*記憶鮮明(IN岩田王国)*
イワッチ王国此処は箱庭電波な王様舞を舞う
イワッチ王国此処は戦場運命を変えよ彼が言う
イワッチ王国此処は楽園全てを赦せと君が言う
此処は熊本。5121小隊、スカウトの王様のいる場所
***
奥様戦隊の仕事として日常原や善行は小隊の人間の様子には気を配っている。日曜日の約束を取り付ける所を確認せねばならないし、冷やかしの対象となりうる人間を見付けるのも重要な仕事なのだ。
そんな奥様戦隊のメンバーが実に不思議に思えるコンビがいた。仲が良いのか悪いのか判断しかねる組み合わせ。
「…貴方はどう思う?」
整備主任で大概ハンガー1階にいる事の多い原が士魂号を調整している善行に声をかける。彼が手を止める事無くちらりと原の方を見て、何の話ですか?と返答をしたので原は少し肩を竦めて再び口を開いた。
「岩田君と芝村さんよ。仲が良いのか悪いのかって話。岩田君て面倒見が良いけど、彼女に対してはずっと微妙な感じじゃない?まぁ、石津さんや若宮君の事もあるしはっきりさせたいのよね私としては」
「つまらない事に興味を持つんですね貴方は」
「重要だと思うけど。石津さんも不安でしょうね…」
石津の名前を出されて善行は僅かに顔を顰める。確かに岩田と石津は俗に言うラブラブ状態にあると思われているが、自称『芝村の母』ポジションの岩田の態度は気になるかもしれない。
芝村に対しては徹底的な保護者ポジションを維持している。芝村にとっては迷惑な話だろうが、この態度は小隊が召集されて以来ずっと貫き通されたものなのだ。つまり、石津との恋人関係より長い。此処まで続けた関係ならこのまま現状維持もありえるだろうが、原は結局どう転ぶか解らないと踏んでいるのだろう。…というより、踏みたいのだろう。
「私としては岩田君が芝村さんに拘る理由が知りたいのよね。その辺が解ればすっきりするし。石津さんにも『安心して良いわよ』って云えるのに」
「…そんな相談持ちかけられたんですか?」
「はっきりは云わなかったけどね。あの子自分に自信がないみたいだからきっと不安だろうなって」
初めこそ石津の事を嫌っていた原だが、現在は岩田王国の『影のお局様』として面倒を見て回っている。元々面倒見の良い性格なのでその辺は楽しくてやっているのだろうが、態々王国外の人間である善行に話を持ちかけた理由彼自身はよく解らなかった。
「どうして私に話を振るんですか?」
「外から見てどうかと思って。中に居る人間には見えない事もある訳だし。どう?」
「…『娘』のようなものなんでしょ。岩田君にとって芝村さんは」
これは実際本人から聞いた話なので確かなものだったが、原は実につまらなそうな反応を見せた。
「『娘』ねぇ」
そう云うと原は意を決したように善行の方を見てにっこり笑った。
「聞いてきましょうか」
「は?」
「岩田君に」
そう云うと問答無用で善行の腕を掴んで引き摺るようにハンガーを出る。
「何で私を巻き込むんですか!!関わりたくないんですよ岩田君には!!」
「だからじゃない」
…単なる嫌がらせだと云うのに気が付くのに善行はしばしの時間を要したので、結局整備員詰め所まで何も言い返す事無く連行された。
「岩田君。聞きたい事があるんだけど」
がらりと扉を開けるとそこには2人で五目並べをする岩田と石津の姿があった。碁盤も碁石も当たり前だが岩田が持ち込んだもので、その類の私物は山のように詰め所に持ち込まれている。そしてどうでも良い事だが岩田はすこぶる五目並べが弱いと小隊中で評判であった。
負け込んでいたのか岩田は2人の姿を発見するとウキウキと石津に試合の中断を持ちかけ碁石を片付けだした。
「何ですか?」
石津がお茶を入れに調理室に向かったのを切欠に岩田が話を切り出したきたので原は単刀直入に話を振ることにした。
「貴方何で芝村さんに構うの?」
「娘のようなモノだからですよ」
いともあっさり返答したので原は口をぽかんと開けるが直ぐに切り返しを計る。
「…私は何で芝村さんなのか聞いてるの。貴方のその態度に石津さんが不安がるでしょ?」
原の言葉を聞くと岩田は僅かに困ったような表情をし、善行の方を向くが善行は無視する事にした。下手に助け舟を出して後で原に絡まれるのが厭だったのだろう。彼女の怖さは身をもって解ってる。
善行が助けてくれる素振りを見せないので岩田は椅子に座りなおして腕を組む。
