*休戦日零*

 衛宮邸の茶の間。騒がしい昼食が終了し、アーチャーの淹れた紅茶を飲みながらまったりと皆過ごしている。しかしながら、人口密度はいつもより高い。ほぼ居候状態のセイバーやライダー、そして、間桐桜、遠坂凛はもとより、食事をたかりに来る藤村大河、イリヤ、家主である衛宮士郎に加え、ランサーやギルガメッシュまでいるのだ。マスターの居る教会に寄り付かないランサーとギルガメッシュ、そして遠坂邸にも、この衛宮邸にも寄り付かないアーチャーを港で見つけた大河が、魚を分けてくれるお礼にお昼ごはんをご馳走する!と引き連れて来たのだ。ご馳走するとは言うものの、作るのは専ら家主である衛宮士郎であり、間桐桜であることは大河には関係ないらしい。普段は子供の姿をしているギルガメッシュも、たまたま大人の姿で釣り勝負をしていた為に、そのままの姿でこの家を訪れた。
 大河の連れて帰ってきた予想外の客に士郎は悲鳴を上げて昼食の追加を作り、延々提供し続けた慌ただしさはほんの数刻前。漸く座れると、士郎は座布団に尻を乗せて、アーチャーの淹れた紅茶に口を付ける。
「ふむ。贋作者の割にはましな部類だ」
 ギルガメッシュにしては恐らく褒め言葉なのであろう紅茶の感想に、ランサーは笑いを堪えて口を開いた。
「大したもんだ。うちの店にバイト来ねぇか?」
「断る」
 不機嫌そうなアーチャーとは逆に、己の相棒の紅茶の腕を褒められた凛は、機嫌良さそうに紅茶に口を付ける。ふんわりと鼻孔をくすぐる香りも、渋みの少ない味も満足行くものであった。
「まぁ、私達が来るまでは家にはティパックしかなかった衛宮君にはちょっと無理よね」
「……仕方ないだろ。藤ねえも俺も日本茶ばっかりなんだからさ」
 凛の言葉に、士郎は少しだけ口を尖らせてそういう。実際、凛やセイバーが紅茶党であったために、漸く本格的な茶葉が衛宮邸に導入されたのだ。それまでは専ら日本茶や珈琲ばかりであったのだ。
 そのやりとりを見て、桜とライダーは視線を交わして笑った。何かとアーチャーにライバル意識を持つ士郎が可笑しかったのだ。普段は人に対抗意識を燃やすタイプではない衛宮士郎であるが、アーチャーに対してだけは特別なのだ。
「でも、確かにアーチャーの紅茶って絶品よね。うちの召使より美味しいもの。アーチャー、私の召使になる?」
「待てイリヤスフィール。贋作者は我が茶坊主にする」
「何勝手な事言ってんのよアンタ達!」
 茶坊主の取り合いを始めたイリヤとギルガメッシュを見て、凛は声を上げると怒り出した。自分の相棒が褒められるのは鼻が高いが、取り上げられるのは気に食わない。当然の話である。
「……」
 心境複雑なのは士郎である。あれだけ必死こいて作った食事は、無論皆を満足させたが、最後に淹れたアーチャーのお茶に全てを持っていかれた形で、非常に面白くない。ぶすっとした顔を作ると、誰かが袖を引っ張るので、そちらに視線を送る。すると、セイバーが瞳を細めて笑っていた。
「私はシロウの淹れるお茶も好きです」
「……ありがとう、セイバー」
 あぁ、うちのサーヴァントは何て優しいんだ。そんな事を考えながら、士郎はちょっと彼女の優しさに泣けた。
「そう言えば、アーチャーさんって名前何ていうの?アーチャーなに?」
 それまで大人しく紅茶を飲んでいた大河の言葉に、一同固まった。アーチャーなに?と聞かれても……としか答えようがない。そもそも苗字か何かだと思っていたのだろうか。
「えっと、シマシマの姉ちゃん。なにってなに?」
 ランサーが口を開くと、大河は口を尖らせて言葉を続けた。
「だから、名前。アーチャーって苗字じゃないの?あ、アロハのお兄さんもフルネームお姉ちゃん興味あるなー!」
 ニコニコ笑いながらそういう大河から、一同視線を逸らし冷や汗をかく。そう、今まで意外と突っ込まれていなかったのでスルーしていたが、確かに若干おかしい呼び方であろう。そもそもその呼び名は名前ではなく、カテゴリー名なのだ。
「セイバーちゃんはアルトリアって言うんだよね!可愛い名前よね。士郎もそっちで呼んであげればいいのに」
 ぶーぶーと文句を言う大河に苦笑しながらセイバーは口を開く。
「いえ、セイバーの方が馴染みますので」
 今更他のサーヴァントに真名を隠す必要もないセイバーはサラっとそう言うと、瞳を細めて笑った。そのごく自然なやり取りに、冷や汗をかいたのは、ライダーとアーチャーである。ライダーはメデューサという、余りにも有名で、なおかつどちらかと言うと悪い意味で有名な名を持っているし、アーチャーなど言わずもがなである。
