*休戦日弐*
衛宮邸の朝。のんびりと廊下を歩く遠坂凛は、衛宮邸に滞在する面子の中では朝が遅い方である。
「よう。邪魔してるぜ」
朝食を取るために居間に行った凛は、そこにランサーとギルガメッシュがいることに驚く。時折晩ご飯を食べに来ることはあるが、朝から来るというのは珍しかったのだ。凛は小さく頷くと、そのまま台所へ行き牛乳を飲む。
「遠坂。朝ごはんは食べる?」
「うん」
食器を洗っていた家主である衛宮士郎の言葉に、凛は、お願い、と返事をすると、そのまま居間に座る。ランサーはお茶を飲んでいるし、ギルガメッシュはTVを熱心に見ている。他所の家だというのにまるで我が家のようなくつろぎ具合で凛は思わず呆れたような顔をする。
「珍しいわね。朝から来るなんて」
「まぁな。おつかいだ」
「おつかい?」
ランサーの言葉に凛は首を傾げる。すると、ランサーにんまり笑い、凛に花束を差し出した。
「誕生日おめでと」
「……え?」
そう言えば2月3日は自分の誕生日である。漸くその事を思い出し、凛は笑うとランサーの花束を受け取る。
「花束って所がキザね」
「イイ女には大輪の花が似合うんだよ」
咽喉で笑ったランサーの言葉に嫌味はない。彼の持つ雰囲気のせいであろう。好意を示されるのは悪い気もしなかったし、凛はランサーのそんな所が嫌いではなかった。
「で、こちがコトミネから」
「あぁ。それでおつかい」
渡された袋に視線を落とすと、凛は苦笑する。恐らく言峰からのおつかいでランサーは凛の誕生日を知ったのだろう。そして態々花束を準備した。マメな男である。
「ギルガメッシュはないの?」
ニヤニヤと笑いながら凛はからかうようにギルガメッシュに言う。すると、彼はTVから視線を凛に移し、ふむ、と少し考え込んだような顔をする。
「まぁ、折角の生誕記念だ。年に一度ぐらい下賜するのもよかろう」
怒るか無視するかだと思ったが、ギルガメッシュは手をすっと上げる。それに驚いたのは凛だけではなく、ランサーと士郎もで、王の財宝を起動するギルガメッシュの姿に思わず腰を上げた。家の中で宝具をぶっ放されてはたまらないと思ったのだ。
しかし、いつもは仰々しく展開する宝具であるが、空間の歪みはギルガメッシュの手のひらほどの小さなもので、そこからポトリと何かを吐き出すと、歪みはみるみるうちに収まる。
「コレでいいか」
石ころでも置くようにギルガメッシュは手のひらに落ちてきたものを卓に置く。そこには大ぶりのルビー。
唖然とするランサーと士郎をよそに、凛は瞳を輝かせて石を手に取る。
「やだ。本物!?」
「我が贋作等持つか。宝石魔術が遠坂の得意分野だと聞いた。いつぞや献上された、我の好みではない故下賜する。せいぜい有意義に使え」
何が好みではないのかまでは突っ込めなかったが、凛はその宝石を丹念に眺め、満面の笑みを浮かべた。
「……ちぇ。花よりやっぱ宝石か」
「いや、遠坂の場合は魔術が魔術だからさ」
不貞腐れるランサーを慰めるように、士郎は遠坂の朝食を並べながら声をかけた。元々遠坂が非常に金のかかる魔術が家の得意魔術であるがゆえに、どうしてもがめつい部分があるのはある意味暗黙の諒解である。
嬉しそうに宝石を翳して鼻歌を歌う凛を見て、ランサーは苦笑する。
「コトミネから何だ?」
「あ、コレ。多分服よ」
あの言峰が大真面目に凛へのプレゼントを届けてこいと言った時は、驚きの余りランサーは言葉を失った。一応後見人であるし、兄弟子であるのだから、まぁ、そんな事をしても可笑しくはない筈なのだが、言峰がやるとなると非常におかしい気がしたのだ。だから、純粋に言峰が何を凛に贈ったのか興味があったのだ。
凛はガサガサと紙袋を開けると、服を広げてランサーに見せる。
「ほら」
「ほらって……コレ、いっつもセイバーが着てる服じゃねぇか」
「毎年毎年似たような服送って来んのよ。面倒くさいならやめればいいのに。まぁ、セイバーに着せるわ」
捨てない辺り凛はやさしいのかもしれないが、速攻でセイバー行きというのも非常に突っ込みどころ満載である。
「そう言えば士郎。セイバーは?」
パンをかじりながら凛が聞くと、士郎は、買い物に行くって出かけた、と短く返答し紅茶を注ぐ。ギルガメッシュがのんびり寛いでいる所を見ると、彼等が来る前にセイバーは出かけたのだろうと思い、凛は帰ったら渡せばいいか、とサラダをつつきだした。