「…昔話をしても良いですか?」
ずっと昔、まだ芝村の研究者だった彼は上司の娘の遺伝子治療をする仕事を請け負った。別に断っても良かったのだが、絶対的な権力を誇るその上司に逆らうのは実に自分へ不利益を齎すと彼は判断したのだ。
「そう厭な顔をするな。お前にとっても有益な仕事だ」
「…子供が嫌いなのを知っててその仕事を押し付けるんですね貴方は」
皮肉すらもその分厚い面の皮でさらりと流すと上司は自分の娘を岩田に預けた。期限は1年そこそこだったとおもう。
初めこそは面倒だったので命じられた事以外の仕事は殆どやらなかったが、子守りのような仕事までこなす羽目になるのにそう時間は掛からなかった。父親に似ない素直な正確な彼女の面倒を見るのが少しずつだがまんざらでもなくなったのだ。
注射が厭だと泣き喚いたり、外に出たいと駄々を捏ねたりそれはもう大変だったが、手が掛かる子供の方が可愛いという親バカの気持ちは解らないでもなかった。何よりも思いの他彼女が岩田に良く懐いたのだ。
遺伝子治療も無事に終わり仕事も終了した時、別れは容赦なく迫った。
「今日でお別れです」
「…」
瞳に一杯の涙を溜めて彼女は岩田の言葉を拒絶した。初めから解っていた筈なのにそんな姿を見ると自分の無力さを否応なく岩田は自覚した。自分は結局あの男の言った通りに動く事しか出来ないと。
「大丈夫です。忘れてしまいすよ僕の事は。だから寂しさも悲しさも消えます」
「忘れない。絶対に。だからそなたも私の事を忘れるな」
それは無理な話だった。彼女の記憶から自分の存在が消されるのは決定済みなのだ。彼女の過去の軌跡に自分の存在は必要ないとあの男が判断したのだから。
「貴方の事は忘れませんよ。貴方を陰ながら守ります」
「という訳で、僕はお約束を守っているんですよ」
「…芝村さんなのその子」
原が余りにも突拍子のない岩田の昔話を唖然とした表情で聞き入っていたが、話が一段楽した所で言葉を漸く放った。
「違いますよ」
さらりと放った岩田の言葉に原は胸倉を掴む勢いで立ち上がったので善行は慌ててストップをかける。
「…名前も顔を忘れました。だから同じ年頃の子を見るとついって話ですよ。半分だけしかお約束を守れない駄目人間なんですよ僕は。原さんももう少し若ければ僕の『娘候補』に入れましたよ★」
「おだまり!!」
年の事を言われて原は露骨にむっとした表情を見せた。この小隊では少々年齢が高い目なのは自他とも認めるところなのだ。その原の様子を見て岩田は笑うと善行方をちらりと見る。善行は仕方ないと言うようにため息をつくと原の腕を掴む。
「これで満足でしょ。岩田君とこれ以上会話するのは時間の浪費ですよ。私が保証します」
原も散々岩田に振り回され時間の浪費を重ねている善行に保証をされ、仕方なくこの話は諦める事にした。
「…本当に何処にいるかも解らないの?その子は」
部屋を出る直前に原は振りかえって最後の質問を岩田に投げかけた。
「学兵になってるでしょうね。このご時世ですから。だから早く終らせたいんですよ戦争を。そうすれば僕の『思い出の子供』は死なないで済む。それだけです」
「…そう」
原はまだ不満そうな顔をしたが後ろの善行が早く部屋を出てくださいと小声で言ったので名残惜しそうに部屋を後した。
「面白い話を聞かせてもらいましたよ。随分身勝手な上司ですね」
「…同感ですよ」
善行の皮肉げな言葉に岩田は苦笑しながら答えた。何処まで嘘か、何処まで本当か判断できる要素は非常に少ないが、少なくとも善行はそんな身勝手な上司が存在する事を知ってる。自分もその上司に振り回された…否、振り回されているくちなのだ。
岩田は2人を見送ると椅子に深く座りなおし瞳を閉じた。
彼女は自分の事を忘れている。それだけは事実で、一方的なものになってしまった約束を後生大事に抱えている自分に思わず笑ってしまう。
反故にしたって良かったのにまだ抱えていたいのは自分自身の『思い出』が余りにも大きすぎた所為なのだろうか。
ふと、紅茶の香りが漂ってきたので岩田は思考を止めゆっくりと瞳を開けた。カップは4つ置かれているが、2人の客は帰ってしまった。
「無駄になりましたね。僕が怒らせたので帰ってしまいました」
石津は何も言わずに少しだけ微笑んで2つのカップに紅茶を注いだ。琥珀色の液体が白い容器に注がれるのを眺めていたが岩田は視線を石津の方に向けた。
