あてんしょんぷりーず!
 この作品は、

*休戦日参(ランサー編)
*休戦日参・番外編(セイバーと愉快な仲間達編)
*【Fate】青い番犬が死ぬかもしれない【冬木ちゃんねる】

の三部構成となっております。
 単独でも読めるようにしていますが、全部読むのならば上記の順番に読むことをお勧めします。(現在はまだ一本目のみです。出来上がり次第UPしていきます。気長にお待ちください)
 基本的に弓凛←槍・士剣←金ベースで、毎度三大騎士クラスが中心にワイワイやっております。
 それでもOKと言う方は本編へどうぞ。

*休戦日参*

 朝目が覚めたランサーは、教会の片隅の部屋で大きく伸びをすると、外の天気を確認した。天気予報どおり晴れ。赤い家政夫ならば洗濯日和だと言う所であろう。そんな事を考えながら、部屋から出ると、己のマスターが珍しい事をいいだした。
「今日は教会の改修工事があるから一日外に出ているように」
「そりゃありがてぇけど。何もすることねぇの?」
 怪訝そうなランサーの言葉に、マスターは残念な頭の人間を相手にするように哀れみの視線を向ける。
「安息日を知らないのか?」
「週に一回かならず来るっていう都市伝説は聞いたことある」
 大真面目にそう返答したランサー。教会に来てからというもの、何かと雑用を押し付けられる傾向にあり、安息日など都市伝説であるとランサーは本気で思っていたのだ。どうやらこの教会にも365日に一回ぐらいは安息日があるらしい。そう思い直し、ランサーはマスターの気が変わらないうちにとさっさと教会を出てしまうことにした。グズグズしていると何か用事を思い出すかもしれないと思ったのだ。
「あ、ギルガメッシュは?」
「教会の裏でゴソゴソしていた」
 憮然と言い放ったマスターの言葉にランサーは、そっか、と返答すると、一旦部屋に戻り荷物を抱えて教会の裏へ小走りで移動する。
 基本的にぶらぶらしているギルガメッシュが教会にいるのは珍しいし、昨日ギルガメッシュに命令されてとあるお使いをしたのを思い出したのだ。

 教会の裏にある物置の前にギルガメッシュはいた。詳しくは知らないが、この物置はギルガメッシュがかれこれ10年暇つぶしをしている間に趣味のアイテム置きとして勝手に立ててしまったらしい。基本的に多趣味であるが飽きっぽいギルガメッシュの趣味は長続きしない。しかしながら、今ギルガメッシュの眼の前にある【バイク】に関しては比較的長続きしている方なのだという。
 一度は飽きた趣味だったらしいが、バイクに関しては騎乗スキル持ちであるセイバーが興味を持ったらしく、それに気を良くしたギルガメッシュがまた始めたのだ。日々アピールし続けてもガン無視されるギルガメッシュにすれば、セイバーとまともに会話出来る趣味だと言うことでかなり熱心にやっている。ランサーの昨日のお使いも、バイクの新しいパーツを取りに行くことだったのだ。
「よぉ。コレ。昨日頼まれた奴」
「待ちわびたぞ駄犬!」
 待ちわびたんだったら自分で取りに行けばいいと思いながらランサーは袋ごとパーツを渡す。するとギルガメッシュは機嫌よく袋を開けてそのパーツを眺めた。一体どこの部品なのかはランサーには理解できないが、聞きもしないのギルガメッシュは上機嫌に口を開く。
「これで馬力が上がるな。山道でもかなりスピードが出る」
「……そんなに馬力上げて扱えんのか?」
「我やセイバーなら問題あるまい」
 そう言うと、ギルガメッシュがバイクのパーツを外しはじめたのでランサーはぎょっとしたようにそれを眺めた。
「オイオイ。アーチャーにやらせなくて大丈夫か!?」
 基本的にバイクの改造はアーチャーにやらせていたギルガメッシュが自分で改造し始めたので心配になって言うと、ギルガメッシュは既存のパーツと差し替えるだけだ、と言いガチャガチャと作業を始めた。
 アーチャーが言うには手を入れすぎて既存の店では扱えない上に、車検もまともに通らないらしい。車検に合わせて元に戻せと言わないことを条件に、文句を言いながらいつもの赤い弓兵はギルガメッシュの言う通りに改造を続けている。
 しかしながら問題は、このバイク自体もそうであるが、セイバーも免許を持ってないということだろう。ギルガメッシュはどこで金を積んだのか一応免許は持っているらしい。しかし、セイバーは免許を持っておらず、バイクに乗ることをアーチャーに禁じられ、はじめは眺めているだけだった。しかし、金持ちの発想とは恐ろしいモノで、公道は走れないが、私有地なら問題は無い筈だと、ギルガメッシュは山を一つ買い上げ、バイクが走れる私道を作った。それならセイバーに免許を取らせに行ったほうが安上がりだとランサーは思ったのだが、時折嬉しそうにセイバーと一緒に山に行って、彼女にバイクを貸し満足気にしている姿を見ると、まぁ、本人がいいなら構わないかと口を噤んでいる。
 今日も恐らく改造が終わったらセイバーを誘いに行くつもりなのだろう。
「あ、そう言えば釣り」
 封筒をギルガメッシュに差し出すと、彼はそれにちらりと視線を送ったが、興味なさげに口を開く。
「端金等返されても邪魔だ。使いの駄賃にくれてやる」
 その言葉に、ランサーは思わず、金持ちってのは……と言いかけて言葉を飲み込んだ。ぶっちゃけこれだけバイトで稼ごうと思ったらかなり大変なのだが、ギルガメッシュにしてみれば端金なのだろう。そもそも、パーツの値段もろくに確認せずに、欲しいから注文した、というギルガメッシュはかなり大きい額をランサーに渡していたのだ。これならば足りるだろうという感覚である。お陰で半分も使わず殆ど持ち帰ってきたのだ。
「……まぁ、くれるってんだったら有難く」
 そう言うランサーに、犬でも追い払うように手をふったギルガメッシュ。恐らく作業するのに邪魔なのだろうと思い、ランサーはその場を離れることにした。

 