「そういや、アーチャーは何くれたんだ?」
ニヤニヤしながらランサーが聞くと、凛はぴたっと手を止める。
「何も。私起きてきたところだし、今日はまだ会ってない」
「ったく。駄目だなアイツは。ここは朝一番に抱きしめて、プレゼント渡すところだろー」
ランサーが呆れたように言うと、士郎は赤面して、え?そうなんだ、と驚いたような顔をする。
「そりゃそーだろ。大事な女の誕生日なんだからさ。お前さんも覚えとけよ」
「ちょっと士郎に変なこと教えないでよ!」
ランサーの言葉に凛は怒ったように言うと、紅茶を飲みながら部屋を見回す。
「で、アーチャーは?」
食事も終えて落ち着いたのであろう凛の言葉に、士郎は曖昧に笑うと、視線を逸らしながら口を開く。
「買い物に行った……かな?」
その様子に凛は眉を上げ、ランサーは小さくため息を付いた。いくら何でもそれは問い詰めてくださいと言っているような物だとランサーは思い、心のなかで合掌した。
「へぇ。どこに?」
「新都……だと思う」
「それじゃぁ、セイバーは?どこに買い物に行ったの?」
言葉に詰まり返答できない士郎を見て、そこ!黙ったらアウトだから!適当に言っとけよ!と心の中で突っ込んだランサーであったが、士郎は結局小声で、新都……かな?とこれまたどうしようもない返答をした。無論家人の多いこの家なので、新都に行った人間が複数人いてもおかしくはない。おかしくはないのに、言い淀んでしまった士郎を見て、凛はすぅっと瞳を細めた。
しかし凛が言葉を発する前に、ギルガメッシュが突然声を上げる。
「何!?セイバーと贋作者は一緒に新都に行ったのか!?」
「……そうね。どうなのかしら、衛宮君」
助けを求めるように士郎はランサーに視線を送ったが、ランサーはブンブンと首を振る。もうフォロー無理だから!吐くしかねぇだろ!とアイコンタクトを送ると、士郎は暫しの沈黙の後に、青い顔をして頷いた。実際二人は朝一緒に出かけていった。けれど別に内緒にしてくれとか言われてないので、こうやって彼等に行き先を話すこと自体は別に構わないはずなのだ。はずなのだが、士郎は薄ら寒いものを感じて、喋ってしまったことを後悔する。
「あのさ……遠坂……」
「贋作者が!我の妻とラブラブデートなど100万年早いわ!我が成敗してくれる!」
「いや!デートとか坊主一言も言ってねーし!」
士郎の言葉をかき消すギルガメッシュの叫びに、ランサーはフォローを入れるが、鼻息荒くギルガメッシュは更に言葉を荒らげた。
「我はまだセイバーと手も繋いでいないというのに!許せん!許せんぞ贋作者!駄犬、新都に向かうぞ!草の根かき分けても探しだしてやる!」
そこまで言うと、ギルガメッシュの肩にぽん、と手を置かれ、彼は振り返る。
「何だ止めるのか遠坂の娘。貴様がなんと言おうと我は……」
そこまで言ってギルガメッシュは漸くその口を止めた。満面の笑みを浮かべる遠坂凛。あかいあくま。ぶっちゃけ、なんかこわい。そう思って、ギルガメッシュは水でもぶっ掛けられたかのように静かになり、冷や汗を流した。
「……私も一緒に行ってあげる」
「え?」
その言葉にギルガメッシュは間抜けな声を上げた後、ランサーに視線を送る。すると、ランサーも士郎も露骨に視線を逸らし、あかいあくまに王様を売った。
「……うむ。しかしだな、あれだ。我も器の小さな男ではない……余り目くじらを立てるのも……」
凛に気圧されて先ほどまでの勢いはどこに行ったのか、露骨に新都へ行くという意見を撤回しようとしだしたギルガメッシュである、凛はにっこり笑って手に力を込めた。
「成敗。するんでしょ?」
「はい」
バスに乗って新都へ降り立ったあかいあくまと王様。そして駄犬。ランサーは同行を断固拒否したが、ギルガメッシュと凛によって問答無用で連行された。幸運Eは本日も健在である。
「さて。新都っていってもどこかしらね」
「どこって!何も考えてなかったのかよ嬢ちゃん!」
思わず突っ込みをいれたランサーに、凛は少しだけ恥ずかしそうにすると、ぷいっと外を向いた。その様子に呆れ顔をすると、ランサーは新都を見回す。ショッピングセンターに映画館、デパート等よりどりみどりの場所。
