発券をする。それを受け取ったアーチャーは、一枚をカードと一緒にセイバーに渡す。
「……セイバー。飲み物と、必要ならば食べるのもの買ってきてくれないか?」
「分かりました」
 ギルガメッシュと言い合いをするのもいい加減嫌になったのだろう、カードを握りしめてセイバーは今度は売店の列に並び始めた。どうでもいいが、そろそろ彼女の頭から凛やランサーのことはこぼれ落ちているのではないかと心配になりながら、アーチャーは残ったチケットの一枚をギルガメッシュに渡した。
「……」
 不服そうにそれを眺めるギルガメッシュに、苦笑しながらアーチャーは口を開く。
「セイバーには内緒にしておいてくれ。また揉めてもかなわん」
 差し出されたチケットがカップル割のチケットだと気が付き、ギルガメッシュは口端を上げて笑った。
「贋作者にしては気がきくな」
 どうせ映画の半券などセイバーはろくに確認しないだろうと思い、アーチャーはギルガメッシュを満足させるためにカップル割のチケットを渡したのだ。大いに満足したギルガメッシュは、セイバーが並んでいる売店の列へ早足で向かう。
 セイバーはちらりとギルガメッシュの方を見たが、後からついてきたアーチャーに向かって口を開く。
「塩とキャラメルがあるそうです」
「……好きな方を選べばいい」
 ポップコーンの味の話を振られ、アーチャーがそう言うと、彼女は真剣な眼差しでどちらにするか悩む。
「両方でいいだろう。飲み物はどうする?」
 ギルガメッシュが既に注文をはじめたので、セイバーは驚いて顔を上げる。何かを言い返そうとしたが、アーチャーがさっさと自分の飲み物をギルガメッシュに伝えていたので、渋々とセイバーも飲み物注文をした。
 しかしながら映画館のポップコーンというのはどうしてこんなに量が多いのか。セイバーは満足気であるが、先程クレープを食べた後のアーチャーはいささかげんなりする。支払いが終了し、ポップコーンと飲み物を受け取ったセイバーは、いそいそと映画館の中に入っていく。
「……ところでだ」
「なんだ?」
「先程からチラチラ駄犬とトキオミの娘の姿が見えるのだが、貴様らもしかしてあの二人の監視をしているのか?」
 後から合流したギルガメッシュにはそう言えば理由など話していなかったのを思い出し、アーチャーは、そのようだ、と短く返事をした。するとギルガメッシュは満足気に笑う。
「成程。貴様とセイバーが二人で出かけた等と聞いたが、そうか、あの駄犬の監視か」
 ならば仕方ない、その様な表情を作り、ギルガメッシュはセイバーの後について映画館へ入っていく。アーチャーとセイバーのデートならば腹も立っただろうが、別の理由があったのでギルガメッシュはそれに納得したのだろう。しかしながら、それは一番最初に聞くべき事ではないかと思わなくもなかったが、出会い頭に喧嘩になったのでギルガメッシュも聞くタイミングを完璧に逸してしまって、今まで口には出さなかったし、気にも留めていなかったのかもしれない。
 チケットの座席を確認して、セイバーを真ん中にし着席する。丁度ランサーと凛の真後ろなので、監視するなら丁度いいが、セイバーは既にポップコーンを食べ始めており監視という言葉はポロリと落ちてしまっているように見えたアーチャーは、思わず苦笑した。

 映画自体は以前凛が学校で話題になっていると言っていたもので、アーチャーはスクリーンを眺めながらぼんやりとストーリーを追っていた。そもそもサーヴァントとして呼び出されてからはこうやって映画館で映画を見ると言う事もなかったように思う。
 気の弱い男が、周りからの応援を受けて少しずつ前進していくラブストーリー。それに対してアーチャーはこれといって感想を抱かなかったが、セイバーはじっと画面を凝視している所を見ると、引きこまれているのだろう。ギルガメッシュの方も足を組んで偉そうな態度ではあるが黙ってスクリーンに視線を送っている。
 そもそもこの手の話はアーチャー自体余りピンと来ないのだ。
