*白昼夢弐・伍*

 どうにもこうにもおかしい。そうランサーが感じたのは食後暫くしてのことであった。
 いつも通り衛宮邸で夕食をとって、アーチャーの淹れた紅茶を飲んで、凛の占拠している部屋でゴロゴロする。凛はというと、宿題をするために机に向かっており、ランサーはその背中を眺めながらクッションを抱き、時折止まる手や、柔らかそうな髪を眺める。
 宿題中にちょっかいをかけるとガントが飛んでくるという事もあり、さながら待てを言い渡されている犬のようにランサーは辛抱強くクッションを抱きながらじっとしているのだが、どこかそわそわとした雰囲気が凛に伝わったのか、彼女は眉を寄せて振り返った。
「もう。外に出てたら?」
「あー、いや。外はちょっと」
 言葉を濁すランサーに、凛は形の良い眉を寄せると不機嫌そうに、どうして?と言葉を放つ。暇なのだったら居間でTVでも見ていればいいと彼女は思ったのだろう。するとランサーは小さく手招きをする。凛がそばに寄ってくるのを確認して、膝に乗せていたクッションを持ち上げた。
「!?」
 そして炸裂する凛のフック。かわすことも出来たかも知れないが、ガントが飛んでくると思った所の不意打ちで、ランサーは殴られた顔を撫でながら、いってー、と情けない声を上げた。それとは逆に凛は顔を真っ赤にして拳を握り締める。
「どんだけ発情してんのよ!」
 既に臨戦態勢の股間のゲイボルグ。
「いやいや!俺にもわかんねーって!つーか、こんな状態で外歩いたら捕まるし!な!相手してくれよ」
 擦り寄るようにランサーがよってきたので、凛はまた拳を上げたが、その拳を軽々と掴むと、ランサーは凛を抱き寄せて耳元で囁く。
「頼むよ。な。嬢ちゃん」
「ばっかじゃないの!宿題終ってないって言ってるでしょ!」
 腕の中で暴れる凛の髪を撫でながら、ランサーは情けない顔をする。当然ランサーとて嫌がる凛をどうこうしようというのは本意ではない。けれど、どうしようもないの事実である。
「そんじゃさ、宿題終ったらいい?」
「……そ、それは」
 ねだるように言うランサーの顔を見て、凛は顔を真っ赤にして口ごもる。宿題さえ終わってしまえば断る理由がなくなってしまうのだ。ランサーの相手をすること自体が嫌なわけではない、凛の顔を見てそれは十分に承知しているランサーは、彼女の額に口づけを一つ落とすと、風呂に行ってくる、と短く言葉を放って立ち上がった。
「……で、俺が風呂から上がったら、嬢ちゃんの宿題は終ってる。そんで俺も幸せ、嬢ちゃんも幸せ」
 脳天気にそんな言葉を放ったランサーを見て、凛は呆れたような、それでいてどこかホッとしたような顔を作ると、部屋の隅に積んであったバスタオルを彼に投げつけた。
「せめてかくして行きなさい」
「サンキュ」
 ランサーはそう言うと適当にバスタオルを広げ、さり気なく元気いっぱいなゲイボルグを隠す。ガン見しない限り怪しまれないだろうし、風呂に入ってしまえばこっちのものだ。そう思い、鼻歌交じりに凛の部屋を出ていった。

 食後は思い思いに過ごしている衛宮邸であるし、この短い距離早々に人に会わないであろうと思っていたランサーであったが、正面から歩いてくるセイバーを見つけ思わず顔を顰めた。そのまますれ違うか、何か声をかけたほうがいいのか、そう悩んでいると、セイバーは足を止めて首を傾げて声をかけてきた。
「お風呂ですか?早いですね」
「おう。空いてっかな?」
 その言葉にセイバーは短く、多分、と曖昧な返事をする。直接覗いたわけではないが、風呂の前を通った時に、人の気配はしなかったのだ。
「そんじゃお先ー」
 脳天気な言葉をランサーが吐いたのを見て、セイバーは僅かに眉をあげて、彼の服の裾を掴んだ。
「?え?何?何か用か?」
 角度によっては拙いんじゃねーのこれ!と内心冷や汗をかきながらランサーが声を発すると、セイバーが小声で囁く。
「どこか変調でもありましたか?」