 さて。今日は非常にツイてるし、このまま衛宮邸に行けば、旨い朝ごはんにありつけるかもしれない。そんな事を考えながらブラブラとランサーは新都の橋を渡る。恐らく朝の早い面子は既に朝食を終えているだろうが、比較的朝がゆっくりな遠坂凛や、常に食べっぱなしのセイバーがいれば、衛宮士郎が何か作ってくれる事も多いのだ。
 季節は春に向かっているが、まだ若干風が肌寒い。釣りも長時間は寒いという事で、今日は衛宮邸で時間を潰すと決め、ランサーは早足に目的地へ向かった。

 衛宮邸は休日にしては珍しく人が少なく、居間を訪れたランサーは肩透かしを食らう。セイバーが一人でTVを見ていたのだ。
「アレ?坊主は?」
「サクラとタイガの弁当を届けに行きました」
 成程、部活ってやつか、と呟くと、ランサーは少し残念そうにセイバーの隣に座って茶を淹れる。休日であってもごく稀に部活があるらしく、その時は士郎は弁当を作って届けているのだ。
「……アーチャー組とライダーは?」
「リンはまだ顔を見ていません。アーチャーとライダーは土蔵の整理をしています」
「土蔵?」
 敷地のすみにある土蔵で、ランサーも何度は入ったことがある。何やらガラクタが沢山押し込まれている印象で、あそこを整理するとなるとホネだな、と一瞬考えるが、セイバーが手伝わずにのんびりしているということは、余り大げさな整理ではないのかもしれない。
「はい。いくつかを回収業者に出すそうです。ですので、そんなに時間はかからないと思いますが……。何か用事だったのですか?」
「いや。朝飯食わせてもらおうと思ってたんだけど、まぁ、いいか。アーチャーいるなら昼飯にはありつけそうだ」
 サーヴァントは別に食事を取らなくても死にはしないと思い、屈託なくそうランサーが言うと、セイバーは少しだけ視線を彷徨わせた後、自分の手元にあった饅頭をランサーの方へずいっと押し出す。
「……宜しければどうぞ」
「うん。大丈夫だから。そこまで切迫してねぇから」
 すると、セイバーはほっとしたようにまた饅頭を自分の手元へ引き寄せる。流石にセイバーから食べ物を取り上げようと言う気にはランサーはなれないが、セイバーがそれなりに気を使って自分に饅頭を分けようとしてくれたことが可笑しくて、ランサーは思わず口元を緩める。
「何が可笑しいのですか?」
「いや、なんつーの。サーヴァントってのも成長したり変わったりするもんだなって思っただけだ」
 基本的に座に完結している存在であるから、成長などありえない筈なのだ。けれど、目の前にいるセイバーは一番最初に会った時とはやっぱり違うと思うし、アーチャーも大きく変わったと思う。自分は余り変わらない気がするし、ギルガメッシュなど10年前からああなのだと聞くと、一体どこに差があったのだろうかと少し考えることもあった。
「……そうですか?」
「とっつきやすくなった」
 そう返答するランサーにセイバーは驚いた顔をすると、困ったように笑った。セイバー自身も自分が変わったことを自覚しているのだろう。
「俺もマスターがなぁー。もう少しアレならなー。マスター運ねぇよなー」
 ブツブツ言いながら茶を飲むランサーを眺めながら、思い出したようにセイバーが口を開いた。
「人間の幸運というのは生まれた時に、平等に分配されるとこの間テレビで言っていたのですが」
「あぁ、俺も見たわー。アレだろ?今まで不幸だったら分、これからはきっと幸せになるに違いない!みたいな番組」
 ランサーの言葉にセイバーはこくこくと頷く。それに対してランサーは正しいとか、間違っているとかの感想は持たなかった。ただ、そんな考え方もあるのかと思っただけだ。実際、英霊の面子を見ても、途中まではトントン拍子だが、ある日突然転落して人生を終えるなど割と多い。セイバーもそうであるし、あのギルガメッシュですら親友を亡くした後はいい人生とは言えなかった。自分等存分に戦って満足していたが、多分スカサハの試練を越えて、嫁さんを貰った辺りで明らかに運を使い果たしている気もする。
「我々サーヴァントはどうなのでしょうか?」
「どうってのは?」
「一度人としての運を使い果たして……英霊になった訳ですから。我々もこうやって現世にいる間の運は再分配されてるのでしょうか」
 とりあえず運は平等に分配説を押しての話をセイバーが切り出したので、ランサーは僅かに眉間に皺を寄せる。
「どーだろうな。通常の聖杯戦争って2週間かそこらだろ?分配されてるとしても、アレじゃね?幸運値に則って分配してんじゃね?」
 そこまで言って、ランサーはアレ?と思わず首を傾げる。そうなると俺の手持ちの運ってすげー少ないんじゃね?と決して分配説を押しているわけでもないのに不安になって来る。
 そもそもランサーというのは幸運Eである。同じマスターと契約しているのに、ギルガメッシュが幸運Aなのを考えると、コレはもう個体スペックに大きく引きずられているとしか言い様がない。セイバーは幸運Bであるが、コレは衛宮士郎がマスターの場合であり、遠坂凛がマスターの場合は、A+まで跳ね上がったと聞く。そう考えると、遠坂凛はセイバーと相性がよく、幸運も上方修正をかけてくれる訳なのだが、悲しいかなアーチャーは幸運E。コレもどう考えても個体スペックに明らかに引きずられて上がらないのだろう。
「……うん。コレ無し。何か俺ヤバイから」
「どうしてですか?」
「今日朝からすげーツイてるんだ。一日休み貰って、成金王子に小遣い貰って、昼飯もアーチャーのメシ食えそうだろ?これ以上手持ちの幸運使ったら、俺、死ぬわ。だから、分配説はなし」
 そこまで言ったランサーを眺めて、セイバーは驚いたような顔をする。
「……今日死ぬのですか?」
「いやいやいやいや。幸運値に則って再分配説確定じゃねぇから!逆に考えれば、今まで不幸だった分漸く幸運がだな!ぼちぼち来たって事だからな!」
 あぁ、こんな下らない事考えなければ良かったとランサーは後悔したが、セイバーが本気で心配したような顔をしたので、段々自分自身も不安になってくる。その顔はやめて欲しいと言おうと思った所で、遅い起床の遠坂凛が居間に顔を出した。
「おはよう。ランサーも来てたの」
「おう。おはようさん。今日一日暇でよ」
 きっちりと着替えて出てきた凛の顔を見て、ランサーは先程までの不吉な予感を一気に振り払い和やかに返事をする。すると、凛はへぇ、と言い冷蔵庫に向かった。
「アーチャーは土蔵の片付けしてるの?」
「そーみてーだな。俺はまだ会ってねぇけど」
 凛の言葉から察するに、アーチャーの土蔵整理は前から決まっていたのだろう。
「なんだ、嬢ちゃん暇なのか?じゃ、俺とデートでもする?」
「デート?」
 牛乳を片付けて凛が戻ってきたのでランサーが言うと、彼女は少し首を傾げてそう返答した。
「そ。バレンタインのお返しって事で、奢るし。映画とかどう?」
「いいわよ」
「だよなー。アーチャーに聞かねぇと……ってえぇ!?良いのかよ!?」
 断られることを前提にしていた辺りが哀しいが、凛があっさりとOKを出したので、ランサーは驚いたように彼女の顔を見上げた。すると凛は不思議そうな顔をしてランサーに視線を送る。
「暇だし。奢ってくれるんでしょ?」
「そりゃもちろん……。えっと、アーチャーの野郎に聞かなくていいのか?」
「はぁ?なんでマスターの私がアイツにいちいち確認取らなきゃなんないのよ。大体バレンタインのお返しなんでしょ?だったら問題ないじゃない」
 それは正しい主従関係であるのだが、いちいち過保護なアーチャーの確認を取らずに連れ出すのはいささか不安になったランサーではある。が、凛は行く気満々であるし、正直言って、今まで何度かデートに誘ってみたが色よい返事などもたっら事はなかったのだ。
「それじゃちょっと準備してくるから待ってて」
「お、おう」
 さっさと居間を出た凛を見送り、ランサーは、ま、いいか、と今日のデートを楽しむことに決めた。映画は今何をやってるか調べようと、ポチポチと携帯を触りだしたランサーを眺めたセイバーの顔面は蒼白であった。