 すり切れたエミヤシロウならどうだっただろうかとぼんやり考えて、思わずアーチャーは苦笑した。多分つまらないとは思わないが、感情移入もしない様な気がしたのだ。イビツだったのは英霊になったからではなく、エミヤシロウだった頃からである。自分だけ助かったという事を、正義の味方になることで清算しようとしていた。自分がどうこうと言うより、相手を幸せにしたい。守りたい。そう考えて駆け抜けた生。あやふやな記憶の中で、覚えているのは、自分の代わりにいつも怒っていた赤い少女と、守りたかった銀色の娘。そして、青い騎士王。己の命一つで守れるのならば安いものだと思っていた。けれど、青い騎士王はそれを消えるまで窘め続けた。

──シロウ。貴方は己の命の勘定が安すぎる。いえ、そもそも勘定などに入れていない。それでは私は貴方を守りきれない。

 お互いにお互いを守りたかったのだと思う。サーヴァントとしての使命と、正義の味方としての望み。それはいつもぶつかって、結局二人で敵に当たるという効率の悪い戦い。けれど、一人だけぬくぬくと守られることはどうしても出来なかった。
 けれど、今なら青い騎士王の気持ちも理解できる。
 マスターをあらゆる危険から守りたい。
 今の己も嘗ての青い騎士王と同じ気持だったからだ。
 ちらりとセイバーの方に視線を送ると、彼女はポップコーンは完食したのか、じっとクライマックスに向けてストーリーが進むスクリーンに見入っている。違うと解っていても、つい重ねてしまう青い騎士王。殆どすり切れた記憶の中で、今も鮮やかに思い出せるあの土蔵での出会い。己が正義の味方として戦うために剣をくれた人。

──いつか私が聖杯を手にいれたのならば……貴方に会いに行きます。だからそれまでは生きていて下さい。決して……リンを悲しませないと約束して下さい。

 誇り高く、優しかった騎士王。冬木の聖杯は壊したが、彼女はまた聖杯を探しに行くと言って消えた。お互いに、お互いの望みは歪んでいると気がついていたのに、それを正すことが出来ずに永久の別れとなった。
 だから、このセイバーが己が王として歩んだ道が間違いでなかったと、聖杯を捨てた事はアーチャーに取って救いだった。だから、ただ、彼女には幸せになって欲しくて、ついかまってしまう。それをランサーにもよく突っ込まれるが、腹が立つので認めはしない。

 不意に周りが明るくなって、映画が終わったことに気がついたアーチャーは、視線をランサーと凛のいた座席へ向けた。それに気がついたセイバーは、ハッとしたように立ち上がり、アーチャーを促す。
「見失ってしまいます!」
「そうだな」
 ひょいとゴミなどを拾い上げると、アーチャーは二人を連れて映画館を後にすることにした。今日はギルガメッシュが大人しいと思い彼に視線を送ると、ギルガメッシュは不快そうに眉を寄せて、ランサーに視線を送っていた。
「……駄犬と釣り合わんな」
「リンのどこに不足があると言うのですか!」
 むっとしたようにセイバーが声を上げたので、ギルガメッシュは驚いたような顔をした後に、咽喉で笑った。
「駄犬の方が不足だと言っているのだ。そもそもあの駄犬は気の強い女には振り回される傾向がある。制御しきれまい」
 偉そうに言っているが、ギルガメッシュはギルガメッシュで十分にセイバーに振り回されているし、ランサーが聞いたら、お前が言うな!とつっこむ所だろう。アーチャーは笑うのを堪えながら、凛とランサーの向かう先を確認した。入って行ったのはパスタ屋で、恐らく少し遅い昼食を取るつもりなのだろう。
 大きなガラスから店内が見えるので、セイバーはそこをじっと眺め、彼等の案内されるテーブルを確認した。運良く個室に近い間仕切りされた場所に入っていったので、これから店に入っていっても見つからないだろう。そう考え、セイバーはアーチャーを連れて店へと突撃した。
「三名様ですね!」
「二名だ」
「セイバー」
「贋作者を忘れているぞ」
 嗜めるようなアーチャーと、自分が外されているなど夢にも思わないギルガメッシュの声に、セイバーは小さく舌打ちををすると、三名で、と店員に訂正する。店内へ案内しようとする店員に、セイバーは、あの席ががいい、とランサーたちの座った場所の隣を指定した。幸い昼も回っており、店の客は段々と減っていって様で、快く店員は案内をしてくれた。