 変調があると言われれば、臨戦態勢の股間のゲイボルグなのだが、流石に言うわけにいかず、逆にランサーは、なんで?ととぼけた言葉を放った。もしかしたらセイバーが微妙な変化に気が付いたのかもしれないと、ビビっていたわけだが、具体的にどこがと言うのにセイバーは気が付かなかったのか、ならいいのです、と興味を失ったように手を放してさっさと行ってしまった。それにホッとしながらランサーは早足で風呂へ向かう。
 手早く衣類を脱ぎ捨てると、カランを捻り冷たい水を頭からかぶった。
 何気なく視線を落とし、小さくため息をついた後に苦笑すると、言葉を零した。
「まぁ、ドン引きだわな」
 古代英雄にありがちな下半身直結型と言われていたりもするが、ここまで節操なしではないと自分では思っていた。今日はどうにもこうにも体の様子がおかしい。そんな事を考えながら、水を止めると湯船に浸かる。体を冷やしてみても、温めてみても全く変化のない己の暴れん坊将軍に、流石に情けなくなってきた。凛を抱くのは気持ちがいいし、彼女もきっと満更ではない筈である。けれど、流石にこれはない。アーチャーに見つかったら間違いなくヘッドショットをかまされるであろうが、幸い今日は昼間に派手に道場で体を動かしたこともあって、彼はさっさと寝床へ戻ってしまっていた。けれど、凛が悲鳴の一つでも上げれば飛んでくるだろう。
 別におかしなものを食べた訳でもないし、昼間にアーチャーと道場で手合わせした時も変調はなかった。
「……セイバー?」
 様子がおかしかったのは寧ろ、自分ではなくセイバーではなかったか。終始そわそわした様子だった気がして、ランサーは先程セイバーが声をかけてきたのを思い出し、僅かに眉を寄せた。
「でも、俺が元気になってアイツに得なんざねぇよな」
 思い直したランサーは、よっこらしょ、と声を出して湯船から勢い良く上がった。

 鼻歌を歌いながらランサーが部屋に戻ると、凛が椅子に座ってじっと彼の方に視線を送った。不服そうな上目遣いに、ランサーは思わず咽喉で笑うと、宿題は?と軽い調子で声をかける。
「終ったわよ」
「そっか」
 そう言うと遠慮なくランサーは凛のそばに寄り、頬に口づける。
「ちょっと!ちゃんと髪乾かして!」
 冷たい長い青い髪が己の首筋に触れて、凛が飛び上がるように声を上げると、ランサーは赤い瞳を細めて笑い、凛を軽々と抱きかかえるとベッドに彼女を移動する。驚いて体を硬直させた凛は、不安そうにランサーを見上げる。
「無茶はしねぇって。多分な」
「多分って!」
 抗議の声を遮るように、ランサーは凛の唇を塞ぎ、彼女の口内を貪った。はじめはぎこちなく絡めていた舌であるが、ランサーが遠慮なく吸い上げると、凛の方も緊張が解れたのかランサーに体を擦り寄せてくる。ゾクゾクするような快感にランサーは服の上から彼女の体を撫で、太ももや胸に遠慮無く触れていった。服が邪魔だと思いながら、ランサーが凛の首筋に口づけを落とすと、凛が戸惑ったように声を上げる。
「ちょっと、そんなに急がなくても……」
「ん?」
 ランサーが上目遣いに彼女の表情を伺うと、凛は困ったように顔を背けて、顔を赤くした。凛はランサーのこの顔に極端に弱かった。期待されることには慣れていたが、ランサーのソレは学校などで作り上げた完璧な遠坂凛ではなく、女の子としての遠坂凛を求めるものなのだ。 父親が死んでから遠坂家当主として否応なく背伸びを続けていた自分の中にあった、歳相応の女の子としてひっそりと抱いた憧れ。それをランサーは刺激してくる。
 恋をして、触れ合って、大事にされて、それを心地良いと思う気持ち。
「……莫迦……」
 ポツリと零した凛の言葉に、ランサーは赤い瞳を細めて屈託なく笑った。
 気がつけば下着姿にされており、この辺りのランサーの器用さは凛も呆れるしかない。戦う時の獰猛な性格とは逆に、壊れ物を扱うように凛の体に触れてくるその繊細な扱いに、凛はいつも戸惑う。