 

 思いつきの提案であったわけだが、とりあえず新都に向かったランサーと凛。映画までの時間があるので、暫くはブラブラとすることにした。これといって映画以外に明確なプランがあったわけではないし、凛もそれを気にした様子もないので、ランサーはとりあえず辺りを見回す。
 そこに発見したのは、土日限定で店を出しているクレープの屋台で、ランサーはそれに視線を送ると口を開いた。
「クレープとかどうよ。俺朝飯食ってなくてさ」
「今日は士郎いなかったしね。いいわよ」
 凛の言葉にランサーは嬉しそうに笑うと、そんじゃ、と早速彼女を連れて店まで行く。ランサー自体は特別に甘いモノが好きだと言うわけではないが、経験上女の子はこの手の食べ物を好むことは知っている。凛も例外ではなかったらしく、熱心に商品を選んでいる所を見ると、思わずランサーの口元が緩んだ。
「……何笑ってんのよ」
「いや。やっぱそうしてっと歳相応だよなって」
「はいはい。もちっと歳とって出直してこい、でしょ?私いちごがいいわ」
 そう言う意味で言ったわけではないのだが、凛は子供扱いされたと感じたのか、嘗てランサーがそんな事を言ったような気がするセリフを吐いた後に、笑いながらメニューをリクエストする。
「……いやいや。今でも十分だって」
 そうランサーは返答しながら注文をする。しかし凛は、冗談だと受け取ったのか、少しだけ肩を竦めた。うん。アレだよな。これ完全に嬢ちゃんに異性として見られてねぇよな。超安全パイとか思われてるんじゃね?と心の中で思いながら、ランサーは苦笑いした。下手に警戒されるよりはやりやすいが、流石に手応えがなさすぎる。
 商品を受け取ると、少し離れた場所に設置されている飲食用の場所に移動し座席を確保した。
「甘いもんだしな。お茶買ってくるわ」
「うん」
 自分の分のクレープも凛に預けると、ランサーは先程のクレープ屋の辺りに引き返す。
「……何やってんだか」
 そう思わず彼が言葉を零したのは、セイバー・アーチャー・ギルガメッシュという面子が何やらワイワイとクレープ屋の前でやっていたからだ。衛宮邸を出る時に、セイバーが何か言いたそうにしていたので、恐らくアーチャーに話をしてついてくるのではないかと思っていたが、朝からバイクを弄っていた筈のギルガメッシュまでいるのは予想外だったのだ。もしかしたらあの後セイバーの所に行って、新都まで追いかけてきたのかもしれない。
 ただ、有難いことに、セイバーだけならともかく、ギルガメッシュの手綱まで握らなければならなくなったアーチャーは、いつも程ランサーに注意が向いているわけではないらしく、こうやって引き返してきても隠れようともせずに何やら必死に二人を宥めている様だ。
 霊体化しての監視はこちらも気配を察知出来ないので居心地は悪いが、二人を連れているならそれもできないだろう。ある意味幸運だと思いながら、ランサーはさっさとお茶を買ってその場を離れることにした。
「おかえりランサー」
「おうよ」
 凛にお茶を渡し、自分の分のクレープを受け取るとランサーは椅子に座る。先に食べていればいいのに、律儀に待っていた凛を眺め、ランサーは口元を緩めた。
「待っててくれたのか?」
「……別に」
 ぷいっと外を向いた仕草が可愛らしくて咽喉でランサーは笑う。
「映画まで大分時間あるしな。ゆっくりしようぜ」
 携帯を開きながらランサーが言うと、凛は僅かに眉を寄せる。
「ランサーって本当馴染んでるわよね」
「そうか?」
「普通にバイトしてるし、携帯も使いこなしてるし」
 そう言われればそうなのかもしれないが、バイトなどはライダーもしているし、新妻満喫中の寺の魔女も馴染んでいるといえば馴染んでいる。そこまで考えて、あぁ、アーチャーと比べてるのかと思い、ランサーは口を開く。
「アーチャーでも携帯ぐらい使うだろ」
「いつの間にか持ってたのよね」
 クレープを食べながら凛が不思議そうに言うと、ランサーは、え?っと言うような顔をして言葉を零す。
「サーヴァントの携帯は全部成金王子名義だろ?魔女は知らねぇけど」
「そうなの!?」
 驚いたように凛が言うとランサーは頷いた。そもそも小さな店でバイト程度なら身分証明書等、履歴書さえあれば確認しない所も多い。しかし携帯となるとどうしても身分証明書は必要になる。10年間の間に魔術協会経由か、聖堂教会経由かは聞いたことはないが、会社経営までしているギルガメッシュは身分証明書の類は一応調達している。それを元にギルガメッシュが契約をしてサーヴァントにばら撒いたのだ。ただし、ギルガメッシュのメアド登録済みである。たまにメールが来るので一応返事などは皆しているらしい。
 ランサーにしてみれば、メル友欲しかったのかよ……と思わず突っ込みたくなる所だが、あれば便利だろうと有難く使っている状態であるし、突き返したという話も聞かないので、それぞれ有意義に使っているのだろう。
「セイバーなんかは50回に一回ぐらいしかギルガメッシュに返信しねぇみてぇだけどな」
 説明の最後にそう付け加えたランサーを見て、凛は思わず笑った。セイバーらしかったのだ。たまに携帯を触っている姿は見るので気に入ってはいるのだろうが、矢張りあの英雄王と馴れ合うには抵抗があるのだろう。50回に一回が多いのか少ないのかは判断しかねるが、総無視しないのはセイバーなりの妥協なのかもしれない。
「そう言えばアーチャーもたまに、ギルガメッシュに呼ばれたって出かけていくわね」
「バイクの改造だろ?手先が器用だしな」
「……そう言えばそんな事言ってたわね。糞高いパーツガンガン積んでるって」
 アレを売ったら幾らぐらいになるんだろうかと顔に書いてある凛を見て、ランサーは咽喉で笑った。売るにしても車検も通らないし、アレはアレでギルガメッシュは非常に気に入っている様子なので手放すことはないだろう。ただ、現金換算する癖がある凛が可笑しかったのだ。パッと見、良い所のお嬢さんなのに金関係は割りとシビアである。だからといってケチと言う訳でもない。使うべき所を見極める癖があるのだろう。同じ金持ちでも、ギルガメッシュとは雲泥の差である。
「趣味ってのは総じて金がかかる道楽だろ?」
「まぁ、それもそうね。アーチャーは別だろうけど」
「うん。アイツ家事が趣味みてぇなもんだしな」
 そんな話をしながらランサーは思わず瞳を細めた。他の男の話題に流れがちなのは癪だが、その話をしていると彼女が嬉しそうな顔をする。例えば、学校や他の友達にこんな話は出来ないのだろう。聖杯戦争の関係者であるならともかく、それ以外の人間にはどうしても話をするのに抵抗があるのは理解できる。余り細かく突っ込まれると困ることもあるのだ。衛宮邸における藤村大河に対しても、多分皆、ある程度話題を選んでいる筈だ。細かいことを気にしない大河であるから、この程度までは大丈夫という暗黙の了解も、ある程度存在することをランサーは気がついていた。
 実際、聖杯戦争は非日常なのだ。
 サーヴァントも冬木の土地からしてみれば異物なのだ。
 ただ、よくわからない奇跡が、今の非日常を日常と錯覚させているだけなのだ。
「……いいんじゃね?平和的な趣味で。誰に迷惑掛けるわけでもねぇしな」
「そうよね」
 実際ランサーとしても、この平和ははじめこそどうしたものかと思ったが、そう悪くないとは思っている。戦いに明け暮れ、文字通り走り抜けた人生だったし、それに不満はないが、たまにはこんな時間の流れがあってもいいと思う。
「嬢ちゃんは趣味とかねぇの?」
「私?時間があたら魔術研究だしね。うちはね、さっさと自分の研究を終わらせて、その後せっせとお金貯めるのがポリシーなの。宝石魔術が得意ってのも良し悪しよね」
 はぁ、とため息をついた凛を見ながら、ランサーは残ったクレープをぺろりと食べきった。