 間仕切りされているので隣の様子は解らないが、ウエイトレスが水を持ってきた後、忍者よろしく、ベタッと間仕切り板に耳を貼り付け、セイバーはこくこく、と頷いている。外からも見えないのが幸いである。かなり奇妙な光景だ。
「アーチャー!海鮮系がおすすめだそうです!」
「……そうだな。とりあえず座りたまえセイバー」
 一体何を盗み聞きしているのだか、と呆れた様な顔をしたアーチャーであるが、ギルガメッシュの方は写真付きのメニューを眺める。
「では我はこれにするか」
 ギルガメッシュの選んだ商品を見て、セイバーは、それは私が選ぼうと思っていたのに、と言うような顔をしたのでアーチャーは困ったように笑う。
「同じものでも構わんだろ?」
「……はい」
 ギルガメッシュとおそろいがそんなに厭か、と思いながら、アーチャーは呼び鈴を鳴らし注文をしてしまう。ここに関しては映画と違ってランサーと凛がいつまでいるか解らない。
 暫くは壁に張り付くセイバー、それを眺めるギルガメッシュと言うような奇妙な状態であったが、突然セイバーがバッとアーチャーの方を向き、口を開いた。
「バッティングセンターに行くようです」
「……あぁ、そんなに離れてはいないな」
 こくこくと頷くセイバーと、怪訝そうな顔をするギルガメッシュ。恐らくギルガメシュはバッティングセンターに行ったことがないのだろう。子供たちと野球をしている姿は見たことがあるので、野球のルールは知っている筈であろう。ならば、多分問題はないと考えながらアーチャーは口を開いた。
「恐らく凛のリクエストだろう。たまに私も連れていかれる」
「そう言えば私も一緒に行ったことがあります。リンのお気に入りなのですか?」
「……お気に入りといえばお気に入りだが……ランサーに合わせたのだろう」
 どちらかと言えば両方共アウトドア派だ。デートコースと言うにはいささか色気はないが、体を動かすのが得意なランサーに合わせたと考えたほうが無難だ。
「しかし、バッティングセンターなど危険ではないのですか?」
「危険?」
 注文した商品が来たので、ストンと座り直したセイバーの言葉にギルガメッシュが首を傾げる。すると、大真面目な顔をして、セイバーはランサーは幸運を使いきってしまったから、死ぬかもしれないし、それに凛が巻き込まれる可能性もあると言った。それに対し、呆れたような顔をしたギルガメッシュ。
「アレが幸運に縁がないなどいまさらではないか」
「しかし!」
「逆にトキオミの娘の方が幸運は強いと我は思うがな。寧ろ、そちらにあの駄犬が引っ張られるのではないか?」
「……成程……」
 喧嘩になるかと思ったが、一理あると思ったのかセイバーはパスタを口に運びながら同調するように返事をする。実際凛は恐らく幸運に関してはいい方だろう。衛宮士郎と契約した場合Bのセイバーの幸運値は、遠坂凛と契約した場合はA+まで跳ね上げる。しかしそこまで考えてセイバーは小さく首を振ってため息を付いた。
「ダメです。リンと契約してもアーチャーは幸運Eです」
 それを言われると辛いな、と思いながら、アーチャーはパスタと一緒に注文した紅茶に口をつけた。するとギルガメッシュは咽喉で笑い、赤い瞳を細めた。
「駄犬は死ぬかもしれんが、トキオミの娘は大丈夫だ、と言うことだ」
「リンは大丈夫だと?」
「……恐らくな」
 ならば、安心だ、と言わんばかりに表情を緩めたセイバーを見て、中々酷いなと、心の中でアーチャーは苦笑する。あくまで凛が巻き込まれるのが心配だが、ランサーに関してはセイバーは諦め切っているのだろう。
 するとセイバーはそわそわと、アーチャーの方に視線を送り口を開いた。
「アーチャー」
「どうした?」
「その。余り食が進んでいないようですが……」
 そう言われ、アーチャーは苦笑すると、殆ど手をつけていないパスタをセイバーの前に押し出した。普段から余り食べない上に、今日はクレープなど慣れないものを食べて余り食が進まなかったのだ。ならば注文しなければ良かったのだが、セイバーが食べるだろうと考えてたフシもあって、一応注文だけはしたのだ。
