*運命選択*

 その日は何時にも増して天気が良かった。4月に入り、日中は穏やかな気候で覆われる。
「公園にでも行こうか」
 日曜日。校門前で待っていた舞にそう声をかけると、彼女は少し微笑って頷き、車椅子の僕に歩調を合わせてゆっくりと歩き出す。

 何時からこうやって一緒に歩くようになったのだろう。誰よりも気高い芝村の末姫は誰でもなく僕を選んだ。
 意志の強い瞳。自信に溢れた言葉。それを確固たる物にする実力。…それとは裏腹に手を伸ばせば消えてしまいそうな儚さ。
 人類の最高栄誉『絢爛舞踏』への階段を上り続ける彼女は何時か僕の手をすり抜けて何処かへ行ってしまうかもしれない。そんな根拠のない不安を抱くようになったのはごく最近の事だった…否、以前からそれを知っていてあえて僕は目を背けていたのかもしれない。

 公園の桜は満開を通り過ぎ既に散るばかりで、彼女は僕の横に立つとその桜を黙って眺めていた。
「こうやってゆっくり桜を愛でる暇もなかったな」
「…そうだね」
 戦場に立つ事が仕事である僕達は何時でも硝煙と血に塗れて戦場に立っていた。…いや、僕は戦場に立たない。戦場に立つのは彼女だけだ。幻獣の蠢く戦場で臆する事無く剣を振るう姿は戦場に等しく死を齎す鬼神の様にも、等しく祝福を齎す神の様にも見えた。
 ふと顔を上げると、その日差しの強さに思わず目が眩んだ。

―─ジンガイノドウホウ

 目の前が真っ赤に染まり突如誰かの声が聞こえた。何処かで聞いた事のあるその声は他の誰でもなく僕に語りかけてきた。

―─コロセ ゲンジュウヲコロスユメヲ

 今朝ちゃんと薬を飲んだ筈なのに発汗が止まらない。鼓動が段々と早くなり、視界は更に赤みを増してゆく。震える両手を握り締め隣に立っている彼女に視線を向ける。

―─助けて…舞!

 僕は声にならない悲鳴をあげた。

 

 ゆっくりと瞳を開けると、目の前には舞が立っていた。視界は…正常だ。
「手を…握っていてくれないか…君が飽きるまででいい」
 そうしないと僕は消してしまうかもしれない、君を。君は消えてしまうのではなく、僕が消してしまうのか。
 すると彼女はゆっくりと手を此方に差し伸べた。
「狩谷…どんな時でも私を選べ。私はそなたと共に生きると決めた。世界がそれを赦さないのなら…私は世界を変えよう」
 差し伸べられた手は遠くて近い。
 その手を取れば僕は君と生きていられるのか。世界がそれを赦さなくても。
「世界に順じなければ生きては行けない…けれど…君はそれでも僕を選ぶのか?」
「私はその為に人を超える」
 絶望の淵に立つ僕に対峙出来るのは君だけだろう。僕を殺すのも君。僕を生かすのも君。

―─コロセ

 誰を?

―─コロセ

 震える体を押さえつけ僕はゆっくりと手を伸ばした。彼女の手を取る為に。自らを蝕む何かを振り払う為に。

 彼女は屈託なく微笑った。それで良いと。それがそなたの選択だと。

***

 舞は校門で狩谷と別れるとハンガーへ向かい、煩いほどの声を振り払って3番機を眺める。

―─どちらを選ぶかは問題ではない。様は自らで選択するかしないかだ。

 私と共に生きる事を選べば、奴と生きる為に戦う事に決めた。
 私と共に生きる事を拒否すれば、奴を生かす為に戦う事に決めた。
 選択をしなければ…奴を殺す為に戦う事に決めた。

 自らの体は自分が動かしている。自らが何処に行きたいかは自らだけが知っている。だから選ばなければならない。選択を拒めば世界に流されるだけだ。惰性の生に何の意味があるのというだ。
 絶望の淵に立った時こそ、自らが歩む道を決めなければならない。

狩谷は選択した。

 私は神ではない。誰もを救う事は不可能だ。けれど、自らの歩みたい道を選択した者を救う事は可能だ。共に歩み道を切り開く事がその者の救いなのだから。

―─絶望の淵か…。

 嘗て自分もそこに立った。知らなければよかったと思うと同時に、そこに立って初めて見えたものがあった。自分が何の為に此処にいるのか。何も知らずに銀剣を振るうよりはずっと良かったと思う。奴を救うという選択肢が初めてそこで出てきたのだから。

―─貴方は世界を救うユニットですか?