残念ながら凛は現在アーチャーとパスを繋いでいない。時計塔に行ったりする時に、サーヴァントを抱えているのを知られないようワザと切ってあるのだ。ランサーに言わせれば、戻った時にちゃんと繋げばいいのにと思うのだが、燃費の良い弓兵は自前で魔力を調達し、宝具展開も殆どしない平和な冬木の街ではさほど不便もないらしい。
苛々を募らせる凛と、言いだしっぺであるが早く帰りたさそうなギルガメッシュを横目にランサーは小さく溜息をつくと、携帯電話を取り出した。
「何するの?」
「場所。探すんだろ?」
バイトをしているランサーは携帯電話という文明の利器を比較的使いこなしている方であった。サーヴァントは下手に頭の固い魔術士より適応能力が高い。
ランサーは携帯に指を滑らせると、アーチャーの携帯に電話をかける。それを見ていた凛は驚いたような顔をして声をあげようとするが、ギルガメッシュに制されて黙る羽目になった。これから探そうという人間に携帯電話をかけてどうするのだと思ったが、会話は意外な切り口であった。
「よお。アーチャー。今大丈夫か?」
『要件を手短にいえ』
「冷てー事言うなよ。坊主に聞いたんだけどよ、買い物出てるんだって?」
『あぁ』
「ちょっとおつかい頼まれてくれねぇか?商店街だろ?」
見当はずれの事を言い出したランサーを眺めながら、凛は思わず息を呑む。
『いや』
「アレ?そーなのか。じゃぁいいや。悪ぃな。てっきり商店街だと思ってよ。仕方ねーから自分で行くわ」
『そうしてくれ』
そして短い通話は切れて、ランサーはぱちんと携帯を閉じる。
「うっし。ショッピングセンターだ。多分電気屋の辺りだな」
ランサーの言葉に凛は目を丸くする。今の会話でそんな言葉は全く出てこなかったのに何故断言できるのだろうと不思議そうな顔をする。するとランサーは咽喉で笑って、電話で聞こえるのは声だけじゃねーの、と言い凛の頭をポンポンと叩いた。
「後ろで館内放送と、電気屋のテーマソング聞こえたからな。ラッキーだったな。わかりやすくて」
「ふむ。駄犬にしては随分頭が回るではないか」
「駄犬っていうな!!」
感心したようなギルガメッシュに言葉に、ランサーは思わず嫌そうに返答すると、行くのか?と凛に尋ねた。すると凛は大きく頷き、ショッピングセンターへ向かう。
移動する時間もあり、もう電気屋の辺りにはいないかもしれないが、そう遠くまで行ってはない筈だ。そう考えて、とりあえず電気屋の辺りを中心に二人の姿を探すことにした。そもそもセイバーとアーチャーの容姿は冬木の土地では目立つ。ある程度場所を絞りこめばすぐに見つかるだろうとランサーも考えたのだ。
「……いた!」
凛の声にランサーとギルガメッシュは、思わず凛と一緒になって大きな柱の後ろに姿を隠した。
何やら大きな荷物を持ったアーチャーの隣をセイバーが歩いている。手はつないでない。それにほっとしたランサーは、小声で凛に言葉を落とした。
「アレじゃね?荷物持ちで来たんじゃね?」
「むむ……」
少し不満そうだが、凛は眉を寄せて二人を凝視する。どうかといわれれば微妙だ。手でも繋いでいれば速攻でガントを打ち込んだ所だが、ランサーが言うように荷物持ちと言われればそんな気もしてくる。
「我の妻が贋作者に靡く筈もない」
家で散々怒鳴りちらしていたのはどこの誰だ、とランサーは呆れ顔だが、ギルガメッシュも早く帰りたいのか、単なる荷物持ち説を推してきた。しかしながら、突然ピタっとセイバーが足を止めて、彼等の隠れる柱の方にトテトテと歩み寄ってきたので、慌てて彼等はエスカレーターの影へ移動するをする。
首を傾げるセイバーにアーチャーは声をかけた。
「どうしたセイバー?」
「いえ。ギルガメッシュの気配がした気がしたのですが……気のせいだったようです」
「……そうか」
やべー!セーフ!と小声で言ったランサーであったが、凛はギッとギルガメッシュを睨む。
「ちゃんと気配消してんの!?」
「我がそんなミスを犯すと思うか!いつも通り消している!」
いつも通りとは、セイバーの後を追う時ですね、そうですか。そんな事を考えながらランサーは視線をセイバーとアーチャーに移した。恐らくいつもギルガメッシュにストーキングされてるセイバーは特にギルガメッシュの気配に敏感なのかもしれない。