 時間も映画に丁度いい頃になり、ランサーが促すと、凛は微笑んで立ち上がった。同じ敷地内に施設があるために移動にはそう時間はかからないが、余り直前にバタバタするのも凛の好みではないだろうと、ランサーは少し余裕を持って行動をする。
 チケットを購入し、凛に渡すと、彼女は笑って受け取った。
「ありがと。チョコが随分大きくなって帰ってきたわ」
「……3倍返しってのが普通なんだろ?」
「よく知ってるわね」
 目を丸くした凛を見て、ランサーは思わず笑った。
「手作りはプライスレスだから、もうちっと頑張るつもりだけどな」
「本当、上手に言うわよね……」
 やや呆れたような凛の反応は、ランサーが割りとナンパなどをしている姿を見かけるからである。凛の中では軽いイメージなのだろう。それを察してか、ランサーは咽喉で笑うと口を開く。
「イイ女に尽くすってのはまんざら悪い気分じゃねーの」
 それに対して凛は、少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめると、もう!と不服そうに声を上げた。中々可愛らしい反応だ。満足そうにランサーは笑うと、凛と一緒に映画館へと入っていった。
 映画自体は凛のリクエスト通りのモノを選んだ訳なのだが、少々凛の性格からして予想外のものではあった。一応理由を聞いてみると、学校で話題になっていたからと言う、割りとありがちな理由を彼女は述べる。魔術士であっても、通常は学校で学生生活を送っているので、その手の話題に一応合わせる方向なのだろう。
 中程、中央の席を陣取ると、さり気なくランサーは辺りを見回す。凛の方は買ったパンフレットに集中しているのか、後ろの方にコソコソと入ってきたW弓兵と剣士の姿には気が付かなかった様である。ポップコーンを持ったセイバーの姿を見つけたランサーは、思わず笑いたくなったがそれをぐっと堪えた。
「ランサー?」
「ん?」
「さっきからキョロキョロしてどうしたの?」
「いや、割りと人多いなって思ってさ」
「休みの日だもの」
「それもそうだな」
 当たり障りのない会話をしながら、ランサーは隣に座る凛に視線を落とした。そう言えばこうやって隣に座る機会も中々無いような気がする。気がつけば間にアーチャーが割りこむとか、他の面子がもういたりとかと、何かと縁がない。イイ女には縁がない方だから、きっと凛がイイ女だからだろうな、とぼんやり考えながら、ランサーは深く椅子に座り直した。

