*初夢祈願*

 その日ヤガミは何気なく彼女の部屋を訪れた。先日までの快進撃が嘘のように出撃も少ない年末。もっとも火星では年末という概念が地球程重要視されているわけでもないのだが、地球出身のヤガミはなんとなく仕事も少ないので部屋の掃除をしてみたりしながら日々を過ごしていた。そして彼女…最も新しい伝説、第7世界からやってきたハルと名乗る舞踏も飛行部隊という事もあり、出撃がないこの日々を珍しく部屋に篭って過ごしている様だった。
「ハル?」
 部屋ではハルが熱心に机に向かって何やら筆を動かしているようだった。デジタル化された情報が行き来するこの火星で何処で手に入れいたのか時代錯誤な筆と紙。ハルは声を掛けられ漸くヤガミに気が付いたのか、顔を上げ僅かに微笑む。
「どうしたヤガミ」
「…何をしている」
 質問に質問で返すというヤガミの愚行をハルは少し微笑んだだけで流し、机の紙をヤガミに見せる。そこには絵が書いてあったのだ。
「七福神?」
「そう。これを枕に敷いて寝るといい初夢を見れる」
 胸を張るように彼女は言うと、最後の仕上げに大きな鯛を描き込んだ。
「一富士・二鷹・三茄子だったか?年寄り臭いな」
 ヤガミは側にあった椅子に座ると七福神の絵を覗き込む。ずいぶんと巧く描けている様に見えたので、ヤガミは感心して、巧いなとだけ呟いた。
「絵を描くのは嫌いじゃない。もっとも上達してるのはこの絵だけだ」
 ハルは筆を片付けると、絵を乾かす為かその絵を持ち上げて風に晒す。
「毎年描いてるのか?」
「…5年前に初めて描いた。その時に見た夢は見事な夢だった」
 ハルが5年前に初めて七福神の絵を描き、見た夢の話をしだした。
 大きな鳥の背中に乗って空を飛んでいる夢だったという。そして、長い間飛んでいると、夜が明けてきたので、初日の出を拝もうと顔を上げるとそこには朝日を背負った富士山が見えた。そうこうしてる内に、鳥から振り落とされ、池に落ちるかと思ったが、実際落ちてみたら茄子が敷き詰められたプールだった。そこで目が覚めたと、彼女は言葉を締めくくった。
「目出度いが判断に困る夢だな」
「うむ、鳥が鷹だったのかを確認できなかった」
 そうハルが不服そうに言うのを見てヤガミは思わず吹き出す。彼女返答が彼の予想を大きく裏切っていたからだ。
「…その年に…第5世界でお前に出会った」
 僅かに瞳を細めてハルが言葉を発したのを見てヤガミは表情を硬直させた。それに構わずハルは笑った表情を作ったまま言葉を続けた。
「始めは可笑しな人だと思って追いかけてる内に段々のめり込んで、嘘を信じて、祈って、戦って、希望を此処に届けて私の1年は終わった。あの時は時間も情熱もあったから本当に辛かったし楽しかった。けれど私はそれから暫くこの絵を描かなかった」
 言葉を止めたハルを見てヤガミは返答に困った。が、少し思案してどうして、とだけ聞いた。
 するとハルは口元を歪めて不服そうな声を出す。
「お前が会いに来るのを待っていたのだ、たわけ。しかし5年経っていい加減待つのにも飽きた。だから又絵を描いた。同じ夢が見れたから私は第6世界に行くのを決めた。無論、世界を超えるシステムが完成したのも偶然同じ年だったのだが。ソレが世界の選択だったのだろう」
「…」
 それは遠い世界で交わした約束だった。彼女は嘘吐きだった当時のヤガミの言葉を信じてずっと待っていたのだろう。しかし、待つだけのお姫様ではない彼女は痺れを切らせて世界を超える事を決めたのだろう。そこが戦場であると知って尚。否。戦場であると知っていたからこそなのかもしれない。
「3年しかないからな私には。だからその3年がいい年であるようにこっちでも絵を描く事にした」
「済まない」
「会えたから良い。お前も描いてみるといい。きっと良い夢が見れる」
 その言葉ヤガミは僅かに思案するが首を振る。うまく描ける自信がないのだと小さな声で返答した。
「お前がいい夢を見れる上中下の方法があるある。聞くか?」
 子供のように微笑むとハルはそう言葉を紡いだ。
「聞きたい」
「下はお前が力ずくでこの絵を私から奪い取る。中は絵を描き終わりクタクタな私を宥め透かしもう1度同じ絵を描かせる。上は大きな枕を調達しその下にこの絵を敷き、私と一緒に頭をその枕に乗せて初夢を見る」
 指折り得意げに作戦を披露するハルを見て、ヤガミは漸く表情に微笑を浮かべた。ヤガミの答えはもう決まっていた。
「下は君の陸戦技能を考えると新年早々医務室行きだな。中は今後の円滑な人間関係を考えると避けるべきだ。残るは上だ」
「消去法か。折角ならいち早く上を選んで欲しかったのだがな。まぁ、そんな所は嫌いではない」
 ヤガミの返答に満足そうにハルは微笑むと机に散らかった筆を片付け立ち上がる。
「それでは大きな枕を調達する事にしようヤガミ」
「ああ」
 ヤガミはそう返答するとゆっくりと思考を動かす。5年前の約束。嘘吐きだった自分。最強の絢爛舞踏だった彼女。今こうやって出会える事が奇跡なのだと。出会った事が奇跡だと言葉に出せばきっと彼女は鼻で笑ってこう言うのだろう『奇跡は起こるのを待つのではない。起こすものだ』と。
 きっといい夢が見れるだろうとヤガミは根拠もなく確信していた。どの世界の夢でも良い。彼女が側にいる夢ならば。


>>あとがき

 新年あけましてオメデトウ御座いますって事で、取り合えず新春SS第1弾は絢爛舞踏祭にしました。クリスマスSSUPしそびれたのでお詫びも兼ねて。舞踏子・ハルの口調が安定してなくて申し訳ないです。まだどんな方向性にするか決め兼ねてる所もありますので御容赦下さい。
 取り合えずヤガミv舞踏子な訳ですが、本当はタキガワとかノギさんとか大好きなので今後そっちも書きたいなぁと思って見たり。ヤガミも無論好きですがね…岩田とは別人として扱ってしまおうか本当に苦悩してます。岩田は大好きです。ヤガミは好きですっていう溝が埋まらない(遠い目)
 初の絢爛SSとなりましたが、隙を見てクリスマスSSも上げたいと思ってます。クリスマスSSのヤガミは舞踏子ラヴ過ぎて微妙に黒いです…皆様ヤガミにどんなイメージ持ってらっしゃるんでしょうかね。イメージ崩してないといいなぁと思いながら、細々と書いていきたいと思います。
 それでは又お目にかっかれれば、そりゃあもう奇跡かも(笑)

20060108