「申し訳ありません。いつもつけられてるので過敏になっていたのでしょう」
詫びるセイバーを見て、アーチャーは咽喉で笑うと、ポンポンと彼女の頭を撫でた。恐らく気にするなと言う事なのだろうが、その仕草に、隣にいるあかいあくまの空気が変わったのを感じて、ランサーはこのまま帰りたいと遠い目をした。
その後まっすぐ彼等が家に帰ってくれれば少しあかいあくまの機嫌を損なった程度で済んだのだが、セイバーとアーチャーは二人でショッピングセンターの中にあるランチバイキングへと向かっていった。時間は昼少し前。店の中は混雑はしていなかったのだが、30分もすれば人が増えてくるだろう。
「どーすんの、お嬢ちゃん」
「行く」
ずんずんと店に向かう凛の背中を眺め、ランサーは大きくため息をついた。ランチバイキングの店など、食事をとりに動けば見つかる確率も高い。人が増えることを祈るしかないな、と思いながらランサーとギルガメッシュは凛の後についてゆく。
幸い入店時に見つかった様子もなく、後は彼等の移動に注意すればいいか、とランサーはどっしり椅子に座ると、ちらりとアーチャーとセイバーの座る席に視線を送った。
「ふむ。このような店に来るのは初めてだな」
「まぁ、そーだろうな。庶民のお財布の味方だ」
興味深そうにギルガメッシュは店を見回す。高級料理の店には来ても、このような大衆的な所には来ないのだろう。セイバー等食べる量が多い人間を連れてくるのはもってこいの店であるが、黄金律持ちのギルガメシュには余りピンと来ない。
「どーすんだ。バイキング以外にも普通のメニューもあるけど」
昼のメニューを眺めながらランサーが言うと、ギルガメッシュはワインはないのか、我の好物がないではないか、とブツブツ文句を言いながら注文をする。恐らく値段など見ていないだろう。一方凛は、短く、紅茶、とだけ言って視線をアーチャーのテーブルに移した。
「はいはい。そんじゃ、俺も紅茶で」
注文を取りに来たウエイトレスにそう言うと、ランサーは凛に視線を送る。
「お嬢ちゃん」
「何?」
「メシ終わったら帰らねぇか?」
「……」
黙った凛を眺めながら、ランサーは小さくため息をついた。
「どう考えても荷物持ちだっての。アイツらがどうこうってのはねぇだろ」
言葉を発しながら、ランサーは凛の表情を伺う。すると凛は、僅かに沈黙を落とした後、そんなの解ってる、と小声で短く返答した。
その様子を見て、ランサーは、瞳を細めた。解ってるけど、解らねぇんだろうな。そんな気がした。セイバーは衛宮士郎を一番に考えている。何よりも守るべき、そして愛している男だ。だからセイバーが衛宮士郎を裏切ることは絶対にない。そしてそれはアーチャーも同じである。凛はその事は十分に理解している。自分をアーチャーが裏切るなどないと思っている。けれど、問題は、アーチャーもまたエミヤシロウであると言うことであろう。例えばアーチャーが今日、別の女と出かけたと言うのならば、多少機嫌は損ねても、きっと凛は後をつけるなどということはしなかった。セイバーだから凛は気になったのだ。衛宮士郎とセイバーの絆が強いことを目の当たりにしているからこそ、エミヤシロウであったアーチャーとセイバーが一緒にいるのを無意識に不安がる。
優秀な魔術士であるが、それ以前にやはり女の子なのだ。
そう考えると、女心解ってやれよ、とアーチャーに恨み言を言いたくなったランサーであるが、ウエイトレスの持ってきた紅茶が置かれたので思考を一旦停止した。
「ふむ。何か話しているな」
ギルガメッシュが注意をセイバーに向けたので、凛とランサーもそちらに視線を移す。テーブルの上にはセイバーがせっせと皿に載せてきた大量の昼食。アーチャーは紅茶を飲んでいる。先程まではセイバーが食事に集中していたので、殆ど彼等の間に会話はなかったが、アーチャーは気にする様子もなく、セイバーが食べている様子を眺めていた。
そもそも、よくよく考えれば、余りアーチャーとセイバーが話している姿は見ない。食事のリクエストであるとか、家事の分担であるとか、衛宮邸では割と事務的な話をしているイメージがあったランサーは、うん、やっぱねーわ、と安心した様子で、どう凛を説得するかという方向に思考を変えた。
「アーチャーは食べないのですか?」
