*永久楽園*
『ガラクタ集め』と呼ばれるマネカタはいつも通り開店休業状態のアサクサの店のカウンターに座り、旧世界の名残とも思われるガラクタの手入れに専念していた。深く被られたフードの所為で表情は見えないが、ギンザの大地下道にいた頃から集めていたその数々の品を手入れする表情は恐らく嬉々とした表情なのであろう。現に、新しく手に入れた四角い箱に棒が突き刺さった形状である謎のガラクタを丁寧に磨いている。
そこに思いもよらない来客者があった。
「…人修羅は…いるか?」
聞き慣れた声にガラクタ集めのマネカタは僅かに顔を上げるが、直ぐに興味を失ったのが手を忙しく動かしながら気のない返事を寄越した。
「いる。だけど彼は今誰にも会わない」
流石に適当な返事に些か気を悪くしたのか声をかけたマネカタは更に口調を強めて再度人修羅に会わせるように言葉を放った。
「重要な話があるとしてもか」
「うん。貴方にとっては重要でも、僕等には重要じゃないから。…駄目だよフトミミさん」
フトミミと呼ばれた男は側にあった椅子を引き寄せ腕を組んで座った。人修羅に会うまで帰らないつもりだという態度にガラクタ集めのマネカタはため息をついて箱のボタンを押しながら再び口を開いた。
「タツトは暫く出て来ないよ。大体あの部屋には彼の仲魔だって滅多に入れないんだから」
そういわれ、フトミミは漸く此処に来るまでのアサクサの街で彼の仲魔が歩いているのを見たのを思い出す。アサクサの町は基本的にマネカタが復興した街であるが、悪魔が時折街中にいることもある。悪ささえしなければ追い出す理由もないのでそのまま放置してある。無論人修羅の仲魔が何かしでかす事は考えられないし、彼らもまた既にアサクサの町に馴染んでいる節もあるので違和感が薄かったのだ。
そんな事を考えている時に突如部屋の扉が開き、見慣れた悪魔が中へ入って来た。
「人修羅の仲魔か…」
ぼそっとフトミミが呟くとそれを確り聞いていたのか、入ってきた悪魔はくるっとフトミミの方を向き怒った様な口調で言葉を放つ。
「人修羅じゃないわ。砂神竜人よ。サ・ガ・ミ・タ・ツ・ト!何度も言わせないで」
フトミミは僅かにしまったという様な表情を見せたが、彼女はそれに気が付かないのか不機嫌そうにブツブツとぼやく。
「もう…何で皆タツトの事『人修羅』って呼ぶのよ…折角良い名前があるのに」
初めて砂神に出会った時も彼女に同じように怒られたのをフトミミはぼんやりと思い出した。もっとも、その時は彼女はまだ『ハイピクシー』と言う悪魔であって、現在の様にランクの高い悪魔ではなかった。何時だったか再会した時に彼女が『進化』して『クイーンメイプ』という悪魔になったのだと聞いたので驚いたものだが、性格等は進化しても余り変わらないらしい。
「ユエ。タツトはまだゆっくりしてるの?」
「うん。多分寝てるんじゃないかな」
「つまんないー。今日はあの部屋に入れてくれなかったし」
『あの部屋』とは砂神が時折アサクサを訪れては立ち寄る、ガラクタ集めのマネカタのいわば倉庫である部屋の事であった。殆どが使い道も良く解らない品物で埋め尽くされたあの部屋に自由に出入りできるのは、部屋の持ち主であるこのマネカタと砂神位であるのはアサクサに滞在する者であれば大概は知っている。もっとも、あの雑多な部屋に好き好んで入るのも結局はこの2人位であるのだが。
仮面の所為で表情は見えないが、恐らくクイーンメイプは不満一杯の顔をしているのだろうとフトミミは勝手に想像し、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにあえて言葉を控えた。
「仕方ないわ。アタシもクーフーリンともう少し探索しよ」
くるっと方向転換をしたクイーンメイプは入り口で待っていた白い鎧に身を包んだ悪魔…クーフーリンと何か小声で話し部屋を出て行った。その際にクーフーリンは僅かにフトミミに対して目礼をしたので彼もまたそれに応じた。
我侭一杯と思われるクイーンメイプと礼儀を重んじるクーフーリンの気が合うのかどうかも怪しいコンビだが砂神を中心に彼の仲魔は比較的中が良いらしい。
彼女が出て行ったのを確認するとフトミミは先ほどの会話で気になった点をガラクタ集めに聞くことにした。
「『ユエ』…と呼ばれていたみたいだが」
「うん。僕の『名前』。タツトが付けてくれたんだよ」
マネカタには基本的に名前はない。生まれた時から『マネカタ』で、死ぬまで『マネカタ』なのである。