「いいのですか?」
「構わんよ」
 一日食べっぱなしでも問題のないセイバーは、瞳を輝かせてアーチャーのパスタに手をつける。美味しそうに食べるので見ていても気持ちがいいし、作るがいもある。あぁ、少し甘やかし過ぎか、とチラリと考えたが、直ぐにその考えは、アーチャーの心の小箱に押し込められた。

 

 バッティングセンターへ向かう途中、ギルガメッシュが見つけたドーナツ屋。時折子供たちと買い食いをすると言う話をポツリとしたのを聞いて、セイバーは興味を惹かれたようであった。
「美味しいのですか?」
「種類にもよる」
 そわそわとしだしたセイバーを眺め、アーチャーは苦笑すると、二人を連れてドーナツ屋へ入ることにした。バッティングセンターはこの近辺に一件しかないから、見失うこともないだろうと寄り道を決めたのだ。
 店に入ったセイバーは並ぶドーナツに感嘆の声を上げると、アーチャーを見上げて、一つ買ってもいいですか?と小首を傾げた。
「好きにするといい」
 うんうん唸りながら、商品を選ぶセイバーの横で、ギルガメッシュは店員に声をかけた。
「全種類、1つずつ」
「はい」
 驚いた顔をしたのは店員だけではなく、セイバーもで、ぎろっとギルガメッシュを睨む。恐らく財力の差を見せつけられて腹が立ったのだろう。ギルガメッシュがそんなに食べるはずもなく、セイバーのために全部を買ったということまで、彼女は考えが至らなかったのか、むむむ、とがま口を開けて小銭を睨みつけた。
「行くぞ。商品は贋作者が持て」
「私がまだ買っていません!」
 声を上げたセイバーを見て、ギルガメッシュは目を丸くすると、口端を歪めて笑った。
「我のモノを1つずつ試して、気に入ったのを小遣いで買えばいい。グズグズしていると、駄犬がうっかり死んでるかもしれんぞ」
「しかし……」
 うつむいたセイバーを眺め、アーチャーは彼女の頭をポンポンと軽く叩くと、淡く微笑んだ。
「行こうかセイバー」
 渋々といった感じでセイバーはアーチャーの後について店を出る。流石に種類が多く、店員も箱詰めが大変だっただろうが、なんとか一人で持てる範囲で納めてくれた事に感謝しながら、アーチャーはブラブラと歩き出した。
 河川敷の少し開けた場所に作られたバッティングセンター。ランサー達は一番奥のボックスを陣取って遊んでいる様である。景気よく打ち返しているのは恐らく凛であろうと思いながら、アーチャーは奥からは死角になるベンチに座り、ドーナツを置いた。
「どうやって遊ぶのだ?」
 珍しいのかそわそわとした様子でギルガメッシュが言うので、ヘルメットを一応ギルガメッシュにかぶせ、バットを渡す。
「あそこから球が出るから、それを打ち返せばいい。野球のようなモノだ。小銭はあるか?」
「ない!」
 そんな気はしていたが、仕方あるまいと思いながら胸を張って言うギルガメッシュの為にアーチャーは財布から小銭を出して機械へ入れる。基本的にギルガメッシュは小銭を持ち歩くのは面倒だと言う性質なのだ。以前コンビニかどこかで、カードが使えなかったために万札を出して、つり銭は全部レジ横の募金箱に突っ込んでいるのを見て、流石のアーチャーも驚愕した。募金をしようと言う殊勝な心がけではなく、ただ、邪魔だから箱に突っ込んだというだけなのだが、中々見れるものではない。
 飛んできた球を何度か打ち返すが、ギルガメッシュは、僅かに首を傾げた。思うように飛ばなかったのだろう。それを指さしてセイバーが笑うので、アーチャーは困ったように彼女を嗜める。
「セイバー」
「……申し訳ありません……ぷっ……余りにも……」
 笑い過ぎだから、と思いながらアーチャーはギルガメッシュに、一度見本を見せると言うと、彼は渋々と言うように場所を譲り、セイバーの隣に不機嫌そうに座った。
「アーチャー、ホームランで貰える菓子が食べたいです」
「諒解した」
 セイバーの言葉にギルガメッシュは不思議そうな顔をしたが、アーチャーが景気よく球を打ち返して、ガコンとホームランと書かれた看板に球を当てたのには目を丸くする。直ぐに店員が飛んできて、セイバーに何やら袋を渡している。