「あぁ。満足したら言ってくれ」
そもそもサーヴァントにとって食事というのは道楽に近い。体の維持は魔力がメインであって、食事ではないのだ。ただ、セイバーに関して言えば、元々燃費が悪い上に、マスターである衛宮士郎が魔術士として半人前であるが故に魔力供給も乏しく、食事で維持しているフシがある。……とまぁ、建前はそうであるが、セイバーにとって食事とは現世における一番の楽しみだのだろう。
「そうですか。では遠慮なく」
そう言ってセイバーが席を立ったので、慌ててランサー達は見つからないようにと視線を戻した。そして、セイバーの持つ皿にドンドンと積まれる食事。
「我が妻はいつ見てもいい食いっぷりだ」
うっとりしたような顔をするギルガメッシュに、ランサーは思わずため息をついた。ギルガメッシュ位凛が図太ければこんな事にはならなかったのかもしれない。元々言いだしっぺはギルガメッシュであるが、彼と自分だけなら、セイバーに直接アタックして、ギルガメッシュ粉砕、帰宅コンボであっただろう。
「セイバー」
アーチャーに声をかけられ、セイバーが顔を上げる。すると、アーチャーは笑いながら紙ナフキンでセイバーの口元を拭った。
「誰も取りやしない」
「……すみません」
そのやりとりを見てランサーは思わず紅茶を吹きそうになる。ない、それはない。いや、どうなんだ?家でもそんなの見たことある気もするが、アレは衛宮士郎の方だったか?そう思いながら、ランサーは思わず冷や汗をかく。ギルガメッシュも凍りついた様にそのさまを見ていたが、こちらは自分の嫁がイチャコラしてるのにショックを受けたのだろう。
「……帰る」
凛の言葉にランサーは唖然として彼女に視線を送った。先程どうやって帰ろうかという事ばかり考えていたが、突然凛が帰ると言い出した事にランサーはどう反応していいか解らなかった。
振り向きもせずにスタスタと店を出た凛を追ってランサーも店を飛び出した。ギルガメッシュだけ残すというカタチになったが、黄金律持ちであるし、会計は任せても問題ないだろうと勝手に判断して、凛の姿を探す。
しかし、人の多いショッピングセンターで彼女を探すのは容易ではなく、あちこち走りまわるハメになる。
そんな中、漸く凛の姿を見つけた場所は、車通りは多いが、余り人が使うことのない大きな赤い橋の上だった。
「マスターの誕生日の時ぐらい気を使いなさいよ!バカ!バカ!」
そう言ってガンガン手すりを蹴り上げている凛を見て、ランサーは思わず脱力した。泣いているかもしれないと思ったのに、予想外の行動だったのだ。そんな中携帯が鳴り、面倒くさそうにランサーが出ると、ギルガメッシュからであった。支払いの件で嫌味でも言うのかと思ったが、果敢にもギルガメッシュはあの後セイバーのいるテーブルに突撃し、腹いっぱい食べて満足気なセイバーとお茶を飲んだらしい。無論支払いはギルガメッシュ。けれど、なかなか良い一時であったと満足気に報告してくる。
「……で、今どこだ?」
『ん?バスでセイバーと贋作者と帰るところだ。今しがた橋の上で手すりを蹴りあげてる遠坂の娘を見かけたぞ』
「あー。サンキュ」
どうやらランサーも傍にいた事にギルガメッシュは気が付かなかったらしい。しかしながら、バスに揺られながら遠坂を発見した事はある意味奇跡だろう。
電話を切ると、ランサーは凛の後ろに立って彼女の頭にポンと手を置く。
「気は済んだか?」
「……うん」
「アイツらバス乗って帰ったと。ギルガメッシュも一緒だ」
「はぁ?」
訳がわからないと言うような顔をした凛に、ランサーは先程の電話の話をする。
「まぁ、荷物持ちだったて事だ」
「……」
バツの悪そうな顔をする凛を見下ろして、ランサーは乱暴に自分の髪を乱暴にかき混ぜる。凛とて途中からそうではないかと思っていた筈だ。けれど引けなかったのだろう。それも解る。そして、不安がることも解る。どう考えてもアーチャーが悪い。そう思いランサーが言葉を探していると、凛はポツリと言葉を零す。
「……ごめん」
「え?」
「連れ回して悪かったわ」
恥じ入るような顔をする凛を眺めて、ランサーは凛の頭をポンポンと叩いた。
「いい子だ。まぁ、今回はアーチャーが余りにも気遣いなさ過ぎだしな。仕方ねーよ」