 否。
 私が救いたいのは自分自身だ。そしてカダヤと決めた狩谷だ。

 絶望の淵で手招きしていた男の言葉にそう答えたと思う。
 その男は微笑って自分をその淵に立たせた。そこは狩谷の立つ場所。この男の立つ場所。
 動かないのだこの男は。痛みを抱えて淵に立っていた狩谷や、淵に立って痛みを抱えた私と違い、痛みを何処かに置き忘れ永遠にその場所で誰かが来るのを待っている傀儡。誰かに世界を変革させる為に道化を演じそこに立ち続ける。

―─何の為に生きているのだ。

 信仰か、忠誠か。それとも嘗て抱いていた何かさえも忘れ、役割を演じているだけか。

―─忘れてしまいましたよ。全部。

 放棄したのだ考える事を。それとも『忘却』が自分を永遠の絶望から守るプロテクトなのか。ならばそれも良かろう。その場所から動きたくないのなら己が壊れないように守るしかないのだから。

 しかし、私は狩谷を連れてこの場所を離れる。
 あやつは私の手を取ったのだ。
 絶望の淵から這い上がる為に。

***

―─ドチラガシヌ?

―─僕は君と生きていたい。

―─私はそなたと生きる。

 壊れた士魂号は動かなかった。
 目の前の敵は土砂降りの中、薄暗い雲に向かって咆哮を続けた。

「…世界の選択…か…」

 道化の仮面を被った男は、再び起動音を上げる士魂号を眺めながら僅かに瞳を伏せた。

そして絶望の淵には自分以外誰もいなくなった。


>>あとがき

 キリ番リクエストの狩谷v舞でしたが、この二人だと必ず絢爛舞踏の話になっちゃいますね(滝汗)
 しかも、今回は久々の『勝気仕様・舞』と『絶望の淵・狩谷』ですよ。芝村も初期の頃は勝気仕様で書いてたんですが、若宮と組ませてからは何だか可愛らしくなっちゃって(微笑)狩谷も狩谷でそりゃぁもう見事な程、王様心酔モードだったんで、キャラの方向変えたんですがこれはコレで良いコンビなんですよね…。勝気の子には少々迷いがある人間が合うと思います。

 しかし、よく考えたら狩谷v舞推してた癖に、何だかんだいってSS上げてなかったんですよね…(遠い目)初の狩谷v舞かいな。
 …SS書くたびにループを丸ごと設定するのはどうよ自分(爆)まぁ、大雑把に言って『王国ループ』の前か後かを決める事で微妙に話の展開が変わるぐらいなんですが。って云うか、岩田がね(帰れ)
 そろそろ開き直って岩田を出し続け、彼がどう変わって行ったか書き続けるのも悪くないかなぁ…何て思ってみたり(微笑)

 しかし、勝気舞ちゃん久々だったけど、『私を選べ』は勝気舞ちゃん独特の口説き文句らしいです(笑)以前出そうと思ってた、舞流しのカップリング(確か、狩谷・若宮・来須・岩田だったと思うが)本の話に入っていた舞の口説き文句は殆ど『私を選べ』だったんですよね。…岩田だけ『我が速度となれ』だったが(微笑)それ以外思いつかなかったのか私は…(遠い目)でも、芝村っぽくて良いと思うんだがなぁ。まぁ、王国の照れ屋の舞ちゃんも勿論可愛いです★…何処で方向転換したんだ私(滝汗)
 どうも、『王国ループ』以前の舞ちゃんは『勝気仕様』っぽいなぁ…って云うか、王国話で私の方向変わったか(遠い目)

 ともかく、悲願の狩谷v舞が書けて良かったです★このお話は24000キリ番ゲッター・青片鈴様へ★

>>HP移転に伴い一部改行等調整。大筋変更はありません。