「あそこに当てれば、それが貰えるのか?」
「そうです」
 菓子袋をバリバリと開けて早速食べ始めたセイバーを見て、ギルガメッシュは立ち上がると、アーチャーに場所を変わるように促した。
「代われ」
 対抗意識を燃やしたのか、セイバーを喜ばせたいのか。両方かなと思いながら、アーチャーはギルガメッシュに場所を譲った。
 ベンチに座りながら、一番奥のボックス席から打ち返される球に視線を送る。左右に器用に打ち返している所を見ると、ランサーに交代したのだろう。たまにアーチャーが凛と来る時も、彼女が言った場所に球を飛ばすゲームをしたりもする。
 セイバーの隣に座ったアーチャーは、ドーナツの箱を一つ開けてみる。それを覗き込んだセイバーは、ゴクリと喉を鳴らし、そわそわとしたように口を開いた。
「ギルガメッシュ」
「何だ?」
 器用に球は捕らえるが、筋力的な所で若干押されるのか、ホームランまで至らない彼は、球を吐き出す機械を凝視したまま返事をする。
「ドーナツはどうするのですか?」
「好きにしろ」
 その返答にセイバーは一瞬迷ったような顔をしたが、恐る恐ると言うように手を伸ばすと、一つ手に取り、それを半分に割る。
「アーチャー」
 差し出されたドーナツに、アーチャーは苦笑すると、一口だけ口をつけて、後は君が食べるといい、と短く返事をした。しかし、と視線を彷徨わせるセイバーに、アーチャーは苦笑しながら口を開く。
「残念ながら、ギルガメッシュも私もさほど今は腹が減っていない」
「そうですか」
 安心したような顔をしたセイバーは、もふっとドーナツに口をつける。ぱぁっと表情が明るくなるのを見て、アーチャーは苦笑する。
「味はどうだね」
「美味しいです!」
 ならば、ギルガメッシュも本望だろう、と思いながら、アーチャーは四苦八苦する彼に視線を送る。もう少し踏み込めば届きそうなのにと思うが、ここで助言をして彼が聞くだろうかと言う気もして、悩む。機嫌損ねても面倒だと思ったのだ。しかし、そんなアーチャーの考えなど気が付かなかったセイバーは、ドーナツを持ったまま、ひょこひょことギルガメッシュの側に行くと、彼の軸足を軽く蹴る。
「何をするセイバー!」
「もう少し踏み込むべきです。アーチャーと貴方ではスペックが違うのですから、同じようにやっても意味がありません」
 セイバーの行動にむっとしたような顔をしたが、ギルガメッシュは僅かに思案した顔をすると、セイバーの言ったように軸足の位置を少し変えて、踏み込むようにフォームを変えた。何も蹴らんでも、と見ていたアーチャーは思ったが、彼女なりに一応苦労しているギルガメシュに同情したのだろう。
 また戻ってきたセイバーはアーチャーの隣に座ると、満足そうにもふもふとドーナツを食べだす。
 そして、セイバーに言われフォームを直して3球目。漸くギルガメッシュは目当ての看板に球を当てる事に成功した。
「我にかかれば他愛もない」
「その割には随分かかりましたね」
 得意気なギルガメッシュに水をぶっかける様に冷ややかなセリフを吐くセイバーであるが、それでもギルガメッシュは店員から満足そうに菓子の袋詰めを受け取ると、それをセイバーに渡した。
「くれてやる」
「貰う道理がありません」
 ピシャリと切り捨てたセイバーを見て、ギルガメッシュはそれでもへこたれずに口を開いた。
「アドバイス料だ」
 成程、珍しく上手く言ったものだ、と思いながらアーチャーが思うと、セイバーは暫く考えこんで、手を伸ばそうとする……が、そこで奥のボックス席から悲鳴が上がった。
「凛!?」
 慌てて腰を浮かせたアーチャーであったが、セイバーは彼の腕を掴むと、見つかってしまいます!と首を振って、ギルガメッシュとアーチャーを連れて、そっと傍によることにした。店員も慌てて奥のボックス席に向かっている。凛が何やら店員に言っているので、凛自体は無事なのだろうと、アーチャーがほっとしたような顔をすると、ギルガメッシュはニヤニヤとしながら口を開いた。
「貴様もそんな顔をするのだな」
「放っておけ」