 そんな事を考えていると、ランサーは凛の胸にゆっくりと唇を滑らせ、その弾力を確かめるように手で撫でる。ゾクリと這いよる心地よさと、慣れない感覚に凛が逃げようとするが、ランサーはそれは許さずに、胸の突起を舌で転がした。
「ちょっと……」
 こぼれた声にランサーは少しだけ笑って、軽く歯を立てる。
「形よし、感度よし」
「ッ!」
 何を言っているのだこの犬は!と心のなかで文句を零すが、どういう訳か今日はそれを口に出せば、別の声が零れてしまいそうな程己の体が熱くなっているのを自覚して、凛は唇を思わず噛む。それに気が付いたランサーは、胸から、凛の唇へ標的を変更した。
 角度を変えて何度も口づけされて、凛は息苦しさを感じながらも、その感覚が恐ろしく心地よく、知らず知らずのうちにランサーの舌の動きに応えてゆく。溢れる唾液を拭う間もなく、口内を貪り続ける凛に、ランサーは僅かに違和感を感じたが、するりと内股に手を滑り込ませた。
「今日はスイッチ入んのはえーな」
 既に湿り気どころか、じっとりと濡れた茂みが指に触れランサーが口元を歪めると、凛は顔を赤くして視線を反らせた。もともと凛はどちらかといえな性格のせいか、熱が上がってくるのが遅い。それに対してランサーは面倒だとは一切思わず、じわじわと彼女の体を愉しむ事が多かったのだ。未発達な感覚を開花させる愉しみも、それに戸惑いながらも何とか受け入れようとしてくれる様もランサーには心地よかった。
 今日は一気に凛のスイッチが入ったのかと思い、ランサーは唇を離すと、体を沈めて今度は彼女の内股に口づけを落としてゆく。それに驚いた凛が足を閉じようとするが、しっかり体を滑りこまされているし、そもそも腕力で勝てる筈もなく、ランサーは涼しい顔で滑からな肌に唇を滑らせていった。
 だんだんと強くなってくる雌の匂いにランサーはこのまま一気に行ってしまおうかと考えるが、凛の表情をちらりと盗み見して、もう少し、と己を抑える。潤んだ瞳も、不安そうな表情もたまらなくランサーを煽ったが、泣かせる訳にはいかない。
 そして漸く内股から茂みにたどり着き、ランサーは毛づくろいをする犬の様に、丁寧に凛の熱くなった秘部に舌を這わせる。
 飛び上がるような凛の反応に、ランサーは思わず咽喉で笑ったが、彼女はただ、ただ、怖がるように白い手でシーツを握り締める。体を重ねることは何度もやったが、今日のような感覚は初めてだったのだ。それに戸惑い、自然と腰が逃げてゆく。
「大丈夫だって」
「……うん」
 消え入りそうな凛の返事にランサーは、遠慮なくぷっくりと自己主張し始めている彼女の陰核に舌を這わせた。逃げる腰をガッチリと押さえつけ、執拗に舌で嬲る。押し殺した様な声が、甘い嬌声に変わるのにはそう時間は掛からず、ランサーは蜜を吐き出す場所に無造作に指を差し込んだ。
「やぁッ!」
 凛の腰が浮き、足が震える。二本の指で内壁ををなぞりながら、ランサーが中の蜜を掻きだすように指を動かすと、たまらなくなって凛は許しを請うように声を零した。
「やだ……やっぱり今日、おかしい……」
「そーかもな」
 そもそも一番最初におかしかったのは自分だ。そう思いながらランサーはまた舌と指を動かし、凛を追い詰めていく。逃げるに逃げれない。そして、自分の体を支配する感覚に溺れそうになる。そんな追い詰められた状態に、凛は子供のするように首を小さく振った。それでもランサーは許さず、指を増やし、更に蜜を掻きだす。淫靡な水音が鼓膜を犯し、凛は恥ずかしさと、溺れるような快感に思わずランサーの頭に手を置く。
 鮮やかな青い髪を撫でながら、凛は時折自分に向けられる赤い瞳に射すくめられ、逃げることは諦めた。ただ、心地よさに溺れるのが怖かった。優しく絞め殺されるのではないかと錯覚するほどに、じわじわと己の体を侵食してゆく感覚。
 すると、ランサーは手を止めて、己の頭に添えられた凛の手をとり、その手のひらに口づけを落とす。