「聞こえてました?話」
「…ええ」
「そうですか」
「本当の話なんでしょ?」
石津は琥珀色の液体に満たされたカップを岩田に差し出しながら小さな声でそう云った。
「…多分。僕の記憶が捏造されていなければ」
捏造されている筈はないと石津は思った。その昔話を切り出した瞬間、いつもは綺麗にコーティングされて覗けない岩田の心が僅かに見えたのだから。多分彼にとってそれはとても大切なもので他人に晒したくなかったのだろう。だから彼の心が揺れたのだ。
同調能力を持っている石津には言葉の上の『嘘』など意味をなさない。
人の好意も、悪意も、敵意も全て言葉と同じレベルで石津には受け取る事が出来るのだ。それは余りにも重い能力でその所為で彼女自身壊れかけた事だってあった。
しかし、岩田の心だけは全く見る事が出来ないのだ。
普通のその能力を持たない人間の様に石津が振舞う事の出来る唯一人の人間。
『嘘』に騙される事だって出来る。
『言葉』を信じる事だって出来る。
…だからこそ不安を感じる事はあったが、他人の悪意を感じて壊れるよりは全然マシだった。
「僕だけの『思い出』なんですよ。彼女の中には僕との『思い出』は存在しない。こうやって僕が王国を作っても時が来れば忘れ去られるんですけどね…それでも僕だけの『思い出』として抱えていたいって云うのは女々しいですかね」
その言葉に石津は思わす息を飲んだ。『王国』すら忘れ去られると彼は思っているのかと。沢山の人を守って、好かれて、大事にしてきたモノではないか。消える筈がない。
「私は…忘れない…絶対…に」
石津の言葉に岩田は僅かだけ瞳を細めた。自分の『思い出の子供』も同じ事を云ったが、その言葉は永遠に失われてしまった。
だからもう良いと思っていた。繰り返される永遠のループの中思い出を作っても自分自身に蓄積されるだけなら無駄だと思ったのだ。だからあの男の傀儡としてこの世界を変革する者を待ちつづけ導く役目を担ったのだ。そう割り切らなければ長すぎる時間なのだ。
実際自分自身に『介入者』が干渉するまでは。
止まっていた時間が動き出し、好きにしろと『介入者』に云われ自分はもう一度『思い出』を作ろうと思った。自分の中にだけでも全てを忘れないように焼き付けようと。
「…いつか僕が此処を去る時に全ての人の中から僕は消えます。それは世界の選択なんです」
「だったら…忘れても…思い出すわ…頑張って…思い出す…から…私が…忘れてしまった事を…沢山…話をして…」
「石津さん…貴方…」
岩田は思わず言葉を詰まらせた。例え自分が思い出を彼女に話したところで思い出す事が出来るモノではない。全てはリセットされ無に帰すのだから…自分の記憶は除いて。
けれど、その為に『思い出』を焼き付けるのも悪くないと思った。そうやって『新しい思い出』を作ってゆくのも悪くないと。
「約束します。例え貴方が僕の事を忘れても…僕は貴方を見付けて…沢山話をしますよ。そして『新しい思い出』も作って行きます」
岩田がそう云うと石津は穏やかに微笑んで小指を差し出したので、その小さな指に自分の小指を絡めて指切りをした。
―─約束はずっと守ります。貴方が例え忘れてしまっても。
僕が貴方との思い出を抱えてるからこそ何度だって貴方を探す事が出来る。忘れられていても良いんです、また新しい思い出を僕が憶えていれば良いんですから。だからもう『思い出』が邪魔だとも、無駄だとも思いません。…大切にしますよ、この世界での『思い出』を。
>>後書き
32000番のキリ番リクエストで御座います。
岩田v萌のシリアスってご希望だったんですが、最後の方だけですね(苦笑)すんまそん。岩田v萌って余り単品作品で書かなかったのでちょっと大変でした。…タイトル考えるのに時間かかったよ。
本当は次のループへ話を飛ばして終了にしようと思ったんですがその話書いたら又介入者が出張ってきたんで(何故だ…)削りました。こうやって岩田は王国後のループでは比較的ポジティブになったと思って頂ければ幸いです(笑)彼も少しずつ成長してるんですよ★王国を作ったことで本当に変わったの岩田自身って事で。
それでは最後になりましたがこの作品は32000番キリ番ゲッター・狐様へ。
20020326 砂神
>>HP移転に伴い一部改行等調整。大筋変更はありません。