*旗幟鮮明*

 燃え盛る炎。逃げ惑う悪魔達。
 セツナが相棒・ケルベロスと再びその地を訪れた時にその悪夢は目の前に現れた。
「コレは…」
 呆然とその光景を見るしか出来なかったセツナとクールに気が付いた一匹の悪魔が走ってやってくる。
「早く逃げないと君まで殺される!!早く!!」
「何があったんだ!?」
 悪魔の言葉にセツナは慌てて聞き返す。
「天使が…攻めて来たんだ。君はデビルチルドレン…早く逃げればきっと助かる!」
 堕落したこの街を天使達が滅ぼしに来た。
 人間と悪魔の血を引くセツナは此処の住人でも無ければ、純粋な悪魔でもない。巻き込まれるのは気の毒だとこの悪魔は思ったのだろう。
 セツナは僅かに困った顔をすると、クールを連れて走り出した。
 彼の目に浮かぶのは静かな怒り。
 クールはそれを上目遣いに伺いながらセツナと共に街の入り口まで走る。

 長い間二人で旅をしてきた。
 弟のナガヒサを探す旅の過程で、沢山の悪魔に出会った。
 彼らは、人間の抱く悪魔のイメージには程遠く、その街で穏やかに暮らし、街を統治していた。
 中には大魔王の命により我々と戦った者もいたが、先刻のアモンの話では現在の大魔王は偽者だという事も解った。
 セツナの父・ルシファーは囚われているらしい。

 目的は静かに変わっていった。

 セツナは弟の為に魔界までやってきたが、今は…。

***

 街の入口にはまだ天使の残党が残っていた。
 その中で、セツナは知っている顔を見つける。
「ナガヒサ…」
 セツナの目に絶望の色が浮かぶ。本来の目的である弟探しは、今のセツナには酷く残酷な再会となる。
「兄さん待ってたよ」
 天使を引き連れ其処に立つナガヒサは穏やかにセツナに声をかける。
「…どう云うつもりだナガヒサ」
「貴方を迎えに来たんだ。…ボクはエンゼルチルドレン。人間と天使の子供。兄さんがデビルチルドレンの様にね」
「そんな事は聞いてない」
「!?」
「何故街を焼いた」
 セツナの瞳から絶望の色は消え去り、代わりに冷たい瞳がナガヒサに向けられる。
 少し困った顔をしたナガヒサは、街を焼いた理由を語った。
 此処は堕落した街だと。
 だからそれを粛清する為に此処に来たと。
 始めは黙って聞いていたセツナは薄く笑いナガヒサに問い掛ける。

「お前の正義は誰が証明するんだ」

 思いがけないセツナの言葉にナガヒサは驚きの余り声を失う。
「…僕達は…主の御心ままに…この地を正しい方向へ…だから…ハルマゲドンを…」
「残念ながら『神』ってのはお前達の心の中にしか居ない。仮令、存在したとしても『神』にとって『悪魔』の存在は必要な物なんだよ」
「違う!!!『悪魔』の存在を主がお許しになる筈がない!!!」
 ナガヒサが大声で反論すると、セツナは僅かに弟に哀れむ様な表情を向ける。
「…本当に神が『カオス』である悪魔の存在を認めないのなら、万能である筈の神の存在は否定される。違うか?
 それでも神が居ると云うのなら、悪魔の存在は初めから認められているんだ、この世界に」
 セツナの言葉がナガヒサを引き込む。
 信仰・愛・正義
 足元から少しずつ浸食されてゆくのが解る。
「お前達は自らの『ロウ』を証明する為に『神』を利用しているに過ぎない。…そう、神は既にお前達の『システム』に成り下がっている。
『神』の名の元に粛清を繰り返し、悪魔を殺してゆく。ただ静かに暮らしていた者達は街を焼かれ路頭に迷う…。
…正義の名の元に犯された罪はどう裁かれる?」

 罪は罪。
 何処にも『正しい罪』など存在しない。
 聖書で、
 弟を殺したカインは神により呪われた者となった。
 しかし、
 神は罪を犯したカインを殺す者は7倍の復讐を受けると云われた。

 神は罪を犯した者を討つ事を良しとしない。
 仮令それが罪人であってもそれを殺す者は『罪人』となる。

「…僕は…」

 撓んで来る自分自身を感じる。
 兄さんの云う事は間違っていない。
 否、
 そもそも自分は何故『神』への信仰を持っていたのだ。
 盲目的に信じる上での『幻』であるかのような存在を。

「…仮令お前達が全ての悪魔を消し去ったとしてもお前達の中から再び『カオス』は生まれる…俺の父親の様に」

 嘗て 天に戦あり
 輝ける明けの明星を詩わるる者 12枚の翼を持つ最高位天使・ルシファー
 天の3分の1を率いて 神に弓引く事あり
 長き戦の末 天軍率いる大天使・ミカエルに討たれしルシファー
 他の天使等と共に地獄の闇に落とされん