そう言うと、ランサーは橋の手すりに体重をかけて川に視線を送る。肌寒い季節で手すりも冷たい。日中で気温は確かに上がってはいるが、余り長居する場所でもない。
「解ってんのよ。解ってるけど、何か腹が立つの」
「まぁ、そーだろうな」
ポツリと呟く凛を見てランサーは苦笑する。信頼してるし、裏切らないことを知っている。けれど、セイバーは駄目なのだろう。嘗てエミヤシロウがマスターだった時にサーヴァントもセイバーだったと聞く。アーチャーのセイバーと衛宮士郎のセイバーは厳密には違う。だから、心配ないというのは簡単だが、凛は心のどこかでエミヤシロウの思い出のセイバーを怖がっているのだろうと。
「……俺にしとく?アイツよりいい仕事するぜ?誕生日は朝一番に抱きしめて愛してるって言うし」
ランサーの言葉に凛はしばらく唖然とした顔をしたが、すぐに笑い出した。
「ありがと、ランサー。でもやめとくわ。私がアイツのマスターやめたら、アイツ、サーヴァントでいられ無くなっちゃうし」
何度聖杯に呼ばれても、自分のサーヴァントで在り続けると言ってくれた。だから、ごめんね、と凛は笑った。その顔を見て、ランサーは、瞳を細めて笑うと、凛の髪を撫でた。
「そんじゃ帰るか。寒いしな」
「そうね」
ちと、悔しいなぁ。そう思わずランサーは小声で呟く。マスター運が圧倒的にない自分に比べてアーチャーは恵まれてる。優秀な魔術士でイイ女。羨ましい限りだと思いながらランサーは凛の後について歩いた。
衛宮邸につくと、凛はそのまま占拠している自分の部屋へ向かった。それを見送ったランサーは居間へと向かう。ギルガメッシュを拾ってそろそろ帰ろうと思ったのだ。
「遅かったな駄犬」
「うるせぇよ」
ギルガメッシュはどこまでセイバーたちに話をしたのだろうか、と思いながらランサーは部屋の様子を伺うが、険悪な雰囲気もなく、セイバーはお茶を飲んでいる。当のアーチャーは晩ご飯の仕込みなのだろうか、台所で作業をしていた。
「そう言えばランサー。食事中にギルガメッシュが乱入してきて困りました。一緒に出歩くならばしっかり手綱を握っておいてください」
「俺のせいかよ」
セイバーが思い出したように言うので、ランサーは苦笑しながらそう返答した。すると台所からアーチャーも声をかける。
「凛は一緒じゃなかったのか?」
「部屋に戻った。つーか、俺が嬢ちゃんと一緒なの知ってたのかよ」
「バスでギルガメッシュが電話をかけていたからな。あと、橋の欄干を蹴飛ばしているのも見えた。お前何をして凛を怒らせた」
不快そうに眉を寄せてアーチャーが言うので、ランサーは、俺じゃねーし、と心の中で呟きながら曖昧に笑った。どうやら三人で新都に出かけた所、ギルガメッシュが離脱し、凛とランサーは二人で帰ってきたというシナリオになっているらしい。ストーキングの件に関して何も咎められなかったので、あえて口にせずランサーは座ると、セイバーに視線を向ける。
「何ですか?ランサー」
「いや、口の周りにアンコついてる」
ランサーの指摘にセイバーは恥ずかしそうに口をふく。うむ。こうやって傍で見るとたしかに拭いてやりたくなるな。そんなことをぼんやり考えていると、まんじゅうを食べつくしたセイバーが立ち上がった。
「リンの所に行ってきます」
「え?」
今はちょっと行って欲しくないな、と思い止めようとしたが、セイバーは大きな箱を持っていそいそと居間を出ていった。確かアレはアーチャーが持っていた箱だ。セイバーはアレを買いに行ったのだろう。
「アーチャー。アレ、中なんだ?」
「中華鍋だ」
「中華鍋!?」
するとアーチャーは手を止めてそんなに驚くことか?と言わんばかりに眉を寄せた。
「凛への誕生日プレゼントだそうだ」
この家には中華鍋がない。別にそれで格段困るということはないらしいが、主に中華を作る遠坂が、いつか買うつもりだと言っていたのをセイバーが聞いてプレゼントにと選んだ。が、そもそも料理をしないセイバーはどんなものがいいのか判断できずに、アーチャーを連れて商品を選んだ。
つまり、完全な荷物持ち。
「まぁ、凛にも重すぎないタイプを選んだし、気に入るだろう」
「あー。はいはい」
もうそれ以外にランサーは言葉が出なかった。解っていたのに、いざ聞けば馬鹿馬鹿しい。そして、一番いい商品を選んだと、どこか得意気なアーチャーに腹が立ったランサーは、ゴロンと横になると、晩飯食ってくから、とぼそっと言う。