 映画自体は比較的よく出来たモノであった。ただ、主人公が若干臆病で、中々前に進む勇気が無く、周りの後押しで漸く少しずつ前に進んでいく姿は、ランサーの肌には合わなかった。男ならガツンと行けよ!と思ったのだ。ただ、凛の方は、初めこそ苛々した様子であったが、段々とのめり込んでいったようで、最後の方はハンカチを握りしめて画面を凝視していた。
 薄暗い場内であるが、暗い所でも視界の効くランサーはちらりと凛に視線を落とす。
 今にも泣き出しそうな彼女の顔を見て、ふと、どこかでこの顔を見たことがあると思い、意識を映画のシナリオから切り離した。
 あぁ、そうか。アーチャーが魔女についた時か。
 後から考えればなんという事はない、遠坂凛を勝たせる為にアーチャーが手段を選ばなかったと言うだけの話なのだが、あの時はきっと彼女は自分の力が足りないから、アーチャーが自分の元を離れたのだと思ったことだろう。実際ランサーもそれに腹を立てたし、許せなかった。それは多分アーチャーの悪癖とも言えるだろう。彼自身が悪く言われる事に対しては、なんとも思わないし、結果的に誰かを救えるのなら、最低限の犠牲で最短距離を取るようにできている霊長の守護者。そして、その最低限の犠牲が、例えば自分でも構わないという歪んだ存在。何よりも自分の命が一番軽いという、本来ならありえない概念。
 助けた人間に裏切られて、挙句の果てに絞首刑だったと言う話も聞いたことがあった。彼らしいと言えば彼らしいが、彼のことを好きな人間からすればたまったもんではないだろう。ランサーとて、例えば生前の自分の友がそうであったなら、ぶん殴って矯正したいと大真面目に考えたかもしれない。
 だから、どうしてもアーチャーとは完璧に相入れるというのは、ランサーには無理な話であった。生き方が根本的に違うし、アーチャーもまたランサーと合わないと思っているだろう。セイバーが間にいれば、アーチャーのエミヤシロウとしての側面が出やすいのでまだましであるが、それがなければ酷い関係である。それに、ランサーが凛にちょっかいを掛けるのも気に食わないのか、小姑の様な嫌味を言われたりもする。
 ただ、完璧に相入れることは無理だが、ランサー自体はアーチャーが殺したいほど憎いとは思ってはなかった。それは、アーチャーが矢張りどこか根っこの所でお人よしであるとか、面倒見がいいとかというエミヤシロウ的な側面の部分を、ランサーは割りと気に入っていたからだ。無論、凛に言わせればそれもひっくるめてアーチャーなのだろう。ただ、ランサーから見れば、聖杯戦争の時は敵対していたせいもあるが、特に嫌な部分がどうしても目についた。けれど、日常という非日常を送っているうちに、人間らしい部分がちらほら見えてきて、あぁ、矢張り根本的なところはエミヤシロウだと納得する部分も多々見られ、好感を抱いたりもしたのだ。ただ、アーチャー本人は全否定するが。
 そんな事を考えながら、ランサーは小さくため息をついた。
 自分も女を幸せに出来たかといえば、色々と反省すべき点は多い。けれど、エミヤシロウはそれ以上に反省すべきところはあるのではないか。惚れた女を泣かせてまで、騙して、悪者になって、彼女に勝利を齎して。それで本当に良いと思っていたのか。まず、凛とは別にアーチャーが特別視しているセイバーも、纏めて聖杯へ導こうと考えるのに無理がある気もするし、その為に己も、己の根源も排除しようとする考えが全くもって正常ではない。
「ランサー?」
 凛に声をかけられ、ランサーは我に返る。するといつの間にかエンドロールが流れており、結局、つまらない考え事をしていて、肝心の話のオチが解らなかった事に気が付きランサーは苦笑した。
「どうだった?嬢ちゃん」
「安易なハッピーエンドだけど、悪くないんじゃない?」
 そうか、ハッピーエンドだったのか、と思いながらランサーは口を開く。
「映画とかでは割りとハッピーエンドって多いけど、現実じゃ中々難しいよな」
 困ったような情けないような顔をしてランサーが言葉を零したので、凛は首を傾けて一瞬不思議そうな顔をしたが、笑いながら口を開いた。
「ハッピーエンドは自分で掴み取るもんよ。頑張りなさい。ほら、駄目なら聖杯とか」
「聖杯はいいや」
 試練を乗り越えて手にいれたのならいいかもしれない。聖杯にたどり着くまでが試練なのかもしれないが、どうしてもあの願望機に頼る気にはならなかった。凛の言う通り、自分で矢張り何とかする方が性に合う。
「俺が頑張ったら、アンタに届くか?」
「……何莫迦なこと言ってんのよ。私のサーヴァント枠一杯なんだから他所当たりなさい」
 予想通りの返答が返ってきたので、思わずランサーは瞳を細めて笑った。

 

 昼食は映画のあんばいで少しピークを外れたので、店はどこも空き気味であった事もあり、軽くパスタとなった。映画の前に多少腹に入れているので、妥当な選択だろう。
 案内された部屋は、個室とまでは行かないが、他の座席とは間仕切りで区切られており、さて、セイバー達はどこに座るのだろうか、と考えながらランサーはメニューに視線を落とした。
「おすすめは海鮮系な」
「?来たことあるの?」
「短期でバイトしてた」
「どこででも働いてるのね」
 呆れたような凛の口調にランサーは笑いながら頷く。正直、冬木の土地で見るものは、聖杯経由で召喚された時に知識としては知っているが、実際見るとどれも興味深かったし、面白そうなのでバイトも色々試してみたのだ。
 メニューを取りに来たウエイターに注文を伝えると、のんびりと凛とランサーは会話をする。
「この後行きたい所とかあるか?」
「そうね。映画見れたし満足なんだけど……」
 当初の目的は果たしたので、凛にしてみれば余り先は考えてなかったのだろう。ただ、折角新都まで出たのにそのまま戻るのも勿体無いと思ったのか、何やら考え込んでいる。
「バッティングセンターに行きたい」
「え?」
「体少し動かしたいわ」
 成程、と納得してランサーは笑って了解した。少々色気はないが、凛は魔術士にしては珍しい武闘派なので、体を動かすことが好きなのだろう。実際トレーニング機材が遠坂邸の地下にあるという話は、セイバーから聞いたことがあった。
「そんじゃ、ホームラン競争するか?」
「サーヴァントとマスターの身体能力で勝てるわけないじゃないの」
 ぶーっと不服そうに言う凛に、ランサーは笑いながら返答する。
「そうか?やってみねぇとわかんねぇし」
「……アーチャーは得意なのよ。私、全然勝てないし」
 うん。それは無理かもしれないとランサーも大真面目に思う。そもそも目がいい。その上、あの鍛え上げた体で、身体能力は高い。天性の才能がない部分を、全て努力で補った男なのだから、バッティングセンターで投げられる球を打ち返すなど楽勝だろう。
「俺はやったことねぇしな。いい勝負かもしんねーぜ」
 ランサーがそう言うと、気を取りなおしたのか、凛は頷いて、そうね、と笑った。ランサー自体も基本的にアウトドア派なので、楽しめるかもしれないと言う期待もあったし、凛が今日一日割りと上機嫌であったことも嬉しかった。独り占めできる贅沢感もあったし、こんな機会は滅多にない事もあり、ランサーも概ね満足していた。
 難を言うなれば、隣のボックス席でワイワイやっているメンバーがついてこなければ最高なのだろうが、余り贅沢も言えない。