砂神は始めはそれが解らなかったらしく、ガラクタ集めのマネカタに名前を聞いたのだ。
「名前?『マネカタ』だよ。『ガラクタ集め』って皆は呼ぶけど」
「…そうなんだ。うーん、僕は君の事『ガラクタ集め』って呼びたくないんだけど」
「そう?何で?」
砂神の言葉に首を傾げてガラクタ集めと呼ばれるマネカタは聞いた。今までそんな事を言われたことがなかったのだ。
「僕にとっては…君の集めてるものが『ガラクタ』じゃないからかな」
僅かに瞳を細めて砂神はガラクタ集めの収集した品々を眺めた。どれもこれも、嘗て自分がいた世界の名残。唯一自分のいた世界を思わせる物。
砂神は自分がどんな経緯でこの世界にやってきたかガラクタ集めのマネカタに話す事にした。何処まで理解できたのかは謎だが、ガラクタ集めのマネカタは目の前の男の話をじっと聞いていた。
「だから…君の集めてるものはね…僕にとっては結構懐かしい物なんだ」
その言葉にガラクタ集めと呼ばれるマネカタは頷いた。変わった物を集めてるつもりだったが、それは全て前の世界の名残であったのを理解したのだ。そして、砂神にとってはとてもではないがガラクタと呼べない物である事を。
「でも…名前がないのは本当なんだ。名前があるマネカタもいるけど、それは生まれた時から名前があるんだ」
「じゃぁ、僕が付けていい?」
「いいよ。残念だけど、自分で付けられるほど頭良くないみたいだから僕は」
肩をすくめてガラクタ集めと呼ばれる男は少しだけ苦笑いをした。名前を持つなんて考えた事もなかったのだろう。
「『ユエ』っていうのは?」
ユエか…とガラクタ集めは一度呟くが、直ぐに気に入ったのか頷く。
「宜しく、ユエさん」
「うん」
「名前もね。なくても困らないけど、あったら便利だよね。貴方は生まれた時から名前があったんだろうけど、僕みたいに名前がないマネカタは他のマネカタと区別がつかないし」
その話を聞きながらフトミミは僅かに瞳を細めた。
この世界の誕生と同時に生まれたマネカタにはある意味『個』というものがない。それはフトミミとて気が付いていることであった。生まれてから死ぬまで『マネカタ』であり、きっと皆誰が死んだかも区別できないのであろう。身体の細胞が生まれて死ぬのと同じように、欠けたら補充されるだけ。強いて言うなら『マネカタ』という全体で一つの生命体であるようなものなのだと漠然と考えていた。
砂神が『ユエ』というマネカタを必要としていた。だからこそ彼は個性を持たない『マネカタ』の中に埋もれていた彼に名前を付けたのであろう。
「で、いつになったら帰るのフトミミさん。お客なんか来ないけど、僕はゆっくり宝物を手入れしたいんだけど」
そういいながらユエは片手にずっと持っていた箱を指差した。
「砂神が出てくるまで。どうしても彼に伝えなければならない事がある」
「…得意の予知でタツトがいつ出てくるか見たら?」
「私の予知は…望んで見れる様な類の物ではない」
ふーん、と興味が無さそうにユエは返答する。
実際、フトミミの予知は突如映像として脳に浮かぶ物であって、例えば、明日の天気がどうであるとかは解らない。恐らく未来に起こるであろう事が、まるで予め録画されたビデオ映像を小出しに再生しているような感覚で見えるのである。恐ろしく長い映像であったり、静止画像であったりとまちまちであるし、本人の意思とは関係なくランダムにそれは浮かび上がる。
「とにかくタツトが自分で出てくるまで僕は彼を呼ばない事にしてるんだ。あそこは唯一彼がゆっくり出来る所だから。可哀想じゃないか…何処に行っても彼は『人修羅』で馴染めないなんてさ」
結局彼は世界から弾かれた存在なのかもしれないとユエは思っていたのだ。『世界を変える』と謳われた『人修羅』は何処にも帰れないのではないか。彼がユエの集めるものを見て懐かしむのは、失った世界がもう二度と戻らないと知っているからではないのか。
旧世界に帰りたい者がどうしてこの世界に馴染めるのだ。
だからこそ彼はどの『コトワリ』にも組せずに一人っきりで仲魔を連れてこの世界を放浪しているのだろう。
―─どの『コトワリ』についてもね…世界は僕が知ってる世界とは程遠い物になってしまうんだ。だから…僕はどのコトワリにも力を貸さない。
彼は自分のいた世界を混沌と調和と自由と束縛と平和と戦争の入り混じった世界だといった。ユエには想像もつかなかったが、砂神は最後にこう付け足した。
―─だけどそこにはどんな世界にでもなれると言う『可能性』があった。