「何!?もっと早く言え!食材が足りなくなる!」
「我も無論食すぞ。今日は遠坂の娘の誕生日だ。豪勢にするがいいメシ使い」
恐らく仕込みをしている所を見ると、士郎ではなく、アーチャーが夕食を作るのであろうと思ってのランサーのささやかな嫌がらせ。それにギルガメッシュもニヤニヤしながら乗ってくる。アーチャーは仕方がない、と言った顔で携帯を取り出すと、買い出しに行っている士郎へ追加食材を注文する。
その様子を眺めながら、ランサーは心の中で、精々苦労しやがれ、と舌を出した。
「リン。いますか?」
ベッドに横になっていると、扉の向こうからセイバーの声がして、凛は飛び起きる。慌てて扉を開くと、そこには箱を抱えたセイバーが立っていて面食らう。
「どうしたの?」
出来るだけ平静を装って凛が言うと、セイバーはその箱を差し出し顔を赤くする。
「その。リンの誕生日だと聞きました。なので、プレゼントを……」
「プレゼント!?アンタお金どうしたの!?」
セイバーは正真正銘自宅警備員である。バイトを掛け持ちしているランサーや、黄金律持ちのギルガメッシュ。骨董品屋でバイトをするライダーなどと違って、稼ぎがない。驚きのあまり声を上げた凛の顔を見て、セイバーは僅かに視線を逸らして口を開く。
「その……キャスターが……手製の服を着ればお小遣いをくれると言ったので……」
着たのか!あの、フリフリの服を着たのか!そのお小遣いの稼ぎ方は、傍から見たら余り良くない!と心のなかで突っ込みながら、凛は表情筋を全力で使って笑顔を作った。
「あ、そうなの。ごめんね、何か気を使わせちゃって」
「いえ。リンにはいつも世話になっています」
「開けていい?」
「はい」
セイバーを部屋に招き入れると、凛はいそいそと箱を開ける。
出てきたのは中華鍋。
「中華鍋?」
「はい。リンが欲しがっていましたから。私は料理をしないので、アーチャーに見繕って貰いました。重さや大きさなど色々あるのですね」
大真面目に答えるセイバーに、凛は思わず笑いたくなった。解っていた。けれど、どうしようもない不安がずっとあった。
黙ったままの凛を見て、セイバーは不安そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「もしかしたら気に入りませんでした?まだ使ってませんし、いまなら交換も……」
セイバーの事を不安に思いながら、彼女のことは嫌いになれなかった。素直で、真っ直ぐで、頑固で。そこが愛おしい。そう思って凛は満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいわセイバー。吃驚しちゃった」
凛の顔を見て、セイバーはホッとしたような顔をする。気に入ってもらえたようで安心したのだ。実際料理をしないセイバーには、調理器具など同じように見える。
「一度一人で売り場に行ってみたのですが、どうにも決めかねてしまいました。アーチャーに選んで貰って正解でしたね。やはり彼はリンの事を一番良く知っている」
「……えぇ。そうね」
きっと、桜へのプレゼントならば士郎へ頼んだだろう。自分へのプレゼントだから、セイバーはアーチャーを選んだのだ。そんな気がして、凛はセイバーにギュッと抱きつき、ありがとう、と言葉を零した。
「リン」
「……私は貴方のこと好きよ」
「私もリンの事はとても好きです」
ずっとこの先、セイバーへの不安は消えることはないかもしれない。けれど、セイバーの事が好きで、アーチャーの事も信じてる。だから、きっと大丈夫だ。そう思い、凛は嬉しそうに微笑んだ。
ランサーやギルガメッシュという予想外の客も交えて、遠坂凛の誕生日を祝う夕餉は賑やかに過ぎ去った。他の家人達もそれぞれプレゼントを準備しており、それを凛は有難く受け取る。聖杯戦争の後、生活はガラっと変わった。今までは、父が死んで、母が死んで、一人になって、誕生日は言峰のプレゼントで思い出す程度のものだった。
けれど、皆に祝われるのは嬉しく、楽しかった。
賑やかな宴を終えて、凛が部屋に戻ると、アーチャーがそこにいて、思わず凛はぎょっとしたような顔をする。てっきりまだ居間で片付けをしていると思ったのだ。