 

 近くにあるバッティングセンターは思ったより空いており、凛は上機嫌にバットを選ぶと、一つのボックスを陣取る。
「さて、やるわよ!」
 ヘルメットを被りやる気満々の凛の姿に苦笑すると、ランサーはコインを入れて球の準備をしてやる。
「OK。ガツンと行っちまえ嬢ちゃん」
 その声に凛は鮮やかに笑うと、機械から吐き出される球を景気よく打ち返した。
 元々運動神経も良いし、そこそこ通っているのだろう。ホームランまでは行かない物の、当たりは非常に良い。そして何よりミニスカートにニーソックスというのがランサーの目の保養になった。凛のスタイルは胸こそ桜に劣るが、基本的にバランス型で、どこをとっても悪くない。
 抱きしめたら気持ち良いんだろうな、等と莫迦なことを考えながら凛の姿を眺めていると、丁度ワンコイン分の球が終わったのか、凛は満足そうに笑った。
「次はランサーよ」
「おうよ」
 さて、どんなもんかと思い、一球は見送ってみる。流石に戦場で鍛えた視力で捉えられないと言う事はないが、意外とフォームが難しく思うようにバットに球が当たらなかった。
「ありゃ?」
 首を傾げるランサーを見て、凛は笑うと、球が終わったのを確認して側に寄ってきた。
「もう少し足開いたほうがいいわよ。後、振る時はこう……」
 ランサーの体をペタペタと触りながらあれこれフォームを修正されて、ランサーは少々恥ずかしくなる。体を触るのは好きだが、触られるのは余り慣れてないのだ。ただ、熱心に教えてくれるのは嬉しく、素直にその通りにフォームを修正して見ることにした。
「よし。それじゃもう一回!」
 凛は満足そうに笑うと、ポチっとボタンを押した。
 景気よく飛んで行くボールは、ガコンとホームランと書かれた看板に当たる。
「おー、すげーな。フォーム変えただけで飛ぶもんだな」
「……本当サーヴァントって基本的にチートよね」
 店員が持ってきたホームラン景品を受け取りながら凛は呆れたように言う。因みに景品は菓子だと言う。余り沢山貰っても持って帰るのに邪魔だろうと思い、ランサーは趣旨替えをすることにした。
「そんじゃ、嬢ちゃんが言った所に飛ばしてみるか」
「そうね。それじゃ一塁側に打ってみて」
「あいよ」
 一塁側は確か向かって右だな、と心の中で確認してバットを振りぬく。
「意外と難しいな」
 右には飛んだが、ランサーは自分が飛ばそうと思ったところとは若干ずれたのが気に入らないのか不服そうに言葉を零した。それを眺めて凛は笑って口を開く。
「アーチャーは上手よ」
「もう一回やる」
「はいはい」
 むっとしたようにランサーが言ったのが可笑しかったのか、凛は笑いながら返事をした。
 漸くある程度思う所にボールを飛ばせるようになったランサーは、凛と交代する事にした。思わずムキになってかなり長く占拠していたことに気がついたのだ。すると、凛はありがと、と笑いバットを持ってボックスに立った。
「ストレス発散になった?」
「え?」
 バットを振りながら凛が言うと、ランサーは驚いたように顔を上げる。
「ランサーってさ、確かに冬木の街に馴染んでるけど、教会じゃこき使われてるんでしょ?ストレスたまってるかなって思ってここに誘ったの」
 凛の言葉にランサーは思わず言葉を失った。合わせているつもりだったのに、彼女のほうが自分を気遣っていたことに今気がついたのだ。
「……あぁ。すげー楽しかった。嬢ちゃんやっぱイイ女だわ」
「褒めてもなんにも出ないわよ」
 笑いながら凛はまた、勢い良くバットを振った。球はホームランには届かないが、足が速ければ三塁打は行っただろう。女でそこまで打てれば上等な部類だ。
「嬢ちゃん」
「何?」
「アーチャーやめて、俺にしない?」
「だーめ。っていうかね、そういうことは本命にちゃんと言いなさい」
 そう言われ、ランサーは驚いたように凛の顔を凝視した。
「え?本命?」
「そうよ。バゼットに言いなさいよ」
 そう言われ、すっかり失念していたことを急にランサーは思い出した。以前バレンタインの時に凛から貰ったチョコレートは大きなハート型であったが、大きく【義理】と書かれていたのだ。それを見たセイバーがアーチャーに問いただしに行った所、凛はランサーの本命がバゼットだと思い込んでいるので、気を使ったらしいし、それをアーチャーも訂正しなかったという事を聞かされたのだ。
 確かにバゼットも一番最初のマスターで思い入れもあるし嫌いではない。けれど、それは凛へ抱いてるものとは多分別のものだとランサー自身は思っている。
「あんまりナンパとかしてると、バゼットに愛想つかされるわよ」
 呆れたような口調で凛に追い打ちをかけられ、ランサーは思わず立ち上がると、凛のところまで駆けより彼女の腕を掴む。
「ちがっ……俺は……」
「ランサー!あぶな……」
 凛の声が急に遠くなって、ランサーの視界は暗転した。
 当然ボックスに入れば球は飛んでくるわけで、うっかり凛の言葉に釣られて球のコースに入ったランサーの頭にクリーンヒットしたのだ。幾ら矢避けの加護があろうとも、意識が凛に集中していた上に、自分から当たりに行った場合は発動しようもない。
 唐突に、朝、顔面蒼白だったセイバーの顔を思い出して、死んだかもしれない、とランサーは大真面目に思って意識を手放した。