『可能性』という言葉を聞いてユエは砂神が『コトワリ』を否定する理由が漸く理解できた。『コトワリ』とは世界の『ルール』である。その『ルール』が敷かれてしまえば世界はそこで全ての『可能性』を失ってしまう。
多分砂神は世界が元に戻らないと仮定して、あえて選択をするのならば『コトワリ』のない世界を作りたいと願うのだろう。
全てのコトワリを消し去って、人ではなく悪魔の跋扈するこの世界で、一定のルールに捕らわれる事無く、最も自由で、最も愚かな生き方を選ぶのであろう。嘗ての世界を懐かしみながら。一人きりで。
「貴方の『コトワリ』は成就されない。タツトは…マネカタの理想郷に興味は無い」
「そんな筈はない!!」
ユエの言葉に思わずフトミミは声を荒げる。予言の『人修羅』はマネカタと共に生きる事を選んだ。弱者を救う事を選んだ。
震える手を握り締めたフトミミを見てユエは僅かに瞳を細めた。フトミミはフードの所為で気が付かなかったが、その瞳は哀れみを宿していた。気がついたのだユエは。フトミミの脅迫概念ににも似た『指導者』であらんとする姿勢と、追い詰められた現実に。
フトミミの見た『未来』では確かに人修羅はマネカタを助けたかもしれない。しかし、現実『砂神竜人』は何処にも組しない孤高の『破壊者』となりつつある。
「…砂神竜人は誰にも従わない。誰も従えない。彼が求めるのは共に歩む仲魔のみだよ」
これが名前を持つ者の姿かとユエはぼんやりと考えた。自分は良い。この名前である事を必要とするのは砂神だけだから。しかしフトミミはどうだ。マネカタから…『コトワリ』を掲げる者からその名で呼ばれ、半ば強制的に祭り上げられ、敵対していく。
名前は『呪』だといつか砂神は言った。だから自分は『人修羅』と呼ばれるのが厭だと。
『人修羅』という名前が一人歩きし、いつしか自分はその型に嵌らなければならないような気がすると。
―─初めまして。僕は砂神竜人。君…名前は?
誰もいなくなった部屋でユエは手元の箱のスイッチを一つ押した。するとノイズの混じった音と共に聞き覚えのある声が箱から聞こえてきた。
『預言者は帰った?』
「うん。随分粘ったね」
『トランシーバー』という旧世界の道具らしい。最近砂神が拾ってきて直した物で、初めてこれを見たユエは随分驚いた。声を遠くに飛ばす道具で、残念ながら距離的には比較的短い距離しか無理だが、店と倉庫を結ぶのには十分な機能を持った道具だった。
砂神の話だと『携帯電話』というものが旧世界にあったらしいが、それはもう一つの末端を砂神が持っていなかったのと、その飛ばした声を中継する場所がない為に使用できないらしい。それなら、世界中何処にいても声を聞けると聞いて、ユエは是非一度ぐらいは使ってみたいと思ったのだが、この『トランシーバー』でも十分に満足できる道具であった。
『…何か予言が降りてきたのかな?』
「多分。でも君は興味ないだろ?」
『そうだね。彼の『人修羅』はどうやら『僕』じゃないらしいから』
箱の向うで少し砂神が笑ったのではないかとユエはなんとなく感じた。砂神は多分フトミミの予言が少しずつ噛み合わなくなっているのに気が付いている。
『救世主』になる事を放棄した『破壊者』
閉じた世界で安穏と生きて行くぐらいなら、混沌の世界で自由で愚かに生きていく事を選ぶ。
―─『聖書』って読んだ事ある?
知らないと言ったユエに砂神が話したのは『楽園』に済む『人間』の話だった。
『神様』の統べる『永久楽園』から、『呪い』をその身に抱えて『人間』は荒野に放り出された。
『悪魔』の与えた『林檎』によって手に入れた『知恵』を持って、人間はそこで世界を作った。
何度神様の手によって滅ぼされたも、何度自らの手によって滅んでも、人間は少しずつ成長していった。
―─…似てるだろ僕と。だからね…僕はずっと『人間』でいたいんだ。
彼が与えられたのは『禍玉』
過酷な世界を生き抜く為の『力』
『林檎』を与えたのは神の造った永久楽園に未来を見出せなかった『明けの明星』だと砂神はいう。
「じゃぁ、君に『禍玉』を与えたのは誰?」
―─生まれて来る世界に未来を見出せなかった『明けの明星』だったら…綺麗な話だろ?
『トウキョウ』が死んで『君』が生まれた。
一人ぼっちの『アダム』は、
神様の呪いと、
明けの明星の祝福を受け、
混沌の世界で、
自由で愚かに生きていくの?
―─夢見る世界は『永久楽園』じゃないけどね。
>>あとがき
20030413
>>HP移転に伴い改行等一部訂正しました。本筋は変更ナシです。