「ここにいたの!?」
「……邪魔ならば出ていくが」
そう言われ、凛は首を振った。椅子はアーチャーが座っているので、凛はベッドの方へ座り、ぼんやりとアーチャーを眺める。流石に昼間の出来事があって気まずい。誤解もクソもない誤解はとけてるが、今思い返すと、自分の行動が何から何まで恥ずかしくなった凛は、思わず俯いた。
「……橋の欄干を蹴っ飛ばしていたようだが、足は大丈夫か?」
「な!何で知ってんのよ!」
よりにもよってそんな所を!を思った凛は思わず声を上げる。すると、アーチャーは怪訝そうな顔をして、口を開いた。
「ギルガメッシュがバスから見つけた。というか、凛。買い物に行くなら私に一言いってくれれば、荷物ぐらい持った」
「いや、アンタ朝から出かけてたじゃない」
「……それはそうだが……突発的な買い物だったのか?」
どうやらレッツストーキングをしていたということはバレてないらしい。きっとランサーあたりが上手く言ったのだろう。どこか不満そうなアーチャーを見て、凛は不思議そうな顔をする。ストーキングのことを咎められている訳ではないのに、何故新都に行った事をあれこれ言われてるのか理解できなかったのだ。
「えぇ。まぁ。突発的といえば、突発的かしら」
曖昧に言うと、まだ不満は残るがといった様子でアーチャーは一応納得したような顔を作る。
「まぁ、私も朝から出かけていたから仕方ないが、次はランサーではなく私を呼び出して欲しいものだな」
ぷいっと不貞腐れたような顔をしてアーチャーが言ったので、凛は唖然とする。要するに。ランサーを連れて新都に行ったのが気に入らないのだ。そう思うと、急に笑いがこみ上げてきた。なんという似たもの主従だろう。そう思ったのだ。
「笑い事じゃない」
むっとしたようにアーチャーが言うと、凛は、ごめんごめん、と謝り、素直に口を開いた。
「次からはそうするわ。そうね、私のサーヴァントはアンタだけだしね」
ランサーの優しい言葉は嬉しかった。でも、やっぱり自分にはアーチャーしかない。そう思うと、朝のもやもやは吹っ切れる。
しばらくは笑っていた凛をむっとした顔で眺めていたが、アーチャーは凛の言葉に瞳を細め、凛の足元に跪く。それに凛が驚いたような顔をすると、右手を出してくれ、とアーチャーは言う。
「こう?」
「動かないでくれ」
そう言うと、アーチャーは小声で、投影開始、と呟く。
それはアーチャーの投影魔術の呪文。凛は驚いたような顔をして、それを眺める。一瞬まばゆい光を放った室内であったが、すぐに収まり、凛は思わず閉じた目を恐る恐る開く。
「……アンタ器用ね……」
「褒め言葉として受け取っておくよ。マスター」
右手には先程までなかった銀色のリング。サイズはぴったり。石もついていないシンプルなものであるが、凛はそのリングを指先で撫でる。すると、アーチャーは彼女の右手を取って、そのリングに口づけを落とした。
「誕生日おめでとう凛」
「ありがとう、アーチャー」
ギルガメッシュの宝石よりずっと嬉しかった。自分の為だけに存在するリング。凛は自然と微笑みを浮かべて、礼を言うと手を翳す。
「スゴイわね。ぴったりじゃない」
「余り装飾品は得意ではないのだがな。練習した甲斐があった」
「練習したの!?」
「失敗して指でも落ちたら目も当てられん」
そりゃそうだ。そう思って、凛はリングを一旦外してみる。すると、アーチャーはバツの悪そうな顔をして、コホンと小さく咳払いをすると、それでは、と部屋を出ていった。それに驚いた凛は、ぽかんとアーチャーを見送ったが、リングの内側を見てアーチャーが出ていった理由を理解した。
「ほんと、キザなんだから」
──from EMIYA with love
きっとこの内側の刻印もきっちり出来るようにと散々苦労したのだろうと思うと、凛の口元は自然とにやけた。予想以上に嬉しい。ベッドにゴロゴロと転がりたい衝動を必死に抑えて、凛はまた指輪を右手にはめる。
「……別に左手でも良かったのに」
右手と指定されたから、右手をだした。これをプレゼントしてくれると知っていたら、左手を出してやったのに。そんなことを考えながら、嬉しそうに凛は右手のリングを眺めた。
凛ちゃん生誕記念
20120203