 

 頭を撫でる手が心地よくて、ランサーは思わずまた意識を手放しそうになる。
 ずっとこうしていたいという懐かしい感覚。
 それは、ランサーにとって、戦場以外で一番心地よい思い出だからだろう。
「ランサー?」
 頭上から降る声が、自分の思い出と違う声だったので、漸く引き戻されるようにランサーはうっすら瞳を開けた。心配そうに自分の顔を覗き込む凛の顔を見て、ランサーは自分が彼女の事を好きな理由が何となく理解できた。
 そもそも、気の強い女が良いと思ったのは、自分の師がそうだったからだ。
 影の国の女王・スカサハ。
 元々良家の娘を娶るために受けた試練だった。
 難関を突破し、スカサハの元にたどり着き、そこで過ごした月日は、ランサーにとって戦場以外の記憶の中では一番心地よいモノであった。
 修行は厳しく、何度も死にかけたし、酷い目にもあった。毎日毎日気絶するまでランサーをしごき上げたキツイ師匠であったが、倒れた後は、こうやって膝を貸してくれたのだ。黙って気がつくまで頭を撫でてくれるのが心地よくて、また気絶するまで修行をするという、莫迦なことを繰り返し、結局免許皆伝まで至った。
 影の国を出る時は見送りにすら来てくれなかったが、あの人が自分を一番可愛がってくれたのも知っていた。

──おぬしがもう少し早く生まれていればな。

 その強さ故に、人として死ぬことを許されなくなってしまった女。その言葉を聞いた時、ランサーはどんな顔をしていいのか解らなかった。殺したくなかった。けれど、女はゲイ・ボルグで殺されることを望んでいた。結果的には、間に合わなかった。それだけ。
 師匠としても尊敬していたし、多分、女としても愛してた。最高にイイ女だった。
「ランサー?大丈夫?」
 再度意識を引き戻されて、ランサーは億劫そうに手を動かすと、凛の頬を撫でた。
「……お師さんに会って来た」
「死にかけてるじゃないの!」
 吃驚したように凛が言ったので、ランサーは口元を緩めると、今なら死んでもいい、と零した。心地良い思い出と、凛の膝枕。これ以上の事はない。
「何莫迦な事言ってるよ。全く。急に飛び出してくるなんて!」
 怒ったような口調を聞いて、ランサーは、瞳を細めると、もう少しだけこうしてていいか?と短く聞く。すると、凛は嫌そうな顔一つせずに頷いてくれた。場所は既に他の客の邪魔にならないように、ベンチに移動しているし、そもそも客も殆どいない。何度か店員が心配そうに様子を見に来たが、大丈夫だと追い返すにもホネだった凛は、困ったように笑った。
「無茶しないのよ」
「……今日で俺の運使い果たしちまったな」
「運?」
 凛が怪訝そうに言うので、ランサーは口元を歪めて、セイバーの話していた、運の再分配の話をポツポツとする。
「莫迦じゃないの?」
「俺もそう思う。けど、さっきは運使い果たして死んだと思った」
 大真面目にランサーが言うと、凛は困り顔でランサーの髪を撫でながら口を開いた。
「そもそも運なんて当てにするからよ。はなっから当てにしなきゃ気にならないじゃないの」
「そんなもんなのか?」
「そうよ。大体、運がないから幸せになれないなんて絶対に認めない」
 きっぱりと言い切った凛を眺め、ランサーは、あぁ、これは俺の話じゃない、とぼんやりと考える。同じ幸運Eのサーヴァントの事を思いながら凛は喋っているのだと。
「運がなかろうが、幸せになりたいって思って、その為に頑張ればいいの。誰にだってその権利はあるんだから諦める必要なんてないの」
 全てを諦めた英霊は、そもそも己の幸せなど勘定に入れてなかっただろう。凛はきっとそれが気に入らないのだ。そして、自分の事のように怒っているのだ。そんなに思われているあのサーバントが羨ましくて、ランサーは思わず瞳を伏せた。
「アンタもよ。幸運低いのは仕方ないし、マスター運がないのも認めざるを得ないけど、幸せになれない事なんてないんだから」
「……今は幸せだな」
「え?」
「リンの膝枕独占してる」
 その言葉に凛は顔を赤くして軽くランサーの頭を小突いた。
「だから、そーゆー事は……」
「普段はアーチャー独占だと思うと腹立けどな」
 凛の言葉を遮ってランサーが言うと、彼女は驚いたようにランサーを見下ろした後、ぷいっと外を向く。
「してない」
「え?」
「アーチャーに膝枕なんかしたことないわよ。アイツ私にベタベタするの好きじゃないし」
 それは好きじゃないんじゃなくて、自重してるんだろう、と思いながらランサーは苦笑すると、そっか、と言い満足そうに笑った。
「嬢ちゃんの初めてってことか」
「ランサーが言うとヤラシイわね」
 呆れたような凛の言葉に、ランサーは笑うと、ゆっくりと起き上がる。心配そうに凛が見上げたのを見て、ランサーは彼女の頭を撫でた。
「大丈夫。サーヴァントは頑丈だからな」
「無理はしないでよ。具合悪くなったらいつでも言って」
「そんじゃ、ふらつきそうだし、手、繋いでいい?」
「……莫迦」
 ランサーの差し出した手をぱちんと叩くと、凛は呆れたような、それでいて安心したような顔をした。ぶっ倒れた時は凛も、ランサーが死んだ!と思ったが、とりあえずいつもの調子まで戻ってくれて安心したのだ。
 気がつけば日も暮れかけていたし、そろそろ衛宮邸に戻ったほうがいいだろう。そう思いランサーは凛の顔を覗き込んで笑った。
「色々サンキュ。楽しかった」
「こちらこそ。ごちそうさま」
 懐かしい夢も見れた。楽しい時間も過ごせた。今日という日が終わるのが名残惜しいが、ランサーは、凛の体を引き寄せると、ギュッと力を込める。
「ランサー!?」
 驚いた凛が声を上げるが、それを無視して、ランサーは彼女の耳元に言葉を落とした。
「愛してる」
「はぁ!?」
 直ぐに体を放すと、ランサーは金魚のように口をパクパクさせている凛を眺めて、瞳を細め、満足そうに笑った。
 それは一番愛した人に伝えられなかった言葉。
 だから、今度は間に合わなかったと後悔しないように、ちゃんと伝えることにした。