 むっとしたようにアーチャーが返答すると、セイバーが、あっ!と短く声を上げたので、二人共奥へと視線を送った。頭と足を凛と店員に捕まれ、更に奥のベンチへ運ばれる青い人。
「「ランサーが死んだ!」」
 思わずセイバーとアーチャーは同時に声を上げた。
「いやいや!死んでませんよお客さん!物騒なこと言わないで下さい!」
 驚いたように通りかかった店員が声を上げたので、セイバーは恐る恐ると言ったように声をかける。
「何があったのですか?」
「どうも、まだ球が残ってるのにボックスに飛び込んじゃったみたいでして……救急車呼んだほうがいいかなぁ」
 最後の方は独り言のように呟いたようであったが、ギルガメッシュは笑いながら、必要ないだろう、と無責任に言い放つ。
 サーヴァントがたかが球一つ当たったぐらいで死にはしない。けれど、一般人から見れば大事故なのだろう。凛もあれこれ言っている店員に首を振りながら愛想笑いをしている所を見ると、同じように救急車の手配を勧められているのかもしれない。
 店員が離れたのを確認すると、セイバーは考え込んだように口を開いた。
「しかし、矢よけの加護は発動しなかったのでしょうか?」
「機械相手に発動しなかったか、もしくは、アレは一応使い手を視界に納めているのが前提条件の筈だから……見ていなかったのならば発動しようもあるまい」
 ランサーが迂闊な行動を取ったのだろう、と言う結論を出してアーチャーが言うと、セイバーは納得したように頷いた。
「……まぁ、そう不幸でもなさそうなだ」
 つまらなさそうに吐かれたギルガメッシュの言葉に、セイバーは首をかしげて、どうしてですか?と聞く。すると、彼は咽喉で笑い、莫迦なことをしたお陰であの状態だ、と視線を奥のベンチへ送った。
 遠坂凛はランサーの頭を膝に乗せて、心配そうに彼の顔をのぞき込んでいる。
 その様子をぼんやりと眺めているアーチャーを見上げ、セイバーは、少しだけ瞳を伏せた後、彼の袖を小さく引っ張った。
「……帰りましょう」
「え?」
「リンが無事で良かった……その……色々と今日は申し訳ありませんでした」
 凛が心配だったという事に嘘はなかった。けれど、アーチャーのこんな顔を見たかった訳ではない。そうセイバーは思ったのだ。いつもアーチャーは自分に付き合ってくれるし、士郎とは別のベクトルで彼のことは好きだった。けれど、凛に対してどこか押し殺した所のある彼を眺めるのは、どうしてもいたたまれない気分になる。凛さえ良ければ、それでいい。それは出会った頃の衛宮士郎によく似ていて、酷く哀しいとセイバーは感じていたのだ。
「……そうだな。夕食の支度もある」
「はい」
「ギルガメッシュも夕食はうちで食べるのか?」
「当然だ。励め、贋作者」
 ふんぞり返っていつも通り言うギルガメッシュに、アーチャーは苦笑すると、では、買い物をして帰ろう、と短く言い凛から視線を外した。

 

 衛宮邸に戻った凛は、夕食をとった後、陣取っている自分用の部屋でゴロンと横になった。バレンタインの礼だと映画も奢って貰ったし、実に楽しい一日であったが、最後にランサーが打っ倒れたのには仰天した。流石に頑丈で、数分気絶しただけ終わったのだが、あの時は心臓が止まるかと思ったのだ。
 聖杯戦争の最中であれば、サーヴァントが死ぬ事など気にもとめなかっただろう。けれど、余りにも長く続く穏やかな日常に浸かりきっている自分にも驚いた。本来は異物であるはずの彼等が、自然に冬木の日常に溶け込んでいる。それが良いこと、悪いことなのかは凛には判断出来なかった。
「凛」
「どうしたの?」
 部屋に入ってきたアーチャーを見上げ凛が言うと、彼は、少し黙っていたが、ぽすんとベッドに座り、その隣をポンポンと叩いた。隣に座れということか、珍しい、と思いながら、凛は椅子からベッドに移動する。するとアーチャーはそのままゴロンと横になり、凛の膝に頭を乗せる。
「!?」
 驚いて凛が彼の顔を見下ろすと、彼はつまらなさそうに口を開いた。
「アレを甘やかし過ぎた。球が当たった程度で死にはしない」
「見てたの!?」