「大丈夫。ちゃんとそばにいる」
 その言葉に、凛は思わず吐息を零す。誰かにそばに居て欲しい。それは今までの凛には許されない感情だった。当主として、魔術師として、一人で歩むことを強制され、それをおかしいとも思わなかった。だからこそ、ランサーに溺れるのが怖かったのだ。
 聖杯戦争を戦い抜くならば、きっと相棒はアーチャーがいいだろう。最高の魔術師でありたいと願う凛にとって、彼は最良のパートナーだ。けれど、ランサーは違った。能力的に劣るわけではない。この男は、いつも自分の女の子である部分を刺激した。彼にとって女子供は守るべき存在で、それは衛宮士郎セイバーにとっていたスタンスにも似ているが、彼の場合はそれを本当に貫き通して、戦場を駆け抜けて、英霊となったのだ。
「……うん……」
 凛が小さく頷いたのを確認して、ランサーは赤い瞳を細めて笑った。

「ッ。いつにも増してきっついなーオイ」
 思わずランサーが零した言葉に、凛は思わず顔を赤くした。漸くランサーが凛の中に入ってきた訳なのだが、いくら経験が少ないといってもアレだけ準備万端だった割りにガチガチに締め付けられ、ランサーはぎこちなく笑った。
「そんなにイイ?」
 小さく深呼吸した後に、子供の様に笑ってランサーが言葉を零したので、凛は思わず声を上げる。
「違ッ!これはランサーがいつもより……」
「いつもより?」
 意地の悪い笑いを浮かべたランサーの表情に凛は口を噤むと、顔をそむける。へそを曲げたような態度にランサーは苦笑すると、覆いかぶさるように彼女と体を密着させて、黒髪を撫で、耳元で囁く。
「まぁ、あれだ。嬢ちゃんの体スゲーイイ」
「莫迦!」
 怒ったような、それでいて恥ずかしそうな反応に満足したランサーであったが、凛は少し戸惑った様にランサーの体を離そうとする。
「?俺くっつきたい」
「……匂い」
「は?」
「……なんか、香水あんまり効かなくて……ごめん……変な匂いするでしょ?その……薬草の匂い」
 そう云われ、ランサーは遠慮なく凛の髪に顔を埋めると、匂いを嗅いでみる。それに凛は嫌そうな顔をしたが、ランサーは首を傾げて、あぁ、と言葉を零した。いつもの匂いとは確かに違う。アレは香水だったのか。そう納得して、ランサーはまた遠慮無く凛の髪に顔を埋める。
「だから!そんなに嗅がないで!」
「いや、別に変じゃねぇし」
「……無理しなくていいのよ」
 凛の言葉にランサーは口端をあげて笑うと、言葉を零す。
「剣と魔法の戦場を駆け抜けた英霊様だぜ?俺のお師さんもこんな感じだった。そっか。薬草の匂いだったのか」
 納得したようなランサーの呟きに、凛は目を丸くしたあと、顔を背ける。
「どっちかってっと、変って言うより懐かしいな」
 笑ったランサーの顔を見て、凛はズルい、と心のなかで呟いた。その言葉が凛を気遣っての言葉ではなく、本心からそう言っているのが分かったからだ。そうやって何でもかんでも受け入れて、溺れさせる。だから凛はランサーが怖かった。
 僅かに凛の体から緊張が解けたのを確認して、ランサーはゆっくりと腰を動かす。彼女の表情、反応を見ながら、じわじわと責めあげていった。
「やッ!そこは……」
 ランサーの首に回していた凛の手に力が入ったのを確認して、ランサーは獰猛に笑うと、同じ所をこすりあげる。急くことなく、ゆっくりとしたランサーの動きに、凛がじれったくなったのか、知らず知らずのうちに腰を動かしているのを目ざとく見つけたランサーは、そこから漸く勢いをつけて彼女の体を貫きだした。
 いつもは押し殺したような声を上げる凛が、大きな嬌声を上げたので、ランサーの方が驚く。凛も己の上げた声に恥ずかしくなったのか、顔を赤くして顔を背けようとしたが、ランサーはそれを許さず、彼女の顔を己の方に向かせると、唇を貪った。
 腰を打ち付けるたびに上がる嬌声を、全て舌で吸い上げるように絡めあげてゆく。