 そんな二人の様子を眺めて、ランサーは咽喉で笑い、口を開く。
「俺はクー・フーリン」
 サラっと有名である己の名前を晒したランサーに、ライダーは目を見張る。しかし、大河の反応はライダーの予想外のものであった。
「あ!知ってる!有名な英雄の名前でしょ。いい名前ご両親につけてもらったのね」
 お姉ちゃんは博識なのだ!と言わんばかりに胸をはってそういう大河を見て、ランサーは苦笑し、ライダーに目配せをする。当の本人である等と、普通の人間は思わない。それを証明する様なその対応に、ライダーは少しだけ身を小さくして考える。
「サクラ……」
 困り果てた様に零された言葉に、桜は首を傾げると、えーっと大丈夫じゃないかな、と困ったように笑った。
「ライダーさんは?」
 さぁさぁ、と急かすように言う大河を見て、観念したようにライダーは己の名前を名乗った。メデューサ、と。目を丸くした大河を見て、ライダーは少しだけ視線を外すと、蚊の鳴くような声で言葉を続けた。
「ですのでタイガ。申し訳ありませんがいつも通りライダーと呼んで下さい。余り……その、いい名前ではないと自覚していますので」
「うん。でも、メデューサって確かにいい伝説ないけど、意味自体は【支配するもの】って意味でしょ?きっと大きく育てよってご両親つけてくれたんだと思うよ」
 慌ててフォローをするように大河が言ったので、ライダーは少しだけ微笑を浮かべて、はい、と返答した。
「でも、伝説の登場人物から名前取るって海外じゃ流行ってるのかなぁ。あ、ギルさんは?」
 大河はギルガメッシュの事を【ギルさん】と呼ぶ。因みに小さいほうは【ギルちゃん】である。これに関しては、何故か子供に戻ると性格も丸くなるギルガメッシュの不思議な特性にランサーは心底感謝したものである。天下の英雄王をちゃん付けで呼ぶなど、万死に値するとぶちきれてもおかしくない。大河が【ギルさん】と彼を呼ぶのは、子供たちが【ギル】と呼んでいるのを見ていたからであろう。
「虎の女。我はギルガメッシュであり、それ以外の何者でもない」
「おおう!なんか格好良いギルさん!」
 言い回しが気に入ったのか、大河は大喜びで、よっ!日本一!等と云いながらギルガメッシュを称える。それに悪い気はしなかったのか、ギルガメッシュは、口元を緩めると、アーチャーに視線を送った。平静を装っているが、内心冷や汗をかいているに違いないと、悪い笑いを浮かべながら、ギルガメッシュは口を開く。
「贋作者の名前はなんと言ったか。雑種の名等、覚える価値もないが、紅茶の褒美に覚えておいてやろう」
 この上なく上から目線で言い放ったギルガメッシュを睨んだ凛は、アーチャーに小声で耳打ちする。
(この際、適当な偽名名乗っときなさいよ!ややこしいし)
(しかし……急に偽名と言われても)
 小声でやり取りする二人を見て、藤ねえにも困ったものだと思いながら、士郎は思わず心のなかで笑う。あんなに焦った様なアーチャーを見ることも珍しいのだ。
「アーチャーが困ってるの嬉しいの?シロウ」
「嬉しいってのは違うかな。なんて言うか、まぁ、珍しいもの見たって感じ」
 イリヤの言葉に、士郎がそう返答すると、彼女はふぅん、と気のない返事をする。イリヤは勿論、他の面子もアーチャーが正真正銘【エミヤシロウ】であることは承知している。だからこそ、名乗ることはできない事も。
「ふっふっふ」
 そんな中、大河は笑いを浮かべ、ビシッとアーチャーを指さして更に言葉を続けた。
「お姉ちゃんがアーチャーさんの名前当ててあげよう!」
 その言葉に思わず一同茶を吹く勢いで驚き、大河を見つめる。
「え?藤ねえ?」
 士郎が声をかけると、大河は、任せなさい!と胸をはり、仰々しく咳払いをした。それを眺めていたギルガメッシュは、可笑しそうに口元を歪めると、では虎の女の予想とやらを聞いてやろう、とこれまた偉そうに大河を催促する。
「では、ギルさんのリクエスト通り……ズバリ!アーチャーさんの名前は【シロウ】さん!」
 どうせ外れるだろうと思っていた面子も、もしかしたら正体を知っているのではないかと危惧した面子も驚き、大河に視線を送った。その中で、一番驚いた顔をしたのは無論アーチャーである。
「……なんで……」
 思わすアーチャーがそう零したのを聞いて、大河は、やったー!当たり!?と無邪気に万歳をして喜んだ。
 他の面子は驚きの余り言葉を失っていたが、イリヤは心底不思議そうに大河に質問を投げつける。
「タイガは何で【シロウ】さんだと思ったの?」