 かぁっと顔が赤くなるのを自覚して、凛は頬を両手で覆う。不覚だ。土蔵の掃除を一日中していたのだろうと勝手に思い込んでいた凛は、驚きの余り言葉を失った。
 けれど、それ以降アーチャーは何も言わないし、凛に背を向けたままだったので、その横顔を見ながら、恐る恐ると言ったように凛はアーチャーの髪を撫でた。そう言えばこうやって髪に触ることなどなかった気がして、凛は自然と表情が緩んだ。それをアーチャーが嫌がらなかったので、凛は困ったように口を開く。
「緊急事態だと思ったのよ。妬いた?」
「……かもしれん」
 アーチャーの返答に凛はピタリと手を止める。これは反則だ、と心の中で呟きながら、彼の横顔を眺めた。鋼色の瞳は閉じられており、余り表情の変化は解らない。自分だけが焦る感覚がもどかしくて、凛は、彼の髪をまたゆっくり撫でる。
 いつもならば茶化して終わりなのだが、そうする気にもなれなかったのは、アーチャーがどこか寂しそうな顔をしていると思ったからだろうか。この顔は凛は余り好きではなかった。
 そもそもアーチャーはランサーのようにスキンシップをとって来ないし、必要以上にベタベタしない。そんな彼が珍しくこうやって傍に寄って来たことが心配になり、凛は言葉を零した。
「アーチャー」
「何だね」
「好きよ。私は貴方以外要らない」
「……」
 それに返事はなかったが、僅かにアーチャーの体が硬直したので、凛は笑いながら言葉を続けた。
「ランサーが言ってたわ。幸運が低いからいつ死ぬか解らないって。けど、私はそんなの認めないから。……諦めて私と幸せになりなさい」
「君はいつも唐突だな」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
 仰向けに体を直したアーチャーは、ゆっくりと彼女の頬を撫で、瞳を細めて笑った。
「凛」
「なぁに?」
「私も君以外は何も要らない」
 その言葉に凛は、思わず顔を赤くすると、乱暴にアーチャーの髪をかき混ぜる。それに驚いたアーチャーが体を起こし、彼女の顔を覗き込んで不服そうに言葉を零す。
「いきなり何を……」
「それはこっちのセリフよ!莫迦!」
 先に言ったのは君だろう、と言おうとしたが、凛が驚いたようにアーチャーの顔を凝視していたので、彼は居心地が悪そうに口を開いた。
「……どうしたのだね?」
「何でもない!」
 顔を赤くしたまま凛がそっぽを向いたので、仕方がないと言うようにアーチャーは立ち上がり、部屋を出ていく事にした。
 全く、慣れないことはするものではない、と思いながら、アーチャーが廊下を歩いていると、ランサーが通りかかり、驚いたように自分を眺めるので怪訝そうな顔をして不機嫌そうに言葉を放った。
「何かようか?」
「……いや、そうしてっと、坊主に似てんな」
「はぁ?」
「いや、だから。髪下ろしてんの初めて見た」
 そう言われ、アーチャーは先程凛に髪を触られた時に、前髪が全て降りてしまっていた事に気が付き、バツの悪そうな顔をした。それを見てランサーは愉快そうに口元を歪めて、いつもそうしてろよ、と言葉を放つ。
「私の勝手だ」
「そうか?俺は澄ましてる顔より良いと思うけどな」
 撃ち殺したい、と思いながらアーチャーが返事をすると、廊下からの声に気がついたのか、凛がひょっこり顔を出す。
「喧嘩しないの」
「あ、嬢ちゃん。こっちの方がいいよな、アーチャーの髪型」
「ランサー!」
 不快そうにアーチャーが名を呼ぶが、涼しい顔でランサーはそれを流す。すると凛は笑いながら口を開いた。
「どっちでも私のアーチャーなんだから構わないわよ」
「凛!」
「はいはい。ごちそうさま。またデートしような嬢ちゃん」
 ヒラヒラと手を振ってその場を後にするランサーを見送りながら、凛は咽喉で笑う。
「さっきはちょっと吃驚したけど、どっちも好きよ」
 その言葉にアーチャーは、恥ずかしそうに、そうか、と言葉を零し先程の凛と同じように顔を逸らした。


ホワイトデー編ちっぱい王と愉快仲間たち
201203 

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