 

「……ランサー……生きていましたか」
「死んでねぇ」
 ほっとしたような顔で出迎えたセイバーに呆れたようにランサーが言うと、凛と一緒に家へ上がる。あの後、また冗談ばっかり言って!と凛に叱られたのだが、概ね満足はした。
「今日の晩ご飯は麻婆豆腐だそうです」
「うん。そんな気してた」
 セイバーの言葉に、ランサーは満面の笑みを浮かべる。嫌がらせを仕掛けてくるならこのタイミングしかないだろう。そう考えると想定の範囲内だ。問題はその麻婆豆腐の味である。
 居間には既にこれでもかと人が集まっており、ランサー達は空いている席に座る。すると、エプロンをつけた鉄壁家政夫が麻婆豆腐をドン、とランサーの前におく。
「……」
 無言のプレッシャーもさることながら、その麻婆豆腐は他のものより明らかに辛そうである。が、そうそう言峰お気に入りのレベルまではないだろうと、腹を括ると、いただきます、という他の面子の声に合わせて、ランサーはそれを口に運んだ。
「辛っ!」
 思わず声を上げたランサーを見て、セイバーは目を丸くするが、ギルガメッシュは咽喉で笑うと、口を開いた。
「甘ったるい一日を過ごしたのだろ?丁度いい」
「誰がうまい事言えって言ったんだよ!つーか、辛っ!」
 涙目になりながら、慌てて桜の差し出した水を飲み干すと、ふぅっと息を吐く。アーチャーに文句の一つでも言おうかと思ったが、セイバーがヒョイッとランサーの器から麻婆豆腐を掬い上げて食べたので、驚いてランサーはそちらに視線を送る。するとセイバーは驚いたように声を上げた。
「アーチャー!この辛さではご飯がいつも以上に必要になります!とても美味しいです!」
「心配するなセイバー。一升炊いておいた」
「……流石ですアーチャー」
 確かに、辛いが、美味しい。それが非常に困るのだ。言峰の食べる麻婆豆腐など食べ物にカウントできないが、これはギリギリのラインで狙ってきているとしか思えないバランスである。要するに、美味しいことは美味しいので、完食できない事もないだろう。
「ランサー。私のものと交換しましょうか?」
 大真面目にセイバーが言い出したので、ランサーは首を振ると、大丈夫だから、と笑った。こうなったら意地でも完食してやる。そんな気分になったのだ。
「無理はするなよ」
「作っておいてそれかよオイ!」
 アーチャーの言葉にランサーは思わずツッコミを入れながら、ご飯と一緒に麻婆豆腐をかっこんだ。

 いつもの倍の白米と共に何とか麻婆豆腐を完食したランサーは、衛宮邸の縁側にゴロンと横になっていた。食べ過ぎて動きたくないのと、急に疲れが出てきたのだ。
 無論ただ戦うだけならば一週間ぶっ通しでも体力は持つのだが、デートとなると使う神経が全く違うし、後ろから下手くそな尾行をしていた面々が凛に見つからないようにするのにも苦労した。
 そんな事をぼんやりと考えていると、丁度セイバーが通りかかったので、ランサーは横になったまま声をかけた。
「クレープとポップコーンは美味かったか?」
 その言葉にセイバーは顔を赤くすると、気がついていたのですか、と小声で言い、ランサーの傍にぺたんと座った。
「申し訳ありません。その……ランサーの運が使い切られて、リンも何か不運に巻き込まれたらと思うと心配で……」
 幸運分配説に則って心配したのだろうセイバーの言葉に、ランサーは咽喉で笑うと、別に怒ってねぇよ、と言葉を零す。
「寧ろ、アーチャーがお前らの面倒見てたお陰で、こっちも気が楽だったしな。霊体化したアーチャーに首狙われるよか、よっぽど安全だよ」
「……はぁ」
 余りピンと来なかったのか、セイバーが不思議そうな顔をして頷いた。
「ともかく、何事のなくて良かったです」
 何事もとは言い難いが、いい一日だったとは思ったランサーは思わずセイバーの言葉に笑った。バッティングセンターまでついてきた筈だが、ボールが当たって倒れた後は、彼等はその場所にはいなかったように思う。恐らくセイバーあたりが夕食を催促して帰ってしまったのだと思うが、もしもそうならば彼女を拝むしかない。
「……幸運なんざ無くても幸せになれるんだと」
「え?」
 ランサーが呟いた言葉にセイバーは驚いたような顔をする。
「嬢ちゃんが言ってた。だから諦めなくていい。頑張れってさ」
「リンが……ですか」
 セイバーは小声でそう言うと、彼女らしい、と笑った。凛は衛宮士郎が英霊エミヤに至らないようにと頑張り続けている。それはセイバーとて同じだ。そうやって幸せになれるようにと努力を続けている彼女の言葉は重い。
「……だから心配すんなよ。俺達サーヴァントの幸運が、例え分配方式だったとしても、お前さんの幸せが続くように頑張ればいいってことだろ?」
 冬木の土地に召喚されて、セイバーは王として走り抜けた人生とは違う方向の幸せを、今抱いている。セイバーが心配していたのは、きっと嘗て円卓の騎士が崩壊したように、今この幸せが、崩壊してしまうことだったのだろう。だったら、運など当てにせず、頑張ればいい。そう思い直し、セイバーは淡く微笑んだ。
「そうですね。私も……貴方に負けない位頑張ります」
「そーしとけ」
 そう言うと、ランサーはぼんやりと縁側から見える月を眺めた。
 故郷で見た月と同じで、酷く懐かしい気分になったのは、スカサハの事を思い出したからだろうか。
「イイ月だな」
「はい」
 非日常が、日常であるのはいつまでだろうか。
 そんな事を考えながら、ランサーは暫く黙ってセイバーと月を眺めていた。


ランサーホワイトデーリベンジ編
201203 

【BACK】