*魔術儀式*

 その時ホープは驚いて顔を上げた。今まで感じたことの無い違和感。第6世界に来てからずっと繋がっていた何かが突然切れたようなそんないわれの無い不安が急激に広がってゆく。
「どうした?」
 行動をともにしていたドランジは突如動きを止めたホープに怪訝そうな表情見せる。『ホープ』は同時期に夜明けの船にやってきた『舞踏子』と共にエースとも言える存在であった。一見ちゃらんぽらんな様に見えるが、いざ仕事となると別人の様に働くし、腕も一流であった。特にRBの操縦に関しては舞踏子に僅かに劣るものの、陸戦技能に関しては現状元々陸戦専門であったアキやカオリの追随すらも許さない状態であった。
 だからこそ今回の作戦で彼は起用されたのだ。

『谷口竜馬殺害』

 火星の平和に障害となる人物を世界から除外するこの作戦は何としてでも達成せねばならない事であったが、現状は圧倒的不利な状況である。その最中でホープがあらぬ方向を見て顔を顰めている様子を見て、ドランジは一言文句でも言ってやろうかと思ったが、ホープにとって何か尋常ではない事が起こったのでは無いかと思い、質問を変えたのだ。
「…最悪だ。非常にマズい。うん、そうだな。こんな時は最悪の事態を考えるべきか」
「何を言っているホープ」
 ドランジの言葉にホープは先程までの表情は何処へ行ったのか場違いな笑顔を作ると、ドランジの肩をポンと叩く。
「後は任せた」
「殴るぞ」
「取りあえず俺や舞踏子が帰ってこれたら幾らでも殴ってくれていい」
 驚いたような表情を作ったドランジに向かってホープは言葉を続けた。
「多分MAKIが活動停止してる。という事は、俺も舞踏子も最悪活動出来なくなる。まぁ、この辺の詳しい話は生きてたらヤガミにでも聞いてくれればいいけどさ。これからちょっと舞踏子回収に行って、出来る事やっておこうと思う」
「何を言ってるのか解らん」
 不機嫌そうなドランジの表情を見てホープは笑った表情のまま肩を竦めた。
「遺言だよ」
「ふざけるな」
 ホープの言葉が不謹慎だと思ったのかドランジは声を荒げて怒鳴りつける。しかし、ホープは少しだけ困ったような表情を作って空を見上げた。懐かしい第5世界で人間同士の殺し合いをしに戻ってくるのは因果な事だと思ったが、思った以上に罠が仕掛けられていたらしい。
 止まってしまったOVERS。最悪二度と戻って来れないかも知れないのを舞踏子も感じているかもしれない。全てが遅すぎたのか、全てが読み違えていたのか。いつこの世界から弾き出されてしまうか解らないこの状態で、遺言を残すのは至極当然の行為だとホープは思っていたが、ドランジには理解できないのだろう。それは仕方がないことだと思った。
 ヤガミに負けず劣らず『妖精さん』の加護を受けているドランジは生き残る可能性は比較的悪くない数字だと思ったホープは、苦笑しながら言葉を続けた。
「もしも合流出来たらヤガミと…エステルに伝えて欲しい『世界のが閉じても世界から弾き出されても俺達は何としてでも帰ってくる。俺達がこの世界へやってきた目的を果たす為に』って」
「ホープ?」
「まぁ、俺達が居なくなるのが先かどうか解らないけどな。てな訳で、舞踏子の回収に行くから後宜しく。妖精さんの加護があらんことを」
 そう言うとホープは身を翻し戦場の中を駆けていった。陸戦仕様の彼の義体に追いつくのは不可能だと判断したドランジは彼を追うのを止めて作戦の続行を取った。
 前から不思議な男だと思っていたが、今回は本当に理解不能だった。けれど、彼の決意だけは本物だと理解できた。エステルを追いかけては鉄拳制裁を喰らい、ヤガミをからかっては銃を突きつけられていたかの男の目的が何なのか聞いた事はないが、彼もまた舞踏子同様大きな目的があったのだろう。その為に彼は今行動を起こしたのだと。

 時を同じくして舞踏子は黒衣の群れに連れられながら激しくは後悔をしていた。弱い義体にした事が裏目に出た。嘗て絢爛舞踏としてその名を轟かせたこの世界で無様な結果を招いてしまったのは屈辱以上に後悔のが頭を支配する。ヤガミは?セラは?エステルは?
 そして何より先程感じた違和感。多分もう残された時間はない。
 今や虚弱なこの義体が煩わしいとしか感じられなかった。せめて第6世代位の強度は必要だった。
 突如黒衣の群れに突っ込む人影を見て舞踏子はその目を凝らした。自分と同じ青い衣を纏う男が拳を振るって黒衣の群れに突っ込んできたのだ。同士とも呼べる男。
「ホープ」
「よう。鼻血まで出しちゃってまぁ、不細工だな。ヤガミに嫌われるぞ」
「お前こそ相変わらずのだらしない顔だ。エステルに逃げられる」
 そんな場違いな会話を交わし2人は顔を見合わせると互いに苦笑した。
「時間がないのは気付いてるよな舞踏子」
「そんな気はしてた。無様だ。完敗だ」
 僅かに残った黒衣の兵達に拳を振るいながらホープは話を続けた。
「まぁ、また世界の壁をこじ開けるしかないわな。また向こうの戦場で5年前みたいにレトロな情報戦争に逆戻りだ。…情報収集からスタートだな。うん初心に戻るのも悪くない。取りあえず今は仲間の撤退を助けようと思う」
 ホープがそう言ったのを聞き舞踏子は空を見上げる。
「私も戦う。その為に私は第6に来たんだ。…今思い出した」
 嘗ての約束を守る為に此処に来たのだ。戦う為に来たのだ。弱い義体がどうした。そう心の中で叫び舞踏子は拳を振り上げた。
「腕折れるぞ」
「構わない」
「流石」
 口笛を吹き冷やかすホープを睨むと舞踏子は側に居た黒衣をぶん殴った。
「『貴方は世界を変えるユニットですか?』」
「『その答えはYESである』」
 大好きだった人の口調を真似てそう言ったホープに向かい舞踏子はそう笑って答えた。


>>あとがき

先日の小魔術儀式におけるホープと舞踏子の最後を書くつもりだったんですが、まだ彼らの活動が停止してない事が発覚し途方に暮れました。暮れまくりました。最後に世界からはじき出される所まで書いたんですが、そこを削ってUPって形にしました。
本当はうちのユニット名(舞踏子=ハルとホープ=ナナシ)で書き始めたんですが、矢張りオフィシャル舞踏子とハルのギャップが激しすぎるので(笑)まぁ、あそこの舞踏子とホープって形に直しました。ホープはオフィシャルで余り出てないので比較的うちのナナシと似た性格に作ったんですが、舞踏子は無理だ。あれは別物だと思って読んでたので、書くとなるとそのギャップに苦しむ羽目になってしましましたね。
あの小魔術の後彼等がどうなったのか詳しく書かれてないので、こんな話があったらいいなぁ程度で思惑で書いたんですが、如何でしょうか。
多分オフィシャルに沿った話はもう書かないと思いますが、楽しんで頂ければ幸いです。

20060319