 幾度神の楽園を作ろうとも既に『世界のバランス』保つ為に『ロウ』と『カオス』は必然的に生まれてくる。
 仮令『カオス』の世界を作ろうとも又然り。

 世界は常に『ロウ』と『カオス』そしてどちらにでもなれる『ニュートラル』がバランスを保つ。

「それがお前の心酔して止まない『神』の作った世界だ」
 セツナの声がナガヒサの頭に響く。
 顔面蒼白のナガヒサはガクガクと震えだす。怖い。セツナの一言一言が刺となり心に突き刺さる。
「ナガヒサ様。此処は一旦引いてください」
 ナガヒサの後ろに控えていたウリエルがセツナの執拗な刺から彼を庇うように前へ出る。
 それを見てセツナは薄く笑うとデビライザーを腰から引き抜く。
「…兄さ…」
「ナガヒサ。世界を神の名の元に変革を望むのならば、まず俺を殺しに来い。
俺はお前達『ロウ』の住人が憎んで止まない『カオス』と『ニュートラル』の子供…。
…俺は俺のやり方で世界を変える。全てを『ゼロ』にするのではなく、次の段階に世界を導くよ」

***

 

「…コレがデビルチルドレン・セツナです」
 ウリエルの投影機の電源が切られる。
 奥の椅子に座っていた大天使・ミカエルは頬杖を付きながら我が子・ナガヒサと、デビルチルドレン・セツナの遣り取りを眺めていた。
「…ナガヒサは?」
「今は大分落ち着いておられます…」
 ウリエルは、セツナの様子を伺う為とは言え、ナガヒサと彼の遣り取りを放置した事に責任を感じていた。
 彼は危険過ぎる。
 子供だと思って侮っていた。
 世界を見る眼を既にあのデビチルは持っていたのだ。

 世界がバランスを常に取り続ける事も、
 終らない戦いが存在する事も。

「似ているな…」
 ミカエルの言葉にウリエルは驚いて顔を上げる。
「…神への信仰が厚かった故、自己矛盾に耐えられなくなったあの男に」

 彼は、
 楽園の人の祖に『知恵の実』を与え、
 常に誘惑を続けた。
 神に守護される不安定な存在である彼等の『可能性』を信じて。

 完全なる存在である我らの及ばない高みまで人が行き着く事を信じて。

 彼は疲れていたのだ。
 罪を重ねる自分自身に。
 完全な存在である我々が機械的に『絶対正義』を振りかざす事を良しとしなかった。
 そんな事をしなくても、世界は自己修復を続け機能し続ける。

『ならばゼロにする必要はない。今まで彼らが育んで来た可能性を何故消し去る必要がある』

 彼はそう云い残し同胞と共に闇に消えた。

「血は争えんか…」
 ミカエルは静かに瞳を伏せると薄く笑う。
 彼の息子は間違いなく『ラグナロク』を撰ぶであろう。
 世界を次の段階に導く為に。

 自分は『神の代行者』として『ハルマゲドン』を施行する義務がある。
 それが大天使たる自分の勤め。
 信仰が揺らぐはずがない。
 その様に作られたのだから。

 彼が『天使』から反離したのは、
 『天使』だけが『可能性』を持たない存在だったからなのか。
 完全なる存在には『可能性』など有り得ない。
 我々は不変の存在なのだから。

***

「久しぶり」
 少年は薄く笑うと壁に張り付けられる男を見た。
 実体ではないのか、少年の体は蜃気楼の様に輪郭をユラユラと揺らしていた。
 ジャラリと男を繋ぐ鎖が音を立てる。
 僅かに上げられた顔。
「…お前か」
「もう直ぐアンタの子供達が此処に来るよ。…ノルンの鍵を持ってね」
 少年の言葉に男は僅かに笑う。
「…そうか、世界を如何するかは子供達に任せよう…。お前にも面倒をかけたな」
「俺達はアンタについて行くとあの時に決めた。それは今でも変わらない…」

 天に弓引いたその時に決めた道。
 今は、
 嘗ての様な姿では無くなったが、アンタも我々も力を失うことなく此処に居る。

 世界は次の段階に行く事を望んでいる。

 事もあろうに堕天した明けの明星の子供が『メシア』として魔界に居る。
 あの子供は自覚していないだろうが、間違いなく彼は『変革』を齎す者であろう。
 アレは『世界の選んだ子供』なのだ。

「私の顔も覚えていないだろうな…」
 男は少し残念そうに云うが、自分もずっと小さかった子供達しか知らないという事に気が付いて静かに笑う。
「…顔なんか覚えて無くても問題ないだろう?」

 時々、彼の子供をサポートする中で不思議に思ったことがあった。
 顔も覚えていない、ましてや一緒にいた記憶さえあやふやな子供達は誰に云われる事もなく父親と同じ道を歩いていた。
 …血の導きか…。

「じゃあそろそろ行くよ…ルシファー。
 全てが終ったらディープホールで待ってる…タカジョー・ゼットとしてではなく、魔王・ゼブルとして」
 少年の姿が次第に輪郭線を揺らがせ消えた。

 誰も居なくなった部屋でルシファーは静かに時を待つ。
 世界の選択が下されるその瞬間を…。


>>後書き

次に書く機会があればもう少し明るい話にしたいなぁと思う。