*休戦日壱*
いつも通り港で釣りをしているランサー。天気も良く、1月の割には比較的温かい。
時折現れる、そろそろ職業アングラーにしておけと突っ込みたい赤い弓兵も、子供を引き連れた成金王子もいない平穏な日常。
「やべ、眠くなってきた」
サバとアジが少々釣れたので、夕方にいつも魚を取りに来る冬木の虎の分は確保できているし、己の身一人ならそんなに多くの魚を必要ともしない。あくまで釣りとは、ランサーの道楽の一環なのだ。
「釣れてる?」
「まぁまぁだな」
港に来るのは珍しい、遠坂凛の姿にランサーは少しだけ驚いたような顔を作ったが、直ぐに今まで通りやる気のなさそうな表情をして海に視線を戻した。すると凛はランサーの横に座り、缶コーヒーを差し出す。
「サンキュ」
「うん」
紅茶ではなく珈琲を凛が選んだことに、ランサーは少しだけ嬉しそうな顔をした。ランサーは元々紅茶派ではあるが、缶の紅茶は砂糖水を飲んでるようだと前に愚痴ったのを凛が覚えていたのであろう。そんな些細な会話を凛が覚えていたことが嬉しかったのだ。
「祭りなんだって」
「……え?」
「だから、今日からお祭りなんだって」
凛の何気なく零した言葉に、ランサーはさぁっと顔色をなくす。
「祭りって、例の狂宴……つーか、【凶宴】は終わったじゃねーか。勘弁してくれよ。俺が死亡フラグ立てるのがそんなの楽しいのかよ」
「アレは酷かったわね」
遠い目をする凛。その言葉には憐れみさえ感じられる。公式どんちゃん騒ぎの狂宴は、ランサーにとっては凶宴以外のなにものでもなかったのだ。死ななかったシナリオのほうが少ないと言うのはどういうことか。そして、挙句の果てにそのシナリオを笑うかのように、死に物狂いで死亡フラグを回避し続けるランサーシナリオを一本作る等、公式が病気としか思えない。そもそも、ランサーは本編でも死なないシナリオがない訳なのだが、それを遥かに上回る酷い祭りであった。
それを思い出してか、ランサーは苦い笑いを浮かべて、また死ぬのかな……と遠い目をする。
「多分大丈夫じゃない?今回の主役はランサーだし」
「なにそれ、怖い」
心の底から引いているランサーを見て、凛は思わず苦笑した。
「お誕生日おめでとうランサー」
「……はい?」
「1月23日に冬木の土地で召喚されたんでしょ?まぁ、誕生日って言えば誕生日よね」
瞳を細めて笑った凛を見て、ランサーは少しだけ考え込んだ後、そっか、と呟く。
バゼットに召喚されて冬木の土地へ降り立ったのは一体どれ位前なのだろうか。ぶっちゃけ、本編以外にもFDとか、虎聖杯戦争とか、それこそ狂宴のカーニバル・ファンタズムとか色々あったので自分もよく分からない。
けれど、こうやって、のんびりと港で釣りを楽しむのはそう悪くない。戦うのは好きだが、この地の降り立った時に、こんなにのんびりとした日常を送れるとは思ってもいなかった。
「……まぁ、色々あったな」
「色々あったわね。主にどうしようもないマスターとか、マスターとか」
「それに尽きるよな……」
凛の言葉に思わずランサーは溜息をつく。幸運Eは伊達じゃない。マスター運に関して言うならば、どうしてこうなった!というレベルで救いようがなかったりもする。複雑そうな表情をしたランサーを見て、凛が笑ったので、つられて彼も笑う。
「まぁ、嬢ちゃんに会えたしな」
そういうと、ランサーは凛の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
いい女で好感が持てた。この娘がマスターならきっと思う存分戦えただろうと思った時もあった。けれどいつでもこの娘の傍にいるのは別の男だった。それが少し残念で、ランサーは困ったように笑う。
「何か欲しいものある?折角のお祭りだしリクエスト聞いてもいいわよ。因みに士郎と桜はパーティーの準備してるから。夜には衛宮邸に来てね」
あぁ、あの坊主とマキリの娘の料理なら安心だと思いランサーは表情を崩す。エセ神父の激辛麻婆で祝われたらどうしようかと一瞬考えたのだ。
「そーだな。改まって欲しいものって言われてもなぁ」
うーんと唸る様にランサーが考えだしたので、凛は瞳を細めて笑った。
「高価なものの場合は、あの金ピカ脅して何とかするから。アーチャーにも手伝って貰うわ!」
ぐっと拳を握りしめて言う凛を見て、ランサーは思わず破顔する。もしかしたら、彼女と弓兵コンビならば、金ピカ王も何とか陥落できるかもしれない。そんな事を考えると妙に可笑しかったのだ。
「そんじゃ、嬢ちゃんにしかもらえないもんにしとくか」
「え?何?うちの宝石とか?大きいのは駄目だけと、小さいのだったら……」
ランサーの言葉が予想外だったのか、凛が目を白黒させながら言葉を零したので、ランサーは、違う違う、と短く言って笑った。
「冬木の赤いあくまのキスって事で」
「え?そんなのでいいの?」
「……え?」
てっきり怒るか、恥ずかしがるかするかと思ったが、凛があっけらかんと返事をしたので、逆にランサーのほうがあっけに取られた。
驚いて固まっているランサーの頬に凛は口づける。
「お誕生日おめでと、ランサー。色々助けてくれてありがとう。アンタみたいな人嫌いじゃないわ」
あぁ、その言葉は前にも彼女に、言われたことがある。朧げな記憶の中、いつか見た赤いルーンの炎が脳裏にちらつき、ランサーは困ったような、情けないような顔をして笑った。
「キスってのはこうすんだ」
そういうと、ランサーは凛の頬に指を滑らせて、上を向かせる。それに凛は驚いたような顔をした後、ぎゅっと目をつむった。その様子が可笑しくてランサーは咽喉で笑った後、凛の額に口づけを落とす。
「……まぁ、あんま調子こいたら赤原猟犬が飛んで来そうだからな。これで我慢しとくわ」
そう言われた凛は、顔を真っ赤にして立ち上がると、辺りを慌てたように見回した。
「え!?」
己のサーヴァントの姿を探しているのであろう彼女の姿を見て、ランサーは口端を上げて笑うと、そんじゃ、夜に衛宮邸で、と言葉を放つ。
「あ、うん。それじゃ、私行くわね」
「風邪引くなよ」
「ランサーもね」
サーヴァントが風邪をひくのかどうかは分からないが、凛の言葉に苦笑すると、ランサーは赤いコートを風で揺らしながら帰ってゆく凛の背中を見送る。
強くて真っ直ぐないい女。
けれど、決して己には靡かないのが解っている。
「……いつかマスターになってくんねーかな」
そう呟いた刹那、足元に置かれていた空の珈琲缶が、はじけ飛んだ。
「はいはい。俺じゃなくて缶を狙ったのは、誕生日だからサービスか?」
遥か彼方、新都のビルの屋上に視線を送って、ランサーは瞳を細めた。恐らくその場所にいるであろう赤い弓兵。どうせならそんなサービスより、旨い飯でも作ってくれたほうがいい。その方がきっと凛も喜ぶ。そんな事を考えながら、ランサーは夕方までまたぼんやりと釣竿を眺める作業に戻った。
pixivランサー召喚祭用
20120125