「ランサー……」
 漸く開放された凛の唇から零れた言葉に、ランサーは笑うと、額にひとつ口づけを落として、一気に彼女を追い詰めた。

「いやー、やりすぎた」
 ベッドに丸くなって眠る凛に視線を落とし、ランサーは漸く反省したように言葉を零す。あの後、何度も何度も抱いて、漸く己のゲイボルグも臨戦態勢が収まったのだが、凛の方は風呂に入る元気も残らなかったのか、疲れきったように眠っている。
 体液と汗で汚れた彼女の体を見ると、申し訳なくなり、ランサーはそっと部屋を出ると濡れタオルと調達し、彼女の体を拭いてやる。漸く不快感から開放されたのか、凛はうっすら瞳を開けたあと、口元だけ笑ってまた深い眠りに落ちていった。
「……学校だよな。明日怒られんだろーな。っと、もう今日か」
 ひとりごとを呟きながら、ランサーはとりあえずシャワーを浴びようと着替えを持って部屋を出る。流石に深夜という事もあって人の気配もなく、ランサーは衛宮邸の浴室にたどり着くと、温かいシャワーを頭から浴びる。
「漸く落ち着いたか。つーか、絶対おかしいだろ」
 自分だけならいざしらず、凛も確かに様子がおかしかった。はじめはそうでもなかったが、スイッチの入りも、その後の反応も明らかにいつもと違っていたのだ。しかしながら、それはそれ、これはこれで楽しんでしまうのがランサーの性分である。楽しみすぎて凛には無理をさせたような気もしないでもないが、それは後で謝る事にした。
 鼻歌を歌いながらランサーは髪を拭きながら廊下に出る。すると、視界の端に何かちらりと映り、彼は動きを止めてそちらに視線を送った。逃げ出した金色の影。
「ランサーは俊敏が売りなんでね」
「!?」
 先回りされてはたっと足を止めたのは、騎士王で、彼女はバツが悪そうに顔を背けると、何かをそっと後ろに隠す。それに気が付いたランサーは、ニヤニヤと笑いながら彼女を壁に追い詰めると、それを取り上げた。
 硝子瓶に入った砂糖。
 何故こんなものを彼女が持ち歩いているのか。そもそも何故隠す必要があったのか。不思議そうにランサーがそれを眺めていると、セイバーが小声で、返して下さい!と手を伸ばす。
「いやいや。これアレだろ?紅茶に入れてた砂糖だよな」
 軽くセイバーの手を躱すと、ランサーはじっと彼女の表情を眺めた。すると彼女は、紅茶を飲もうと思っていただけです、とそっけなく返事をする。こんな時間に、紅茶を飲む。そんな不自然な事があるわけがない。しかもセイバーはマスターの魔力不足で睡眠は十分に取らねばならないというのに、夜更かしするのも基本的にありえない。半眼になってランサーが彼女を眺めると、セイバーは、だんだんと気まずそうな表情になり、最後には俯いてしまう。
「申し訳ありません。それがちゃんと効くか貴方で確かめました」
「キャスター辺りか?精力剤?」
「一応媚薬と聞いています」
 観念したようにセイバーが白状したので、ランサーは呆れたようにその硝子瓶を眺めた。はっきりと覚えていないが、食後の紅茶の準備を手伝っていたのはセイバーだったように思う。恐らくこっそり投入したのだろうが、気が付かなかった迂闊さに思わずランサーは苦笑する。
「効いた、効いた。けど効きすぎて癖になったらヤバいからもう勘弁な。お前さんも使うときは気をつけろよ」
 笑ってランサーはその硝子瓶をセイバーに返す。すると彼女はうつむいたままその硝子瓶にじっと視線を落としたままであった。
「どうして……」
「え?」
「どうして貴方には効いたのでしょうか」
「どうしてもなにも……あのキャスターが作ったんだろ?稀代の魔女のアイテムだったら、いくら俺でもやっぱがっつり効くわ」
 ランサーの言葉にセイバーは顔をあげて彼を見上げた。
「……アーチャーには効かなかったのです」