「だって、アーチャーさんは士郎の事【衛宮士郎】ってフルネームで呼ぶじゃない?学校でもね、同じ名前とか苗字の時は、フルネームでよんだりして区別するの。【エミヤ】は珍しいから、割りと普通の名前の【シロウ】の方が被ってるってお姉ちゃんは予測したのだー!」
 お姉ちゃん賢いー!と言わんばかりの自信満々の持論に、イリヤは呆れたような、それでいて感心したような顔をする。実際アーチャーは士郎の事をフルネームで呼ぶ。しかし、それは実は間桐桜に対してもそうなのであるが、大河はそれを聞いたことがないのかもしれないし、聞いていたとしても、同じ性別である士郎との名前の被りの方が確率が高いと踏んだのだろう。
「普通の名前って……藤ねえ……」
 思わずがっくりうなだれた士郎を見て、大河は、ごめんごめん、謝る。
「でも、お姉ちゃんは大好きな名前だから!」
 その言葉に、士郎は思わず顔を赤くするが、ふと、アーチャーの方を見ると、彼も恥ずかしそうに顔を逸らしているのが見えて、士郎は驚愕する。照れるとか、なんでさ!と思わず声を大にして言いたくなった士郎であったが、それをぐっと堪えた。
「という訳で、シロウさんの名前も大正解したところだし、皆で花札やらない?今日はお姉ちゃん調子いいから、勝てそうな気がするんだー」
「いいわよタイガ。ぎったんぎったんにしてあげる!」
「負けないわよイリヤちゃん。あ、それじゃ、花札取ってくるねー」
 スキップしながら上機嫌に部屋を出ていく大河を見送り、奇妙な沈黙が居間に訪れる。気まずい雰囲気とも言えるし、アーチャーに対して掛ける言葉に悩む空気である。しかしそんな空気をぶち壊す様に、ランサーが笑い出し、その笑いは伝播する。
「すげーなシマシマの姉ちゃん!ドンピシャ!」
「ふむ。予想以上に知性はあったようだな。冬木の虎も侮れん」
 ギルガメッシュも笑いを堪えるのが必死なのか、カップを持つ手がカタカタと震えている。普段の莫迦笑いをされた方がマシだと、心のなかで舌打ちをしながら、アーチャーはギルガメッシュを睨みつけた。
「そう睨むな贋作者。アレは、意外に本物を見る目があるらしい」
 ニヤニヤと笑いを浮かべる教会コンビを今度狙撃してやろうかと思いながら、アーチャーはカップに残った紅茶を飲み干して立ち上がる。
「食事も終わったことだ。帰る」
「えー、シロウさん帰っちゃうの?花札やろうよ。楽しいよ。ルール知らないなら教えるし」
 いつの間にか花札を抱えて戻ってきた大河に声をかけられ、アーチャーはぎょっとしたような顔をする。突然背後に立たれていた事にも驚いたし、何より、呼び方が変わってしまっていることに動揺し、アーチャーはバツが悪そうに視線を逸した。
「ね!大丈夫!保護者コンビで、遠坂さんと士郎コンビを負かしてやりましょ!」
 保護者コンビというのは、一応アーチャーが遠坂凛の保護者代理のようなものだと言う肩書きを大河に名乗ったからである。鼻息荒く食い下がる大河に困り果てているアーチャーをちらっと見て、イリヤは意地の悪い顔を浮かべて口を開いた。
「アーチャーは花札弱いの?だったら弱いタイガと組んだらドベ決定だし、チーム考えた方がいいわよ」
「弱いという事はない」
 むっとしたような顔をして返答したアーチャーをみて、イリヤは満面の笑みを浮かべる。
「じゃぁ、強いのね。だったら、タイガと組みなさい。いいハンデよ」
「なによぅ!イリヤちゃん!今日はお姉ちゃん勝てそうって言ってるでしょ!」
「タイガはいっつもそう言ってドベじゃない」
 腕をブンブン振り回して怒る大河を見て、イリヤは笑いながらそう言う。
「こうなったら、私とシロウさんコンビで皆を負かしてやるんだから!ね!シロウさん!」
 やる気満々の大河に押される……寧ろ引きずられる形でアーチャーは帰るという選択肢を抹消されてしまった。
 それを面白くなさそうに眺めている少女の姿を見つけて、ランサーは隣に移動すると、ニヤニヤと笑いながら耳打ちする。
「ヤキモチ焼いてんのか、お嬢ちゃん」
「!?別に、そんな事ないわよ!ちょっとアーチャーがデレデレしてるのが気に入らないだけよ!」
 ランサーの目には、困る果ててる様にしか見えないが、どうやら凛にはそう見えないらしい。それをヤキモチって言うんだ、と呟くとランサーはポンポンと凛の頭を軽く叩く。
「【私のアーチャー】だしな」
「ランサー!あんたねぇ!」
「お!喧嘩!?それじゃぁ、花札で勝負つけましょ!」
 大河がここぞとばかりに主張して、衛宮邸大花札大会の幕が切って落とされた。


米を何合炊いたんだろうか衛宮邸
20111107

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