 涙目でそう零したセイバーを見て、ランサーは目を丸くする。そういえば今日一番様子がおかしかったのはセイバーではないか。終始そわそわした様子であったのは、アーチャーにこれを飲ませて反応を見ていたからなのか。腑に落ちたランサーは、思わず笑う。
「そんで、魔女に欠陥品渡されたのか疑って俺に飲ませたのか」
 申し訳なさそうに頷いたセイバーを眺め、ランサーは、困ったように笑った。目の前の騎士王が、アーチャーを振り向かせようと必至になっているのは知っていた。そんなさなか、ライダーがアーチャーにちょっかいをかけているのに気が付き、彼女も焦ったのだろう。正攻法を好む彼女にしては珍しい嵌め手であった。
「……よく分かんねーけど、こういう薬にも相性とかあんじゃねーの?まぁ、効かねぇんだったら仕方ねぇ。正攻法で頑張れよ」
 小さく頷き、硝子瓶を抱いてションボリと部屋に戻るセイバーを眺めながら、ランサーは小さくため息をついた。
 エミヤシロウの成れの果て。
 遠坂凛のサーヴァント。
 【一度目】の第五次聖杯戦争で騎士王のマスターだった少年。
 【二度目】の第五次聖杯戦争で敵として現れたサーヴァント。
 平行世界の軸を超えて奇跡の再会した騎士王とエミヤシロウの関係は前途多難ではあった。己のために泣いてくれたマスターに初めての恋心を抱いた騎士王は、再会した捻じれた英霊を追い続けている。
 ふと、何気なくランサーはアーチャーの気配を探ると、彼は遠坂邸には帰らずまだ衛宮邸にとどまっている様だったので、ランサーはほてほてと髪を拭きながらアーチャーの気配をたどった。
 たどり着いたのは衛宮邸で唯一の魔術工房として機能している土蔵であった。内側から鍵を掛けているようであったので、ランサーは霊体化して扉をすり抜ける。
 実体化すれば気配でアーチャーが起きる様な気がしたので、ランサーは霊体化したまま、淡く輝く魔法陣の中で丸くなって眠るアーチャーに視線を落とした。鋼色の瞳を閉じていると、衛宮士郎に似ている様な気がして、ランサーはアーチャーのそばに座り込む。
「……まぁ、気持ちは分からんでもねぇけどな」
 追う騎士王と、逃げる弓兵。
 だからといって決してアーチャーがセイバーの事を嫌っているわけではないという事はランサーにでも分かった。寧ろ、まだ若かった頃の自分を思い出して苦々しく思うことさえあったのだ。
 愛しているから触れたい。
 愛しているから触れるのが躊躇われる。
 嘗て影の国で己を一番可愛がってくれた師を思い出して、ランサーは瞳を細めた。生前一番愛していたのに、一度もその体を抱くことは出来なかった愛しい人。もっと早くお前が生まれていれば、私を殺して貰えたのにと呟いた横顔を思い出し、ランサーは口元を歪めた。
 触れるのが怖かったのだ。己では足りないのではないかと思って。今の関係が毀れるのではないかと思って。
 きっとアーチャーは己がこんな形にしか至れなかったのを病んでいる。人に裏切られ、世界に裏切られ、最後には理想にさえ裏切られ捩れた英霊。誇り高き騎士王に相応しくないと彼女を受け入れることが出来ないのだろう。
「……死んでもなおんねーよな、そーゆーのって」
 臆病な正義の味方。数多の人の命を救い、数多の人の命を奪った彼は、きっと自分が幸せになる資格等ないと思っている。
 けれど騎士王は自分の初恋を実らせるために日々奔走し、周りを巻き込んで、失敗して、それでも諦めずに前に進んでいる。いつか愛しい人に追いつくために。それはきっと、長い長い年月がかかるだろう。それでもきっと、いつかは届くと信じて。
「まぁ、そんな所もまとめて好きなんだろうけどな」
 咽喉で笑ったランサーは、土蔵を後にする。アーチャーのことが好きだとか嫌いだとかはないが、凛のためにも彼にはいつか己の幸せに至ってもらわないと困る。そんな事を考えながら、ランサーは温かい凛の寝床へ戻っていった。

何で一番美味しい所を削るんだ!とオオアザ殿に怒られたんで、おまけ追加槍凛。
20130111

【BACK】